著者
今野 真二
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.164, pp.17-38, 2023 (Released:2023-08-19)
参考文献数
6

中国語をあらわすための文字である漢字は,中国語に対しては「表語文字」として機能している。しかし日本語の文字化に際しては,漢字は「表意文字」として機能することが多い。本稿では,そのことを確認した上で,12世紀半ば頃に成立したと目されている3巻本『色葉字類抄』,室町期に成ったと目されている『節用集』,江戸時代に出版された『書言字考節用集』を具体的に観察し,同一の漢字列が和語も漢語も文字化しているという状況を整理しながら示した。こうしたことをふまえて,明治期に整版本の草双紙として出版されている『賞集花之庭木戸』と,同一のタイトルで,「ボール表紙本」として活字で印刷されて出版されているテキストとを対照し,漢字列を軸として,連合関係が形成されていることを指摘した。そうであれば,漢字列は非音声的に,連合関係を形成していることになり,そのことは日本語における特徴といってよいと考える。
著者
浅原 正幸 小野 創 宮本 エジソン 正
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.156, pp.67-96, 2019 (Released:2020-04-14)
参考文献数
65

Kennedy et al.(2003)は,英語・フランス語の新聞社説を呈示サンプルとした母語話者の読み時間データをDundee Eye-Tracking Corpusとして構築し,公開している。一方,日本語で同様なデータは整備されていない。日本語においてはわかち書きの問題があり,心理言語実験においてどのように文を呈示するかがあまり共有されておらず,呈示方法間の実証的な比較が求められている。我々は『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(Maekawa et al. 2014)の一部に対して視線走査法と自己ペース読文法を用いた読み時間付与を行った。24人の日本語母語話者を実験協力者とし,2手法に対して,文節単位の半角空白ありと半角空白なしの2種類のデータを収集した。その結果,半角空白ありの方が読み時間が短くなる現象を確認した。また,係り受けアノテーションとの重ね合わせの結果,係り受けの数が多い文節ほど読み時間が短くなる現象を確認した。
著者
江畑 冬生
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.151, pp.63-79, 2017 (Released:2017-04-12)
参考文献数
20

サハ語には2種類の勧誘形がある。一方は主語が双数の場合に,他方は主語が複数(3者以上)の場合に用いられる。「複数形」は双数形に接尾辞-(i)ŋを付加することで形成される。これに対し命令形では,「単数形」に同じ接尾辞-(i)ŋを付加することで複数形(2者以上)が形成される。先行研究では主語の数にのみ注目していたため,同一の接尾辞の有無に関して,ある場合には双数/複数の対立として,別な場合には単数/複数の対立として記述される結果になる。本論文では,接尾辞-(i)ŋは聞き手の複数性を指示するのだと主張する。この新たな分析により,パラダイムの中に部分的に存在していた「双数」という概念を解消できる。当該接尾辞を用いて聞き手の数を区別するのは,勧誘形・命令形・挨拶言葉である。これらには眼前の聞き手に対し強い働きかけを有するという共通点がある。挨拶言葉において聞き手の数が区別されやすくなる現象は,近隣の言語にも観察される*。
著者
松浦 年男
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.158, pp.29-61, 2020 (Released:2021-02-16)
参考文献数
52

本稿では天草市深海方言における漢語及び数詞に見られる重子音に焦点を当てて音韻分析を行った。標準語において漢語や数詞は有声阻害重子音を許容しないのに対して深海方言ではそれらを許容する。本稿では母語話者に対する聞き取り調査を実施し,有声阻害重子音が生産的であることを示した。そして,この分布に対して調和文法を用いた分析を示した。具体的には,標準語と深海方言の違いは有声阻害重子音を禁じる制約の重み付けに還元され,標準語ではこの制約の重み付けが大きいのに対し,深海方言では単独での重み付けが小さいと同時に,[COR]の値の入出力間での同一性を求める制約と重複して違反すると,母音挿入を禁止する制約よりも調和の点数が低くなるという重み付けを提案した。本稿の分析は入力において子音の調音位置の指定を求めるもので,不完全指定が適切ではないことを含意している。最後に局所的結合制約による分析よりも調和文法を用いる方が望ましいと主張した。
著者
頼 惟勤
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.1951, no.17-18, pp.1-46,182, 1951-03-20 (Released:2010-11-26)

Japanese Buddhist priests have tradition of sutra reading, This sutra reading is performed melodiously and is called-“Syomyo”. Some kinds of syomyb were brought from China at the time of T'ang dynasty. We called These Kan-on-syomyo: For the pronunciation of these syomyos is called kan-on that is, a kind of Sine-Japanese pronunciation.In this thesis the author warift to confirm the tone, in which Chinese characters were. pronounced at the time of Tang dynasty, utilizing Kan-on-syomyo as clues. Signs used. for describing sycmyo music are called “Hakase”, One hakase stands for one. Chinese character, like the Ssu-henfu in Chu.-yin-fu-hall. Utilizing these hakase signs as key under certain methodological considerations, the author wants to find out the tone class and tone' value. The composition of syomyo in hakases is always done under musical consideration-that is, determined by the position the. character takes in the musical structure of phrases. The result is that the same tone can be sung in. various ways.Because of the discrepancy between music and spoken language, the tone confirmed through this inquiry correspond only to a certain. group of characters which resemble each other as regards the tone class or tone value.
著者
大竹 昌巳
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.148, pp.81-102, 2015 (Released:2016-05-17)
参考文献数
45

契丹語はモンゴル諸語と親縁関係を有する死滅した言語で,11–12世紀の契丹小字文献によってその姿を知ることができる。本稿は,契丹小字文献における母音の長さの書き分けについて,同源語の比較やテキストにおける分布特徴の分析,接尾辞の異形態や綴字交替の分析等を通じて以下の点を示す。(1)V, CVのように開音節型の字素の母音は長母音を表記している。(2)VCのように閉音節型の字素の母音は基本的に短母音を表すが,長母音ē+子音を表す一連の字素も存在する(Vは母音,Cは半母音を含む子音を表す)。また,比較言語学的観点からは,(3)契丹語の長母音には現代モンゴル語の(母音間の子音の脱落による母音縮合の結果生じた)二次的長母音に対応するものに加えて,(4)モンゴル祖語やテュルク祖語にかつて存在した一次的長母音と対応すると考えられるものが存在する可能性についても論じる*。
著者
早田 輝洋
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.148, pp.33-60, 2015 (Released:2016-05-17)
参考文献数
18

従来の満洲語の文典も辞書も満洲語の形式-ngge, -ingge, ninggeの区別を明確にしていない。これらの形式については名詞と形容詞の別も十分に記述されていない。 本稿では満洲語資料の時代をa)ヌルハチ,ホンタイジの時代(16世紀末~1643),b)順治年間(1644–1661),c)康煕年間(1662–1722)に分けた。a)は殆どすべて無圏点文字による手書き資料,b)c)は主に有圏点文字による木版本資料である。a)にだけ動詞語幹に-nggeの直接続く例が14例もあった。a)時代の資料をもとに仮定した派生規則の例外は,当然b)c)と時代が進むにつれ多くなる。派生形態素ni-nggeの単純形態素ninggeへの変化は顕著な通時変化の例である。 a)b)の満洲語話者は満洲地区で生育し,c)の話者は北京という完全な漢語環境で生育している。康煕帝の時代の満洲語はそれ以前の満洲語と文法的にも顕著に違うことが分った*。
著者
森山 倭成 岸本 秀樹 木戸 康人
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.161, pp.35-61, 2022 (Released:2022-05-20)
参考文献数
46

肥筑方言における主語は,生起する環境が主節か埋め込み節かにかかわらず,ガ格の代わりにノ格で標示させることが可能である。先行研究では,肥筑方言のノ格主語が,ガ格主語とは異なり,主語移動(A-移動)を起こさず,vP内に留まると主張されてきた。しかし,本論では,肥筑方言のノ格主語は,vP内に留まるのではなく,TPとvPの間に挟まれたAsp(ect)Pの指定部位置へ主語移動を起こすことを論じる。このことを示すために,まず,未確定代名詞束縛とサー感嘆文に関する言語事実から,ガ格主語はTP指定部位置に移動する一方で,ノ格主語はガ格主語よりも低い構造位置で認可されることを示す。次に,vP分裂文に関するデータから,ノ格主語が主語移動を受けてvP指定部よりも高い位置に移動することを示す。特に,vP分裂文のデータはノ格主語が動詞句内に留まることができないことを示す強い経験的な証拠を提供する。
著者
松森 晶子
出版者
日本言語学会
雑誌
言語研究 (ISSN:00243914)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.59-85, 2016 (Released:2016-11-17)
参考文献数
17
被引用文献数
3

本稿は,琉球八重山諸島の黒島方言に焦点を当てて,この方言のアクセントの仕組みを明らかにする試みを行う。まず本稿では,黒島方言には(一見したところ)原因不明なアクセントの型の交替が見られる,という事実の指摘から始め,このような交替の原因を明らかにするためには,これまで多良間島や池間島などのいくつかの宮古諸島の体系において,そのアクセント位置の算出に機能していることが分かっている「韻律語(音韻語)(PWd)」という韻律範疇を想定することが必要になることを論じる。あわせて本稿では,これまで二型アクセント体系として記述されてきた黒島方言は,実は3種類の型の対立を持つ三型アクセント体系であることも報告する。そして,どのような条件のもとでその3種類の型の区別が明瞭に出現するのかを予測・説明するためにも,やはり上述のPWdという韻律範疇の想定が不可欠であることを論じる。