- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- 地理学評論 (ISSN:00167444)
- 巻号頁・発行日
- vol.27, no.11, pp.490-496_1, 1954
1) プロローグで筆者の言わんとする所は,学問の世界での偶像(イドラ)の破壊であり,既成概念を疑つてかかれというごとである.この立場から,主題の2つの学問の正しい結びつきが,何故かくも妨げられているのかという形で,問題が整理されるごとになる.人文地理に縁が深いはずでありながら,案外,地理学徒から顧みられずにいる.「生態学」に注意を喚起しつゝ「植物生態学の成長に役立つたのは,ブローラを群落によつて捉え,それを遷移の諸相に即して考察するという研究態度」であつたことを指摘し,これを社会科学の用語にいいかえてみれば,「人交地理は,地域的社会集団をその発展の諸相,発達の諸段階に即して考察するということに外ならない」とし,転じて「人類の地域社会と自然との関係を検討しようとする場合にかぎつて,非歴史的・非社会的な立場に義理立しなければならぬといういわれはない」と切言する.<br> 2)「近代地理学のたどつてきた道」については,「地理と歴史との歩み寄りの前提」・「宿命論」・「地理的決定論」・「ドイツ浪漫主義」・「ダーウィニズム」・「歴史の行末不明」などに分けて,それぞれ克明な史的実証に基いて論究しているだけに,人文地理学の現実を明かにするには屈竟の所論であり,従って従来学史的研究の乏しい日本地理学界に対しては,空谷の跫音ともいうべきもので,これを筆者の名著『人交地理学説史』と併せ読むことによつて,一層啓発に資する所が多い.<br> 3)「フランス学派の人文地理学」は,筆者が巳に多くの飜訳書『人文地理学原理』・『大地と人類の進化』などによつて紹介されておるせいか, (2)や(4)に比べると,頁数は10頁にまとめてあるに過ぎないが,在欧留学前後から今日に至るまでの長い研究生活の成果が滲み出ている.ブラーシュの高弟たちの分厚な『地域的特殊研究』の諸篇に関連して,「この世代の人たちは,ピカルディーとかノルマンディー,ブルターニュといつだような,習慣的に1つの地域として扱われているどころを各自の研究のフィールドとして,いちおうその地域の生活を規定し,地域の特色を作りあげていると思われる,あらゆる要因を洗つてみるという仕事からはじめた1つの地誌を仕上げるのに, 1人前の学者がかゝり切りで,それぞれ7, 8年を要しているのは,そのためである.この学派の人々の勉域を分担するチーム・ワークの見事さは,後に体系的な『世界地理』15巻・23冊の完成にもあますところなく発揮された」と述べている.<br> 4)「世界史と地理」には,「郷土の知識」・「郷土への全面的な依存関係からの解放」・「地域間の大商業」・「郷土地理から世界地理へ—そして世界地理も,世界史も,まず近代西洋の立場から書かれたということ」・「世界史における中世ヨーロッパの取扱いと地中海地域」を論じ,最後に「東洋における西洋,西洋における東洋」を加えての30頁に亙る長篇である.<br> 5) エピローグは,空前絶後の海上制覇—航空網の支配」と副題してある. 19世紀から20世紀も,第1次大戦め世界秩序は英国が中心で,それは産業革命の先駆者としての同国の工業力に淵源している.「世界の海上交通の要所要所は,殆んど独占的に自己の掌中におさえ,こうして用意された交通地理上の優越性を存分に自国の政治経済上の要求のために活かすという有利な条件は,およそ世界交通の大動脈といえば,海上交通を連想してまちがいのなかつた最後まで英帝国のものであつた」しかしながら第2次大戦を境として,急速に実現された長距離航空の時代は,いぜん,海上交通の要所・要所を英国の手にのこしたまゝ,このかたちで交通地理的優越性を全く過去のものとしてはいないまでも,すでに2次的なものとして歴史の中に置去りにしつゝあることをいなめないともいい,次いで,アメリカの世界的規模をもつ航空網の支配に注意を喚起しつゝ,世界史の舞台が新しい観点から吟味し直されねばならぬ所以を論じている.