著者
西村 周泰 高田 和幸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.158, no.1, pp.52-56, 2023 (Released:2023-01-01)
参考文献数
26
被引用文献数
1

神経変性を伴う脳疾患は一度発症すると治療することが困難であることから,超高齢社会に突入した日本社会にとっては神経変性の予防法および根治治療法の確立は患者本人のQOL向上や介助に携わる患者家族および医療従事者の負担軽減の観点からも喫緊の課題となっている.ヒト多能性幹細胞(iPS細胞)の登場は,このヒト特有の神経変性疾患の病態の理解,その理解に基づく予防・治療戦略の開発に大きな貢献を果たしている.さらにiPS細胞技術と呼応するかのようにライフサイエンス,メディカルサイエンス,情報工学の分野からも分野横断的な新しいサイエンスの流れが出来つつある.本稿では,さまざまな研究領域や技術の融合の例として,筆者らが進めている神経変性疾患の再現研究について紹介する.筆者らは代表的な神経変性疾患であるアルツハイマー病とパーキンソン病の病態の理解と新規治療法の開発を目的に,ヒト細胞を用いて脳領域特異的な神経細胞と脳内免疫担当細胞であるミクログリアを誘導し,病態再現研究を進めてきた.この過程で,発生生物学や薬理学のような基盤的な学問領域のみならずトランスクリプトーム解析やダイレクトコンバージョンなどの比較的新しい技術を取り入れながら研究に取り組んでいる.これらの知見に基づいてヒトiPS細胞から必要な種類の細胞を誘導し融合させることで,高次脳機能や病態の一部を単純化して再現することが可能となる.このような,ヒト細胞を用いたヒトの疾患の理解に向けたアプローチにより,ヒト脳研究もますます前進し,人々の健康増進に寄与することが期待される.
著者
橋本 道男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.1, pp.27-33, 2018 (Released:2018-01-10)
参考文献数
40
被引用文献数
3 5

n-3系脂肪酸の機能性は,心・血管系や脂質代謝系など,多岐にわたることがよく知られている.特に,n-3系脂肪酸のなかでも脳に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)は胎児期から老年期にいたるまで脳機能維持には必須である.その摂取不足は,脳の発達障害,うつ病,アルツハイマー病などの精神・神経疾患の発症と深く関連する.DHAは主に,神経新生,シナプス形成,神経細胞分化,神経突起伸張,膜流動性の維持,抗炎症作用,抗酸化作用などに関与し,脳機能維持に重要な役割を担っている.その作用機序は,1)細胞膜構成成分として膜流動性を変えてイオンチャネルや膜結合型受容体・酵素へ作用し,2)細胞膜から切り出された遊離型DHAが直接的に,あるいはさらに代謝されてプロテクチンD1などに変換されて,間接的に核や各種タンパク質に作用してその機能性を発揮する.今後の展開しだいでは,DHAなどn-3系脂肪酸の補充は,脳機能の低下を抑制し,様々な精神・神経疾患の発症とその進行を遅延し,さらには改善する可能性が期待される.
著者
黒澤 努
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.6, pp.330-334, 2005 (Released:2005-08-01)

バイオメディカルサイエンスの進展に動物実験は欠かせない.これは近代になって人体実験が倫理的に許されないとする一方,新薬の開発,新規治療法の開発,またそれらを支える学問の進展を待ち望む多くの病める人たちが存在するからである.われわれの不断の努力にもかかわらず,難病は存在し続けている.これらの社会的弱者とも言われる患者のために動物実験の必要性はますます増している.その一方,動物実験に反対する人々が存在する.彼らは動物実験を動物に対する生体実験だとして,動物虐待であるから反対するとして,多くの動物愛護家の支持をとりつけ広汎な活動を展開している.しかし,その根底にある活動は実験動物解放などという,とても動物愛護に基づいた行動とは思われない動物虐待行為が行われ,逆にこれは社会の弱者の救済の道を閉ざす活動と思われる.これとは別に健全な動物愛護運動を展開する人々も存在する.彼らは真に動物が可愛い存在だと認識し,その上で弱者も救済しなければならないので動物実験は必要であるができるだけ動物の苦痛を少なく動物実験を行うよう求めるのである.動物実験を行う我々はこの2者を明確に区別し,動物権利論に基づく動物実験反対運動は断固として否定し,健全な動物愛護運動団体とともに歩むべきである.そのためには3Rsと呼ばれる,Reduction, Replacement & Refinementに代表される動物実験代替法の推進をなお一層活性化すべきである.多くの先進国で制定されている動物愛護法の遵守,さらには法に基づく種々の規約を制定遵守するだけでなく,国際的な動向に適合した,節度ある動物実験を行うべきである.こうした活動により多くの国民の信を得て,バイオメディカルサイエンスのますますの発展に寄与しなければならない.そのためには,動物愛護に基づく実験動物福祉の考え方と,動物実験反対運動を混同してはならない.
著者
中西 展大 橋本 敏夫 浜田 知久馬
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.4, pp.185-191, 2014 (Released:2014-10-10)
参考文献数
13
被引用文献数
1

薬効薬理試験では,試験目的に対応した適切な統計解析手法を選択することが重要である.対照群と試験薬の低用量群,中用量群,高用量群など複数用量を比較する用量反応試験では,対照群と各用量群の検定を繰り返すため,検定の多重性を考慮した手法が必要であり,様々な方法が提案されている.Williams 多重比較検定はそのひとつの手法であり用量反応に単調性が想定された状況において,検出力の高い有効な手法である.しかし,例数不揃い時に対する拡張性の困難さや,実施可能な統計解析パッケージの少なさなどから,他の手法に比べて利用頻度が少ないのが現状である.本稿では,例数不揃い時におけるWilliams 多重比較検定の妥当性を示し,次に他の手法に対する検出力の高さや,結論の導きやすさなどの有用性を評価し,Williams 多重比較検定が多くの薬理試験において第一選択になりうることを示す.

9 0 0 0 OA 抗原性試験

著者
佐久間 庄三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.3, pp.216-219, 2007 (Released:2007-09-14)
参考文献数
3

抗原性試験は,薬物により誘発されるアレルギー反応を予測することを目的で実施する安全性試験である.薬物アレルギー反応はアナフィラキシーショックのような急性で重篤なものから,皮疹のような可視的なものまで色々とある.これらの反応を理解するには免疫学的な知識が不可欠である.各種アレルギー反応の簡単な解説を記載するとともに,我々が実施してきたいくつかの抗原性試験の方法を簡単に紹介する.近年,これまで行われてきた抗原性試験がヒトでの外挿性が低いことより,医薬品の承認要件よりはずれる傾向にはあるが,臨床試験や市販後のヒトへの投与においては抗原性に関する細心の注意が払われる必要があり,予測性の高い試験系の確立が望まれている.
著者
吉田 隆雄 幸田 健一 中尾 進太郎 大山 行也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.2, pp.106-114, 2015 (Released:2015-08-10)
参考文献数
23
被引用文献数
1 1

ニボルマブ(遺伝子組換え)[商品名:オプジーボ®点滴静注20 mg,100 mg,以下ニボルマブ]は,ヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体であり,「根治切除不能な悪性黒色腫」を効能・効果として,2014年9月より世界に先駆けて日本で発売された新たな免疫チェックポイント阻害薬である.非臨床試験において,ニボルマブは,ヒトPD-1の細胞外領域に特異的に結合し,PD-1とPD-1リガンド(PD-L1およびPD-L2)との結合を阻害した.また,ニボルマブは抗原刺激によるヒトT細胞の増殖およびIFN-γ産生を増強し,悪性黒色腫患者T細胞を用いた悪性黒色腫抗原ペプチド再刺激系においては,腫瘍抗原特異的CD8陽性T細胞およびIFN-γ産生細胞を増加させ,ヒト悪性黒色腫細胞に対するCD8陽性T細胞の細胞傷害活性を増強した.さらに,ニボルマブは各種抗原を接種したサルの細胞性および液性免疫応答を増強し,抗マウスPD-1抗体4H2は,マウス同系担がんモデルにおいて腫瘍組織中の免疫関連遺伝子の発現量を増加させ,抗腫瘍効果を示した.このようにニボルマブは,PD-1とPD-1リガンドとの結合を阻害し,抗原特異的なT細胞の増殖,活性化およびがん細胞に対する細胞傷害活性を増強することで抗腫瘍効果を示すことから,悪性腫瘍に対する新たな治療薬になると考えた.臨床試験において,悪性黒色腫患者を対象とした国内第Ⅱ相試験にて有効性,安全性および忍容性が確認されたことから,ニボルマブは悪性黒色腫の有用な治療薬となりえることが示された.本試験結果を踏まえ,2013年12月に製造販売承認申請を行い,2014年7月にニボルマブは世界初の抗PD-1抗体として製造販売承認を取得した.現在,様々ながん腫に対するニボルマブの臨床試験が実施されており,今後ニボルマブが,がん治療の選択肢を広げるものと期待される.
著者
門田 宰 吉岡 祐亮 藤田 雄 落谷 孝広
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.149, no.3, pp.119-122, 2017 (Released:2017-03-04)
参考文献数
31
被引用文献数
2 2

エクソソームは,ほぼ全ての細胞から分泌される脂質二重膜で囲まれた100 nm前後の小胞であり,タンパク質,核酸,脂質,代謝産物などにより構成される.エクソソームの産生機構については,エンドサイトーシス経路を介して形成され,多胞体が原形質膜と融合して細胞外に放出されると考えられている.近年,エクソソームは細胞間で移送され機能することから,細胞間情報伝達に関与することが判明した.現在,様々な疾患の病態形成へのエクソソームの関与が解明され始めており,エクソソームの各種特徴に着目した診断や治療,そして核酸医薬の新規ドラッグデリバリーシステムとしても研究されている.まだ未解明の点が多くさらなる研究の発展が必要であるものの,今後の臨床応用が期待される.
著者
土肥 敏博 北山 滋雄 熊谷 圭 橋本 亘 森田 克也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.5, pp.315-326, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
55
被引用文献数
6 6

神経終末から放出されたノルエピネフリン(NE),ドパミン(DA)およびセロトニン(5-HT)は,それぞれに固有の細胞膜トランスポーター(NET,DAT,SERT)によりシナプス間隙から速やかに除去されて神経伝達が終息される.さらにこれらのモノアミンはシナプス小胞トランスポーター(VMAT)によりシナプス小胞内に輸送·貯蔵され再利用される.NET,DAT,SERTはNa+,Cl−依存性神経伝達物質トランスポーター遺伝子ファミリーに,VMATはH+依存性トランスポーター遺伝子ファミリーに属する.また選択的RNAスプライシングにより生じるアイソフォームが存在するものもある.NET,DAT,SERTは細胞膜を12回貫通し,細胞内にN末端とC末端が存在する分子構造を有すると予想される.近年,トランスポーターの発現は種々の調節機構により誘導性に制御されていると考えられるようになった.例えば,kinase/phosphataseの活性化によりその輸送活性あるいは発現が修飾され,トランスポータータンパク質あるいは相互作用するタンパク質のリン酸化による調節が考えられている.また,トランスポーターの発現は神経伝達物質それ自身の輸送活性に応じて調節されることやアンフェタミンなどの輸送基質あるいはコカインなどの取り込み阻害薬による薬物性にも調節されることが示唆されている.NET,DAT,SERTは抗うつ薬を始め種々の薬物の標的分子であることから,うつ病を始めとする様々な中枢神経疾患との関わりが調べられてきた.近年,遺伝子の解析からもその関連性が示唆されてきている.これまで抗うつ薬は必ずしも理論に基づき開発されたものばかりではなかったが,これらトランスポーターのcDNAを用いた発現系により,これまで検証できなかった多くの問題が分子レベルで詳細に検討されるようになった.その結果,多くの精神作用薬のプロフィールが明らかになったばかりでなく,より優れた,理論的に裏打ちされた多様な化学構造の新規治療薬の開発が可能となった.
著者
永井 拓
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.5, pp.354-359, 2007 (Released:2007-05-14)
参考文献数
48
被引用文献数
2

薬物依存(精神依存)はある薬物の精神的効果(快感)を体験するためにその薬物の摂取を強迫的に欲求している精神的・身体的状態である.中脳腹側被蓋野から側坐核に投射する中脳辺縁系ドパミン作動性神経系は報酬回路を構成する重要な神経系の一つである.これまでの研究により,依存性薬物の乱用により報酬回路の異常興奮が長期間持続すると,報酬回路に病的な可塑的変化が生じ,渇望を伴う依存状態になると考えられている.我々は,薬理作用としては中枢抑制と興奮と全く逆の作用を示す麻薬および覚醒剤による薬物依存症に共通して関連する生体分子を同定するために,DNAマイクロアレイを用いて麻薬(モルヒネ)および覚醒剤(メタンフェタミン)依存動物の脳内に発現する遺伝子を解析し,両薬物の依存症を悪化させる分子の一つとして組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)を同定した.さらに,tPAはプラスミンを介してプロテアーゼ活性化受容体-1を活性化し,ドパミン遊離を促進することにより麻薬(モルヒネ)およびタバコ(ニコチン)依存症を悪化させることを見出した.一方,依存性薬物の使用により統合失調症に類似した精神病が誘発され,その精神症状は長期間持続することが知られている.我々は,低用量のメタンフェタミンをマウスに反復投与し,メタンフェタミン休薬後も長期間にわたり記憶障害を呈するメタンフェタミン誘発性記憶障害モデルマウスを作製した.さらに,記憶の長期固定には前頭前皮質におけるドパミンD1受容体の刺激と下流に存在するextracellular signal-regulated kinase 1/2(ERK1/2)の活性化を介したタンパク合成が重要であること,メタンフェタミンの連続投与によるドパミンD1受容体/ERK1/2の機能不全が記憶障害に関与していること見出した.本総説では,我々の知見から得られた依存性薬物による精神障害の分子機序を概説し,従来にない新しい治療薬の薬理学的コンセプトとなりうる可能性について述べる.
著者
古戎 道典 小山 則行 西田 舞香 村本 賢三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.156, no.2, pp.114-119, 2021 (Released:2021-03-01)
参考文献数
28
被引用文献数
1

近年,不眠症治療薬として,従来のベンゾジアゼピン系薬剤に加え,オレキシン受容体拮抗薬が上市しており,不眠症の薬物治療は大きく変革しつつある.オレキシンは視床下部外側野で産生される神経ペプチドであり,睡眠・覚醒状態を制御するキーメディエーターとしての生理的役割が示唆されている.オレキシン受容体拮抗薬は,オレキシンシグナルを介して睡眠覚醒サイクルに特異的に作用し,生理的な睡眠を誘導すると考えられている.レンボレキサントは2つのオレキシン受容体,オレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)の両方に作用するデュアルアンタゴニストであり,OX2Rに対してより強い阻害作用を有する.オレキシン受容体に素早く結合・解離することから,レンボレキサントの薬理作用には血中濃度の薬物動態が強く反映されると考えられる.ラットモデルでは,レンボレキサントがレム睡眠とノンレム睡眠を同様に促進し,睡眠構造を変化させずに睡眠誘導効果を示すことが確認された.不眠症患者を対象とした第Ⅲ相試験では,レンボレキサントが入眠障害および中途覚醒を有意に改善した.本薬による副作用としては傾眠の頻度が最も高く,用量依存的な発現が認められたものの,忍容性は概ね良好であった.また,翌朝の覚醒後(投与8~9時間後)の体のふらつきや運転技能に対する影響はプラセボ群と統計学的に差がなく,翌朝への持ち越しリスクが低いことが示唆された.レンボレキサントは,併存疾患を伴う不眠症患者でも有効性や安全性に大きな違いは認められず,こうした患者に対しても有用であることが示唆される.以上の結果を受け,レンボレキサントは2020年1月に不眠症の適応で承認を取得した.不眠症患者に対する新たな治療の選択肢として期待される.
著者
安屋敷 和秀 戸田 昇 岡村 富夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.1, pp.21-28, 2002 (Released:2002-12-10)
参考文献数
39
被引用文献数
1 1

多くの臓器機能がノルアドレナリン作動性神経とコリン作動性神経による拮抗的二重支配によって生理的調節を受けている.しかし,陰茎海綿体を含む血管系においては,収縮神経であるノルアドレナリン作動性神経に拮抗的支配を行っているのはコリン作動性神経ではなく,非アドレナリン性,非コリン性(NANC)神経と考えられてきた.陰茎海綿体を支配するNANC神経が一酸化窒素(NO)作動性神経であり,同神経の興奮により活性化した神経型NO合成酵素が,NOを合成する.同神経から遊離されたNOが海綿体平滑筋細胞内の可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化し,上昇したサイクリック(c)GMPにより海綿体平滑筋は拡張し,流入した血液の充満により勃起が生じる.海綿体内の血液量を調節する海綿体動静脈にもNO作動性神経が分布し,その機能の強さが海綿体>動脈>>静脈であることも勃起の発生に役立つかもしれない.したがって,海綿体洞への血液流入を妨げる動脈閉塞や海綿体や支配動脈を拡張するNO作動性神経機能の低下は,勃起障害(Erectile Dysfunction: ED)の原因となりうる.ただし,海綿体および血管内皮に存在する内皮型NO合成酵素によって合成されるNOも,勃起機能に一部関与する可能性がある.選択的ホスホジエステラーゼ5型(PDE-V)阻害薬であるバイアグラ(Sildenafil)は,主として神経由来のNOにより産生されたcGMPの分解を抑制し,EDを改善する効果があると考えられる.勃起機能の体系的な研究を通して,より選択的で安全なED治療薬の開発が望まれる.
著者
富永 真琴
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.4, pp.219-227, 2004 (Released:2004-10-01)
参考文献数
50
被引用文献数
11 8 10

日本に暮らす私たちは1年を通して四季折々様々な温度を感じて過ごしており,さらに,約43度以上と約15度以下は温度感覚に加えて痛みをもたらすと考えられている.私たちはそれらの温度を感じ,意識的・無意識的にそれに対応して熱の喪失や産生等を行っている.外界の温度受容の場合,末梢感覚神経が温度刺激を電気信号(活動電位)に変換してその情報が中枢へと伝達されると考えられているが,温度受容に関わる分子として,哺乳類では6つのTRPチャネル;TRPV1(VR1),TRPV2(VRL-1),TRPV3,TRPV4,TRPM8(CMR1),TRPA1(ANKTM1)が知られており,それぞれに活性化温度閾値が存在する(TRPV1>43度,TRPV2>52度,TRPV3>32-39度,TRPV4>27-35度,TRPM8<25-28度,TRPA1<17度).TRPV1,TRPV4とTRPM8は,その活性化温度閾値が一定でなく変化しうる.TRPV1の活性化温度閾値は代謝型受容体との機能連関によって30度近くまで低下し,体温が活性化刺激となって痛みを惹起しうる.これらの温度感受性TRPチャネルは感覚神経に多く発現しているが,皮膚表皮細胞等ほかの部位に発現しているものもある.この6つの温度感受性TRPチャネルのうち,TRPV1,TRPV2,TRPA1は温度刺激による痛み受容にも関与していると思われる.身近でありながらほとんど明らかでなかった温度受容のメカニズムが受容体分子の発見ととも明らかになりつつある.
著者
山口 昌樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.80-84, 2007 (Released:2007-02-14)
参考文献数
18
被引用文献数
31 26 14

厚生労働省の人口動態統計資料によると,1977年から1997年までは年間20,000-25,000人で推移していた自殺者数は,1998年に一気に年間3万人を越え,それ以降3万人前後で推移している.このことからも,自殺に至る一因であるストレスが原因の神経精神疾患は,既に深刻な社会問題となったことが窺われる.さらに,ストレスは,神経精神疾患以外にも生活習慣病など様々な疾患の引き金のひとつと考えられている.そこで,ストレスの状態を遺伝子レベルで診断し,疾患の予防や治療につなげようとする試みが始まっている(1).これは,慢性ストレスの検査と言い換えることができよう.一方で,疾患の前段階,すなわち人が日常生活で感じているストレスの大きさを客観的に把握する試みもなされている.その目的のひとつは,自らのストレス耐性やストレスの状態をある程度知ることによって,うつ病や慢性疲労症候群などの発症を水際で食い止めようという予防医療である.もうひとつは,五感センシングが挙げられる.独自の価値観で快適性を積極的に追求する人が増えてきており,それと呼応するように,快適さを新しい付加価値とした製品やサービスが,あらゆる産業分野で創出されている(2).消費者と生産者の何れもが,味覚や嗅覚を定量的に知ることよりも,それらの刺激で人にどのような感情が引き起こされるかということ(五感センシング)に興味がある.これを可能にするためのアプローチのひとつが,唾液に含まれるバイオマーカーを用いた定量的なストレス検査である.これらは,急性ストレスの検査が中心的なターゲットといえよう.ストレスとは,その用語が意味する範囲が広く,研究者によっても様々な捉われ方,使われ方がなされていることが,かえって混乱を招いているようだ.代表的な肉体的ストレスである運動とバイオマーカーの関係については,これまでに様々な報告がなされている(3).筆者が注目しているのは,主として精神的ストレスであり,人の快・不快の感情に伴って変動し,かつ急性(一過性)もしくは慢性的に生体に現れるストレス反応である.ここでは,唾液で分析できるバイオマーカーを中心に,このようなストレス検査の可能性について述べてみたい.
著者
鍵山 直子 水島 友子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.3, pp.141-149, 2013 (Released:2013-03-08)
参考文献数
16
被引用文献数
3

平成17年(2005年)の動物愛護管理法改正により動物実験の国際原則である3R(Replacement,Reduction,Refinement)が明文化され,翌年の施行にあわせて環境省は,同法に基づく実験動物の飼養保管基準を告示,文部科学省,厚生労働省,農林水産省は,3R原則を踏まえた動物実験基本指針を告示または通知した.このような動物実験に関する法的枠組は,平成24年(2012年)の法改正でも継続された.科学研究の進歩を支えることの重要性に鑑み,動物実験は研究機関による自主管理によってその適正化が図られている.しかし,実験動物をみだりに殺し,傷つけ,苦しめれば,動物愛護管理法によって処罰されるし,動物実験基本指針を遵守しなければ,氏名の公表や研究費の返還命令によって研究者生命を失うことにもなりかねない.研究機関等は法的枠組を踏まえ,日本学術会議(科学者)が発出した動物実験ガイドライン(動物実験の倫理指針)を参考にしつつ,それぞれ自主・自律的に動物実験を規制している(動物実験の自主管理).法的枠組と自主管理を組み合わせた枠組規制は,自由闊達で創意工夫に富んだ生命科学研究を決して妨げるものではない.自主管理の信頼性・網羅性・透明性は,研究者による動物実験計画の立案,機関の動物実験委員会による審査,機関長による承認と自己点検評価,外部検証および情報開示によって担保される.動物実験計画の審査は,動物の苦痛と動物実験がもたらす意義の相対評価(harm-benefit analysis)によってなされる.なかでも,研究者が動物の苦痛を正しく理解し,可能な限り軽減しているかどうかが重要と考え,筆者の所属する研究所の動物実験委員会は,実験処置コード表を作成し動物実験審査要領に添付した.本論文の後半で紹介したい.
著者
駒井 三千夫 神山(渡部) 麻里 神山 伸 大日向 耕作 堀内 貴美子 古川 勇次 白川 仁
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.4, pp.248-251, 2008 (Released:2008-04-14)
参考文献数
13

ビタミンは,基本的には食品から摂取されなければならないが,大量に摂取することによって,基本的な生理機能の働きのほかに疾病を予防するなどの新規な機能を発揮することが知られてきた.また,体力増強や疲労回復などにもビタミンが利用されるようになってきた.このように,ビタミンを所要量の数倍から数十倍摂取すると,体内におけるビタミンの薬理作用が期待されている(薬理量,保健量の摂取).当論文では,ビオチンによる新規生理作用のうち,とくに高血圧症改善効果に関してまとめた.ビオチンの摂取によって耐糖能とインスリン抵抗性の改善はすでに報告されているが,今回は脳卒中易発性高血圧自然発症ラット(SHRSP)を用いて,高血圧改善効果を証明できたので報告する.すなわち,毎日3.3 mg/L水溶液の飲水からのビオチンの摂取によって,飼育2週目以降で高血圧症が改善されることを見出した.このように,本態性高血圧症を呈するSHRSPにおいてビオチン長期摂取により血圧上昇抑制効果が確認され,またそれによる動脈硬化の軽減が実際に示された.さらに,ビオチンの単回投与による血圧降下作用の検討によって,この作用はNOを介さない経路での可溶型グアニル酸シクラーゼ活性化を介したcGMP量増加の機構(Gキナーゼ介在による細胞内Ca2+濃度の低下)による可能性が示唆された.
著者
白井 宏樹 小堀 正人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.1, pp.51-55, 2007 (Released:2007-01-12)
参考文献数
8

バイオインフォマティクスは,各種生物情報を情報科学的手法によって整理や解析をすることで,生物学上の重要な知見を抽出したり,またそれを促進させる研究分野である.様々な生物情報がフリーで入手可能な今日,バイオインフォマティクスは分子生物学研究や創薬において重要な役割を担っている.本稿では,創薬におけるバイオインフォマティクスの現状と問題点,および将来への展望を記述した.とくにバイオインフォマティクスによる仮説立案の役割について,研究2例を紹介し,その重要性と問題点を記述した.
著者
井上 敦子 仲田 義啓
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.137-140, 2006 (Released:2006-05-01)
参考文献数
28
被引用文献数
2 3

サブスタンスPを代表とする神経ペプチドは,刺激に応じて一次知覚神経から遊離され,脊髄後角において二次神経に痛み情報を伝達すると同時に,末梢組織で遊離された神経ペプチドは,免疫担当細胞,肥満細胞,血管平滑筋細胞に作用して神経因性炎症反応を引き起こす.我々は,一次知覚神経の活性化の解析モデルとして脊髄後根神経節初代培養細胞(培養DRG細胞)を用い,サブスタンスPの動態(生合成と遊離)について炎症性メディエータの影響とその作用メカニズムを検討している.炎症反応により組織局所や神経支配する一次知覚神経のサブスタンスP含量は増加する.培養DRG細胞を炎症性サイトカインであるインターロイキン1βで処置すると,数時間でサブスタンスPが遊離され,数日間の処置で細胞内サブスタンP前駆体PPT mRNAレベルの増加が観察された.また,発痛物質でもあるブラジキニンで培養DRG細胞を前処置すると,カプサイシンによるカルシウムの取り込みを増加したことから,一次知覚神経の興奮性を促進することがわかった.また,数時間のブラジキニン処置でカプサイシンによるサブスタンスP遊離が増強された.インターロイキン1βとブラジキニンの長時間処置によるサブスタンスP遊離に及ぼす影響はシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害薬で抑制され,インターロイキン1βとブラジキニンにより培養DRG細胞においてCOX-2の発現誘導が観察された.サイトカインなどの炎症性メディエータは,種々神経ペプチドの動態に影響を及ぼすことによって炎症反応,炎症性痛覚過敏を引き起こすと考えられる.その作用機序および細胞内伝達経路を解明することは病的痛覚過敏の制御に極めて重要であると思われる.
著者
樋口 宗史 椎谷 友博 村瀬 真一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.4, pp.166-171, 2011 (Released:2011-04-11)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

ニューロペプチドY(NPY)を含む視床下部神経ペプチド群は中枢性摂食制御に重要な役割を持ち,そのうちNPYが最も強い摂食誘導作用を持っている.NPYは末梢からの情報を入力する弓状核(ARC)に存在するNPY神経で主に合成され,その神経の多くは同様の摂食誘導作用を持つAgRPと共存し,視床下部室傍核(PVN)などに線維連絡している.ARCからの神経投射を受けるPVNではY1,Y2,Y4,Y5受容体を含み,摂食の統合中枢として知られている.しかし,これまでのNPYノックアウト,Y1,Y5受容体ノックアウトマウスの発現系では摂食行動,体重に変化がないか,逆に肥満が発症するので,何らかの代償機構が存在していた.この機構がノックアウトマウスによる発育障害の可能性を除くために,NPY,Y1-Y5受容体mRNAを成体脳内で長期にノックダウンするsiRNAベクターを用い,視床下部神経核(特にARCとPVN)でのNPY,Y受容体サブクラス(Y1,Y2,Y4,Y5)の生理的機能を確かめた.siRNAベクターは脳内1回投与で1週間以上,局所でのY受容体サブタイプmRNAとその発現タンパク質を著しく減少させた.NPY siRNAベクターはARCに注入した時のみ,摂食行動と体重を著しく減少させたが,RVNでは症状を示さなかった.一方,NPY Y1あるいはY5受容体ノックダウン用siRNAベクターは逆にPVNに注入した時のみ,有意な摂食行動と体重の減少を生じた.Y1およびY5受容体siRNAベクターは併用すると相加効果が得られた.Y2,Y4受容体siRNAベクターは神経下部諸核では症状を示さなかった.このように,成熟マウス脳内ではPVNのY1とY5受容体がNPYの摂食誘導作用に主たる働きを示しており,Y受容体サブクラスの摂食行動への作用の部位選択性と成体脳での代償機構の存在が示された.
著者
加藤 秀夫 国信 清香 齋藤 亜衣子 出口 佳奈絵 西田 由香 加藤 悠
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.3, pp.120-124, 2011 (Released:2011-03-10)
参考文献数
19
被引用文献数
3 2

からだのリズムは,体温や血圧,睡眠,運動などの生命活動を始め,心と身体の健康を管理している司令塔であり,生活リズムに適応するための自律的な予知機能も備えている.明暗サイクルのあるなしに関係なく,一定の摂食時間に餌を与えると血中副腎皮質ホルモンはいずれも摂食直前にピークを示す日内リズムが形成される.次の日から絶食にしても血中副腎皮質ホルモンの日内リズムは持続し,典型的な内因性のリズムを示す.このことから,血中副腎皮質ホルモンのリズム発現には,明暗サイクルより摂食サイクルが重要であると考えられる.血中副腎皮質ホルモンのリズム形成には口から摂取する食餌そのものと,食餌を感知する消化管が関与している.血中副腎皮質ホルモンのリズム形成・維持には摂食リズムと食餌の刺激を感知する空腸が重要な役割を果たしている.ヒトでの研究においても同様の知見が得られ,血中副腎皮質ホルモンのリズム形成には,摂食リズムが重要であることを明確に示した.一方,ヒラメ筋グリコーゲンは摂食によって増加し,その後減少する日内リズムが認められる.しかし,1日摂食量の1/3を遅い時刻に摂食させた場合,摂食によるヒラメ筋グリコーゲンの増加はなかった.また,脳などにグルコースを供給する肝臓グリコーゲンは,摂食によって増加し,その後,糖新生の利用による低下が認められる.しかし,1日摂食量の1/3を遅い時刻に摂取させると肝臓グリコーゲンの総貯蔵量は減少した.つまり,遅い時刻に摂取する夜食では,摂取した栄養素が筋肉や肝臓グリコーゲンの合成に利用されず,むしろ脂肪蓄積につながると考えられる.次に,食塩の摂取と血圧との関係を時間栄養学の観点から検討した.朝や昼に比べて夕食後に食塩の尿排泄が多く,血中アルドステロンの日周リズムと連動していた.血中成長ホルモンの分泌は,朝の運動で減少し,夕方の運動で増大した.トレーニング効果を高めるためには生体リズムを考慮することも重要である.以上のことから,時間栄養学は体内時計が実証する新しい健康科学である.
著者
吾郷 由希夫 田熊 一敞 松田 敏夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.304-308, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
38
被引用文献数
2 1

ストレス応答の中核を担う視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA系)は,外部環境刺激に適応していくために必要不可欠なものであり,その機能破綻は精神疾患の発症に深く関与していると考えられる.うつ病患者の多くで,デキサメタゾン/コルチコトロピン放出ホルモン負荷(DEX/CRH試験)における血中コルチゾール値の上昇といったHPA系のネガティブフィードバック機能障害が認められ,この障害が抗うつ薬や電気けいれん療法による抑うつ症状の寛解と同調して改善されることから,うつ病の生物学的マーカーの一つと考えられており,HPA系の機能維持はうつ病治療の標的である可能性が示されている.このような背景のもと,HPA系のネガティブフィードバック制御を担うグルココルチコイド受容体(GR)はその標的分子として注目されており,これまでに精神病性うつ病に対するGR拮抗薬の有効性が見出されている.また我々は,環境ストレス負荷モデルとしての長期隔離飼育マウス,およびグルココルチコイド長期負荷マウスを用いることで,GR拮抗薬の抗うつ様作用を示し,脳内モノアミン神経伝達物質遊離の解析から,本作用における前頭前野ドパミン神経活性との関連を見出した.一方,うつ病患者において海馬ミネラルコルチコイド受容体(MR)の発現量の低下や,抗うつ薬の長期投与によるMRの発現増加が示されており,さらに近年,遺伝学的解析からMR遺伝子多型とうつ病との関連が見出されるなど,うつ病態や抗うつ薬の作用発現におけるMRの重要性が指摘されている.そこで本稿では,HPA系の機能異常とうつ病の関連について,GRおよびMRの役割に焦点を当てながら概説し,またうつ病治療薬として開発進行中のGR拮抗薬の最新情報について紹介する.