著者
及川 雅人
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.50, no.11, pp.1123-1127, 2014 (Released:2016-09-30)
参考文献数
19

中枢神経シナプスは興奮と抑制性神経伝達の絶妙なバランス(I/Eバランス)が保たれることで恒常性が担保されており,その乱れは神経因性疼痛,うつ,てんかん,片頭痛など様々な神経症状に波及する.I/Eバランスは興奮性および抑制性のイオンチャネル型受容体に加え,多くの代謝調節型受容体の複雑な相互作用の上に成り立つが,その解明のためさまざまなメカニズムにより作用するリガンドが開発され,中には医療に用いられる化合物もある.本稿ではイオンチャネル型グルタミン酸受容体(iGluR)の1つ,α-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid(AMPA)受容体に焦点をしぼって,その構造と生物機能,リガンドの特徴と用途,開発と発展性について紹介したい.ほ乳類のiGluRは18の遺伝子にエンコードされており,それらは親和性の高いリガンドにちなみ4つのファミリー(AMPA受容体,カイニン酸受容体,その他)に分類される.興奮性シナプス後電流(excitatory postsynaptic current:EPSC)を司るAMPA受容体には4つのサブユニットタンパク質(GluA1~GluA4),また,シナプス前/シナプス後の両方に存在するカイニン酸受容体には5つのそれ(GluK1~GluK5)がある.サブユニットタンパク質はホモ,あるいはヘテロメリックに四量化してiGluRを形成する.ファミリーを超えた組み合わせで会合することはないが,以降に述べる複数の要因によりiGluRは構造的に多様で,それぞれが特有の生物機能を担っていると考えられている.大まかには,AMPA受容体は速い神経伝達を担い記憶や学習機能の中心にあるのに対し,カイニン酸受容体は中枢神経系の興奮と抑制のバランスを調節する役割を担っている.
著者
浅井 真理子
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.448-449, 2018

私は大学で薬学を学び、企業の研究職を経たのち、現在は臨床心理学の教員をしている。薬学で学んだ知識や研究者としての態度は、専門としているがん医療における心理支援である「サイコオンコロジー」に集約されている。本稿では、 心理職に転向するに至った個人的な経験とサイコオンコロジーの臨床と研究について紹介する。
著者
浅井 禎吾 大島 吉輝
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.112-116, 2014 (Released:2016-04-05)
参考文献数
19

天然物探索研究,いわゆる“ものとり”の醍醐味は,ヒトの想像力をはるかに超える新規な構造や薬理活性を持つ化合物を手にするところにある.しかし,今では胸躍るような新規物質との出会いはなかなか期待できず,やっとの思いで単離したものが既知化合物であったということは,天然物研究者なら誰もが経験したであろう.最近,次世代シーケンサーの登場によってゲノム科学が目覚ましく進展した.その結果,これまで多種多様な二次代謝物が見いだされた放線菌や糸状菌にあっても,そこにはいまだに多くの生合成遺伝子が利用されないまま埋もれていることが分かってきた.未利用生合成遺伝子は新規天然物の新たな鉱脈かもしれない.ここ数年,ゲノム情報に基づく手法や転写制御を利用する手法に加え,難培養微生物ゲノムを利用するメタゲノム法など,未利用生合成遺伝子を活用して新規物質を取得する新しいスタイルの天然物研究が急速に進んだ.本稿では,我々が近年力を入れている,エピジェネティック制御による未利用生合成遺伝子の活用と,そこで得られた多様な天然物を紹介したい.
著者
杉山 雄一
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.113-115, 2016 (Released:2016-02-23)
参考文献数
5
被引用文献数
2

薬学に基盤を置く研究者の強みとして、基礎研究領域(有機化学、生化学、分子細胞生物学、生命物理化学、薬理学、薬物動態学など)に知悉していることがあげられる。リバーストランスレーショナルリサーチ(rTR)においては、研究へのとりかかりとして“臨床上での問題点からスタート”し、“問題点のメカニズムを基礎研究により明らかに”し、最終的には、臨床上にフィードバックされることが必至となる。rTRは基礎研究に強い薬学研究であるからこそ目指すべき取り組み方である。
著者
戸次 加奈江
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.50, no.12, pp.1263, 2014

アリール炭化水素受容体(AhR)は,環境汚染物質であるダイオキシン類や多環芳香族炭化水素類の受容体として働く転写因子である.AhRがリガンドと結合して活性化すると核内に移行し,そこでAhR nuclear translocator(ARNT)と結合する.このダイマーは異物応答配列(XRE)と呼ばれる特定の塩基配列に結合することにより,薬物代謝酵素CYP1A1をはじめとする様々な標的遺伝子の発現を誘導する.一方で,このようなAhRの反応経路(古典的経路)以外に,AhRの転写因子としての機能やARNTに依存しない,nongenomic pathwayと呼ばれる毒性経路の存在がMatsumuraによって示された.このAhRの反応経路では,炎症反応にかかわる様々な細胞内誘導される.このため,従来の古典的経路とは異なるnongenomic pathwayを介した新しいAhRの役割が明らかになってきた.さらに興味深いことに,培養細胞を用いた検討から,古典的経路の指標であるCYP1A1の誘導は曝露数時間後に減少してしまうのに対し,nongenomic pathwayに由来するCOX2等の誘導は72時間後でも増加しており,反応性の違いが見られている.したがって,nongenomic pathwayを介したAhRによる初期のシグナルが,持続的なシグナルに変換され,慢性的な炎症反応につながる可能性も示唆されている.<br>なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.<br>1) Matsumura F., <i>Biochem. Pharmacol</i>., 77, 608-626 (2009).<br>2) Dong B., Matsumura F., <i>Mol. Endocrinol</i>., 23, 549-558 (2009).<br>3) Vogel C. F. A. <i>et al</i>., <i>J. Biol. Chem</i>., 289, 1866-1875 (2014).<br>4) Fujisawa Y. <i>et al</i>., <i>Biol. Chem. Soc</i>., 392, 897-908 (2011).
著者
見坂 武彦
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.64, 2015

種々の動物を宿主として自然界に広く分布するA型インフルエンザウイルスは,赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の亜型によって分類される.通常,宿主動物に固有の亜型があるが,水きん類ではその全てが存在する.トリインフルエンザウイルス(AIVs)は,変異により他の動物にも感染することがあり,その際,ゲノムとして保有する8つの分節RNAの一部が異種動物ウイルスのものと交雑し,抗原性が変化する.このため,AIVsは新型インフルエンザの出現に深く関与してきた.<br>なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.<br>1) Olsen B. <i>et al</i>., <i>Science</i>, 312, 384-388 (2006).<br>2) Miller G. D. <i>et al</i>., <i>Antarct.</i> <i>Sci</i>., 20, 455-461 (2008).<br>3) Hurt A. C. <i>et al</i>., <i>mBio</i>, 5, e01098-14 (2014).<br>4) Webster R. G. <i>et al</i>., <i>Microbiol. Rev</i>., 56, 152-179 (1992).
著者
永野 大輔
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.53, no.9, pp.925, 2017 (Released:2017-09-01)
参考文献数
3

抗体医薬品は,今日のがん化学療法においてキードラッグの1つとなっている.抗CD20抗体のリツキシマブの承認以降,全世界で50種類以上の抗体医薬品が承認されており,多くの抗体医薬品が開発されている.抗体医薬品の作用機序には,抗体依存性細胞傷害(ADCC)と補体依存性細胞傷害(CDC)がある.ADCCは抗体が標的細胞や病原体に結合することにより,natural killer(NK)細胞やマクロファージが抗体のFc部位を認識して標的細胞を傷害する作用である.CDCは,補体が活性化して標的細胞を傷害する作用である.N-結合型糖鎖は多くの抗体医薬品が有している糖鎖修飾体であり,ADCCやCDCに影響を与える.さらにFab部位に結合しているN-結合型糖鎖は,抗悪性腫瘍薬のセツキシマブにおいて,アナフィラキシーを引き起こす原因の1つとして報告されている.抗体医薬品の薬理作用と副作用防止の観点より,N-結合型糖鎖修飾体の血中濃度モニタリングは重要と考えらえる.今回,リツキシマブの血中濃度モニタリング対象として,糖鎖修飾体の経時的変化を調査した報告を紹介する.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) Chung C. H. et al., N. Engl. J. Med., 358, 1109-1117(2008).2) Otani Y. et al., PLoS One, 12, e0169588 (2017).3) Shields R.H. et al., J. Biol. Chem., 277, 26733-26740(2002).
著者
川戸 勇士
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.52, no.10, pp.967, 2016 (Released:2016-10-01)
参考文献数
2

近年,酵素の活性部位特異的修飾によって新たな分子認識能,反応性および選択性を付与した人工酵素の創出により,実現困難な分子変換を達成する研究が盛んに展開されている.中でも,生化学反応で利用されない白金族元素(Ru,Rh,Pd,Os,Ir,Pt)を補因子とする人工酵素が注目されている.今回,WardらはPd錯体を結合させたビオチン誘導体をホストタンパク質のストレプトアビジン(Sav)に組み込むことにより,人工酵素“Suzukiase”を創出することに成功したので,本稿にて紹介する.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) Hyster T. K. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 55, 7344-7357 (2016).2) Chatterjee A. et al., Chem. Sci., 7, 673-677 (2016).
著者
黒川 洵子
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.53, no.8, pp.796-800, 2017 (Released:2017-08-01)
参考文献数
8

本稿では、性差医学の観点から男女の違いに応じた薬物療法に関わるトピックを概説する。細胞レベルでも性差があることも分かってきたので、その病態生理学的役割の解明へ向けた取り組みも紹介する。
著者
杉山 梓
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.53, no.12, pp.1215, 2017 (Released:2017-12-01)
参考文献数
5

不安・睡眠障害や概日リズム異常は,双極性障害(BD)や統合失調症(SZ)において共通して認められる.両疾患において,不安の増悪は症状の重症化や治療薬効果の減弱をもたらす.扁桃体は恐怖やストレス応答,不安の表出において中心的な役割を担っている脳部位であり,扁桃体におけるソマトスタチン(SST)やニューロペプチドY(NPY)の発現は不安の減弱につながる.マウス扁桃体へSSTを注入すると抗不安様作用や抗うつ様作用を示し,またSST欠乏マウスでは不安様行動の増加を示す.扁桃体におけるNPYの減少が拘束ストレス後に認められるなど,SSTとNPYが扁桃体の働きに主要な役割を示す可能性が示唆されている.本稿では,BDとSZ患者の症状増悪とSSTおよびNPYの扁桃体における発現の概日リズム変動に関するPantazopoulosらの論文を紹介する.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) McDonald A. J. et al., Neuroscience, 66, 959–982(1995).2) Pantazopoulos H. et al., Biol Psychiatry, 81(6),536-547(2017).3) Johansson A. S. et al., Schizophr Res., 74(1-3),17-23(2016).4) Seifuddin F. et al., BMC Psychiatry, 13, 213(2013).5) Berretta S. et al., Biol. Psychiatry. 62, 884-893(2007).
著者
金城 隆展
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.114-118, 2020

物語る医療・物語る医療従事者はそうでない医療・医療従事者よりもより有能である。なぜなら物語る医療従事者は、患者のユニークで多様性に富んだ物語を一方的に語り譲ることなく、患者と医療者の丁度中間(中庸)で共に一つの物語を紡ぐことで、患者の医療的最善を探求すると同時に患者の思いや価値観を尊重することを両立させることが可能になり、最大限の倫理である「患者の幸福」を達成する可能性がより高くなるからである
著者
西 真弓
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.52, no.11, pp.1068-1069, 2016 (Released:2016-11-01)
参考文献数
4

私は薬学部卒業後,大学院には進まず,薬学部時代に不完全燃焼であった経験への反省と,もう一度学問にチャレンジしてみたいという思いから,医学部に再入学した.したがって,原稿の依頼を受けた時,「薬学を糧に輝く!薬学出身者の仕事」のコラムの執筆者としてはふさわしくないと思ったのであるが,多様な生き方があることを紹介したい,また内容は余り堅苦しくないものにしたい,との趣旨を聞き,お引き受けすることにした.薬学部出身の私が医師へ転身し,さらに医学部で研究をすることになった経緯についてご紹介させていただく.
著者
荒田 洋治
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.51, no.6, pp.575_1, 2015 (Released:2018-08-26)

ハンフリー・デービー(1778~1829)は,ホウ素,ナトリウム,マグネシウム,カリウム,カルシウム,バリウムを発見したことでその名を知られるイギリスの化学者である.6種類もの新元素を発見したのは,化学の歴史の中で,デービーただ1人である.