著者
高田 一宏
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.75, no.2, pp.180-191, 2008-06-30

教育をめぐる社会的不平等の克服をめざして、同和教育は学力保障の実践を積み重ねてきた。しかし、近年の調査によると、同和地区の子どもの学力低下は著しく、地区内外の学力格差は拡大する傾向にある。この論文では、先行研究を参照しつつ、同和地区の子どもの低学力要因と諸要因の関連構造を示した。さらに、学力保障の展望を探るべく、学校と家庭・地域の連携から生み出される社会関係資本の意義について述べた。同和地区の子どもの低学力は、不平等な機会構造、同和地区の下位文化と学校文化の不連続性、学校による下位文化の「再創造」、同和地区人口の流出入と若年層における就労の不安定化、消費社会化といった要因が複合的に作用した結果だと考えられる。地区の子どもの低学力問題の克服は容易ではないが、「効果のある学校」においては、学校・家庭・地域の信頼・協力関係が、学校内外の文化変容と取り組みの相乗効果をもたらしている。
著者
松下 佳代
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.150-163, 2014-06-30

本稿の目的は、OECD-PISAのリテラシー概念がどのような性格をもち、参加国の教育政策にどのような影響を与えているのかを検討することを通じて、PISAリテラシーを「飼いならす」(Hacking, 1990)こと、すなわち、その影響をコントロール可能なものにすることにある。本稿ではまず、PISAが、マグネット経済や機械との競争というロジックに支えられながら、教育指標としての規範性を強め、国家間の比較と政策借用を通じて教育改革を促す道具になっていることを明らかにした。さらに、1950年代以降のリテラシーの概念史の中に位置づけることによって、PISAリテラシーが<内容的知識やポリティクスの視点を捨象し、グローバルに共通すると仮想された機能的リテラシー>という性格をもつことを浮きぼりにした。ナショナルなレベルでの教育内容の編成にあたっては、捨象されたこれらの部分を取り戻し、能力と知識の関係を再構成する必要がある。
著者
野元 弘幸
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.66, no.4, pp.436-442, 1999-12-30 (Released:2007-12-27)

本論は、外国人住民が急増する日本社会における教養問題の構造を明らかにし、多文化社会における教養の再構築をめざす教育のあり方を模索するものである。その際、日本語文字(漢字、ひらがな、カタカナ)によるコミュニケーション問題に注目する。なぜなら、1980年代から急増している外国人住民(いわゆるニューカマー)の多くが、非識字の状態にあり、住民としての基本的な諸権利を行使するに不可欠な基礎教養である日本語読み書き能力を欠いているからである。そこに多文化社会における教養問題が最も鋭い形で表れていると思われる。筆者は1998年7月・8月に、愛知県豊田市の団地で日系ブラジル人80名を対象にした日本語読み書き能力に関する調査を実施した。そこで以下のことが明らかとなった。(1)漢字によるコミュニケーションは、ほとんどの人が不可能で、「禁止」「注意」「危険」「禁煙」など、自らの生命に直接関わる重要な表示・標識をまったく理解できない状態で生活している。(2)漢字の読み書きがほとんどできないのに対して、ひらがな・カタカナを読み書きできる人はある程度いる。(3)厳しい学習環境にもかかわらず、文字の読み書きへの学習意欲は低くない。こうした調査結果を踏まえて、外国人住民が急増する中で地域社会を支える基礎教養の一つである文字によるコミュニケーション力確保のために以下の3つの提案を行った。(1)役所・病院など公共の施設・スペースと職場の掲示・表示に使われる漢字のすべてにルビを振る。(2)その上で、外国人住民の基礎教養としてひらがな・カタカナの習得を促す。(3)来日初期の外国人のための基本的サービスにかかわるものは多言語表示を行う。これらの提案を実現するための課題の一つは、外国人住民のひらがな・カタカナ習得をすすめるための識字教育をどう行うかである。日本語教室等の数は急速に増えているが、外国人住民の数と比べると依然として不十分で、外国人住民の一部しか日本語教室等で学ぶ機会を得ていない。こうした厳しい状況のもとでは、外国人住民の基礎教養としてのひらがな・カタカナ習得を促すことは極めて困難である。そこで、ひらがな・カタカナの学習支援を基礎教育の一つとして制度化し、国や地方自治体の積極的関与を義務づけることが必要となる。その際に、「社会基礎教育」という新しい概念を導入することが有効かつ必要であろう。もう一つは、主に日本人住民が、地域社会を支える教養の維持という視点から、外国人住民の急増に伴うコミュニケーション手段確保のための具体的な取り組の必要を自覚し、実際生活に活かしていくための教育をどう組織していくかである。具体的な実践的課題を提示する学習プログラムを開発し、外国人住民との共生のための新しい文化的教養を創造する、質の高い学習が組織されなくてはならない。
著者
林 明子
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.79, no.1, pp.13-24, 2012-03-30

本稿の目的は、経済的に不利な状況におかれている家庭の子どもたちが日常生活と進路選択をどのように経験しているのかを解明し、なぜ彼/彼女らが相対的に低位の進路にたどり着くのかに迫ることにある。ライフストーリーに着目し分析をおこなったところ、子どもたちは家庭の困難により学校では周辺的な位置におかれる一方で、家庭がよりどころとなり「家庭への準拠」を強めていた。その帰結として、子どもたちは低位の進路を選択することになったのである。
著者
川口 俊明
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.78, no.4, pp.386-397, 2011-12-29

本稿の目的は、教育学における混合研究法の可能性について検討することである。混合研究法(Mixed Methods Research: MMR)とは、量的調査と質的調査を組みあわせる研究法のことである。日本でも混合研究法に注目する研究者は増えているが、どのように量的調査と質的調査を組みあわせるか、どのように混合研究法を使った研究を評価するか等の議論がほとんどない。本稿では、教育学における混合研究法の主要な論点・利点・今後の方向性を提示する。
著者
小針 誠
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.71, no.4, pp.422-434, 2004-12-30

This research based on a questionnaire survey of 604 mothers discusses different social classes of parents who choose the national or private elementary school for their children in the metropolitan area. According to the results of this survey, the following trends appear to be evident. Parents who choose private schools are likely to hold highly respected occupations with higher incomes. They are about five years older than the regular parents of the kindergarteners. Those fathers who meet the requirements for the elementary school entrance examination are from the age group of around 35 years old or older and are in the administrative position in their companies. On the other hand, mothers that have made the choice of not having more than one child was because they are already too old to give birth. Moreover, many of those mothers with much cultural capital, helped their children's successful performance at the entrance examination. This, in fact, contributes to the cultural reproduction of social classes. As a result of these factors, the parents succeed increating a luxurious educational environment where they invest economic capital and cultural capital in "only one child".
著者
橋本 萌
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.80, no.1, pp.26-38, 2013-03-31
被引用文献数
1

本稿は日本の戦前期に活性化する小学校児童の伊勢参宮旅行(以下、参宮旅行)の普及の要因を1930年代の東京府(東京市)の動向に焦点をあてて明らかにするものである。東京府の参宮旅行の拡大は、区会による補助や鉄道運賃割引を求めて教育会が行った運動が要因として挙げられる。教育会による運動に応じて鉄道省は伊勢神宮参拝を含む小学生の旅行に対してのみ参加人員の2割を無賃とする制度を成立させる。東京市では、割引率が決定した後も全児童を対象とした特別な運賃割引制度実現へ努力を継続していた。
著者
加藤 忠史
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.152-161, 2007-06
被引用文献数
2

昨今、「脳を鍛える」がブームになっている。これは、音読・計算が脳を「活性化」させるとのデータに基づいている。しかし、「活性化」という言葉の実態は、単に血流増加を示し、ストレスや痛みでも脳は「活性化」するのであるから、「活性化」=プラス効果、という判断は問題がある。グルタミン酸による神経の「興奮」という生理学用語に価値判断を持ち込み、ご飯にグルタミン酸をふりかけることが流行ったという過去に学ぶべきであろう。計算中の脳血流増加には、計算そのものの他に、注意、情動、ストレスなどの多様な要因が関与する点も注意を要する。また、どのようなゲームでも練習すると上手になるが、その成績改善が認知機能全般の向上につながるかどうかは慎重に検討する必要がある。今後、脳科学からの問いかけに対し、教育界が沈黙することなく、議論を進めていくことに期待したい。
著者
平田 諭治
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.83, no.3, pp.302-314, 2016-09-30 (Released:2016-12-14)

本稿は、グローバル化に対応した今日の英語教育改革の原理的な問題点を念頭に置きながら、その英語教育の制度化を歴史的に主導した岡倉由三郎の晩年の思想と行動を探究した。具体的には1930年代初め、簡易化された英語体系としてチャールズ・オグデンが創案したベーシック・イングリッシュの受容のあり方を検討・考察し、「外国語としての英語」と「国際語としての英語」のねじれた関係を歴史的視野から批判的に問い直すことを試みた。
著者
濱中 淳子
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.87, no.2, pp.190-202, 2020 (Released:2020-09-30)
参考文献数
26

今般の大学入試改革は、新体制に切り替わる直前に「英語民間試験導入」と「国語・数学の記述式問題導入」が見送られるなど、迷走状態にある。なぜ、このような状態に陥ったのか。今回の改革の特徴は、教育測定や教育社会学、英文学者や言語学者等の研究者が危うさを訴えているなかで進められた点に求められるが、本稿では、推進派の問題とともに、研究者が何を主張してきたのかについても踏み込みながら、迷走の背景を描写した。
著者
佐久間 亜紀 島﨑 直人
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.88, no.4, pp.558-572, 2021 (Released:2022-06-17)
参考文献数
22

教員不足とはいったいどのような状態のことか。不足の規模はどれくらいで、なぜ不足するようになったのか。本稿では、公立学校における教員の配置・未配置の実態およびその要因を、事例研究を通して実証的に明らかにする。また配置される教員や学校側の視座から、未配置が教員の職務や力量形成に及ぼす影響にも迫る。X県では、2021年5月1日時点で1971人の正規教員が配置されず、非正規雇用教員を1856人配置してもなお、115人が未配置となっていた。
著者
吉田 文
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.164-175, 2014 (Released:2015-06-18)
参考文献数
19
被引用文献数
3

本論文は、「グローバル人材の育成」をめぐる諸アクターの行動を分析し、グローバル人材を論じつつも、それがローカルな視点に立脚するものであるかを明らかにする。 分析の結果、1.2000年代に入り産業界は海外勤務従業員の育成を課題としてグローバル人材を論じはじめ、2.2000年代後半には、それが大学の課題となり、3.文科省は競争的資金で大学を誘導し、4.大学は海外留学と実践的な英語教育に力を入れ、5.小規模大学もグローバルを鍵とした学部・学科の改編を実施していることが明らかになり、これらが時間的にも空間的にもローカルな閉じた議論であることを指摘した。
著者
渡邉 雅子
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.180-191, 2017-06-30 (Released:2018-04-27)
参考文献数
23
被引用文献数
1

本稿は日本の政治教育でも習得が求められている政治的教養とその育成を、フランスを例にひとつのモデルとして提示する。政治的知識は「合意された手段」を使って権利を行使するための知識と技術を指すが、政治的教養はそれらの知識・技術を使って判断したり実際の政治行動に結びつけたりする「価値」をも視野にいれたものと定義する。フランスでは合意を得る手段として、歴史を根拠にことばの定義を行い、異なる視点を突き合わせてその矛盾を解決する〈弁証法〉が書いたり討論したりする方法として用いられており、初等教育からこの様式習得のための教育が行われている。この思考と表現の型―思考表現スタイル―に歴史教育が根拠となる「材料」を提供し、市民性教育が「概念」を与え、フランス語教育が「感情」を育み、それらが統合されて政治的教養が習得される過程をフランスの学校調査から明らかにする。結論では政治教育における3つの課題―①主体性の育成と教育の価値中立性、②生徒の政治行動への準備、③多元的な社会における政治教育―にフランスのモデルがいかに応えているかを示す。
著者
藤井 穂高
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.484-495, 2014 (Released:2015-06-25)
参考文献数
51

本論では、イギリスにおける近年の改革動向とそれをめぐる議論を素材として、就学前施設と小学校を含む教育期間の区切り方の可能性、その根拠と課題を検討することを目的とした。検討の結果、5歳児就学を支持する説得的な理論的根拠はなく、イギリス(イングランド)の上から下への改革と、ウェールズの下から上への改革は、ベクトルは反対ではあるが、同じ課題、すなわち、「小学校」という枠の中で、いかに幼児教育の原則を実現するか、という課題を内包していることを明らかにした。