著者
丸山 和容 腰原 なおみ
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.5, pp.399-407, 2006 (Released:2006-07-01)
参考文献数
27
被引用文献数
7 5

塩酸ピロカルピン(販売名:サラジェン®錠5 mg)は,ムスカリンアゴニストとして作用を示す副交感神経刺激薬であり,強力な唾液分泌促進作用を有する口腔乾燥症状改善薬である.塩酸ピロカルピンは各ムスカリン受容体サブタイプ(M1,M2およびM3)に対し高い親和性を示したが,ニコチン受容体への親和性は明らかに低かった.ラット摘出唾液腺灌流標本において,塩酸ピロカルピンは濃度依存的な唾液分泌促進作用を示し,その作用はアトロピンにより著明に抑制された.さらに,塩酸ピロカルピンによる唾液分泌促進作用はムスカリンM3受容体遮断薬である4-DAMPにより強く抑制されたことから,本薬の唾液分泌作用にはムスカリンM3受容体の関与が示唆された.正常動物において,本薬は耳下腺または顎下・舌下腺からの唾液分泌を用量依存的に促進した.そして,頭頸部への放射線照射により作製した口腔乾燥症モデルラットにおいても本薬は用量依存的な唾液分泌促進作用を示し,唾液量の増加とともにその成分であるアミラーゼおよびタンパク分泌量も増加させた.国内臨床試験において,頭頸部悪性腫瘍に対する放射線治療後の口腔乾燥症患者で,口腔乾燥感の重症度VASスコアにおいて有意な改善が認められた.また,口腔乾燥症による日常生活の障害度の評価においても有意な改善効果が認められた.さらに,長期投与における安全性および有効性が確認された.以上,基礎および臨床試験成績より,塩酸ピロカルピンは放射線治療後の口腔乾燥症の諸症状に対して高い改善効果を示し,患者のQOLの向上が期待される有用な薬剤であると考えられた.
著者
鈴木 達也 齊藤 暁
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.2, pp.134-138, 2022 (Released:2022-03-01)
参考文献数
30

新型コロナウイルスをはじめとして,数多くのウイルス感染症がRNAウイルスによって引き起こされている.RNAウイルス感染症の制御には,ウイルス増殖機構の包括的理解が不可欠である.また,一般にRNAウイルスは進化速度が速いため,抗ウイルス薬への耐性株や中和抗体,細胞性免疫など宿主免疫からの逃避株について,変異株のウイルスゲノムに出現した変異がどのようなメカニズムで耐性を獲得しているのかを解明することは極めて重要である.これら変異株の解析を行う上で,組換えウイルスの人工合成法(リバースジェネティクス法)は重要なツールであるが,従来の方法は特殊な技術やツールが必要で,ウイルスの回収までに長い時間を要するという課題があった.近年開発されたcircular polymerase extension reaction法(CPER法)はウイルスゲノムを複数に分割することで,それぞれのゲノム断片を大腸菌プラスミド内で比較的容易に維持可能であり,極めて迅速に変異体の作成が可能である.著者らはこれまでデングウイルス,日本脳炎ウイルス,ジカウイルスなどのフラビウイルスを中心に研究を進めてきたが,最近は同技術を新型コロナウイルス研究に応用することで,ウイルス増殖機構の解明に取り組んでいる.本総説では,同技術の特徴や応用例,今後の発展性について紹介したい.
著者
谷口 恭章 出口 芳樹 斉田 勝 野田 寛治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.104, no.6, pp.433-446, 1994 (Released:2007-02-06)
参考文献数
51
被引用文献数
7 8

皮膚刺激薬(counterirritants)の外用鎮痛作用を各種疼痛モデルを使用して検討した.マウスでのホルマリン疼痛モデルにおいて,ホルマリン注射後5分以内に認められる一過性の疼痛反応(early phase:E相)に対して,l-メントールおよびペパーミント油はその外用適用により明らかな鎮痛作用を示した.サリチル酸メチルやdl-カンファーにおいても軽度ながら鎮痛作用が認められた.これとは対照的にインドメタシンの経口投与はホルマリン注射後20分前後をピークとする持続性のある疼痛反応(late phase:L相)に対してのみ鎮痛作用を示した.麻薬性鎮痛薬であるモルヒネは両相に対して明らかな鎮痛作用を示した.E相でのl-メントールの鎮痛作用はナロキソンおよびデキサメタゾン処置により顕著に拮抗され,ベスタチンにより増強された.また,l-メントールはマウスの熱板法やラットの後肢加圧法においても鎮痛作用を示した.一方,l-メントールはラットのカラゲニン足浮腫に対しては軽度の抑制作用を示したが,in vitroでのプロスタグランジンE2生合成阻害作用は示さなかった.また,l-メントールはモルモットにおいて軽度の表面および浸潤麻酔作用を示した.これらの知見により,皮膚刺激薬であるl-メントールの外用鎮痛作用は直接的な抗炎症作用によるものではなく,その作用機序として内因性オピオイド系の活性化とともに局所麻酔作用を含む局所効果が一部関与する可能性が示唆された.
著者
鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.3, pp.124-128, 2017 (Released:2017-09-09)
参考文献数
8

覚せい剤,麻薬及び向精神薬などの規制薬物の化学構造の一部を改変し,規制を免れているのが「危険ドラッグ」である.当初デザイナー・ドラッグや合法ドラッグと呼ばれていたが,紆余曲折を経て現在は「危険ドラッグ」と呼ばれている.そこで,「危険ドラッグ」誕生までの経緯につてまず解説する.また,「危険ドラッグ」は日本で用いられている用語であり,海外では主にnew psychotropic substances(NPS)と呼ばれているので注意が必要である.「危険ドラッグ」の明確な定義はないが,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」において,「指定薬物」は「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む)を有する蓋然性が高く,かつ,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物として,厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するもの」と定義されている.指定薬物と「危険ドラッグ」は同じではなく,「危険ドラッグ」の方が指定薬物より広い意味があると思われる.「危険ドラッグ」も依存性薬物であり,乱用の流行,さらに規制との関係で数々の「危険ドラッグ」が販売されては消えてゆく.そこで,「危険ドラッグ」の種類とその年次推移についても紹介する.さらに,「危険ドラッグ」は中枢神経系に作用して興奮若しくは抑制又は幻覚の作用を示す物とされている.そこで,その薬理作用についても解説する.
著者
永見 和之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.5, pp.403-407, 2007 (Released:2007-11-14)
参考文献数
4

過去の薬害事件から学ぶように,新規医薬品の開発において,安全性を正しく評価することが極めて重要ですが,試験データそのものは実体がなく,その信頼性は品質管理システムと品質保証システムの考え方を取り入れたシステムによってのみ保証することが可能であり,そのことが承認申請資料に用いられる非臨床安全性試験にGood Laboratory Practice(GLP)が適用される理由です.GLPはソフトとハードの両面から遵守すべき事柄を規定したものといえ,その基本構成は,責任体制の明確化,試験方法の標準化,信頼性保証部門の設置,適切な施設設備・機器の使用と管理です.運営管理者は信頼性の高い組織の構築と運営を行い,試験責任者は試験の実施過程において信頼性確保に努め,信頼性保証部門責任者はその信頼性を第三者的に保証します.各GLP施設は(独)医薬品医療機器総合機構による定期的なGLP適合性調査を受け,安全性試験の信頼性が評価されています. 医薬品開発におけるGood Laboratory Practice(GLP)とは,新規医薬品の承認申請資料として用いられる非臨床安全性試験において,その試験の重要性からデータの信頼性をシステムとして保証するためにソフトとハードの両面から規定を定めたものといえます.GLPは医薬品の他,医療機器,化学物質,農薬,動物用医薬品および飼料添加物にも適用され,薬事法,農薬取締法,化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法),労働安全衛生法(安衛法)などを根拠として所轄省庁の省令で定められ,それぞれの目的に応じてGLP適用試験の種類が定められています.ここでは,医薬品GLPを中心にGLPを概説したいと思います.
著者
満山 順一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.4, pp.287-293, 2007 (Released:2007-10-12)
参考文献数
13
被引用文献数
1

キノロン系抗菌薬(以下,キノロン)は各科領域における感染症治療薬として不可欠な薬剤である.ノルフロキサシン(NFLX)以降に登場したいわゆるニューキノロンは,それまでのナリジクス酸やピペミド酸などのオールドキノロンに比べ,抗菌スペクトル,体内動態や代謝安定性が大幅に改善し,適応菌種および適応症が飛躍的に拡大した.当初,経口剤だけであった剤型は,その後,注射薬,点眼・点耳薬,さらには皮膚外用薬へと拡大している.NFLX以外の薬剤も小児科領域への適応拡大が勘案されており,現在も多くの化合物が前臨床ならびに臨床試験のステージにある.世界的なキノロンの使用頻度の増加と共にキノロン耐性菌も増加し,臨床的に大きな問題となっているが,最近はPharmacokinetics/Pharmacodynamics(PK/PD)による解析が進み,有効性だけでなく耐性菌の抑制も議論されるようになってきている.
著者
中村 皖一 中川 明彦 田中 実 増田 裕 林 康之 西園 寺克
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.83, no.2, pp.183-191, 1984 (Released:2007-03-07)
参考文献数
33
被引用文献数
11 7

3位にmethyltetrazolylthiomethyl基を有するセフェム系抗生物質によるジスルフィラム様作用の発現機構を追求するために以下の実験を行った.1)cefetazole(CMZ),cefoperazone(CPZ),latamoxef(LMOX)をヒト,サル,イヌ,ラットに静脈内投与後の原薬物ならびに3位置換基由来のmercaptomethyltetrazole(Me-TZ)の累積尿中排泄率(0~24時間)を求めた.ヒトにおけるMe-TZの尿中排泄率はCPZ(39%)>LMOX(14%)>CMZ(3% of dose)となり,同様の傾向はラット,サルでも見られた.2)ラットにCMZ,CPZ,LMOX,Me-TZを静脈内に単回投与し,一定時間後ethanolを経口負荷したところ,血中アセトアルデヒド値は用量依存的に上昇した.その傾向はMe-TZの尿中排泄率に比例し,CPZ>LMOX>CMZとなった.またサルの2回静脈内投与群においてもCPZ>CMZの傾向が見られた.以上の結果からMe-TZがジスルフィラム様作用の原因物質と推測できたが,本作用発現の強弱に種差,抗生物質問の差異が見られた.それらはこれまでに報告されている各抗生物質の胆汁移行率の大小および組織液中での安定性に起因していると考えられた.
著者
北岡 志保
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.6, pp.390-394, 2020 (Released:2020-11-01)
参考文献数
10

既存の抗うつ薬の多くはモノアミンなどの神経伝達物質の作用を調節するが,一部の患者で十分な効果が得られないため,新たな創薬標的の開発が期待されている.近年,うつ病患者の血中で炎症関連物質が高値を示すことから炎症の関与が注目されるものの,うつ病発症と炎症との因果関係は不明であった.社会や環境から受けるストレスは精神疾患のリスク因子であることから,動物に繰り返しストレスを与える反復社会挫折ストレスがうつ病の動物モデルとして使用されている.このモデルを用い,著者らはプロスタグランジン(PG)E2がPGE受容体EP1を介して内側前頭前皮質ドパミン系を抑制することによりうつ様行動を誘導することを示し,ミクログリアに選択的に発現するPG合成酵素シクロオキシゲナーゼ-1がうつ様行動の誘導に必須であることを見出した.この研究を発展させ,反復ストレスによりTLR2/TLR4を介して活性化された内側前頭前皮質ミクログリアがTNFα,IL-1αを放出し,反復ストレスによる神経細胞の応答性や形態の変化を誘導した結果,うつ様行動が誘導されることを示した.これらの結果から,反復ストレスによる情動変容の誘導に脳内炎症が関与すること,またその分子実体が明らかとなった.炎症を標的とした創薬を行うには,病態を培養細胞で再現した疾患モデル細胞が不可欠である.そこで,炎症が病態に深く関わる神経変性疾患を対象とし,炎症に着目した精神・神経疾患の創薬プラットホームを開発することとした.筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者由来のiPS細胞から分化した運動神経細胞は通常の培養条件下では健常者由来の細胞と同程度の生存率であるが,活性酸素を誘導するヒ素の存在下では生存率が低下した.そこで,この培養条件を用いてALS治療薬の候補化合物を同定した.本創薬プラットホームはALS以外の幅広い精神・神経疾患に応用可能であると期待される.
著者
古川 哲史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.5, pp.375-383, 2003 (Released:2003-10-21)
参考文献数
42
被引用文献数
1 1

Na+チャネル·Ca2+チャネルなどの陽イオンチャネルに比べて,Cl−チャネルの細胞機能に果たす役割は今まであまり注目されていなかった.近年,数多くのCl−チャネルcDNAのクローニング,ヒト遺伝性疾患の原因遺伝子として複数のCl−チャネル遺伝子の同定,ノックアウトマウスの解析,Cl−チャネルタンパク質結晶のX線構造解析,タンパク質相互作用によるCl−チャネル制御など,Cl−チャネルに関して画期的な研究成果が相次いで発表された.細胞内膜Cl−チャネルは細胞内小胞の酸性化に重要であり,ClC-5は腎尿細管で低分子タンパク質の再吸収に関与し,ClC-7は破骨細胞osteoclastの骨基質吸収に関与する.これらの異常はそれぞれタンパク尿と腎結石を主徴とするDent病·骨過形成を主徴とする骨化石症osteopetrosisをもたらす.細胞表面膜Cl−チャネルのClC-K1,ClC-K2,ClC-3Bは上皮細胞に特異的に発現し,一方向性Cl−輸送に関与する.これらの異常もヒト疾患と関連しており,ClC-K1の異常は尿崩症,ClC-K2の異常はBartter症候群をもたらす.
著者
進藤 軌久 豊柴 博義
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.1, pp.41-46, 2022 (Released:2022-01-01)
参考文献数
5

世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をパンデミック(世界的大流行)と認定してから1年以上が経過した.いまだ有効な治療薬は限られており,その開発は世界中で喫緊の課題となっている.このような状況において,我々が独自に開発した人工知能(AI)システムConcept Encoderは,創薬プロセスを劇的に加速しつつある.Concept Encoderはライフサイエンス領域に特化したAIであり,膨大な文献情報の中から疾患と遺伝子の関係を学習している.そして,現時点では明らかになっていない疾患と遺伝子の関連の強さを予測し,原因性因子なのか応答性因子なのかといった疾患と遺伝子の関係性についても予測することができる.さらに,分子間相互作用や酵素基質の関係等の分子と分子の関係についても学習しており,原因性因子と応答性因子の間をつなぐ分子を網羅的に探索し,疾患の分子ネットワークの全体像を明らかにしている.我々は,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の遺伝子のいくつかに着目してCOVID-19治療薬の研究を進めており,本稿ではそのうちのひとつであるORF8に関する解析の一端を紹介する.
著者
安井 正人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.5, pp.231-234, 2019 (Released:2019-05-14)
参考文献数
17
被引用文献数
2 3

我々の身体の約2/3は水分子で構成されている.体液(水・電解質)調節は,個体の機能維持に必須である.実際,心不全など多くの疾患で体液調節の異常が認められる.驚くべきことに脳における体液調節の仕組みはほぼ未解明のままであった.最近になり,「脳リンパ流」が存在することを示唆する証拠が相次いで報告された.中でもNedergaardらが2012年に提唱した「glymphatic system」では,アクアポリン4(AQP4)が関与している可能性,睡眠によって制御されている可能性が示唆され,注目を集めた.AQP4は哺乳類の脳に主に発現していて,グリア細胞であるアストロサイトの終足(血管周囲空間とのインターフェースおよび脳室周囲)にあることから,脳の体液調節に関与している可能性が以前より示唆されていた.「Glymphatic system」は,まだ概念的な要素が多く,その実態は十分に把握されていない.一方,その解明は高次脳機能や精神・神経疾患の病態におけるグリア細胞の役割に対する理解を深めるのみならず,脳内薬物動態に対する理解にもつながり,睡眠薬や精神疾患作用薬の開発やより適切な使用法の改善も期待される.最近,不眠と慢性疾患(糖尿病や高血圧など)との関連も大変注目されているが,実際,国民の約5人に1人が不眠の問題を抱えている.更に,高齢化社会を迎え,認知症が増えていくことを考えると,脳リンパ排泄の生理とその破綻における病理を解明していくことは,科学的にも社会的にも極めて重要である.そこで,本総説では神経変性疾患の病態生理におけるAQP4の役割を解説すると同時に「脳リンパ流」に関する最近の知見も紹介する.
著者
出口 芳樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.156, no.3, pp.171-177, 2021 (Released:2021-05-01)
参考文献数
16

開発候補品の臨床における中枢神経系の副作用予測のために,非臨床試験で用いられるIrwinの変法や機能観察総合評価法(FOB)は,肉眼的観察が中心で,観察者の観察能力に大きく依存する.そのため,観察者の適切な訓練や所見の目合わせが非常に重要であり,方法や判断基準についても統一的な見解を共有する必要がある.また,動物福祉への配慮やバイオ医薬品および抗がん薬の開発の増加などから安全性薬理評価を一般毒性試験に組み入れる機会が多くなっている.特に中枢神経系の評価は,比較的容易に,経時的に一般毒性試験に組み込むことが可能である.しかし,検出力を減じず,信頼性のあるデータが取得できるように試験をデザインする必要がある.このように医薬品開発において,信頼性の高い中枢神経系への影響を検出するためには,中枢神経系評価の技術レベルの向上および技術の継承が大切である.
著者
山本 経之 釆 輝昭
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.3, pp.173-180, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
35
被引用文献数
5 4

精神疾患の動物モデルは,その根底に存在する神経機構の解明や前臨床における新規化合物の治療効果の予測を行う上において欠くことが出来ない.しかし当然のことながら,動物の脳内で起っている事とヒトの脳内で起っている事が等しいという証拠を見い出せない為に,適切な精神疾患の動物モデルを確立することは極めて困難である.ヒトにおける精神疾患の初期の動物モデルは,ヒトと動物で観察される行動上認められる症状の類似性,即ち“表面妥当性”(face validity)に基づいたものが多かった.その後,行動系の変容と神経系の変容との関連性が,動物での変化とヒトの臨床像との間で認められるか否かという“構成妥当性”(construct validity)に基づいた動物モデルの開発もなされるようになってきた.動物モデルの実際的な有用性は,結局,精神疾患に対する新規化合物の臨床効果を予測する“予測妥当性”(predictive validity)にある.本稿では,主に,精神疾患患者の症状に類似した症状を引き起こすことが期待できる環境ストレスや薬理学的処置による分裂病とうつ病の動物モデルに焦点を当て,これらの妥当性を考慮に入れながら概説する.
著者
國石 洋 関口 正幸 山田 光彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.156, no.2, pp.62-65, 2021 (Released:2021-03-01)
参考文献数
32

慢性的なストレスへの暴露は,シナプス伝達といった脳の情報処理機構に様々な影響を与える.特に,前頭前皮質と扁桃体など情動処理に関与する脳領域に対し,ストレスが与える影響やその詳細なメカニズムを理解することは,ストレス関連精神疾患に対する新しい治療標的の探索のために重要である.近年,うつ病などのストレス関連精神疾患の症状を引き起こす責任部位として,前頭葉の腹側領域である眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex:OFC)が注目されている.OFCは扁桃体などの辺縁系領域や,腹側被蓋野など報酬系といった情動に関与する様々な領域に神経投射を送っており,特にOFC外側領域は負の情動処理に重要な機能を持つと推測される.本稿では,OFCの機能とストレス関連疾患への寄与を示すこれまでの知見を記述しつつ,マウスの外側OFCから扁桃体基底外側核(basolateral amygdala:BLA)へ投射するシナプス伝達を光遺伝学的に単離計測し,ストレス負荷が与える影響と負情動行動への寄与を明らかにした,我々の研究について紹介する.
著者
久保山 昇 藤井 彰 田村 豊幸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.579-596, 1981 (Released:2007-03-09)
参考文献数
35
被引用文献数
16 16

熊笹葉エキス(bamboo Leaf extracts,BLE)および熊笹葉リグニン(bamboo leaf lignin,BLL)の抗腫瘍作用を,in vivo で benzopyrene(BP)および4-nitroquinoline-1-oxide(4NQO)誘発腫瘍マウス,ラットを用いて検討した.またその作用機序を in vitro で,Rec-assay 法および Ames test を用いて検索した.in vivo 抗腫瘍作用は,ddY 系雄性マウス1群20~30匹,16群を使用し,実験期間は120日間とした。対照群は水,実験群には1%,10% BLE および0.1% BLL を自由飲水させた.実験開始と同時に週1回の割で,BP を5回,4NQO を3回背部皮下に投与し誘発腫瘍を作成した。ラットを用いた実験では, Wistar 系雌性ラット1群10匹,9群を用い,実験期間は150日間とした.あらかじめ1%,10% BLE を自由飲水させ,30日後に週1回の割で3回 BP を皮下投与した.抗腫瘍性はマウス,ラットの各群における腫瘍出現率,摘出腫蕩重量,発癌性指数,および腫瘍抑制率を用いて算出した.また,体重変化,一般症状も観察した.実験期間を通じて,BLE および BLL を自由摂取したマウス,ラットは体重変化,一般症状,および主要臓器の病理組織学的所見において,特に異常は認められなかった.よって,BLE および BLL の毒性はきわめて低く,長期大量投与の可能性も示唆きれる.抗腫瘍作用に関してはマウス,ラット共に1% BLE 群(0.71mg/ml)が腫瘍抑制効果が最も高いことが認められた.また弱い抗腫瘍性が10% BLE,0.1% BLL に認められた,このことから BLE の最適投与量は1%溶液であることが示唆される.in vitro の実験では,Rec-assay 法において BLE 1.4mg/disc から DNA 損傷作用が現われ,また,Ames testにおいて BLL(0.565mg/plate)のラット S-9 代謝産物に,TA98 で spontaneous mutation の約2倍の His+ の出現がみられた.このことから,BLE およびこの成分中の BLL の抗腫瘍作用は,腫瘍細胞に直接的に作用する可能性を示唆している.
著者
頭金 正博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.1, pp.18-21, 2016 (Released:2016-07-13)
参考文献数
10

医薬品の有効性や安全性には,民族差がみられる場合があり,グローバルな多地域で新薬開発を進めるためには,医薬品の応答性における民族差に留意する必要がある.そこで,有効性と安全性の民族差の評価においてレギュラトリーサインス研究が必要になる.具体的には,薬物動態をはじめとして,効果や副作用における民族差がどの程度あるのか,また民族差が生じる要因は何か等の課題をレギュラトリーサインス研究によって明らかにすることがグローバル開発では必須になる.グローバル開発戦略に関しては,日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)E5ガイドラインが公表されて以来,ブリッジング戦略が2002年頃までは多く用いられた.一方,ブリッジング戦略は,諸外国で開発が先行することを前提とした開発戦略であり,ドラッグ・ラグの問題が提起されるようになり,最近では,同じプロトコールを用いて複数の地域(民族)を対象にした臨床研究を同時に実施する,いわゆる国際共同治験が行われるようになった.近年の薬物動態での民族差に関する研究の進展により,遺伝子多型等の民族差が生じる要因が解明される例も多くみられるようになった.一方,有効性や安全性に関する民族差については,民族差が生じる詳細な機構は不明であるが,抗凝固薬の例にみられるように,定量的に民族差を評価することが可能になった.また,最近は有効性や安全性を反映するバイオマーカーに関する研究も進展しているが,バイオマーカーにも民族差がみられる可能性もあり,留意する必要がある.今後は,これらの知見を基にして効率的なグローバルでの医薬品開発の促進が期待される.
著者
岩倉 洋一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.5, pp.303-313, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
38
被引用文献数
2 2

関節リウマチは世界人口の1%が罹患するきわめて重要な疾患である.その病因,発症機構はまだ完全には明らかにされていないが,自己免疫疾患と考えられ,関節滑膜における慢性的な炎症の結果,関節の破壊が起こる.関節で炎症性サイトカインの発現亢進が見られることが1つの特徴である.我々はヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のtax遺伝子を導入したトランスジェニック(Tg)マウスを作製し,関節リウマチによく似た関節炎を自然発症することを先に報告した.このマウスの関節では多くのサイトカインの発現が亢進していたが,これはTaxの転写促進活性によるものと考えられる.これらのサイトカインのうち,特に発現の高かったIL-1の役割を調べるために,IL-1ノックアウト(KO)マウスを作製したところ,KOマウスでは関節炎の発症が約1/2に抑制されることが分かった.この結果はIL-1が病態形成に重要な役割を果たしていることを示唆する.そこで,IL-1シグナルが過剰に入ることが予想されるIL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1Ra)KOマウスを作製したところ,このマウスがやはり自己免疫になり,関節炎を自然発症することを見いだした.IL-1の免疫系に対する影響を調べたところ,IL-1はT細胞上にCD40LやOX40などの副シグナル分子を誘導し,T細胞を活性化することが分かった.このため,IL-1KOマウスではT細胞の活性化が障害されており,抗体産生やサイトカイン産生が低下する.また,抗CD40L抗体や抗OX40抗体はIL-1RaKOマウスの関節炎を抑制することが分かった.これらの所見からIL-1/IL-1Raシステムが免疫系の恒常性の維持に重要な役割を果たしており,IL-1の過剰シグナルは自己免疫を引き起こすことが示された.本稿ではこれらの研究の創薬への応用の可能性についても触れたい.
著者
川口 充 澤木 康平 大久保 みぎわ 坂井 隆之 四宮 敬史 小菅 康弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.6, pp.447-453, 2006-06-01
被引用文献数
4 7

口腔は,消化・咀嚼・感覚・発音といった多様な機能が集合しており,それぞれの機能は,他の器官と共通の調節機構により制御されている.したがって口腔は薬物療法による副次的な影響を受けやすい器官であり,ひとたび機能不全が生じるとその障害の大きさを認識させられることから,健康に対する潜在的価値が非常に高いと言える.薬物が口腔に及ぼす副作用には,味覚障害,口腔乾燥症,歯肉肥大症,唾液分泌過剰,流涎,口内炎,歯の形成不全・着色などが挙げられるが,ここでは,味覚障害,口腔乾燥症,歯肉肥大症に焦点を絞って解説した.味覚障害では亜鉛不足が病態の原因の最も多くをしめること,OH,SS,NHなどの官能基を持つ薬物には亜鉛をキレートする性質があること,唾液分泌が味覚物質の溶媒として欠くことができないことを説明し,さらに,味覚受容体の分子レベルでの研究の経緯と現状について解説を加えた.口腔乾燥症では,向精神薬のうち三環系抗うつ薬とメジャートランキライザー,およびベンゾジアゼピン類の作用標的の違いについて,降圧利尿薬の腎臓と唾液腺での作用の違いについて説明した.歯肉肥大症では原因となる薬物の種類は少ないが,線維芽細胞のコラーゲン代謝機能に影響を及ぼしていること,性ホルモンが修飾する可能性について説明した.<br>
著者
伊藤 亮治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.4, pp.160-165, 2018 (Released:2018-04-07)
参考文献数
16

ヒト細胞や組織が高効率で生着し,部分的にヒトの生体を模倣できるヒト化マウスは,昨今の医学研究において重要なツールとして位置付けられている.2000年以降NOGマウスの樹立を皮切りに,BRG,NSGマウスといった複合型重度免疫不全マウスが開発され,従来の免疫不全マウスに比べて多種多様なヒト細胞,組織を効率よく生着させることが可能となった.特に,ヒト造血幹細胞を移植したヒト免疫系マウスは,マウス血球の半数近くがヒト血球に置換され,骨髄や脾臓では実に6~9割程度のヒト細胞が生着する.近年これらヒト化マウスを用いて,いくつかのヒト病態を再現したヒト免疫疾患モデルの構築が可能となり,創薬研究における新たな前臨床評価系としての期待が高まっている.本稿では,ヒト化マウスの概要から次世代型NOGマウスの開発,さらにこれらを応用したヒト疾患モデルと創薬研究への応用について紹介する.
著者
小泉 修一 佐野 史和
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.6, pp.268-274, 2018 (Released:2018-12-08)
参考文献数
37
被引用文献数
1 1

てんかんは最も頻度が高い中枢神経疾患の一つである.複数の作用メカニズムの異なる抗てんかん薬が既に存在するおかげで,てんかんの多くはコントロール可能である.しかし,てんかんの約30%は既存薬が奏功しないいわゆる難治性てんかんである.抗てんかん薬は大きく分けると,神経細胞の興奮性を抑制するもの,及び抑制性を亢進するものに分類できる.興奮性神経の抑制は,Na+等各種イオンチャネル阻害薬,グルタミン酸放出阻害及びグルタミン酸AMPA受容体をする薬剤,一方抑制性神経の亢進はGABAA受容体を亢進させる薬剤である.いずれも,神経細胞を標的としたものである.最近の脳科学の進歩により,グリア細胞が脳機能,神経細胞の興奮性に果たす役割の重要性が明らかにされつつある.グリア細胞は,自身は電気的に非興奮性細胞であるが,細胞外の神経伝達物質,グリア伝達物質,イオン濃度の調節,エネルギー代謝調節,さらにシナプス新生及び除去により,神経細胞の興奮性を積極的に調節している.従って,グリア細胞の機能が変化すると,これらの調節機能も変化し,ひいては神経細胞の興奮性も大きく変化する.てんかん原性とは,脳が自発的なてんかん発作を起こし易い状態になることであり,上述したグリア細胞の機能が変調することが,このてんかん原性獲得と大きく関係していることが示唆されている.本稿は,グリア細胞の中でも特にアストロサイトに注目し,てんかん発作により反応性アストロサイトの表現型に変化した際の機能変調とてんかん原性との関連性を述べ,グリア細胞を標的とした抗てんかん薬開発の可能性について述べる.