著者
奥村 貴史
雑誌
情報処理
巻号頁・発行日
vol.57, no.7, pp.648-651, 2016-06-15

我が国の情報処理技術の競争力を回復するうえでは,日本に優位性がある分野の戦略的な発展を目指す必要がある.その点,我が国の医療は,世界一の水準を誇りながらも情報系研究者の参入が少ないため,今後の発展が期待される.その中でも,社会全体の健康水準の向上を目指す公衆衛生分野は,多量な情報の効率的な処理を要する点で個々人にかかわる臨床医学以上に情報処理が貢献し得る可能性がある.本稿では,この公衆衛生と情報処理に関する分野融合型の研究をいくつか紹介しつつ,情報系研究の発展の方向性について提言を試みる.
著者
伊藤 敦 奥村 貴史
出版者
会計検査院
雑誌
会計検査研究 (ISSN:0915521X)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.63-84, 2021-09-22 (Released:2021-09-28)
参考文献数
26

2000 年代以降,わが国では全国各地に地域医療ネットワーク事業が構築されてきた。しかし,その多くにおいて,運用が形骸化していることが指摘されている。その理由として,補助金への過度の依存が考えられ,2000 年代終盤以降は,加入者からの会費収入に基づく運営形態が目指されてきた。しかし,臨床現場での継続的な活用が実現しているネットワーク事業は少なく,既に破綻している事例が数多く存在する。そこで,これら地域医療ネットワーク事業の停滞要因の分析のため,初期投資額と運営モデルの妥当性に関する会計的な検証を行った。 分析においては,ネットワーク事業の代表的なモデルとして初期投資が1 億7,600 万円と3,500 万円の二つのケースを想定し損益分岐点分析を行うとともに,ネットワーク加入者数を100 施設に固定した状態で年会費と固定費を増減させた時に事業収支に及ぼす効果について感度分析を行った。その結果,初期投資額が1 億7,600 万円の時は損益分岐点が396.2,純収益が-3554.8 万円,初期投資額が3,500万円の時は損益分岐点が145.6,純収益が-546.7 万円となり,双方ともに事業収支が不均衡な状態に陥っていることから,独立採算モデルでは持続困難であることが示された。 初期投資額の大きさがこうしたネットワーク事業の持続可能性を損ないうる点は,会計的には自明な結果である。しかしながら,この政策分野では,現行の高コストな支出水準を維持するための施策が続けられており,初期投資の低廉化のための施策はほぼ存在しない。本分析結果からは,この政策分野において,会計的に常識的な分析すらなされてこなかった可能性が示唆される。今後,費用の妥当性に関する政策評価,初期投資額の低廉化と接続する施設側の便益の改善に向けた施策の実現が望まれる。
著者
町田 裕璃奈 日野 麻美 堀 成美 奥村 貴史
雑誌
情報処理学会論文誌 (ISSN:18827764)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.725-732, 2022-03-15

2020年に生じた新型コロナウイルスによるパンデミックは,世界各国に大混乱を引き起こした.日本の行政機関においても,対応のため様々な業務が発生し,とりわけ,保健所ではファックスを中心とした業務慣行の非効率が注目された.そこで厚生労働省は,感染症対策の最前線にあたる医療機関や保健所の負担軽減を目指し,ウェブシステムを新規開発しその代替を図った.しかし,業務知識を欠いたまま設計したシステムは,実際の保健所業務と合致せず導入に時間を要したことに加え,各自治体側が自助努力として進めていた業務支援策とのミスマッチが生じた.結果として,開発したシステムの活用は低調にとどまり,期待された情報集約の迅速化は実現しなかった.一方,地方自治体や医療機関では,国よりも限られた予算や権限において様々なシステムを開発し,感染対策に役立てていった.システム開発において,現場の業務知識を欠いたままトップダウン方針のみを強化すると,実ユーザとの乖離の拡大を通じたシステムの破綻という逆説的な状況が生じうる.デジタル庁の設置を初めとした今後の行政情報化に向け,貴重な教訓の共有とともに,行政におけるボトムアップ型の開発手法の検討が望まれる.
著者
奥村 貴史
雑誌
情報処理
巻号頁・発行日
vol.61, no.10, pp.1012-1013, 2020-09-15
著者
奥村 貴史 藤田 卓仙 米村 滋人
雑誌
情報処理学会論文誌 (ISSN:18827764)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.1225-1233, 2022-05-15

2020年,世界的な混乱を引き起こしている新型コロナウイルスによるパンデミックへの対策として,各国は携帯電話を活用したさまざまな技術を感染リスク管理に投入した.しかし,研究分野としての背景や課題が論じられる機会は乏しかった.公衆衛生において,携帯電話の位置情報や接触情報を感染症対策へと活用した研究は,2010年のハイチ地震を対象として始まり,携帯電話の呼詳細レコードを利用した研究論文が2011年頃から出始めた.国内では,2017年頃より厚生労働省のグループが研究を始め,2019年に携帯電話の在圏情報を活用した接触リスク管理技術に関して世界に先駆ける研究成果をあげている.その後,2020年に入り,パンデミックへの対策として,シンガポール,イギリス,香港,台湾,韓国と,各国政府は関連技術を一気に実用化した.本稿では,この感染リスク管理における携帯電話の位置情報,接触情報の活用に関する国内外の歴史を整理し,2020年におけるパンデミック対応を概観するとともに,関連技術の発展に向けた性能評価とプライバシ保護上の課題を示す.
著者
奥村 貴史
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.150-157, 2018-05-31 (Released:2018-06-30)
参考文献数
13

我が国の医療が抱える多くの問題に対して,情報技術が有力な解決策となりうるのではないかと期待されてきた.そこで政府はさまざまな取り組みを続けてきたが,医療機関を越えた患者情報の共有は一般化しておらず,情報技術が医療の質向上に寄与している事例も限定されている.こうした事態が生じた原因の一つとして,医療の情報化を支える人材面での課題が考えられる.そこで,2007年,政府IT戦略本部が定めた「重点計画―2007」において,地域医療の情報化を支える人材育成体制の整備が提言された.国立保健医療科学院では,この提言に基づき,2010年度より地方自治体職員を対象とした「地域医療の情報化コーディネータ育成研修」を開講している.本研修は集合研修 3 日間,遠隔研修 2 ヶ月間の短期研修であるため,医療,情報,行政の全てに通暁した人材の育成は現実的な目標とはいえない.そこで,地方自治体において医療の情報化に関わる人材間のコミュニティ育成を目標とし,まずは各自治体に生じている課題とその解決策の共有が図られるような体制の確立を目指した.開催後 8 年間を経て,総計280名を超える修了生を輩出し,地域医療の情報化に関わる地方自治体職員間の緩やかなコミュニティを形成するに至っている.また,研修を通じて,地域医療の情報化に関する事例集と我が国における関連事業の網羅的な台帳を構築した.今後,コミュニティの発展を通じた政策分野への貢献が望まれる.
著者
伊藤 敦 丹野 忠晋 櫻井 秀彦 奥村 貴史
出版者
北海道大学公共政策大学院
雑誌
年報 公共政策学 (ISSN:18819818)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.101-116, 2023-03-31

Hokkaido faces challenges to the effective implementation of its healthcare infrastructure because of demographic factors such as negative population growth and an aging population, and economic factors, including financial difficulties faced by local governments. Regional healthcare networks have been built to overcome these problems and streamline healthcare delivery. However, the number of registered patients is only 1% of the total population. This study investigated the factors that cause the stagnation of the number of registered patients in the regional healthcare networks in Hokkaido. Our survey identified 46 networks in 21 medical regions. The average ratio of registered patients in Hokkaido was 4.1%, regional healthcare networks in the Sapporo area were dysfunctional. We estimated the factors influencing the ratio. The ratio of networked medical institutions in the region and the dummy variable for their business size were statistically significant for Hokkaido and for the secondary medical areas, excluding the Sapporo medical area. It follows that the number of registered patients in a network could be determined by the ratio of connected medical institutions and the size of their business. The problems could be overcome by exploiting the economy of scale in the networks. Establishing a prefecture-wide network would increase the number of registered patients and lower the overall cost of the networks.
著者
伊藤 敦 丹野 忠晋 奥村 貴史
出版者
特定非営利活動法人 横断型基幹科学技術研究団体連合
雑誌
横幹 (ISSN:18817610)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.34-45, 2022-10-15 (Released:2022-10-15)
参考文献数
43

This study describes stagnation problems in regional healthcare networks (hereafter referred to as “networks”) and strategies for overcoming them. If the value of networks were higher than that of conventional systems and if they could be traded at lower cost, the demand for transactions would have increased and the networks would have developed as expected. In reality, however, the value of networks is not fully guaranteed, and repeated excessive subsidies have resulted in the formation of an unhealthy markets where the transaction costs of information goods have remained high and transaction demand has remained low. This has resulted in stagnation due to the lack of economic rationality on the part of users to use the networks. Therefore, to overcome these problems, we proposed a strategy to lower transaction costs for networks.
著者
江上 周作 山本 泰智 大向 一輝 奥村 貴史
出版者
一般社団法人 人工知能学会
雑誌
人工知能学会第二種研究会資料 (ISSN:24365556)
巻号頁・発行日
vol.2022, no.SWO-056, pp.16, 2022-03-11 (Released:2022-03-24)

COVID-19の感染拡大防止に向けて,日本国政府では「3つの密」(以下,三密)や,「5つの場面」を提言してきた.これらの提言に基づき,各人の感染リスクを自動で評価できれば,追跡調査対象者の順序付けやスクリーニングといった保健所で行われている業務を大幅に効率化できる.本論文では,場所や行動に紐づくCOVID-19感染リスクを整理し,個別の行動事例における感染リスクを推論可能なオントロジー(CIRO)を開発した.また,CIROに基づいたナレッジグラフから,追跡調査に有用な三密リスクの推論とグラフ検索が可能であることを示した.さらに,追跡調査業務の現場における実用化に向けて,データサイズと条件を変更しながら推論実験を行い,CIROの十分性や拡張性,実現可能性を考察した.
著者
江上 周作 大向 一輝 山本 泰智 神崎 正英 野本 昌子 坂根 昌一 伊藤 真和吏 網 淳子 奥村 貴史
出版者
一般社団法人 人工知能学会
雑誌
人工知能学会全国大会論文集 第35回全国大会(2021)
巻号頁・発行日
pp.3H1GS3d02, 2021 (Released:2021-06-14)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大防止に向けて,政府より「3つの密(三密)」「5つの場面」が提言されている.これらの標語・指標に基づいて,個別の行動事例のリスクを評価するためには,行動履歴情報,空間情報,およびそれらの知識の定義が必要となる.本研究では,感染症患者に対する聞き取り調査で得られる行動履歴情報を用いて,その行動における三密の度合いを推論可能なオントロジーを提案する.推論結果は,公衆衛生当局における追跡調査業務の省力化や,実データとの照合による,感染に結びつく行動の分析などに応用できると考えられる.本稿では,提案オントロジーの実運用に向けたシナリオの検討と課題を述べる.