著者
西川 泰夫
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.26, pp.25-37, 2008

本論では、「心理学」という学問が、わが国に移入され定着するに至る背景やことの経緯を当時の人物の交流関係から再検証するとともに、なお未解決の論点をあらたな資料を基に再検討した。しかしなお、今後に多くの論点が残る。 心理学(新心理学)の導入と定着に日本初の役割を担ったのは、元良勇次郎である。その彼がアメリカ留学に至る間の経緯は、新島襄と津田仙との深い交友関係による直接、間接のつながりに支えられていた。この件を再検証する。 一方、そもそもの「心理学」と言う名称の由来やその語源(原語)に関する論点もなお未解決である。「心理学」という日本語表記と「psychology」という英語表記との結びつきはいかに確立したのか。この件の発端には、西周の大きな関与がある。彼は、ヘーヴンの著作「精神哲学(メンタル・フィロソフィー)」を訳出して「心理学」と題して出版した。他方、西は自著や他の訳書では一貫して、「サイコロジー」に対して「性理学」と訳出していて、心理学とサイコロジーとを直接結びつけてはいない。しかし、性と心は同義語と想定することも可能である。この仮説の再検証に当たっては、西村茂樹の著作や講演内容がヒントとなることが分かった。西村は当時、文部省で編纂課長を務める傍ら、大学に「聖学科」を置くというアイデアを提唱してもいた。また、「性善説」と題する講演で、この「性」という用語の定義内容を確定するために、これを「心」と読み替えて行うと述べている。さらに、彼の著作「心学講義」では、彼の言う「西国の心学」とは「心理学」に他ならないという主張を展開している。こうした見解をもとにあらためて「心理学」という名称の由来と当時の「心理学」の制度的位置づけを検討した。 なお、西村茂樹と津田仙は、幕末の佐倉藩士という共通の出自をもつ。彼らの略伝を示し「心理学」のルーツをめぐる議論に重ね彼らにまつわる広い人脈ならびに相互関係への言及を試みた。千葉県郷土史、近現代史の一断面である。
著者
船津 衛
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.27, pp.63-73, 2009

21世紀はリスク社会であり、そのリスクは内省(reflexivity)によって克服されるといわれる。内省とは人間が自己を振り返ることを表わし、内省によって「問題的状況」が乗り越えられるようになる。A・ギデンズによると、近代社会の内省は社会的実践がその実践に関する情報に照らして常に検討され、改善され、その性格を構成的に変容するという事実のうちに存在する。ハイ・モダニティの時代には「組み込み解消」によって人々が孤立化し、不安定化し、そこにリスクが生じる。そのリスクの解決のために内省が活性化するようになる。ギデンズの見解によれば、リスクの乗り越えのためには専門家システムが必要であり、専門家によるセラピーが大きな役割を果たすようになる。そこから純粋な関係性が生み出され、親密性の変容がもたらされることになる。 このようなギデンズの理論に対して、特殊西欧的であり、認知中心的であり、感情が無視されており、内省の構造的条件について十分な解明がなされていないという批判がある。現代のリスクはさまざまな不平等や格差が存在し、経済的、文化的、社会的なズレ・不一致・対立が広まり、深まってきており、リスクの克服には多くの困難が生じている。ここから、内省について経済的、文化的、社会的な多様性を理解することが必要となり、内省の社会性と創発性についてより具体的に明らかにすべきことになる。 内省は他者とのコミュニケーション過程において行われる。そこにおいて人間は「意味のあるシンボル」を通じて他者と会話するとともに、自己とも会話を行う。他者との会話という外的コミュニケーションが個人のなかに内在化することによって、内的会話としての内的コミュニケーションが発生するようになる。内的コミュニケーションの展開によって新たなものが創発されてくる。それが創発的内省である。 創発的内省の活性化によって、親密性が再構成される。新たに生み出される親密性は人々の間の完全一致や一元化ではなく、自由なネットワークからなる新たな親密性となっている。また、新しい親密性は産業や経済の目的合理性ではなく、コミュニケーション合理性にもとづく親密性となっている。コミュニケーション合理性にもとづく親密性において「本当の自分」を表現することが可能となる。そこにおいて、オルターナティブな親密性として現代的親密性が姿を現すことになる。
著者
石丸 昌彦
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.1-23, 2009

統合失調症は1%近い発症危険率をもち、世界的に広く認められる代表的な精神疾患である。思春期・青年期に好発し、多彩な精神症状を呈しつつ再燃を繰り返しながら慢性的に経過するもので、クレペリン以来、進行性かつ予後不良の疾患とされてきた。かつて統合失調症には有効な治療法が存在しなかったが、1952年に最初の抗精神病薬であるクロルプロマジンが開発されて以来、薬物療法が長足の進歩を遂げた。その結果、予後は劇的に改善され、既に重症疾患ではなくなったとの認識があるが、わが国では精神科入院者数の60%以上を依然として統合失調症の患者が占めており、その中には少なからぬ社会的入院者が含まれている。 統合失調症の発症機序に関しては、抗精神病薬の作用機序や覚醒剤精神病の知見などにもとづいて、ドーパミン神経伝達の過活動を想定するドーパミン仮説が有力視されてきたが、陰性症状や慢性化した陽性症状には抗精神病薬の効果が乏しいことなどから、同仮説の限界も指摘されている。ドーパミン仮説を補完しより包括的な疾患理解と治療方略を指向するものとして、統合失調症脳内におけるグルタミン酸神経伝達の低活動を想定するグルタミン酸仮説が挙げられる。本稿ではグルタミン酸仮説の根拠を紹介するとともに、統合失調症死後脳におけるグルタミン酸受容体研究の成果を紹介するとともに、その課題と将来性について論じた。また、死後脳研究におけるグルタミン酸受容体増加所見の分布を踏まえ、前頭連合野と頭頂連合野の変調が統合失調症の症状形成に関与することを推定し、「統合失調症の連合野仮説」の可能性について検討した。解決すべき課題は多く残されているものの、今後の研究の方向を決定するうえで「連合野仮説」は有益な示唆を含むものと考えられる。
著者
島内 裕子
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.210(27)-191(46), 1996
著者
戸ヶ里 泰典 米倉 佑貴 井出 訓 Taisuke Togari Yuki Yonekura Satoshi Ide
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.33, pp.11-25, 2015

保健・看護系の大学院生が、効率的に必要十分な統計学的知識の定着をはかり、データ解析ができるための学習支援のプログラムの開発に向けて、本学の保健・看護系修士課程大学院生における、①統計解析の学習に関する意向とニーズを明らかにすること、②統計解析スキル向上に向けた演習を構築しその評価をすること、③良く質問され、かつ研究遂行上重要なQ&Aを探索し整備すること、の3点を目的とした。 目的①に対しては一定の統計解析を行って修士論文を作成した本学保健・看護系大学院生・卒業生13名を対象とした自記式質問紙ないし構造化面接調査を実施した。また、目的②に対しては極力わかりやすい解説の元、論文の結果表を読み取り、自身の研究データ解析に活用できる授業の構築、ならびに、参加者が自分の研究データを扱っている感覚でデモデータを分析する演習の構築を行い、終了後に感想を聞くとともに、目的①の質問紙調査において感想を聞いた。目的③については、新たに専用の統計相談窓口を設置し、統計解析に関する相談を受け付けることを通じて、どのような質問が寄せられるかを整理した。 修士論文作成に使用した統計解析ソフトウエアはR/Rコマンダーが6名、SPSSが5名、Excel統計が4名であった。統計解析方法については、教員からの指導に依存し、補足的に自学自習をしているスタイルであった。事例が豊富な教材を期待する声が大きかった。講義、演習については、概ね良好に受け入れられたが、回数が限られており分量が多く、スピードが速いといった指摘が見られた。統計相談の内容の傾向としては、量的変数として扱ってよい場合とそうでない場合、必要なサンプルサイズについて多く寄せられていた。 統計解析に関する知識を概観し、自己学習のきっかけをつくるうえでの講義授業は重要であることが伺われた。同様に自主演習をすすめるきっかけとしての演習授業も重要であることが伺われた。
著者
島内 裕子
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.30, pp.122-110, 2012

北村季吟(一六二四〜一七〇五)は、生涯に二つの徒然草に関する注釈書を著した。四十四歳の時に刊行した『徒然草文段抄』(一六六七年)は、その後、広く流布した。これは徒然草に関して書かれた膨大な注釈書群の中でも、定番的な地位にあり、近代以後にあっては、欧米の日本学者たちが徒然草を外国語に翻訳する際にも、参照されている。一方、季吟が八十一歳の時に、五代将軍・徳川綱吉に献上した『徒然草拾穂抄』(一七〇四年)は、『徒然草文段抄』の詳細な注釈を、わかりやすく簡略化して、そのエッセンスをすっきりとまとめている。 本稿では、まず、近世前期の徒然草注釈書の中に、『徒然草文段抄』の特徴と個性を明確化する。そのうえで、北村季吟が晩年に到達した徒然草観、ひいては、古典の注釈書のあり方の一端を、『徒然草拾穂抄』の注釈態度の中から見出すことを試みた。 なお、各種の徒然草注釈書における注釈内容を具体的に比較するにあたって、本稿ではひとまず、徒然草の第二十段までを対象とする。その際に、諸注釈書が指摘する徒然草と和歌・物語との関わりに絞って考察した。
著者
赤堀 正宜
出版者
放送大学
雑誌
メディア教育研究 (ISSN:13441264)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.1-18, 1998

アメリカにおける公共放送の発達に及ぼしたフォード財団の貢献を否定する人は一人もいないであろう。エングルマン(Ralph Engelman)は「フォード財団はアメリカにおける非商業放送の揺籃期を注意深く育て上げ、カーネギー財団はその後の少年期の育成に努力した。この両財団の連携による貢献なしには、今日の公共放送はありえなかったであろう。」とのべ、2つの巨大篤志財団の貢献を証ししている。さらに、フォード財団成人教育基金の副会長を務め、「アメリカの教育放送」を著したブレイクリー(Robert J. Blakely)は、「1951年、フォード財団は多くの教育テレビ・ラジオ局より補助金の要請をうけ、これらの要求を実現するために成人教育基金と教育革新基金を設立し、公共放送の発展に寄与した。」とのべ、フォード財団の活動を詳述している。事実連邦政府が公的資金を公共放送の発展に支出したのは1962年公共放送設備法成立以後のことであり、それ以前は民間の資金によって公共放送は成長してきた。本論文では、初期の公共TV放送の基礎形成に貢献したフォード財団の活躍に焦点をあて、アメリカ篤志財団の篤志行為(Philanthropy)への理念、公共放送育成の理念を明らかにし、民主社会における公共放送のあり方を追求する。
著者
加藤 秀俊
出版者
放送大学
雑誌
放送教育開発センター研究紀要 (ISSN:09152210)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-16, 1991

Kunio Yanagita, the founder of Japanese folklore studies, was extremely impressed and excited to learn that Kumagusu Minakata demonstrated his wide knowledge of comparative folklore and oral traditions throughout the world. Minakata spent more than ten years at the British Museum, and his writings were quite new to young Yanagita. Eventually, Yanagita wrote his letter of admiration to Minakata, and asked many questions. The correspondence between the two scholars began in the spring of 1909 and continued until 1912 when they came to disagreement and misunderstanding on the issues of mountain inhabitants in Japan. However, during those four years, they wrote each other almost every week. The letters are often voluminous. Especially, Minakata was a great correspondent, and his letters were usually more than 50 pages at a time. With his encouragement, Yanagita finally decided to devote his life to the study of folklore in Japan. Being a naturalist, Minakata was very keen on nature conservancy in his home town in Wakayama prefecture, and Yanagita did not hesitate to give him help from the central government in Tokyo. This essay is a content analysis of the letters of both parties, and it may reveal a neglected aspect of Japanese intellectual history of early 20th century.
著者
大石 和欣
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.23, pp.65-78, 2005

本論考はアンナ・リティシア・バーボールドの政治的・詩的言説に看取できる「公共心」の輪郭を、18世紀後半から19世記前半にかけての歴史的背景の中で画くことを目的とする。バーボールドの「公共心」は、慈善活動や政治運動という領域の中で普遍的善意という道徳的美徳を実行していたユニタリアン文化のなかに深く根ざしているのは間違いない。しかしながら、女性としてバーボールドは、ジョゼフ・プリーストリーやギルバート・ウェイクフイールドのような男性ユニタリアンと同じ立場に立って議論をしたわけでもない。男性的な「理性的非国教徒」と一定の距離を保ちながら文学的・政治的アイデンティティを築き上げなくてはならなかったのである。この「2重の異議者」ともいうべき立場は、彼女を極めて曖昧な存在にしている。慈善に関する言説を吟味すると、非国教徒男性の言説とも、またウィルバーフォースやハンナ・モアといった国教会福音派とも、イデオロギーの点で両義的な位置を保っていることがわかる。スタイルや内容からいって彼らのものと重なるところもあるが、しかし、その根底には女性化したユニタリアン的美徳である公平無私な善意が流れているのである。この論考においては、バーボールドの言説に浸透している曖昧な「公共心」を、まず女性的な感受性言語文化の中で、つぎに慈善、教育、政治活動といったユニタリアン的'philanthropy'の領域で、そして最後に奴隷貿易廃止運動と絡めて吟味することにする。
著者
下夷 美幸
出版者
放送大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では、離婚シングルマザーを対象にインタビュー調査を実施した。その結果、離婚届出に至るまでの過程で、離婚自体および離婚条件について、とくに、離婚後の子の養育費と面会交流について、十分な協議がなされていない実態が判明した。全体の研究を通して、未成年の子のいる夫婦の離婚において、子の権利を保障するためには、離婚前に親教育を徹底すること、離婚後の子の監護に関する協議について、調停の仕組みが利用できるようにすること、養育費を確保するための履行強制制度を導入することの必要性が明らかとなった。
著者
橋本 裕蔵
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the University of the Air (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.16, pp.93-110, 1999-03-31

わが国には,「公の事務を処理乃至は司る地位にある者がその地位を利用して不正の利益を得る行為」自体を罰する法はない.これと類似の犯罪類型として現行刑法には収賄罪がある.だが,これはその主体が「公務員又は仲裁人」又は「公務員」に限定され,「その職務に関し」という文言から「職務権限」,「賄賂を(収受し)」という文言から「賄賂性の認識」という要件が本罪成立の不可欠要件とされ,その為,収賄罪の成立範囲は限定されざるを得ない. これに対して,アメリカ合衆国にはextortionという犯罪類型がある.コモンローにルーツがあるextortionはthe Hobbs Act(1946)で明文化され現在に至っている.extortionはbriberyとは別の犯罪類型として公務員その他の公の職にある者による地位利用利得行為を犯罪化し,連邦訴追機関の重要な武器となっている。 1992年,Evans v.United Statesで合衆国最高裁判所はextortion"under color of official right"(公務の外観をとるextortion)には公務員によるinducement(一定の利益を要求するなどの誘引)は要件とはならない旨判示し,いわゆる,「口利き」により得た利益を選挙運動への寄付として受領したものだとする被告人側主張を退け,inducementを伴わないextortion"under color of official right"の成立を認め,これまでinducementの要否に付き意見の分かれていた連邦控訴裁判所の法運用に一つの解決を示した. 公の職にある者に対する規律に厳しすぎるということはない.アメリカ合衆国のextortion法の形成過程はわが国の法運用に大きな参考となるであろう.否,この種の違法行為が国単位で可罰的とされあるいは不可罰とされることには犯罪抑止に向けた国際協力に水を差すことにもなりかねないという危惧がある. 法定の職務に忠実でないという狭い意味での収賄罪だけでなく,職務を利用して利得する公務員や公の事務を処理乃至は司る地位にある者全ての行為を可罰的とする「犯罪化」は,現在のわが国の政治家公務員,上級公務員その他公の職にある者の行為を規律するうえでも真剣に考えるべきことの一つであるように思われる.