著者
和田 悌司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.1, pp.22-26, 2013 (Released:2013-01-10)
参考文献数
39

骨転移は乳がん,前立腺がん,甲状腺がん,腎がん,肺がんをはじめとする種々のがん患者において高頻度で認められ,その患者数は増加する傾向にあると言われている.骨転移はしばしば重大な骨関連事象(病的骨折,脊髄圧迫,骨への放射線治療,または骨に対する外科的処置)を引き起こし,患者のQuality of Lifeを著しく低下させることから,骨関連事象の発現を抑制することが望まれている.骨病変とその結果として生じる骨関連事象には,骨内に進入したがん細胞とそれを取り巻く骨環境が関与している.骨内でがん細胞は骨芽細胞等を介してRANKL(receptor activator for nuclear factor-κB ligand:RANKリガンド)の発現上昇を引き起こす.RANKLは破骨細胞の形成,機能,および生存を司る必須の因子であり,破骨細胞および破骨細胞前駆細胞に発現するRANKL受容体(RANK)に結合し,破骨細胞による骨吸収を促進することで骨破壊を誘導する.骨吸収の際にはがん細胞の増殖や生存を促す因子が放出され,がん細胞のさらなる自己増強(悪循環)に陥る.非臨床試験において,この「悪循環」に重要な役割を果たす分子のひとつであるRANKLを阻害することで,骨病変の進行抑制が認められることが乳がん,前立腺がん,および肺がんのマウスモデル等において確認されている.近年,ヒトRANKLに特異的かつ高い親和性を示すヒト型抗RANKLモノクローナル抗体,デノスマブによるRANKL阻害への期待が寄せられていることから,本稿では,デノスマブの作用機序およびデノスマブの標的であるRANKLに関して基礎研究データを概説するとともに,RANKL/RANK経路に関する最近の研究を紹介する.
著者
中西 康友 樋口 潤哉 本田 直樹 小村 直之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.156, no.6, pp.370-381, 2021 (Released:2021-11-01)
参考文献数
46
被引用文献数
6

アナモレリン塩酸塩(以下,アナモレリン)は,成長ホルモン放出促進因子受容体タイプ1a(GHS-R1a)の内因性リガンドであるグレリンと同様の薬理作用を有する経口投与可能な低分子薬剤であり,食欲不振を伴う体重減少を愁訴とするがん悪液質の治療薬として本邦で初めて承認された.アナモレリンは,培養ラット下垂体細胞からの成長ホルモン(GH)の分泌を促進し,ラット,ブタ及びヒトへの経口投与によって血漿中GH濃度を増加させた.また,ラットにアナモレリンを1日1回6日間反復経口投与したとき,初回投与後から摂餌量の増加を伴う体重増加が認められた.アナモレリンはGHS-R1aに対する選択的な作動薬であり,GHS-R1aを介して下垂体からのGH分泌を促進するとともに摂餌量を増加させ,その結果として体重増加作用を示すと考えられた.非小細胞肺がんに伴うがん悪液質患者を対象とした2つの国内第Ⅱ相試験において,除脂肪体重(LBM)及び体重の減少並びに食欲不振を改善することが確認された.また,消化器がんである大腸がん,胃がん及び膵がんを対象とした国内第Ⅲ相試験においても,LBM及び体重の維持・増加並びに食欲不振の改善が認められ,大腸がん,胃がん及び膵がんでのがん悪液質に対する有効性が確認された.なお,非小細胞肺がんに伴うがん悪液質患者を対象とした海外第Ⅲ相試験で認められた有効性は,2つの国内第Ⅱ相試験の結果と一貫するものであった.安全性については,肝機能パラメータの異常,心機能及び血糖上昇に関連した副作用が認められたものの,重大なリスクと考えられる事象は認められなかった.以上,アナモレリンは,これまで有効な治療法がなかったがん悪液質の治療薬として,医療現場に新たな一手をもたらすことが期待される.
著者
大澤 匡弘 山田 彬博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.4, pp.201-202, 2013 (Released:2013-10-10)
参考文献数
8
著者
丸山 祐哉 吉田 拓允 丸山 格
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
pp.22161, (Released:2023-07-15)
参考文献数
38

抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(AAV)は全身の臓器病変を伴う壊死性の血管炎である.グルココルチコイド(GC)と免疫抑制薬を組み合わせた標準療法によりAAVの予後は大きく改善されているものの,GC使用に伴う副作用など対処すべき問題が残されている.アバコパン(タブネオス®カプセル)はAAVのうち,顕微鏡的多発血管炎(MPA)及び多発血管炎性肉芽腫症(GPA)を効能または効果として,本邦で2021年9月に製造販売承認された経口投与可能な選択的C5a受容体(C5aR)拮抗薬である.補体成分C5aによって引き起こされる好中球の機能亢進(プライミング)はAAVの病態形成に深く関与するが,アバコパンはC5aRの拮抗阻害を通じてこれを抑制する.非臨床試験においてアバコパンはC5a-C5aRシグナルの活性化によって引き起こされる好中球の細胞走化性やプライミングに対して抑制作用を示した.また,ANCAによって誘発される糸球体腎炎モデルマウスの腎炎及び腎障害の発症を有意に抑制した.MPA及びGPAを対象とした日本を含む国際共同第Ⅲ相臨床試験(ADVOCATE試験)において,アバコパン群はプレドニゾン群と比較し,26週時の寛解について非劣性を,また52週時の寛解維持について優越性を示し,主要評価項目を達成した.同時に,Glucocorticoid Toxicity Indexによってスコア化されたGC毒性はアバコパン群で有意に低く,また,GCとの関連が否定できない有害事象の発現も少なかった.さらに,推算糸球体ろ過量(eGFR)による腎機能評価についても,アバコパン群はプレドニゾン群と比較して良好な改善作用を示した.以上,補体系を標的とする新規作用機序を有するアバコパンは,GCによる副作用の軽減や腎機能の改善を可能とするAAVの新たな治療選択肢になると期待される.
著者
大木 雄太
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.3, pp.145-148, 2020 (Released:2020-05-01)
参考文献数
22
被引用文献数
3 3

アルコールは,身近に存在する嗜癖性を有する物質であり,多量飲酒はアルコール依存症の発症につながりうる.アルコールをはじめ依存症形成に共通して重要と考えられているのは,脳内の報酬系回路といわれる中脳腹側被蓋野から側坐核に投射するドパミン神経系の活性化であり,側坐核におけるドパミンの遊離により快の情動が生じる.アルコール依存症においては,内因性オピオイドとその受容体であるオピオイド受容体が報酬系回路の制御に重要な役割を果たす.アルコールを摂取すると,腹側被蓋野や側坐核においてβ-エンドルフィンやダイノルフィンなどの内在性オピオイドペプチドが遊離される.β-エンドルフィンはμオピオイド受容体を活性化し,報酬系回路を賦活することで,正の強化効果を生じさせる.一方で,ダイノルフィンはκオピオイド受容体を活性化し,負の強化効果を生じさせる.アルコールによるオピオイド受容体を介したこれらの作用が,アルコールの摂取欲求を高め,アルコール依存症に関与すると考えられている.ナルメフェンはオピオイド受容体調節薬であり,オピオイド受容体に作用することで,報酬系回路を制御し,アルコール依存症患者における飲酒量低減効果を示すと考えられている.アルコール依存症の治療の原則は,断酒の継続であるが,近年は,ハームリダクションの概念が提唱され,ヨーロッパでは2013年からナルメフェンが飲酒量低減薬として使用されてきた.日本においても,アルコール依存症治療における飲酒量低減を治療目標に加えることが,2018年の治療ガイドラインにより示された.本総説では,最初に,アルコール依存症における脳内報酬系回路とオピオイド受容体との関連についてまとめ,次に,ナルメフェンの薬理学的作用について,非臨床試験及び臨床試験の結果をまとめる.
著者
張 剛太 中江 良子 石川 康子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.4, pp.267-272, 2006 (Released:2006-06-01)
参考文献数
40
被引用文献数
1 1

生活習慣病,老化,体液・電解質の代謝異常,薬物の副作用やシェーグレン症候群等の原因により口腔乾燥症が発症する.唾液成分の99%以上は水であり,唾液腺において水輸送は極めて重要である.水を大量に輸送する臓器では,水チャネル・アクアポリン(AQP)がその役割を果たしており,唾液腺にはAQP1,AQP3,AQP5,AQP8の存在が認められている.耳下腺のM3ムスカリン受容体やα1アドレナリン受容体が刺激を受容すると管腔膜側にてAQP5がラフトとともに細胞内移動することが,Triton X-100による可溶化実験やsucroseおよびOptiPrepによる浮揚実験さらには免疫組織化学を応用した共焦点顕微鏡や電子顕微鏡による可視化実験によっても認められた.そして,持続的唾液分泌促進薬・セビメリンはAQP5の管腔膜での持続的な増量を誘導した.本総説では,口腔乾燥症の発症機序をAQP5の細胞内移動との関連で解説するとともに,セビメリンのこの疾患に対する治療効果について病因別に概説する.
著者
瀧原 圭子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.5, pp.239-243, 2016 (Released:2016-11-01)
参考文献数
23

肺高血圧症(PH)はさまざまな病態に関連して発症することが知られており,第5回ワールドシンポジウムによる肺高血圧症の臨床分類(Nice分類)では病因・病態が類似していると考えられる症例を5つの群に分類している.しかしながら,第5群には「詳細不明・複合的要因による肺高血圧症」として,未だ発症の因果関係が明確でない多様な疾患も数多く含まれている.肺動脈性肺高血圧症(PAH)の病態は,肺動脈のれん縮と器質的病変に由来し,肺動脈病変は血管構成細胞の異常増殖を伴う血管リモデリングにより形成される.肺動脈血管リモデリングには遺伝子異常だけでなく,構成細胞の増殖を制御するさまざまな増殖因子やサイトカイン,そしてこれらの情報伝達系の異常が深く関与していると考えられているが,その発症・進展過程に「炎症・感染」というプロセスも大きく関わっていることが近年指摘されている.Human immunodeficiency virus(HIV)感染だけでなく,他のウイルス感染により引き起こされた「慢性炎症」がPAH発症に関与している可能性を示唆する症例も相次いで報告されている.また,低酸素に暴露されることによりさまざまな炎症性サイトカインの産生が肺組織において増強していることも観察されている.PAH病態を理解する上で,bone morphogenic protein(BMP)シグナルと血管作動性サイトカインや増殖因子との機能的関連だけでなく,炎症性サイトカインとの関連を含めた新たな“multiple-hits theory”を理解することが必要と思われる.
著者
中瀬 朋夏 髙橋 幸一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.3, pp.130-134, 2015 (Released:2015-09-10)
参考文献数
21

生薬・植物由来の化学物質フィトケミカルは,経験的に優れたがん抑制作用を持つことが知られていたが,近年,がん予防・治療に対するエビデンスが明らかにされてきた.なかでもセスキテルペノイド類については,日本で急激に増加している乳がんに対して,抗がん作用機序の解明や,ナノテクノロジーを用いたがん組織への送達技術の開発が進み,安全で有効性の高い乳がん治療戦略の開発が注目されている.欧米で関節炎や偏頭痛の治療に使われているフィーバーフューというナツシロ菊の葉や花から抽出された主成分であるパルテノライド(PLT)は,転写因子NFκBの作用を強力に阻害する結果,オートファジーを伴う細胞死を誘導し,抗がん作用を発揮する.近年,PLTはまた,選択的にがん幹細胞増殖抑制作用を持つ小分子化合物として初めて同定され,がん幹細胞の撲滅による新しい乳がん治療法に有用である可能性が明らかにされた.他のセスキテルペノイド類においても,構造中のendoperoxide bridgeと鉄イオンとの反応によりフリーラジカル産生能力を持つマラリア特効薬,アルテミシニンやその誘導体において,がん細胞選択的な細胞毒性作用を発揮する.さらに,アルテミシニン誘導体の機能を維持したまま,がん組織への集積性と細胞内送達効率を高めたpH感受性アルテミシニン誘導体を内包するナノ粒子製剤が開発され,乳がん担がんマウスにおいて,高い腫瘍形成抑制作用が示された.薬理学的研究から臨床応用へ向けた薬剤学的な観点を含めた多角的なフィトケミカルのがん研究によって,安全で有効な乳がん治療法の開発が期待される.
著者
衣斐 大祐
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.158, no.3, pp.229-232, 2023-05-01 (Released:2023-05-01)
参考文献数
29
被引用文献数
1

うつ病の約3~4割は,治療抵抗性うつ病とされている.治療抵抗性うつ病に対する治療薬として,NMDA型グルタミン酸受容体拮抗薬ケタミンの光学異性体「エスケタミン」が欧米の一部の国で使われ始めているが,抵抗性や副作用の点からその使用は制限されている.最近の臨床報告から,マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分である「シロシビン」が治療抵抗性うつ病患者に対し,即効かつ持続的な治療効果を示すことが明らかとなった.その結果は,その後の臨床研究からも支持され,アメリカ食品医薬品局はシロシビンがうつ病の画期的治療薬に成り得ると発表した.さらに,シロシビンやリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)などセロトニン作動性幻覚薬(精神展開薬,サイケデリック)が,うつ病のみならずアルコール依存症,不安障害,心的外傷後ストレス障害など様々な精神疾患に対しても効果を示すことが報告されている.このような,ここ数年のサイケデリックに対する関心の高まりは「サイケデリック ルネッサンス」と呼ばれている.興味深いことに,サイケデリックの精神疾患に対する治療効果は幻覚作用に関与するセロトニン5-HT2A受容体を介していないと考える研究者も存在する.一方,サイケデリックのセロトニン5-HT2A受容体刺激によって引き起こされる幻覚や神秘的な感覚が精神疾患治療に有用であるという考えも存在し,サイケデリックによる精神疾患の治療効果におけるセロトニン5-HT2A受容体の役割は詳しく分かっていない.本稿では,精神疾患の中でも「うつ病」を中心にサイケデリックの治療効果に関する最新の臨床および非臨床研究について概説し,セロトニン5-HT2A受容体の治療標的としての有用性についても考えたい.
著者
栗田 尚佳 位田 雅俊 保住 功
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.1, pp.29-35, 2017 (Released:2017-07-07)
参考文献数
52

亜鉛(Zn),銅(Cu),鉄(Fe)などの生体内微量金属元素は,酵素をはじめとする多くのタンパク質の活性中心となるため,生命活動を行う上で必要不可欠である.それぞれの元素において,過剰症,欠乏症が存在するため,生体内外における適切な調節が必要である.脳内においても,これらの微量元素は,神経系の調節に重要な役割を果たしている.したがって,微量金属元素の生体内恒常性の破綻は,脳神経系への影響を引き起こす可能性がある.これまでにアルツハイマー病(Alzheimer’s disease),パーキンソン病(Parkinson’s disease)および筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis)などの神経変性疾患の発症と,微量金属元素の恒常性変化との関連が示唆されている.これらの知見を基に,金属キレート剤についての,疾患モデルを用いた治療研究も成されている.本総説では,神経変性疾患と金属トランスポーターをはじめとする調節因子との関わりについて,我々の知見を含めて,細胞内ストレス応答および生体内微量金属代謝異常という観点から概説する.
著者
佐藤 荘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.158, no.4, pp.298-303, 2023-07-01 (Released:2023-07-01)
参考文献数
9

マクロファージはその発見以来100年以上もの間,一種類の細胞しかないと考えられており,サブタイプが複数ある他の免疫細胞と比較すると日陰の存在であった.しかし近年,徐々に再度スポットライトが当てられ始めている.その中でも,最近のトピックの1つとして,M1・M2マクロファージが挙げられる.しかし,私たちはマクロファージはM1・M2ではなく更に詳細なサブタイプに分かれると仮定して研究を行った.その結果,アレルギーに関わるサブタイプはJmjd3により分化すること,またメタボリックシンドロームに関与するサブタイプはTrib1より分化することを突き止めた.これらの研究から,現在私たちは病気ごとの“疾患特異的マクロファージ”が存在している可能性を考えている.新たな疾患特異的マクロファージを探索するために,線維症に着目した.線維化初期に患部で増えるマクロファージについて解析を行ったところ,一部の細胞が線維症の発症に必須であることを突き止め,segregated nucleus atypical monocyte(SatM)と名付けた.さらに,この細胞に影響を与える非免疫系の解析,またその非免疫系の制御因子の研究を行ってきた.このように,私たちの体には未だ見つかっていない“疾患特異的マクロファージ”が存在しており,各々が対応する疾患が存在していると考えられる.これらの疾患特異的な細胞を標的とした創薬は,その疾患特異性の高さから,副作用の少ない創薬応用につながることが期待される.
著者
大植 香菜 原田 佳枝 兼松 隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.2, pp.93-97, 2015 (Released:2015-08-10)
参考文献数
43

肥満,特に内臓脂肪型肥満は,糖尿病や高血圧などの生活習慣病の発症リスクを高め,病態の進展を助長する.肥満は,脂肪の蓄積と消費のバランスの崩れによって引き起される.よって,脂肪細胞における脂肪の蓄積や分解の分子基盤を明らかにすることは,複雑な生体のエネルギー代謝を理解する一助となる.21世紀に入ってこの調節メカニズムの解明研究が飛躍的に進んだ.その中で,白色脂肪細胞は余剰エネルギーの単なる貯蔵庫ではなく,アディポカインの産生などを介して身体の恒常性維持に多様な機能を発揮する重要な臓器だと分かった.褐色脂肪細胞は,ミトコンドリアにおける非ふるえ熱産生系を介してエネルギーを熱として放散させる体熱産生に特化した細胞である.最近,その活性制御と肥満との関係が重要だと分かってきた.さらに,白色脂肪組織の中に褐色脂肪細胞様の第3の脂肪細胞が報告された.これは,ベージュ脂肪細胞と呼ばれ,寒冷刺激などによって白色脂肪組織の中から分化(browning)してくる新たな体熱産生細胞として注目されている.交感神経系の活性化は,脂肪分解を促進し非ふるえ熱産生を増加させてエネルギー消費を昂進させる.すなわち肥満を抑制する方向に傾く.本稿では,交感神経活動(アドレナリンβ受容体)の活性化によっておこる脂肪分解の分子メカニズムを,我々が最近明らかにした脂肪分解を負に制御する分子を交えて紹介する.そして,その分子が褐色脂肪細胞における非ふるえ熱産生機構にどのように関わるかを概説する.
著者
森内 宏志 由井薗 倫一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.103, no.1, pp.27-36, 1994 (Released:2007-02-06)
参考文献数
31
被引用文献数
10 10

低酸素血症は脳死ひいては生体の死につながる重篤な状態であるが,有効な薬物は見いだされていない.この原因の一つは,薬物のスクリーニング系が確立していない点にある.われわれはオレイン酸(OA)誘発動脈血酸素分圧(PaO2)低下モデルを組立て,薬物のスクリーニング系として確立するために必要な基礎的条件について検討し,さらにこの系のPaO2低下が主に肺血管の透過性亢進によるものか,または気道収縮によるものかを探るために,このスクリーニング系に対するトラネキサム酸および塩酸プロカテロールの影響について調べた.Hartley系モルモットを不動化後人工呼吸下に鎖骨下動脈より採血および血圧測定を行い,薬物を鎖骨下静脈より投与したその結果,1)2時間に11回の採血を行ったがPaO2,PaCO2,pH,気道圧,血圧等に有意な変動はみられなかった.2)PaO2低下に対する換気量の影響を調べた結果,PaO2低下率はOA投与後10分および15分において過換気群の方が正常換気群に比べて有意に大であった.3)OAの10,15,30および60μl/kg投与により用量に依存したPaO2低下作用がみられた.4)トラネキサム酸(2g/kg,i.p.)の前処置により,OA誘発PaO2低下は有意に抑制された.5)塩酸プロカテロール(0.1μg/kg,i.v.)の前処置では,OA誘発PaO2低下は抑制されなかった以上のことから,この系は適切な換気量やOAの投与量を用いることにより,PaO2の低下を予防,または低下したPaO2の回復を促進する薬物の一次スクリーニング系には応用可能であると思われた.また,トラネキサム酸はオレイン酸肺傷害と共通のメカニズムを有する肺傷害の際のPaO2低下に対し,有効である可能性が示唆された.
著者
船橋 泰博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.4, pp.204-209, 2010 (Released:2010-10-08)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

アメリカ食品医薬局(FDA)によりがんの治療薬として承認されている14のキナーゼ阻害薬(抗体および低分子化合物)のうち,4つの薬剤が血管内皮細胞増殖因子(VEGF)シグナル経路を標的とするVEGF標的治療薬である.がん細胞により誘導された腫瘍血管の新生を阻害することで抗腫瘍効果を示す,血管新生阻害薬の概念は古く,1970年代初期には提案されていた.概念の臨床研究における証明までの道のりは長く,険しく,その概念の実現性が疑問視された時代もあったが,抗VEGF阻害抗体であるベバシズマブの臨床試験における治療効果の確認は,血管新生阻害薬によるがん治療の時代の幕を開け,VEGF標的治療薬のがん治療における役割の重要性は拡大している.また基礎研究においても血管新生研究は大きく発展しており,VEGFシグナル経路以外で血管新生を誘導するシグナル経路が数多く判明している.VEGF標的治療薬を用いたがん治療の拡大により,血管新生阻害薬に対するがん細胞の薬剤耐性化の問題が明らかとなってきており,VEGFとは異なるシグナル経路を阻害する血管新生阻害薬の開発とVEGF標的治療薬耐性がんに対する治療効果の改善が期待されている.
著者
桂 昌司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.3, pp.159-168, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
41
被引用文献数
1 2

依存性薬物による依存形成および退薬症候の発現機序の解明のために, 従来より諸種の実験モデル動物あるいは臨床症例を用いた薬理学的·神経化学的研究が数多く行われているが, 得られる成績には必ずしも統一した見解が得られていない.こうした見解の相違は, 主として実験に供される依存動物モデルの作製法およびその依存形成の判定法の違いなどに起因することから, 従来の方法を用いて薬物依存の成立機序を明らかにすることは困難が少なくないと考えられ, 薬物依存成立時あるいは退薬症候発現時に脳内で常に変化を来す機能性タンパクを見出し, 細胞レベル以下でのこれらタンパクの発現機序を解析することがこれらの研究のための1つの方法となり得ると考えられる.そこで, 著者らは諸種の薬物依存の成立過程ならびに退薬症候発現時に共通に認められる精神症状の1つとしての「不安」症状に着目し, 内在性不安誘発物質として同定されているdiazepam binding inhibitor(DBI)の脳内変化を測定することにより,「不安」の観点から薬物依存成立の機序との関連性とその機能的意義について, 代表的な依存性薬物であるアルコール(エタノール), ニコチンおよびモルヒネを用いて解析を試みた.その結果, 脳内DBI発現はこれら依存性薬物の連続投与に伴う依存形成時に有意に増加し, 依存性薬物の投与中止に認める禁断症状発現時にはさらに増加することが確認された.しかもこれらいずれのDBI発現の増加も, 使用した依存性薬物(ニコチンおよびモルヒネ)ではその特異的受容体拮抗薬の併用投与により消失した.したがって, 薬物依存の形成および禁断症状の発現に脳内DBIの発現変化が機能的に関与していること, およびこの現象は諸種の依存性薬物により誘発される薬物依存の形成に共通の生体内反応である可能性が強く示唆される.またDBIの発現機序の解析は, 今後薬物依存の形成過程ならびにその禁断症状発現の機序を明らかにする上で重要な役割を担う可能性があると考えられる.
著者
川口 ちひろ 礒島 康史 馬場 明道
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.3, pp.193-199, 2007 (Released:2007-09-14)
参考文献数
26
被引用文献数
1

睡眠/覚醒,体温,内分泌など種々の生命活動で見られる約24時間周期のリズム,すなわち概日リズムは,生物が地球の自転に伴う明暗(昼夜)の周期的変化に適応するために獲得した生理機能である.哺乳類の場合,脳視床下部視交叉上核が体内時計中枢として概日リズムを形成・統合する他,光・温度・社会的要因などの外部環境同調因子を利用して,24時間周期から若干ずれた概日リズムの位相を外界の24時間周期の明暗位相に同調させる“位相変化機構”も担う.ゲノミクス的手法の発達と相まって時計本体の分子機構はこの10年の間に全貌がほぼ明らかにされた一方で,位相変化機構をはじめとする個体レベルでの概日リズムの調節機構は,その評価方法が特殊かつ複雑である上,調節に関与する候補分子の同定が不十分なため,時計本体ほどは解明されていない.本稿ではまず,動物個体の概日リズムを解析するにあたり必要な装置および周辺機器について例示した.次に概日リズムの基本特性である周期性および周期長の測定方法について説明し,これらのパラメーターに異常が見られる動物,特に時計遺伝子の改変動物を実例として挙げた.概日リズムの位相変化機構では,最も強力な外部環境同調因子である光による位相変化機構の特性について述べ,その測定方法に関しては著者らが行った,光情報伝達の調節に関与すると示唆されているpituitary adenylate cyclase-activating polypeptide遺伝子の欠損マウスの解析結果を交えて解説した.また現代社会特有の位相変化機構と言える時差ぼけ(jet lag)の評価方法についても説明を加えた.このような個体レベルでの概日リズム解析が今後進展することは,概日リズム障害や睡眠異常などの種々の疾患における,より有効な治療法確立に貢献すると期待される.
著者
国原 峯男 佐瀬 真一 荒川 明雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.4, pp.299-307, 2007 (Released:2007-04-13)
参考文献数
44
被引用文献数
1 1

ガバペンチンは,1973年にワーナー・ランバート社(現ファイザー社)のドイツ研究所で合成されたGABA(γ-アミノ酪酸)誘導体である.当初の予想に反し,GABAおよびベンゾジアゼピン受容体への親和性を示さず,その他多くの受容体(グルタミン酸,NMDA,AMPA,カイニン酸,グリシン受容体など)にも作用せず,長く作用機序が不明のままであった.ガバペンチンは,ラット欠神発作モデルおよびヒヒ光過敏性ミオクローヌスモデルでは無効であったが,マウスのペンチレンテトラゾール誘発閾値間代性けいれんモデルをはじめとして他のてんかん動物モデルに有効であった.近年ガバペンチン結合タンパクは電位依存性カルシウムチャネルのα2δサブユニットと同定され,ガバペンチンは興奮性神経の前シナプスのカルシウム流入を抑制し,神経伝達物質の放出を部分的に抑制した.また,ガバペンチンはGABA神経において脳内GABA量を増加させ,GABAトランスポーターの細胞質から膜への細胞内輸送を促進し,GABA神経系を亢進させた.これらの知見から,ガバペンチンはグルタミン酸神経などの興奮性神経を抑制し,GABA神経系を亢進することにより,抗けいれん作用を発現するものと考えられる.国内臨床試験では,既存の抗てんかん薬治療で十分に抑制できない部分発作を有するてんかん患者を対象としてプラセボ対照二重盲検試験を実施し,他の抗てんかん薬との併用療法における有効性および安全性が確認された.ガバペンチンは,体内で代謝されず,ほぼ全てが未変化体のまま尿中に排泄された.また,血漿タンパク結合率は3%未満であり,臨床用量では薬物代謝酵素の阻害あるいは誘導を起こさないため,抗てんかん薬治療でしばしば問題となる薬物動態上の薬物相互作用のリスクが低いと考えられた.以上の特徴から,ガバペンチンは,部分発作を呈する難治てんかんに対する有用な併用治療薬であると考えられる.
著者
川畑 篤史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.2, pp.81-84, 2013 (Released:2013-02-08)
参考文献数
27
被引用文献数
6 8

がん化学療法の副作用として生じる神経障害性疼痛は,患者のQOL低下を招くだけでなく,化学療法の中止の原因にもなりうるので,その対策は急務である.神経障害性疼痛薬物療法の第一選択薬とされているプレガバリンは,高電位活性化型Ca2+チャネルのα2δサブユニットを標的とした薬物であるが,プレガバリンが作用しないT型(低電位活性化型)Ca2+チャネルのうちCav3.2が神経障害性疼痛の病態に関与することが明らかとなり,T型Ca2+チャネル阻害薬が神経障害性疼痛の治療に応用できる可能性が示唆されている.Cav3.2は,内因性気体メディエーターである硫化水素やL-システインによって直接活性化され,またプロスタグランジンE2によりプロテインキナーゼA依存的に活性化されるほか,生体内のZn2+やビタミンCによって機能が抑制される.本稿では,Cav3.2 T型Ca2+チャネルの分子機能調節機構を概説し,特にがん化学療法に伴う神経障害性疼痛の治療標的分子としての可能性について述べる.
著者
北野 裕 甲斐 清徳 山村 直敏 吉柴 聡史 黒羽 正範
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.6, pp.352-361, 2019 (Released:2019-12-01)
参考文献数
44
被引用文献数
8 9

ミロガバリンベシル酸塩(以下ミロガバリン,販売名:タリージェ®錠)は第一三共株式会社が創製した電位依存性カルシウムチャネルα2δサブユニットに対する新規のリガンドであり,末梢性神経障害性疼痛を適応症として2019年1月に承認された.ミロガバリンはα2δ-1およびα2δ-2サブユニットに対して強力かつ選択的な結合親和性を示し,特に,神経障害性疼痛において重要な役割を担うα2δ-1サブユニットに対して持続的に結合した.ラットの神経障害性疼痛モデルにおいて,ミロガバリンは強力かつ持続的な鎮痛作用を示した.リガンド結合能を欠失させたα2δサブユニット変異マウスを用いた検討において,ミロガバリンの鎮痛作用はα2δ-1変異マウスでは消失し,α2δ-2変異マウスでは野生型マウスと同様に認められたことから,その鎮痛作用はα2δ-1サブユニットを介して発現していると考えられた.ミロガバリンは経口吸収性が高く,血漿曝露量は用量に比例する.大部分が未変化体として尿中に排泄されることから,薬物相互作用が生じる可能性は低いが,腎機能障害患者ではクレアチニンクリアランス値に基づき用量調節が規定されている.ミロガバリンは末梢性神経障害性疼痛を対象とした検証試験として,糖尿病性末梢神経障害性疼痛を対象としたプラセボ対照試験および長期投与試験,帯状疱疹後神経痛を対象としたプラセボ対照試験および長期投与試験を国際共同試験として実施し,いずれにおいても有意な疼痛改善効果が示された.また,最大用量の30 mg/日まで忍容性が良好であった.ミロガバリンは有効性と安全性のバランスがとれており,末梢性神経障害性疼痛領域へ新たな治療の選択肢を提供することで,日本の患者さんや医療関係者の皆様に貢献できるものと期待している.
著者
岡 淳一郎 松本 欣三 濱田 幸恵
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.3, pp.157-160, 2016 (Released:2016-03-10)
参考文献数
23
被引用文献数
1 1

釣藤散は,11種類の生薬からなる和漢薬である.臨床では,釣藤散が脳血管障害に伴う認知機能障害を改善することが報告されている.また,動物実験では,脳血管性認知症モデル動物や加齢あるいは2型糖尿病モデル動物の学習記憶障害を,釣藤散が改善することが報告されている.本研究では,まず幼若期発症1型糖尿病モデル(JDM)ラットにおける学習記憶障害に対する釣藤散の作用について検討した.我々のこれまでの研究から,JDMラットでは学習記憶障害,シナプス伝達効率の亢進およびシナプス長期抑圧(LTD)の減弱が生じることが明らかになっている.釣藤散(1 g/kg)の慢性経口投与により,JDMラットにおける学習記憶ならびにLTDが回復した.この時,JDMラットで過剰発現していたグルタミン酸受容体NR2Bサブユニット(GluN2B)が正常発現レベルまで回復した.以上より,釣藤散は,糖尿病によるシナプス伝達効率異常亢進を抑制すること,およびNR2B過剰発現を正常に戻すことにより,シナプス可塑性と学習記憶障害を改善することが示唆された.さらに,釣藤散が,強制水泳試験において抗うつ様作用を示すことを見出した.この抗うつ様作用は視床下部-下垂体-副腎皮質系の改善によるものではなく,その作用機序の一つとして,ストレス負荷によるグルタミン酸濃度上昇に伴う細胞障害からの保護が関与する可能性が考えられる.