著者
加藤 秀一 尾崎 紀夫
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.89-93, 2021 (Released:2021-06-25)
参考文献数
18

精神疾患の当事者・家族の,精神医学研究に対する「根本的治療薬を」との期待は強い。しかし,精神疾患の病態に基づいた診断・治療法は未だ見いだされていない。ゲノム解析研究を起点に,疾患の分子・細胞・神経回路・脳・個体の各レベルで生じる表現型・機能異常を同定し,包括的に病態を明らかにして,病態に基づく診断法・根本的治療薬を開発することが強く求められており,知見が積み重ねられている。さらに開発を推進していくには,多施設共同かつ診療科横断的・疾患横断的にゲノム情報を集約するため,臨床情報を具備した患者由来バイオリソースの基盤構築が不可欠である。①スケールメリットを活かすための情報集約,②データサイエンスの実装,③データシェアリングの推進,④サステナビリティの実現をめざし,各種倫理指針を遵守しながら精神神経疾患の医療の充実,研究を推進するための組織として,精神・神経ゲノム情報管理センターの設立が求められている。
著者
吉田 知之
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.3-6, 2018 (Released:2019-07-30)
参考文献数
17

中枢シナプスの分化誘導を担う細胞接着分子であるシナプスオーガナイザーをコードする遺伝子に生じるさまざまな変異が自閉スペクトラム症,知的障害,統合失調症などの神経発達障害の発病にかかわることが明らかになっている。このような変異を再現したヒト型遺伝子改変マウスを用いた研究は発病メカニズムの理解に貢献してきた。最近,いくつかのシナプスオーガナイザー複合体の構造が解明され,さまざまな組み合わせで形成される複合体の中から,特定の複合体の形成のみを阻害するような点変異のデザインが可能となった。このようなシナプスオーガナイザー遺伝子点変異を導入したマウスは神経発達障害発病機序研究の重要なツールになると考えられる。
著者
柳下 祥
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.113-116, 2017 (Released:2019-04-10)
参考文献数
11

精神疾患の多くは前頭葉や辺縁系といった脳部位および神経伝達物質であるモノアミンの異常の関与が考えられている。これら脳部位やモノアミンは環境からの感覚入力を元に価値づけや意欲・行動選択を生み出す神経基盤と考えられ,ヒトを含む動物の環境適応に重要な脳機能といえる。このため,前頭葉や辺縁系のシナプスとモノアミンの神経機構の機能理解は精神疾患における社会適応の障害を理解するのに役立つ可能性が高い。モノアミンは前頭葉や辺縁系における価値記憶の形成に関与し,その後,各脳部位の価値記憶は協調したり,拮抗したりしながら行動選択や意欲の制御をしているといった仮説モデルが考えられる。最近の光を使った実験技術の進歩によりこのモデルをシナプスレベルから行動まで対応づけて理解することが可能になってきた。このような神経シナプス機構を理解したうえで,シナプスに発現する精神疾患関連遺伝子の操作などにより,適応機能障害の一般的な理解が可能ではないかと考える。
著者
中川 伸
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.27-31, 2017 (Released:2018-10-22)
参考文献数
17

うつ病の病態・治癒過程は発症,急性期症状,反応,寛解,再燃,回復,再発など動的なものであり,神経可塑的な変化が想定しやすい。一方,病的な状態における可塑性とは異なる正常なしなやかさである「レジリエンス」を考慮することは,うつ病の予防,軽症のうつ病の状態を考えるときに有用であると思われる。本稿では生理学的なストレス反応として惹起される視床下部─下垂体─副腎皮質系を中心として,その神経可塑性の動き,破綻,養育環境による変容などを概説する。
著者
榎本 一紀 松本 直幸 木村 實
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.89-94, 2013

絶え間なく変化する自然環境のなかで,雑多な情報から必要なものを判別し,過去の経験や現在の状況に照らし合わせて,将来の目標を見据えた最善手を打つことは,人間やその他の動物にとって,配偶者や食料,金銭などの報酬を効率よく得るために,また,危険や損失を回避するために必須である。ドパミン細胞は中脳の黒質緻密部,腹側被蓋野などに集中して存在し,線条体や前頭葉,大脳辺縁系などの広範な脳領域に投射しており,報酬を得るための意思決定や行動選択に関わる神経システムにおいて,重要な役割を担っている。過去の研究から,ドパミン細胞の活動は,刺激の新規性や,動機づけレベルなどと同時に,報酬価値情報を反映することが報告されている。ドパミン細胞は条件刺激に対して放電応答を示して,期待される報酬の価値を表現し,また,強化因子に対する応答は報酬の予測誤差を表現する。最近,筆者らはニホンザルを用いた研究によって,ドパミン細胞の活動が,学習によって,長期的な将来報酬の価値を表現することを明らかにした。この研究では,サルに複数回の報酬獲得試行を経てゴールに到達することを目標とする行動課題を学習させ,課題遂行中のドパミン細胞の活動を電極記録した。ドパミン細胞は,条件刺激(各試行の開始の合図となる視覚刺激)と,正または負の強化因子(報酬獲得の有無を指示する音刺激)に対して応答し,その応答の大きさは,目前の1試行だけの報酬価値ではなく,目標到達までの,複数回の報酬価値を表現していた。これらの活動は,強化学習理論に基づく一般的な学習モデルによって推定した報酬予測誤差(TD誤差)によってよく説明できた。また,このような報酬価値の表現は課題の学習初期には見られず,課題の構造に習熟してはじめて観測できることが確かめられた。以上のことから,ドパミン細胞は長期的な将来報酬の情報を線条体や前頭前野などに送ることで,意思決定や行動選択を制御していると考えられる。この結果は,目先の利益にとらわれず,目標に向かって意志決定や行動選択を行う脳の作動原理解明につながることが期待される。
著者
堀 輝 杉田 篤子 香月 あすか 吉村 玲児 中村 純
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.64-68, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
17

我が国の病院を受診するうつ病患者数が増加している。うつ病治療においては精神療法,薬物療法,環境調整などが行われるが,寛解率は決して高いわけではない。さらに,たとえ寛解に至り職場復帰したとしても,再休職率も高いことが知られている。つまり現在の治療に加えて非薬物療法の役割が期待されている。その中で運動療法における役割は大きい。うつ病治療における運動療法はノルアドレナリン神経系を介して精神症状の改善,活動性の維持によって就労の継続に寄与する可能性がある。またうつ病予防という観点から運動療法の役割も大きいとされ,抑うつ状態の軽減,睡眠リズムの改善効果が期待されている。
著者
松尾 幸治
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.175-180, 2017 (Released:2019-07-30)
参考文献数
20

うつ病・双極性障害の構造MRI研究の初期にはmanual tracing法が主流で,一定のエビデンスを提供してきたが,近年はvoxel-based morphometryやFreeSurferといったコンピュータソフトウエアにより多数例で解析されるようになっている。これまでの知見の蓄積から前部帯状回や島領域といった情動に関与する部位が疾患群で小さいことが報告されており,MRI家族研究でも同様の所見が得られている。また白質走行解析でも前部帯状回近傍の脳梁域の異常が報告されている。今後,構造MRI研究は,うつ病・双極性障害の病態解明のほか,両疾患の鑑別や治療予測のバイオマーカーの開発が期待される。
著者
國井 泰人
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.163-167, 2019 (Released:2020-03-30)
参考文献数
14

近年,ゲノムワイド関連解析,次世代シークエンシング技術の発展により,統合失調症のリスクに関連する遺伝子領域やde novo変異が同定されるなどの大きな進展がみられたものの,統合失調症や他の精神疾患の根底にある正確な分子メカニズムは明らかにされていない。転写レベルの変化,エピジェネティック修飾およびde novo変異などの脳特異的ゲノム多型を考慮すると,ヒト脳組織の研究は,統合失調症または双極性障害の分子病態を理解するために不可欠である。筆者らは約20年前から精神疾患に関する死後脳バンクを運営し,「ジェネティックニューロパソロジー」を適用した死後脳研究で,統合失調症の分子メカニズムに対する新規の知見を得ている。本稿では,精神疾患における死後脳研究の最新の知見をジェネティックニューロパソロジーに焦点を当てて紹介するとともに,当バンクの死後脳試料を用いた共同研究の結果を報告する。
著者
杉山 憲嗣 難波 宏樹 野崎 孝雄 伊藤 たえ
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.23-29, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
24

DBSは,疼痛疾患,不随意運動の治療法として始まり,中枢神経のループ回路障害の治療法として注目され,近年,難治性の強迫性障害(OCD),うつ病等々の精神科疾患にも適応されるようになった。中でも難治性 OCD に対する DBS は,USA で FDA の認可,ヨーロッパでも CE Mark approval を獲得し,そのDBS施行数は,論文発表例のみでも94症例となっている。複数報告例(総患者数= 81例)での治療有効率は約64 %(63.8 ± 21.9%)である。各ターゲットごとの報告例数,術後 YBOCS15点以下の改善者数,20点以下の改善者数は,①内包前脚/腹側線条体刺激:報告例数42 例,15点以下12 例,20点以下15例,②側座核刺激:報告例数33 例,15点以下8 ~ 11 例,20 点以下 13例,③視床下核刺激:報告例数19 例,15 点以下7例,20 点以下 11例であった。DBSによる治療が,精神科内,OCDの患者や患者家族内で選択しうる補助療法として認識され,検討されることを望むものである。
著者
吉永 怜史 久保 健一郎 仲嶋 一範
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.120-125, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
45

ヒトがなぜ精神疾患にかかるのかを解明するためには,精神疾患の発生学的理解が重要である。大脳皮質だけとっても,ヒトは多くの領野が細胞構築的にも機能的にも分化しており,疾患脳において異なる病的意義を有している。脳発生にも領域差がありうる。しかし,脳発生の領域差についての知見は乏しい。脳全体が多様な細胞からどのようにできてくるかを徹底的に理解して初めて,脳に内包されている脆弱性を見極めることが可能になると考えられる。この脆弱性と疾患脳との因果関係を議論することにより,病態形成の理解につながると期待される。正常発生の深い理解から,精神疾患の病因研究を進化させることを提案する。
著者
久保 健一郎
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.98-102, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
16

近年,自閉スペクトラム症をはじめとする神経発達障害の発症リスクを高める要因として,遺伝要因のみならず環境要因が注目されている。例えば,在胎28週未満の超早産が自閉スペクトラム症の発症リスクを高めることが知られている。環境要因のなかでも,母体への感染とそれに対する母体の免疫反応は,自閉スペクトラム症のみならず統合失調症をはじめとするさまざまな精神・神経疾患の発症にかかわるメカニズムとして注目されている。最近,マウスモデルを用いた研究から,母体の免疫活性化によって,大脳皮質の組織構造に局所的な変化が生じることが報告された。この局所的な変化は,ヒトの自閉スペクトラム症の死後脳で観察された,大脳皮質の「cortical patches」と呼ばれる組織構造の変化に類似しているとされる。我々の作成した神経発達障害のマウスモデルにおいても,組織構造の局所的な変化が大脳皮質の一部に生じることで,離れた脳部位への影響が生じ,これが動物行動の変化に結びつく可能性が示唆された。ただし,大脳皮質の組織構造の局所的な変化がどのように神経発達障害の発症にかかわるのか,そのメカニズムについてはまだ不明な点が多く残っている。
著者
久保 健一郎
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.108-113, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
26

統合失調症や自閉スペクトラム症などの神経発達障害が関与することが想定される精神・神経疾患において,疾患横断的に観察される脳の組織的な変化として,大脳新皮質における白質神経細胞の増加が報告されている。その要因として,発生段階における神経細胞の移動障害やサブプレートの細胞の遺残が想定されているが,まだ結論は出ていない。一方で,白質神経細胞の増加は,発生・発達期で脳への障害が生じたことを示唆する痕跡であるとともに,それ自体が病態に関与することも予想される。我々がマウスにおいて人為的に白質内の神経細胞を増やしてその影響を調べたところ,大脳新皮質における線維連絡の変化と前頭葉機能の低下が生じた。今後の研究では,動物モデルを用いた解析をさらに推進するとともに,動物モデルで得られた所見を参照しながら,実際のヒト死後脳組織を用いた解析を行っていく必要がある。
著者
新本 啓人 野村 淳 内匠 透
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.81-85, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
15
被引用文献数
1

自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)は社会性の異常を呈する小児の精神疾患である。ASD は精神疾患の中ではもっとも遺伝的関与の高い疾患と考えられている。昨今のゲノム科学の進歩により,ASD を含む精神疾患の原因としてコピー数多型(copy number variation:CNV)が注目されている。ヒト染色体 15q11─ q13 重複モデルマウスは,CNV を有する ASD のマウスモデルとして開発された自閉症ヒト型モデルマウスである。今日さまざまな自閉症モデルマウスが存在しており,複数のモデルマウスを同じプラットフォームで解析することは重要なアプローチである。またCRISPR/Cas9 に代表されるゲノム編集技術の進歩により,さらなるモデル動物の開発が期待される。
著者
澤山 恵波
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.143-146, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
14

電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)の作用機序は未だに明らかにはなっていないが,難治性のうつ病でもその8割が改善を示す効果的な治療である。しかし乱用の歴史に伴う拒絶反応から感情的な議論が先に立ち,その手技の是非についての議論は先送りされてきた。日本では2002年パルス波治療器が認可され,徐々にではあるがECTにおいても治療の質が問われる時代になってきている。治療の質とは効果だけでなく,安全性や倫理面での配慮も含まれるが,今回我々は特に治療効果に影響を与える1.適応疾患,2.抗けいれん作用のある薬の漸減中止,3.刺激用量の設定,4.発作波の評価,5.閾値上昇への対応,6.術後回診,7.継続・維持ECTについて総論的に示すとともに,当院における取組を紹介する。
著者
吉川 和男
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.137-142, 2010 (Released:2017-02-16)
参考文献数
15

今から 1 世紀前に規定されたわが国の刑法 39 条には,「心神喪失者の行為は罰しない,心神耗弱者の行為はその刑を減刑する」との規定があり,精神障害者による犯罪行為については,刑罰を負わせず,刑を免除して,医療につなげる人道的配慮がなされている。また,1931 年に,大審院で下された判決が,わが国の責任能力判定の根拠として今日でも用いられている。一方,最近の脳機能画像検査や神経心理学的検査の進歩により,人の前頭葉の機能に関して比較的容易に豊富な情報が得られるようになった。これらの検査手法は未だ発展途上にあるとは言え,責任能力判定に求められる,被疑者や被告人の精神状態,弁識能力,制御能力に関しても,無視することのできない有力な情報を提供してくれる。このような発展をみる現代の精神医学にあって,責任能力判定だけが旧態然としたやり方に留まっていなければならない理由はないと思われる。本稿では 2 つの事例を用いて考察する。
著者
小坂 浩隆 田邊 宏樹 守田 知代 岡本 悠子 齋藤 大輔 石飛 信 棟居 俊夫 和田 有司 定藤 規弘
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.255-261, 2012

自閉症スペクトラム障害(ASD)の中核症状である社会性障害の脳基盤を解明するために,青年期の高機能ASD群に対して,共同研究機関とともに行ってきたfMRI研究を一部紹介する。自己顔認知課題においては,ASD群は自己顔認知処理がなされる後部帯状回の機能低下と情動処理に関わる右島の賦活異常を認め,認知と情動的評価に解離がみられた。相互模倣課題においては,自己動作実行と他者動作観察の同一性効果を求め,ASD群は左側の extrastriate body area の賦活が不十分で,症状重症度と逆相関を認めた。アイコンタクト・共同注視課題における2 台 MR同時測定(Dual-fMRI)においては,ASD群は視覚野の賦活低下を認めたほか,定型発達者ペアで認められた意図の共有を示す右下前頭葉活動の同調性が認められなかった。これらの脳領域が,ASD の social brain markerになる可能性があると考えられた。
著者
中澤 敬信
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.124-128, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
22

自閉スペクトラム症は,社会的相互作用やコミュニケーションの障がい,言葉の発達の遅れ,反復的行動,興味の限局を主な症状とする神経発達障がいである。自閉スペクトラム症の発症割合は世界的に増加傾向にあるが,発症メカニズムや分子病態は不明な点が非常に多く残されている。患者の多くは弧発症例であるため,患者に新たに生じるde novo変異が注目されている。これまでに,およそ5,000程度の自閉スペクトラム症と関連するde novo変異が同定されており,それらは神経系の発達や分化に関連する遺伝子座,シナプス関連遺伝子座,クロマチン関連遺伝子座,転写制御関連遺伝子座に存在するものが多い。最近,高頻度に変異が同定されているCHD8やARID1B,TBR1等の自閉スペクトラム症と関連した機能解析が報告されている。我々は,神経系における機能がほとんど明らかになっていないPOGZに注目し,患者由来iPS細胞やマウスを用いた包括的な研究を実施している。
著者
内田 周作
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.23-27, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
27

カルシウムイオンは,真核生物細胞におけるシグナルメディエーターとして広範な細胞機能の調節にかかわっている。脳神経系におけるカルシウムシグナルの役割としては,神経伝達物質の放出,神経細胞の分化・成熟,神経可塑性,神経細胞死などが知られている。一方,ストレスフルな環境は気分障害や不安障害などさまざまな精神疾患の発症リスク要因となることが知られているが,最近,このストレス環境によって惹起される神経可塑性異常や行動変容に対する神経細胞内カルシウムシグナル異常の関与が示唆されている。本稿では,ストレスによるカルシウムシグナル異常と行動変容・精神疾患との関連について概説したい。