著者
井濃内 歩 井出 里咲子
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.61-81, 2020-12-28 (Released:2021-04-14)
被引用文献数
1

本研究は,国内で急増する留学生とその家族が地域社会で参入する「公共空間」の一つ,保育園をフィールドに,保育園と外国人保護者とのコミュニケーション課題の実態を報告するものである。社会的文脈と不可分の動的実践として「ことば」をまなざす言語人類学の立場から,外国人保護者と園の対話を阻むものとして語られる「ことばの壁」が,相互理解には「英語」か「日本語」という共通「言語」が不可欠だとする言語イデオロギーや,わかってほしい事柄のすれ違いにより,双方に「わかりあえない」という観念が形成されている状態であることを論じる。課題解決の糸口として,現場の「ことば観」を解きほぐし,多様なコミュニケーション資源を柔軟に駆使した対話とかかわりあいの仕掛けづくりへの提案を行う。さらに,課題を抱える公共空間に調査者が「入る」こと,呼びかけに応答し,人々の声を聴くことそのものが,フィールドの変容とその協働的な再創造に繋がる可能性について考察する。
著者
村田 竜樹
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.142-160, 2020-12-28 (Released:2021-04-14)
被引用文献数
1

本稿は,技能実習生として来日し,地域の日本語教室に参加していた中国人技能実習生ジョさんのライフストーリーである。ジョさんがどのように実習生活における困難に対処してきたのか,その過程でどのように境界や価値観が変容したのか,そして技能実習生活に地域の日本語教室への参加がどのような意味を持っていたのかについて,ジョさんの語りから分析した。その結果,ジョさんは実習生活の中で,「子どもみたい」なわがままな自分から,価値観の相違を前提とし同じ目的に向けて理解し合う「大人しい」自分へと変容していた。また,ジョさんは職場で生じる問題に能動的に関与しており,その過程は,分断された職場を変革していく水平的学習の過程であった。その中で,地域の日本語教室と職場間の越境は「一人の人間として」他者と関わろうとするジョさんの実習生活そのものを支えており,職場を変革する水平的学習を支えるものであったことが明らかになった。
著者
中川 康弘
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.180-200, 2022-12-23 (Released:2023-01-29)
参考文献数
25

公的支援を受けている地域日本語教室は自主性をどう保ち,理想の活動が行えるか。本研究では日本語と母語両方を重視する運営者兼実践者の語りに着目し,日本語教育の法令・施策に潜む動員モデルへの対応をアナキズムの観点から分析した。また母語支援の動機に迫り,多様性を理解し尊重する社会のあり方を検討した。結果,調査協力者は公の要求に応じつつ,手続き上のやりとりを通じて親子の母語の大切さを対話的に訴え,協同で最適解を探っていた。ここから国家と市民の関係を持続可能にするアナキズムが確認された。また活動の中で顔のみえる子供たちとの出会いが動機となり,それが調査協力者との互酬関係を形成していた。ここに各人が不足分をネットワークで支え合い,豊かさを分かち合うコンヴィヴィアリティが見出された。同時に日本語偏重の社会システムを変えるための環境作りや周囲への働きかけの必要性が,実践者,研究者の役割として示唆された。
著者
萬浪 絵理
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.33-54, 2016-12-30 (Released:2017-04-30)

本稿は,地域日本語教育の場において,日本語能力向上という外国人市民の「ニーズ」に応えつつ市民同士が相互理解をめざす学習活動とはいかなる形であるのかを,日本語教育コーディネーターの視点で考察するものである。地域日本語教室は多文化共生社会の実現に向けて多様な言語・文化の背景をもつ市民が対話・協働によって対等な関係づくりをめざす場であるという理念が謳われているものの,現実には多くの日本語ボランティアが日本語指導の役割を負わされているために理念が実践におりていないと言われて久しい。問題を状況主義的に捉え,日本語学習者としての外国人,日本語ボランティア,一般市民という3つの層の関わりに着目して教室活動の実践をおこなった結果,日本語学習と相互理解が両立することがわかった。両立のために重要なものは「学習支援」の概念と具体的な方法であった。
著者
田中 祐輔
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.219-239, 2018-12-31 (Released:2019-05-12)

中国における日本語の学習は,戦後複数回にわたってさまざまな緊張状態に置かれた日本と中国との関係を日本理解という形でつなぐ役割の一端を担うものであった。そして現在及び将来においても,日中関係を担う人材育成の重要な場であることは疑い得ない。また,突出した学習者数と,高度な日本語人材育成という量・質の両面から,中国における日本語教育は世界の日本語教育全体を牽引する立場にあるといえる。本研究は,これまで詳しく知られてこなかった国交正常化以前の中国で日本語による情報発信や交流に多大な貢献を果たした放送局・新聞社・雑誌社のアナウンサーや記者のオーラルヒストリー調査を通じて,中国の日本語教育において日本語メディアがどのような役割を果たし,それはいかにして実現したかについて考察し,両国の相互理解と文化交流の歴史の新たな側面に光を当てるものである。
著者
小川 明子
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.45-54, 2018-12-31 (Released:2019-05-12)

現在,インターネット社会において,周縁化されがちな弱者の意見は,フィルター・バブルがひしめく中でかき消され,時に激しいヘイトスピーチの下に晒されがちである。そこで,彼らが声を上げることは難しい。本稿では,米国のストーリーテリング実践,日本の生活記録運動や臨床領域で展開されるナラティヴ・アプローチなど,ストーリーテリングの手法を活用して,他者理解や連帯,社会参画を目的に展開されてきた実践の系譜を辿りながら,周縁化されがちな人びとにとって,物語を協働的,対話的に生成し,共有することがエンパワメントにつながるという道筋を示す。またその視点から,デジタル・ストーリーテリングを再検討し,デジタル時代における協働的なストーリーテリングの利点について再検討する。
著者
大石 海
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.74-94, 2021-12-24 (Released:2022-02-14)
参考文献数
25

本研究は,「制度としての母語話者志向」が表出している小学校英語教育において,音声指導のポリティクスという現実を教師がどのように生き,そのポリティクスにどう対応したりそれをずらしたりしているのかを明らかにするため,2名の小学校教師にインタビューを行い,音声指導に関する語りを質的に分析・検討するものである。分析方法としてダレン・ラングドリッジ(Darren Langdridge)の批判的ナラティブ分析(Critical Narrative Analysis: CNA)を採用した。分析の結果,自身の英語力に不安を抱えながらも英語の授業を肯定的に受け止めている2名の教師は,「制度としての母語話者志向」に追従的な立場とそれに懐疑的な立場に立っていることが分かった。児童に英語を聞かせる場面では差異(「ネイティブの英語を聞かせるべき」「ネイティブ以外の音声も聞かせるべき」)が見られた一方で,児童に英語を話させることについては共通した実践(「児童の話す英語には流暢さを求めない」)が見出された。
著者
オードリー オスラー 小玉 重夫 細川 英雄 福島 青史
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.2-32, 2019-12-31 (Released:2020-03-10)

本稿は,2019年3月10日に早稲田大学で開催された言語文化教育研究学会第5回年次大会シンポジウムの記録である。
著者
牛窪 隆太
出版者
言語文化教育研究学会
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.13-26, 2015-12-30 (Released:2016-03-21)

近年,「日本語教育学」をめぐって,従来の日本語教育のあり方を批判的にとらえ,日本社会に位置づけ直そうとする議論が盛んになっている。国内大学のグローバル化戦略にともない,日本語教育に期待される役割も,今後拡大していくことが予想される。日本語教育を日々実践しているのが,現場の教師であることを考えれば,従来の日本語教育のとらえ直しとは,現場の教師それぞれが,自身の教師としての役割を再考しなければ,達成されないものである。本稿では,研究者であり教師でもある筆者の立場から,現場の日本語教師がおかれた教師環境を検討し,その問題点を指摘する。そのうえで,日本語教育で主張された「自己成長」論を批判的に検討することから,現場の教師が,「フリーランス」の専門家であろうとすることによって生まれる拘束性から,お互いを逸脱させていくための「同僚性」構築を,日本語教育において構想する必要性を主張する。
著者
宇佐美 洋 岡本 能里子 文野 峯子 森本 郁代 栁田 直美
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.383-403, 2019-12-31 (Released:2020-03-10)

日本語教育関係者を対象に,フォーラム・シアター(FT)と呼ばれる演劇ワークショップを実施した後で,参加者に対するインタビューを実施し,各参加者にどのような変容があったかを分析した。その結果,ある参加者はFTへの継続的な参加を経て,ネガティブ・ケイパビリティ(すぐに答えを求めず考え続ける能力)を深化させていったことが確認されたが,一方でFTに明確な終着点を求めてしまう参加者もいたことが確認された。またある参加者は,FTでは「一人称的アプローチ」(自分の内観をそのまま他者に当てはめて理解しようとする)によって他者理解をしようとしていたが,その後他者から「二人称的アプローチ」(対象の情感を感じ取り,対象の訴え・呼びかけに答えようとする)を受けることで,一人称的アプローチから脱却していくプロセスが確認された。このことを踏まえ,この種のワークショップを運営する者に求められる配慮についても論じた。
著者
三代 純平
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.27-49, 2015-12-30 (Released:2016-03-21)

本稿は,地方大学において韓国の高校生を対象に行われたオープン・キャンパスに関する実践研究である。大学の教職員,留学生,地域の方々と共に,韓国の高校生を受け入れることで,そこに,ことばを学びあう場が生まれた。オープン・キャンパスというプログラムに協働で携わることで,新たなコミュニケーションが生まれ,新たなコミュニティが生まれた。その経験は,プログラムへの参加者それぞれに学びをもたらした。留学生は,地域のコミュニティや将来参加したいと思うコミュニティに求められる日本語を体験的に学んだ。この実践を省察することで,一つの実践を通じてことばを学びあう場をデザインすることが,日本語教育の目的となりうることを主張する。そして,そのための日本語教師の役割に,実践の共有があることを論じる。
著者
南浦 涼介 柴田 康弘
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.97-117, 2015-12-30 (Released:2016-03-21)

本研究は,異なる立場にある「実践者」と「研究者」の協働による「実践研究」のありかたを模索する研究である。近年「実践研究」のありかたが提起されてきているが,多くの場合「実践者」と「研究者」は同一であることが前提である。しかし,教育の分野では異なる立場にある「実践者」と「研究者」が協働の形で実践の質的向上をねらう実践研究のパターンも当然想定される。また,近年の学力観の変容から,「学習者にとっての実践の意味」を考える視点の重要性も謳われている。ただ,これらが「研究者」による実態の解明としての研究である場合,「実践」の改善や変革につながりにくいという側面はある。本小論では,「実践者」と「研究者」が協働的な形で元生徒であった子どもたちに「座談会」を開き,中学校から高等学校に進学した中での子どもたちの学習に対する価値観の葛藤や変容を聞くことによる実践者と研究者のインパクトのありようを検討する。さらに,そうした過程を「実践者」と「研究者」が協働的に構築していくことによる実践研究の可能性について考察する。
著者
中川 篤 柳瀬 陽介 樫葉 みつ子
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.110-125, 2019-12-31 (Released:2020-03-10)

社会学者のバウマンが指摘する「個人化」の潮流は本来協働的な営みであるはずのコミュニケーションを個人化して考える傾向と連動しているように思われる。しかし,ますます複合的になり,個人で解決困難な問題が増加していく社会においては,多くの人間が協働的に問題への対処を目指すコミュニケーションこそが重要となる。そこで本研究では共同体による問題対処のコミュニケーションについて,精神保健福祉の分野で目覚ましい成果を挙げる当事者研究を題材にして再考した。その際の理論的枠組みは,個人の特性ではなく関係性の特性に注目する関係性文化理論である。再考の結果,当事者研究のコミュニケーションは,特定の関係性を文化として定着させた上でのコミュニケーションであり,その関係性の文化においてコミュニケーションは弱さを力に変えることができることがわかった。
著者
オーリ リチャ
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.55-67, 2016-12-30 (Released:2017-04-30)

本稿は日本における多文化共生と向き合うべく,ある異文化交流の場に焦点を当て,そこであたりまえのように行われている「◯◯国」を紹介する活動に対し持っている違和感を明らかにすることを目的としている。Hall(1997)が提唱する表象の概念を用い,「◯◯国」を表象する行為は必ずしも「無害」ではなく,(1) 差異の強化,(2) 二項対立の構図の構築,(3) ステレオタイプ構築に繋がる行為であることが記述できた。その背景には常識の支配力やヘゲモニーの維持に関連するイデオロギーが見え隠れしていることも明らかになった。また,日本社会の構成人である母語話者・非母語話者一人一人が「市民」になるためには,(1) 批判的意識,(2) 有標質問・有標イメージに対する認識,(3) 文化の再考,(4) 「わたし」という存在に対する認識が必要であることが示唆できた。
著者
福元 美和子
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.162-173, 2016-12-30 (Released:2017-04-30)

明治期は近代日本語の歴史においてもっとも変化と躍動が起きた時期である。鎌倉室町期以降,さまざまなお国ことばが混在した話し言葉と書き言葉が大きく乖離した状態で受け継がれてきた日本の言葉を,全国で統一した話し言葉,さらに言文一致が求められるようになっていった。その先駆けとして森有礼は「日本語廃止論・英語採用論」を唱えたとされている。本稿では,後世に渡って批判の的とされてきたその原点ともいえるアメリカの言語学者ホイットニーとの書簡のやりとりの一部分を中心に,森有礼は本当に「日本語廃止論・英語採用論」を提唱したのか考察を試みる。
著者
竹田 青嗣 細川 英雄 西口 光一
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.279-300, 2018-12-31 (Released:2019-05-12)

本稿は2018年1月30日(火)に当学会の特別企画として開催された竹田青嗣氏の主著『欲望論』をめぐる本人による講演とパネルディスカッションの記録である。特別企画の前半は,竹田氏が「言語の本質とは何か」という問題から出発する言語ゲーム論を中心に,言語を用いて共通了解を生み出していくための原理としての『欲望論』の哲学原理について講演した。後半はそれを承け,細川英雄氏と西口光一氏が,『欲望論』を日本語教育の分野におけるそれぞれの問題意識に引き寄せつつ講演し,その後,竹田,細川,西口各氏によるパネルディスカッションを行った。その後,フロアとの質疑応答という形でオープンに議論が展開した。どのような社会を構想するべきなのか。それにはどのような哲学原理が必要なのか。そして,ことばの教育に携わる者は,そのような社会の構想に向けてどのような問題意識を持ち,どのように行動すべきなのか。方法論に先立つ「意味」と「価値」を問う「ことばの教育」の哲学原理について,会場では活発な議論が交わされた。本稿では,紙数の関係から竹田,細川,西口各氏の講演部分は要旨のまとめ,他の部分は談話体による記述とした。本稿によって当日の講演およびパネルディスカッションの内容が,臨場感を持って読者に伝われば幸いである。
著者
横田 雅弘
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.33-44, 2018-12-31 (Released:2019-05-12)

2000年にデンマークで始まり,あっという間に世界90か国以上で実施されるまでに広がったヒューマンライブラリー(「人を貸し出す図書館」)の実際を,筆者がおよそ10年にわたって実施してきた明治大学の事例を基に考察した。特に,文部科学省科学研究費を得て行った「読者」の偏見低減効果に関するアンケート調査の結果と「司書」となったゼミ学生にどのような教育効果があったかを中心に分析した。また,ヒューマンライブラリーの多様な効果と豊富な応用可能性については,このイベントが質の良いナラティブを生み出す構造をもっているためではないかと考え,これまでの筆者の経験から,その応用可能な領域をまとめた。
著者
庵 功雄 寺沢 拓敬 有田 佳代子 牲川 波都季
出版者
言語文化教育研究学会:ALCE
雑誌
言語文化教育研究 (ISSN:21889600)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.3, 2017 (Released:2018-06-05)

本稿は,2017年2月25日に関西学院大学において開催された言語文化教育研究学会第3回年次大会シンポジウムの記録である。