著者
湯沢 威
出版者
学習院大学
雑誌
学習院大学経済論集 (ISSN:00163953)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.p1-25, 1983-03
著者
小川 彩子
出版者
学習院大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

musicの語源であるラテン語のmusicaおよび、さらにその語源である古典ラテン語のムーシケーの語義的変遷を調べることによって、いかにして古典ラテン語のムーシケーという語が音楽の意味に収斂していくのかを調べることが、本研究の趣旨である。まず、古典ギリシア語のムーシケーには、原義的に「神の言葉を伝えるもの」という意味があることをプラトンの読解から明らかにした。そのうえで、アウグスティヌス『音楽論』においてmusicaの意味がかなり限定されることを捉え、後期アウグスティヌスにおいて「神の言葉を伝えるもの」が音楽に他ならなかったことを明らかにした。
著者
左近司 祥子
出版者
学習院大学
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.4, pp.5-27, 2005

美を扱う芸術と善を扱う哲学といえば、プラトンは、対話篇『国家』で両者を対立関係においていたと普通思われている。この論文では、そういったプラトンが、善と美をどう扱っていたかを考えてみたい。古代ギリシャ人は善と美を同一視していたと通常理解されている。プラトンは、この二つの言葉にどういうイメージを持っていたかをまず指摘する。その作業は、プラトンが対話編の中で、その単語をどういう風に使用しているかを見ることによってなされる。さらに、プラトンの十八番とも言われるイデアに話を移し、このばあい、善のイデアと美のイデアのことだが、それらについてはプラトンはどう考えていたのかを明らかにする。そのことを通して、プラトンが体系を語ろうとした哲学者でなかったことも再確認される。 ここからがこの論文の主要部分である。彼の哲学を体系化しなかったプラトンに反して、彼の哲学を体系化しようとした哲学者たちがいる。紀元後三世紀に活躍した、ネオ・プラトニストのプロティノスである。彼が善のイデアと美のイデアをどう関係付け、彼の体系の中に位置づけたかを考え、彼にとっての、善を追求する哲学における美の役割を明らかにしていく。そして、実はこの彼の美の思想が、ルネサンス期、ルネサンスのネオ・プラトニスト、M. フィチーノを通して、芸術を志す人々に大きな影響を与えていったのである。 この論文では、1998 年に出たLaurent 氏の論文を足がかりに、プロティノスの語る「美」の真意を明らかにしたい。そのときに、頭に入れておかねばならないのは、体系化を拒否していた人の作品を体系化したという点である。体系的に、だから、鳥瞰図として全体を見ることは当然だが、それだけではない。プラトンがこだわり続けた、「憧れ心」のことである。この心を持って、上のものを仰ぎ見ている人間にとって、ことはいったいどういう仕方で、どういう風に現れてくるのかという関心をもって語る語り方も忘れてはいけないということである。そういった観点からは美はどうなるのか。哲学を志すものにとって、美とは何なのかを明らかにするのが、この論文の主旨である。As a neo-Platonist, Plotinus tried to systematize Plato's philosophical theory, which Plato himself had never done, by drawing an objective and comprehensive bird's-eye view: the universal hierarchy with the One(or the Good)at its summit. This simple scheme is not sufficient, however, to explain Plato's whole theory, in which the continuous desire for wisdom has such significance. Therefore, Plotinus contrived another explanation based on humans' yearing for the One. Previous studies on Plotinus paid little attention to the importance of this perspective in his philosophy. To emphasize the importance, take the beauty for instance, which is defined as a screen before the One. According to only the former explanation, the beauty is a mere horizon to distinguish the intelligible world (nohtØq køsmoq)located in second rank from the One, while the latter point of view reveals the beauty's indispensability to philosophy, however dangerous it may be. That is why neo- Platonism flourished in the Renaissance period, the century of beauty.
著者
保坂 裕興 下重 直樹
出版者
学習院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2020-04-01

「公文書管理法」は、公的団体にレコードスケジュール、管理状況報告、特定歴史公文書とその利用請求権、公文書管理委員会等の基本構成をもたらしたが、民主主義の根幹を支える知的資源プログラムとしては必ずしも進展・充実をみていない。本研究は、国内外の主な記録アーカイブズ・プログラムがどのように構築され、その目的達成が検証されているかを調査・分析評価するとともに、アーキビストがどのような能力を持つものとして養成されているかについて諸外国の事例を分析評価することを通して、表裏一体となるプログラムと専門職のあり方を正面から捉え、その有効なあり方についての知識を学術的に集積し、情報政策に提案・反映することを企図する。
著者
星野 具子
出版者
学習院大学
雑誌
学習院史学 (ISSN:02861658)
巻号頁・発行日
no.4, pp.14-33, 1967-11-25
著者
宮崎 文典
出版者
学習院大学
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.13, pp.7-20, 2014

本稿は、プラトン『リュシス』における友(φίλος)としての人がもつ意味を、特に友としての人の欲求と行為、またこれらと知との関係という点から検討するものである。ソクラテスとリュシスとの最初の対話(207d-210d)で語られる友としての人は、知者と思われることによって、有用なこともそうでないことも区別なく欲し、どんな欲求も無制限に充たしうるというものである。だが、こうした性格は、当対話篇中の以降の議論において、友としての人がもつべき欲求から悪しき欲求を除外するというかたちで修正されていく。そして、友としての人は、その人が欠いている知を愛し求めることをもとに、対話することを望み、おこなう人として捉えられる。こうした性格づけは、当対話篇で描かれるソクラテスと少年たち(リュシスとメネクセノス)との対話の実践のうちに示されている。こうして、無知を自覚し知を求める人同士の相互性のうちに、知を愛し求めること(φιλοσοφία)が見出される。This paper examines the meaning of the person as riend (φίλος) in Plato's Lysis, specially with regard to the rson's desires and actions, and how these relate to wisdom. The person as friend who is referred to in the first conversation between Socrates and Lysis (207d-210d) is someone who may, by virtue of being regarded as wise, indiscriminately desire both beneficial things and harmful ones, and infinitely satisfy every desire. In the subsequent arguments in this dialogue, however, the character of the person as friend is modified: harmful desires are excluded from the desires that such a person should have. Then, the concept of the person as friend is grasped as a person who wishes to have a conversation and performs it on the ground of loving and seeking the wisdom he lacks. This characterization is implied in the practice of the conversations between Socrates and the two young boys, Lysis and Menexenus, depicted in this dialogue. We then see the love of wisdom (φιλοσοφία) in the reciprocity among people who acknowledge their own ignorance and seek wisdom.

1 0 0 0 IR 荷風の習作

著者
助川 徳是
出版者
学習院大学
雑誌
研究紀要学習院高等科
巻号頁・発行日
no.3, pp.123-113, 1967-09-10
著者
一丸 禎子 Patrick Rebollar Mare Thierry 松村 剛 アヴォカ エリック PERRONCEL Morvan ソルデ ヤン メロ ジャン=ドミニク ツィンビディ ミリアム ハフマイヤー ステファン ベルナール ミシェル
出版者
学習院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

東大コレクション『マザリナード集成』電子化の次の段階として、資料体のデジタル化により可能になる新しい研究環境を考察し、実際に応用した。マザリナード研究の分野で日本は世界に先駆けてデジタル化と研究用プラットフォームの公開を実現しているが(マザリナード・プロジェクト)、さらに次の点でより鮮明にそれを可視化することに成功した。①資料体の非物質化によって閲覧利用の利便性と引き換えに失われる情報を展覧会等のオリジナルの展示によって補い(『マザリナード集成』展)、②二つの国際シンポジウムを組織・運営し、マザリナード研究自体を活性化(フランス)、電子コーパスの利用に特化した成果発表(東京)を行った。
著者
山内 菜央子
出版者
学習院大学
雑誌
哲学会誌 (ISSN:03886247)
巻号頁・発行日
no.22, pp.87-102, 1998-07

1 0 0 0 IR 寄席の誕生

著者
吉田 伸之
出版者
学習院大学
雑誌
学習院史学 (ISSN:02861658)
巻号頁・発行日
no.34, pp.168-176, 1996-03
著者
田村 愛理
出版者
学習院大学
雑誌
学習院史学 (ISSN:02861658)
巻号頁・発行日
no.25, pp.16-35, 1987-03-20