著者
野村 昭
出版者
島根大学
雑誌
島根大学論集. 教育科学
巻号頁・発行日
vol.8, pp.11-23, 1958-02-28

先にわれわれは青年を用いて,「キツネモチ」、といわれる迷信が,現象的に,現在,どのような出現の様態を示しているかを記述し,それは「憑依現象」としてのキツネモチと,「社会現象」としてのそれとの二面性をもつて顕現しており,その中,殊に「憑依現象」は形骸化し,「杜会現象」として問題化していることを指摘した(1)。すなわち,「キツネモチ」家筋と称せられる一群の人々は,今や「憑かれた」人々や,「キツネを操る」人々であるよりは,むしろ,弱勢なる集団(underprivileged group)のメンバーになつているのである。しかも,80%以上の青年にとつてはキツネモチ現象に対して否定的態度をとりながらも,その否定は多く「憑依現象」に向けられ、必ずしも「社会現象」にかかわることの多くないことを見出したのである。記述的段階での先の研究では,そこから幾つかの態度形成・変容に関する仮説を導出したのであるが,本研究では、殊にこれらの態度を明確に定位するために意見尺度を構成し、更に、それらの尽度を用いて、キツネモチ現象の伝播している地域の相違によつて,態度の変化がどのように見られるかを探索的に見出さむとしたものである。
著者
島畑 斉
出版者
島根大学
雑誌
島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.53-65, 1987-12-25

"Inventionen und Sinfonien"は,1717年から1723年にかけて作曲者のJ.S.Bach(1685−1750)自身によって編集された。その原型といえるものは,彼の"Klavierbuchlein fur Wilhelm Friedemann Bach"(1720)の中に見いだせる。そこには,音名,音部記号,装飾法などの音楽的基礎知識の説明が記され,"Das Wohltemperierte Klavier I"の Praeludium の原曲に相当する11曲の作品などとともに,"Inventionen und Sinfonien"の原曲に相当する30曲が Praeambulum や Fantasia として収められている。"Inventionen und Sinfonien"は,これらの30曲に推敲を加えてまとめられ,その序文には次のような事項が記された。 1)2声部,3声部を美しく正しく処理すること。 2)すぐれた楽想を修得して展開すること。 3)カンタービレ(歌うような)奏法を修得すること。 4)作曲に関する予備知識を修得すること。 これらは,初心者が一般に機械的な練習に陥りやすいことに対する喚起であり,音楽表現に関する基礎的な心構えともいえる。つまり,演奏者(学習者)が小手先だけによって,ただ単に表面的に演奏することに対する警告である。このような意義をもつことによって,"Inventionen und Sinfonien"は,今日まで,J.S.Bach の"Das Wohltemperierte Klavier"の準備段階における,高度の音楽性をそなえたピアノ教材として位置づけられている。 ところで,いわゆる西洋音楽のピアノ作品を演奏する場合,次のような過程をたどらなげれぼならない。まず,作曲者に関して,時代背景とともに,生涯や生き方,全作品を通しての作風などを考察をする。次に,個々の作品に関して,作曲年の時代的な位置づけとともに,作品様式の理解や構造の分析をする。ここでは,音,動機,主題などの楽曲の柱となる素材について,その意味を探求する必要がある。さらに,これらをとらえることによって,作曲者の意図を推察し,演奏における実際の選択をする。つまり,テンポ,フレージング,アーティキュレーション,強弱法,アゴーギク Agogik,音色,運指法,タッチ,自然な運動などの諸要素を選択する。そして,最終的に演奏という行為において,作曲者の意図と自己の意図とを融合し,最大限に表現するのである。 本稿では,「運指法」 という演奏におけるひとつの面に焦点を絞り,2声部からなる"Inventionen BWV772-786"のの個々の作品の中にその問題点を探る。なお,Inventionen の楽譜は現在にいたるまで幾種もの版が出版されているが,ここでは,比較的入手しやすい版を選択し,それらを参照しながら検討をすすめる.
著者
福田 景道
出版者
島根大学
雑誌
島根大学社会福祉論集 (ISSN:18819419)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.47-56, 2008-03

『堤中納言物語』「虫めづる姫君」の主人公の姫君の異常性は、虫類の異様愛玩と外見の異装異貌の2点に集約できるが、その異常を学識と論理を駆使して正当化する手法がまた異常であり、不完全・不合理である。この異常性は、『今鏡』で評価されている「異能性」に近似する。「虫めづる姫君」と『今鏡』には「本」と「末」とを同等に尊重する基本思想が顕示されていて、両作品には共通性がある。虫めづる姫君は「本」(烏毛虫=幼虫)のみを重視するので、基本思想に反していることになり、ここでも彼女の論理は破綻している。ところが、作品内に名前のみが紹介される蝶めづる姫君を「末」(蝶=成虫)のみを重視する存在と認めてみると、虫めづる姫君と蝶めづる姫君とが相補って本末をともに尊重して基本思想を具現する構図が確認できるのである。すなわち、「虫めづる姫君」という作品名は、烏毛虫めづる姫君と蝶めづる姫君の二人の姫君を表すと推断できる。姫君の異能性は、もう一人の姫君に半面を委ねることによって成り立つとも言える。
著者
江口 貴康
出版者
島根大学
雑誌
山陰研究 (ISSN:1883468X)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-22, 2013-12-31

本稿は、島根原発に対する諸不安と個人属性との関係について考察することを目的とする。分析に際しては、松江市民に対して実施した意識調査データを使用した。分析で扱った個人属性は、これまで先行研究で扱われてきた性別および年代のほか、同居家族の人数、生活水準、居住年数、居住形態、職業である。分析の結果、女性や主に高齢者で不安が強いことが示された。またそれ以外の属性要因で複数の不安に影響を与えるのは、同居家族の人数と居住年数であった。特に居住年数への着目は、原発立地地域に住む松江市民の諸不安への対処を講じるのに役立つ可能性がある。
著者
竹田 健二
出版者
島根大学
雑誌
福祉文化 (ISSN:13464450)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.82-75, 2004-02
著者
大西 俊江
出版者
島根大学
雑誌
島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.29-34, 1989-12-25

子どもから大人への移行期にある青年期は,従来から不安と動揺に満ちた「疾風怒涛」の,危機的時期であると言われている。13; Kretschmer,E.(1948)は,青年期精神医学に初めて「思春期危機」という概念を導入した。Kretschmer は「思春期危機というのは,疾病でも神経症でもなく,むしろ思春期と密接な関係をもつ限局された体質的な時間的経過であり,かなり強い社会的な影響を伴う人格的成熟の困難である。」と述べており,思春期という年代それ自体が危機的であると指摘している。13; 精神分析家である Erikson,E.H.(1968)は,青年期の最大の課題として「自我同一性」の概念を提唱した。青年期において自我同一性は確立されていくが,その時に同一性間の葛藤や同一性の拡散に巻き込まれて動揺し,さらに否定的同一性や過剰同一化が介入して同一性の危機に陥ることもあるとしている。13; 清水他(1976)は,「青春期危機」に関する文献的考察を行い,また「青春期危機に関する試論」(清水 1976)として,青年が危機に追い込まれる条件を取り挙げている。それは,(1)若者に特有の思い上がり,(2)内省の乏しさ,あるいは外に向けられていた眼差しを内に方向転換できないこと,(3)連帯感を経験できていないこと,(4)あれかこれかの選択を迫られる二者択一の状況,すなわち「決断」の課題に直面することが青年を危機的状況へ追い込む条件であると述べている。13; 一方で,この思春期危機概念に対する反論もある(清水他 1976,1979,井上 1982,下坂 1984,)。アメリカの Offer,D.らの研究は,一般の健康とされている青年に対する調査を基にして,いわゆる「青年期平穏説」を提起し,「青年の混乱は決して普遍的な現象ではなく,あくまでも青年期を通過するいくつかのルートのひとつに過ぎない。」と結論づけている(村瀬 1984)。村瀬(1976)は,この Offer,D.らの研究,彼と同時期に行われた Masterson,J.F. らの症状的青年研究,Marcia,J.E. の青年の identity の客観的研究なとを展望し,自らの研究結果と照らして,「危機説」と「平穏説」について総合的考察を行っている。それによると,青年期の危機の程度を規定する諸要因は,「不安,葛藤,挫折をもたらし易い内面的状況的な負の要因群とこれに対応しこれを克服する方向に作用する正の要因群の二つに大別できる」とし,「青年期が危機的であるかないかという問題の提示は,少なくとも青年を理解する上で適切とは言いがたい。どのような青年と状況がどのような危機を招きやすいか問われるべき課題である。」と述べている。13; 筆者は,児童期までは順調に成長してきた少女が,青年期の入口で挫折し,以来本人はもとより家族までも危機的混乱に陥ってしまった二つの事例に対して,母親面接を通して関わってきた。本稿では,これらの事例を通して,青年期の危機的状況を具体的に理解し,青年期をめぐる問題について若干の考察をする。13;
著者
野村 泰弘
出版者
島根大学
雑誌
島大法学 (ISSN:05830362)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.23-62, 2008-05-01
著者
猶原 亮介 青矢 睦月
出版者
島根大学
雑誌
島根大学総合理工学部紀要. シリーズA (ISSN:13427113)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.63-73, 1997-03-25
被引用文献数
3

In the Besshi district of the Sambagawa metamophic belt,basic schist layers o㏄ur crossing the middle portions of the Seba valley,there are two texture types of prograde eclogites.One is fomed by contact metamorphism of emplacement of high grade tectonic-block. They occur in the area that is only a few 1O m from the tectonic-block.They are randomly oriented and have coarse-grained omphasite porphyroblastes. The other type has fine-grained omphasites forming schistosity and lineation. Some eclogites retain eclogite facies mineralgg,and they occur in wide area of the Sebadani area. Therefore there is a possibility that the Sambagawa schist in this area were reached to the eclogite facies P-T conditions.
著者
瀬戸 浩二 佐藤 高晴 田中 里志 野村 律夫 入月 俊明 山口 啓子 三瓶 良和
出版者
島根大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

南極地域において小氷期では乾燥的な気候であったと考えられる.その後,相対的に湿潤に変化したようだ.亜寒帯オホーツク海沿岸海跡湖群では,人為的環境変化以外では大きな環境変化は見られなかった.濤沸湖で湾口の閉鎖あるいは縮小が見られた.これはわずかな海水準低下に起因しているものかもしれない.温帯日本海沿岸海跡湖群では,小氷期終了前後(1600-1800年頃)に洪水堆積物が認められ,比較的大きな降雨があったことが明らかとなった.その後は人為的な環境変化が大きく,個々の汽水湖に個性的な環境変化を示している
著者
常木 和日子
出版者
島根大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1985

本年度は魚類特有の脳室周囲器官である血管嚢の系統発生を調べた. 魚類のうちでも特に種数が多く多様化の著るしい真骨魚を主な対象とし, これらの脳の連続切片を作成した. 固定した真骨魚はアナワナ目からフグ目にいたる約2百種である. まだすべての種で組織標本の作成を完了したわけではないが, ほぼ全体像が明らかになった.真骨魚中, 最も原始的とされる淡水性のアロワナ目では, ほとんどの種で血管嚢が欠如または退化していた. ウナギ目, ニシン目, サケ目では調べたほとんどの種で血管嚢はよく発達していた. コイ目, カラシン目, ナマズ目, ジムノトス目の骨鰾類4目では, 血管嚢は全くないものからよく発達しているものまで様々であった. しかし, 概して発達の悪いものが多かった. 一方, サヨリ, サンマなどを含むキプリノドン目およびトウゴロウイワシ目では, 血管嚢は調べたすべての種で欠如していた. このグループは淡水魚, 汽水魚および二次的に外洋表層に進出した仲間を含んでいる. 棘魚類ではフサカサゴ目, スズキ目, カレイ目, フグ目などほとんどのグループで血管嚢はよく発達していた. ただし淡水魚, 汽水魚を含むハゼ科, グラミィ科の一部で血管嚢の退化傾向がみられた.以上の結果から, 真骨魚では血管嚢は淡水生活に伴って退化消失の傾向を示す器官であることがうかがわれる. しかし, 血管嚢は組織学的には浸透圧調節に関係した器官とは考えにくい. 古く, 血管嚢は水圧の感受に関係した器官と考えられたことがあったが, 淡水域は海に比べて浅いこと, また一部の外洋表層遊泳魚で血管嚢がないことなどを考え合わせ, この説の妥当性をさらに検討することが必要と思われる. 以上, 血管嚢の存否を適応の観点から考察したが, 適応は進化の一面であり, ここに真骨魚の系統発生史の一端をうかがうことができる.
著者
原 豊ニ
出版者
島根大学
雑誌
山陰研究 (ISSN:1883468X)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.90-61, 2009-12-31

鳥取県立博物館蔵(中島家旧蔵)『富士の人穴草子』は、慶長七年(一六〇二年)に書写されたものであり、この作品に関わる最古写本の一つである。本稿は、新出の本写本を全文翻刻し、それに解題を付したものである。13;