著者
橋本 裕蔵
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.35-59, 1997

死刑廃止論が盛んである.実務では,最高裁判所がいわゆる保険金詐取目的殺人等被告事件に関する平成8年9月20日の第二小法廷判決(白建土木3億円保険金殺人事件上告審判決)で共謀共同正犯として第一審及び控訴審で死刑判決を受けた被告人のうち一名につき死刑判決を破棄し無期懲役刑を言い渡して自判し(判時1581号33頁),東京高等裁判所は平成9年5月12日,強制猥褻等の非行により初等少年院送致を受け2年間収容され,その後,別罪の有罪判決の執行猶予中に強姦致傷の犯行に及び刑に服した前歴を持つ被告人が,その後犯した2件の強盗強姦,強盗強姦殺人で第一審裁判所において死刑を言い渡された事件においてこの死刑判決を破棄し無期懲役刑を言い渡している(判時1613号150頁). わが国の死刑制度は寛刑の傾向にある.しかし,この傾向は,単なる寛刑傾向と評するには無理がある.上記東京高裁の事例は凄惨を極める. 他方,死刑廃止論は世界の「潮流」を背景に盛んにその主張を展開している.しかし,その死刑廃止論は「死刑」それ自体の廃止論であり,わが国の死刑制度を前提としてはいない.だが,死刑存廃の問は主権行使と文化の問に直結する. わが国の法状況を前提に,現在展開されている死刑廃止論を批判的に検討し,果たして,死刑はわが国において本当に廃止されなければならないのかどうか.この点を検討する.
著者
篠山 浩文 三尾 忠男 吉田 雅巳 伊藤 秀子
出版者
放送大学
雑誌
メディア教育研究 (ISSN:13441264)
巻号頁・発行日
no.2, pp.81-85, 1999
被引用文献数
1

ビデオカメラおよびビデオフレームアルバムの授業への活用を検討した。すなわち、学生にビデオカメラを持たせて、大学構内を自由に散策させ、その際気がついたこと、興味をもったことなどをビデオカメラで記録させた。さらに著者らがその映像記録をフレームアルバム化し、後日授業時間内で学生に返却して、見せるといった一連の授業を試みることにより、今回の試みが学生の新たな発想や興味対象の発見へのきっかけ作りになりうるかどうか検討した。ビデオカメラによる野外活動の行動様式への影響を支持する学生が多く、その理由として「ビデオを手にすると注意深くなる」「自分の印象深いものを人にわかるように撮った」といった感想と関連していると考えられる。また、自分の興味対象の発見に対してフレームアルバムを分析することは、比較的効果的であると評価され、「ビデオフレームアルバムはビデオを視聴するよりも全体の流れがわかってよい」といった感想も見られた。また、教授者にとっても映像記録を画像要素ごとに分類し、類似した画像のコマ数の多いものに注目することにより、各学生の興味対象を容易に比較分析することができた。今回の試みは、学生の野外観察時の行動様式や新たな興味対象の発見などに何らかの影響をおよぼしたものと考えられる。さらに、教授者が学生の興味対象を容易に比較分析できるため、学生との議論材料にも活用できるものと思われる。
著者
蘇 雲山 河合 明宣
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.75-91, 2009

国際保護鳥トキの保護及びトキ野生復帰(再導入)は、日本と中国だけではなく、近年、韓国でも取り上げられ、注目されている。2008年、韓国で野生復帰を視野にトキのケージ飼育が開始された。日本では、2008年第一次10羽放鳥、2009年の第二次で20羽放鳥された。トキはコウノトリ属の大型水鳥である。兵庫県豊岡市では野生コウノトリは一度絶滅したが、ハバロフスクから受贈したコウノトリの人工飼育が成功し、2005年に2羽放鳥した。その後、毎年の放鳥が続き、2007年には野外繁殖で初めての雛が誕生した。さらに2009年10月31日に2羽が放鳥され、約40羽が市内の水田、湿地、河川敷に定着し、生息を続けている。 トキ及びコウノトリの保護と野生復帰(再導入)は、農業環境の問題だけではなく、社会システムの再構築や地域の産業(特に農業)構造の調整が必要不可欠である。そのため、トキ保護及び再導入事業は、地域社会全体の合意により地域住民の参加の下で行なわれなければならない。 本稿は、トキの再導入が開始された、野生トキの生息地であった3カ国の中で野生復帰事業が先行する中国を中心に、次の課題を比較の観点から検討する。(1)3力国において、トキ再導入のために生息地である河川及び水田の生態環境の修復がどのようになされているのか。その主体と施策の異同を比較検討する。(2)主要な生息地である、里地・里山管理がどう変わったのか。農業政策と自然環境保護政策との関係を比較検討したい。
著者
三輪 眞木子 仁科 エミ 黒須 正明 高橋 秀明 柳沼 良知 廣瀬 洋子 秋光 淳生 Makiko Miwa Emi Nishina Masaaki Kurosu Hideaki Takahashi Yoshitomo Yaginuma Yoko Hirose Toshio Akimitsu
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.32, pp.101-111, 2014

本研究は、面接授業「初歩からのパソコン」の受講で習得した放送大学生のデジタル・リテラシー・スキル(以下「DLスキル」)の定着状況把握を目的に実施した。この授業を2010年度2学期から2013年度1学期の間に受講した在学生に2013年11月に郵送アンケートを実施した。調査結果は、DLスキルの種類により、定着したもの、低下したもの、向上したものがあること、DLスキルの定着には、受講生の年齢、受講生のパソコン・インターネットの利用頻度が影響を及ぼしていること、DLスキルの向上とパソコン・インターネット利用頻度の間に相関があること、DLスキルの定着には、受講生のその後の学習方法が影響を及ぼしていることを示した。受講直後から本調査の期間に低下したDLスキルについて、授業後のスキル活用の機会を増加させる必要性が示唆された。また、定着効果のあるテレビ授業「遠隔学習のためのパソコン活用」の受講と同好会等への参加を促す必要性が示唆された。
著者
吉岡 一男 松田 利通 Kazuo Yoshioka Toshimiti Matsuda
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.32, pp.117-125, 2014

われわれは、おうし座RV型変光星の化学組成の異常を説明する3つの説の当否を決めるため、2個のおうし座RV型変光星、AC HerとRV Tauを観測し、これらの星の化学組成を求めた。 観測は、県立ぐんま天文台の150cm反射望遠鏡に取り付けたエッシェル分光器を用いて行い、解析は吉岡が作成したプログラムを用いて、太陽を比較星とする一種の相対成長曲線法で行った。整約はソフトアウェアIRAFを用いて行った。 そして、次の結果が得られた。1) 両星とも太陽に相対的な元素量は、散らばりは大きいが、凝縮温度と相関関係を示し、[M/H]の値は凝縮温度が高いほど少ない。この結果は、両星ともダスト・ガス凝縮が働いていることを示してる。2) 上述の相関は、AグループのRV Tauの方がBグループのAC Herよりも顕著である。これは、Bグループの星にはダスト・ガス凝縮が見られるが、Aグループの星には明確には見られない、というGiridhar et al.( 2000)18)の結果に反する。3) AC HerとRV Tauの[S/H]と[Zn/H]の値によれば、2)の結果は、もともとの[Fe/H]の値が-1よりも小さなpost-AGB星はダスト・ガス凝縮の影響を受けない、というGiridhar et al(. 2000)18)の結果には反しない。4) 両星とも相対的な元素量が各元素の第1電離ポテンシャルと相関関係が見られず、第1電離機構が働いていないことを示している。5) 両星とも相対的な元素量が各元素の第2電離ポテンシャルと相関関係が見られず、第2電離機構が働いていないことを示している。 以上の結果を確認するために、成長曲線法の異なる方式で再解析することが望まれる。
著者
岩崎 久美子 豊 浩子 立田 慶裕 福本 徹 金藤 ふゆ子 須原 愛記 笹井 宏益
出版者
放送大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究は、貧困家庭の増加など、子どもをめぐる成育環境の悪化が社会問題化し、家庭の社会経済的背景に由来する教育格差が拡大・再生産される懸念が生じている中で、国内外の格差是正のための先導的事例を検証し、我が国の施策に資する知見を提供することを目的としている。平成29年度は、英国に焦点を当て、子供の貧困に関する関係書籍や文献による分析を行い、併せて英国での現地調査を実施した。英国の現地調査では、英国に在住する海外共同研究協力者とともに子供の貧困問題を扱うチャリティ団体を特定し、視察・関係者への聞き取りを行った。訪問したチャリティ団体は、①就学前教育や保育の分野の研究にさまざまな助成金を提供しているNuffield Foundation、②ロンドン市長がパトロンでロンドンの貧困層の子供たちを対象にウェルビーイング、スキル、雇用と起業に関する支援を行うThe Mayor's Fund for London、③Lambeth地区の貧困家庭に対し10年計画の早期介入プログラムを多機関連携により実施しているLambeth Early Action Partnership、④ホームレスの若者に住居を提供、雇用支援、教育(英語、リテラシー、ITスキル、職業訓練、幼児教育、育児教育)などを通して雇用機会や社会復帰を支援するThe Cardinal Hume Centre、⑤貧困と子供の保護に関するプログラムを提供することを通じ課題を把握し国、地方自治体への政策提言を行っているThe Children's Society、⑥貧困、恵まれない環境、社会的孤立状態にある人々への実践的、情緒的、財政的支援を行う英国で最も古いチャリティの一つであるFamily Actionである。これらの聴取内容の一部は、雑誌『社会教育』に、英国NPO(チャリティ)の事例紹介として連載している。
著者
吉岡 一男
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.65-84, 1986

成長曲線法は,モデル大気法とともに,恒星の大気の分光分析の方法としてよく用いられる.この方法では,恒星の吸収線の励起ポテンシャルや測定された等価幅の値などをもとに描かれた経験成長曲線と最もよく一致する理論成長曲線を選び出すことにより,その恒星の大気の励起温度などの物理量を求めている.従来,この両曲線の一致は目測でなされていたので,得られた結果に個人差があり,また,誤差の客観的な見積りが困難だった.この欠点をなくすためにコンピューターを用いた解析もいくつか試みられてきている. 本研究では,過去になされた計算機による方法を改良し,マイコン用に変換したプログラムを用いた二つのタイプの成長曲線解析法が開発された.そして,BaII星の一つであるやぎ座ζ星に対して,過去にコンピューターを用いて相対成長曲線法でなされたのと同じデータを用いて,本研究で開発された二つの方法で解析がなされ,過去の結果と比べられた.その結果,一方の方法の優位性が示されたが,同時に,結果が理論成長曲線の選択に非常に大きく依存する場合のあることがわかった.
著者
和田 久徳
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-14, 1987
著者
瀬田 智恵子
出版者
放送大学
雑誌
研究報告 (ISSN:13431080)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.77-99, 1998-11

近年の情報通信技術の進展は、我が国の教育改革の要請とあいまって、教育の分野にも大きな変化をもたらし、高等教育の一層の充実という文脈の中で「遠隔授業」「通信制大学院」などマルチメディアを活用した新しい教育の形態を可能にしている。イギリスにおいては、1989年以来CTI(Computers in Teaching Initiative : 教育におけるコンピュータ活用)と呼ぶシステムの下に、専門領域別に24大学がCTI Centreとなり、高等教育におけるコミュニケーション&情報テクノロジー(C&IT)の活用を目的に活動をしている。本稿では、CTI Human ServicesのSocial Work on the Webに所蔵の、The World Wide Web Virtual Libraryの中のMen's Issues Pageから、特にFatherhoodとSingle Dad lndexに見る「家族の中のジェンダー」の概観を試みた。The Men's Issues Pageに現れた父親の問題で目立つのは、「男は仕事」という役割期待を待つ故に、男性が父親として直面するジェンダーバイアスである。専業主夫、離婚後の扶養料負担、子どもの監護権、伝統的な性役割分業観に基づく裁判所命令、悪用される女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツなど。「男女共同参画」の推進という国際的な取り組みの中では、「女は家庭」という役割期待を担う故の、家族の中の女性の不利益に焦点が当てられがちである。しかし、今回の試みを通して、家族という枠組みの中で男性にとってのジェンダーバイアスも決して小さなものではないことを知ることが出来た。また、本稿の作成作業を通して、時間的・空間的制約を越えて資料へのアクセスが手軽にできる、比較的up-to-dateな情報を得易い、などのThe Virtual Libraryのメリットとその限界を体験できた。
著者
宮川 繁
出版者
放送大学
雑誌
メディア教育研究 (ISSN:13441264)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.1-8, 2004

高速通信をベースにした双方向メディアが普及するにしたがって、「パーソナル・メディア」の出現という現象が起こっている。「パーソナル・メディア」は、「マスメディア」とは対照的に、ユーザーが双方向な場に、まさに双方向参加することで形成されるものであり、メディアの生産者と消費者の間に引かれた境界線が曖昧になってゆくような視点をもたらしてくれる。本論では、私がMITで製作した「スターフェスティバル」(starfestival.com)というプログラムを通じて、「パーソナル・メディア」のいくつかの特徴を解説する。「スターフェスティバル」では、プログラム内に準備されたモデルをベースにして、ユーザーは自分自身の視点を見つけ、自分だけのストーリーを作り出してゆくことができる。また、それをするために、様々な他のメディアの流用をすることもできる。このような自分のストーリー作りや、流用といった視点は、「パーソナル・メディア」が持つ重要な特徴である。
著者
宮澤 康人
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.33-56, 2003

キリスト教は「父性的原理(paternal principle)」をもつ宗教であると一般的に言われている。ところがもう一方で、キリスト教は、聖母マリア信仰が強いことでも知られる。カトリック教会に必ず置かれている聖母像を見た人は、キリスト教は、本当は「マリア教」ではなかったのかという思いを抱くことがあるはずだ。聖母信仰がもし「母性原理(maternal principle)」を意味するとしたら、そこには葛藤が生まれるのではないだろうか注2)。葛藤は、第一に、三位一体の教義のなかにマリアは含まれていないにもかかわらず、マリアをテオトコス(Theotokos)、すなわち神の子の母、と位置づけるときに表れる。第二に、マリアの夫であり、イエスの「父」であるヨセフを、天上の父との関係でどう意味づけるか、という問題として表れる。この二つの葛藤が交錯するところに、「二つの三位一体」という崇敬の対象があるように思われる。「二つの三位一体」とは、父と子と聖霊という「天上の三位一体(trinidad del cielo)」に対応して、地上における、イエスと母マリア、父ヨセフの家族、すなわち聖家族を、「地上の三位一体(trinidad de la tierra)」と名付け、その二つをセットにしたものを指す。これは、15世紀ころから聖職者たちによって提唱され、16、17世紀には、スペインの、とくにアンダルシーア地方でたくさん図像化された。けれども、18世紀には、「地上の三位一体」という言い方が、一般信徒の誤解を招くという理由で異端審問所から警告を受けることになる。それにもかかわらず、「二つの三位一体」の図像は、アンダルシーアの教会に現在でも残されているだけではない。ラテンアメリカの教会では、18世紀以降から現在に至るまで盛んに制作され崇敬され続けている。以上のようなことは、どのような文脈の中で、どのようにして起こったのであろうか。本論文は、この問題に主として図像資料を使ってアプローチする試みである。それによって、文字資料だけに頼る概念的な理解とは違う面が見えてくることを期待している。
著者
渡邊 二郎
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.47-77, 2001

シェリングは、18世紀末から19世紀前半にかけて活躍したドイツ観念論の哲学者であるが、先行のフィヒテに対しては自然哲学を、後続のヘーゲルに対しては積極哲学を提唱した点で、独自性をもつ。それは結局、自然の根源性と、論理で割り切れない歴史の不透明な現実とを、強調したことにほかならない。その自然観と歴史観は、21世紀を迎えた私たちに対しても大きな示唆を与える。なぜなら、現代は、自然の生態系との共生なくしては文明社会の存立が危ぶまれる時代であり、また、その地球上の共同社会のうちに未曾有の紛争や軋轢が生じている激動の時代、すなわち人類の歴史の行方が到底定かには見通せない時代だからである。シェリングは、終生、自然と歴史という二つの大きな問題場面を共に視野のなかに収めながら、包括的な思想体系を樹立することに精魂を傾けた哲学者であった。その点は、彼の諸著作に即して具に立証されうる。その際、とくに注意すべきなのは、自然のなかから人間が生まれ、その人間において自由と精神が出現し、こうして一方で、人間は、自然の頂点に立つとともに、他方で、宇宙の場を住処としており、人間は、精神と歴史という新しい過程の出発点に立つ者として、重い責務を背負っているとシェリングの見なしている点である。シェリングの自然哲学のうちには、生きた自然の強調、自然と精神の同根性への着眼、自然の自己組織性の指摘、自然の内的構成の原理的把握、物質の重視といった思想が認められ、きわめて現代性に富む考え方が提起されている。とりわけ、注意すべきなのは、万物を生み出す根源的な働きが、物質のうちに存在根拠を置くという仕方で具体的に展開すると見なされている点である。ただし、最初に現存するものとしてその物質のうちから、さらにより高次のあり方が自然の過程として順次展開されてゆくとシェリングは見ており、けっしてたんなる機械論的唯物論を説いたのではないことは付言するまでもない。自然のうちから、やがて人間が現れる。人間において、とりわけ重要なのは、人間が、その自由と精神の活動を、共同社会において、実践的行為によって展開してゆくとき、そこに、自他の自由を互いに尊重し合う世界市民的な法体制が、人類の歴史を通じて、ほんとうに実現されるか否かにあるとシェリングが考えている点である。しかし、歴史とは、いかにそこで人間が確信にみちて行為しても、けっして思い通りにはならないところにその本質があるとシェリングは見なしている。そこには、自由と必然性との葛藤という悲劇的なものが潜み、それを調停する絶対者を知りえないのが人間の運命であるとシェリングは考えている。したがって、人間がなしうることは、ひとえに、歴史のうちに摂理があることをひたすら信じて、苦難のなかを理想に向けて努力し精進するという過程だけなのである。こうした悲劇的な人間観が、初期から晩年に至るまで、シェリング哲学の根底に伏在していると見てよい。