著者
宮崎 勝彦 宮崎 佳代子 銅谷 賢治
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.95-100, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
28

セロトニン神経系による予測と意思決定の制御機能の1つとして衝動性との関わりが考えられる。これまでの研究から,中枢セロトニン神経系は将来起こりうる罰・嫌悪の予測に基づいて動物の行動を抑制することに関与することが示されている。行動抑制の障害は衝動性の亢進を引き起こすと考えられる。しかしながら,これまでの研究からセロトニンの関与が示された衝動性の中には,セロトニンの嫌悪刺激に基づく行動抑制としての働きで説明が困難なものも存在する。我々のグループはラットを用いた実験から,遅延報酬を獲得するための待機行動にはセロトニン神経活動の活性化が必要であることを見出した。我々は報酬獲得の目的のために辛抱強く待つことを「報酬予期に基づく待機行動」と定義し,セロトニン神経は「報酬予期に基づく待機行動」と「嫌悪予測に基づく行動抑制」の両方に関与しているという仮説を提案する。
著者
菱本 明豊 石黒 浩毅
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.97-104, 2010 (Released:2017-02-16)
参考文献数
22

最新の分子遺伝学的研究手法,特にゲノムワイド SNP アレイ(genome-wide human SNP array),アレイ CGH(comparative genomic hybridization),ハイスループットシークエンスなどの手法によって神経シナプスを構築する分子,神経細胞接着因子(neural cell adhesion molecule)の遺伝子変異が様々な精神疾患の病態生理に関わっていることがわかってきた。なかでもニューレキシン(NRXN)・ニューロリギン(NLGN)遺伝子は自閉症,統合失調症,薬物依存症の感受性遺伝子として同定されてきている。また薬物依存には NrCAM 遺伝子がかかわっていることがわかってきた。この項では最近の精神疾患における神経細胞接着因子研究と我々の研究を紹介する。
著者
岡田 元宏
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.106-111, 2022 (Released:2022-09-25)
参考文献数
37

注意欠陥多動性障害(ADHD)は,疾病概念と診断基準の変更も加わり,有病率の増加が報告されている。治療薬もメチルフェニデートとアンフェタミンなどの刺激性治療薬に加え,アトモキセチンとグアンファシンなどの非刺激性治療薬も加わり,治療者側の選択肢が広がってきている。グアンファシンは他のADHD治療薬とは異なり,カテコラミントランスポーターに対する親和性がなく,α2Aアドレナリンに対する選択的作動薬という点で,明らかに異なる薬力学的プロファイルを有する治療薬である。しかし,グアンファシンの病態生理は,グルタミン酸伝達系に偏りカテコラミン伝達に対する効果は解明されているとは言い難い。本稿では,グアンファシンの急性局所投与と亜急性全身投与を行い,眼窩前頭野・青斑核・視床のノルエピネフリン伝達とグルタミン酸伝達機構の変化を紹介し,ADHDの病態生理を概説する。
著者
加藤 隆弘 松島 敏夫 瀬戸山 大樹
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.7-12, 2023 (Released:2023-03-25)
参考文献数
30

うつ病など精神疾患をもつ患者が発症初期から精神医療機関を受診することはまれであり,適切な精神医療の導入は遅れがちである。他方,こうした患者は身体症状のために身体科を受診していることがまれではない。しかるに,筆者らは精神科以外でも実施可能な採血による血液バイオマーカーの開発が,精神疾患の早期発見・早期介入につながることを期待して,血液を用いた精神疾患の客観的バイオマーカー開発を進めている。本稿では,血液メタボローム解析について概説し,うつ病やひきこもりに関連した研究の成果を紹介する。筆者らはこれまで抑うつ重症度と3ヒドロキシ酪酸,自殺とキヌレニン経路代謝物,ひきこもりとアシルカルニチン/アルギニンとの関連を萌芽的に見いだしてきた。こうした研究の発展により精神疾患を採血で客観的に生物学的に評価できるシステムが構築されることで,精神疾患の早期発見・早期介入の実現に加えて精神疾患への偏見解消が期待される。
著者
橋本 謙二
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.153-156, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
34

グルタミン酸受容体のサブタイプの一つであるNMDA受容体拮抗薬ケタミンが,治療抵抗性のうつ病患者や双極性障害患者のうつ症状に対して即効性の抗うつ効果を示すことが報告された。現在,うつ病の新規治療ターゲットとしてグルタミン酸神経系が注目されている。特に,NMDA受容体のチャンネル部位,グリシン調節部位,GluN2Bサブタイプに作用する薬剤が開発されている。本稿では,うつ病の病態におけるグルタミン酸神経系の役割と新規治療ターゲットとしてのNMDA受容体の可能性について考察したい。
著者
松岡 豊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.25-29, 2020 (Released:2020-03-30)
参考文献数
34

多国間のうつ病と魚消費量の関連を検討した生態学的研究をきっかけに,オメガ3系脂肪酸のうつ病に対する影響を検討するコホート研究やうつ病に対するオメガ3系脂肪酸の治療効果を検討する臨床試験が行われてきた。メタアナリシスにより,魚食およびオメガ3系脂肪酸の摂取がうつ病予防に有効であること,特にエイコサペンタエン酸が大うつ病者の治療に有効であることが確認されている。メカニズムに関しては結論が出ていないが,オメガ3系脂肪酸による抗炎症効果が示唆されている。最近発表されたオメガ3系脂肪酸の抗不安効果を検討した臨床試験のメタアナリシスでは,オメガ3系脂肪酸摂取が不安症状軽減と関連することが示された。本稿では,筆者らの研究を紹介しながら,うつ病と不安症のマネジメントにおけるオメガ3系脂肪酸の可能性について述べる。
著者
西 大輔 松岡 豊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.182-187, 2016 (Released:2018-07-20)
参考文献数
40

本稿では,栄養素のなかでヒトを対象とした臨床研究が多いオメガ3系脂肪酸に関して,精神疾患・精神症状への有効性を検討した先行研究を,ランダム化比較試験(RCT)を中心に概観した。このうちうつ病に関しては,数多くのRCTやそのメタ解析が出版されているおり,EPAが主成分のサプリメントを用いた場合はオメガ3系脂肪酸に一定の抗うつ効果があることが示されている。その一方で,これまでのRCTには投与量,投与期間などにばらつきがあること,食事から摂取するオメガ3系脂肪酸の量が非常に多いわが国におけるエビデンスがまだ希薄であることなど現状のエビデンスの限界も合わせて紹介した。また,うつ病以外の精神疾患・精神症状に対する有効性を示したRCTは限られているが,PTSDに関して筆者らが実施したRCTと,統合失調症の発症予防に関する国際的にも知名度の高いRCTについて紹介した。食事・栄養素を用いたアプローチは副作用の少なさから妊婦や子どもなど幅広い集団に適用可能であり,機序の解明も含めて今後のエビデンスの蓄積と治療・予防への実装が期待される。
著者
永井 竜児 白河 潤一 大野 礼一 品川 雅敏 畑野 孝太 須川 日加里 山中 幹宏 荒川 翔太郎 永井 美芽
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.47-53, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
22

アミノ酸や蛋白のアミノ基は,還元糖が有するカルボニル基と非酵素的に縮合反応を起こす。本反応は発見者であるフランスの食品化学者に由来してメイラード反応,あるいは蛋白に糖が結合する反応から糖化(英語では Glycation)とも呼ばれている。本反応はおおまかに二段階に分かれており,前期では血糖値の臨床マーカーとして既に世界的に測定されているヘモグロビン A1c(HbA1c)に代表されるアマドリ転位物が生成する。その後,酸化反応などによって,後期生成物である AGEs(Advanced Glycation End─ products)に変化する。当初,本反応は生体内で主にグルコースからゆっくりと進行すると考えられていたが,最近の研究から AGEs は解糖系,脂質過酸化,炎症反応などから生成する,グルコースより反応性の高いカルボニル化合物から迅速に生成することも明らかとなっている。これまで AGEs は加齢関連疾患や生活習慣病との関与が主に報告されてきたが,AGEs の測定系が確立されるにつれ,統合失調症をはじめとする精神疾患に対する AGEs の関与も明らかとなってきた。
著者
加藤 敏
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.53-59, 2012

1964年進化生物学者のHuxleyらが初めて,統合失調症発症にかかわる遺伝子には「遺伝的モルフィスム」(genetic morphism)が含まれ,統合失調症は進化異常(evolutionary anomaly)であるという見解を出した。この考え方を発展する形で,Crowは,ヒトの種に成功をもたらした言語ゆえに,ヒトは統合失調症発症という代償を強いられたと考える。Crespiらは,統合失調症の重要な感受性遺伝子がヒトの進化に関わる遺伝子であることを明らかにした。この種の研究は,人間の進化に関する遺伝子解析を考慮のうちに入れる形で,統合失調症の生物学的解明を行うことを試みるもので,生物学的精神医学における今後の統合失調症の病態解明に重要な展望を拓くといえる。統合失調症の有病率が地域,民族で必ずしも均一ではないという最近の疫学知見は,遺伝子レベルでは統合失調症感受性遺伝子の集積性に種々の変異があることを示唆する一方,統合失調症の顕在発症を考える上では,社会・文化環境の要因も重要であることの傍証となる。
著者
國井 泰人 池本 桂子 和田 明 楊 巧会 志賀 哲也 松本 純弥 丹羽 真一
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.105-112, 2010 (Released:2017-02-16)
参考文献数
5

我々は,精神疾患死後脳集積システムの構築とそれに並行した精神疾患の啓発活動を 1997 年より行ってきた。本稿では,福島精神疾患死後脳バンクのシステム及び,発足して以来現在までの歩みと実績を紹介するとともに,財政的問題や専属スタッフの不足,臨床医と基礎医学研究者との連携の必要性,全国規模でのバンクネットワークの必要性など,バンクの運営に従事する中で直面している課題について報告する。
著者
西川 徹
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.131-134, 2014 (Released:2017-02-16)

本シンポジウムでは,4 名のケタミンによる抗うつ効果の研究者が,最近得た成果について講演した。初めに,世界で初めてうつ病患者の治療に低用量のケタミンを導入した,Yale大学精神科の Krystal 教授が単独で投与した低用量ケタミンの抗うつ作用について最新の知見を報告した。次に,札幌鈴木病院の岡本主任医長が国立精神・神経医療センターで行った,難治性うつ病への修正電気療法において,麻酔にケタミンを使用する方が通常の propofol を投与するより優れていることを示した。3 番目の,浜松ホトニクスの塚田 PET センター長は,サルにおける PET 脳画像解析を進め,低用量のケタミンが NMDA 型グルタミン酸受容体遮断薬としてだけでなく,セロトニン取り込み阻害薬としても作用することを明らかにした。最後に,ミシガン大学の Domino 教授が抗うつ効果と基礎研究がもたらした謎のいくつかを説明する,ケタミンの多様な神経薬理学的メカニズムを展望した。
著者
橋本 謙
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.97-101, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
38

近年,統合失調症のグルタミン酸仮説に基づいた多くの新規治療薬の開発が進められている。特に,代謝型グルタミン酸受容体mGluR2/3作動薬,グルタミン酸受容体のサブタイプの1つであるNMDA受容体を活性化するような薬剤,たとえばD型セリンおよびD型アミノ酸酸化酵素阻害薬の併用,NMDA受容体近傍のグリア細胞に存在するグリシントランスポーター1(GlyT-1)阻害薬などが注目されている。また,第二世代抗生物質ミノサイクリンは神経突起促進作用を有し,精神疾患の動物モデルでの治療効果も報告されており,統合失調症を含む多くの精神神経疾患の治療薬としての可能性が指摘されている。本稿では,NMDA受容体低下仮説に基づいた統合失調症の新しい治療薬の開発状況およびミノサイクリンの治療薬としての可能性について考察したい。
著者
高橋 英彦
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.249-254, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
18

情動,意思決定,意識といったこれまで心理学,経済学,哲学などの人文社会の学問で扱ってきた領域が,fMRIを中心とした非侵襲的脳イメージングや認知・心理パラダイムの進歩により,脳神経科学の重要なテーマになり,社会的行動の神経基盤を理解しようとする社会脳研究,social neu-roscienceとして急速に興隆してきている。精神・神経疾患を対象とした社会脳研究も精力的に行われてきている。精神・神経疾患の意思決定障害の分子神経基盤の理解に向け,我々が分子イメージング(positron emission tomography)を用いて心理学,経済学などの研究者と学際的に研究を進めてきた成果の一例を紹介する。線条体のD1受容体の密度が低い人ほど,低確率を過大評価し,高確率を過小評価する認知バイアスが強かった。また視床のノルアドレナリントランスポーターの密度が低い人ほど,損失を忌避する傾向が強く慎重な意思決定をする傾向があることを見出した。この分野が発展し,精神・神経疾患の意思決定障害の客観的評価や新規薬物療法の開発に繋がることを期待する。
著者
溝口 義人 門司 晃
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.117-122, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
41
被引用文献数
1

ミクログリアは中胚葉由来の免疫担当細胞で,感染や組織損傷などに応答し活性化すると,貪食能を獲得し,炎症性サイトカイン等の細胞障害因子やBDNFを含む神経栄養因子を産生放出する。最近は,ミクログリアが細胞外環境を積極的に監視して,神経炎症のみではなく,神経回路形成や神経可塑性など脳機能の恒常性維持にも関与すると報告されている。またミクログリア活性化はうつ病や統合失調症など様々な精神疾患,とくに急性期における関与が指摘されており,向精神薬によるミクログリア活性化抑制作用の細胞内機序としては,細胞内Ca2 +シグナリングが重要な役割を担う可能性が高い。また種々の精神疾患への関与が指摘されるBDNFもミクログリア活性化において重要な役割を担っており,今後BDNFの前駆体であるproBDNFによるミクログリア活性化の制御機序を,とくに細胞内Ca2+シグナリングに着目して解明することが重要である。
著者
榎本 一紀 松本 直幸 木村 實
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.89-94, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
12

絶え間なく変化する自然環境のなかで,雑多な情報から必要なものを判別し,過去の経験や現在の状況に照らし合わせて,将来の目標を見据えた最善手を打つことは,人間やその他の動物にとって,配偶者や食料,金銭などの報酬を効率よく得るために,また,危険や損失を回避するために必須である。ドパミン細胞は中脳の黒質緻密部,腹側被蓋野などに集中して存在し,線条体や前頭葉,大脳辺縁系などの広範な脳領域に投射しており,報酬を得るための意思決定や行動選択に関わる神経システムにおいて,重要な役割を担っている。過去の研究から,ドパミン細胞の活動は,刺激の新規性や,動機づけレベルなどと同時に,報酬価値情報を反映することが報告されている。ドパミン細胞は条件刺激に対して放電応答を示して,期待される報酬の価値を表現し,また,強化因子に対する応答は報酬の予測誤差を表現する。最近,筆者らはニホンザルを用いた研究によって,ドパミン細胞の活動が,学習によって,長期的な将来報酬の価値を表現することを明らかにした。この研究では,サルに複数回の報酬獲得試行を経てゴールに到達することを目標とする行動課題を学習させ,課題遂行中のドパミン細胞の活動を電極記録した。ドパミン細胞は,条件刺激(各試行の開始の合図となる視覚刺激)と,正または負の強化因子(報酬獲得の有無を指示する音刺激)に対して応答し,その応答の大きさは,目前の1試行だけの報酬価値ではなく,目標到達までの,複数回の報酬価値を表現していた。これらの活動は,強化学習理論に基づく一般的な学習モデルによって推定した報酬予測誤差(TD誤差)によってよく説明できた。また,このような報酬価値の表現は課題の学習初期には見られず,課題の構造に習熟してはじめて観測できることが確かめられた。以上のことから,ドパミン細胞は長期的な将来報酬の情報を線条体や前頭前野などに送ることで,意思決定や行動選択を制御していると考えられる。この結果は,目先の利益にとらわれず,目標に向かって意志決定や行動選択を行う脳の作動原理解明につながることが期待される。
著者
西 大輔
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.177-181, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
30

本稿ではオメガ3系脂肪酸(特にEPA)の抗炎症作用に焦点を絞り,抗うつ効果との関連について概説した。うつ病の病態メカニズムの一つとして炎症が考えられていること,オメガ3系脂肪酸,特にEPAには抗炎症作用があること,これまでのRCTやそのメタ解析でEPAのうつ病・うつ症状に対する有効性が示されていることから,オメガ3系脂肪酸の抗うつ効果のメカニズムとして抗炎症作用が考えられている。ただ,これまでのRCTは投与量,投与期間などにばらつきがあること,食事から摂取するオメガ3系脂肪酸の量が非常に多いわが国におけるエビデンスがまだ希薄であることなど,現状のエビデンスには限界もある。食事・栄養素を用いたアプローチは副作用の少なさから妊婦や子どもなど幅広い集団に適応可能であり,機序の解明も含めて今後のエビデンスの蓄積と治療・予防への実装が期待される。
著者
田中 光一
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.77-83, 2017 (Released:2019-01-19)
参考文献数
20

グルタミン酸は哺乳類の中枢神経系において記憶・学習などの脳高次機能に重要な興奮性神経伝達物質である。しかし,過剰な細胞外グルタミン酸は,グルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を持つことが知られている。このため細胞外グルタミン酸濃度は厳密に制御される必要があり,グルタミン酸トランスポーターがその役割を担う。これまで5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーが同定されているが,シナプス間隙におけるグルタミン酸の除去は,主にアストロサイトに存在する2種類のグルタミン酸輸送体GLAST,GLT1により担われている。近年,これらグリア型グルタミン酸トランスポーターの変異や発現低下が統合失調症・うつ病などの精神疾患で報告されている。本稿では,GLASTあるいはGLT1欠損マウスが示す異常を概説し,グリア型グルタミン酸トランスポーターの機能障害が関与する精神疾患について考察する。
著者
石渡 小百合 西川 徹
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.135-144, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
51

近年,N-methyl-D-asparate(NMDA)型グルタミン酸受容体遮断薬が,統合失調症の陽性・陰性症状および認知機能障害と酷似した異常を誘発する現象に基づいて,本症にNMDA受容体の機能低下が関与すると考えられるようになり,『グルタミン酸伝達低下仮説』として広く受け入れられている。この低下を引き起こすメカニズムの1つとして,NMDA受容体のコ・アゴニストで,その機能促進作用をもち生理的活性化に不可欠な,内在性D-セリンの細胞外シグナルが減弱する可能性がある。また,D-セリンを含む,NMDA受容体機能促進物質が,陰性症状,認知機能障害のような難治性症状を改善することが期待され,実際に,臨床試験での効果も報告されている。そこで,本稿では,D-セリンの代謝・機能の分子細胞機構に関する主な知見を紹介し,統合失調症の病態との関連や新しい治療法開発における意義について概説する。
著者
大塚 郁夫 菱本 明豊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.134-140, 2020 (Released:2020-09-25)
参考文献数
26

双生児研究などから,自殺には生来の遺伝負因が存在すると考えられている。自殺行動の致死性が高いほど遺伝負因も強くなることが示唆されており,自殺の生物学的機序の解明には自殺完遂者を対象とした研究が非常に重要である。しかしながらその試料は入手自体が困難なため,相応のサンプル数を要するゲノムワイド関連解析(genome‐wide association study:GWAS)などの報告は他の精神科領域に比して大きく遅れている。筆者らは遺族の深いご理解の下,世界最大規模の自殺完遂者DNA試料を保有し,日本人自殺完遂者を対象としたGWASを初めて遂行するなど,「日本人の自殺」に関する興味深い遺伝学的知見を得てきた。それらを中心に自殺の遺伝学的研究の現況を紹介する。
著者
十一 元三
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.133-136, 2010 (Released:2017-02-16)
参考文献数
6

はじめに,従来の精神疾患とは異なる広汎性発達障害のユニークな臨床特性について,対人相互的反応の障害,強迫的傾向,およびパニックへの陥りやすさに焦点を当てて要約し,下位診断および併存障害の問題について整理した。続いて,現在の責任能力についての一般的考え方と,責任能力の判断に影響を及ぼすと考えられてきた精神医学的要因について振返り,それらの要因に広汎性発達障害の基本障害が含まれていないことを確認した。次に,広汎性発達障害の司法事例にみられた特異な特徴の幾つかが,自由意思を阻害すると判断される従来の精神医学的要因に当てはまらないものの,実際には自由意思の指標とされる他行為選択性を制約していると判断する方が妥当であると思われることを論じた。最後に,責任能力上の特徴と,広汎性発達障害について現在までに知られた神経基盤との関連について推測した。