著者
橋川 成美 小川 琢未 坂本 祐介 橋川 直也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.3, pp.139-143, 2016 (Released:2016-09-01)
参考文献数
30

カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は,様々な生理機能を有するペプチドである.強力な血管弛緩作用がその機能として第一にあげられる.CGRPは神経細胞で産生されて遊離されることから,神経系との関わりが考えられる.今回は行動異常とCGRPとの関連性について紹介を行う.我々はマウスに15日間ストレスを負荷することによって,海馬におけるCgrp mRNA量の減少が起こっていることを明らかにした.そこで,CGRPがうつ様行動に影響を及ぼすのではないかと仮説を立て,ストレスを負荷するマウスにCGRP(0.5 nmol)を脳室内投与した結果,うつ様行動の抑制が見られた.同様に海馬新生細胞数の減少の抑制,神経成長因子(NGF)mRNA量の増加が見られた.In vitroにおいても,マウス海馬E14培養細胞株にCGRP(100 nM)を添加すると,Ngf mRNAレベルの増加が見られた.そこで,ストレス負荷マウスにNGF受容体阻害薬であるK252aを投与し,行動を観察した結果,CGRPによる抗うつ作用の減少が観察された.これらの結果はCGRPがNGFの増加を介して抗うつ作用を引き起こしている可能性を示唆している.
著者
千葉 政一 森脇 千夏 伊奈 啓輔 藤倉 義久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.1, pp.48-55, 2016 (Released:2016-01-09)
参考文献数
110
被引用文献数
2

視床下部神経ヒスタミンはヒスチジン脱炭酸酵素によって必須アミノ酸l-histidineから生合成され,食行動・エネルギー代謝調節などの生理機能を広く制御し,他のアミン神経系同様に重要な役割を担う.近年,この視床下部神経ヒスタミンは5つの神経亜核(腹側亜核群としてE1,E2およびE3,背側亜核群としてE4およびE5)から構成されることが明らかとなった.E1とE2はおもに概日周期の情報処理に,E3はおもに空腹時の拮抗性食行動情報処理に,E4とE5はおもにストレス情報処理に,それぞれ関連した生理機能制御に寄与すると考えられる.しかし,これらの神経亜核群の生理機能について不明な点が多く残されており,今後の視床下部神経ヒスタミン研究と同分野の創薬に飛躍的な発展が期待される.
著者
辻 稔 宮川 和也 竹内 智子 武田 弘志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.97-104, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
18
被引用文献数
3 3

「行動」とは,生体の生理機能とそれを取り巻く外的要因が複雑に相互作用した結果生じる最終表現型であり,動物が示す多種多様な動きの全てを意味する.したがって,基礎医学研究において,実験動物の行動を基盤として情動や認知といった脳高次機能を評価する上では,評価の指標となる行動(本稿では抑うつ様行動)のみならず,用いる実験動物が元来有する行動特性や感覚・運動機能に基づく一般行動についても幅広く検証する必要がある.本稿では,現在,基礎医学研究の分野で汎用されている「一般行動評価法」と「抑うつ様行動評価法」を取り上げ,これら各試験法の特徴や問題点について概説する.代表的な一般行動評価法としては,(1)オープンフィールド試験,(2)ホールボード試験,(3)自発運動測定試験が挙げられる.これらの試験はいずれも,制約がない自由な環境下で実験動物の様々な行動を幅広く観察することにより,生得的な情動性や基本的な身体機能の変化を検出するものである.また,現在最も汎用されている抑うつ様行動の評価法としては,(1)強制水泳試験および(2)尾懸垂試験が挙げられる.両試験は,実験動物に逃避不可能なストレス刺激を負荷した時に誘発される行動低下を抑うつ様行動として評価するものであり,試験操作が極めて簡便であることから,新規抗うつ薬候補物質の前臨床評価や遺伝子改変動物の表現型の解析に幅広く用いられている.さらに最近では,薬物の抗うつ様効果の検出のみならず,うつ病の病態究明を目的として,臨床におけるうつ病患者の症状や抗うつ薬の治療効果との類似性を念頭に置いたうつ病モデル((3)学習性無力モデル,(4)慢性緩和ストレスモデル,(5)嗅球摘出モデルなど)の開発がすすめられている.今後より臨床的妥当性の高いうつ病モデルが開発されることにより,うつ病の病態生理の解明やより有効性の高い治療戦略の開発が飛躍的に発展するものと考える.
著者
明石 敏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.4, pp.294-298, 2007 (Released:2007-10-12)
参考文献数
18
被引用文献数
1 2

マクロライド系抗菌薬は,グラム陽性菌および非定型病原体に対する抗菌力が強く,呼吸器疾患の治療薬として汎用されてきた.我が国では,14員環,15員環および16員環マクロライド系およびケトライド系抗菌薬が上市している.エリスロマイシンの欠点を克服するための創薬研究から,ニューマクロライドと呼ばれるマクロライド系抗菌薬のロキシスロマイシン,クラリスロマイシンおよびアジスロマイシンが半合成された.その後,耐性肺炎球菌に対する抗菌活性が増強された,ケトライド系抗菌薬のテリスロマイシンが半合成された.本稿では主として,14,15員環マクロライド系およびケトライド系を中心とした抗菌薬の創薬・開発研究の歴史ならびに抗菌作用の特徴を概説した.
著者
増田 孝裕 中川 伸 小山 司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.3, pp.141-144, 2010 (Released:2010-09-13)
参考文献数
17

現在,うつ病の治療薬はセロトニンやノルアドレナリンといったモノアミンを増加させる薬剤が中心として用いられているが,脳内の細胞外モノアミン濃度は抗うつ薬の投与数時間後には増加するのに対し,臨床における治療効果発現までには数週間の慢性投与が必要とされることもあり,抗うつ薬の治療発現メカニズムは未だ明らかとされていない.近年,成熟期の脳においても海馬歯状回といった特定領域において,神経幹・前駆細胞が存在し,神経細胞が新生されることが明らかにされている.この海馬における神経新生は,うつ病発症の危険因子とされるストレスによって抑制され,逆に抗うつ薬を慢性投与することによって促進される.さらに,海馬神経新生を阻害すると,行動薬理評価モデルにおける抗うつ薬の作用が消失するなどの報告から,抗うつ薬による治療メカニズムの新しい仮説として海馬の神経新生促進仮説が提唱され,注目を集めている.本稿では,うつ病と海馬神経新生の関わりについて概説するとともに,我々が確立した成体ラット海馬歯状回由来神経幹・前駆細胞(Adult rat Dentate gyrus derived neural Precursor cell: ADP)の紹介を交えて,海馬神経新生をターゲットとした新規抗うつ薬創製のアプローチの可能性について記載する.
著者
山本 伸一郎 清水 俊一 森 泰生
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.3, pp.122-126, 2009 (Released:2009-09-14)
参考文献数
15
被引用文献数
2 6

Transient receptor potential channel(TRPチャネル)のmelastatin(M)ファミリーに属するTRPM2はカルシウムイオン(Ca2+)透過性のカチオンチャネルであり,単球/マクロファージや好中球など免疫系細胞において最も豊富に発現が認められている.また,TRPM2は過酸化水素などによる酸化的ストレスによって活性化される特徴を有しているが,詳細な機構には不明な点が多い.筆者らは,当初培養細胞を用いた実験で過酸化水素刺激によるTRPM2を介したCa2+流入が細胞死を引き起こすことを初めて明らかにした.しかし,TRPM2に対する特異的な阻害薬やknock out(KO)マウスがこれまで存在しなかったことから,生体内においてTRPM2がどのような生理的役割を担っているかについては明らかにされていなかった.最近,筆者らは単球/マクロファージにおいて過酸化水素刺激によるケモカイン産生誘導にTRPM2を介したCa2+流入が重要な役割を果たしていることを明らかにした.さらに,in vivoにおけるTRPM2の生理的役割を明らかにするためにTRPM2 KOマウスを作製し,炎症性疾患の発症や進展におけるTRPM2の役割を検証した.その結果,デキストラン硫酸ナトリウムを用いた炎症モデルマウスにおいて,TRPM2依存的な単球/マクロファージからのケモカイン産生が炎症部位への好中球の浸潤を惹起し,炎症の増悪を引き起こしていることを明らかにした.本稿では,我々が明らかにした単球/マクロファージにおけるケモカイン産生誘導および炎症におけるTRPM2の関与の詳細を述べ,炎症性疾患における新規創薬ターゲット分子としての可能性を有するTRPM2の重要性について議論し,筆者らが得ている新しい知見を加えて詳細が不明である酸化的ストレスによるTRPM2の活性化について再考する.
著者
田代 学 鹿野 理子 福土 審 谷内 一彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.88-96, 2005 (Released:2005-04-05)
参考文献数
49
被引用文献数
2 2

現代社会の複雑化とともに,うつ病や不安神経症,心的外傷後ストレス症候群(PTSD)といった多くの精神疾患の患者が増えている.その解決に向けた基礎的・臨床的研究が重要である.ヒトの情動メカニズムを解明するための方法論として,脳イメージングが注目されている.患者の頭部を傷つけることなく(非侵襲的に)生きた脳活動を観察できるのが大きな特長である.核磁気共鳴画像(MRI)を用いて扁桃体や海馬の形や大きさを調べる形態画像研究に加えて,生体機能を画像化する機能画像研究も精力的に行われている.機能画像では,ポジトロン断層法(PET)などを用いた脳血流や脳糖代謝の測定だけでなく,セロトニン,ドパミン,ヒスタミン神経系の伝達機能測定も行われている.研究デザインは,安静時脳画像を健常人と患者群の間で比較するものと,課題遂行中の脳の反応性を観察する研究(脳賦活試験)に分類される. うつ病では,前頭前野や帯状回における脳活動低下に加え,セロトニンやヒスタミンの神経伝達機能の低下がPETを利用した研究で明らかにされている.また海馬や扁桃体の体積減少も報告されている.ストレス障害であるPTSDでも類似した結果が報告されており,うつ病とストレス障害の関連が強いことが推測され,ストレスが様々な精神疾患の発症に関与していることも推測される.精神疾患の発症には性格傾向も強く影響しているといわれている.不安傾向や,自身の情動変化を認知しにくいアレキシサイミアなどの脳イメージング研究がすでに行われている.最近では,セロトニントランスポーターの遺伝子多型とうつ病発症率との関係や,遺伝子多型と扁桃体の反応性の関係なども調べられており,今後,遺伝子多型と脳の機能解剖学が融合される可能性がでてきた.ヒトの情動研究における今後の発展が大いに期待される.
著者
中瀬 朋夏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.2, pp.61-64, 2014
被引用文献数
3

安全で有効性の高いがん治療戦略の開発において,漢方由来成分を用いた治療法がその重要性を高めている.経験的に古くからマラリアの特効薬として利用されてきたアルテミシニンとその誘導体は,キク科の植物であるセイコウ(<i>Artemisia annua</i> L.)から分離されたセスキテルペンラクトンで,構造中のエンドペルオキシドブリッジ(-C-O-O-C-)と細胞内鉄イオンが反応し,フリーラジカルを生成する.近年,トランスフェリン受容体が高発現し鉄イオンを豊富に含有するがん細胞に対して,アルテミシニンの細胞毒性が極めて高いことが注目されている.筆者は,トランスフェリンの<i>N</i>-グリコシド鎖にアルテミシニンを修飾したがん標的アルテミシニンが,アポトーシスを介して,がん細胞に特異的な抗がん活性を示すことを明らかにした.さらに,抗がん薬の効果は細胞内環境の影響を大きく受けることから,がん細胞内の酸化ストレスやエネルギー産生を制御することで,アルテミシニン誘導体の効果を操る手法を開発した.その結果,酸化ストレス耐性のがん細胞に対して,抗酸化促進機能を担うシスチントランスポーター活性を抑制することにより,アルテミシニン誘導体の細胞毒性効果を増強できることが明らかになった.漢方由来成分の効果を最大限に発揮するため,がん標的送達システムや細胞内環境を調節・維持するトランスポーターを制御できる薬剤学的手法を駆使して,今後,臨床応用へ向けたさらなるがん治療戦略の開発を期待する.
著者
有田 秀穂
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.99-103, 2007
被引用文献数
1 5

ストレス状態は視床下部・下垂体・副腎皮質軸および交感神経アドレナリン系の亢進に特徴づけられる.ストレスを緩和させるには,これらの制御系の働きを逆転させる必要がある.ストレス回避や安静・睡眠は消極的な方法である.一方,積極的な制御系の逆転は,涙を流すことである.流涙は,脳幹の上唾液核にある副交感神経の過剰な興奮によって誘発される.ドラマを見たり,心理療法を受けて,涙が溢れるとき,共感に関与する内側前頭前野において,特徴的な血流変化が認められる.予兆としての緩やかな血流増加と,それに続く一過性の急峻な血流増加がある.後者が出現すると,激しい涙と泣きが継続し,一時的に自己制御できなくなる.自律神経のバランスは,覚醒状態にありながら,極端な副交感神経の興奮状態にシフトする.この時,POMS心理テストでは混乱の尺度が著明に改善し,すっきり爽快の気分が現れる.すなわち,ストレス緩和の神経回路の存在が予想される.このデータを笑いのデータと比較し,涙の効用を議論する.<br>
著者
池田 昌美 池田 真行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.404-407, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
9
被引用文献数
1 2 1

酸化ストレスの除去は,脳機能維持のために不可欠である.そのストレス除去にあたり,スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やグルタチンペルオキシダーゼ(GPX)は,主要な抗酸化酵素として働いている.興味深いことに,実験動物の睡眠を妨げると,脳内のSOD活性や還元型グルタチオン(GPX基質)量が減少し,酸化型グルタチオン(抗酸化反応物)量が増加するという.つまり,覚醒の持続は,脳内の酸化ストレスレベルを上昇させる作用があるようだ.われわれは,t-ブチルヒドロペルオキシドを用いて,ラット脳に酸化ストレスを負荷したところ,睡眠量の増加と,視索前野/前視床下部におけるアデノシンや一酸化窒素遊離を観察した.この結果は,ある程度の酸化ストレスには睡眠物質遊離や眠気を促進する効果があることを示している.つまり,覚醒が脳内に酸化ストレスを生み,これをトリガーにして睡眠という脳保護活動が誘発される可能性が示唆された.
著者
溝上 顕子 川久保(安河内) 友世 竹内 弘 平田 雅人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.4, pp.201-205, 2015 (Released:2015-04-10)
参考文献数
39

骨は能動的な内分泌器官であることが明らかとなった.中でも,骨基質タンパクであるオステオカルシンは,糖・エネルギー代謝をはじめ雄の生殖機能調節,脳の発育・発達の調節等に重要な役割を果たしていることが最近の研究で明らかにされた.このような骨による生体恒常性維持の様々な局面が明らかになりつつある.オステオカルシン作用の個々のシグナリング経路は十分に解明されていないが,エネルギー代謝に限定すると,受容体として機能する分子の1つとして同定されたGPRC6Aを介して膵臓β細胞に作用して,あるいは消化管に作用してインクレチンの分泌を促し,次いでインスリンの分泌を促す.そのインスリンは骨にも作用して骨代謝を活性化し,さらなるオステオカルシンの分泌を促すというポジティブサイクルが明らかにされている.極論すると,骨代謝が活発になるとインスリン分泌・糖代謝が亢進する.さらに骨代謝が活発化して丈夫な骨になり,かつ肥満・糖尿病になり難いという魅力的なストーリーである.一方で,オステオカルシンが及ぼす効果には性差があることが示唆されている.本稿では,オステオカルシンの特に糖・エネルギー代謝を調節するホルモンとしての役割について,最近の知見を踏まえて紹介する.
著者
成田 年 宮竹 真由美 鈴木 雅美 鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.43-48, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
27

依存性薬物に対する精神依存形成時には中枢神経系の可塑的な変化が起きている.近年,中枢神経系における神経伝達効率に対するグリア細胞の重要な役割が認識されるようになった.著者らは数種の依存性薬物のグリア細胞,特にアストロサイトに対する作用に着目し,in vivoおよびin vitroレベルで多角的に検討している.最近,強力な精神依存形成能を有する覚せい剤メタンフェタミンがアストロサイトを直接的かつ持続的に活性化するのに対して,麻薬性鎮痛薬であるモルヒネのアストロサイトへの作用が間接的かつ一過性であることが明らかになった.著者らの一連の研究成果は,メタンフェタミンの強力なアストロサイト活性化作用が,中枢神経系の可塑的な変化を惹起させ得る可能性を示唆するものである.一方,メタンフェタミンのような強力な依存性薬物とモルヒネは本質的に異なるものであり,臨床現場において適切にモルヒネを使用すれば,覚せい剤のように不可逆的な神経変性は形成されないものと考えられる.
著者
塩谷 隆信 佐藤 一洋 佐野 正明 渡邊 博之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.6, pp.417-422, 2008 (Released:2008-06-13)
参考文献数
34
被引用文献数
2

●カプサイシン受容体はTRPV1と呼ばれる陽イオンチャネルから構成されている.●TRPV1はカプサイシンのほか,酸,熱刺激,アナンダマイド,ブラジキニンやlipoxygenase (LOX) productsなどの炎症性物質でも活性化される.●TRPV1は気道C線維末端に多く発現し,神経原性炎症により活性化され咳嗽反射を亢進させる.●TRPV4も神経原性炎症の病態生理に重要な役割を演じている.●TRPV1拮抗薬は将来的に咳嗽治療薬として大いに期待される.
著者
市岡 正彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.432-435, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
7
被引用文献数
2 5

睡眠中の呼吸制御系の変化として,上気道抵抗の上昇,呼吸筋,特に肋間筋やその他の補助呼吸筋の活動性低下が特徴であり,換気量の低下,肺気量減少に伴う動脈血酸素分圧の低下がもたらされる.呼吸調節の面では炭酸ガスおよび低酸素換気応答が低下する.これらの変化はレム期において著明であり,健常人でも呼吸は不安定になる.こうした睡眠に伴う呼吸の変化は,睡眠時の体位,性,年齢,アルコール,睡眠薬などの薬物,妊娠の有無,居住地の高さなどさまざまな因子の影響を受ける.健常者にとっては問題にならないこうした変化も,背景に慢性呼吸器疾患や神経筋疾患,肥満や上気道の異常などがある場合には,容易に睡眠呼吸障害の発症に結びつく.睡眠呼吸障害の代表的疾患である閉塞型睡眠時無呼吸症候群も,上気道の形態的・機能的異常を背景に,睡眠中の呼吸制御系の異常が加わって発症し,重症度に応じた治療が施されている.
著者
喜多 富太郎 秦 多恵子 米田 良三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.72, no.5, pp.573-584, 1976 (Released:2007-03-29)
参考文献数
27
被引用文献数
36 22

本論文においては,神経鎮静剤ノイロトロピン(NSPと略)の鎮痛作用を調べ,次いでSARTストレスマウスと正常マウスにおける薬物の鎮痛効果の比較検討を行なった.a)正常マウスにNSPを単独で用いると,酢酸法,フエニルキノン法およびRandall-Selitto法において弱い鎮痛作用が認められた.D'Amour-Smith法では無効であった.b)酢酸法およびフエニルキノン法で効力を調べるとNSPは下熱性鎮痛薬アミノピリンと相加的協力作用を示し,麻薬性鎮痛薬モルフィンと非平行的協力作用を示した.Randall-Selitto法によってはNSPとアミノピリンの併用効果は認められなかった.次に,すでにわれわれが報告した実験的自律神経失調症様動物であるSARTストレスマウスを用いて薬物の鎮痛作用を調べた.なお,SARTストレスマウスにおいては多少痛覚閾値低下の傾向が見られた.c)酢酸法においてモルフィン,NSP,レボメプPマジンおよびイミダゾール酢酸が,d)フエニルキノン法においてはモルフィン,NSP,レボメプロマジンおよびL-GABOBが,e)D'Amour-Smith法ではNSPのみが,また,f)Randall-Selitto法ではアミノピリン,NSP,レボメプFマジン,イミダゾール酢酸およびL-GABOBが,SARTストレスマウスにおいて正常マウスにおけるよりも著しく強い鎮痛作用を示した.9)アトロピン,セロトニン,ヒスタミン,タウリンおよび3-amino-2-hydroxypropane-1-sulfonic acidは正常およびSARTストレスマウスにおいて鎮痛効果の差異は認められなかった.以上のごとくSARTストレスマウスでは薬物の鎮痛作用が正常マウスにおけるよりも著明に認められ,特にNSPについてはこの傾向が明瞭であった.このことはNSPの臨床上の著しい鎮痛効果を裏付けるものといえよう.
著者
酒井 千賀
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.6, pp.413-425, 2020 (Released:2020-11-01)
参考文献数
40
被引用文献数
1 1

リスデキサンフェタミンメシル酸塩(以下,リスデキサンフェタミンと記載)(商品名:ビバンセ®)は,注意欠如/多動性障害(attention-deficit/hyperactivity disorder:ADHD)の治療を目的に開発されたドパミン(DA)・ノルアドレナリン(NA)再取り込み阻害・遊離促進薬である.本剤は,1日1回経口投与の中枢神経刺激薬に分類される薬剤であり,日本では2019年3月に製造販売承認を取得,2019年12月に発売された.リスデキサンフェタミンは,経口で服用後,血中で加水分解され,活性体であるd-アンフェタミンを生成するプロドラッグである.その薬理メカニズムは,活性体であるd-アンフェタミンがドパミントランスポーター(DAT)及びノルアドレナリントランスポーター(NAT)を競合阻害することでシナプス間隙のDA及びNAの濃度を高めるとされている.またd-アンフェタミンはDA及びNAの再取り込み阻害作用だけでなく,神経細胞内に取り込まれ,小胞モノアミントランスポーターへの作用を介することでDA及びNAの遊離促進作用も有している.d-アンフェタミンのADHDに対する治療効果の作用機序は完全には解明されていないが,これらの作用からADHD症状に対する治療効果が発揮されるものと考えられる.国内外で実施された臨床試験においても,小児ADHD患者におけるリスデキサンフェタミンのプラセボ群に対する有効性が確認された.また有害事象については,プラセボ群より発現率が高かったものは食欲減退,初期不眠及び頭痛であったが,多くは軽度であり,長期間投与しても有害事象の発現率や中止率の増加は認められなかった.依存性・乱用性についても臨床試験においては大きな懸念点は認められなかったが,そのリスクは否定できないため適切な管理が必要である.リスデキサンフェタミンは日本では,覚醒剤原料に指定され,厳格な流通管理が求められる薬剤であるが,DA及びNAの再取り込み阻害と遊離促進という2つの作用を有することで,既存のADHD治療薬で効果不十分の患者への効果が期待される.
著者
足立 尚登
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.4, pp.215-221, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
43
被引用文献数
3 4

脳が虚血に陥るとたとえ短時間でも後に障害が生じるが,これにはグルタミン酸をはじめとする興奮性神経伝達物質の放出や細胞内Ca2+増加が関与している.ヒスタミンは中枢神経系で神経伝達物質としての作用があり,ヒスタミン神経支配は広く脳全体におよんでいる.虚血時にはヒスタミン神経からのヒスタミン放出も増加し,ヒスタミン神経活動が亢進する.このヒスタミン神経活動を抑制すると虚血による障害が増悪する.また,あらかじめヒスタミンを脳室内に投与しておくと虚血による障害は改善し,逆に,H2受容体遮断によって増悪する.さらに,H2受容体遮断によって虚血時のグルタミン酸やドパミン放出も増加する.以上のことは,脳内ヒスタミンがH2作用によって,興奮性神経伝達物質の放出を抑制し障害を改善することを示唆する.一方,ヒスタミンには血液脳関門の透過性を亢進させる作用や脳浮腫を引きおこす作用があり,これらにもH2作用が関与している.
著者
阿部 智行 宮川 伸 中村 義一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.6, pp.362-367, 2016 (Released:2016-06-11)
参考文献数
37

アプタマーとは,複雑な三次元立体構造をとることで標的分子に結合する一本鎖のRNAまたはDNA分子である.標的となる分子は,タンパク質,ペプチド,炭水化物,脂質,低分子化合物,金属イオンなど多岐にわたり,その高い結合力と特異性から,医薬品や診断薬,分離剤などさまざまな分野で実用化されている.医薬品としては,世界で初めてのアプタマー医薬であるMacugen®が滲出型加齢黄斑変性症治療薬として2004年にアメリカで承認され,いくつかのアプタマーが臨床段階にある.また,ドラッグデリバリーシステム(DDS)のツールとしての研究も進んでおり,医薬品分野におけるアプタマーの重要性がますます高まることが予想される.そこで本稿では,医薬品としてのアプタマーの取得方法,最適化について概説し,臨床試験中のアプタマー医薬の最新の動向について紹介する.
著者
渡邉 修造
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.5, pp.201-205, 2012 (Released:2012-11-09)
参考文献数
7

電位依存性ナトリウムチャネルは,神経細胞の興奮や伝達を担っており,痛みの神経伝達に深く関与することが知られている.現在までに9種類(Nav1.1~Nav1.9)の電位依存性ナトリウムチャネルが報告されているが,その中でNav1.7,Nav1.3,Nav1.8の3つのサブタイプは神経障害性疼痛との関連性を示唆する報告が多い.現在,臨床ではメキシレチン,リドカインなどの電位依存性ナトリウムチャネル遮断薬が処方されている.これら既存の治療薬は,サブタイプ非選択的な薬剤であることからNav1.7,Nav1.3,Nav1.8のいずれにも作用することで鎮痛効果を示すと考えられる.また,同時に心臓に発現するNav1.5や脳に高発現するNav1.1,Nav1.2に対しても作用することから,薬効を示す用量において徐脈や中枢性の副作用が認められ,十分な治療効果が得られていない.そこで本稿では,サブタイプ選択的な電位依存性ナトリウムチャネル遮断薬を探索するために,本研究所で実施している二つの評価方法について紹介する.一つは,浜松ホトニクス社と共同開発している新しい装置を用いた評価方法であり,本装置により電位依存性ナトリウムチャネルの活性を正確に,また,効率よく測定することが可能である.もう一つは,痛みの動物モデルにおける電位依存性ナトリウムチャネル遮断薬の有効性を予測するために,本研究所が開発したin vitro評価系について紹介する.これら二つの評価方法は,サブタイプ選択的な電位依存性ナトリウムチャネル遮断薬を効率的に見出すための有用な方法であると考えられる.これらの方法により,神経障害性疼痛に苦しむ多くの患者のために,少しでも早く新しい治療薬が見出されることが期待される.
著者
斎藤 博久
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.2, pp.64-67, 2009 (Released:2009-08-12)
参考文献数
21

気道リモデリングには気道平滑筋の増生,杯細胞過形成,コラーゲンなどの細胞外基質成分の組織への沈着,気道上皮網状基底層の肥厚,血管新生などの要素が存在し,それらの多くは喘息治療標準薬であるステロイド薬により抑制されない.マスト細胞は気道平滑筋の増生や杯細胞過形成に非常に重要な役割を演じている.マスト細胞はIgE受容体を介して活性化されると脱顆粒のほか,非常に多くの遺伝子が転写されサイトカインなどの分子が産生される.このマスト細胞の活性化は試験管内におけるステロイド薬やタクロリムス前処理により部分的に抑制される.そして,この両者の薬剤を同時添加することにより,ほぼ完全に遮断される.気道リモデリングの進行に対する有効で安全な治療方法を確立するために今後のマスト細胞研究のさらなる進展が期待される.