- 著者
-
平沼 直人
藤城 雅也
佐藤 啓造
- 出版者
- 昭和大学学士会
- 雑誌
- 昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
- 巻号頁・発行日
- vol.72, no.6, pp.628-636, 2012
医療訴訟においては,いかにして適切な医学的知見や意見を取り込むかということが重要な課題である.従来,医療過誤を理由とする損害賠償請求訴訟においては,裁判所の選任した鑑定人による裁判上の鑑定がその中核をなしてきた.ところが,近年,裁判上の鑑定に代わり,訴訟当事者すなわち原告ないし被告の提出する,いわゆる私的意見書が重要な地位を占めるようになった.本研究では,医学的意見を訴訟に反映させる方法として,鑑定,私的意見書,専門委員,付調停,事故調査報告書,死体検案書,後医の診断書,ドクターヒアリング,聴取書を取り上げ,その運用の実態と優劣を検討する.筆頭著者が医療側被告訴訟代理人として一審判決を受け確定した直近の12件につき,事案の概要・争点,診療科目,裁判所所在地・医療集中部と通常部の別,判決年月日,患者側原告代理人の有無,患者側原告私的意見書提出の有無・有の場合の意見書作成者に対する証人尋問実施の有無,医療側被告私的意見書提出の有無・有の場合の意見書作成者に対する証人尋問実施の有無,鑑定実施の有無,判決結果,控訴の有無,特記事項をまとめて表にした.わが国の民事訴訟制度は,利害の鮮明に対立する当事者が主張・立証を闘わすことによって真実が明らかになるという当事者主義の訴訟構造をとっている.裁判上の鑑定が白衣を着た裁判官とも言うべき鑑定人による職権主義的な色彩を持つのに対し,私的意見書は当事者主義の訴訟構造によく適合している.また,鑑定には,公平・中立性を十分に担保する仕組みがない,時間がかかるといった問題があり,これを解決すべく創設された複数医師によるカンファレンス方式鑑定にも法律上の疑義が呈されており,やはり私的意見書を審理の中心に据えることにより解決すべきであることが12件の実例の検討により明らかとなった.このように訴訟は私的意見書を巡る攻防となるべきであるから,原告患者側は訴状提出の際は私的意見書を添付すべきであり,これに対し,被告医療側はまず,反論と医学文献による反証をなし,それで不十分な場合には私的意見書の提出を検討すべきである.双方から私的意見書が提出された場合,裁判所はこの段階で心証に従って和解を試みるべきであるが,和解不成立の場合には集中証拠調べに移行し,原・被告本人尋問に加え,原告側協力医の証人尋問を実施すべきである.鑑定はこうして万策尽きた際の伝家の宝刀たるべきである.このような私的意見書の役割に即して,今後はこれを当事者鑑定と呼称すべきことを提言する.