- 著者
-
野上 道男
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- 地理学評論 (ISSN:00167444)
- 巻号頁・発行日
- vol.54, no.2, pp.86-101, 1981-02-01 (Released:2008-12-24)
- 参考文献数
- 40
- 被引用文献数
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平野(1966a)によって提案されたモデル, ut=auxx+buxを河川縦断面形の発達過程に適用し,土砂流量 J=-(aux+bu)の面から検討を加えた.上の2階偏微分方程式は移流を伴う拡散過程を表わす式でもある.高度(拡散問題では濃度に相当)を構成するすべての粒子がブラウン運動を行なっているとするか,あるいは土砂流量が勾配に正比例するということを前提として認めるか,このいずれかであれば地形発達過程を(移流のない)拡散過程でアナロジーすることができる.上に凹である河川縦断面形において,上の式の拡散項が堆積を表わし,移流項が侵蝕を表わす.移流項による土砂の流れはその方向が勾配の向きとは逆であり(拡散流はもちろん順方向),移流に相当するものとして,高度に比例するような流量を生じさせるどのような強制力を想定すればよいのか,地形的あるいは物理的解釈が難しい.このように拡散相当項については大きな仮定または前提があり,移流相当項についてはその強制力が何であるか特定できないなど,モデルとしての物理的根拠が薄弱であるという欠点がこの数学モデルにはある.しかし,数学的な形式は整っておりその定常解が,河川の平衡縦断面形として最もふさわしい指数曲線, u=C1+C2 exp(-rx) (ただし, r=b/a; C1, C2……定数)になるという大きな利点がある.そこで,このモデルを多摩川の段丘発達のシミュレーションに適用してみた.段丘面の縦断面形については寿円(1965b)のデータを用い,武蔵野面のそれを初期条件とした.境界条件としては定点である上端の土砂流量で与えることが望ましいのであるが,そうすると問題が不適切となるので,定点の勾配を時間の関数として指定することにした.下端は河口にとったが,河口における勾配一定という条件のもとで,海面高度を時間の関数で指定するという方法によった(自由境界値問題).係数a, bと平衡縦断面形の形状係数rの間にはr=b/aという関係があるが, aまたはbの値は現在の平衡土砂流量の推定値から計算で求め,各時代のaまたはbの値はこの値を基準にしてシミュレーションをくりかえし,平衡土砂流量が不合理な値とならないような値を選んだ. シミュレーションの結果は良好で現実の河川縦断面形の発達をよく表現することができた.たとえば,最上流部のfill-strathing,更新世末の中上流部における古い面へのoverflow,下流部における海面低下に起因する谷地形の形成,後氷期の海面上昇による溺れ谷地形の形成,そして最近7,000年間の堆積の進行による河口の前進などがうまく表現されている.