著者
上野 千鶴子
出版者
同志社大学
雑誌
同志社アメリカ研究 (ISSN:04200918)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.47-57, 1999-03-20

記念シンポジウム「ジェンダー・国家・市民権」, Fortieth Anniversary Symposium : Gender, Nation, Citizenship11月24日、アメリカ研究所の公開講座「ジェンダー・国家・市民権」が開催された。パネリストは、リンダー・カーバーアイオワ大学教養学部および歴史学科教授と、上野千鶴子東京大学文学部教授であった。カーバー教授は前全米アメリカ史学会会長で、アメリカ市民としての女性のあり方を歴史的に検証する研究を中心に女性と国家の関係について問題提起し国際的に活躍するアメリカ史研究家である。著書にWomen of the Repubilc: Intellect and Ideology in Revolutionary America, Toward an Inteleectural History of Womenなどがある。また、上野教授は社会学者で、日本を代表するジェンダー論の理論家として国際的に活躍しておられる。近著に『近代家族の成立と終焉』、『発情装置』、『ナショナリズムとジェンダー』などがある。なお、コメンテーターは女性史の分野で活躍する西川祐子京都文教大学教授、『近代的家族と国民化について』の著作で近年脚光を浴びる牟田和恵甲南女子大学助教授、モデレーターはアメリカ研究所の池田啓子が務めた。
著者
上野 千鶴子
出版者
University of Tokyo(東京大学)
巻号頁・発行日
2013

学位の種別: 論文博士
著者
上野 千鶴子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.31-50, 1980-12-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
49

異常とは「集団が境界の定義のために創出する有標記号のうち、マイナスのサンクションを受け、かつ状況的に発生するもの、こと、ひと」であり、異常の成立する諸次元には、 (1) ユニット・レベル (個体内の自己防衛機制) 、 (2) 間ユニット・レベル (個体間の協働、共犯的な状況の定義) 、 (3) システム・レベル (集団アイデンティティの防衛と維持) の三つを区別することができる。異常の創出が個人および集団の自己防衛機制に関わっているなら、そのために解発される攻撃性のターゲットが何であるかによって、異常を類型化することができる。それには (1) 葛藤の当事者である (同位の) 他者、 (2) 攻撃性を転位した「身代わりの他者」、 (3) 自己自身の三類型がある。それは二つの葛藤回避型の社会、葛藤をルール化した多元的な競争社会と、社会統合を代償に葛藤を物理的に回避した離合集散型の社会とを両極にした、一元的でリジットな社会統合から多元的でルースな社会統合に至るまでの、統合度のスペクトラムを分節している。即ち、異常の類型は、集団の統合の類型と対応しており、現実の諸社会は、このスペクトラム上のいずれかの地点に分布している。だとすれば、異常の表現型をインデックスとして、それを創出する集団の特性を推論することができる。異常の一般理論は、異常を扱う諸学の間に対象と方法の一貫性を導入し、異常の通文化的分析を可能にする。
著者
上野 千鶴子
出版者
人文社会系研究科
巻号頁・発行日
2013-09-19

学位の種別: 論文博士
著者
上野 千鶴子 盛山 和夫 松本 三和夫 吉野 耕作 武川 正吾 佐藤 健二
巻号頁・発行日
2004 (Released:2004-04-01)

新しい「公共性」の概念をめぐって、公共社会学の理論的な構想を提示し、「自由」や「感情公共性」その応用や展開の可能性を示した。福祉とジェンダーについては定量および定性のふたつの調査を実施し、報告書を刊行した。その調査結果にもとづいて、福祉多元社会における公共性の価値意識を比較検討し、さらた具体的な実践の可能性を求めて、地域福祉、住民参加、協セクターの役割、福祉経営、ケアワークとジェンダー等について、経験データにもとづく分析をおこなった。ジェンダーと階層をめぐって、少子高齢社会と格差問題について、高齢者の格差、若年世代の格差、少子化対策とジェンダー公正の関係等についても、経験データにもとづいて、比較と検証をおこなった。福祉社会については、「自立」と「支援」のその理念をめぐって、その原理的な検討と歴史的な起源についても検討を加えた。文化と多元性の主題では、多文化主義と英語使用の問題、文化資源学における公共性、公共的な文化政策の実態と問題点について、研究を行ったほか、近代における宗教と政治の位置についてもアプローチした。また営利企業における公共性とは何かというテーマにも切り込んだ。環境については地球環境問題における「環境にやさしい」技術の関連を社会学的に分析し、新しい知見をもたらした。詳細は、科研費報告書『ジェンダー・福祉、環境、および多元主義に関する公共性の社会学的総合研究』を参照されたい。チームでとりくんだ4年間の成果にもとづき、現在東京大学出版会から『公共社会学の視座(仮題)』 (全3巻)をシリーズで年内に刊行するよう準備中である。
著者
上野 千鶴子
出版者
お茶の水女子大学ジェンダー研究所
雑誌
ジェンダー研究 : お茶の水女子大学ジェンダー研究所年報
巻号頁・発行日
vol.20, pp.21-33, 2017-03-31

Neoliberalist reform is a capitalist response to globalization throughoutadvanced societies. It takes a particular form in Japan to maintain breadwinnermodel at a cost of women. Gender equal legislation went hand in hand togetherwith deregulation of employment, which resulted in the increase of women'sirregular employment with low wage and no job security. In the retrospective,the Equal Employment Opportunity Law launched women's bipolarlizationwhich ended up with feminization of poverty. While women's mobilizationto the labor market is imperative in the society with extreme low fertility,neoliberalist reform asks women both work and family, without changing malecenteredwork style. The Japanese style employment is proven as genderdiscriminating.As far as it is maintained, any legal legislations to promotewomen's work are determined to fail. Neoliberalist reform in its Japanese style ends up with low fertility, wherewomen hardly have future visions.
著者
上野 千鶴子 寺山 正一
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.1485, pp.76-78, 2009-04-06

問 上野先生は著書の中で「世の男は仕事が忙しいというけれど、大半は権力闘争を楽しんでいるだけだ」、と書いています。ご自身も団塊世代ですが、団塊世代が作り上げた企業社会、個人と組織の関係をどう考えていらっしゃいますか。 答 別に企業社会に限らず男の方は覇権ゲームがお好きですね。ご自分のアイデンティティーの核にもなっている。
著者
上野 千鶴子
出版者
神戸女学院大学
雑誌
女性学評論 (ISSN:09136630)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.53-60, 1987-03

In Japan, there are a number of names for the studies on women carried out before Women's Studies(joseigaku) appeared. These include studies on problems of "ladies"(fujinmondai), studies on problems of women in general(joseimondai),and studies on women(joseikenkyu). What is the difference between these three types of studies of women and Women's Studies(joseigaku)? Because of the discriminatory nature of the term"ladies,"feminists do not like to use it. Secondly,studies on problems of women gives theimpression of dealing with women who have problems without questioning the society which put women into such situations. Unlike other studies on women, Women's Studies does question whether the perspective in a given study is free from the influence of the male-dominant culture. This is how Women's Studies differs from studies on women. The definition of Women's Studies given by Teruko Inoue as the discipline "for and by and of"women is not quite right,although I admire her Japanese translation of Women's Studies which is joseigaku, not joseikenkyu. The distinction between these three previous types of studies on women and Women's Studies is not only the inclusion of women as the object of study, although it is often thought to be this,but the perspectives which are taken for granted in pre-Women's Studies research,namely the assumption that all women should be housewives and they will be happy. We may find many studies on women done by women from men's views which they internalized. We have to keep in mind that if one can hold a shifted perspective on men and women,she(or he) certainly can do Women's Studies. (Summerized by the Institute)

1 0 0 0 OA 家族の臨界

著者
上野 千鶴子
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.28-37, 2008-04-30 (Released:2009-08-07)
参考文献数
26
被引用文献数
3 or 13

「家族」の通文化的な定義がすべて解体したあとに,「家族とは何か?」という問いを問うことにどんな意味があるだろうか? 家族はどこまでいけば家族でなくなるのか,あるいは家族の個人化と言われる趨勢のもとで,家族は個人に還元されてしまうのだろうか? 近代家族は「依存の私事化」を必然的に伴った。「女性問題」と呼ばれるもののほとんどは,子どもや高齢者などの「一次的依存」から派生する「二次的依存」によって生じたものである。再生産の制度としての「家族」の意義は,今日に至るまで減じていない。「家族」を「個人」に還元することができないのは,この「依存的な他者」を家族が抱えこむからである。本稿は,「家族の臨界」をめぐる問いを,「依存的な他者との関係」,すなわちケアの分配問題として解くことで,「ケアの絆」としての「家族」を法的制度的に守ることは必要であると主張する。そしてその根拠としてケアの人権という概念を提示する。