著者
中川 尚史 川本 芳 村山 美穂 中道 正之 半谷 吾郎 山田 一憲 松村 秀一
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011-04-01

ニホンザルは順位序列が明確な専制型と分類されてきた。しかし、野生群は乳母行動から、餌付け群は給餌実験時の攻撃性から評価した結果、勝山、小豆島は専制型、屋久島、淡路島は寛容型と個体群間変異があった。他方、モノアミン酸化酵素A遺伝子およびアンドロゲン受容体遺伝子の頻度に個体群間変異があり、屋久島では前者の短いアリル、淡路島では後者の長いアリルが高頻度で見られた。これはアカゲザルやヒトの攻撃性と遺伝子型の関連と一致する傾向であった。また、ミトコンドリアDNAによる分子系統関係も、屋久島と淡路島は比較的近縁であることを示し、社会様式の違いに遺伝的背景があることを示唆する結果となった。
著者
土屋 萌 落合 和彦 鈴木 浩悦 神谷 新司 加藤 卓也 名切 幸枝 石井 奈穂美 近江 俊徳 羽山 伸一 中西 せつ子 今野 文治 川本 芳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第33回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.37, 2017-07-01 (Released:2017-10-12)

2011年3月11日に起きた東日本大震災に伴い,東京電力福島第一原子力発電所(以下,原発)が爆発し,周辺に生息する野生ニホンザル(Macaca fuscata)は,ヒト以外の野生霊長類において世界で初めて原発災害によって放射線被ばくを受けた。放射線被ばくによる健康影響は数多く報告されており,ヒト胎仔の小頭化や成長遅滞もその1つとして知られている。本研究では,被ばくしたサルの次世代への影響を調べるため,震災前後における胎仔の脳容積の成長および,生後1年以内の幼獣の体重成長曲線を比較した。また,脳容積の推定のため,頭蓋骨の骨化度を考慮しCRL(頂臀長)が140㎜以上の個体21頭においてCT撮影により頭蓋内体積を計測した。震災後胎仔は震災前胎仔よりもCRLに対する頭蓋内体積が小さい傾向が見られ,胎仔に脳の発育遅滞が起こっていると考えられた。さらに,0歳の幼獣について捕獲日ごとに体重と体長との散布図を作成し,震災前個体と震災後個体の成長曲線を比較した。その結果,体長が250㎜に達するまでは震災前個体よりも震災後個体の方が体長に対する体重が軽い傾向が見られた。一方,成長が停滞する250~350㎜に達すると震災前個体も震災後個体も体重はほぼ変わらず,再び成長が見られる350㎜以上では大きな差は見られなくなった。以上より,震災後個体は生後も数か月間は成長が遅滞していることが示唆された。
著者
鈴木 諒平 吉村 久志 山本 昌美 加藤 卓也 名切 幸枝 石井 奈穂美 落合 和彦 近江 俊徳 羽山 伸一 中西 せつ子 今野 文治 川本 芳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第33回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.37-38, 2017 (Released:2017-10-12)

2011年3月11日,東日本大震災の地震・津波による東京電力福島第一原子力発電所の爆発によって,周辺に生息する野生ニホンザル(Macaca fuscata)が放射線被曝(以下,被曝)を受けた。今後,既存文献から甲状腺の癌化などの増殖性変化が起こる事が予想される。本研究の目的は福島県福島市に生息するニホンザルの甲状腺濾胞密度を定量化により,組織形態学的変化の有無を明らかにすることである。材料として,被曝を受けた福島県福島市のニホンザル(以下,福島サル)95検体,被曝を受けていない青森県下北半島のニホンザル(下北サル)30検体の甲状腺のHE標本を用いた。これらを光学顕微鏡下で200倍にて観察し,CCDカメラを用いて画像を取り込み,cell Sensモニターにて1視野のうち500μm×500μmあたりの濾胞数をカウントした。左右甲状腺から無作為に選出した5視野ずつ,計10視野についてカウントを行い,この平均を各検体の濾胞密度とした。これらの結果を福島サル,下北サル各々において,年齢(幼獣,亜成獣,成獣),季節(4~9月,10~3月),性別(雌,雄)に関して比較を行ったところ,年齢差のみ有意差が得られた。さらに福島サルと下北サルの各年齢区分どうしを比較したところ,どの年齢区分においても有意差は認められなかった。つまり現段階では,被曝した福島サルと被曝していない下北サルの甲状腺濾胞密度に関しては有意な差は認められないという結果になった。
著者
白井 啓 川本 芳 森光 由樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.15, 2018

<p>日時:2018年7月13日(金) 14:40-17:50<br>場所:8号館6階8603教室<br><br>日本で特定外来生物に指定されているタイワンザル,アカゲザルが野生化し,ニホンザルへの交雑等が問題になっている。<br>2004年に青森県下北半島のタイワンザルの全頭捕獲が達成されたのに続いて,2017年12月,和歌山県北部で野生化していたタイワンザルの群れの根絶達成が,5年間の残存個体有無のモニタリングを経て,和歌山県知事によって公表された。366頭目である最後の交雑個体が捕獲,除去された2012年4月30日に根絶が達成されていたことになる。自由集会では群れ根絶の報告とともに,経過をふりかえり学んだことを整理する。<br>一方,千葉アカゲザル問題は対策が進められているものの,さらなる課題がある。房総半島南部に野生化しているアカゲザル個体群では,2000頭を超える捕獲,除去が進んでいるものの,半島中央部の房総半島ニホンザル地域個体群に交雑が波及し,ニホンザルのメスが交雑個体を出産しているという緊急事態になっている。そこには国の天然記念物「高宕山サル生息地」もあり,ニホンザル,ひいては房総半島の生物多様性保全のための今後の課題を整理する。<br>以上,行政を含む和歌山タイワンザル関係者,千葉アカゲザル関係者から報告し,会員のみなさまと議論する予定である。<br><br>責任者:白井啓,川本芳,森光由樹(保全福祉委員会)<br>連絡先:shirai@wmo.co.jp</p>
著者
川本 芳 白井 啓 荒木 伸一 前野 恭子
出版者
Primate Society of Japan
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.53-60, 1999 (Released:2009-09-07)
参考文献数
18
被引用文献数
11 11

An adult male captured at Nakatsu village, Wakayama Prefecture, was identified as an interspecific hybrid between the Japanese and Taiwan macaques. Electrophoretic analysis of diagnostic blood proteins (adenosine deaminase, ADA; NADH-dependent diaphorase, DIA; transferrin TF) strongly supported the occurrence of hybridization between native Japanese macaques and artificially introduced Taiwan macaques in the prefecture. The male had a Taiwanese-like mitochondrial DNA. This suggested that the hybrid resulted from a mating between an immigrant male of Japanese macaque and a group-member, female Taiwanese macaque in the northern area of the Arida River.
著者
毛利 俊雄 吾妻 健 石上 盛敏 川本 芳
出版者
Primate Society of Japan
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.87-94, 2000 (Released:2009-09-07)
参考文献数
10
被引用文献数
7 8

We report a species identification by mitochondrial DNA of a partial macaque skeleton excavated from Shuri Castle, Okinawa, the estimated age of which is around the 16th or 17th century AD. Species identification by gross morphology was not possible because of the following reasons; sufficient parts are not preserved, no natural distribution of non-human primates including macaque is recorded in the Ryukyu islands, and the genus Macaca is highly speciose. DNA amplification of D-loop variable region (ca 200bp) was first unsuccessful with the use of previously devised sets of primers which encompass the whole region, and is accomplished by using newly devised sets of primers, each of which is designed for anterior or posterior portion of the targeted region. Sequenced DNA of the Shuri macaque completely agrees with a sequence of Yaku macaques (Macaca fuscata yakui). For the comparison with or species identification of Shuri macaque, we sequenced the same region of DNA (variable region of D-loop) from four species of macaques (Macaca fuscata, M. cyclopis, M. mulatta and M. fascicularis). Ample variations of substitutions and insertion/deletion mutations are discovered both intra- and inter-specifically. A neighbor-joining tree based on nucleotide substitutions is depicted with bootstrap values (Fig. 4). In this study, a monkey skeletal remain excavated from Okinawa is safely identified as a Yaku macaque by the use of mitochondrial DNA. This suggests a promising future of genetic analyses for archaeological information retrieval. It is also emphasized that, for the proper assessment of the genetic information from archaeological remains, fuller genetic studies of the living animals are critically important.
著者
宗近 功 田中 洋之 田中 美希子 川本 芳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.25, pp.60, 2009

[目的]絶滅危惧種であるクロキツネザル(<i>Eulemur macaco macaco</i>)において,その飼育個体群を対象に,父子判定を含む遺伝的管理を実施するためにマイクロサテライトDNAの多型調査を行っている。前回の日本霊長類学会第24回大会にて,近縁他種で開発されたマイクロサテライトDNAのうち,10遺伝子座が対象の個体群で多型的であることを報告した。本研究では,これらのマイクロサテライトDNAを用いて親子判定を行い,その結果,飼育群の血縁構造に関して興味深い知見を見いだしたので報告する。<br>[方法]対象としたのは(財)進化生物学研究所で飼育している群れで,父親候補3頭,母親3頭,その間の子供5頭および血縁の無い成体オス1頭が含まれる計12頭である。分析には,多型が認められた10遺伝子座(<i>Efr09</i>, <i>Efr30</i>, <i>Em2</i>, <i>Em4</i>, <i>Em5</i>, <i>Em9</i>, <i>Lc1</i>, <i>Lc7</i>, <i>47HDZ268</i>)を用いた。マイクロサテライトの遺伝子型を比較し,父子関係および母子関係を明らかにし,当研究所の飼育管理記録と比較した。<br>[結果]マイクロサテライトの遺伝子型から,5頭全ての子供の父親を解明する事が出来た。また,母子関係についても確認したところ,子供をもつ成体メス2頭は,それぞれ異なる父親の子供を産んでいた事が判明した。一方,我々の記録の上で母親としていた個体がマイクロサテライト分析から否定される結果が得られた。<br>[考察]今回,飼育記録上の母親と子供の組み合わせに誤りがあったことが指摘された。その2例とは,出産日が互いに近い2頭の子供とその母親を取り違えて記録していたことである。最初は単なるミスと考えてられたが,クロキツネザルの子供は生後1週間を過ぎると群れ内の個体とよく遊ぶことや,メス間で子供を奪い合うことも観察されているため,飼育下のクロキツネザルにおいてswappingによる子育てが起きている可能性もあると考えられた。その後,群れ内で闘争が起こり,メス3頭のグループが1頭の繁殖可能なメスを攻撃し,死に至らしめた。マイクロサテライトの分析から,死亡したメスは実の子を含むメスグループから攻撃を受けた事が判明した。また,例数が少ないので断定は出来ないが,群内の繁殖可能なメス2頭から生まれる子供の父親が毎年変わっていることから,クロキツネザルの繁殖は「雑婚」の形態を取っている可能性が考えられた。
著者
宗近 功 田中 洋之 田中 美希子 川本 芳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.24, pp.62, 2008

[目的] 霊長類はワシントン条約や防疫上の問題から輸入が厳しく規制され、新しい系統の入手が難しくなっている。マダガスカルに生息するキツネザル類も同様で、国内の動物園・研究機関は、現存の群を維持してゆくほかない。本研究は、絶滅危惧種であるクロキツネザル(<i>Eulemur macaco macaco</i>)において、繁殖群の遺伝的管理法確立の為の基礎情報を得る目的で、マイクロサテライトDNAの分子標識の開発と父子判定を行った。<br>[方法] クロキツネザル(<i>Eulemur m. macaco</i>)を対象とし、父親候補3頭、母親3頭、その間の子供5頭および血縁の無い成体♂1頭が含まれる計12頭である。マイクロサテライト遺伝子座は近縁種において報告されている15種類(<i>Eulemur fulvus</i> 用5座位、<i>E. mongoza</i>用7座位、<i>Lemur catta</i>用2座位、<i>Propithecus verreauxi</i>用1座位) を用いてPCR増幅を試みた。<br>[結果]調査したプライマー15種類中14種類が増幅し、1種類(Em1座)は増幅しなかった。増幅した14種類中4種類(Efr04座、Efr26座、Efr56座、Em11座)では変異が認められず、変異が確認されたのは残りの10種類であった(Lc1座、Lc7座、47HDZ268座、Em2座、Em4座、Em5座、Em7座、Em9座、Efr09座、Efr30座)。変異の見られたマイクロサテライト遺伝子座の遺伝子型から、5頭全ての子供の父親を解明する事が出来た。<br>[考察]近縁種のプライマー15を使い10遺伝子座位がクロキツネザル(<i>Eulemur m. macaco</i>)の父子判定に使用可能であることが判明したのでこれらのマイクロサテライト遺伝子座を使用して父子判定を行い、血統登録を行うとともに遺伝的管理の精度を上げることが可能と考えられる。
著者
中川 尚史 後藤 俊二 清野 紘典 森光 由樹 和 秀雄 大沢 秀行 川本 芳 室山 泰之 岡野 美佐夫 奥村 忠誠 吉田 敦久 横山 典子 鳥居 春己 前川 慎吾 他和歌山タイワンザルワーキンググループ メンバー
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.22, 2005

本発表では,和歌山市周辺タイワンザル交雑群の第5回個体数調査の際に試みた無人ビデオ撮影による群れの個体数カウントの成功例について報告する。<br> カウントの対象となった沖野々2群は,オトナ雄1頭,オトナ雌2頭に発信器が装着され群れの追跡が可能であった。またこれまでの調査からこの群れは,小池峠のやや東よりの車道を南北に横切ることが分かっていた。<br> 今回の調査3日目の2004年9月22日にも,一部の個体が道を横切るのを確認できた。しかし,カウントの体制を整えると道のすぐ脇まで来ていてもなかなか渡らない個体が大勢おり,フルカウントは叶わなかった。この警戒性の高まりは,2003年3月から始まった大量捕獲によるものと考えられる。翌23日も夕刻になって群れが同じ場所に接近しつつあったのでカウントの体制をとり,最後は道の北側から群れを追い落として強制的に道を渡らせようと試みたが,失敗に終わった。<br> そこで,24日には無人ビデオ撮影によるカウントを試みることにした。無人といってもテープの巻き戻しやバッテリー交換をせねばならない。また,群れが道を横切る場所はほぼ決まっているとはいえ,群れの動きに合わせてある程度のカメラ設置場所の移動は必要であった。そして,最終的に同日16時から35分間に渡って27頭の個体が道を横切る様子が撮影できた。映像からもサルの警戒性が非常に高いことがうかがわれた。<br> こうした成功例から,無人ビデオ撮影は,目視によるカウントが困難なほど警戒性の高い群れの個体数を数えるための有効な手段となりうることが分かる。ただし,比較的見通しのよい特定の場所を頻繁に群れが通過することがわかっており,かつテレメーター等を利用して群れ位置のモニタリングができる,という条件が備わっていることがその成功率を高める必要条件である。