著者
木村 英雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.1, pp.6-8, 2012 (Released:2012-01-10)
参考文献数
20
被引用文献数
9 8

卵の腐敗臭を放つ毒ガスとして知られている硫化水素(H2S)が,生体内で作られることが日本でもようやく知られるようになってきた.Cystathionine β-synthase(CBS),cystathionine γ-lyase(CSE),3-mercaptopyruvate surfurtransferase(3MST)の3つの酵素が脳,肝臓,腎臓,血管,膵島などでH2Sを生産する.そして,神経伝達調節,平滑筋弛緩,細胞保護作用,インスリン分泌調節,抗炎症,血管新生など,H2Sは多様な作用を示す.このうち,細胞保護作用は神経細胞を酸化ストレスから保護する働きを皮切りに,心筋を虚血再還流障害から保護することが見つかり,アメリカではH2Sを冠状動脈バイパス手術に適用する第II相効果試験に入るなど,臨床応用への動きが目覚ましい.H2Sがmonoamine oxidase(MAO)を抑制する作用やミクログリアからのサイトカイン放出を抑制する作用を利用し,レボドパ(L-dopa)にH2Sをゆっくりと放出する構造をもつ化合物が開発され,パーキンソン病モデル動物ではL-dopaより優れた結果が出ている.さらに,H2Sが非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)による消化管の炎症を抑えることから,新薬の開発が進んでいる.基礎研究においても今年に入ってから,すでに5つのグループからそれぞれ特色の異なったH2S蛍光プローブが報告されている.これによって,H2Sがどのような時に,いかなる刺激によって放出され,消失していくかをリアルタイムで追跡できることが期待される.
著者
前原 俊介
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.6, pp.280-284, 2013 (Released:2013-12-10)
参考文献数
29

統合失調症は,思春期や青春期にその多くが発症する精神疾患であり,羅患率は総人口の約1%と比較的高いことが知られている.統合失調症の症状は多彩で一義的ではないものの,主症状として,幻覚,妄想などの陽性症状,感情鈍麻,意欲減退,社会的引きこもりなどの陰性症状および注意力低下,実行機能障害などの認知機能障害がある.既存の統合失調症治療薬は,主としてD2受容体および5-HT2A受容体に対する拮抗作用を有しており,陽性症状には奏功するものの,陰性症状や認知機能障害に対する改善作用は未だに十分ではなく,依然として統合失調症患者の約30%は薬剤抵抗性を示している.また,錐体外路症状や高プロラクチン血症,体重増加などの副作用を発現することなどから,新しいメカニズムを有する統合失調症治療薬の開発の必要性が強く唱えられている.その一つとして,主に前頭皮質のグルタミン酸神経伝達異常が原因であるといういわゆるグルタミン酸仮説(NMDA受容体機能低下仮説)に基づく創薬が活発化している.現在,グリシントランスポーター1阻害薬や代謝型グルタミン酸受容体2/3型(mGluR2/3)アゴニスト,mGluR2ポジティブアロステリックモジュレーターなどが臨床試験中である.我々は,新規ターゲットとして代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)に着目し,その拮抗薬の創薬を進めてきた.本稿では,新規mGluR1拮抗薬の特徴とその統合失調症動物モデルでの有効性および副作用に関する評価および受容体占有率との関係を中心に概説し,mGluR1拮抗薬の新規統合失調症治療薬としての可能性について考察する.
著者
吉崎 尚良 青木 一洋 望月 直樹 松田 道行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.2, pp.135-141, 2005 (Released:2005-10-01)
参考文献数
22

細胞内シグナルは,複数の分子の相互作用と酵素反応の連携によって伝播する.細胞外からシグナルが入力されると,多数の分子が相互作用するが,その相互作用は,時間的,空間的に様々に変化する.そしてそれら多様な相互作用は,細胞の分化,細胞骨格の再構成,遺伝子発現,という生命現象として最終的に出力される.こうした細胞内シグナル伝達に関わる分子の同定や機能解析は従来,遺伝学的,生化学的,分子生物学的手法によって行われてきた.これら既存の手法は目的の分子のシグナルカスケードにおける位置や,試験管内での酵素活性を知るには有効であるが,“細胞内のどの部位で,いつ”という時空間的な情報を知ることはできなかった.この問題を解決するために,近年,蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した生体内の反応を可視化するFRETプローブ群が開発されている.とくに,緑色蛍光タンパク質(GFP)をこのプローブ群の作製に用いると容易に細胞内に導入できるため,その利用に拍車がかかっている.さらに,これらのFRETを利用すれば,特定のタンパク質の活性を非侵襲的に画像化することが可能となることから,1細胞単位での分子機能の解析のみならず,さまざまな病気の診断や治療評価まで役立てようとする試みが始まっている.本文ではこのGFPを利用したFRETプローブの一例として低分子量Gタンパク質であるRhoの分子センサーを用いて,その利用の実際とそれによりわかってきたRhoファミリーGタンパク質の活性変化について解説する.
著者
清水 翔吾 清水 孝洋 東 洋一郎 齊藤 源顕
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.250-254, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
37

前立腺肥大症は,尿道閉塞による排尿困難や,二次的に発生した刺激が膀胱に伝わり頻尿及び夜間頻尿など下部尿路症状を引き起こす.近年の臨床及び疫学研究において,高血圧,高脂血症,糖尿病といった動脈硬化に関連する疾患が,前立腺肥大症を含む下部尿路症状の危険因子になりうるとの報告がなされた.また,複数の実験動物モデルを用いた基礎研究においても,前立腺血流低下(虚血)が,前立腺の細胞増殖や線維化,前立腺平滑筋収縮の増大に関与することが報告されている.そのため,臓器そのものだけでなく,骨盤内または前立腺血流自体が前立腺肥大症の治療標的になりうると考えられている.著者らは,自然発症高血圧ラットを用いて,前立腺血流低下に伴う前立腺肥大症発症メカニズムの解明並びに血管拡張薬の有用性について報告を行ってきた.本稿では,前立腺虚血及び前立腺肥大に関する研究成果を,著者らの研究成果を中心に紹介する.
著者
山口 浩史 栗田 麻希 吉永 遼平 淺尾 靖仁 岡 美智子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.259-264, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
19

慢性前立腺炎は泌尿器科領域ではもっとも一般的な疾患のひとつである.下腹部や会陰部の慢性的な痛みおよび不快感によりQOLが著しく損なわれる疾患であるが,確立された診断方法はなく,治療に難渋する患者も多いことから,新たな治療薬の開発が求められている.薬物評価を行う目的で,様々な急性および慢性の動物モデルが報告されてきたが,ヒトの病態との相関やモデルとしての妥当性に関しては十分な考察がされてこなかった.そこで,我々は今回,慢性モデルとして報告されている自己免疫性(EAP)モデルとホルモン誘発性(HCP)モデルを用い,慢性前立腺炎の特徴である疼痛および前立腺の炎症に関して評価を行った.Von Frey法により下腹部を刺激し疼痛様行動を評価したところ,EAPモデルおよびHCPモデルにおいて疼痛様行動の有意な増加が認められた.また,前立腺の炎症についてHE染色により病理組織学的に評価したところ,EAPモデルでは前立腺の腹葉特異的な炎症が認められたのに対し,HCPモデルでは前立腺の側葉特異的な炎症が認められた.前立腺肥大症に伴う排尿障害改善薬であるタダラフィルが,臨床において,慢性前立腺炎患者の疼痛症状を改善することが報告されている.そこで,EAP,HCPモデルを用いて,タダラフィルの作用について検討したところ,タダラフィルの反復投与はEAPモデルの疼痛様行動の増加を有意に抑制し,前立腺腹葉の炎症も有意に抑制した.HCPモデルにおいてもタダラフィルの反復投与は,疼痛様行動の増加を有意に抑制した.以上のことから,EAP,HCPモデルは慢性前立腺炎患者の特徴である疼痛と前立腺の炎症を示すモデルであり,薬物を評価するのに有用なモデルであると考えられた.
著者
高山 淳二 高岡 昌徳 松村 靖夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.1, pp.37-42, 2008 (Released:2008-01-11)
参考文献数
29
被引用文献数
2 4

腎不全時には,水分・電解質バランスの異常や老廃物の蓄積により生命が脅かされることから,透析療法が導入されることも少なくない.わが国の透析導入患者数は増加の一途をたどる現状であり,腎疾患治療薬の更なる開発が望まれる.著者らは,急性および慢性腎不全モデル動物を作製し,その発症・進展機構とそれらに有効な治療薬について研究している.従来から急性腎不全モデルとしては,虚血再灌流,重金属,各種薬物などによる腎機能低下モデルが用いられているが,主に著者らは腎臓の血流を一時的に遮断した後,その血流を再開通させることで発症する腎虚血再灌流障害モデルを用いている.技術的にも比較的容易であることから,安定した腎機能障害動物が得られ,実験者間の個人差も比較的少ない.費用の面でもきわめてリーズナブルである.本モデルを用いて著者らの研究室では,腎虚血再灌流障害の発症と進展に関わる種々の因子を同定するとともに,その障害をきわめて効果的に改善する薬物も見出している.一方の慢性腎不全モデルでは,腎部分切除や腎動脈分枝を結紮することにより,機能糸球体数を物理的に減少させて慢性的に腎障害を引き起こす方法が用いられることが多い.また最近では,糖尿病誘発性のモデルを用いた例も多くみられる.本稿では,誌面の都合上,急性腎不全モデルとして腎虚血再灌流障害,慢性腎不全モデルとして腎部分摘除の各モデルを取り上げ,動物の作製方法について解説する.さらに,腎機能低下の程度や進行並びに組織病変はそれぞれの病態モデルで特徴的であるため,それらがわかるように著者らの実験結果を例に挙げて記述する.
著者
川崎 博己 山本 隆一 占部 正信 貫 周子 田崎 博俊 高崎 浩一朗
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.98, no.5, pp.345-355, 1991
被引用文献数
1

新規抗うつ薬,milnacipran hydrochloride(TN-912)の脳波および循環器に対する作用をimipramine(IMP)およびmaprotiline(MPT)の作用と比較した.TN-912(10~100mg/kg)の経ロ投与は無麻酔・無拘束ラットの自発脳波と音刺激による脳波覚醒反応に対して,著明な変化を示さなかったが,IMP(10~100mg/kg)およびMPT(10~100mg/kg)の高用量投与は自発脳波の徐波成分の増加傾向と脳波覚醒反応の軽度抑制を生じた.無麻酔-無拘束ラットの循環器に対して,TN-912(10~100mg/kg)の経ロ投与により平均血圧の軽度上昇と高用量において心拍数減少がみられた.IMP(10~100mg/kg)とMPT(10~100mg/kg)により,用量依存性の血圧上昇と心拍数増加が認められた.麻酔イヌにおいてTN-912(1~30mg/kg),IMP(0.3~10mg/kg),MPT(1~10mg/kg)静脈内投与は,血圧下降を生じた.心拍数に対してTN-912は一定の作用を示さなかったが,IMPおよびMPTは用量依存的な増加を生じた.大腿動脈血流量はTN-912の30mglkgにより減少,IMPおよびMPTの低用量により減少,MPTの高用量により増加,IMPの高用量により著明に減少した.心電図に対して,TN-912(1~30mg/kg)によりS波の増大と高用量においてT波の増高がみられた.IMPは,投与直後・過性のRとS波振幅の減少,T波の増高,PQ間隔の延長を生じた.MPTは高用量においてR波振幅の減少,著明なT波の増高,PQ間隔の延長を生じた.モルモット摘出心房標本においてTN-912は高濃度の10<SUP>-4</SUP>Mにおいて軽度の収縮力の増大と律動数の減少を生じた.IMP(10<SUP>-6</SUP>M~10<SUP>-4</SUP>M)およびMPT(10<SUP>-6</SUP>~10<SUP>-4</SUP>M)は濃度依存的な収縮力の減弱と律動数の減少を生じ,10<SUP>-4</SUP>Mにおいて自動運動は停止した.以上,TN-912は既存の抗うつ薬IMPおよびMPTに比べて脳波および循環器に対する影響が少ない抗うつ薬である.
著者
夏目 やよい 水口 賢司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.2, pp.91-95, 2017 (Released:2017-02-01)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

創薬研究における時間,労力,費用といった様々なコストを下げ,革新的な創薬シーズを効率よく探索する試みの一つとして,コンピュータ解析(①データベース,②統計的モデリング,③数理モデリング)が積極的に利用されつつある.年々増加の一途を辿るデータベースを有効に利用するために,データベースの統合や,格納されたデータの解析を支援するプラットフォームの構築といった試みが需要を増している.また,収集された大量のデータから生物学的に意味のある情報・知識を引き出す技術が必要となることから,機械学習の手法の重要性は高い.一方,利用できるデータ量が不十分である場合などにおいても,理論計算によってシミュレーションをおこなうことにより観測している現象の本質を推定するアプローチも有効であり,これらの手法の特徴を理解した上で目的に応じたコンピュータ解析をおこなうことが肝要である.
著者
藤田 泰久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.1, pp.31-37, 2022
被引用文献数
1

<p>レムデシビルは米国Gilead Sciences社(以下,ギリアド社)が開発した,ウイルスのRNA合成を阻害する直接作用型抗ウイルス薬である.コロナウイルスを含む一本鎖RNAウイルスに対し,細胞培養系及び動物モデルにおいて抗ウイルス活性を示すことが明らかになっており,2015年からエボラウイルス感染症の治療薬として開発が進められてきたが,これまでいずれの国でも承認されたことはなかった.2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市で確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,発熱,咳,呼吸困難などを主な症状とする呼吸器疾患である.重症例では重篤な肺炎や多臓器不全を引き起こし,死に至る可能性がある.米国ギリアド社は中東呼吸器症候群(MERS)及び重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす一本鎖RNAコロナウイルスであるMERS-CoV,SARS-CoVに対し,in vitro及びin vivoでの抗ウイルス活性が認められていたレムデシビルを候補薬として,COVID-19治療薬の開発に着手した.COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2に対するレムデシビルの抗ウイルス活性がin vitroで確認されたことにより,2020年2月から臨床試験を開始した.米国国立アレルギー感染症研究所(NIAID)及び米国ギリアド社が実施した臨床試験,人道的見地から行われた投与経験の結果を受け,わが国でも「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)に基づく特例承認制度により,2020年5月7日に「SARS-CoV-2による感染症」を効能又は効果として特例承認に至った.本稿では,レムデシビルの開発の経緯,作用機序,及びその臨床成績の概要について解説する.</p>
著者
山口 和政 村澤 寛泰 中谷 晶子 松澤 京子 松田 智美 巽 義美 巽 壮生 巽 英恵
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.3, pp.175-183, 2007 (Released:2007-09-14)
参考文献数
33

我々は,嗅球摘出ラットを用いてヒトのうつ病状態に陥る生活環境の再現を試みた.暗室にラットを飼育することで昼夜逆転のヒトの生活を,また,身動きできないスペースの個室飼育で自由を奪うことでヒトのリズム運動抑制を再現し,セロトニン(5-HT)欠乏脳になったことを中脳縫線核(5-HT細胞体)のトリプトファン水酸化酵素および5-HTの免疫染色で確認後,行動評価を行った.嗅球を摘出後14日以上,暗所で個別飼育したラットは,暗所で24時間の脳波を測定すると,摘出前と比較して,嗅球摘出前にみられるような睡眠覚醒周期(短時間に覚醒・睡眠を交互に繰り返す)は消失し,覚醒または睡眠の持続時間延長といった周期混乱(ヒトで寝起きの悪さに類似)が認められた.また,この睡眠覚醒周期の混乱はSNRIのmilnacipran(10 mg/kg)の7日反復経口投与で回復が認められた.また,このラットをマウスに遭遇させると,逃避性および攻撃性を示す個体(ヒトでの自閉症様行動に類似)とに分かれた.さらに,ケージから取り出したときパニック様症状(ヒトでのちょっとしたストレスで自らを混乱に陥れてしまうパニック行動に類似)を示し,植木らが報告した評価項目に従って判定すると,偽手術ラットと比較して高い情動過多を示した.また,ラットの中には泣き声を発せずにジャンプし,マウスの尾を傷つけたりするような激しい行動(ヒトの動物虐待などの過激な行動に類似)を示す個体もみられた.マウスに対して逃避性および攻撃性を示す個体の生化学的および病理組織学的所見では,前脳皮質のノルエピネフリン(NE)および5-HT含量の減少および中脳または橋の背側縫線核トリプトファン水酸化酵素(TPH)免疫染色および5-HT免疫染色で陽性細胞数の減少(5-HT細胞体の機能低下)が認められた.また,マウスに対して逃避性を示す個体では,青斑核チロシン水酸化酵素(TH)免疫染色で陽性細胞数の減少(NE細胞体の機能低下)が,攻撃性を示す個体では,青斑核TH免疫染色で陽性細胞数の増加(NE細胞体の機能亢進)がそれぞれ認められた.NPY(抗うつ薬によるラットのムリサイド抑制と密接な関連を有するペプチド神経)免疫染色では,前頭皮質,帯状回皮質,運動野皮質および扁桃体でNPY免疫染色陽性細胞の増加が,また,前交連,側座核および視床下部では,NPY免疫染色陽性線維の増加が認められた.さらに,このラットの疼痛反応の評点は抗うつ薬のtrazodone(10および30 mg/kg)の反復経口投与開始後1日の投与後に,その他の項目の評点は四環系抗うつ薬のmaprotiline(10および30 mg/kg),SNRIのmilnacipran(3および10 mg/kg),SSRIのfluvoxamine(10および30 mg/kg)の反復経口投与開始後5および7日の投与前および投与後に抑制が認められた.
著者
東 紀男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.259-270, 1964-05-20 (Released:2010-07-09)
参考文献数
47
被引用文献数
11 6
著者
木本 愛之 花岡 晃郎 笹又 理央 宮田 桂司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.2, pp.127-136, 2008 (Released:2008-02-14)
参考文献数
38
被引用文献数
1

セレコキシブ(日本名;セレコックス®錠,米国名;セレブレックス®カプセル)は,世界初のシクロオキゲナーゼ(COX)-2選択的阻害薬として1999年に米国市場に登場して以来,主に消炎鎮痛薬として,現在まで世界100か国以上で使用されている.本邦では,関節リウマチ(RA)・変形性関節症(OA)を適応として2007年6月に発売された.セレコキシブは,COX-2を標的としたX線結晶構造解析にもとづきドラッグデザインされており,組換えヒトCOX-1,COX-2を用いた実験において,COX-2に対して強い阻害活性を示した.その阻害活性をIC50値で比較した場合,COX-1に対する阻害活性よりも360倍強いことが確認された.ヒト由来細胞を用いたCOX阻害選択性試験において,セレコキシブはCOX-1のみを発現するリンパ腫細胞よりも,COX-2を発現するIL-1β刺激線維芽細胞のプロスタグランジン(PG)E2産生を強く阻害し,既存の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)よりも高いCOX-2選択性を示した.ラットカラゲニン誘発痛覚過敏モデルにおいて,セレコキシブは温熱侵害刺激に対して低下した疼痛閾値を用量依存的に改善し,炎症組織および脳脊髄液PGE2量も用量依存的に減少させた.このときの鎮痛作用(ED30値)は既存のNSAIDsと同程度であった.また,LPS誘発体温上昇モデルにおいて,セレコキシブは単回経口投与により用量依存的に体温上昇を抑制した.ラットアジュバント関節炎モデルにおいて,足根関節屈曲による疼痛評価を行った結果,セレコキシブは関節炎発症後投与で有意な鎮痛作用を示した.さらに,セレコキシブは足腫脹を用量依存的に抑制するとともに足根部のX線評価において骨破壊を抑制することが示された.一方,ラットにセレコキシブあるいは既存のNSAIDsを単回経口投与したときの胃粘膜組織の肉眼所見では,セレコキシブは障害性を示さず,胃組織中PGE2量に対しても有意な影響を示さなかったのに対し,既存のNSAIDsは用量依存的に胃粘膜障害を惹起し,胃組織中PGE2量を用量依存的に減少させた.健康成人を対象とした第I相臨床試験において,セレコキシブは良好な体内動態と認容性を示した.RA・OA患者を対象とした第III相臨床試験において,RAの臨床症状の改善度の指標として用いた米国リウマチ学会(ACR)改善基準,あるいはOAの全般改善度における改善率において,セレコキシブはプラセボ対照群に対し有意な改善作用を示すとともに,ロキソプロフェンNaに対して非劣性であることが検証された.一方,NSAIDsの代表的副作用として知られている消化管粘膜障害,腎機能障害に関して,薬剤との関連性が否定できない事象についてはロキソプロフェンNaの方がセレコキシブよりも多かった.特に,OA患者における血圧に対する影響において,ロキソプロフェンNa群でセレコキシブよりも有意な収縮期血圧の上昇が認められた.以上の前臨床薬理試験および臨床試験の成績より,COX-2を選択的に阻害することにより関節リウマチ,変形性関節症等の運動器疾患における疼痛に対して既存のNSAIDs並の有効性を維持しつつ,COX-1阻害作用に基づくと考えられる副作用を回避するというコンセプトが立証され,COX-2選択的阻害薬セレコキシブは臨床的有用性の高い薬剤であることが示された.
著者
森 大輝 前田 和哉 楠原 洋之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.4, pp.210-216, 2019 (Released:2019-10-10)
参考文献数
18

薬物トランスポーターは医薬品の体内動態を決定する重要な分子である.Organic anion transporting polypeptides 1B1/1B3(OATP1B1/1B3)は,種々アニオン性薬物の肝取り込みを担う.OATP1B1/1B3の機能変動の要因には遺伝子多型や薬物相互作用があり,特に薬物相互作用の場合には重篤な有害事象が生じうる.このため,そのリスクを定量的に評価する方法論が複数検討されてきた.その一例として,内在性基質をプローブとする手法では,プローブ薬の投与なしに,医薬品開発のより早期に相互作用リスクを評価できる.また陽電子断層撮像法(PET)の利用は基質の肝臓中濃度の追跡を可能にし,肝胆系輸送の素過程に対する阻害薬の影響の定量化を可能とした.生理学的薬物速度論モデルは相互作用の程度を定量的に予測できる手法として,新薬の承認申請時を含め今後広く活用されると予想される.
著者
岩崎 克典 高崎 浩太郎 野上 愛 窪田 香織 桂林 秀太郎 三島 健一 藤原 道弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.2, pp.66-70, 2012 (Released:2012-08-10)
参考文献数
14
被引用文献数
3 5

漢方薬である抑肝散(よくかんさん)は,アルツハイマー病の周辺症状(BPSD)にしばしば使われる.しかし,その薬理学的特性は未だ明らかにされていない.漢方を認知症の補完・代替医療として考える場合には,その薬理学的な背景を明らかにすることが肝要である.そこで,我々は抑肝散が,妄想・興奮モデルとしてのメタンフェタミンによる自発運動量の異常増加を抑制すること,幻覚モデルとしての5-HT2A受容体アゴニストであるDOI投与による首振り行動,高架式十字迷路および明暗箱課題を用いた不安行動,夜間徘徊の指標となる明暗サイクルにおける明期の自発運動量の増加をそれぞれ有意に抑制することを明らかにし,認知症患者のBPSDに有効である可能性を示した.さらに8方向放射状迷路課題において,抑肝散が空間記憶障害の改善作用を示すこと,さらにこの作用は記憶に関わる海馬ACh神経終末からのACh遊離の促進を介することを見出し,抑肝散の中核症状への応用の可能性を提案した.次に,これらの作用が抑肝散の構成生薬のうちどれに由来するかを検討した.その結果,抑肝散を構成する7種の生薬のうちBPSDに対しては釣藤鈎(ちょうとうこう)の5-HT2A受容体を介した作用が,また,中核症状に対しては当帰(とうき)のACh神経系を介した作用がその役割を担っている可能性が示唆された.以上のことから,抑肝散はアルツハイマー病患者のBPSDのみならず中核症状にも有効で,補完・代替医療において西洋薬に替わる治療薬として有用であることが示唆された.
著者
加藤 明彦 杉山 博之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.123, no.2, pp.113-122, 2004 (Released:2004-01-23)
参考文献数
52

AMPA受容体は中枢神経系での興奮性シナプス伝達を司るグルタミン酸受容体の中でも最も中心的な役割を果たす受容体である.ここではAMPA受容体がどのように形成され,シナプス部位に輸送されたのち細胞表面に出現するのか,また記憶や学習の基礎過程であるシナプス可塑性がAMPA受容体の機能発現を介してどのように制御されるのかという問題について,分子レベルでの知見をまとめる.
著者
桐野 豊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.5, pp.215-218, 2012 (Released:2012-05-10)
参考文献数
22
被引用文献数
1 1

レギュラトリーサイエンス(RS)は1987年に内山 充 博士によって提唱されたが,その重要性は最近まで広く認識されるには至らなかった.しかしながら,21世紀に入って徐々に重要性が認識され,2011年にはRSは国の科学技術政策の中で最も重要な科学の一つと認められた.これは,科学と社会の関係に関する議論が深化したことに加えて,科学と社会の関係を最適に調整することこそが,新しい医薬品・医療機器の開発を推進する基盤であることが認識されたことによる.期せずして2010年に設立されたRS学会は,RSを実践する活動を開始したところである.RSの発展・推進に薬理学が貢献すべきところは多い.医薬品・医療機器の安全性の確保において極めて重要な「市販後調査」は,医薬関係者のみならず,全国民に関係する課題である.
著者
寳来 直人 角崎 英志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.3, pp.126-131, 2018 (Released:2018-09-06)
参考文献数
24

高齢化は世界規模で急速に進展し,本邦においても高齢化率は増加の一途をたどっており,平均寿命と健康寿命の差を短縮することが高齢者のQuality of Life(QOL)の向上並びに社会保障費の削減につながる.健康寿命の延伸には運動機能の維持が重要と考えられており,近年ではロコモティブシンドローム(運動器症候群)の増加が社会問題となっている.運動機能の維持に重要な役割を担っている筋肉は加齢と共に減少し,歩行速度並びに握力の低下など運動機能が低下するとサルコペニアとなる.しかし,筋肉量あるいは筋力を増加させる薬や運動機能を改善する薬は十分ではない.そこで本研究では,筋骨格系領域における創薬支援のため,解剖学的特徴がヒトに類似し,上肢及び下肢の機能分化が進んだサルにおいて,Magnetic Resonance Imaging(MRI)を用いた筋肉量測定方法を検討した.また臨床で一般的に使用されているDual Energy X-ray Absorptiometry(DXA)法と測定精度を比較した.その結果,MRI法ではDXA法と同様に高い同時再現性及び日間再現性が確認された.さらに,摘出した測定対象筋肉の重量とMRI法及びDXA法から得られた結果と相関解析を実施したところ,測定法に関わらず,いずれの測定部位についても高い相関がみられたが,MRI法の相関係数はDXA法と比較していずれの部位でも高かった.DXA法と比較して精度の高いMRIを用いた筋肉量測定方法が確立されたことにより,筋肉量をターゲットにした創薬の有力なドライバーになることが期待される.
著者
坂本 謙司 森 麻美 中原 努 石井 邦雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.1, pp.22-26, 2011 (Released:2011-01-10)
参考文献数
84

網膜色素変性症は中途失明の3大原因の1つであり,本邦では緑内障,糖尿病網膜症に続いて中途失明原因の第3位を占めている.網膜色素変性症の原因は遺伝子の変異であり,常染色体劣性遺伝型を示すことが多い.網膜色素変性症の患者においては,網膜の視細胞および色素上皮細胞の広範な変性が認められ,自覚症状としては,初期には夜盲と視野狭窄が,症状が進行し40歳を過ぎた頃から社会的失明(矯正視力約0.1以下)に至る.しかし,本症の進行には個人差が大きく,中には生涯良好な視力を保つ患者も存在する.現在,人工網膜,網膜再生,遺伝子治療および視細胞保護治療などに関する研究が進められているが,本症の治療法は全く確立されていない.本総説では,代表的な網膜色素変性症の原因遺伝子と,それらに対応する動物モデルを概説し,さらにそれらの動物モデルを用いて得られた新たな治療法の開発の現状について紹介する.