著者
谷川 尚哉
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.84-101, 1991-03-31 (Released:2017-05-19)

1980年代は,地理教育にとって大きな変革の時代であった.50年代を第1期の社会科攻撃の時代とすれば,80年代はその第2期と位置付けられる.教科書攻撃として始まった教育の反動化は,議会における自民党の絶対多数という政治状況下で,強権的な政治力により,社会科解体として現出した.第13期中教審で端緒をつけ,続く臨教審路線において「国際化」を大義名分とし,一部の歴史学者の動きを取り込み,最後は教課審において,社会科は地歴科と公民科に分離解体されてしまった.1989年に告示された新学習指導要領による地歴科の地理教育の内容は,無理に地理の「専門性・独自性」を確立し人文科学の一分野として位置付けようとし,資源・産業学習という経済地理的内容を制限し,逆に国際化に対応するとして無批判に文化人類学的な生活・文化の内容を導入するなど問題が多い.今後も戦後の社会科の中の地理教育が築きあげてきた成果を継承してゆかねばならない.
著者
原 真志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.368-386, 2005-12-30
被引用文献数
3

日本初のフル3DCDによるテレビアニメシリーズである「SDガンダムフォース」プロジェクトを事例として,日本における予算的・時間的に制限された条件下で,アニメのフル3DCG化を実現したイノベーションのプロセスとそのシステムの特徴を分析した.対象プロジェクトを実現した谷原スタジオを中心とした「谷原システム」は,次の5つの特徴を持つ.東京大都市圏で近接する異質なクラスターを前提として,第1に谷原スタジオの主要スタッフとしてアニメ系,CG系,実写系の多様な人材が集められ,第2にアニメ系,CG系,ゲーム系といった多様な企業をサテライトCGスタジオとして組織化している.第3にアニメ産業とCG産業という2つの方法,価値観の異なるクラスターを融合し,従来のアニメとは全く異なる「作り方を作った」.第4に,予想できない問題に対処するために,プロジェクト期間中にループ型からスター型へとプロジェクト構造の進化を行った(「作り方を作った,しかも作りながら」).第5に,このプロジェクトの中で,クラスターを融合する関係性資産が再開発されていったが,異質なクラスターのシステム融合を実現したのは,「クリエイティブサイドとプロデュースサイドのバランスをとった」,異端のリーダーシップであった.大都市圏のコンテンツ産業などでは,近接する異質なクラスターを前提に,その融合の可能性と困難性を認識し,融合する関係性資産の開発プロセスに注目する視点が重要である.
著者
山本 健太
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.203-220, 2011-09-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
1

本研究は,静岡のプラモデル製造企業を取り上げ,各社資料および聞き取り調査の結果から,技術獲得の経緯および協力企業との分業構造の特性を示すことで,静岡市を中心とする当該産業企業の集積メカニズムを明らかにしたものである.プラモデル製造企業は,設立年や進出時期,技術獲得の経緯の違いから,転換企業,進出企業,新興企業に分類できる.また,これら企業の分業構造は,センター型(転換企業,新興企業)とネットワーク型(進出企業)に分類できる.センター型の分業構造のもとでは,金型や品質の管理が容易である.ネットワーク型の分業構造のもとでは,短時間での多種多量の製品の製造が可能である.また,自社と取引先のみならず,取引先企業間の近接性も求められる.いずれの分業構造の企業であっても,物流を伴う取引の多さから,近接性が求められている.さらに,プラモデル製造企業は,地元の取引先の多くと,企業設立以前から顔馴染みであったり,設立時から取引を継続していたりする.プラモデル製造企業の分業構造を支えているものは,顔の見える相手との信頼関係である.このような静岡に埋め込まれた取引関係もまた,静岡におけるプラモデル製造企業の集積を促している.
著者
水内 俊雄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.1-19, 1994-03-31 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
4

空間への言及は近年隣接諸科学において著しいものがある. 中でも都市史研究は, 都市論, 江戸・東京論と接合して, 多くの研究蓄積をみる. 本稿では特に, 明治期以降の近代都市空間形成を分析対象にした都市史研究にいかなる蓄積があるかを概観した. 中でも地理学の研究視角に符合し, それでいながら, 地理学が不問にしてきたいくつかの問題群について, 空間構築論, 空間を創出する思想, 計画的意図, それらを背景から支える政治的・社会的コンテキストを踏まえた立場からの研究整理を行なった. 明治期においては, 東京の市区改正事業を除いて, 都市の経済基盤を支える成長部門への投下が市営事業の成立につながり, 加えてイベントを利用した街路整備事業が主流をなしたこと, 大正中期の本格的都市政策の登場の背景として, 都市イデオローグの存在の重要性を指摘し, その制度自体が社会政策・住宅政策と混合し, なおかつ都市計画も包含されるような, まさしく都市社会政策が, 新たな都市空間の創出をになったこと, 震災復興事業などで実際の事業が大々的に進行してゆく中で, 区画整理事業などが全国的に一般化したこと, 戦時体制では, 規格化・標準化の流れの中で, 都市計画, 住宅政策の質的転換がみられ, 社会政策的色合いが薄くなり, その画期をなす事業がニュータウンづくりの原初形態としての新興工業都市計画事業であったことなどを指摘した. なお, 創出された都市空間のさまざまな断片をいかに解読するか, その行為や心性を読み, 文化を摘出する作業は, 本稿では紙幅の関係もあり, 触れていない.
著者
和田 崇
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.23-36, 2014-03-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
2

大阪・日本橋は,1980年代後半から家電小売店数が減少する一方で,漫画やアニメ,ゲームなどオタク向け専門店が多数立地し,東京・秋葉原に次ぐオタクの街となった.20〜30歳代男性を中心とする関西圏のオタクは,自宅で密かに楽しんでいた漫画やアニメ,ゲームなどの趣味について,インターネット上で情報を収集したり,同人と交流したりしながら,オタク向け専門店が集積し,イベントが開催される日本橋に出かけている.彼らは日本橋を現実空間におけるホーム/居場所と認識し,そこで自己を表出し,趣味を他者と共有している.こうした状況を踏まえ,日本橋ではオタクを集客対象としたまちづくりが,2000年代半ばから商業者を中心に行われるようになった.その取組みは,既存の権力サイドにあたる商店街振興組合のキーパーソンが,オタクの街・日本橋の磁力に惹きつけられて集まった若者を巻き込み,彼らの意欲とアイデア,行動を引き出し,後押しするかたちで展開された.自らもオタクであり,オタクの感性と興味に応じた企画を立案できる若者の存在が,オタクの街・日本橋のプロモーションに重要な役割を果たした.
著者
水岡 不二雄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.45-62, 1994-03-31 (Released:2017-05-19)

本論は大きく2部にわかれる. 前半は, これまで体制としての地理学の中にあって伝統的地理学の非社会科学性を批判することに存在意義を見いだしてきた「批判的地理学」と呼ばれる立場がはらむパラドクシカルな論理の検討であり, 後半は, 筆者が前著『経済地理学』で提示した, 空間の経済・社会への包摂とそれをつうじた空間編成ならびに建造環境生産にかかわる経済・社会空間論の基本的枠組みの要約的な説明にあてられている. 非空間的な伝統的社会科学の導入による「社会科学としての地理学」を唱導して伝統的地理学を批判してきた地理学者は, 一方で地理学そのものを否定してこれを社会科学一般に解消することを導きながら, 他方では, その経済学・社会学修得の不十分さゆえ, 伝統的地理学への寄生的共存から抜け出しがたい, というパラドクスにおちいった. このため, 社会科学に学際的研究がすすんで学問の「仕切り」が開放的になり, また, 社会諸科学が空間論という新たなフロンティアに理論展開の方向を求めるようになったとき, 批判的地理学はこれに十分対応できる力量を持ち合わせていなかった. かくて批判的地理学の流れをくむ人々は, 自己の学問的アイデンティティーを求め, 一転して先祖返りし, 例外主義や機能・等質地域論, 立地論など伝統的地理学・経済地理学とおなじパラダイムを奉ずるようになった. このような逆説的な状況から抜け出すためには, 地理学を経済・社会空間編成の科学と位置付け, 空間が素材的にもつ物質性が社会に包摂されることによって, どのように社会・経済の諸過程ならびに諸関係の態様が変容するかを説明する, 経済・社会空間論の体系を構築しなくてはならない. この理論によりはじめて, 地理学は独自のdisciplineをもって他の社会科学と対等の学際的共同関係を築くことができる. 素材的空間を包摂した経済社会諸過程にかかわる論理体系は, 大要次のようなものである. 原初的空間は, 大きく絶対空間と相対空間の属性に分けられる. 絶対空間は, 空間の無限に広がる連続性であり, 空間のなかにある物質を相互に関係づけて均等化・同質化する性向をもつ. 他方相対空間は, 位置ごとの個別性と位置相互間の距離が生み出す隔離・分断の性向をもつ. 絶対空間を形式的に包摂した社会では, 主体・集団ないし行為の独立性が奪われないよう, 空間の連続性を仕切り, 「領域」が生産されなくてはならない. するとその中だけで同質化過程が作用し, 互いに異質なロカリティーができあがる. だが, 領域生産の他の一面の目的は社会関係をとり結ぶことだから, これらの異質的ロカリティーをもつ領域が集まってつくりだされた「集合的絶対空間」は, その上により広い領域を構成する社会関係の層を作りだす. こうして生産された複数の集合的絶対空間の層相互において, 空間的「連続性」と「分断」との間の関係という矛盾が発生する. 他方, 相対空間を形式的に包摂した社会は, その隔離の属性のために社会関係が破断しないよう, 集積をはかり, また交通網のネットワーク構築により「空間の絶滅」を行って, 領域内部の同質化を実際に達成しなくてはならない. しかし, 1次元の線のネットワークで2次元の面を絶滅するという交通路, ならびに点である集積が合わさってできた建造環境の編成は, その点や線と平面上の各位置との間の距離関係というあらたな空間的差異をつくりだし, 領域の同質化をめざすほどロカリティーの多様化が進む, という矛盾を生み出さざるを得ない. ここから, この2種類の生産された空間的に不均等な建造環境の編成が作り出す新たな素材的空間である「相関空間」をあらためて社会が実質的に包摂する, という課題が生じてくる. この相関空間の編成過程は, 集積とネットワークからなる空間と, さまざまな土地利用編成という集合的絶対空間の両面にわたって行われなくてはならない. これはいずれも, グローバルな空間の層のなかにあって個々のロカリティーが調整され, 新たな物質的空間としてまとめあげられてゆく過程である. ハーヴェイが語った, 「個別性や特定の場所と時間における経験と, 普遍的一般化との関係」という地理学的考察に取りついてきた「悪魔」(Harvey, 1985a, p. 61)は, こうした筋道だった空間的社会過程にかかわる考察によって解消することができる. そして同時にそのなかで, 地理学は, 経済・社会空間の編成論を究める分野として, 社会諸科学の分業のなかで自己の存在理由を主張することができるようになるのである.
著者
中澤 高志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.165-180, 2018

<p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;低出生力や高齢化といった現代日本の人口学的諸問題は,東京一極集中や限界集落化といった地理学的諸問題と不可分である.つまり,最重要の政策課題は,人口と地理が結びつく領域にこそ存在する.人口地理学は,これまでも現状分析の面から人口政策に寄与してきたが,人口政策にまつわる理念やイデオロギーに関する議論とは距離を置いてきた.本稿では,欧米における新たな人口地理学の潮流を意識しながら,新書『縮小ニッポンの衝撃』の批判的検討を手掛かりに,政治経済学的人口地理学の可能性について模索する.地図は,住民の主体的意思決定に役立つツールである反面,客観性を装い,政策主体の意図に沿うように住民を説得するメディアとしても使われる.このことは,GIS論争やスマートシティに関する議論とも関連する.そもそも,データを収集する営み自体が客観的ではありえず,何らかの理想状態を想定して行われている.日本において人口減少への対策が論じられる場合,移民の受け入れ拡大が検討されない場合が多い.そのことは,日本人とは誰かという問いや,エスノセントリズムに関する議論などと結びつく.『縮小ニッポンの衝撃』からは,著者らが低所得の地方圏出身者を他者化していることが垣間見える.このことは,経済や財政への貢献度という一次元において,人々を序列化しようとするポリティクスの表れである.価値中立な地理的量としての人口概念こそ,再検討されるべきである.</p>
著者
水内 俊雄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.p1-19, 1994-03
被引用文献数
4

空間への言及は近年隣接諸科学において著しいものがある. 中でも都市史研究は, 都市論, 江戸・東京論と接合して, 多くの研究蓄積をみる. 本稿では特に, 明治期以降の近代都市空間形成を分析対象にした都市史研究にいかなる蓄積があるかを概観した. 中でも地理学の研究視角に符合し, それでいながら, 地理学が不問にしてきたいくつかの問題群について, 空間構築論, 空間を創出する思想, 計画的意図, それらを背景から支える政治的・社会的コンテキストを踏まえた立場からの研究整理を行なった. 明治期においては, 東京の市区改正事業を除いて, 都市の経済基盤を支える成長部門への投下が市営事業の成立につながり, 加えてイベントを利用した街路整備事業が主流をなしたこと, 大正中期の本格的都市政策の登場の背景として, 都市イデオローグの存在の重要性を指摘し, その制度自体が社会政策・住宅政策と混合し, なおかつ都市計画も包含されるような, まさしく都市社会政策が, 新たな都市空間の創出をになったこと, 震災復興事業などで実際の事業が大々的に進行してゆく中で, 区画整理事業などが全国的に一般化したこと, 戦時体制では, 規格化・標準化の流れの中で, 都市計画, 住宅政策の質的転換がみられ, 社会政策的色合いが薄くなり, その画期をなす事業がニュータウンづくりの原初形態としての新興工業都市計画事業であったことなどを指摘した. なお, 創出された都市空間のさまざまな断片をいかに解読するか, その行為や心性を読み, 文化を摘出する作業は, 本稿では紙幅の関係もあり, 触れていない.
著者
松原 宏
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.419-437, 2013-12-30 (Released:2017-05-19)

本稿の目的は,経済地理学の研究成果の中から方法論的な議論を抽出し,時系列的に要点を整理するとともに,全体を俯瞰することを通じて,方法論の軌跡を描き出し,あわせて,欧米での方法論的議論を参照しながら,日本における経済地理学方法論の特色と問題点,今後の課題を考えていくことにある.第2次大戦後,欧米諸国では,新古典派経済学の立地論や地域科学が発展をみせた.これに対し,日本の経済地理学は,戦前から独自の理論構築の歩みを示し,戦後には近代経済学的経済地理学とマルクス主義経済地理学とが並存してきた.後者はまた,経済地誌,地域的不均等論,法則志向の生産配置論等に分かれ,活発な議論がなされてきた.1970年代になると,国民経済の地域的分業体系を解明しようとする地域構造論が登場し,今日まで産業配置,地域経済国土利用,地域政策の4分野にわたる多くの研究成果を蓄積してきている.1990年代以降,欧米諸国では,文化論的転回や制度的転回など,方向づけが目まぐるしく変わってきたのに対し,地域構造論は,立地論や開発経済論のような多様な理論を批判的に吸収することによって理論内容を豊富にしてきた.21世紀に入り,グローバル化や情報・知識経済化の下で,日本の経済地理学は,新たな空間的視点や研究枠組みを確立するとともに,方法論的議論の希薄化を克服していく努力が必要である.
著者
神谷 浩夫
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.221-237, 2002
被引用文献数
1

これまで日本の医療に関する研究では,社会的な平等性の重視が日本の医療の特色であると指摘されてきた.しかし空間的な観点からみると,自由診療制度を採用している日本では医療資源の地域的な不均衡が生じている.本稿では,精神科診療所の立地パターンを把握し,近年における大都市で精神科診療所が急増している背景とその意味を明らかにしようと試みた.まず,日本の戦後における精神医療の変遷を概観し,現在の精神医療制度が形成されてきた過程を考察した.戦後の日本では「社会防衛」の観点から低コストで患者を収容するために民間精神病院が大量に建設され,その多くは市街地から離れたところに立地した.精神医療が次第に開放医療,地域医療へと向かう中で精神科診療所も増えていったが,それはターミナル駅周辺の地域に開設されることが多かった.1980年代後半に入ると,診療報酬制度の度重なる改訂によって次第に精神科診療所の経営が安定するようになり,診療所の開設が相次ぐようになった.開設された診療所の多くは,従来のターミナル駅指向,駅周辺の商業ビル指向,商業地区.繁華街指向というパターンを強めるものであり,その背景には,利便性を重視して立地する診療所側の要因とともに,通院していることを周囲に知られたくないという匿名性を優先する患者側の要因も存在していた.こうした診療所立地の傾向は,アメリカにおいて精神病退院患者が都市計画規制の緩やかなインナーシティに集積している傾向と類似していた.
著者
古川 智史
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.88-105, 2010-06-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
2

本研究は,大阪市北区扇町周辺のクリエイター及び関連企業のネットワークを,「バズbuzz」と紐帯の強さの観点から検討することを目的として行った.クリエイターは,案件ごとに制作プロセス内の位置や外注先を柔軟に変えている.彼らの取引ネットワークの多くは,近畿圏という地理的範囲内で形成されている.特に,クリエイター同士の取引ネットワークは,クライアントとのそれに比べて濃密な意思疎通が必要であるため,相対的に狭い地理的範囲で形成されやすい.また,クリエイターは,リスクを回避するために既存の人脈を通じて新たな取引関係を形成することが多い.さらに,ネットワークを形成する契機は,その種類ごとに地理的な差異が存在する.一方,非取引ネットワークは,取引を前提としない対面接触の場を通じて醸成されるが,そうしたコミュニケーションを通じて,異分野のクリエイターとの協業や,暗黙知の共有,クリエイター間での相互触発,クリエイターに関する評価などが行われている.その一方で,非取引ネットワークは,クリエイター自身が評価され選別される場であるともいえる.クリエイターのネットワークは,「バズ」が有効に機能し,強い紐帯のみならず弱い紐帯を通じて取引関係を拡大しているといえる.したがって,クリエイターがネットワークを拡大する利点は大きく,これが扇町周辺にクリエイターを集中させる要因になっていると考えられる.
著者
水野 真彦
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.454-467, 2013-12-30 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
1

本稿は,この20年ほどの経済地理学の動向をもとに,制度・文化的視点とネットワーク的視点を取りあげ検討し,経済地理学の本質について考える材料とすることを目的とする.まず制度・文化的視点について,特に国もしくは地域など領域の形態をとって現れる制度・文化に焦点をあて,その論点を整理した.次に,領域を越える企業や社会的つながりを強調するネットワーク的視点に注目し検討した.そのうえで,それらを包含する近年の経済地理学の傾向を,企業や個人などアクターの相互関係に焦点を当てる関係論的視点とし,それが今後の方向性として有力なものであることを論じた.
著者
水岡 不二雄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.45-62, 1994-03-31
被引用文献数
2

本論は大きく2部にわかれる. 前半は, これまで体制としての地理学の中にあって伝統的地理学の非社会科学性を批判することに存在意義を見いだしてきた「批判的地理学」と呼ばれる立場がはらむパラドクシカルな論理の検討であり, 後半は, 筆者が前著『経済地理学』で提示した, 空間の経済・社会への包摂とそれをつうじた空間編成ならびに建造環境生産にかかわる経済・社会空間論の基本的枠組みの要約的な説明にあてられている. 非空間的な伝統的社会科学の導入による「社会科学としての地理学」を唱導して伝統的地理学を批判してきた地理学者は, 一方で地理学そのものを否定してこれを社会科学一般に解消することを導きながら, 他方では, その経済学・社会学修得の不十分さゆえ, 伝統的地理学への寄生的共存から抜け出しがたい, というパラドクスにおちいった. このため, 社会科学に学際的研究がすすんで学問の「仕切り」が開放的になり, また, 社会諸科学が空間論という新たなフロンティアに理論展開の方向を求めるようになったとき, 批判的地理学はこれに十分対応できる力量を持ち合わせていなかった. かくて批判的地理学の流れをくむ人々は, 自己の学問的アイデンティティーを求め, 一転して先祖返りし, 例外主義や機能・等質地域論, 立地論など伝統的地理学・経済地理学とおなじパラダイムを奉ずるようになった. このような逆説的な状況から抜け出すためには, 地理学を経済・社会空間編成の科学と位置付け, 空間が素材的にもつ物質性が社会に包摂されることによって, どのように社会・経済の諸過程ならびに諸関係の態様が変容するかを説明する, 経済・社会空間論の体系を構築しなくてはならない. この理論によりはじめて, 地理学は独自のdisciplineをもって他の社会科学と対等の学際的共同関係を築くことができる. 素材的空間を包摂した経済社会諸過程にかかわる論理体系は, 大要次のようなものである. 原初的空間は, 大きく絶対空間と相対空間の属性に分けられる. 絶対空間は, 空間の無限に広がる連続性であり, 空間のなかにある物質を相互に関係づけて均等化・同質化する性向をもつ. 他方相対空間は, 位置ごとの個別性と位置相互間の距離が生み出す隔離・分断の性向をもつ. 絶対空間を形式的に包摂した社会では, 主体・集団ないし行為の独立性が奪われないよう, 空間の連続性を仕切り, 「領域」が生産されなくてはならない. するとその中だけで同質化過程が作用し, 互いに異質なロカリティーができあがる. だが, 領域生産の他の一面の目的は社会関係をとり結ぶことだから, これらの異質的ロカリティーをもつ領域が集まってつくりだされた「集合的絶対空間」は, その上により広い領域を構成する社会関係の層を作りだす. こうして生産された複数の集合的絶対空間の層相互において, 空間的「連続性」と「分断」との間の関係という矛盾が発生する. 他方, 相対空間を形式的に包摂した社会は, その隔離の属性のために社会関係が破断しないよう, 集積をはかり, また交通網のネットワーク構築により「空間の絶滅」を行って, 領域内部の同質化を実際に達成しなくてはならない. しかし, 1次元の線のネットワークで2次元の面を絶滅するという交通路, ならびに点である集積が合わさってできた建造環境の編成は, その点や線と平面上の各位置との間の距離関係というあらたな空間的差異をつくりだし, 領域の同質化をめざすほどロカリティーの多様化が進む, という矛盾を生み出さざるを得ない. ここから, この2種類の生産された空間的に不均等な建造環境の編成が作り出す新たな素材的空間である「相関空間」をあらためて社会が実質的に包摂する, という課題が生じてくる. この相関空間の編成過程は, 集積とネットワークからなる空間と, さまざまな土地利用編成という集合的絶対空間の両面にわたって行われなくてはならない. これはいずれも, グローバルな空間の層のなかにあって個々のロカリティーが調整され, 新たな物質的空間としてまとめあげられてゆく過程である. ハーヴェイが語った, 「個別性や特定の場所と時間における経験と, 普遍的一般化との関係」という地理学的考察に取りついてきた「悪魔」(Harvey, 1985a, p. 61)は, こうした筋道だった空間的社会過程にかかわる考察によって解消することができる. そして同時にそのなかで, 地理学は, 経済・社会空間の編成論を究める分野として, 社会諸科学の分業のなかで自己の存在理由を主張することができるようになるのである.
著者
北崎 幸之助
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.217-235, 1999-09-30 (Released:2017-05-19)

これまでの戦後開拓地研究は, 政策的評価やモノグラフ的な営農形態と土地利用の変容過程に限られていた.しかも戦後開拓地における営農形態や土地利用の変容・分化が生じた原因については十分に究明されていない.本研究は福島県西白河高原西郷村に建設された戦後開拓地を研究対象地域として, 自然条件や開拓組織, 入植者の属性, 農家個々の対応, 開拓指導者の役割などの内生的な要因に着目して, その変容過程を明らかにすることを目的とした.白河報徳開拓農業協同組合は第2次世界対戦後, 加藤完治が直接的な営農指導を行った開拓地である.加藤は地縁・血縁関係のない20歳代の農業技術に未熟な入植者を, 共同経営を通して開拓地に定着させようとした.一方, 海外での入植経験をもつ40歳代の入植者には, 個人経営の形態をとらせた.営農基盤が確立すると, 共同経営を小ブロックに分割して, 個人経営への移行段階とした.加藤完治の後継者となった息子の弥進彦は, 営農の柱を酪農とバレイショの生産にし, それまでの自給的・共同体的な営農から脱却させて, 商業的農業への転換をはかった.このことは, 高度経済成長期での開拓農村維持に大きく貢献した.また, 加藤完治を核として形成された共同体的集団は, 機能的集団へとその性格を変化させた.1980年代に開拓集落の農家は, 大規模酪農家と第2種兼業農家に分化していった.この両者間の土地貸借関係も, 農業集落を現在まで維持する大きな要因となっている.
著者
矢田 俊文
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.49, no.5, pp.395-414, 2003-12-30 (Released:2017-05-19)

本稿は,50回の記念大会において「日本の経済地理学の半世紀と経済地理学会」というタイトルで記念講演したものを基調にして,戦後日本の経済地理学の潮流を筆者なりの視点で鳥瞰したものである.経済地理学の潮流を規定する要因として,(1)日本および世界の地域問題,(2)日本の地理学,(3)欧米の経済地理学,(4)経済学の基礎理論,以上の4つのそれぞれの時代の動向相互の影響のもとで営まれる4つの「知的空間」の作用の様態によって時期区分をした.「揺藍期」(1940年代後半〜1950年代前半)は伝統的地理学への批判による社会科学としての経済地理学の胎動,「離陸期」(1950年代後半〜1970年代前半)は,学会設立後の経済地誌論と経済立地論が並存しつつ成果をあげた時期,「発展期」(1970年代後半〜1990年代前半)は地域構造論の提起と理論的・実証的分析の進展,「転換期」(1990年代後半以降)は世界史的な時代の大転換を背景とした欧米の経済地理学の興隆と積極的な「輸入」として特徴づけられる.こうしたなかで,21世紀初頭の経済地理学は、経済の空間システムを対象としてきた地域構造論の再構築を通して,(1)世界経済,(2)国民経済,(3)地域経済,(4)企業経済,(5)情報経済,以上5つの分野の空間システムと相互のかかわりについて理論的・実証的かつ政策的な分析を行うことが求められる.