- 著者
-
岸 文和
- 出版者
- 同志社大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1999
本研究の目的は、近代に固有の「芸術家」イメージがどのような歴史的過程を経て成立したのかを、画家や絵画について語るさまざまな言説を分析することによって明らかにすることにある。この目的を達成するために、本研究では、次のことを行った。第1に、画家や絵画に言及する多様なテクスト-伝説/説話/物語/伝記/画史/画論/随筆/評論/小説-を渉猟して、膨大な数の逸話を収集した。ここで「画家」と言うのは、狭い意味では、絵画を専門とする人のことである。また、「逸話」とは、本来、特定の画家の行為/性格などが具体的に/生き生きと表象されている物語的なテクストのことである。しかし、いわゆる「常套句」に近いものも採っている。第2に、収集した逸話のそれぞれについて内容を要約し、さらに一定のトポスへと抽象度を高めることを試みた。ここで「トポス(topos)」と言うのは、画家や絵画について繰り返し使用される定型的な物語のパターンのことである。第3に、すべての逸話を、画家を単位として取りまとめ、それらの画家を絵所絵師/絵仏師/画僧/御用絵師/町絵師/文人画家/浮世絵師のカテゴリーに分類した。第4に、それぞれの画家カテゴリーごとに、どのような種類のトポスが選ばれ、どのような種類のトポスと組み合わさ、どのような場面における、どのような人物の、どのような行為/性格として具体化/具象化されるかを分析した。第5に、このようなトポスの《選択》と《結合》と《具象化》の仕方を分析することによって、特に近世の文人画家イメージと、近代の芸術家イメージとの間に、「個性を/内面性を表現する」「世間におもねらず」というトポスの点で、連続性と非連続性とが存在することが判明した。