著者
荒木 一視 柴 彦威
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.249-265, 2004
被引用文献数
1

世界の食料経済が新たな局面を迎える中で,食料貿易は近年増加している.それは特にアジアの消費の拡大にもよるものである.アジアの大国でもある中国は,特に近年のめざましい経済成長の中で,農産物の大生産国であると同時に,大食料消費国でもある.南米から北米,アフリカからヨーロッパという食料貿易の研究は,世界システム論的な視点あるいはコモディティチェーン(商品連鎖)といったアプローチにより行われてきた.しかし,中国の食料流通に関する研究は少なく,これ抜きには東アジアの食料貿易の理解は難しい.これらのアプローチの東アジアヘの適用を検討する上で,この巨大な国の国内の流通システムの研究は不可欠である.以上のような観点から本論では,中国の青果物供給体系を明らかにすることを試みる.その際,研究事例として北京はもとより中国でも最大級の卸売市場である大鐘寺青果物卸売市場を取り上げ,3月と9月の入荷状況を検討した.両月を設定したのは,3月は多くの野菜が端境期を迎える一方,9月は出荷が最盛期を迎える時期に相当するからである.使用した資料は「大鐘寺農副産品批発(卸売)市場蔬菜水果上市行情及産地月報表」「大鐘寺農副産品批発(卸売)市場月成交量統計表」である.「月報表」では各品目ごとの入荷産地が,「統計表」では各品目ごとの取引額,取引量,最高値,最安値を含む単価がそれぞれ示されている.以上の資料を用いて具体的に北京市に入荷する青果物がどの地域からどのような形態で輸送されているのかを明らかにし,このような青果物の入荷圏がどのように形成されてきたのかなどにも言及するとともに,わが国の青果物流動との比較も行った.その結果,青果物の入荷パターンには季節的な違いが認められた.多くの農産物が出荷の最盛期を迎える9月には,同市場への入荷は北京市近郊,華北地域に集中したが,端境期となる3月には遠く華中・華南方面からも入荷が認められた.その際,単価の高いものほど遠隔から,安いものほど近郊から入荷するという傾向が確認できた.総じて,季節的な変動が認められるものの,端境期には中国全土をカバーするような北京市への青果物供給システムがすでに構築されているといえる.その背景には中国国内の経済格差が影響していることが考えられる.特に,北京の購買力の高さがこのような全国的な体系の構築において重要な役割を果たしたと考えられる.その意味では北京で豊かな消費を享受する者は,日本や米国などの消費者と同じであり,従来コモディティチェーンのアプローチなどで取り上げられた生産地と消費地の格差の問題と同様の問題が中国国内にも当てはめられる.今回確認されたのと同様の全国的な青果物供給体系を早くに構築した日本との比較では,両者の性格の違いが浮き彫りになった.また,東アジアの食料供給という観点からは,中国のもつ,供給者としての側面のみならず,強力な購買力を持ち,時に広大なスケールでの供給圏を構築しうる消費者としての側面が重要であることが確認された.これは欧米諸国への供給者として注目されたアフリカや南米の国々とは大きく異なる点であり,東アジアの食料流通を考える上での極めてユニークな特徴である.
著者
菊地 達夫
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.299-308, 2012

北海道は,明治以降,中央政府の主導によって,地域開拓政策,地域開発政策を展開してきた.戦前の地域開拓政策では,食料生産,地下資源開発を中心に産業立地を形成してきた.他方,製造業を中心とした工業立地では,道外大規模資本による鉄鋼業や製紙業の立地,道内小規模資本による食品加工業,木材加工業の立地がみられた,戦後では,太平洋ベルト地帯が形成されると,工業立地の分散のため,大規模な地域開発政策が計画された.北海道の場合,苫小牧東部地域開発計画が展開した.しかしながら,苫小牧東部地域開発計画をはじめとする道内工業団地は,思うような企業誘致ができなかったところが多い.そうした中,同時期に展開した石狩湾新港地域開発計画では,地域環境や地域資源の活用を重視した企業誘致を行い,一定の企業立地に達している.工業立地の場合,その中心は食品加工業や木材加工業であった.それに加え,近年,リサイクル系企業や環境・エネルギー系企業の立地が,急速にすすみつつある.また,東日本大震災の影響が,皮肉にも,それら企業立地の追い風になっている.第7期北海道総合開発計画,札幌臨海小樽・石狩地域の基本計画の内容では,誘致する企業立地の推進として,食品加工業,リサイクル系企業,環境・エネルギー系企業などの業種が示されている.いずれも,地域環境や地域資源の活用を重視する業種内容である.そのため,石狩湾新港地域は,それら企業立地の先駆的な役割を果たしている.
著者
野尻 亘
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.136-154, 1993
被引用文献数
1

本稿の目的は, 1980年の運輸省の地域貨物流動調査のデータを因子分析等を用いて分析し, 全国陸上輸送体系である鉄道コンテナと路線トラックの貨物流動の空間的構造を明らかにし, それらについて各々の輸送手段の特性との関連から考察を加えることにある. クロス集計によれば, 双方の輸送手段ともに東京・大阪・愛知・福岡・北海道に発着が集中している. しかし路線トラックの方がコンテナよりも発着地ともに分散傾向にある. 最大流直接連結法によって, コンテナでは東京・大阪・北海道・福岡を中心とする広域的な流動が, 路線トラックでは東京が東日本全体の, 大阪が西日本全体の発着の中心となっている2大構造が明らかとなった. さらにRモード因子分析の結果を総合すれば一層興味深い流動パターンが現れた. コンテナの場合, 東京と全国間, 大阪と東北・関東・四国・九州間, 北海道から関東・東海・近畿間, 福岡と東京・大阪間という流動パターンが認められた. 路線トラックの場合には, 東京と南東北・関東甲信越および近畿間, 大阪と関東・近畿・中国・四国・九州間, 愛知と近畿・東海・北陸・関東間, 福岡と九州各県間, 宮城と東京および東北各県間, 広島と大阪および中国各県間, 北海道内といった流動パターンが認められた. Rモードの因子得点をクラスター分析した結果,コンテナでは東京・大阪・愛知・北海道が, 路線トラックでは東京・大阪・愛知が各々重要な発送の中心地であると認められた. 路線トラックは各広域拠点都市を中心としたブロック域内の輸送が中心であるのに対して鉄道コンテナはトラックよりも長距離の広域拠点都市間の輸送を補完するものとして機能している. しかし本研究では貨物流動に因子分析を適用することについての問題点も浮かび上がった. そのため物流に関する研究とも関連させながら内外の方法論について展望し検討を加えた.
著者
中澤 高志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.468-488, 2013-12-30 (Released:2017-05-19)

本稿では,経済地理学における関係論的視点重視の潮流を生態学的認識論の高まりと捉えた.ブラーシュは生態学を範に採り,科学としての人文地理学の樹立を目指したが,対象を自然的・物的関係に自己限定し,主体と社会環境との相互作用や一般的・普遍的な関係の探求を他分野にゆだねる結果となった.地域構造論は,ブラーシュの「地的有機体」と同様の認識論に立脚しながらも,地域的分業体系の骨格をなす産業配置の側から,経済循環の空間的まとまりである経済地域の生成を説明する枠組みを示した.しかし,現代の経済地理を分析するうえでは限界があり,空間的組織化論の発展によってそれを乗り越えることが期待される.「埋め込み」の概念的な検討に際しては,「グラノベッター的埋め込み」と「ポランニー的埋め込み」を峻別すべきである.前者の浸透によって,主体の行為を社会的文脈の中で関係論的に捉える研究は蓄積されたが,一般的・普遍的関係を把握するための方法論的探究が置き去りにされている感がある.その難点を克服するためには,「ポランニー的埋め込み」の議論を摂取して,一般的・普遍的関係に迫りうる分析視角の確立を目指すべきである.以上を踏まえ,労働市場のマクロな分析視角として,労働力需給の空間的ミスマッチ,時間的ミスマッチ,スキルミスマッチの地理的・歴史的変化の把握と,これらミスマッチの制度的克服の解明を提起し,若干の実証的検討を行った.
著者
西原 純
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.168-175, 2009
被引用文献数
1

2008年11月1日(土)に経済地理学会中部支部11月例会として,標記のシンポジウムを中部大学名古屋キャンパスにて開催した.地理学だけでなく地方財政学や社会学の研究者を含めた8人の報告者と61名の参加を得た.平成の大合併の目的,合併のあり方,庁舎の方式や地域内分権制度,山間地域・離島地域での広域な自治体の運営,地域の担い手・組織などについて,合併後の行政実情と問題を報告・討論し,そこから解決すべき課題を共有して,課題の解決に迫った.
著者
小俣 秀雄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.88-110, 2013-03-30 (Released:2017-05-19)

本稿は,新製品開発によって経営革新を成し遂げた機屋と産地との相互の関係に注目して,山梨県富士吉田織物産地の革新性について検討することにより,産地の持続的なあり方を展望することを目的とした.本稿で新製品開発による経営革新の事例として取り上げたM機屋は,生産手段を持たずに,デザイン企画機能に特化して製品の提案を行う「テーブル機屋」という形態である.M機屋による新製品開発とそれによる経営革新には,企業独自の努力や論理が強く作用しているが,M機屋の要求に対応できる産地内の外注業者の技術レベルやそれらの業者の空間的近接も重要な成功要因であった.また,新製品が開発されるプロセスにおいて,外注業者のグレードアップや技術的範囲の拡大も見られた.これらのことから,個別機屋の新製品開発は産地と個別機屋に相互効果を及ぼすことが明らかとなった.現在の富士吉田産地においては,政府の施策を直接的契機として,性格を異にする企業の共同化が複数興っており,M機屋はこれらの企業間ネットワーク同士の結節点をなしている.かくして富士吉田産地では重層的・広域的で複雑な企業間ネットワーク構造により,M機屋の経営革新に関するノウハウの,他の機屋への伝播を促すソフトな仕組みが形成されつつある.これを産地全体のなかで位置づけると,従来の下請け的な構造のなかに,企業間の水平的ネットワークによって自立的な経営を目指す部門が生成しつつあり,二重構造的である.このような二重構造の深化は,富士吉田織物産地の持続的な在り方の1つの方向であるといえる.
著者
坪本 裕之
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.53, no.5, pp.461-477, 2007-12-30
被引用文献数
1

本研究は,1990年代以降の,大規模再開発が進められている東京中心部におけるオフィス業務の変化と企業再構築,そしてそれらが反映されると考えられる新しいオフィス形態の導入が,都心とそれを含む大都市圏空間にもたらす影響について考察した.事例として,バブル経済崩壊後に急成長を遂げた経営コンサルティング企業に代表される知識基盤産業のオフィス構築活動を検討し,新しいオフィスの形態とそれを支える要素について考察した.米国に親会社をもつ旧会計事務所系経営コンサルティング企業では,1990年代前半に企業再構築の柱として,情報共有を目的とした情報化の推進とチーム制の導入,能力主義的業績評価をはじめとする人的資源管理(Human Resource management)の刷新が行われ,それに伴って,コンサルタントの執務するスペースにフリーアドレスが導入され改良されていった.フリーアドレスでは,コンサルタントはあらかじめ決められた席を持たず,必要があるごとに自由に席を決める.この新たなオフィスの形態を導入した結果,コンサルタントの大量採用が進む一方で,従業員一人当たりが占有する床面積とそれにかかるコストは大幅に縮小され,利用目的の再考と効率的なオフィススペースの活用が試みられた.さらにモバイルオフィスの導入によってコンサルタントの業務はフットルースとなり,フリーアドレスはオフィスから都市空間に拡張された.そして,オフィスとその外部の都市空間はワークプレイス(workplace)として統一的に扱われるようになりつつある.1990年代初頭にサテライトオフィスを開設した企業では,経営コンサルティング企業と同様に情報技術の利用と人的資源管理の刷新を行った結果,郊外に設けられた施設型分散オフィスの利用価値が低下している.一方,その核として位置づけられる中心部のオフィスは,チームプロジェクトの結節点としての機能が強化されつつ,顧客との関係強化においては,ワークプレイスそれ自身が含まれる不可視的な商品を具現化するショールームとしての機能が重視され,顧客企業本社からの近接性が高く,2000年代に入って再開発が進行しオフィス床の供給が増加した中央業務地区(CBD)での立地が強化されている.こうした動向は,オフィスがその内部における情報流やオフィス組織,そしてそれらを有機的に結びつけようとする企業活動が反映された土地利用形態であることを示している.事例として挙げた,情報へのアクセスの均質性が実現されたフリーアドレスと,それが外部に拡張してできるワークプレイスは,業務の遂行とサービスの付加価値の向上に必要とされる協同作業,言い換えればチーム構成員の相互補完を前提とした業務空間である.しかし,この補完性はオフィス形態を支えてきた潜在的な本質であり,ワークプレイスが構築されるに伴って表出したに過ぎない.既往の都市内部レベルのオフィス研究においては,対面接触の情報通信手段による代替性が基本的な概念として強調され,それが不可能な情報交換の手段として対面接触が位置づけられて都心の集積が評価されたが,今後の都市内部および大都市圏レベルのオフィス研究においては,オフィス業務の持つ補完性の考慮がより重要となろう.都市内部の業務地域を,機能的空間として考察してきた都市地理学の有用性は,この点の考慮にあるといっても過言ではない.
著者
千葉 立也
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.257-269, 1981-02-28
著者
柳井 雅也
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.291-305, 1988-12-28
被引用文献数
1
著者
宮澤 仁
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.44-57, 1996-03-31

本稿は, 長崎県五島列島の岐宿町を事例にして, 離島における消費者購買行動の考察を目的とした. 岐宿町における購買行動調査から, 低次財ほど岐宿町内で購入され, 高次財になるにつれ福江市内へ購買先が移る傾向がみられた. また, 離島という地理的な位置を反映した特徴として, 時間的・経済的制約をともなう島外都市での購買が高級品に関して顕著にみられた. さらに, 衣服類の購買に通信販売を利用する世帯が多かった. このような岐宿町における購買行動を規定している要因を数量化II類によって検討した結果, 購買機会の分布と女性の就業する産業が強く影響していることが明らかになった. 前者は, 福江島内の高次財の購買機会の少なさが影響していた. また後者に関しては, 女性の就業と他の生活活動との関係が認められ, 職業特有の就業時間や従業地, 自宅や従業地と購買先の位置関係などが購買行動に影響を与えている. 近年, 岐宿町内では高次財の購買が困難になっており, 福江市への依存傾向が強まっている. さらに, 島内での購買では十分な充足感が満たされない, または購買が不可能な財については, 購買を島外に依存せねばならない. その際には, 離島の「隔絶性」が大きな制約となっている. 通信販売の利用は, 購買のための時間不足と購買機会の減少に対処するための現実的な購買選択肢となっている.
著者
成田 孝三
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.308-329, 1995-12
被引用文献数
5

グローバルな経済システムの中枢として機能している現在の世界都市の盛衰は, 多国籍企業の立地戦略と国際的に移動する人々の性格によって規定される. 後者は少数のエリートと多数の移民労働者よりなるが, 本稿が問題とするのは受け入れ国におけるエスニックマイノリティとしての移民労働者である. 80年代に急増した東京の移民労働者(ニューカマー)は, 非合法就労者, 底辺労働者, 被搾取者, 被差別者, 社会問題の発生源等々と極めてネガティブに評価されてきた. しかし移民労働者は都市に活力をもたらす可能性を保有しており, その発現を妨げてきたのは彼らを受け入れる方式である, というのが筆者の基本的な視点である. 例えば65年の移民法修正後にアメリカで増加したいわゆるニューカマー, とりわけアジア系の移民労働者の多くは, 強固な家族的紐帯, 高い教育水準, 多様な民族的組織, 旺盛な労働意欲等によって社会的上昇を遂げ, 大都市インナーシティの再活性化に寄与してきた. 彼らがそのようにポジティブな存在であり得るのは, 就労の権利を得た家族として定住しているからである. わが国でもそれに対応するものとしてオールドカマーたる在日韓国・朝鮮人が存在する. このような視点の有効性を示すために, 「在日」の大集積地であり, 典型的なインナーシティである大阪市生野区と東京都荒川区を主要な対象地域として, 「在日」の就業構造, 事業活動, 街づくり, 住宅改善の実態を検討した. その結果, 民族差別のきつい日本社会の中で彼らは大きなハンディを背負いながらも, たくましいエネルギーを発揮して, 自らの生活とコミュニティの向上に努め, インナーシティの活力保持に貢献していることが明らかになった. 就業機会を極めて狭く限定し, できるだけ単身者を短期間受け入れようとしているわが国の対ニューカマー政策は, 彼らにとってマイナスであるといわねばならない.
著者
中澤 高志 荒井 良雄
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.162-174, 2004-06-30
被引用文献数
1

本稿では,地方圏における情報サービス企業の起業について,創業者個人の移動経歴に焦点を当てて分析し,創業者の移動経歴によって,起業にかかわる事象やその後の経営のあり方が異なっていることを示した.地方圏で誕生した情報サービス企業の多くは,その道県の出身者が創業したものであり,出身地以外で企業を経営している他地域出身の創業者は,全体の2割程度にとどまる.一方Uターンの創業者のほとんどが東京大都市圏で他社に勤務した経験を持ち,地元定着の創業者についても,出身地外の高等教育機関に進学した者が多いなど,創業者の移動経歴の空間は広範囲にわたる.最大の顧客の立地場所を創業者の移動類型別にみると,地元定着創業者の企業では,もっぱら周辺の企業と取引している場合がほとんどであるのに対し,Uターンや他地域出身の創業者の企業では,ともに最大の顧客を東京大都市圏内に有する企業が約3割に上る.また,他地域出身の創業者の企業では創業資金が相対的に多く,自宅以外にオフィスを構える例が多いほか,創業者の右腕となる社員がいる割合も高い.これに対してUターンでは,十分な創業資金が得られないまま自宅で創業に至る例が多く,創業者の右腕となる社員を欠く企業も多い.創業者の移動経歴ごとにみられるこうした違いは,他地域出身者の企業において売上高の伸び率の高い企業が多いこと,Uターン者の企業では売上高の少ない事例が目立つといった経営状態に反映している可能性がある.
著者
平 篤志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.47, no.3, pp.196-214, 2001-09-30
被引用文献数
1

本研究は, ソウル大都市圏における日本系企業の立地展開の特徴を立地パターンと企業属性から明らかにし, 立地戦略を説明することを目的とする.韓国に対する日本からの直接投資は, 1960年代後半以降増加したが, 日本系企業の過半数は円高が進行した1985年以降に設立された.1999年現在, 韓国の日本系企業の大部分はソウル大都市圏に立地し, そのうち72%はソウル市内に存在する.ソウル市内では, ハンガン南岸域, 特にカンナム, ソチョ区が立地の中心地域となりつつある.業種別では, 製造業はソウル市内と郊外地域の双方に展開しているのに対して, 1990年代に入って企業数が急増したサービス業はそのほとんどがソウル市内に立地している.主要な立地要因は, 当該都市圏における取引先企業の存在と販路拡大である.取引先企業は, 製造業, サービス業ともその過半数が現地韓国企業で占められ, 取引の現地化はかなりの程度進行している.一方で, 最高責任者の現地化は, 韓国政府による規制緩和政策を受けた設立形態の変化, すなわち日本側100%出資形態の増加に影響されて進んでいない.従業員数は1990年代後半に入って, 製造業において減少, サービス業において増加傾向にある.従業員の大部分は現地採用の韓国人である.事務所の運営に関しては, 日本側100%出資企業と比較して, 合弁企業では日本統括本社の域外支配は弱く, 企業としての自立性が高い.総体的に, ソウル大都市圏の日本企業は, 現地企業の立地変化に敏感に反応しながら選択的に現地化戦略を導入している.
著者
日野 正輝 柳井 雅也 末吉 健治 石川 錬治郎
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, 2001-03-31

2000年の地域大会として11月25〜26日に上記シンポジウムを開催した.25日の午後はNEC秋田の液晶工場を見学し,26日の午前中には秋田市千秋公園内にある秋田県生涯学習センター分館・ジョイナスにおいてパネルディスカッションを行った.はじめに大内秀明北東支部長からの挨拶があり,山川充夫準備委員長より趣旨説明が行われ,引き続き日野正輝氏の基調報告と3名のパネル報告の後,討論が行われた.討論の後,矢田俊文会長よりシンポジウムの感想と御礼の挨拶がなされた.なお,巡検への参加者は32名,パネルディスカッションへの参加者は54名であった.パネルディスカッションの座長は冨樫幸一(岐阜大学)が務めた.以下には各報告の要旨,討論と巡検の記録を掲げる.
著者
塚本 僚平
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.291-309, 2013-09-30

近年,消費の多様化や本物志向の進展が指摘されるなか,産地ブランドや地域ブランドへの注目が高まっている.一部の地場産業でも,産地の維持・発展の方策として,産地ブランドの構築が図られている.本稿では,2000年代以降,産地ブランドの構築に積極的に取り組んできた愛媛県の今治タオル産地をとりあげ,ブランドの構築が市場における優位性の獲得に繋がるか否か,ブランドの存在が産地維持要因の一つとなり得るかどうかについて検討した.今治タオル産地におけるブランド構築事業は,従来の問屋依存的で,有名ブランド品のOEM生産を軸とした企業体制からの脱却を意図したものであったが,産地の認知度の高まりを見る限り,当該事業は一定の成果を上げたといえる.また,問屋への依存度の低下や流通経路の拡大・多様化,リピーターの獲得といった現象も生じた.なお,今治産地では1980年代から海外生産や国内での一貫生産化,分業関係の見直し,外国人技能実習制度の利用といった生産面における戦略も展開された.それにより,分業構造に大幅な変化が生じていたが,これらの戦略は,製品の高品質化やコスト低減といった点でブランド構築事業との関連性を有していた.ただし,一部の企業では企業戦略と産地ブランドの特性が相容れないケースもあり,産地ブランドが全ての企業にとっての立地継続要因にはなり得ていないことも明らかになった.
著者
久木元 美琴 小泉 諒
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.328-343, 2013-09-30

本研究は,東京都心湾岸再開発地の事例として江東区豊洲地区を取り上げ,ホワイトカラー共働き子育て世帯の保育選択の実態を,保育所利用者へのアンケート調査と聞き取り調査から明らかにしたものである.本調査対象の子育て世帯は,夫婦共に正規職ホワイトカラーが多く,職住近接を実現している一方で,就業時間や送迎行動については世帯内の性別役割分業が維持されている.また,通勤利便性や保育所入所可能性を含む保育環境を期待して入居した世帯があるものの,認可保育所の不足から回答世帯の過半数が待機期間を経験している.都心周辺部の豊富な民間保育サービスの供給を背景として待機期間における民間保育の利用率が高く,民間保育サービスの利用と早期復職によって認可保育所の入所可能性を高めようとする等の実態が明らかとなった.
著者
大場 茂明
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.126-138, 1994-05-31

世紀転換期のドイツにおいては, 労働者階級の住宅問題(小住宅問題)が社会政策の焦点となった. 本稿では, 急激な工業化の結果, 住宅問題が深刻化したルール地域の工業都市エッセンを事例に, 様々な主体による非営利的住宅供給と自治体の住宅政策の展開について, 当時の都市計画, 都市内部構造の分化という空間的側面から考察を行った. 当該地域においては, クルップ社による社宅の大量供給がみられるものの, 他の非営利的住宅供給主体(住宅協同組合, 公益的建設会社, 市営住宅)による供給量はわずかであった. しかも, 同市の間接的住宅政策は, 土地政策, 都市計画と連関しつつ実施され, 後の住宅事情の改善や郊外における良好な市街地形成に貢献した点では評価さるべきものであるが, それは中間層に対する助成策が主体であり, 小住宅問題の改善においては限界があった.
著者
辻 悟一
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.370-371, 2002-12-31