著者
片木 宗弘
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.51, no.6, pp.561-563, 2015 (Released:2018-08-26)
参考文献数
5

最近,薬学部の講義カリキュラムから裁判化学を外してしまった大学が少なくないようで,我々科学捜査研究所(科捜研)の仕事を紹介する機会もほとんどなくなってきた.筆者が学生の頃は,クラブの顧問教授が担当される裁判化学の講義の際には,勉学に燃える真面目な同級生の迷惑も顧みず,男子クラブ員一同講義室の最前列に陣取り講義を受けたものである.残念ながらその講義内容はあまり覚えていないが,とにかく裁判化学という分野の存在を知る機会になったことは確かであり,その講義の甲斐あってか筆者は今,科捜研の職に就いている.薬学部において,裁判化学が置かれている立場は危機的な状態だが,科捜研への就職を希望する学生は,減少するどころか増加しているようにさえ思われる.これは,国内外で放映される科捜研を題材としたテレビ番組が,内容の真偽はさておき,科捜研人気に拍車をかけているように思える.そこで,科捜研の業務の一端を紹介することにより,テレビ番組以外では触れる機会のなくなった読者特に薬学部生の皆さんに,少しでも裁判化学というものに触れていただき,薬学部出身者が大いに活躍できる場であることを改めて認識していただければと思う.
著者
北村 雅史
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.440, 2020 (Released:2020-05-13)
参考文献数
5

スイカズラ(Lonicera japonica)は北海道から九州および朝鮮半島,中国に分布するつる性の常緑低木である.金銀花はスイカズラの花を基原とした生薬で,5〜6月に咲く白い花が数日経過すると黄色く変化し,白と黄の花が咲いている姿から名づけられている.金銀花は清熱,解熱作用を期待し使用され,臨床では炎症や細菌性疾患によく用いられている.金銀花が配合される「銀翹散」は,清時代の医学書「温病条弁」に収載されている薬方であり,この銀翹散に基づく処方「銀翹解毒散」のエキスにインフルエンザウイルス増殖抑制効果が報告されている.今回,Huangらは金銀花由来のmicroRNA(miRNA)が水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の複製を阻害することを明らかにしたので紹介したい.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) 中薬大辞典,小学館,東京,1985, pp.523-526.2) Miyazaki T., Nihon Yakurigaku Zasshi, 140, 62-65(2012).3) Huang Y. et al., J. Neurovirol., 25, 457-463(2019).4) Zhang L. et al., Cell Res., 22, 107-126(2012).5) Zhou Z. et al., Cell Res., 25, 39-49(2015).
著者
山本 輝太郎 石川 幹人
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.55, no.11, pp.1024-1028, 2019

ワクチン有害説とは,「ワクチン接種はヒトにとって有害である」という基本的な考えのもと,社会および個人に対してワクチン接種の危険性を訴える主張の総称である.本稿の目的はワクチン有害説の科学性を評価することにある.科学哲学・科学社会学の知見から案出した「科学性評定の10条件」に基づくと,ワクチン有害説は理論の適応範囲に大きな問題を抱えており,データの面からもこれを支持できる有力な根拠はなく,典型的な疑似科学的言説である.科学性評定の10条件の理解把握によってこうした評価が可能である.
著者
岡本 貴行
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.50, no.6, pp.573, 2014 (Released:2016-07-02)
参考文献数
2

好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps:NETs)は2004年にBrinkmannらによって報告された好中球の生体防御反応である.感染により活性化した好中球は,既知の細胞壊死やアポトーシスとは異なる特徴的な細胞死(NETosis)を引き起こし,自身のDNAを細胞外へ放出して,NETsの名の通りネット状の構造を形成する.NETsは,DNAの他にヒストン,好中球エラスターゼ,好中球顆粒内の抗菌物質などを構成成分として含み,貪食とは異なり,細胞外で細菌や病原体を捕捉して殺菌する役割を持つ.また,NETsは異物を捕捉するとともに,白血球,血小板と血管内皮細胞を相互作用させ,微小血栓を形成して異物の排除を行う.近年,このNETsによる異物や細胞の捕捉という概念が各種病態の理解に影響を与えている.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) Brinkmann V. et al., Science, 303, 1532-1535 (2004).2) Cools-Lartigue J. et al., J. Clin. Invest., 123, 3446-3458 (2013).
著者
小西 徹
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.51, no.8, pp.802, 2015 (Released:2018-08-26)
参考文献数
4

近年,幻覚・暴言・攻撃的行動・不安といった認知症の周辺症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)に対して抑肝散が有効であることが報告され,大規模臨床試験におけるデータも集積されてきている.抑肝散のBPSDに対する作用機序の1つに,グルタミン酸(Glu)過剰による毒性から神経細胞を保護する作用が考えられている.神経毒性発現のメカニズムにはNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸,N-methyl-D-aspartic acid)型グルタミン酸受容体を介するものと,システムXc-(シスチン/グルタミン酸アンチポーター)を介するものが提唱されている.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) Iwasaki K. et al., J. Clin. Psychiat., 66, 248-252 (2005).2) Matsuda Y. et al., Human Psychopharmacol., 28, 80-86 (2013).3) Kawakami Z. et al., Neurosci., 159, 1397-1407 (2009).4) Kanno H. et al., PLoS One., 9, e116275 (2014).
著者
古田 晃浩
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.57, no.9, pp.850-852, 2021 (Released:2021-09-01)

ファイザー、ラクオリア創薬の2社をスピンアウトして設立された創薬ベンチャーのAskAtのビジネスモデル、研究開発の対象とする治療領域および研究開発ポートフォリオを紹介する。自社の研究施設を持たず、国内外の製薬会社、バイオベンチャー、アカデミアから洗剤価値の高い化合物を導入し、価値を高め、早期の段階で導出するという非常にユニークなビジネス戦略で、画期的な新薬の創出を目指す。
著者
礒濱 洋一郎 堀江 一郎
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.139-143, 2018 (Released:2018-02-01)
参考文献数
12
被引用文献数
4

現在の我が国の医療において,ほとんどの医師が治療手段の一つとして漢方薬(エキス製剤)を用いている.その中には,腹部外科手術後のイレウスの予防のための大建中湯や,化学療法剤による副作用対策に用いられる牛車腎気丸など,古典的な使用法とは明らかに異なるものも多い.現代の医療において用いられている漢方薬の中には,西洋薬にはない優れた効果を発揮したり,医療経済学的なアドバンテージが認められたりしたために,広く用いられるようになったものも多い.漢方薬がその永い歴史の中で,先人達の知恵を集約した優れた医薬品であることを考えると,上述の例のように,現代医療の中で新たな適用を見出され,医師と患者の双方にとって有益なものとして利用されるようになることは不思議ではない.しかし,このような漢方薬の新たな適用は,漢方薬の使用法に関する指南書たる「傷寒論」や「金匱要略」といった古典的書物に記載されているはずはない.従って,現代の医療において,漢方薬をさらに効果的かつ安全に用いていくためには,その作用機序の科学的な解明が不可欠である.近年,脳外科領域では,頭部外傷などに伴って生じる慢性硬膜下血腫の患者に対する五苓散の使用が飛躍的に増加している.五苓散の古典的な適応は,「水毒証」の改善であり,口渇,尿不利,下痢および嘔吐などに用いられていることを考えると,慢性硬膜下血腫への使用は,現代医療における新たな使用法であると言える.実際,五苓散の投与によって血腫が消失したとの症例報告や1),外科的に血腫を摘出した後に五苓散を投与すると有意な再発防止に繋がるとの報告もなされている2).慢性硬膜下血腫に対する従来の治療方針は,外科的に血腫を摘出することが基本であり,薬物治療を考える場合は,脳圧降下のために浸透圧利尿薬をはじめとする利尿薬を用いるとともに,副腎皮質ステロイド薬により炎症反応に対処するのが一般的である.五苓散の慢性硬膜下血腫に対する有効性を考えるためには,本方剤がこれらの西洋医学的な薬物治療に相当する薬理作用プロファイルをもつか否かを検証すべきであろう.近年,著者らは,五苓散などの利水薬すなわち水分代謝調節作用をもつ漢方薬の作用が,水チャネルとして知られるアクアポリン(AQP)と密接に関係していることを見出し,この関係をさらに詳細に明らかにするための基礎薬理学的研究を展開している.本稿では,本方剤のAQP機能あるいは発現調節を介した水輸送抑制作用,抗炎症作用および血管新生抑制作用について紹介したい.

4 0 0 0 OA 精神運動制止

著者
松島 英介 市倉 加奈子
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.53, no.10, pp.1000_4, 2017 (Released:2017-10-01)

精神運動抑制ともいわれ,抑うつ気分や意欲の低下などとともに,うつ病の主症状の1つである.思考や決断力などの精神活動が停滞し,会話の減少,思考過程の遅延や緩慢な動作となって現れる.患者は,根気がない,集中できない,決断ができない,億劫や面倒などと訴える.重症になると,口数が極端に減って行動も不活発となり,臥床したまま動かなくなることもあり,うつ病性昏迷と呼ばれる状態になる.
著者
福島 若葉
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.55, no.11, pp.1029-1033, 2019 (Released:2019-11-01)
参考文献数
12

インフルエンザワクチンは, 国際的にも長く使用されてきたワクチンの1つであるが, その有効性について批判の絶えないワクチンでもある. 一方, そもそもワクチンの効果はどのように評価すべきか, 「ワクチン有効率」の数値が何を意味しているかについて, 正確に答えられない方も多いのではないだろうか. 本稿では, インフルエンザワクチンを例に, ワクチン有効性の概念について解説するとともに, 今後のワクチン開発の展望について述べる.

4 0 0 0 OA ビタミン総論

著者
太田 好次
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.187-192, 2015 (Released:2018-08-26)
参考文献数
19

栄養素(正常な生命活動維持のために体内に取り入れる物質)には,糖質,タンパク質,脂質,無機質(ミネラル)およびビタミンがある.食物として摂取された糖質,タンパク質,脂質などの栄養素が消化,吸収され,細胞内でそれぞれ特有の必要な化合物が合成される.ところが,体内で新たに作ることができないか,作られても量が十分でない有機化合物で,しかも生命に必須な微量化合物がビタミンと呼ばれる化合物である.すなわち,ビタミンは正常な生理機能を営むために必要不可欠であるが,その必要量を体内で作れないので体外から取り入れなければならない有機化合物のうち,必要量が微量であるものの総称で,微量有機栄養素である.表1に示すように13種類のビタミンがあり,生体内での働きは種類により異なっている.すなわち,ビタミンは物質名ではなく,機能で分類されている.ビタミンには,水溶性ビタミンと脂溶性ビタミンが存在する.水溶性ビタミンには,ビタミンB1,B2,B6,B12,ナイアシン,葉酸,ビオチン,パントテン酸などのビタミンB群とビタミンCの9種類がある.脂溶性ビタミンには,ビタミンA,D,EおよびKの4種類がある.また,生体内で化学的変化を受けてビタミンとなることができる天然化合物のプロビタミン(ビタミン前駆体)がある.プロビタミンとしては,ビタミンAになることができるα-カロテン,β-カロテン,γ-カロテンなどのカロテノイドおよびビタミンDになることができる生椎茸などに含まれるエルゴステロールとコレステロールから生じる7-デヒドロコレステロールがある.エルゴステロールは紫外線照射でビタミンD2となるので,プロビタミンD2といわれる.7-デヒドロコレステロールは皮膚に移行し,日光を浴びるとビタミンD3となるので,プロビタミンD3といわれる.
著者
菊地 哲朗
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.52, no.12, pp.1141-1145, 2016 (Released:2016-12-01)
参考文献数
14

パーキンソン病は,振戦,無動,筋強剛,姿勢反射障害などの運動症状を起こす神経変性疾患である.原因は不明で,黒質線条体系ドパミン作動性神経が変性脱落し,線条体におけるドパミン濃度が低下することで発症すると考えられている.パーキンソン病治療薬としては,L-ドパおよびドパミン受容体アゴニストなどのドパミン系薬剤が中心的に使用されている.本稿では,それぞれの薬剤の治療方針と,副作用の中でも幻覚・妄想の治療についてどのような措置が取られているかについて解説したい.また,世界で初めて米国において,パーキンソン病の精神病(幻覚・妄想など)を改善する非ドパミン系の新薬ピマバンセリンが最近承認されたので,その情報についても触れたい.
著者
坂本 謙司
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.88_1, 2022 (Released:2022-01-01)

私が学生時代に受けた教えの中の1つに「剤」と「薬」の区別がある.「『剤』は主薬に添加物を加えて製剤化したものを指すが,基礎研究で用いるのは化合物そのものなので,例えば,学会抄録などにおいては『阻害剤』ではなく『阻害薬』と書くように」と指導された.元々の漢字の意味から考えて,私は化合物そのものを指す際には「○○薬」と書いていただきたいと考えているのだが,実際のところ,話はそんなに簡単ではない.例えば,有機化学で用いられる「酸化剤」は「酸化薬とは書かれない.これは英語の”agent”の和訳に「剤」を用いることからきているのではないかと思われるのだが,漢字の使い方1つとってみても,なかなか悩ましいものがある.