著者
淺野 敏久 金 枓哲 伊藤 達也 平井 幸弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.277-299, 2009-07-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
21
被引用文献数
10 4

韓国全羅北道のセマングム地域で大規模な干拓事業が行われている.同国最大の干潟を失うことや事業目的が不明確な公共事業の必要性への疑問などから,セマングム干拓問題は大きな社会問題となった.本稿ではこのセマングム干拓問題を事例として,地域開発に関連した環境問題論争が持つ空間的な特徴を,市民・住民運動団体の主張に焦点を当てて検討した.新聞記事による出来事の整理と5年間の断続的な現地調査(環境運動関係者への聞取り)に基づいた分析の結果,全国・道・地区という三つの空間スケールごとの「セマングム問題」の存在と,その時間的な変化が明らかになった.また,異なる空間スケールを射程に入れた環境問題の争点が,地域的に異なる論争の場において複層的に存在しており,全体としての「セマングム問題」は,各運動体の事情や思惑に応じて,交流や連帯という手段によって,構成・提起され続けていることも確認した.
著者
淺野 敏久 李 光美 平井 幸弘 金 科哲 伊藤 達也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.138-153, 2011 (Released:2011-02-12)
参考文献数
14
被引用文献数
2 4

江蘇省,浙江省,上海市の境にある中国で3番目に大きな淡水湖である太湖は,流域内の開発が著しく,深刻な富栄養化問題に直面している.2007年にはアオコ(藍藻類)が大発生し,無錫市において数日間にわたって給水が停止し,200万人以上に影響が出るという事件が生じた.この事態に中国では国をあげて,長江からの導水や下水処理場・下水道の重点的整備,排水対策のできない中小工場や畜産施設の閉鎖,養殖場の閉鎖などの浄化対策が短期間に多額の投資のもとに講じられた.本稿では,現地調査と文献等により,その状況を報告し,あわせて中国の環境対策と都市整備の関係について述べる.
著者
淺野 敏久 金 枓哲 平井 幸弘 香川 雄一 伊藤 達也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.223-241, 2013 (Released:2013-11-01)
参考文献数
13
被引用文献数
1

本稿では,韓国で2番目にラムサール登録されたウポ沼について,登録までの経緯とその後の取り組みをまとめ,沼周辺住民がそうした状況をどのように受け止めているのかを明らかにした.ラムサール登録されるまでの過程や,その後のトキの保護増殖事業の受け入れなどの過程において,ウポ沼の保全は,基本的にトップダウンで進められている.また,湿地管理の姿勢として,「共生」志向というよりは「棲み分け」型の空間管理を志向し,生態学的な価値観や方法論が優先されている.このような状況に対して,住民は不満を感じている.湿地の重要さや保護の必要性への理解はあるものの,ラムサール登録されて観光客が年間80万人も訪れるようになっているにも関わらず,利益が住民に還元されていないという不満がある.ウポ沼の自然は景観としても美しく,わずか231 haほどの沼に年間80万人もの観光客が訪れ,観光ポテンシャルは高い.湿地の環境をどう利用するかが考慮され,地元住民を意識した利益還元や利益配分の仕組みをつくっていくことが課題であろう.
著者
淺野 敏久 金 枓哲 伊藤 達也 平井 幸弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.139, 2007

<BR>1.はじめに<BR> 2006年4月に韓国・セマングム干拓事業の防潮堤がつながった。2箇所の水門はまだ開放されているものの,約33kmの堤防により干拓事業地は外海から締め切られた。事業はまだこれからが肝心の部分であるが,ここに至るまで,世界的な巨大開発事業に対して,環境への影響を懸念した反対運動が全韓国的に展開されてきた。<BR> 報告者らは,セマングム問題に関する調査を,2003年度より共同研究として続けてきた。2006年度は,科研費は切れていたが,締め切り後の状況を知るために現地を訪れた。今回は,セマングム問題の現状を報告するとともに,断片的に状況を把握したレベルではあるが,この間のセマングム問題をめぐる環境運動の変化について,運動体の支持層・参加層の空間的な違いに注目しつつ指摘することを目的とする。<BR>2.セマングム問題の経緯<BR> 韓国西南海岸では,1970年代に干潟の開発が注目され,西南海岸干拓農地開発事業基本計画が策定された。セマングムはその10分の1を占める巨大開発で,閉め切り面積は約4万ha,干拓面積は28,300haに及ぶ。セマングム開発は1991年に起工されるが,1996年に同様の干拓地であるシファ地区での水質悪化が社会問題化し,これをきっかけに,セマングム開発への懸念が全羅北道の環境団体から投げかけられると,全国的な注目を集めることになった。<BR> 全羅北道が強く要望する産業・都市開発に対して,1998年末に用途変更は認めないと農林部が表明,セマングム開発は建前上,農地開発を行うものとして進むことになる。水質問題が争点になり,環境影響評価を行うための民・官共同調査団が組織され工事が一時中断した。この間,反対運動は全国的に広がり,環境団体,労働・社会団体などが抗議行動を次々に起こしていった。<BR> 一方,高まる事業反対世論に抗して,全羅北道の有識者らが環境に配慮した事業の推進を求め,全道的な事業推進運動に発展していく。農地だけではない産業・都市開発が提案され,「親環境的な開発」がキーワードになっていく。 <BR> 2003年3月,キリスト教や仏教の宗教指導者が,三歩一拝デモを始めると,賛否双方の運動はますます過熱化し,社会的混乱が生じ,同年7月にソウル行政法院が,反対派の求めた本訴判決までのセマングム工事執行停止を命じると,それはピークに達した。翌年1月に,ソウル高裁はこの仮処分決定を取り消し,2005年2月にソウル行政裁判所が事実上の原告(反対派)勝訴判決を下すものの,進行中の防潮堤補強工事と残る区間の防水工事の工事中止決定を出さなかったために工事は進み,さらに控訴審で原告敗訴の判決が下ると一気に防潮堤工事が進んで,2006年4月にはセマングムは水門部分を除いて外海から隔てられることになった。<BR>3.ケファの変化<BR> ところで,筆者らは,地元の反対運動の拠点となったケファ地区を2003年から2006年まで毎年訪れ,この問題に翻弄されたこの集落の変化を見た。初めての時は,過激な行動を辞さない抵抗運動が行われ,ソウルから若い「活動家」が住み込んでいたが,工事が再開した2005年には彼らはいなくなり,絶対反対のこの地区と親環境的な開発を視野に入れた方針転換を図りつつあった全国的環境団体との温度差がみられるようになった。2006年にはこの地区の干潟は消失(陸化)して,砂地がどこまでも広がる景観が現れ,この地区では干潟の恵みを生活の糧にすることはできなくなっていた。絶望感が漂う一方で,これからどうするかというアイディアが,反対を続けてきた住民の中から出されてもいて,この土地で生き続けてきた人のしぶとさも感じられた。<BR>4.環境運動の変化<BR> この問題について調べる中で,韓国と日本の環境運動の違い,例えば,民主化運動とのつながり,大衆的な運動スタイル,運動団体の規模・人員の充実度,労組や宗教団体などとの幅広い連帯,運動の舞台となるソウルの重要性といったことや,セマングム問題を理解する上で重要な全国レベル・道レベル・地区レベルそれぞれの空間的な枠組み,例えば,運動がこの空間ごとに異なる様相を示し,それぞれでの利害関係が問題の社会的な側面を構成していることなどに気づかされた。本報告では,この環境運動の空間構造について論じるつもりである。
著者
平井 幸弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.235, 2008

<BR>1. 「IPCC地球温暖化第4次評価報告書」<BR> 2007年2月~5月、IPCCの「地球温暖化第4次評価報告書」が提出された。このうち気候変動に関する最新の科学的知見を評価した第1作業部会報告書では、1906年~2005年までの100年間で世界の平均気温は0.74℃上昇、最近50年間の長期傾向は過去100年間に上昇した気温のほぼ2倍、海水面は20世紀の100年間で17cm上昇、また1970年代以降とくに熱帯・亜熱帯地域でより厳しく、より長期間の干ばつが観測された地域が拡大、北大西洋の強い熱帯低気圧の強度が増してきたことなどが記されている。そして、気候変化の影響、社会経済・自然システムの適応能力と脆弱性を評価した第2作業部会の報告書では、氷河・氷帽の融解による氷河湖の増大・拡大、山岳での岩雪崩の増加、海面上昇による海岸侵食など、すでに世界の各地で起こっている温暖化の影響についても、明記されている。<BR> このような地球温暖化による様々な影響は、場所によっては、これまでその地域で経験したことのない大災害を引き起こしたり、災害の発生頻度が高まったりする場合もある。地球温暖化との直接的な因果関係は証明されていないが、2005年8月にアメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナや、本年9月~10月のサハラ以南のアフリカ諸国での記録的洪水、また11月にバングラデシュを襲ったサイクロンなどによって、数千人規模の死者や数十万・数百万人の被災者が出ている。このような近年の状況を考えると、今後温暖化に伴う地域規模・地球規模の災害が、ますます深刻な問題となることが懸念される。<BR><BR>2. 地球温暖化への緩和策と適応策<BR> 先のIPCCの報告書では、たとえ温室効果ガスの濃度を安定化させたとしても、今後数世紀にわって人為起源の温暖化や海面上昇は続くとされる。そのため温暖化に対しては、温室効果ガスを大幅に削減する緩和策とともに、将来の不可避的な干ばつや洪水などの気象災害や、継続的な海岸侵食などに対する適応策を、早急に検討・実施していく必要がある。この場合、発生する災害現象は、それぞれの地域の自然システムの特徴や相違、また社会・経済システムの脆弱性の大小によって、影響の範囲や規模、災害の様相は大きく異なる。近年は経済の急激なグローバル化によって、とくに開発途上国における貧困化の進行、観光業の発展による大量の人の移動、大規模な灌漑施設の整備・過剰揚水等による土地の荒廃など、地域における災害に対する脆弱性が増大しているところも多い。<BR> したがって、地球温暖化への対応として講じられる適応策は、それぞれの地域の自然および社会・経済システムを十分に把握した上で、実施されなければならない。<BR><BR>3. 地理学からのアプローチ<BR> 例えば、すでに世界各地で深刻な問題となっている「海岸侵食」問題を例に挙げてみたい。ベトナム北部の紅河デルタの海岸や、中部のフエのラグーン地域、また南部のメコンデルタの海岸でも、それぞれ激しい海岸侵食が起こっている。紅河デルタでは三重に築かれた海岸堤防の海側2列が侵食により決壊し、多くの住民がすでに移住を余儀なくされている。フエ・ラグーンでは、1999年の大洪水をきっかけに砂州が複数ヵ所決壊し、その周辺で急激な侵食と砂丘の崩壊が起きた。メコンデルタでは、海岸のマングローブが侵食され後退する一方、内陸側ではエビの養殖池の造成のためマングローブが広く伐採されている。このように、それぞれの海岸の地形や水文条件、また開発の歴史や生業、集落組織、文化などの社会・経済条件などを、十分調査した上でなければ、各地域に有効な適応策は考えられない。そのためには、まず現場の実態把握と、災害メカニズムの科学的調査、そしてそれぞれの地域における住民を含めた適応策の検討が必要である。<BR> このようなグローバルな環境変化や災害現象に対して、すでに地理学の立場から多くの調査・研究がなされている。本シンポジウムでは、近年あるいは今後懸念される「地球温暖化」と関連する様々な災害についての報告をもとに、地理学の様々な分野から、今後の地域・地球規模の災害への対応について幅広く討論したい。