著者
生越 貴明 筒井 正人 矢寺 和博 迎 寛
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.2, pp.69-73, 2020

<p>一酸化窒素(NO)やその合成酵素(NOSs系)の肺高血圧症における詳細な役割は未だ十分に解明されていない.そこで我々は肺高血圧症,特に呼吸器疾患に合併した肺高血圧症(第Ⅲ群)におけるNO/NOSs系の役割に注目し,臨床検体とtriple n/i/eNOSs欠損マウス(NOSs系完全欠損マウス)を用いた多面的な病態解析を試みた.最初に第Ⅲ群の代表的な疾患である特発性肺線維症の患者において肺動脈収縮期圧と気管支肺胞洗浄液中NOx(nitrate+nitrite)濃度を調べたところ,有意に逆相関しており,第Ⅲ群の肺高血圧症において肺内のNO産生が低下していることを明らかにした.次にマウスを用いた低酸素性肺高血圧症モデルを作成し,その肺循環動態を比較した.そのところtriple NOSs欠損マウスは野生型マウスに比して高度な肺高血圧症を呈していた.さらには低酸素曝露後のtriple NOSs欠損マウスでは,血中骨髄由来血管平滑筋前駆細胞数の増加を認め,同時に緑色蛍光タンパク質(GFP)発現マウスの骨髄を移植したtriple NOSs欠損マウスにおいては肺血管病変にGFP陽性細胞を直接認めた.重要なことに,野生型マウス骨髄の移植に比してtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植は野生型マウスの肺高血圧症を悪化させ,逆にtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植に比して野生型マウス骨髄の移植は,triple NOSs欠損マウスの肺高血圧症を改善させた.また,野生型マウス骨髄の移植に比してtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植は,野生型マウス肺における免疫と炎症関連遺伝子を多数亢進させていた.以上の結果から,NOS系,特に骨髄NOSs系は第Ⅲ群の肺高血圧症において重要な保護的役割を果たし,その経路には免疫や炎症を介した機序が関与していることが示唆された.</p>

1 0 0 0 序文

著者
筒井 正人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.2, pp.61, 2020
著者
細野 誠
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.2, pp.83-88, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
47
被引用文献数
3 5

塩酸コルホルシン ダロパートは,フォルスコリンの水溶性誘導体研究から見出された生薬由来の急性心不全治療薬である.本剤はフォルスコリンと同様に,β受容体を介さずにcAMPの合成酵素であるアデニル酸シクラーゼを直接活性化し,細胞内のcAMP濃度を高めることにより薬理作用を発現する.本剤は水溶性,作用の持続時間,血液脳関門透過性,経口活性およびアデニル酸シクラーゼのサブタイプ選択性などの点でフォルスコリンとは異なる.本剤は,陽性変力作用と血管拡張作用を示すイノダイレーター(inodilator)である.本剤の陽性変力作用は,β刺激薬やPDE阻害薬の作用が減弱するβ受容体脱感作モデルでも保持された.また,本剤は各種実験的心不全モデルに対し改善作用を示した.臨床試験においても,本剤は心不全患者の血行動態を改善し,同時に自覚症状や身体所見の改善も認められた.さらに,カテコラミン抵抗性の心不全患者でも有効であった.本剤は,世界初のアデニル酸シクラーゼ賦活薬製剤である.今後市販後調査(PMS)の中で,さらにその有効性,安全性および品質などに関して情報収集し,より適正な使用法を確立していく必要がある.本剤の臨床的位置付けがさらに明確になり,急性心不全の治療薬として一翼を担うことができれば幸いである.
著者
西堀 正洋
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.1, pp.4-8, 2018 (Released:2018-01-10)
参考文献数
19
被引用文献数
6

20世紀末にエンドトキシン血症の致死性メディエーターとして同定されたhigh mobility group box-1(HMGB1)は,その後約15年間の研究で種々の炎症性疾患における病態の形成に重要な働きをすることが明らかにされてきた.現在では,組織損傷に応じて細胞外へ放出され,起炎性の作用を発揮するdamage-associated molecular patterns(DAMPs)の代表と考えられるようになった.本稿では,筆者らが取り組んできたHMGB1の中和活性を有するラット抗HMGB1単クローン抗体の作製をまず紹介する.次いで,本抗体を用いた神経系疾患,具体的には脳卒中(脳梗塞,脳出血),脳外傷,てんかん,神経因性疼痛モデルでの治療効果の解析結果を報告する.これら一見多様な疾患モデルにおいて,障害局所の神経細胞核からHMGB1が細胞質を経て細胞外へ放出されるのが,障害急性期に共通するイベントとして観察された.細胞外へ放出されたHMGB1は,血液脳関門(BBB)の破綻と炎症関連分子群の誘導に働き,脳内炎症を加速させた.末梢投与された抗HMGB1抗体は,いずれの病態モデルにおいてもHMGB1のトランスロケーション,BBBの破綻,炎症関連分子群の発現のすべてを強く抑制し,障害に随伴する神経症状を軽減した.これらの結果は,HMGB1が脳組織障害に際し極めて鋭敏かつ迅速に動員される因子であることを物語るとともに,BBB破綻や炎症性因子の誘導の最上流付近に位置する因子であることを示唆している.従ってHMGB1は,これらの疾患治療の極めて優れた標的であるということができ,HMGB1を標的とする抗体療法は,これまでにない新しい治療法となる可能性がある.
著者
宮里 実 芦刈 明日香
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.1, pp.16-19, 2020
被引用文献数
1

<p>腹圧性尿失禁(SUI)は,中年女性にみられる一般的疾患で,生活の質を著しく損なう.一方で,臨床的に,あまり有効な薬剤はない.妊娠,出産に伴う女性特有の成因に起因し,尿道過可動と内因性括約筋不全の二つに大別される.腹圧尿失禁の病態,創薬開発にあたって,直接的,間接的陰部神経損傷モデルが使用されている.私達は以前,脳梗塞ラットも尿禁制反射が減弱していることを報告した.SUI評価法として,リークポイント圧測定や尿道マイクロチップ法があり,私たちは後者にくしゃみ刺激を利用する独自の評価方法を確立した.実際,中枢にはSUIの標的が数多く存在することが明らかとなってきている.特に,ノルエピネフリン,セロトニン(5-HT)が標的で,陰部神経核(オヌフ核)周囲に存在するα<sub>1</sub>受容体,5-HT<sub>2C</sub>,5-HT<sub>7</sub>が尿禁制反射を増強,α<sub>2</sub>,5-HT<sub>1A</sub>が減弱することが明らかとなっている.さらに,脊髄オピオイドμ受容体が尿禁制反射を増強することを,弱オピオイドであるトラマドールを用いて報告した.このように,脊髄にはSUIの新たな創薬開発の標的となる受容体が数多く存在する.</p>
著者
吉村 直樹 橘田 岳也 嘉手川 豪心 宮里 実 清水 孝洋
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.1, pp.4-9, 2020
被引用文献数
4

<p>膀胱と尿道からなる下部尿路は蓄尿と尿排出の二つの相反する機能を司り,その機能は,末梢神経だけでなく中枢神経路を介して複雑にコントロールされている.まず,蓄尿時の調節は,主に脊髄レベルの反射によって制御され,交感神経(下腹神経),体性神経(陰部神経)の興奮によって膀胱の弛緩と尿道の収縮が引き起こされる.そして,尿排出時には,脊髄から脳幹の橋排尿中枢を経由する反射経路が活性化され,副交感神経(骨盤神経)の興奮によって排尿が起こる.そして,これらの末梢神経の働きは,脊髄より上位の中枢神経によって複雑に制御され,随意のコントロールが可能となる.そして中枢での神経伝達物質としてドパミン,セロトニン,ノルエピネフリン,GABA,グルタミン酸などが排尿のコントロールに関与しており,末梢だけでなく,中枢神経路の変性疾患や外傷による障害および薬物投与が,頻尿,尿失禁,尿排出力低下などの下部尿路機能障害を引き起こす.</p>
著者
竹村 元三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.4, pp.192-197, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
19

アポトーシスによる心筋細胞の脱落が種々の心疾患,特に急性心筋梗塞あるいは心不全の形成あるいは病態増悪の過程に関与している可能性が示唆されている.たしかに培養心筋細胞においてはアポトーシスは実験的に比較的容易に誘導できる.しかしながら心不全を含め実際の心疾患における心筋細胞アポトーシスの直接証明である形態学的証拠は未だに示されていない.したがって急性心筋梗塞あるいは心不全における心筋細胞の抗アポトーシス治療の有効性は不明である.一方,心筋の間質細胞などの非心筋細胞は心筋梗塞巣(肉芽組織)において大量にアポトーシスで消失することがわかっている.かつ,このアポトーシスを阻害すると梗塞後慢性期の左室リモデリング,心不全が軽減されるため,将来大型梗塞後心不全予防法のひとつとなる可能性がある.
著者
古田島(村上) 浩子 佐藤 敦志 池田 和隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.4, pp.193-200, 2015 (Released:2015-04-10)
参考文献数
77

自閉症スペクトラム障害(以下,自閉症)は,対人相互関係やコミュニケーションの障害を主な特徴とする発達障害である.自閉症の病態解明や治療薬開発のために,現在まで様々な自閉症モデル動物が作製され,解析されてきた.本稿では自閉症の発症に関わる分子の中でも特にmammalian/mechanistic target of rapamycin(mTOR)シグナル系の分子を中心に紹介しながらこれまでの主な自閉症モデル動物を示し,さらに薬物投与によって改善が見られた自閉症モデル動物の研究をあげ,今後のヒトへの応用と治療薬開発に向けた考察を行う.
著者
田中 昂平 古屋敷 智之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.4, pp.152-156, 2012 (Released:2012-04-10)
参考文献数
29

ストレスはうつ病など精神疾患のリスク因子とされる.しかしストレス脆弱性を担う分子メカニズムは不明である.小動物研究から,心理ストレス下での行動制御にサイトカインやプロスタグランジン(PG)など炎症関連分子が関与することが示されてきた.近年,PG合成阻害薬である非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)の併用により,抗うつ薬の治療効果が増強するとの臨床報告も散見される.しかし,ストレスやうつ病病態における炎症関連分子の作用機序は不明であり,炎症関連分子を標的とした創薬戦略は確立していない.我々はPGE2の受容体EP1の遺伝子欠損マウスが,ドパミン系の活動亢進により,攻撃性や断崖からの飛び降りなどの衝動性を呈することを見出した.この表現型に合致し,EP1はドパミン細胞への抑制性シナプスに局在し,ドパミン細胞への抑制を増強することも示された.その後の報告では,PGE受容体EP4による抗不安作用やトロンボキサン受容体TPによる砂糖水嗜好性制御など,情動行動に関わる新たなPG受容体も同定されている.NSAIDは,抗うつ作用を増強するのみならず,一部の抗うつ薬の作用を阻害することも報告されている.またNSAIDの慢性投与では消化器や循環器における副作用がしばしば問題となることから,PGの各種受容体特異的な機能解析と,それに基づく創薬研究が,新たなうつ病への治療戦略開拓に繋がると考えられる.
著者
酒井 兼司 只野 武 木皿 憲佐 木村 行雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.75, no.5, pp.425-432, 1979 (Released:2007-03-29)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

犬の勃起および射精に対するdiethyldithiocarbamate(DDC)の影響について観察し,DDC投与時の申枢と生殖臓器および副性腺のモノアミンの定量を行なった.また,後部尿道圧曲線に対するDDCの影響も検討した.得られた成績は次の通りである.1)勃起および射精が正常な犬にDDC50,75,100mg/kgをi.p.投与した結果, 投与1時間後において,勃起は維持されたが射精は著明に抑制された,抑制された射精は投与8時間において, ある程度の回復傾向が認められ,投与24時間後において全例が回復した。2)DDC100mg/kg i.p.投与1時間後の脳内モノアミンを定量したところ, 尾状核においてnoradrenaline(NA)の,視床下部後部においてserotonin(5-HT)の有意な減少が認められたが,射精に重要といわれている脳領域でのモノアミンの変動は認められなかった.3)DDC100mg/kg i.p.投与1時間後,生殖に関与する腹部臓器中のモノアミンを定量したところ,副睾丸において,adrenalineおよびNAの有意な減少と5-HTの有意な増加が認められ,前立腺および後部尿道においてNAの有意な減少が認められた.4)後部尿道圧測定の1時間前にDDC100mg/kgをi.p.投与しておくと後部尿道内へ精液が分泌してくることを示すseminal emissionと,後部尿道の律道的収縮を示すejaculationによる圧の上昇は現われてこなかった.
著者
田坂 賢二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.98, no.3, pp.197-207, 1991 (Released:2007-02-13)
参考文献数
26
被引用文献数
1 1

An increase in inositol 1, 4, 5-trisphosphate (IP3) formation in rat mast cells precedes an elevation in intracellular Ca2+ levels, which triggers the process(es) leading to histamine release. By means of a transmission electron microscope, it was revealed that when permeabilized mast cells were exposed to potassium antimonate, antimonate precipitates in the endoplasmic reticulum (ER) in the form of calcium antimonate, indicating that the ER is the intracellular Ca store in rat mast cells. IP3 at concentrations higher than 0.5 μM preferentially releases Ca2+ from the isolated ER of mast cells. GTP was also effective in releasing Ca2+ from the ER. IP3-induced Ca2+ release was inhibited by pretreatments with cAMP and antiallergic drugs. An increase in the intracellular Ca2+ concentration may lead to an activation of calmodulin, C kinase and cytoskeletal elements in sequence. Furthermore, microtubules may play an important role in the process (es) leading to Ca2+ release from the intracellular Ca store and subsequent histamine release, without affecting IP3 formation. In contrast, microfilaments seem to participate not only in the extrusion but also in the reincorporation of the mast cell granules, having no influence on intracellular Ca2+ release. Substance P (SP) is one of the most effective neuropeptides for releasing histamine from mast cells. Structure-activity relationship studies indicate that basicity at the N-terminal and hydrophobicity at the C-terminal are requisite for its histamine releasing activity. SP effectively released Ca2+ from the intracellular Ca store. The site of action of SP on the mast cell surface seems to be the same as that of compound 48 /80. Eosinophil major basic protein (MBP) and histone are also effective for releasing histamine. The cDNA sequences of two subclasses of guinea pig MBP have been determined. These proteins may be released at the site of inflammation from the cells activated by the chemical mediators released from mast cells, and consequently, mast cell activation was reinforced. Such cell-to-cell interaction may be the reason for the augmentation of inflammation.
著者
井手 聡一郎 南 雅文 佐藤 公道 曽良 一郎 池田 和隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.11-15, 2005 (Released:2005-03-01)
参考文献数
43

近年,疼痛緩和ケアが重視される中で,情動が病態や治療に与える影響が注目されている.オピオイド神経系は,情動の中でも快と痛みに深く関係しており,その作動薬であるモルヒネなど麻薬性鎮痛薬は有用な鎮痛効果をもたらす.また,痛みを感じている状況下では依存が形成されないことなどから,オピオイドの快と鎮痛作用が分離出来る可能性が示唆されている.近年,ノックアウトマウスを用いた実験などでは,麻薬性鎮痛薬の主たる作用部位であるµオピオイド受容体が,モルヒネを始めとした多くの麻薬性鎮痛薬の鎮痛効果,報酬効果において中心的な役割を果たすことが示されてきた.しかし,オピオイド鎮痛薬の一つであるブプレノルフィンでは,µオピオイド受容体が欠損すると,鎮痛効果は完全に消失するが,報酬効果は残存することが明らかになった.オピオイドによる快と鎮痛発生機構はやはり一部異なると考えられる.また,アルコールや覚醒剤の報酬効果と鎮痛効果においてもメカニズムの違いが明らかになりつつある.快と痛みの詳細なメカニズムの解明は,Quality of Life(QOL)の向上をもたらすと考えられ,今後さらなる研究が期待される.
著者
野地 徹 唐沢 啓 日下 英昭
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.2, pp.121-134, 2003 (Released:2003-07-22)
参考文献数
70
被引用文献数
2 2

アデノシンが抗炎症作用を有するとの知見が集積しつつあるが,全身性副作用のためアデノシン自体の臨床応用は限定されている.アデノシン取り込み阻害薬は全身性副作用を発現することなく炎症局所でアデノシン濃度を上昇させ,抗炎症作用を発現する可能性が考えられる.そこで炎症に対するアデノシン取り込み阻害薬の有効性を検証することを目的として,新規アデノシン取り込み阻害薬KF24345のin vivo活性を検討し,糸球体腎炎および急性膵炎に対するKF24345の作用を解析した.KF24345は,既存のアデノシン取り込み阻害薬と比較して,マウスに経口投与後強力かつ長時間持続するアデノシン取り込み阻害作用を発現した.KF24345はリポポリサッカライドで誘発されるマウスの血清腫瘍壊死因子α濃度上昇および血中白血球減少を抑制し,その作用はアデノシン受容体拮抗薬の併用により消失した.またKF24345は,プレドニゾロンおよびシクロフォスファミドと比較して,重篤な副作用を発現することなくマウス糸球体腎炎の病態を改善した.さらにKF24345は軽症,重症双方のマウス急性膵炎の病態を改善し,特に重症急性膵炎において致死を抑制した.KF24345の抗急性膵炎作用は,アデノシン受容体拮抗薬の併用により消失した.以上,KF24345が炎症性臓器疾患に対して有効である可能性が示された.KF24345の作用はアデノシン拮抗薬の併用により大部分が消失したため,KF24345の作用発現は内因性アデノシンおよびアデノシン受容体を介していると考えられる.以上の研究を通じて,これまで主に虚血性疾患治療薬として使用されてきたアデノシン取り込み阻害薬が,各種炎症性疾患に対しても有効である可能性が初めて明らかとなった.
著者
佐山 裕行 長坂 泰久 田端 健司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.3, pp.143-150, 2019 (Released:2019-09-14)
参考文献数
19
被引用文献数
2

Quantitative systems pharmacology(QSP)とは,疾患に関連する生体システムと薬物との相互作用を数理モデルによって記述する新しいモデリング手法であり,近年医薬品開発の様々な段階で意思決定に用いられている.従来の経験則に基づく統計学的なモデルと異なり,QSPは生体システムそのものをバイオロジーに基づいて記述するため,創薬標的や疾患関連バイオマーカーの探索,仮説検証,臨床での薬効や毒性の予測などの幅広い目的で使用することができる.一方で,膨大な情報を含むQSPはモデル構造が極めて複雑となり,その構築・活用にはバイオロジーについて深い知識を持つ薬理研究者とモデリング経験の豊富な薬物動態研究者の協働が不可欠である.本稿では,薬物動態研究者から薬理研究者へ,QSPの特徴ならびに企業での実施状況,医薬品開発で効果的に活用していくための課題と将来の展望を解説する.
著者
吉川 公平
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.6, pp.241-245, 2012 (Released:2012-06-11)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

スピロノラクトンで代表されるミネラロコルチコイド受容体(MR)拮抗薬は,古典的な薬物であり,発見当初は「単なるカリウム保持性の降圧利尿薬」との位置づけであった.しかしながら,過去20年のあいだに臨床および非臨床試験において様々なエビデンスが蓄積し,現在では慢性心不全,原発性アルドステロン症,本態性高血圧に加え,標準治療薬の併用でもコントロール不良の治療抵抗性高血圧や慢性腎臓病に追加投与を考慮すべき薬剤になりつつある.MR拮抗薬が見直されている背景には,ライフスタイル変化(高食塩・高脂肪食摂取,運動不足,過剰ストレスなど)に伴う生活習慣病増加に関連する組織MRの活性化がある.さらに,アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬の長期投与でアルドステロンが上昇してしまう,いわゆるアルドステロンブレークスルー現象の関与が示唆される.現在,既存MR拮抗薬(スピロノラクトン,エプレレノン)の改良を目指して,複数の非ステロイド型MR拮抗薬(LY-2623091,BAY94-8862,PF-3882845,XL-550,MT-3995)の臨床試験が進んでいる.近い将来,これらの化合物は「組織保護作用の強い生活習慣病治療薬」に位置づけられる可能性がある.
著者
岩永 裕氏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.3, pp.185-190, 2002 (Released:2002-12-24)
参考文献数
25
被引用文献数
1 2

過敏性腸症候群(IBS)は,腹痛あるいは腹部不快感などの腹部症状と下痢あるいは便秘などの便通異常を症状とし,原因としての器質的変化を同定しえない消化管の機能的疾患である.ポリカルボフィルカルシウムは高吸水性ポリマーであり,便中の水分を吸水·保持することによりIBSの便性状を改善することが期待された.ポリカルボフィルカルシウムは酸性条件下でカルシウムを脱離し,中性条件下では初期重量の70倍の吸水能を示すとともにゲル化する物理化学的特性を示した.ラット空腸および結腸を用いたin situ試験では,ポリカルボフィルが腸管による水吸収に逆らって管腔内に水を保持することが示された.下痢に対して,マウスのプロスタグランジンE2および5-hydroxy-L-tryptophan下痢モデルおよびラットのヒマシ油下痢モデルで有効性を示し,イヌのセンノシド下痢モデルにおいて下痢便排泄頻度を低下させ便性状を改善した.便秘に対しては,正常ラットおよび低線維食ラット便秘モデルにおいて,排便量を増大させた.正常イヌにおいても下痢を誘発することなく,排便頻度,排便量および便水分含量を増加させた.また,ポリカルボフィルはラットおよびイヌにおいて消化管から吸収されず,代謝を受けることなく糞中に排泄された.さらにイヌにおいて,併用投与した薬物の吸収に影響を及ぼさなかった.IBS患者を対象とした二重盲検法による用量設定試験において本剤は,下痢,便秘いずれに対しても有効性を示し,マレイン酸トリメブチンを対照とした比較試験の結果,有効性において有意に優れ,安全性において差を認めなかった.副作用としては,嘔気·嘔吐や口渇などが認められたが,薬理効果過剰による便秘や下痢の発現はわずかであり,ユニークな作用に基づくIBS治療薬として期待される.
著者
植田 弘師 井上 誠
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.6, pp.347-356, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
28

最近,オピオイド受容体のホモロジースクリーニングからオピオイドペプチドに感受性を示さない新たな遺伝子がクローニングされた.このorphan受容体(ORL1)を哺乳動物細胞に発現させたものを利用して,脳から内在性ペプチドリガンド,ノシセプチンが発見された.このノシセプチンはオピオイドペプチドと非常に類似したアミノ酸配列を示すにも関わらず,オピオイドペプチドとは逆に痛覚過敏や抗オピオイド作用を示したことで大変注目された.しかしながら,その後の研究により,このペプチドは投与経路や用量によって侵害作用並びに抗侵害作用を示すことが明らかとなった.著者らも新しい末梢性疼痛試験法を用い,末梢におけるノシセプチンの痺痛機構における役割を検討した.その結果,低用量のノシセプチンは侵害受容器からのサブスタンスP遊離を介して侵害反応を示し,一方,高用量では侵害性物質によるホスホリパーゼCの活性化の阻害を介して抗侵害作用を示すことを見出した.末梢神経系において見出されたこの概念は,中枢神経系におけるノシセプチンの二相性作用のメカニズムに関しても適用できるものと考えられる.最近,ノシセプチンの生理的役割がその受容体の遺伝子欠損マウスを用い検討されており,聴覚機能における関与が見出され,次いでモルヒネ耐性形成機構における関与が見出された.本稿では疼痛機構や記憶学習などにおけるノシセプチンおよびその受容体の生理的役割について,ノシセプチン受容体の遺伝子欠損マウスを用いた結果をもとに検討する.
著者
山本 希美子 安藤 譲二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.5, pp.319-328, 2004 (Released:2004-10-22)
参考文献数
24
被引用文献数
1 1

血管内面を一層に覆う内皮細胞は血流と直接接していることから,機械力である流れずり応力に曝されている.内皮細胞は流れずり応力の変化を認識し,その情報を細胞内に伝達して,形態や機能や遺伝子発現の変化につながる細胞応答を起こす.流れずり応力に対する内皮細胞の応答は生体で生じる血流依存性の現象である血管新生や血管リモデリング,粥状動脈硬化症の発生に重要な役割を果たすと考えられている. 近年,流れずり応力の情報伝達に関する多くの研究により流れずり応力がGタンパク,アデニル酸シクラーゼ,イオンチャネル,タンパクキナーゼ,接着分子など多彩な情報伝達因子を活性化することが示された.この事実は流れずり応力の情報伝達に複数の経路が関わっていることを示唆している.現在のところ,これらの経路のうち,どれが一次的で,どれが二次的であるかは分かっていない.同時に複数の経路を活性化するのが,流れずり応力の情報伝達の特徴かもしれない. 内皮細胞にずり応力を作用させると,細胞内情報伝達系でセカンドメッセンジャーとして働くカルシウムの濃度が即座に上がることから,カルシウムシグナリングを介した感知機構がある.内皮細胞にずり応力が作用すると細胞内カルシウム濃度が上昇する反応が起こる.そこで本報告では,ヒト肺動脈内皮細胞において,ずり応力の強さに依存して細胞外カルシウムの細胞内への流入が起こることを観察した.このカルシウム流入反応には主にATP作動性カチオンチャネルであるP2XプリノセプターのサブタイプであるP2X4を介していた.また,血管内皮細胞は流れずり応力に反応して,多種類の血管作動性物質を合成,貯蔵,放出することが知られている.この点に関して,我々は流れずり応力を受けた内皮細胞から応力依存的にATPが放出されることを確認した.以上の結果から,この流れずり応力により放出される内因性のATPがP2X4レセプターを活性化することで,内皮細胞のカルシウム反応を修飾する機序が示唆される.
著者
稗田 蛍火舞 砂川 陽一 刀坂 泰史 長谷川 浩二 森本 達也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.1, pp.33-39, 2015 (Released:2015-07-10)
参考文献数
73
被引用文献数
2 2

高血圧は心血管疾患,脳卒中などの疾患の発症につながる動脈硬化の主要危険因子の一つである.多くの臨床研究から血圧を管理することは,これらの罹患率,死亡率の減少につながることが明らかになっている.しかしこれらの合併症に対する予防効果は降圧薬を用いた治療をもってしても50%未満である.近年,健康的な食事が生活習慣病を予防するだけでなく,治療につながるのではと考え,食品の持つ効果について注目が集まっている.塩分制限,適度なアルコール摂取,およびカロリー制限などの食生活の改善が高血圧の予防のために重要である.また,古くから日本と中国で日常的に飲まれてきた緑茶は降圧効果を有すること,さらにはその有効成分はカテキンであることが明らかとなった.このように降圧効果を持つ食品に関して多くの研究が行われ,これらの機能性食品がレニン・アンジオテンシン系抑制や抗酸化作用,利尿作用,交感神経抑制作用,および血管拡張作用を有する一酸化窒素の合成促進作用などによって降圧効果を示すことが報告されている.今後これらの機能性食品を土台にして,日常の食生活を改善することによって血圧を管理し,健康寿命を延ばすことができると期待される.本総説は動物実験やヒト臨床試験で降圧効果を有することが報告されている機能性食品とその成分についてまとめたものである.
著者
七田 崇
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.1, pp.9-14, 2018
被引用文献数
5

<p>脳梗塞は脳卒中全体の7割程度を占め,脳組織が虚血壊死に陥ることにより炎症が惹起される.脳梗塞に対する有効な治療薬の開発は未だに十分ではない.脳梗塞後の炎症は,治療可能時間の長い新規治療薬の開発にあたって重要な治療標的となりえる.脳は無菌的な臓器であるため,脳細胞の虚血壊死に伴う自己組織由来の炎症惹起因子(DAMPs)の放出によって炎症が引き起こされる.DAMPsは脳血液関門を破綻させ,脳内に浸潤した免疫細胞を活性化して炎症を惹起する.ミクログリア,マクロファージ,T細胞は脳梗塞巣で炎症性因子を産生して梗塞体積の拡大,神経症状の悪化を引き起こす.T細胞はマクロファージに遅れて脳内に浸潤することから,脳梗塞における新規の治療標的として注目されている.脳梗塞後の炎症を抑制する治療法は有効性が見出されていないが,これはマクロファージやミクログリアが脳梗塞後の炎症の収束期には,修復性の機能を担う細胞へと転換するためであると考えられる.今後は,脳梗塞後の炎症が収束して修復に至るまでのメカニズムが詳細に解明されることにより,炎症の収束を早める治療法の開発に期待が高まっている.</p>