- 著者
-
伊藤 敦
奥村 貴史
- 出版者
- 会計検査院
- 雑誌
- 会計検査研究 (ISSN:0915521X)
- 巻号頁・発行日
- vol.64, pp.63-84, 2021-09-22 (Released:2021-09-28)
- 参考文献数
- 26
2000 年代以降,わが国では全国各地に地域医療ネットワーク事業が構築されてきた。しかし,その多くにおいて,運用が形骸化していることが指摘されている。その理由として,補助金への過度の依存が考えられ,2000 年代終盤以降は,加入者からの会費収入に基づく運営形態が目指されてきた。しかし,臨床現場での継続的な活用が実現しているネットワーク事業は少なく,既に破綻している事例が数多く存在する。そこで,これら地域医療ネットワーク事業の停滞要因の分析のため,初期投資額と運営モデルの妥当性に関する会計的な検証を行った。 分析においては,ネットワーク事業の代表的なモデルとして初期投資が1 億7,600 万円と3,500 万円の二つのケースを想定し損益分岐点分析を行うとともに,ネットワーク加入者数を100 施設に固定した状態で年会費と固定費を増減させた時に事業収支に及ぼす効果について感度分析を行った。その結果,初期投資額が1 億7,600 万円の時は損益分岐点が396.2,純収益が-3554.8 万円,初期投資額が3,500万円の時は損益分岐点が145.6,純収益が-546.7 万円となり,双方ともに事業収支が不均衡な状態に陥っていることから,独立採算モデルでは持続困難であることが示された。 初期投資額の大きさがこうしたネットワーク事業の持続可能性を損ないうる点は,会計的には自明な結果である。しかしながら,この政策分野では,現行の高コストな支出水準を維持するための施策が続けられており,初期投資の低廉化のための施策はほぼ存在しない。本分析結果からは,この政策分野において,会計的に常識的な分析すらなされてこなかった可能性が示唆される。今後,費用の妥当性に関する政策評価,初期投資額の低廉化と接続する施設側の便益の改善に向けた施策の実現が望まれる。