- 著者
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岩淵 令治
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.197, pp.49-104, 2016-02-29
国民国家としての「日本」成立以降,今日に到るまで,さまざまな立場で共有する物語を形成する際に「参照」され,「発見」される「伝統」の多くは,「基層文化」としての原始・古代と,都市江戸を主な舞台とした「江戸」である。明治20年代から関東大震災前までの時期は,「江戸」が「発見」された嚆矢であり,時間差を生じながら,政治的位相と商品化の位相で進行した。前者は,欧化政策への反撥,国粋保存主義として明治20年代に表出してくるもので,「日本」固有の伝統の創造という日本型国民国家論の中で,「江戸」の国民国家への接合として,注目されてきた。しかし後者の商品化の位相についてはいまだ検討が不十分である。そこで本稿では,明治末より大正期において三越がすすめた「江戸」の商品化,具体的には,日露戦後の元禄模様,および大正期の生活・文化の位相での「江戸趣味」の流行をとりあげ,「江戸」の商品化のしくみと影響を検討した。明らかになったのは以下の点である。①元禄模様,元禄ブームは三越が起こしたもので,これに関係したのが,茶話会と実物の展示という文人的世界を引き継いだ元禄会である。同会では対象を元禄期に限定して,さまざまな事象や,時代の評価をめぐる議論,そして模様の転用の是非が問われた。ただし,元禄会は旧幕臣戸川残花の私的なネットワークで成立したもので,三越が創出したわけではなかった。残花の白木屋顧問就任や,三越直営の流行会が機能したこともあって,残花との関係は疎遠になる。元禄会自体は,最後は文芸協会との聯合研究会で終焉する。また,元禄ブーム自体も凋落した。②大正期の「江戸」の商品化に際しては,三越の諮問会である流行会からの発案で分科会たる江戸趣味研究会が誕生する。彼らは対象を天明期に絞り,資料編纂の上で研究をすすめ,「天明振」の提案を目指した。しかし,研究成果は生かされず,元禄を併存した形で時期・階層の無限定な江戸趣味の展覧会が行われる。そして,イメージとしての「江戸趣味」が江戸を生きたことの無い人々の中に定位することを助長した。「江戸」は商品化の中で,関東大震災を迎える前に,現実逃避の永井荷風の「江戸」ともまた異なった,漠然としたイメージになったのである。その後,「江戸趣味研究会」の研究の方向性は,国文学や,三田村鳶魚の江戸研究へと引き継がれていくことになった。