著者
横尾 実
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.17-34, 2000-03-01 (Released:2010-04-30)
参考文献数
45

ここで言う都市の地域構造の移行とは, 江戸時代の城下町構造を旧構造, 現代の都市構造を新構造と区別した時, 時間的経過とともに旧構造が崩壊し, 新構造が成立していく過程を指す。その移行形態を実証するため, 江戸時代から第2次世界大戦期における東北地方の城下町起源11都市を事例にあげた。都市地域の形成過程を個別に復原した著者による先行研究に基づき, 帰納的立場から, 江戸時代, 明治前期, および明治後半から戦前期までの3時期における都市構造をモデル化した。都市地域構造の移行形態は明治後半以降,都市間で異なっている。それを旧構造残存型, 旧構造修正型, 新旧構造競合型, 新旧構造併存型, そして新構造誘導型の5つに整理した。これら5つの型相互間の関係から比較的単純な構造移行の順序系列が得られ, それは近代産業発展による影響を強く受けなかった東北地方の都市の性格を反映する。
著者
今野 修平
出版者
THE TOHOKU GEOGRAPHICAL ASSOCIATION
雑誌
東北地理 (ISSN:03872777)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.95-100, 1966 (Released:2010-04-30)
参考文献数
10
被引用文献数
1

This is a report on the changes of the characteristics of the Muroran Port on the southern coast of Hokkaido.The history of the development of this port can be divided into the following four periods. The first period is the age of this port as an entry of immigrants (1872-1898). The second period is the age as a shipping port of coal (1899-.). The third period is as the domestic liner port (1907-), and the fourth period is as an international port as an iron industrial port (1950-).The total cargo of the port is 1881 million tons in 1964 ranking eleventh in Japan. The raw materials and products of the iron work (The Fuji Iron Manufacturing Co.) and some other plants associated with the iron work occupy 45% of the total cargo, and the coal for shipping is 30%.The wharfs of the port consist of the private wharfs and the public wharfs, and 91% of the total cargo is handled at the private wharfs of the Fuji Iron Manufacturing Co. Compared with the development of the other industrial ports of Japan, the rapid modernization of Muroran Port is noticeable.
著者
松原 健之助
出版者
THE TOHOKU GEOGRAPHICAL ASSOCIATION
雑誌
東北地理 (ISSN:03872777)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.190-191, 1988-08-01 (Released:2010-04-30)
参考文献数
3
著者
米地 文夫
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.257-261, 2001-12-21 (Released:2010-04-30)
参考文献数
8
著者
佐藤 慎吾
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 = Quarterly journal of geography (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.23-39, 2008-03-28

本研究は, 衆議院富山県第三区を対象に, 当該議員の集票組織の分析から, 後援会の空間組織の地域的差異を導出し, その上で後援会の空間組織とその編成要因について検討した。<br>A議員の集票組織には, 職域別の政治団体が20, 地場企業やその関連組織の自民党職域支部が7, A議員が私的に組織した後援会が44存在した。このうち, 政治団体役員の居住地と自民党職域支部の所在地, および後援会の設置地域は高岡市に偏在していた。また, A議員の事務所と秘書も同様に高岡市に設置されていた。<br>とくに, 後援会は高岡市内に26あり, 小学校区を単位として編成され, 支持者への日常世話活動が強化されていた。この背景には, 高岡市が富山三区内最大の票田地域であるにもかかわらず, 都市的地域特有の流動層と同じ党派のライバル議員によって, A議員の相対得票率が比較的低い値で推移してきたことがある。<br>一方, 高岡市外の18の後援会は市町村を単位に配置されていた。これは, 市町村が住民意識に強い影響を及ぼしているだけでなく, 有力な集票組織である農協の管轄地域や系列県議の選挙区地域, さらには公共事業の執行地域とその見返りとしての票の集計地域である点とも深く関係していた。
著者
千田 昇 松本 秀明 小原 真一
出版者
THE TOHOKU GEOGRAPHICAL ASSOCIATION
雑誌
東北地理 (ISSN:03872777)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.232-239, 1984-11-25 (Released:2010-04-30)
参考文献数
20
被引用文献数
5 7 4

Sanriku Coast located northeastern part of Honshu-island is one of the typical “rias coast” in Japan. In this area, a small delta plains develop at each enbayment. The Rikuzentakata coastal plain, about 2km from north to south and about 2.5km from east to west, is larger one of these plains. The most part of the plain is lower than 5 meters above the sea-level. A beach ridge is recognized along the present shoreline, and a lagoonal area locates behind it. The Kesen river and the Hamada river flow on the western and eastern part of the plain, respectively (Fig. 1).The sequence of Alluvium along the shoreline is shown in Fig. 4. There are two buried valleys corresponding to each river. Excepting the Basal Gravel, which recognized on the buried valley floor about 10m in thickness, the thickness of Alluvium is about 28m. From their textural characteristics, Alluvium is devided into four layers as follows.(i) Lower Sand layer includes marine shells and shell-fragments, is considered as foreset bed sediments. Shellfragments collected at the upper part of the layer, were dated 7, 660±170 yr B. P. by radiometric method.(ii) Middle Mud layer, including a lot of marine shells, consists of silt or sandy silt. This layer is considered as bottomset bed sediments. At the period of Middle Mud sedimentation, the rate of sea-level rise had been superior to the rate of sediment supply. This period was estimated between 7, 500 and 5, 000 yr B. P.(iii) Upper Sand layer also includes shell-fragments. Sedimentary environment of this layer is considered as delta front (foreset bed). The relative rate of sediment supply during this period, exceeded the rise of sea-level gradually. In other wards, the sea-level rise became slower or nearly stable.(iv) Uppermost layer consists of fluvial deposits. At the primary time of this sedimentary period, the sea-level was slightly dropped (2m-4m) than the final sea-level which recorded at the top of Upper Sand layer (-2.7m a. s. l.). Several shallow valleys, dissected the Upper Sand layer, indicate above.From these, the Holocene sea level change curve was restored as the solid line in Fig. 7. On the other hand, annual subsidence about 0.8mm was calculated from the remeasurement of bench marks (Fig. 6) in and around the plain. If this subsidence have been assumed during Holocene, the sea-level curve would be expressed as the broken line in Fig. 7. The highest sea-level during Holocene is estimated at +1.3m a. s. l. and the age is considered about 5, 000 yr B. P.
著者
横尾 実
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.201-219, 2002-12-26 (Released:2010-04-30)
参考文献数
50

江戸期城下町を起源とする東北地方の11都市を取り上げ, 今日の都市内部の地域構造はかつての城下町構造とどのような形で関係して形成されたかを明らかにする。第2次世界大戦時までの対象都市の形成過程に関してはすでに論じたところであり (横尾, 2000), 戦後約半世紀が本稿で取り扱われる期間である。11都市における都市地域の形成過程を追跡した後, 各都市における今日の地域構造と城下町構造との関係を記述モデル化した。各都市に内在する具体的条件を還元するなら, 現在の都市は旧城下町における城郭縁辺の商業中心を都心形成の根源として継承し, さらにその周囲に, 城下町構造と一定の関係を保ちながら, 新しい圏状構造を発達させたことになる。このような都市地域の形成様式は欧米の古典的な都市成長理論が提起する様式と符合しない一面を持っている。
著者
黒木 貴一 磯 望 後藤 健介 張 麻衣子
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 = Quarterly journal of geography (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.63-78, 2005-08-25
参考文献数
23
被引用文献数
1

2003年九州豪雨により, 福岡市の御笠川沿いの平野部は広く浸水した。JR博多駅周辺も, 1999年に続き再び浸水した。本研究では, JR博多駅周辺の浸水深の分布, 洪水堆積物の層厚分布, 洪水堆積物の粒度の分析結果から, 氾濫水の流下方向やその速さを推定し, 都市内の詳細な土地条件について論じた。<br>浸水範囲は, 地盤高におおむね支配され, 周囲より低い後背湿地にある。しかし, 都市の構造物にも強く影響を受けて, 氾濫水の流下方向, 浸水深, 洪水堆積物の層厚は多様である。御笠川から溢流した氾濫水は, JR博多駅および鹿児島本線に流れを阻まれ, その東 (上流) 側で広く湛水した。次に峡窄部となる鹿児島本線と交差する道路2箇所から西 (下流) 側へ流出した。浸水範囲には, 細粒土砂が堆積する湛水しやすい地域, 粗粒土砂が堆積する土砂の堆積しやすい地域, 土砂はあまり堆積しない氾濫水の流れやすい地域が区分できる。さらに土砂の堆積しやすい地域には, 自然堤防, 三角州, サンドスプレイ, 後背湿地の形成場に類似した土地条件地域を見出すことができた。このように, 都市化による人工的な地形改変により, 洪水特性を決める新しい土地条件が生み出されたことを本研究では示した。
著者
高木 亨
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 = Quarterly journal of geography (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.121-136, 2005-10-31
被引用文献数
1

本研究は, 醤油醸造業者の存立要因の一つとして消費者の醤油嗜好の地域性を想定し, 醤油の生産統計をもとに, 醤油生産の地域的な特徴について考察した。醤油の二大産地は千葉県と兵庫県であり, 千葉県産が関東地方で, 兵庫県産が関西地方で圧倒的なシェアを占めている。しかし, それらの周辺地域ではあまり高いシェアを占めてはいない。全国で広く生産されている醤油は,「濃口」,「本醸造」,「特級」であるが, その生産方式は一様ではなく, 同じ「濃口」でも東北, 北陸, 中国, 九州の各地方では「新式醸造」と「アミノ酸液混合」が多いなどの地域差がみとめられる。これは, 消費者の醤油嗜好の地域的差異の表れと考えられる。醤油の生産と流通の特徴を整理すると, 各都道府県は (1) 県内産醤油の割合が高い「県内産醤油優位型」, (2) 県内産醤油と県外産醤油との割合がほぼ等しい「県内・県外均衡型」, (3) 県外産醤油の割合が高い「県外産醤油依存型」の3つに大別できる。以上の検討から, 醤油嗜好の地域性の一端を明らかにすることができた。
著者
東村 康文
出版者
THE TOHOKU GEOGRAPHICAL ASSOCIATION
雑誌
東北地理 (ISSN:03872777)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.95-106, 1988-05-16 (Released:2010-04-30)
参考文献数
24

宝暦飢饉 (1755年) とその前後における夏期の気候の復元を行なった。古日記中の天候記録の広域的な分布を使って天候の推移を調べるとともに, 現在の観測資料を用いて導き出した天気分布型の出現数と気温および気圧配置型との関係を宝暦期に適用して気温および気圧配置型の推定を行なった。その結果, 以下の諸点が明らかとなった。1) 解析を行なった1751-60年は, 1755年に代表されるような冷夏・長雨という特定の気候状態だけが卓越していたわけではない。2) 1755年7月は関東以南が降雨域におおわれ, 東北地方東岸は「やませ」が吹き, 第1種型の冷夏と考えられる。3) 1755年7月の盛岡, 石巻における平均気温は1951-80年の平均気温よりも約3℃低温であった。4) 気圧配置出現率を算定したところ, 1755年7月は夏型が少なく停滞性の前線が日本列島の南岸にかかる型が多く, また, 同年8月は停滞性の前線が東北地方を横断する型が多かった。
著者
岡崎 清市 砂村 継夫
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.160-166, 2001-09-01 (Released:2010-04-30)
参考文献数
17

九十九里浜平野において, 完新世における砂質微高地列 (strandplain ridges) の形成過程が議論されて来たが, これら微高地列の区分を明治中期 (1883年頃) の迅速測図の土地利用区分を手懸かりに再検討した。その結果, 従来の区分と異なる6区分をすることができた。海岸寄りの2群は従来通り, 内陸側は4群に区分することができた。
著者
漆原 和子 乙幡 康之
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.99-110, 2007-08-31 (Released:2010-04-30)
参考文献数
10
被引用文献数
1

南西諸島の防風対策は, 屋敷囲いとして石垣のみを用いる場合と, 石垣に防風林のフグギを組み合わせる場合がある。本研究では屋敷囲いとしての石垣とフクギの防風林を同時に用いる例として, 集落が第二次大戦の影響をほとんど受けず, 防風に対する屋敷囲いの原型を残している沖縄県の渡名喜島を取り上げた。渡名喜島はハブが多く, トンボロ上に住居を築かねばならなかった。低平なトンボロ上に立地し, 屋敷を掘り下げて防風をおこなうことが渡名喜島の特色ある景観である。掘り出した砂を母屋のまわりに積む必要があり, 内石垣で砂が崩れないようにした。道路側には外石垣を用い, その間に砂を積んで, フクギを2~5列を植えることにより防風効果を高めている。村落の道路は交差軸を少しずらし, 道路を吹き抜ける強風が弱まるように工夫がされている。しかし, 1973年以降, 失業対策のたに外石垣をブロック塀に変えた。その後, RC工法の母屋も全戸の34%に増え, 強風に対して母屋の強度が増してきた。それにともない, 近年屋敷の掘り下げを埋め戻す例が多くなり, 屋敷囲いが変化しつつある。
著者
野村 幸加 吉田 圭一郎
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 = Quarterly journal of geography (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.225-233, 2010-01-31

本研究は,東京ディズニーランドに対して抱くイメージを,その対象者の地域的な背景,特に対象者との距離に着目して明らかにした。居住地の異なる大学生を対象に,SD法に基づいた評定尺度法調査を行い,因子分析を適用して,イメージの構成要素を抽出した。また,因子得点をもとに,東京ディズニーランドまでの距離によるイメージの差異を検証した。因子分析の結果から,東京ディズニーランドのイメージは,主に「心理的因子」,「視覚的因子」の2つの要素によって構成されていた。第1因子である心理的因子には,「わくわくする」「楽しい」など対象者の主観的な感情が表れており,第2因子の視覚的因子は「静か」「緑が多い」といった景観を客観的に捉えたものであった。スピアマンの順位相関係数によると,心理的因子は距離と関係があり,その理由としてカリギュラ効果が考えられた。また,訪問回数を介して距離が視覚的因子に影響を与えていると考えられた。
著者
由井 義通
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 = Quarterly journal of geography (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.143-161, 2003-09-18
参考文献数
10
被引用文献数
3 4

本研究の目的は, 大都市圏における女性就業者の増加と彼女たちを取り巻く住宅問題から, 地域的背景や社会経済的背景に焦点を当てて都市空間のジェンダー化についてアプローチを試みることである。研究の方法として, 女性向け住宅情報誌に掲載されたマンション購入者の体験談の特徴からシングル女性の住宅購入の実態を解明することにした。<br>マンション購入体験談に掲載された女性たちの特徴は, 30歳代が約3分の2を占めており, 彼女たちの居住地は東京都心部の港区や西部や南部内の最寄り駅からの利便性の高い地域内で購入した人が過半数を占めている。シングル女性による住宅購入は, 女性の社会進出に伴う就業構造の変化などが関連しているとみられ, 大都市特有の現象であるといえる。しかし, マンション購入者が必ずしも高収入を得ているキャリア女性に限られていないのは, その背景に民間の賃貸住宅市場における家賃の割高感, 転居や契約更新の際に感じる契約更新料や敷金・礼金などに対する不満や, 単身者が共通して感じる老後の不安などが影響をもたらしている。また, 豊かな生活を求める傾向の中で, その生活行動の充実を求める場として住居を購入すると思われる。
著者
高橋 信人 岩船 昌起
出版者
The Tohoku Geographical Association
雑誌
季刊地理学 (ISSN:09167889)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.22-38, 2015
被引用文献数
1

東日本大震災後に建設された岩手県宮古市の仮設住宅の室内で2012年3月以降の約2年間,温湿度の観測をおこなった。この観測結果に基づき,主に夏季と冬季の晴天日における温湿度の平均的な日変化に注目して,仮設住宅の室内気候の建築タイプによる違いと,高齢者が生活する仮設住宅内での室内気候の特徴を調べた。建築タイプによって仮設住宅の室温の日変化は異なり,軽量鉄骨造りで室内にむき出しの鉄柱がある仮設住宅は,木造の仮設住宅に比べて冬季には1.7~3.4°C程度低温に,夏季日中は1°C程度高温になり,冬季,夏季ともに室温の日変化が大きかった。この仮設住宅内では,冬季,夏季ともに室温に比べて日中は鉄柱が高温,床面が低温になっており,夜間は鉄柱が低温になっている様子も認められた。この仮設住宅は相対湿度が他に比べて高く,夏季には熱中症危険度「厳重警戒」以上になる機会が,他の仮設住宅に比べて5割以上高かった。この仮設住宅に高齢者が生活する場合,冬季には室温に暖房の影響が大きく現れ,日最低気温が低い日ほど,室温の日較差や場所(高さ,部屋)による気温差が大きくなり,それらの値は平均的には7°C以上に及んでいることなどが明らかになった。
著者
宮川 善造
出版者
THE TOHOKU GEOGRAPHICAL ASSOCIATION
雑誌
東北地理 (ISSN:03872777)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.1-6, 1964 (Released:2010-10-29)
参考文献数
10
被引用文献数
2

The archaeological sites of the cult of the jaguar God are found in the tropical jungles of Central America, mainly along the Atlantic coasts of Mexico and Costa Rica.Of all the sites, La Venta in Mexico is known as one of the most important ceremonial centers ; and next comes Las Mercedes in Costa Rica.In this cult, the object of worship enshrined is the figure of a jaguar or that of Warrawana, called “Warru-tiger” by the English speaking Carib tribes.In my view, the inhabitants of the jungles came to enshrine a jaguar because they wished to suppress the evil spirit of jaguar, who attacked the people and gave much damage to them. That was not because the farmers prayed to the jaguar god to decrease an extraordinarily rapid growth of vegetal life in the forests such as trees and weeds. The jaguar masks, with some 500 tons' clay over it, were excavated, giving an account of these circumstances.At the latter Formative period, the priests devised the formalities of cult, by the request of the farmers who had been cultivating in the jungles ; and thus the cult of this kind at its beginning had the closest connection with the farmers' life in jungle.La Venta, which is famous for its oldest relics (B. C. 800-400), was the cradle-land of the cult of the jaguar god, with its influence extending to the surrounding districts.Later, when the Olmec people, who inhabited in La Venta district, were obliged to leave their native land by the invasion of a highland people, some of them seemed to move to Las Mercedes, and they made this place the second largest center of the cult of the jaguar god by giving a stimulus and a modification to its aboriginal culture.