著者
白川 清治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.2, pp.111-118, 2002 (Released:2002-12-24)
参考文献数
36
被引用文献数
5 6

ゾルピデム(商品名マイスリー)は,フランスのサンテラボ社(現サノフィ·サンテラボ社)で開発された非ベンゾジアゼピン構造(イミダゾピリジン誘導体)を有する超短時間型睡眠薬である.本剤は,従来のベンゾジアゼピン系薬剤とは異なり,GABAA受容体のサブタイプであるω1受容体(ベンゾジアゼピン1受容体)に選択的に作用することにより,催眠鎮静作用に比べて,抗不安作用,抗けいれん作用,筋弛緩作用などが弱いという特徴を有している.一般に,ゾルピデムはベンゾジアゼピン系薬剤と同等の有効性を示すとともに,翌日への持越し効果は少なく,長期投与における耐性や中断後の反跳性不眠が少ないという臨床的特性を有している.また,睡眠ポリグラフィーによる検討において,ゾルピデムは,従来のベンゾジアゼピン系薬剤とは異なり,睡眠の質を変化させない,すなわち生理的な睡眠に近い睡眠パターンを形成することが示されている.以上,ゾルピデムはユニークな薬理学的特性を有し,従来のベンゾジアゼピン系薬剤の副作用の軽減が期待される新しいタイプの睡眠薬である.
著者
茶珍 元彦 倉智 嘉久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.6, pp.345-351, 2002 (Released:2003-01-21)
参考文献数
16
被引用文献数
4 5

近年,医薬品による催不整脈作用,特に心電図におけるQT間隔延長が注目を集めている.薬物によるQT延長は,頻度は低いが稀にtorsades de pointes型の心室頻拍や突然死といった重篤な副作用を誘発する可能性があるため,その作用の検出は医薬品開発において非常に重要である.QT延長を誘発する薬物の多くが,心筋細胞の遅延整流K+チャネル(IK)の速い成分(IKr)を抑制し,心筋細胞の活動電位延長および心電図におけるQT間隔の延長を起こすことが知られている.IKrは,心筋細胞の活動電位の第2相(プラトー相)中に活性化され,活動電位を終了し再分極させる重要な役割を担っている.また,機能の発現実験や電気生理学的検討から,HERG(human ether-a-go-go related gene)がIKrを形成するK+チャネルサブユニット分子であると推定されている.HERGチャネルは,1200あまりのアミノ酸からなる6回膜貫通型の電位依存性K+チャネルであり,遺伝性QT延長症候群の原因遺伝子の1つ(LQT2)でもある.HERGチャネルを培養哺乳動物細胞あるいはアフリカツメガエル卵母細胞に発現させると,心筋細胞で観察されるIKrと類似したK+電流が観察される.この系を用いて,種々の薬物のHERGチャネルに対する作用の詳細な検討が可能である.ある薬物が心臓の電気活動に影響するか否かを判定するためには,動物心臓での心電図測定や心筋細胞の活動電位測定が必要であるが,さらに種々の薬物による心臓副作用における重要性が認識されてきているHERG電流に対する作用があるかどうかを高感度に検出することは,新規医薬品の開発における効果的な催不整脈作用検出法として必須の検討項目になると予想される.

7 0 0 0 OA がん原性試験

著者
田中丸 善洋
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.157-162, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
12
被引用文献数
1

国内で医薬品のがん原性試験法がガイドラインに記載されてから,既に25年以上が経過している.当初は日米欧でがん原性試験の投与量設定の考え方等に若干差がみられたが,ICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)により,考え方の統一が行われた.がん原性試験には評価期間を含めると3年に及ぶ期間と多くの動物を使用し,再試験が容易ではないことから,試験計画の立案は慎重に行う必要がある.投薬起因の腫瘍発生がみられた際には,それがヒトでの発がんリスクを示唆するものか否かの判断も重要である.また,同時にその医薬品のげっ歯類での慢性毒性評価も試験目的に含まれる.
著者
結束 貴臣 今城 健人 小林 貴 本多 靖 小川 祐二 米田 正人 斉藤 聡 中島 淳
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.4, pp.187-193, 2018 (Released:2018-10-05)
参考文献数
14

肥満・メタボリックシンドロームの増加に伴い非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)はわが国に2,000万人程度と患者数が多い.NAFLDのうち1~2割が非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis:NASH)へ,さらに肝硬変や肝蔵がんに至るとされておりその対策は非常に重要である.患者数は増加の一途を辿っているが,その病態は多岐にわたり有効な治療はいまだ食事・運動療法が中心である.NASHの組織像は,好中球浸潤が主体であり,その病態進展にはグラム陰性桿菌由来のエンドトキシンの関与が推察されてきた.NASH進展におけるエンドトキシンを介した腸肝連関における肝臓側の要因として肥満を呈する高レプチン血症がNASH患者のエンドトキシンに対する過剰応答は重要なファクターである.さらに腸管側の要因として腸管バリアー機能の低下による腸管透過性の亢進が問題となっており,これらによって門脈中のエンドトキシンの増加をきたす.次世代シークエンサーの登場により,NAFLD/NASHにおける腸内細菌叢が解明されつつある.腸内細菌の乱れが引き起こす腸管透過性亢進よる血中エンドトキシン上昇はNASH病態に重要であり,腸管透過性亢進の制御はNAFLD/NASH治療に新たな可能性を秘めているとわれわれは考えている.
著者
東田 千尋 渡り 英俊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.5, pp.224-228, 2015 (Released:2015-05-10)
参考文献数
28
被引用文献数
1 1

アルツハイマー病(AD)の根本的治療薬とは病気の原因を抑える薬である,という考えに基づいて,近年Aβを抑制する作用を有した多くの候補薬が開発されてきた.しかしそれらが,臨床試験では有益な効果を示さないことから,病因を抑えるだけではアルツハイマー病治療に十分でないことが確実になってきた.我々は以前より,AD脳において生き残っている神経細胞を機能的・形態的に活性化させることで,正常な神経回路網を構築させることができれば,神経組織が変性した状態からでも,ADの記憶障害が改善できるはずだと考えてきた.そこで,Aβによって誘発される神経回路網破綻に対して,それを修復する活性を有する可能性のある漢方方剤として,帰脾湯および加味帰脾湯に着目し,そのAD改善作用を検討した.マウスにAβ(25-35)を脳室内投与して記憶障害を生じさせるモデルにおいて,帰脾湯の投与は空間記憶障害を改善させた.また,遺伝子改変ADモデルである5XFADマウスに加味帰脾湯を投与すると,物体認知記憶障害が顕著に回復した.5XFADマウス脳内では,Aβプラークと重なる領域に限局した,軸索終末の球状化と前シナプスの肥大化,すなわち軸索の変性が認められるが,加味帰脾湯投与群ではこれらの変性が有意に減少した.また加味帰脾湯には,PP2A活性を亢進することで,過剰にリン酸化されたtauを脱リン酸化フォームにシフトさせ,軸索の形態的,機能的の正常化をもたらしている作用があることが示された.以上,帰脾湯,加味帰脾湯は,アルツハイマー病の脳内における神経回路網の破綻を修復しうる作用を有していることが我々の研究により明らかになった.他グループの臨床研究においてもアルツハイマー病の中核症状に対しての改善作用が臨床研究でも示されており,帰脾湯・加味帰脾湯の有用性が期待される.
著者
宮崎 博之 吉山 友二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.2, pp.48-51, 2018 (Released:2018-02-07)
参考文献数
31
被引用文献数
1

動物実験代替法は,動物実験の3Rs(Replacement,Reduction,Refinement)を前提としている.動物実験代替法の利用は,EU指令により同域内での動物実験が禁止された化粧品を始めとして,化学物質,医薬品,医療機器,農薬において世界的な潮流となっている.本稿では,日本における動物実験代替法研究の歩みについて述べるとともに,その技術的側面としての細胞培養,非哺乳動物,非脊椎動物及びin silicoにおけるReplacementの開発に関する最近の話題について述べる.
著者
金子 健彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.3, pp.117-121, 2018 (Released:2018-03-10)
参考文献数
6

サンバイオ株式会社は現在,再生細胞薬SB623の開発を行っている.このSB623には神経栄養因子や成長因子を分泌する働きがあり,脳の虚血や外傷等による損傷後の神経修復に寄与できると考えられる.SB623の安全性および有効性を評価するため,18例の慢性期脳梗塞患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱa相臨床試験を米国にて実施した.移植1年後までの効果を評価したところ,European Stroke Scale,National Institute of Health Stroke Scale,Fugl-Meyer Assessmentのいずれにおいても有意な機能改善が認められた.安全性においても,SB623に起因する副作用や重篤な有害事象は認められなかった.これらの結果から,SB623は慢性期脳梗塞に対し,安全かつ有効であることが示唆された.現在は米国および日本で臨床試験を実施しており,特に日本では再生医療等製品に対する新たな枠組みの中で,いち早く患者様に届けられるよう,臨床開発を加速させている.
著者
小友 進
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.3, pp.167-174, 2002 (Released:2002-12-24)
参考文献数
59
被引用文献数
13 24

毛髪の長さと太さは主に毛包サイクルの成長期毛包の期間の長さで決まる.成長期はVEGF,FGF-5S,IGF-1,KGF等の細胞成長因子で維持されている.しかし体内時計によって設定された時が満ちれば,FGF-5,thrombospondin,あるいは何らかの未同定の因子により成長期は終了し,毛母細胞にアポトーシスが誘導され退行期へと移行する.男性型脱毛症は遺伝的背景の下に男性ホルモンによって,より早期に成長期が終了する事によっておこる毛包の矮小化である.ミノキシジルの発毛効果はsulfonylurea receptor(SUR)を作動させ,(2)血管平滑筋ATP感受性Kチャネル開放による毛組織血流改善,(3)毛乳頭細胞からのVEGFなど細胞成長因子の産生促進,(4)ミトコンドリアATP感受性Kチャネル開放による毛母細胞アポトーシス抑制,のいずれかを誘起し,成長期期間を延長して,矮小化毛包を改善することによると推察される.
著者
池田 正明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.6, pp.469-476, 2007 (Released:2007-12-14)
参考文献数
60

大うつ病,躁うつ病,季節性うつ病などの気分(感情)障害には,気分の日内変動,体温やコルチゾール位相の変異,REM潜時の短縮など概日リズムに関連した症状がある.気分障害の治療,特に躁病相の予防と治療には気分安定薬としてリチウム,バルプロ酸およびカルバマゼピンが広く用いられ,効果をあげているが,その作用は活動性の亢進や生気感情の亢進を抑制するいわゆる抗躁作用ばかりでなく,躁病相への移行の抑制や各相の持続期間にも影響を与えている.また最近では抗うつ薬による治療に抵抗性のうつ病症例にリチウム治療が有効であることがわかり,気分安定薬は躁病相ばかりでなく,うつ病相にも効果のあることが明らかになっている.気分安定薬の気分障害に対する作用の分子機構についてはまだ確定的なものはないが,リチウムの標的因子としてGSK3βが,リチウムとバルプロ酸の共通の標的因子としてIMPase(イノシトールモノホスファターゼ)が同定され,それぞれの機能と治療効果発現機構が注目されている.概日リズムの発振を行っている時計遺伝子が発見され,その発現機構が明らかになってきたが,気分安定薬であるリチウムやバルプロ酸に概日リズム位相を変化させる作用のあることが報告された.これはリチウムがGSK3βの抑制作用を介して時計遺伝子産物の分解を促進すること,あるいは核移行を抑制することを通じて,概日リズムの周期や位相の形成に直接関与していることによると考えられている.
著者
西田 清一郎 佐藤 広康
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.2, pp.58-61, 2012-08-01
参考文献数
13

未病は,古来より東洋医学において重要なテーマとして掲げられている.未病ははっきりとした病が現れる前から体の中に潜む病態(状)を意味しており,まだ病ではない状態を意味しているのではない.未病は病を発生させる根本的な異常を意味し,東洋医学的には「〓血(おけつ)」と深いかかわりがあると考えられている.我々は,未病を現代医学的に解釈した場合,その病態は酸化ストレスの蓄積が一つの原因であると考えている.〓血に対して処方される駆〓血剤は,酸化ストレスの蓄積を抑制し,すなわち未病の進展を遅延,または阻害すると推察されている.駆〓血剤である桃核承気湯(とうかくじょうきとう)と桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)には,抗酸化作用があることが知られていた.酸化ストレスは血管緊張に変化を与えるが,これらの漢方薬は酸化ストレス負荷条件下で,血管の収縮を抑制し弛緩作用を増強した.駆〓血剤をはじめとする漢方薬は,酸化ストレスに対して,抗酸化剤として緩和作用だけではなく,状況に応じて酸化促進剤として血管収縮作用を表す.つまり,酸化ストレスをうまく制御して生体機能の調節作用をするものと考えられる.この酸化ストレス緩和作用は,酸化ストレスによる障害を和らげ,未病の進展を抑制していると思われる.
著者
藤井 俊勝 平山 和美 深津 玲子 大竹 浩也 大塚 祐司 山鳥 重
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.83-87, 2005 (Released:2005-04-05)
参考文献数
22
被引用文献数
1

情動は個体の身体内部変化(自律神経活動,内臓活動など)と行動変化を含めた外部へ表出される運動の総体であり,感情は個体の心理的経験の一部である.ヒトの脳損傷後には,個々の道具的認知障害や行為障害を伴わずに,行動レベルでの劇的な変化がみられることがある.本稿では脳損傷後に特異な行動変化を呈した3症例を提示し,これらの症状を情動あるいは感情の障害として捉えた.最初の症例は両側視床・視床下部の脳梗塞後に言動の幼児化を呈した.次の症例は両側前頭葉眼窩部内側の損傷により人格変化を呈した.最後の症例は左被殻出血後に強迫性症状の改善を認めた.これら3症例の行動変化の機序として,情動に関連すると考えられる扁桃体-視床背内側核-前頭葉眼窩皮質-側頭極-扁桃体という基底外側回路,さらに視床下部,大脳基底核との神経回路の異常について考察した.
著者
西 真弓 笹川 誉世 堀井 謹子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.2, pp.72-75, 2017 (Released:2017-02-01)
参考文献数
25
被引用文献数
1

急速に変化する現代社会,幼少期の養育環境の劣悪化などのストレスは想像以上に大きいものと推察される.成人が患う多くの精神神経疾患において,幼少期の虐待(身体的,性的および心理的虐待,育児放棄等)は最高レベルの危険因子であるとも言われている.人をはじめとする様々な動物で幼少期養育環境の劣悪化が,視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA-axis)等のプログラミングに影響を及ぼし,成長過程及び成長後の脳の機能・構造に重大かつ継続的な諸問題を引き起こし,成長後にうつ病,不安障害,心的外傷後ストレス障害(PTSD),薬物依存,摂食障害,メタボリックシンドロームなど様々な疾患に罹患する確率が上昇することなどが報告されている.しかしながら,幼少期の一過性のストレスが生涯にわたって行動に影響を及ぼす分子基盤は未だ充分には解明されていない.私たちは,幼児虐待のモデル動物として用いられる母子分離(maternal separation:MS)ストレス負荷マウスを用い,幼少期ストレスが発達期および成長後の脳に及ぼす影響を,遺伝子と環境との相互作用を切り口に,分子から行動レベルまで生物階層性の段階を追って研究を進め,幼少期養育環境と精神神経疾患などとの関連性の分子基盤の解明,さらに生育後の精神神経疾患の予防・治療法の開発を目指している.本特集においては,MSがHPA-axisの最終産物であるコルチコステロイドの血中濃度に及ぼす影響,神経活動マーカーのc-Fosを指標にした,MSによる脳の活性化部位の解析から興味深いc-Fosの発現変化を示した扁桃体延長領域等におけるDNAマイクロアレイ解析による遺伝子発現の変動について紹介する.そして,これらの解析結果を基に行った,報酬行動等に関連する行動実験の結果についても示す.
著者
五十嵐 友香 佐藤 陽治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.6, pp.254-259, 2018 (Released:2018-06-08)
参考文献数
5

わが国では,ヒトiPS細胞の樹立が契機の一つとなり,再生医療や細胞治療(再生医療等)の研究と実用化の促進のため国を挙げた取り組みがなされている.特に再生医療等を支える医事・薬事の各種規制の抜本的改革が精力的に進められてきた.医事規制では,安全な再生医療等を迅速かつ円滑に患者に提供する目的で『再生医療等安全性確保法』が制定され,薬事規制では,『薬機法』において「再生医療等製品」が定義されるとともに,再生医療等製品の特性に応じた条件・期限付承認制度が導入された.しかし,実用化・産業化における開発・製造に関するコストなど解決すべき課題はまだ多い.特に米国では2016年末に21st Century Cures Actが成立し,日本の条件・期限付承認制度に類似した制度が設けられるなど,追い上げも激しくなりつつある.本稿では,大きく動きのあった再生医療等にかかる規制について国内外の動向と再生医療の現状と今後対応すべき課題について概説する.
著者
黒野 祐一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.7-12, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
16
被引用文献数
2

鼻腔は下気道へと向かう吸気の加湿·加温作用,吸気中に含まれる様々な微生物やアレルゲンを吸着しこれを粘液線毛運動によって除去する作用など,生理的そして非特異的な生体防御機構を備えている.さらに分泌型IgAを中心とする特異的生体防御機構も備え,病原微生物を排除あるいはこれらを常在菌叢として共存させる極めてユニークな器官である.粘膜局所で産生される分泌型IgAは,溶菌作用や補体活性作用を持たず,中和作用や凝集作用のみを有し,これによって細菌が上皮表面へ定着するのを妨げる.鼻分泌液中にはこの分泌型IgAが多量に含まれ,その濃度は血清型IgAやIgG,IgMと比較してはるかに高い.慢性副鼻腔炎では,これら免疫グロブリンの産生が亢進し,鼻分泌液中の濃度が上昇する.しかし,病原菌に対する特異的抗体価は逆に低下し,慢性炎症における局所免疫機能の障害が示唆される.したがって,鼻副鼻腔炎など上気道感染症の予防には,全身免疫のみならず,粘膜局所免疫も高めることが必要かつ重要と考えられる.そこで,インフルエンザ菌外膜タンパクを用いて,マウスを経鼻,経口,経気管,さらに腹腔内全身免疫し,その免疫応答を検討した.その結果,鼻腔洗浄液中の分泌型IgAの特異的抗体活性がもっとも高値を示したのは経鼻免疫群であり,この免疫応答と相関して,経鼻免疫群ではインフルエンザ菌の鼻腔からのクリアランスがもっとも高かった.以上の結果から,鼻粘膜など上気道粘膜の防御そしてその病態に粘膜免疫応答が重要な役割を担っており,上気道感染症の予防には経鼻ワクチンが有効と考えられる.
著者
戸田 昇 安屋敷 和秀
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.1, pp.20-24, 2010 (Released:2010-01-14)
参考文献数
40
被引用文献数
1

神経源性と考えられてきたアルツハイマー病(AD)を初めとする認知・記憶障害にも,脳循環低下による慢性的な酸素供給の減少と代謝障害が関与することを示す報告が少なからず見られる.その中で,脳血管内皮障害の占める役割に多くの注目が寄せられている.内皮障害には血管性危険因子(vascular risk factor)や加齢が強い関わりをもつ.内皮機能の主要なマーカーとしての一酸化窒素(NO)とADとの関係について最近興味ある情報が数多く見られる.β-amyloid(Aβ)沈着と脳微小血管内皮障害との間に強い相関が観察されている.NOの減少はAβ沈着を助長し,AβはNOの働きや合成を抑制して脳血流を減少する.NO合成酵素(NOS)阻害薬はAβの有害作用を増幅する.AD治療薬であるコリンエステラーゼ阻害薬の血管作用にNOが関係する可能性が示唆されている.脳における炎症反応はiNOSを介してNOの過剰産生をもたらし神経変性や神経死をひき起す.新しい視点からのAD研究が,ADの予防と治療の発展に貢献することを願っている.
著者
喜名 美香 坂梨 まゆ子 新崎 章 筒井 正人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.4, pp.148-154, 2018 (Released:2018-04-07)
参考文献数
16
被引用文献数
3 4

一酸化窒素(NO)はL-arginineからNO合成酵素(NOSs)を介して産生されが,最近,その代謝産物である亜硝酸塩(NO2-)および硝酸塩(NO3-)からNOが産生される経路が発見された.レタスやホウレン草などの緑葉野菜には硝酸塩が多く含有されている.しかし,硝酸塩/亜硝酸塩(NOx)の不足が病気を引き起こすか否かは知られていない.本研究では,『食事性NOxの不足は代謝症候群を引き起こす』という仮説をマウスにおいて検証した.私達は過去に,NOSs完全欠損マウスの血漿NOxレベルは野生型マウスに比して10%以下に著明に低下していることを報告した.この結果から,生体のNO産生は主として内在するNOSsによって調節されていること,外因性NO産生系の寄与は小さいことが示唆されたが,低NOx食を野生型マウスに長期投与すると意外なことに血漿NOxレベルは通常食に比して30%以下に著明に低下した.この機序を検討したところ,低NOx食負荷マウスでは内臓脂肪組織のeNOS発現レベルが有意に低下していた.重要なことに,低NOx食の3ヵ月投与は,内臓脂肪蓄積,高脂血症,耐糖能異常を引き起こし,低NOx食の18ヵ月投与は,体重増加,高血圧,インスリン抵抗性,内皮機能不全を招き,低NOx食の22ヵ月投与は,急性心筋梗塞死を含む有意な心血管死を誘発した.低NOx食負荷マウスでは内臓脂肪組織におけるPPARγ,AMPK,adiponectinレベルの低下および腸内細菌叢の異常が認められた.以上,本研究では,食事性NOxの不足がマウスに代謝症候群,血管不全,および心臓突然死を引き起こすことを明らかにした.この機序には,PPARγ/AMPKを介したadiponectinレベルの低下,eNOS発現低下,並びに腸内細菌叢の異常が関与していることが示唆された.
著者
大戸 茂弘 小柳 悟 松永 直哉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.3, pp.115-119, 2011 (Released:2011-03-10)
参考文献数
17
被引用文献数
1 2

社会の少子化および高齢化が進む中で,集団の医療から個の医療へとその重点が移りつつある.現在,個体間変動要因の代表例である遺伝子多型に関する研究およびその治療への応用は確立されつつあるが,遺伝子診断のみでは説明できない現象もある.従って,医薬品適正使用のさらなる充実を図るには,個体間変動のみならず個体内変動に着目した研究の充実は必至である.こうした状況の中で,投薬時刻や投薬タイミングにより薬の効き方が大きく異なることがわかってきた(時間薬理学:chronopharmacology).また薬の効き方を決定する薬の体内での動き方や薬に対する生体の感じ方も生体リズムの影響を受ける.従って投薬タイミングを考慮することにより医薬品の有効性や安全性を高めることも可能となる(時間治療学:chronotherapy).最近では,医薬品の添付文書などに服薬時刻が明示されるようになってきた.生体リズム調整薬のみならず生体リズムを考慮した時間制御型DDS(chrono-drug delivery system)や服薬時刻により処方内容を変更した製剤が開発されている(時間薬剤学:chronopharmaceutics).その背景には時計遺伝子に関する研究の発展があげられる.すなわち,時計遺伝子が,睡眠障害,循環器疾患,メタボリックシンドローム,がんなどの疾患発症リスクおよび薬物輸送・代謝リズムに深く関わっていることがわかってきた.
著者
牛尾 聡一郎 川尻 雄大 江頭 伸昭
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.3, pp.126-130, 2014 (Released:2014-03-10)
参考文献数
25

大腸がん治療に汎用されるオキサリプラチンは,末梢神経障害を高頻度で発現し,その進行が治療の変更や中止に繋がることから,臨床上問題となっている.しかしながら有効な予防・治療法は確立されていない.牛車腎気丸は,腰痛,しびれなどの症状に用いられる漢方薬であり,近年オキサリプラチンによる末梢神経障害に有効であることが臨床研究において報告されている.しかし,その効果や作用メカニズム,オキサリプラチンの抗腫瘍効果への影響などの基礎研究はほとんど行われていなかった.そこで,著者らはオキサリプラチン誘発末梢神経障害に対する牛車腎気丸の作用について検討を行い,牛車腎気丸がオキサリプラチンによる急性の冷感過敏に対して予防や改善効果を,遅発性の機械的アロディニアに対して症状緩和作用を有することを見出した.さらに,牛車腎気丸の効果には,血管内皮細胞のnitric oxide synthase(NOS)活性の増加による血流量の増加とそれに伴う皮膚温の上昇が関与することも示唆された.また,牛車腎気丸はオキサリプラチンの抗腫瘍効果に対して影響しなかったことから,基礎研究においてもオキサリプラチンによる末梢神経障害に有用である可能性が示唆された.しかしながら,効果を得るためには高用量が必要であることや慢性神経障害である機械的アロディニアの発現に対して予防効果がみられなかったことから,今後さらに基礎研究や臨床試験を推進し,確かなエビデンスを構築することが重要である.
著者
山崎 良彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.1, pp.31-35, 2010 (Released:2010-07-09)
参考文献数
47

ニコチンは,神経細胞の興奮性やシナプス伝達を変化させる.脳内報酬系におけるニコチンの作用は多くの注目を集めているが,ある種の記憶・学習の成立に必要な構造である海馬でもニコチンが多様な効果をもたらすことがわかってきた.ニコチン受容体は抑制性介在ニューロンに多く発現しているが,そのサブタイプによって,ニコチン刺激に対し速い脱感作を示したり,あるいは持続的に反応したりする.その結果,ニコチンは複数の機序によって抑制性シナプス伝達を修飾し,主細胞である錐体細胞の興奮性を調節する.また,抑制性シナプス伝達の修飾に加え,ムスカリン受容体の活性化を含む機序によって,N-methyl-D-aspartate受容体反応を増大させ,記憶・学習の細胞レベルでの基礎過程と考えられている長期増強の誘導を促進する.ここでは,上記のような,海馬神経回路に対するニコチンの効果とその作用機序について概説し,ニコチンの作用の多様性について述べてみたい.