著者
山崎 大 北 祐樹 木野 佳音 坂内 匠 野村 周平 神戸 育人 庄司 悟 金子 凌 芳村 圭
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.202-232, 2022-05-05 (Released:2022-05-06)
参考文献数
108

国際社会はパリ協定で気温上昇を産業革命前比2 ℃未満に抑えると合意し,近年は脱炭素をキーワードとした目標が次々発表されている.脱炭素の実現は京都議定書に基づいたこれまでの気候変動対策に比べ遥かに野心的で社会構造の大転換が求められるが,企業が組織する経済団体からも反発ではなく脱炭素に協働するという発表が相次いでいる.本研究は,気候科学の知見・各国の経済政策・企業と投資家の取り組み・NGO等の活動に着目してこれまでの動向を調査し,どうして世界は脱炭素に向けて動き始めたのか?という背景を俯瞰的視点から明らかにする.文献調査の結果,気候科学の発展が国際合意に影響したことに加えて,企業に気候リスク情報の開示を求めるTCFD といった新たな気候変動対策ツールの整備が脱炭素の動きを後押していることが確認できた.また,民間企業でも気候リスク低減と経済的利益がTCFD等を通して結びつき,「気候変動対策はもはや社会貢献ではなく自己の存続のために必要」という当事者意識のパラダイムシフトが起きていることが示唆された.これらの気候変動対策をサポートする社会情勢の変化を背景として,世界は脱炭素に向けて舵を切ったと考えられる.
著者
木口 雅司 沖 大幹
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.231-247, 2010-05-05 (Released:2010-05-25)
参考文献数
77
被引用文献数
9 8

極端な大雨の頻度の増減を議論する上でこれまで観測された雨量極値記録を正しく評価する必要がある.本論文では,世界および日本における雨量極値記録の出典や観測データを遡りその信頼度や不確実性を含め再評価した.世界の雨量極値記録に関しては,WMOやNOAA/NWSによって纏められているが出典が不明確なものが多く含まれていた.また論文内の値が現地気象局のデータと異なる事例や引用論文の記載内容に基づく解釈に問題がある事例も見られ,可能な限り修正・注釈を行った.日本の雨量極値記録に関しては,様々な書籍内で気象庁以外の行政組織や民間会社の観測を含む極値記録が記述されているが,誤記載や不確実性のあるデータが含まれておりその検証・修正・注釈を行った.さらに更新した極値リストを用いて,多くの場合短い(長い)時間スケールの極値は小さい(大きい)空間スケールの気象現象によることが確認されたが,一方で単に起因現象の空間スケールではなく時空間スケールを考慮した豪雨システムに着目すべきであることが示された.現在WMO/CClによって降水量を含めた極値に関する精査が進められているが,本論文で示した信頼度や不確実性を示すことで降水極値に関する精査がより推進されることが期待される.
著者
木内 豪
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.13-21, 2004 (Released:2004-05-11)
参考文献数
17
被引用文献数
3 2

大都市においては,都市活動に伴い大量の水とエネルギーが消費され,最終的には大気や水域へ排出されるが,熱媒体としての排水が水域へ及ぼす影響は未解明の部分が多い.そこで,本論文では,東京都区部をケーススタディに都市の水・エネルギー消費に伴い下水道を経由して公共用水域に放流される下水処理水の年平均,月平均の放流水温を定量化するモデルを構築した.本モデルを東京都区部下水道整備域に適用したところ,年平均と月平均の放流水温を精度良く推定できることが明らかとなったばかりでなく,実測データと計算結果の双方において,放流水温,放流熱量が過去30年の間,増大傾向にあることが明らかとなった.本モデルを用いた分析により,放流水温の経年的な増大要因は,上水道からの給水温度の上昇と,家庭部門・業務部門における付加熱量の増大による排水温度の上昇により説明されることがわかった.家庭部門の排水温度を上昇させている要因は台所と風呂での水・エネルギー利用の変化で,業務部門の排水温度を上昇させている要因は,建物の延床面積増大に伴う給湯によるエネルギー利用の増大であると推定された.
著者
沖 大幹
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.1-8, 2023-02-05 (Released:2023-03-31)
参考文献数
24
著者
浅枝 隆 藤野 毅
出版者
THE JAPAN SOCIETY OF HYDROLOGY AND WATER RESOURCES
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.3-7, 1992-12-01 (Released:2009-07-23)
参考文献数
3
被引用文献数
14 4

夏期においてアスファルトとコンクリート舗装の熱収支を調べるために野外観測を行った。その結果, アスファルトの表面温度は57℃まで達し, 表面から放出される赤外放射量も670W/m2を記録した。これは, その時の下向き大気放射量450W/m2と比較すると実質上向きに220W/m2も放出されることになる。また, 顕熱量も昼間は300W/m2以上になり, これらは都市域の温暖化を考える際に大きな熱源となるものといえる.一方, コンクリートではアルベドが大きいために表面温度は高くならず, 同じ舗装面でもむしろアスファルトよりも土に近い傾向を示した.それぞれの地表面における熱収支では, 日中アルベドがほぼ等しいアスファルトと土についても, 熱伝導率・熱容量などの物性の違いや水分蒸発の有無による影響を受け, 大きく異なった特性を示した.さらに顕熱量の算定に当たっては, アスファルトのように表面が非常に高温になり, 風速が小さいときにはバルク式だけでは十分に見積もることができず, 対流による熱輸送を考慮して見積もる必要があることがわかった。さらに, それぞれの地表面での正味放射フラックスと地中熱フラックスの時間的な関係をループの形, 大きさで表し, それぞれの蓄熱特性の違いを特徴的に表現することができた。このように表すことより, その土地の熱的特性を知ることができる.
著者
中山 有 神田 学 木内 豪
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.25-33, 2007 (Released:2007-04-23)
参考文献数
14
被引用文献数
9 8

近年,ヒートアイランド現象をはじめとして都市の熱環境が悪化する傾向にある.気圏に対する都市の熱的影響については多くの研究がある一方,水圏に対する熱的影響はあまり明らかになっていない.そこで本論文では都市と水圏の境界にある下水処理場で水温観測を行い,都市下水道の水・熱輸送実態を明らかにした.以下に得られた結果を述べる.1. 下水道を流れる下水のうち,土壌から下水管への浸出水は下水全体の約2割を占める.2. 都市活動で排水に付加された熱は都市でのエネルギー利用全体の1割(年間値)に相当する.3. 夏季に水利用に伴って付加された熱は下水道を流下する間に土壌への熱伝導によってその40%が減ぜられて水圏へと放流される.4. 冬季に水利用に伴って付加された熱は下水道を通ってそのまま水圏へと放流される.
著者
牛山 素行 今村 文彦 片田 敏孝 吉田 健一
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.150-158, 2004 (Released:2004-06-01)
参考文献数
12
被引用文献数
4 8

近年急速に整備されつつある豪雨防災情報の実災害時における効果を評価する観点から,現地調査を行った.調査は2007年7月に台風6号および前線によって,最近30年で最大規模の被害(浸水家屋約700棟など)を生じた岩手県東山町・川崎村を対象とし,水文データの収集,現地でのヒアリング,アンケート調査(有効回答700)などを行った.災害時に,インターネットなどのリアルタイム雨量・水位情報を参照した回答者は5%程度であり,24%の回答者はシステムの存在を知っていたが利用していなかった.川崎村では74%の回答者が,避難などの判断に際して「雨量・水位などの情報を参考にした」と答えた.同村では防災行政無線を通じて国土交通省観測の水位情報などをリアルタイムに伝達しており,この情報が参考にされたものと思われる.車の移動,畳上げなどの家財保全行動の成功・失敗と,雨量・水位情報の取得成功・失敗の相関を見たところ,情報取得に成功した回答者は,家財保全行動に失敗した率が低いという関係が認められた.リアルタイム情報に対する関心自体は高く,情報が的確に伝われば,避災行動の成功につながる可能性が示唆された.しかし,災害時の情報伝達手段としてインターネット等は一般化しておらず,最新技術に過度な依存をせず,複数の情報伝達手段を活用することが効果的と思われる.
著者
小端 拓郎
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.75-82, 2010-01-05 (Released:2010-01-27)
参考文献数
37

グリーンランドの氷床コアを見ると,最終氷期終焉後の過去11,600年(完新世)の気候は,比較的安定していたことがわかる.この期間に,人類は狩猟中心の生活から農耕中心の生活に切り替え,文化を急速に発展させた.しかしながら,この期間中にも半球規模の急激な気候変動が,いくつか起こり人類社会形成に影響した事が知られている.本稿では,8,200年前と11,270年前に起こった急激な気候変動を詳しく見てみることにより,数10年から100年程度の気候データでは想定外の気候変動がどのようなものかを検証する.
著者
近藤 純正
出版者
THE JAPAN SOCIETY OF HYDROLOGY AND WATER RESOURCES
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.336-343, 1993-12-10 (Released:2009-10-22)
参考文献数
6
被引用文献数
2 4

降雨に伴う表層土壌の含水率の鉛直分布の時間変化を液体水輸送の数値計算から求めた.この計算では,降水量と降水継続時間との間の統計的経験式を用いた.「砂」「ローム」「粘土」についての結果は降水量ごとに分類して表に示してある.このデータは降雨後の土壌面蒸発の計算を行なうときの初期条件として利用できる.
著者
田中 智大 山崎 大 吉岡 秀和 木村 匡臣
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
pp.37.1817, (Released:2023-08-31)
参考文献数
21

局所慣性方程式は,効率よく洪水氾濫解析を実行できる基礎方程式として2010年頃に提案されて以来,数多くの数値モデルに使われている.著者らは,局所慣性方程式がなぜ高い数値安定性を有するのか,また,その安定性条件はどのように決定されるのかについて,数学的解析とモデル実装の両面から研究に取り組んできた.本稿は,約10年間に渡り取り組んできた一連の研究をレビューし,拡散波方程式との比較,摩擦項の離散化手法による安定性への影響,安定性と精度を両立する離散化手法の提案,という3つの視点で成果を整理する.数理解析の概要を説明するとともに,局所慣性方程式をモデルに実装するユーザー視点での要点をまとめることを目的とする.さらに,水文・水資源学会の研究グループ発足といった原著論文では記すことが難しい共同研究進展の契機についても,時系列で振り返って研究ノートの形で記録する.
著者
蔵治 光一郎 溝口 隼平
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.303-311, 2007 (Released:2007-09-10)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

かつて「越すに越されぬ大井川」とうたわれながら,戦後の発電ダム建設等により流量の大半を奪われ,下流の一部で「河原砂漠」と化している大井川の流量変化の実態を明らかにするため,1923年から2000年までの流況の長期変動について調べた.その結果,塩郷堰堤建設前の長期平均流況は平水51.0トン,低水29.4トン,渇水16.4トンであったが,建設後の堰堤流入量の長期平均流況は平水10.7トン,低水5.2トン,渇水2.6トンに変化していた.仮に近い将来,大井川の水量を回復するために塩郷堰堤を撤去したとしても,それだけでは下流の大井川に昭和30年代の水量を取り戻すことはできず,水量を取り戻したければ,上流ダム群を含めた総合的な流量再生策を検討する必要があることが示された.
著者
渡辺 恵 伊藤 舜将 馬 文超 山崎 大
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.104-121, 2022-03-05 (Released:2022-03-05)
参考文献数
40

アンサンブル洪水予測は長いリードタイムを確保でき,不確実性も表現できるため,早期警報としての活用が期待される.一方,この予測方法は確率的情報を扱うなど従来型の予測とは性質が異なり,効果的な活用ノウハウが確立されていない.本研究では,運用中の海外先行システムを調査し,予報者側とユーザーとのコミュニケーションに着目して分析した.まず,予測情報の伝達手段となる可視化手法を4つに分類し,特徴と利用法を整理した.これにより,ユーザーの要望も反映しつつ,システム不確実性を考慮し流量等の絶対値からリターンピリオド等の危険度に変換する,危険度予測一貫性の確認を可能にするなど,警報発令等の判断を支援する可視化方法を利用していることが分かった.またワークショップ等を通してユーザーと意見交換することにより,空振りの可能性のある低確率大規模災害の適切な予報が行われたり,予測情報を早期警戒に活用する際の法制度の課題が顕在化したり,ユーザーフィードバックはシステム運用改善に繋がった.アンサンブル洪水予測の効果的活用には,予測技術の高度化だけでなくユーザーとの双方向コミュニケーションが重要である点が明らかとなった.
著者
庄 建治朗 鎌谷 かおる 冨永 晃宏
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.30, no.5, pp.294-306, 2017-09-05 (Released:2017-10-05)
参考文献数
18
被引用文献数
3

本研究では,歴史時代の水文・気候環境を復元する資料としての古日記天気記録の利用可能性を検証するため,気象台による観測開始以降の明治・大正期に書かれた古日記を用い,日記天気記録と気象観測データとの関係を分析した.京都とその周辺地域で書かれた8つの古日記から天気記録を収集し,日単位の降水量・雲量のデータと照合したところ,各天気種別に対応する観測値の分布は,日単位で見れば非常に広い範囲にばらつくが,長期間の平均値は異なる日記間で互いに近い値をとることが分かった.このことは,日記天気記録は日単位では非常に誤差が大きいが,月単位や季節単位といった期間積算値を用いることで客観性が高まり,降水量等の定量値を推定できる可能性が高くなることを示唆している.さらに,これらの解析結果を応用して,観測時代について歴史時代と同じ方法で日々の天気から入出梅日を推定することにより,過去約240年間にわたる時間的に均質な入出梅日のデータを作成し,梅雨期間の長期変動を分析した.結果は,20世紀が過去に見られないような梅雨期間の長期化した時期であったことなど,過去の研究でも指摘されていたことを再確認するものであった.
著者
Junsei KONDO Makoto NAKAZONO Tsutomu WATANABE Tsuneo KUWAGATA
出版者
THE JAPAN SOCIETY OF HYDROLOGY AND WATER RESOURCES
雑誌
JOURNAL OF JAPAN SOCIETY OF HYDROLOGY AND WATER RESOURCES (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.8-18, 1992-12-01 (Released:2009-07-23)
参考文献数
10
被引用文献数
18 27

全国の気象官署のデータを用いて熱収支的な方法によって, 森林における蒸発散量 (無降水日の蒸散量と降水日の遮断蒸発量の和) を見積もった.年蒸発散量は北日本では600-700mmy-1, 南日本では800-900mmy-1程度であり, 平衡蒸発量と比較的高い相関がある.また水面蒸発量より1.1-1.5倍も大きいことがわかった.
著者
牛山 素行 松山 洋
出版者
水文・水資源学会編集出版委員会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.8, no.5, pp.492-498, 1995-09-05 (Released:2009-10-22)
参考文献数
4
被引用文献数
1 6

身近で得られる清涼飲料水のペットボトル,ポリ製ロートなどを用いて軽量・安価な簡易雨量計を作成した.最も一般的に利用されている転倒ます式雨量計との比較観測を行ったところ,降水量10mm以上で観測精度は±10%程度であった.受水部への雨滴飛び出し防止板の取り付けの有無では,取り付けない方が安定した観測値を得た.今回試作した簡易雨量計は10mm以上のまとまった降水量を把握するには十分実用的なものといえる.
著者
山田 拓也
出版者
水文・水資源学会
雑誌
水文・水資源学会誌 (ISSN:09151389)
巻号頁・発行日
vol.32, no.5, pp.255-262, 2019-09-05 (Released:2019-10-08)
参考文献数
1

イラン・イスラム共和国は中東の乾燥地帯及び半乾燥地域に位置している.1968年以降の降水統計を見ると,イラン全国の年平均降水量の過去50年間平均は,約248 mmである.しかしながら,年平均降水量は減少傾向を示しており,年平均降水量の近10年平均は約220 mmと,11 %程度減少している.これに伴い利用可能な水資源量も減少傾向にある.一方人口は増加の一途をたどり,1950年頃には3,000万人を下回っていた人口が2019年現在では約8,000万人を上回っている.加えて,都市化の進展や農業活動の活発化などにより水需要は著しく高まり,年間の水資源量のうち86 %を人間活動で使用しているなど,高度の水ストレス状態となっている.この結果,国内の様々な地域において恒常河川が間欠河川へと変化し,また社会活動における水の不足を補うために地下水位が継続的に低下している.このように,イランにおける水資源の管理に関する問題は,将来的なイランの社会経済活動の安定性や持続可能性に関わる非常に重要な問題となっている.本稿では,このようなイランの水資源管理が抱える課題について述べる.