著者
南部 春生
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.45, no.7, 2005-07-01

子どもたちはさまざまな「しぐさ」で自分の心のうち, ときにはSOSを親や大人たちに発信しています. とりわけ乳幼児期は情緒の発達がめまぐるしく分化し, 端的にいえば快適な刺激で微笑み, 喜び, 甘え, 不快な刺激には不満, 怒り, 恐れの表現を示し, その程度はさまざまです. もし, 自分の今の思いを「しぐさ」や「ことば」で表現できないときは, むしろその心のうちとは逆の「しぐさ」「ことば」で表現することにもなり, その場合には成長とともに自己表現をなしえないままに積み重なって, 気になる行動, 長じては不登校, 行為障害などの表現が"これも「しぐさ」"で, 親, 大人に訴えてくるはずです. 本書は2部で構成されており, 第一部は子どもの心は「しぐさ」にあらわれるとし, その「しぐさ」の1つが"子どもが意図的に出すしぐさ"つまり相手に何かを伝えたい, 察してほしいときに出すしぐさです. もう1つは"無意識に出すしぐさ'であり, 例えば「チック」などはその代表的なもので, 子ども自身は出そうとして出しているのではないのですが, それはSOSの表現であることがたびたびあるのです. しかも親, 大人にはよくわからない「しぐさ」のあること, それを理解するには一日の生活の中で子どもとゆっくり向き合う「ゆとり」があまりにも少なく, むしろその忙しさにより叱りつけたり, 聞き出しすぎたり, 放っておいたりで, まったく「しぐさ」をつかみ, 理解するに至らないことが多いことを指摘しています. その意味でも親, 大人たち, 特に子どもにとっては話をしやすい, 甘えやすい母親が節目節目で, 例えば一日の生活では朝食時, 元気に遊んでいるとき, 夜食, 寝るときにもう少しゆっくり優しく向き合うこと, またいつもと違うなということを, いろいろの生活部分ですぐに感じとる必要のあることが強調されています. 第2部では「しぐさ」の代表的なものを40アイテム用意し, このすべてをわかりやすいイラストで表現し, その中で子どもが"どんな気持ちなのか"を洞察し, "どうすればよいか"について解説しています. その「しぐさ」としては"やたらと「甘える」", "自分からやろうとしない", "反抗的な態度をとる"……"集中力がない", "不登校となる"などが取り上げられています. 特に愛情の表現ともいわれる「甘える」は物欲しげな態度, 例えば, おっぱいがほしい, ごはんを食べさせてほしい, そばにいてほしい, 遊んでほしい, 一緒に寝てほしい, と多彩で, またこれらは, 下の子の妊娠, 出産の際にも赤ちゃん返りの表現としてよく出してくるもので, それをそのまま優しく許すことでむしろ子どもは安堵し, 健やかな心とからだの成長発達が期待できるのです. 本書は「しぐさ」をテーマにその内容の深さを知るのには格好の参考書であり, 親, とりわけ母親, また多くの大人たち, 児童精神科医, 子どもの心身医学医, そして一般の小児科医にとっても子どもと対応する場合の術を学ぶことができ, また, 少しでも多くの時間を費して, 子どもの「しぐさ」を理解することの重要性を示唆している好著といえます.
著者
加來 昌子
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.42, no.9, pp.609-613, 2002-09-01

転換性障害と診断された「利き手の不随意運動」に対する心理面接の中で,性的虐待が明らかになった2例を経験した.事例1は13歳,女児.心理面接開始約半年後,本児が母親に,10歳からの2年間,同居していた内縁の夫から,内縁の夫自身のマスターベーションを本児の手で行うことを強要される等の性的虐待を受けていたことを告白した.事例2は15歳女児.症状の形が事例1と似ていたことから性的虐待を疑い,本児に直接虐待の有無を尋ねたところ,事例1と同じような性的虐待を受けていることを告白した.これら2例において,利き手の不随意運動は「マスターベーションを強要されたこと」を直接的に表現したものと考えられた.
著者
芳賀 彰子
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.293-302, 2010-04-01

発達障害は,遺伝要因と環境要因が相互にかかわりあい発現する多因子疾患ととらえられている.近年は発達障害の発現に負の養育環境とのかかわりが注目されている.負の養育環境要因には,母親の妊娠中の飲酒/喫煙,妊娠/出産後のうつ,不適切なしつけと虐待行動,家族機能不全などがある.シンポジウムでは,知的に正常な発達障害がある母親を対象に心身医療が発達障害治療に果たす役割について母子臨床の視点から考察した.発達障害児を養育中で知的に正常な発達障害がある母親の養育環境は,妊娠中より続くうつ状態,心身症と不安/気分障害の併存,物質使用障害,夫婦間葛藤,虐待行動が,発達障害のない母親に比べ有意にみられた.発達障害がある母親の心身医療へのニーズは高い.発達障害児/者のよりよい未来に向け,負の養育環境の世代間伝達を防ぐために,心身医療が発達障害治療に果たす役割は大きい.
著者
中野 弘一 坪井 康次 村林 信行 山崎 公子
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.219-224, 1994-03-01

ライフサイクルの観点から中年期の生活を考えてみると, 社会的には職場における適応が大きな問題となっている。本論文では職場での適応について, 1つは不適応の代表として出社困難症例を検討し, もう1つは適応過剰のため心身症を発症し適応が破綻していった症例を考案した。不適応事例については, 東邦大学心療内科を受診し, 継続勤務が不良であった105例につき調査した。受診経路については, 女子では他人に勧められて来院するよりも自ら進んで来院するものの方が多く認められた(p < 0.05)。また初診までの期間別にみた復職状況では, 男子は1年以上たって受診したものは復職できているものが少なかった(p < 0.01)。さらに初診時における勤務状況別の復職者の割合については, 男子は現在の勤務状況に関連していたが, 女子では勤務状況との関連を認めなかった(p〈0.05)。また職場不適応の年代のピークは男女とも20歳代に認められ, もう1つのピークは40歳代で男性にのみ認められた。この現象は, 女性には中年の危機が存在しないのではなく, 社会進出した女性群が40代のピークを未だ迎えていないためと考えられた。さらにVDT障害による不適応の場合は他の職種に比べて不適応が早期に出現するが, これはコンピューターを使っての作業は専門性が高く, 他の人の協力や交替が得にくいためと考えられた。過剰適応については, (1)ライフスタイルの乱れから消化性潰瘍とうつ状態を呈し, 症状軽快後は外来での生活指導を拒否してしまった症例と, (2)過敏性腸症候群とともに肥満, 高血圧, 高脂血症, 高尿酸血症などのいわゆる成人病を呈し, 入院中は節制した生活をし症候全体が軽快していったが, 退院後1ヵ月で治療前の状態に戻ってしまった症例を示した。2症例を通じて, 中年期心身症の生活指導や行動変容は寛解と増悪を繰り返し, 難航するものが少なくないことを示した
著者
岡田 宏基
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.119-125, 2022 (Released:2022-03-01)

卒前卒後の医学教育での種々の修得目標から心身医学教育に関係したものを抜粋し,それらと実際の教育の現状について紹介した.また,内科学教科書での心身医学に関係した記載を比較した.卒前教育では,医学教育モデル・コア・カリキュラム,共用試験学修・評価項目,医学教育分野別評価,および医師国家試験出題基準から心身医学教育に関連した事項を抜粋した.これらの中では,医師国家試験出題基準で最も多くの項目が含まれていた.心身医学教育の実際では,心身医学講座がない大学では,一コマか二コマ程度の教育に留まっていた.内科学教科書では,総論部分に心身医学に関する記載が増えてきているが,疾患各論には心身医学に関する記載はみられなかった.卒後教育では,初期臨床研修の到達目標と,後期研修での総合診療研修における到達目標から心身医学関連の項目を抜粋した.最後に,香川大学医学部における心身医学関連の授業について紹介した.
著者
竹内 武昭
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.44-49, 2020 (Released:2020-01-01)
参考文献数
39

うつ病は2030年に疾病負荷 (Global Burden of Diseases) 1位になると予想される疾患であり, 身体疾患との関連が注目されています. 鑑別疾患として甲状腺機能低下, 副腎機能低下, 認知症, パーキンソニズム, 睡眠時無呼吸症候群, 鉄欠乏, 亜鉛欠乏, 双極性障害, アルコール依存症などが重要です. うつ病は慢性疾患との併存が多くbio-psycho-socialな対応が必要です. 併存疾患として脳卒中, 糖尿病, 冠動脈疾患が多いと報告されています. 脳卒中との併存では希死念慮に特に注意が必要で, 三環系抗うつ薬やSSRI (selective serotonin reuptake inhibitors), SNRI (serotonin and norepinephrine reuptake inhibitors) に運動療法の追加が効果的とされています. 糖尿病との併存では薬物療法に認知行動療法を追加すると効果的とされています. 心不全とうつ病の併存ではSSRIの使用には明確な医学的根拠が不足しており, 認知行動療法の有用性が示唆されています.
著者
蓮尾 英明 神原 憲治 阿部 哲也 三枝 美香 石原 辰彦 福永 幹彦 中井 吉英
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.134-140, 2012-02-01 (Released:2017-08-01)
参考文献数
17

認知機能が低下している患者とのかかわりに対して,家族が無力感を感じていることは多い.その中で,家族が患者の手を握りながら寄り添っている光景をよくみかける.そこで,手を握る行為が患者の自律神経機能に与える影響を客観的に評価することは,家族の自己効力感の向上につながると考えられた.今回,家族が手を握る行為による患者の胃運動機能の変化,その結果の説明による家族の自己効力感の変化を評価した.対象は,胃瘻による栄養を受けている認知機能の低下した癌終末期を含む患者とその付き添い家族の計13組とした.胃運動機能は,体外式超音波で評価した.家族の自己効力感は,一般性自己効力感尺度などで評価した.結果は,家族が手を握る行為下では非行為下と比較し,前庭部運動能,胃排出能ともに有意に亢進した.その結果の説明にて,家族の自己効力感は高まった.
著者
灰田 美知子
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.132-138, 2022 (Released:2022-03-01)
参考文献数
16

気管支喘息(以下,喘息)は心理社会的要因の影響が多い疾患であるが,そのさまざまな不定愁訴は心理社会的要因のみならず背景に存在する副腎機能低下症(adrenal insufficiency:AI)の関与も否定できない.本来の喘息の重症度に加え,過去の副腎皮質ホルモン使用による続発性のAIがあれば,それは不定愁訴の関与因子として疑う必要がある.AIは個人差も大きく実臨床での確定診断は困難である.今回,128例の喘息患者の副腎機能検査として①コルチゾールの日内変動,②24時間尿中コルチゾール,③ACTH負荷試験を実施し,その解析を行った.喘息患者の約15.6%にきわめて重症な副腎機能低下を認めたほか,CMI,YG性格検査,TEGなどを実施したところ,AIの重症度に応じて身体的自覚症状,疾病頻度などが高く,AIが,このような不定愁訴の背景にある可能性も考慮する必要があると考えられた.
著者
三木 治
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.42, no.9, pp.585-591, 2002-09-01 (Released:2017-08-01)
参考文献数
5
被引用文献数
12

心療内科のプライマリ・ケアにおける初診患者330例におけるうつ病の実態調査を行った.問診票および面接にてうつ症状を主訴とするか,self-rating depression scale(SDS)45以上を示す者をうつ症状群とした.うつ症状群の中でDSM-IVによるうつ病の診断を行い,さらに初診診療科,初診医による診断および予後について検討を行った.全症例中,うつ症状群は161例(48.7%)にみられ,内うつ病性障害は101例(62.7%)に認められた,うつ病性障害の内訳では大うつ病21.7%,特定不能のうつ病性障害73.2%,気分変調症4.9%であった.うつ症状群の初診診療科では内科が64.7%ともっとも多く,次いで婦人科9.5%,脳外科8.4%,精神科5.6%などであった.初診医診断の主なものは,消化器疾患23.4%,自律神経失調症15.7%,ストレス反応12.5%などであった.6カ月後の予後では大うつ病52.8%,特定不能のうつ病性障害62.9%,気分変調症33.3%の寛解率であった.
著者
端詰 勝敬 岩崎 愛 小田原 幸 天野 雄一 坪井 康次
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.303-308, 2012-04-01 (Released:2017-08-01)
参考文献数
22

広汎性発達障害は,他の精神疾患を随伴しやすいことが報告されている.しかし,摂食障害の随伴については不明な点が多い.今回,われわれは摂食障害と自閉性スペクトラムとの関連性について検討を行った.84名の摂食障害患者に対し,自己記入式質問紙による調査を実施し,健常群と比較した.摂食障害は,健常群よりも自閉性スペクトル指数(AQ)の合計点が有意に高かった.病型別では,神経性食欲不振症制限型が「細部へのこだわり」とAQ合計点が健常群よりも有意に高かった.摂食障害では,自閉性スペクトラムについて詳細に評価する必要がある.
著者
片上 素久
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.47, no.5, pp.331-338, 2007-05-01 (Released:2017-08-01)
参考文献数
17

近年のパニック障害に対する研究においてさまざまな評価尺度の開発が行われたが,現在最も広く使用されている評価尺度として, ShearらによるPanic Disorder Severity Scale (以下,PDSS)がある.古川らにより作成されたその日本語版であるPDSS-Japanese (PDSS-J)は,高塩らによりパニック障害の重症度および反応性の評価尺度として有用であることが報告されている.その一方で,より簡便に施行が可能な自己記入式Panic Disorder Severity Scale であるPDSS-Self-report (以下,PDSS-SR)の開発がHouckらによって行われ,その信頼性について検討がなされている.本研究では, PDSS-SRをもとにその日本語版であるPDSS-SR-Japanese (以下, PDSS-SR-J)を作成し,DSM-IVにおいてパニック障害と診断された外来患者93例に対して施行した.その結果,PDSS-SR-Jは一因子構造からなることが示され,パニック障害患者においてPDSS-SR-Jが重症度を評価するうえで高い信頼性と妥当性を持つ評価尺度であることが示唆された.
著者
大武 陽一
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.155-161, 2020 (Released:2020-03-01)
参考文献数
13

サイコネフロロジーとは腎臓病学と心身医学・精神医学・心理学・看護学などとの共通する部分を扱う学問である. サイコネフロロジーで扱う領域は①慢性腎臓病患者の精神的ケア, ②腎代替療法に関わるスタッフのメンタルヘルス, ③慢性腎臓病患者の腎代替療法に関わる意思決定支援, ④非がん患者の緩和ケア, ⑤精神疾患や精神症状をもつ慢性腎臓病患者の診療などがある. 慢性腎臓病は, その経過に心理社会的な因子が強く関連する心身症としての側面をもち, 心身医学的アプローチが有用である. 慢性腎臓病患者が腎代替療法に至る背景には 「対象喪失」 の心理がある. さらには抑うつや不安, 治療のノンアドヒアランスなどに至ることもあり, 慢性腎臓病の診療全体を通じて継続した関わりができる心療内科医の存在が, 今後ますます期待される.
著者
細井 昌子 久保 千春
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.49, no.8, pp.885-892, 2009
参考文献数
6

慢性疼痛は無効な医療の繰り返しになることが多く,不快情動が増大するため患者や家族のQOL(quality of life)を障害し,医療コミュニケーションの問題を起こし,社会医療経済学的にも大きな問題となっている.国際疼痛学会は,国際的な痛みの臨床研究評価のコンセンサスとして,2003年および2005年にIMMPACT recommendationを提起した.この評価軸を参考に,九州大学病院心療内科でも,多数の医療機関の診療を受けた後に来院される難治の慢性疼痛患者の心身医学的な治療対象を明確化するために,痛みの自覚的強度,生活障害,不安・抑うつ・破局化,失感情傾向,器質的および機能的病態,パーソナリティ傾向やパーソナリティ障害・発達障害,精神医学的障害,疼痛行動の分析,痛みに対する認知と対処法,家族や社会との交流不全(役割機能障害),医療不信といった観点で病態を評価する多面的な評価法を行っている.心身医学的治療法に結びつく慢性疼痛の評価法は発展途上であり,今後の発展が急務である.
著者
藤本 晃嗣 細井 昌子
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.50-56, 2022 (Released:2022-01-01)
参考文献数
26

器質的疾患を指摘できない慢性疼痛において,近年その生物学的基盤が明らかになりつつある.特に注目を浴びているのが,神経炎症である.視神経脊髄炎スペクトラム障害などの脱髄疾患を中心として神経炎症との関連が明らかになるにつれ,病態に基づいた治療が実臨床に導入されつつある.慢性疼痛においても炎症メディエーターやミクログリアの関与が知られているが,近年グリア細胞の活性をin vivoで評価できる18kDa-translocator protein(TSPO)をリガンドとして用いたPET検査が行われるようになり,病態の解明が進んでいる.また,統合失調症や自閉症スペクトラム障害での関与が疑われているシナプス刈り込みも慢性疼痛の病態形成に関与している可能性がある.遺伝子ビッグデータを用いた研究においても,抑うつ,PTSDや自己免疫性疾患との関連が確認された.近い将来,慢性疼痛の生物学的基盤の理解がさらに進み,臨床的場面で有用なバイオマーカーの開発につながることを期待する.
著者
井上 猛 小山 司
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.291-297, 2009-04-01 (Released:2017-08-01)
参考文献数
17

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)はほとんどすべての不安障害亜型に対して有効であるが,その作用機序は十分に解明されていない.われわれは恐怖条件づけストレス(conditioned fear stress;CFS:以前に逃避不可能な電撃ショックを四肢に受けたことのある環境への再曝露)を不安・恐怖の動物モデルとして用い,不安・恐怖とセロトニンの関連について検討してきた.すくみ行動を不安の指標として用いると,ベンゾジアゼピン系抗不安薬と同様に,SSRIはラットのCFSで抗不安作用を示す.SSRIの両側扁桃体基底外側核への局所投与はCFSで抗不安作用を示した.さらに,CFSによって扁桃体基底外側核のc-Fos蛋白発現は亢進し,SSRI全身投与はCFSで抗不安作用を示すと同時に,CFSによるc-Fos蛋白発現を抑制した.以上のことから,SSRIの不安障害への効果は扁桃体に対する抑制効果を介していることが示唆された.