- 著者
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鈴木 克哉
- 出版者
- 環境社会学会
- 雑誌
- 環境社会学研究 (ISSN:24340618)
- 巻号頁・発行日
- vol.14, pp.55-69, 2008-11-15 (Released:2018-12-18)
- 被引用文献数
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6
近年,野生動物と人間活動との軋礫が世界各地で問題になっている。しかし日本では,加害動物による人間活動への影響量の軽減手法に関する技術的側面やその普及論が注目されがちであり,被害を受ける側である地域住民の「被害認識」が管理政策に取り入れられることはほとんどなかった。一方,この分野で先進的な欧米では,野生動物と人の軋礫問題において,さまざまな利害関係者間の相互関係をも調整対象とする軋礫管理(wildlife conflict management)の視点が注目されている。そこで本稿では,下北半島のニホンザルによる農作物被害問題を事例に,「被害認識」の形成要因として対人関係に着目した。その結果,被害農家は日常レベルにおいて許容を伴う複雑な「被害認識」を持っているが,被害経験を共有しない他者と対峙する場面では,サルに対する否定的価値観だけが表出されやすいこと,またそのような否定的価値観は地域社会において先鋭化され,捕獲をめぐる意見に収斂されやすいことが明らかになった。しかし,ニホンザルの農作物被害軽減に向けては,捕獲が必ずしも有効な手法ではなく,このような場合,施策をめぐって異なる価値観を持つ利害関係者間で意見の対立が生じ,獣害が社会問題化しやすい状況にある。今後,さまざまな獣害問題を解消するためには,従来の生物学的なアプローチに,それぞれの利害関係者の認識構造の把握や異なる価値観の調整手法に関する社会科学的なアプローチを融合させる方法がある。