- 著者
-
橋本 裕蔵
- 出版者
- 放送大学
- 雑誌
- 放送大学研究年報 = Journal of the University of the Air (ISSN:09114505)
- 巻号頁・発行日
- no.16, pp.93-110, 1999-03-31
わが国には,「公の事務を処理乃至は司る地位にある者がその地位を利用して不正の利益を得る行為」自体を罰する法はない.これと類似の犯罪類型として現行刑法には収賄罪がある.だが,これはその主体が「公務員又は仲裁人」又は「公務員」に限定され,「その職務に関し」という文言から「職務権限」,「賄賂を(収受し)」という文言から「賄賂性の認識」という要件が本罪成立の不可欠要件とされ,その為,収賄罪の成立範囲は限定されざるを得ない. これに対して,アメリカ合衆国にはextortionという犯罪類型がある.コモンローにルーツがあるextortionはthe Hobbs Act(1946)で明文化され現在に至っている.extortionはbriberyとは別の犯罪類型として公務員その他の公の職にある者による地位利用利得行為を犯罪化し,連邦訴追機関の重要な武器となっている。 1992年,Evans v.United Statesで合衆国最高裁判所はextortion"under color of official right"(公務の外観をとるextortion)には公務員によるinducement(一定の利益を要求するなどの誘引)は要件とはならない旨判示し,いわゆる,「口利き」により得た利益を選挙運動への寄付として受領したものだとする被告人側主張を退け,inducementを伴わないextortion"under color of official right"の成立を認め,これまでinducementの要否に付き意見の分かれていた連邦控訴裁判所の法運用に一つの解決を示した. 公の職にある者に対する規律に厳しすぎるということはない.アメリカ合衆国のextortion法の形成過程はわが国の法運用に大きな参考となるであろう.否,この種の違法行為が国単位で可罰的とされあるいは不可罰とされることには犯罪抑止に向けた国際協力に水を差すことにもなりかねないという危惧がある. 法定の職務に忠実でないという狭い意味での収賄罪だけでなく,職務を利用して利得する公務員や公の事務を処理乃至は司る地位にある者全ての行為を可罰的とする「犯罪化」は,現在のわが国の政治家公務員,上級公務員その他公の職にある者の行為を規律するうえでも真剣に考えるべきことの一つであるように思われる.