著者
渡辺 茂
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.7-13, 2019 (Released:2021-07-28)
参考文献数
15

Ⅰ.なぜネズミで研究するのか 共感は現在最も注目を集めている現象の一つである1)2)。他人の不幸に共感したり、逆に、不公平であることを嫌悪したり、他人を嫉妬したりするのは人間の自然な感情であり、いわば、人間の人間らしい面だとも考えられる。なぜ、この現象を動物で研究する必要があるのだろうか。18世紀の大生物学者であるルイ・ビュッフォンは「もし動物がいなければ、人間の本性はさらに一層不可解なものとなるだろう」と述べている。つまり、人間のことは動物と比較することによって理解が深まる。共感や嫉妬は人間の自分の気持ちを他者と比較することによって生じる情動である。人間で見られるそのような情動がネズミでも見られれば、その進化的起源が明らかになるばかりでなく、人間ではできない実験的研究が可能になり、その神経基盤の解明が可能になってくる3)4)。 Ⅱ.共感を単純化して考える 共感については哲学者、社会心理学者などが様々な定義、分類、理論を展開してきた。これを動物実験で研究するには、なるべく単純化することが必要である。前提としては、まず自分と他人のすくなくとも二人(動物では2個体)がいることである。つまり、共感は個体が複数いることによって成り立つ個体間現象なのである。共感については、相手の気持ちがわかるという認知的側面を強調する立場と、相手の情動によって自分も快感を感じたり、逆に不快を感じたりする情動的側面を強調する立場があるが、まずは他者の情動表出によって起きる情動反応と考えよう。どのような情動が起きるかについても様々な意見があるが、単純化すれば、快か不快か、ということに還元できる。そう考えれば共感は図1のように表すことができる。 幸せな人を見て自分も幸せになるのを「正の共感」としておこう。ヒトではごく普通に見られる現象で人間の基本的な共感と思われるこの正の共感は、動物では案外見つけにくい。逆に、他者の不快が自分の不快になることを「負の共感」とする。この正の共感、負の共感に共通する特徴は他者の状態と自己の状態が一致していることである(状態一致性といわれる)。この「同じ気持ちになる」二つの共感が狭い意味での共感と言われるものである。 しかし、自分の情動は他者の情動と一致するものばかりではない。他者の幸福がむしろ不快に感じられる場合も考えられる。いわゆる嫉妬などはこれに含まれる。これは狭い意味の共感としてあげたもの以上に人間の行動を支配している情動のようにも思われる。まことに人間の暗い側面のように思え、ヒトの発達した社会性が生み出した負の遺産のように見えるが、のちに述べるように動物にもその原始的なものが認められる。ということは、この情動もヒトの文化が独自に生み出したものではなく、なにか生物学的な意味のある情動だと考えられる。ここでは、この情動を「不公平嫌悪」としておこう。 さらに複雑なものに他者の不幸を快とする場合もあり、日本語での「他人の不幸は蜜の味」ということに相当する。日本語あるいは英語の単語でこの情動を表すことばはないが、ドイツ語ではシャーデンフロイデ(Schadenfreude)という単語がある。 さて、このように考えてくると共感とはまことに矛盾した情動だということになる。同じ他者の不幸があるときには悲しみに(負の共感)になり、別の場合には快感(シャーデンフロイデ)になる。他者の幸福も喜び(正の共感)になったり、不公平嫌悪になったりする。 Ⅲ.正の共感 「貧苦は共にできても、富貴は共にできない」というくらいで、他者の幸福を自分の幸福とするのは他者の不幸を悲しむより難しいことかもしれない。しかし、友人や家族の幸福を祝福し、一緒に喜ぶというのはヒトでは普通に見られる。しかし、幸福の共感の動物研究は例が少ない。ひとつには動物の快感の測定が難しいという問題がある。 中枢作用を持つ薬物の中には快感を起こすものがあり、それらの薬物の中には社会的促進があるものが知られている5)。薬物による快感の測定方法としては条件性場所選好(Conditioned Place Preference: CPP)がよく用いられる。環境の異なる区画(たとえば白い部屋と黒い部屋)からなる装置に動物を入れて自由に行き来させ、予めそれぞれの区画での滞在時間を測定しておく。ついで薬物を投与してある区画(たとえば白い部屋)に閉じ込め、別の日には溶媒を投与して別の区画(たとえば黒い部屋)に閉じ込めるということを繰り返す。その後、動物を自由に動き回れるようにしてそれぞれの区画での滞在時間を再び測定する。投与薬物が何らかの快を引き起こしていれば、その投与と結びついた区画での滞在時間が増加するはずである。 マウスを使ったCPPでこの強化効果の社会的促進を検討する。1個体でなく2個体同時にメタアンフェタミン(ヒロポン)を投与する。つまり、仲間と一緒に覚せい剤を投与する。生理食塩水投与の日には2個体とも生理食塩水を投与される。この手続きを繰り返した結果、アンフェタミンの区画の滞在時間が1個体で実験した場合より増大することがわかった6)。つまり、他者と自己が同じ快の状態であると、薬物の強化効果は強くなるのである。 社会的促進の簡単な説明としては、薬物自体の効果と薬物を投与された個体の強化効果が加算された結果だというものがある。このことを解明するためにマウスを2群に分け、一方の群はヒロポン投与の経験をさせておく7)。他方の群は生理食塩水投与の経験をさせておく。ついで、ある種のCPPを行うが、被験体のマウスは薬物の投与を受けるのではなく、薬物を投与されたケージ・メイトと一緒に一方の区画に入れられ、翌日は生理食塩水を投与されたケージ・メイトと一緒に他方の区画に入れられる。つまり、薬物の強化効果を調べるのと同じ方法で薬物投与されたケージ・メイトの持つ強化効果を調べたのである。その結果、事前にヒロポンの経験をさせた群ではヒロポン投与個体の強化効果が認められるが、ヒロポンの経験がない群ではヒロポン投与個体の強化効果は認められなかった。このことはヒロポン強化効果の社会的促進は薬物投与の共通経験を介したものであることを示唆する。面白いことにモルヒネではこのような効果は観察されない。 Ⅳ.負の共感 同種の他個体の負の情動表出が嫌悪的なものであることはヒト以外の動物でも広く認められている。心拍などの自律反応でも他個体の情動反応で変化が生じることがわかっているが、行動指標でこの共感を明らかにした最初の研究はチャーチ8)のものである。彼はまずラットにレバー押しのオペラント条件づけを訓練した。反応が安定したところで、実験箱の隣で他のラットに電撃をかける。電撃をかけられたラットは痛覚反応を示す。するとレバーを押していたラットはレバー押しをやめてしまう。つまり反応が抑制されてしまう。この抑制は繰り返しによって消失する。わたしたちの実験室では同じような現象をハトのオペラント条件づけで確認した9)。 他者の嫌悪反応は自分の嫌悪的経験の信号であり、他者の嫌悪反応によって事前に逃避すれば、自分の嫌悪経験を避けられるかもしれない。これには個体発生的な経験(学習)で獲得されるものがある。先ほどのハトやラットの実験で、他個体に電撃がかかると、それに続いて自分にも電撃がかかるように条件づけをする。この場合、隣の個体の痛覚反応が条件刺激(CS)、自分の電撃が無条件刺激(UCS)になる。この後、ハトを再びオペラント箱に入れて隣で別のハトに電撃をかけると、オペラント反応は再び抑制される。これは、条件づけをしたのだから、当然のことである。別の個体には、このような条件づけをしないで、ただ電撃をうける経験だけをさせる。条件づけをしていないにもかかわらず、この同じ経験を持つ個体でも隣のハトの痛覚反応でオペラント反応が抑制されるようになる。すなわち、条件づけではなく共通経験が共感を促進したことになる。 他者の負の情動表出が嫌悪的であるということは道徳の起源であるとも考えられる。他者を傷つけることに負の情動が伴うことは、文化、時代による程度の差はあってもヒトに共通しており、そのことから、マーク・ハウザーはヒトが民族や時代を超えて共通の普遍文法を持つように、ヒトに共通する普遍道徳があるのではないかと考えた 10)。 (以降はPDFを参照ください)
著者
東 美希
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.312, 2019 (Released:2021-10-30)

平成28年熊本地震(以下、熊本地震)は、観測史上初めて、同一地域において28時間の間に、最大震度7の地震が2度発生し、熊本市や上益城地域、阿蘇地域を中心に多数の家屋倒壊や土砂災害など、甚大な被害をもたらした。この地震で、本県の総合周産期母子医療センターである熊本市民病院も深刻なダメージを受け、NICU(新生児集中治療室)やGCU(新生児回復期治療室)、小児病棟の入院患児らは、緊急避難および転院を余儀なくされた。 このような中、県は、県内の小児周産期医療の関係者と情報交換や連携をしながら、NICU病床等の調整や、主要医療機関による小児周産期医療提供の補完等、医療提供体制の再構築を行った。幸いなことに、平成27年度に本県の独自の取組みとして、小児在宅医療を提供している医療機関や事業所を対象に、災害時における非常用発電機を整備する補助事業を実施していたことから、熊本地震の停電の際に整備機器が有効に活用され、在宅医療児が安全に避難生活を送ることができた。 国は、平成28年12月に、東日本大震災の経験を踏まえ、災害医療コーディネーターと連携して小児周産期医療に関する情報収集や関係機関との調整等を担う「災害時小児周産期リエゾン」の養成を開始した。本県においても、熊本地震の経験を踏まえ、災害時の小児周産期医療の提供体制の強化を図るため、2024年度(令和5年度)までに産科医および小児科医を合計12名養成する方針を定めた(平成31年3月末までに8名養成)。さらに、この4月には熊本大学と連携のもと、九州各県の小児周産期リエゾンおよび行政職員の顔合わせを行い、九州ブロックでの連携強化を図ったところである。 また、昨年9月に発生した北海道胆振東部地震における大規模停電の実態を受け、特に停電の影響が大きい人工呼吸器を使用する在宅療養児の災害対応を再確認するために、県内の主要な小児在宅医療関係者を招集し、災害時における小児在宅医療提供体制に関する意見交換を実施した。今後の課題として、ライフラインが寸断するなどの大規模地震が発生した場合に、発災後3日間を乗り切るための平常時からの準備、自助・互助の意識の醸成や地域のつながりの強化、医療的ケア児等の全数把握と具体的な災害時対応の検討が挙げられ、平時からの訓練や災害時の活動を通じて、地域のネットワークを災害時に有効に活用する仕組みの検討を行っているところである。 略歴 熊本県健康福祉部健康局医療政策課 参事 東 美希
著者
田中 総一郎
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.47-48, 2014 (Released:2021-08-25)

Ⅰ.災害から逃げのびる 東日本大震災による被害者の死因の90.5%が溺死であった。また、被災3県の障害者手帳を有する方の死亡率(1.5%)は、一般の方(0.8%)の約2倍に及んだ。これは、障害児(者)を津波被害から守る避難支援の方策が機能しなかったことを物語る。2005年に内閣府は、自力では避難することができない高齢者や障害者の避難を支援する「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」を策定した。2012年には、全体計画は87.5%の市町村で策定済であったが、個別計画は33.3%に過ぎなかった。宮城県の医療を必要とする子どもたち113家庭を対象としたアンケート調査(2012年10月)では、このプランを知らなかったのは57.2%、この制度に登録していないのは79.6%であった。また、震災時に登録していた15人のうち実際に援助が得られたのは3人(20%)であった。今後の周知と、実際の支援を見直す必要がある。 Ⅱ.安全に過ごせる場所を見つける 1995年の阪神淡路大震災では、神戸市内養護学校の児童生徒262人の59%が自宅に留まり、39%が避難した。その避難先は、避難所が10%、親戚・知人宅は28%であった。東日本大震災では、医療を必要とする子どもたちの家庭の62%が自宅に留まり、38%が避難した。その避難先は、避難所が12%、親戚・知人宅が12%、自家用車内が11%であった。避難所を選択しなかった理由として、夜間の吸引音や、奇声を発する子どものことを気兼ねしたことが多くあげられた。阪神淡路大震災から東日本大震災の間、16年経っても、避難所は障害児(者)にとって避難しにくいところのままであった。 子どもたちが普段通いなれている学校や施設が福祉避難所になることは、安否確認、必要な物資の把握、子どもたちの精神的安定のためにも今後取り組まれるべき方策であると思われる。 Ⅲ.普段からの防災 人工呼吸器や吸引器など電源が必要な家庭では、電源の確保や自家発電機、電源を必要としない手動式・足踏式吸引器が注目を集めた。学校や福祉施設への自家発電機の配置、常時服用している薬剤のお預かりなど、防災への意識も高まっている。 子どもの薬剤は、錠剤やカプセルを常用する大人と違い、散剤やシロップが多く、詳細な情報がないと処方しにくい特性がある。薬を流失した、または、長期にわたる避難生活で内服薬が不足したときに、遠くの専門病院まで処方を受けにいくことは困難である。今回の教訓として、処方内容や緊急時の対応法などを明記した「ヘルプカード」の作成と携帯が提案されている。医療と教育、福祉が協力して推進すべき課題である。 Ⅳ.それでも困ったときは 災害時の備えを十分に行っても、「想定外」な不測の事態は起こりうる。このようなときに頼りになるのは、普段からのつながり、信頼関係、きずなである。 たび重なる津波被害を受けてきた三陸地方に伝わる「つなみてんでんこ」は、「津波のときは人に構わず、一人ひとりてんでに逃げる」ような一見冷たい印象を与えるが、実際には異なる。「家の人が戻ってくるまで家で待っている」子どもがたくさん犠牲になったこの地方では、「お母ちゃんはちゃんと逃げているだろう、だからボクも待っていないで一人で逃げる。そうすれば、あとで迎えにきてくれるはずだ」と子どもたちに教えているという。普段からの信頼関係があってはじめて、「つなみてんでんこ」は成立するのである。 このような悲惨な体験から立ち上がる力(レジリエンシー)を次世代に育むためには、絆を信じる力が重要である。負の遺産を正の遺産に変えていくためのキーワードは、この「絆を信頼する力」であるといえる。
著者
中山 祐一 新家 一輝 髙島 遊子 久保田 牧子 中島 るり子 山崎 あけみ
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.393-401, 2016-12-01 (Released:2019-04-01)
参考文献数
18

本研究は特別支援学校卒業前後の重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))と養育者の体験を明らかにすることを目的として、特別支援学校卒業後から5年程度の重症児(者)の養育者15例に半構造化面接を行い、質的帰納的分析を行った。調査期間2015年2月~2015年11月。重症児(者)は19~24歳(男10名、女5名)、養育者は45~61歳(男1名、女13名、両親参加1組の計16名)、面接時間は平均103分であった。卒業前後の体験を表すカテゴリーを7つ抽出した。養育者は重症児(者)に【充実した人生を過ごして欲しいという思い】を抱き【養育者友達との支え合い】の中で養育し続けてきた。重症児(者)は支援学級や特別支援学校に就学し【充実した学校生活】を過ごしていた。卒業後は重症児(者)の体調・卒業後の行先・携わる人によって【重症児(者)の生活の相違】が生じ、社会資源の活用の程度によって【養育者の生活の相違】も見られた。現在、養育者は【子どもの将来を懸念】しながら【子離れに逡巡】し、将来について悩んでいた。
著者
渡辺 茂
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.218, 2018 (Released:2021-01-21)

ヒトの自己評価は自己と他者の相対評価に基づく。ヘンリー・ミラーは「大金持ちといえどもニューヨークでは不幸だ」といった。もっと大金持ちがいるからである。一茶は「秋風や、乞食は我を見較べる」と唱った。一茶は乞食よりも見窄らしいからである。社会的相対評価の生物学的基盤を検討するため、マウスで実験を行った。 1)嫌な経験も皆と一緒なら耐えられる これは日常的には経験することであるが、動物実験で調べた例はない。いくつかの方法でストレスの社会的修飾を実験した。拘束ストレスをかけると、コルチコステロンが上昇するが、仲間も一緒に拘束されていると上昇レベルが低い。ストレスの嫌悪性記憶の増強効果も調べた。マウスに拘束ストレスをかけてから受動回避条件づけを行うと嫌悪記憶が増強するが、仲間も一緒にストレスを受けるとこの効果は減弱する。ストレスを与えると体温が上昇することが知られている(SIH:ストレス誘導性高体温)。一匹で拘束されると体温の上昇が見られるが、仲間が同時に拘束されると、体温上昇が見られない。この結果はコルチコステロンや記憶増進作用の結果と一致する。このように、ストレスの公平性はストレスを減弱する効果がある。 2)動物の不公平嫌悪:負の不公平 不公平には2種類のものがある。自分だけが不利な「負の不公平」と、逆に自分だけが有利な「正の不公平」である。まず、負の不公平嫌悪が動物にもあるかを調べた。SIHを指標としてエサの不公平な配分の効果を実験した。マウスを空腹にしておき、ケージメイトにはチーズが与えられるが、自分には与えられない条件で体温を測ると明らかに体温が上昇する。しかし、自分も仲間もチーズが与えられる条件(公平条件)ではこのようなことがない。餌の不公平な配分はマウスにとってストレスなのである。面白いことに被験体のマウスに実験直前に十分チーズを与えるとSIHは見られなくなる。つまり、仲間には餌が与えられ、自分には与えられない、という条件そのものではなく、他者は幸せな状態であり、自分は不幸せな状態であることが不公平嫌悪を誘導するするのである。 次に、嫌悪事態での不公平嫌悪を調べてた。先ほどと同じ拘束ストレスを用いた。自分は拘束されているが、仲間は自由に周りを走り回っているというテストである。記憶増強効果は単独でストレスを受けるときよりさらに強くなる。コルチコステロン・レベルも上昇する。SIHでも皆が自由なのに一匹だけ拘束された場合にはさらに体温の上昇が顕著だった。すなわち、不公平はストレスを増強させる。言い換えればマウスでも不公平は嫌悪性があると言える。 3)動物の不公平嫌悪:正の不公平 ヒトは自分だけ有利であることを一定に嫌う。ただし、多くの社会心理学の実験はこの正の不公平嫌悪が負の不公平嫌悪よりずっと弱いことを示している。不公平を嫌うのは自分が不公平に不利な状態に置かれた場合に強い。先の餌の配分の実験で、被験体にはチーズが与えられ、仲間には与えられないようにする。SIHは多少認められるが統計的に有意な差ではない。拘束ストレスでも自分は自由で仲間が拘束されている状態ではSIHは認められない。つまり、マウスでは正の不公平嫌悪はほとんど認められなかった。 このように、ヒトの高次社会認知と思われる不公平嫌悪は動物においても、その基本的な現象はほぼ認められるのである。 略歴 学歴:1966年4月 慶應義塾大学文学部入学。1970年3月 慶應義塾大学文学部卒業。1970年4月 慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻修士課程入学。1975年3月 慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。1979年3月 文学博士。 職歴:1973年4月~1981年3月 慶應義塾大学文学部助手。1981年4月~1989年3月 慶應義塾大学文学部助教授。1989年4月~ 慶應義塾大学文学部教授。2012年4月~ 慶應義塾大学文学部名誉教授、現在に至る。 受賞:1995年 イグ・ノーベル賞(Pigeons' discrimination of paintings by Monet and Picasso) 2017年 日本心理学会 国際・特別賞
著者
村橋 麻由美
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.283, 2015 (Released:2021-03-10)

はじめに 重症心身障がい児(者)では不随意運動、静止維持困難、覚醒時の常時体動、刺激で暴れる等、腋窩体温計で測定に困難な事例がみられる。当院では感染予防を目的に非接触体温計を導入したが、使用後、腋窩体温計に比して低い値が出るという声があがった。非接触体温計は赤外線で皮膚温を測定する器具であるが額ではなく首で測った方が高い値、より腋窩体温に近い値が出るという声もあった。非接触体温計は簡便、短時間の測定が設計思想に含まれており常時衣服などで覆われていない額での測定方法が推奨されている。腋窩検温が困難な重症心身障がい児(者)や感染症の患者には非常に便利なツールでもあることから、衣服を脱ぐなどの刺激行為がない状態で測定できる部位として頸部(頸動脈付近)を比較部位として選択し腋窩体温計と非接触体温計の値を比較したところ、測定値誤差についていくつかのパターンが見られたので報告する。 研究方法 調査期間:30日比較機器・非接触体温計 Tecnimed Srl サーモフォーカスプロ® 測定時間数秒・腋窩電子体温計 テルモC205® 測定時間15秒 調査対象:入院患者(重症心身障害、ダウン症候群 他 病名不明含む)40名 調査方法:室温、湿度を考慮し同時間帯に腋窩体温計と非接触体温計で体温測定。非接触体温計は額と頸部の二カ所で最高温度を測定して比較。 結果 非接触体温計と腋窩体温計の測定値には0.0〜2.5℃の差があった。非接触体温計の測定値で腋窩測定値と差が少なかったのは頸部であった。肥満で頸部に脂肪が多くついている患者では非接触体温計で額より頸部が低く測定された。筋緊張を伴う患者は腋窩体温計の測定値との差が小さい傾向が見られた。年齢、性別にかかわらず筋組織が減少している患者は非接触体温計で頸部と額と測定値の差が小さかった。
著者
米田 陽子
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.403, 2019 (Released:2021-10-30)

はじめに 当施設は、関連の障害者施設の医療を担い、外来看護師は診療介助や週3回の巡回により指導やケアを行っている。そんな中、便秘で来院する患者は腹部膨満感や呑気症、腹筋が弱くていきめず便を押し出す力も弱く、浣腸に至るケースが多いと感じていた。 通院中のC氏は、外来受診の際に浣腸で逃げ回るようになった。そこでC氏のこれまでの便秘改善の取り組みや便秘の原因を探り、排便改善プログラム(以下、プログラム)を作成した。さらに多職種連携で実施した結果、C氏の便秘が改善できたので報告する。 対象 C氏、62歳、男性、知的障害者、障害区分5、療育手帳A、横地分類:D6、難治性便秘、腹部に機能的疾患なし。 方法 C氏の能力に応じた水分管理や腹部マッサージ(以下、マッサージ)、排便時の姿勢などの内容を取り入れたプログラムを作成して支援員と協働で実践した。 結果・考察 プログラム当初はマッサージ率が46%と低く、また支援員は独自の表現で便の性状を記載していた。そこで正確な排便を知ることが必要だと考え、ブリストンスケール(以下、スケール)での記載を勧めた。C氏の便の性状はスケール6で1回量が少なかった。さらにC氏は腹壁の緊張のため、マッサージを嫌がる事があったが、支援員に優しくマッサージをするように促すと緊張が緩和してマッサージを受け入れ排便に繋がった。その事で支援員はマッサージの必要性を理解できた。 一方定期受診の際、主治医に便の性状がスケール6である事を伝えると、緩下剤が減量となった。また緩下剤減量とマッサージ率が79%に上昇により、バナナ状の便スケール4へと移行した。 おわりに 障害者の能力に応じた内容で作成したプログラム内のマッサージを支援員が納得して実施できた事、および正確な排泄記録により便秘が改善できた。施設での看護ケアは支援員が実践できる方策を考える必要がある。 申告すべきCOIはない。
著者
一色 努 合田 英子 造々 晶子 蜂谷 直樹 越智 るり子
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.425, 2019 (Released:2021-10-30)

はじめに 重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))は意思疎通が困難なことが多く、その時々に必要なケアを看護師の判断に委ねることが少なくない。看護師は自分の頭で考え必要な看護ケアを判断し実践する。このような中、看護師の五感を使ったフィジカルアセスメント能力の向上は重症児(者)の看護ケアに効果があると考え、Z施設ではT大学の協力を得てフィジカルアセスメント研修を年2回行い今年で3年が経過した。その取り組みについて報告する。 方法 T大学病院研修センターにおいてプログラミングシミュレーション人形を使用し、重症児(者)が起こしやすい病態を、2事例設定しシミュレーション研修を行う。 研修は2人1組で行いシミュレーション8分、ディブリーフィング10分を行い、1回の研修参加者3組6名とした。 過去3年間、この研修に参加した32名の看護師にアンケート調査を行い、研修に参加したことで自身の看護ケアにどのような影響をもたらしたか、聞き取りを行った。 結果 何が起こり何を考え何を行ったか言語化することで、看護ケアに根拠と自信が持てるようになった。他者が看護ケアの根拠を伝えてくれることで、看護ケアを多角的に考えることが出来るようになった。自分に足りないところ、気付けなかったところが気付けるようになったという効果が聞き取りできた。 考察 研修参加者は2人1組で実践を行うことで、今何が起きているのかお互いに考えを述べケアを行うことで自分の頭の中の考えだけでなく相手の考えを聞くこができた。また3組それぞれの実践を見学することで、アプローチの方法が自分と異なることもあるということを知ることができたと考える。 申告すべきCOIはない。
著者
藤野 孝子 靍田 健弥
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.163-168, 2019

協力:学校法人文化学園 文化服装学院 Ⅰ.はじめに重症心身障害児(者)は体つきも異なり、手足も十分に動かすことができません。既成の洋服では、自分の身体にあった、気に入ったものがなかなか見つかりませんが、みんな、「かっこいい」や「かわいい」といった言葉はうれしく、おしゃれをすることが大好きです。今回は東京都立東部療育センターの入所者と通所者でおしゃれ大好きな方の中から、5名の方にモデルになっていただき、普段なかなかできないその方の希望する、また機能性にも優れたファッションを、学校法人文化学園 文化服装学院の学生さんと先生にご協力いただき製作しました。Ⅱ.佐田晴香さんディズニーの音楽を聴いたりアニメを見たりするのが大好き。かわいいっていわれることもかわいいものも大好きで女子力とっても高め。もうすぐ家族の結婚式に出席するのに、シンデレラみたいなドレスで出席したいです。【結婚式用のドレス】「美女と野獣」のベルが着ているドレスが好きと伺い、アニメをみてドレスのデザインをしました。ジャカードの生地を使用し、ボリュームを出すために3段スカートを製作しました。トップスはボリュームのあるスカートとのバランスをとるためにアルファベットのVのような形のプリーツで肩幅を少し出しました。仮縫いでは、袖ぐりが大きかったので、小さく調整しました。○仕立て○トップスは、伸縮性があるカットソーの素材を使用し、後ろから前まで1枚で仕立て、前中心を開けました。スカートは、車椅子上でも着脱しやすいように上の2段は巻きスカートで、一番下の段が輪になっています。後ろにはゴムを入れました。このドレスは、レースを多く使用しているので、布地に合うレースを何度も選びなおしました。大変だったところは、スカートの分量が大きく布地の幅に入らなかったので、切り替えなければならず、先生と相談しながら位置を調整しました。また、ギャザーの分量が多く、ウエスト部分の布が3枚重なり縫製も大変でした。スカートの裾や身頃に遠くからでも光って見えるようにブルーのラインストーンをつけ、佐田さんのイメージに合わせたドレスになり、デザインしてよかったと思いました。製作者:デザイン専攻1組 グワナン フェリシア アンジェリカさん ら3名Ⅲ.菊池未来さん好きなことはおしゃれをすること。髪を結ってもらうのも大好きです。夏祭りの花火大会では浴衣を着ました。みんなにかわいいと声をかけられ、とってもうれしかったです。今日はドレスです。とっても楽しみです。【ラプンツェル風のドレスと髪型】ラプンツェルが好きと伺ったので、デザインはラプンツェルのドレスにしましたが、紫のドレスのイメージをピンクにしました。トップスは胸元の編み上げがポイントで、ピンクに負けない紫のリボン、袖はピンクと紫のストライプのパフスリーブにしました。スカートは2段になっていて、可愛らしいボリュームのあるデザインにしました。裾にレースが付いているのがポイントです。また、ラプンツェルのトレードマークである髪型も真似て、お花を髪にたくさんつけたデザインにしました。○仕立て○トップスはコルセットの形をしっかり出したかったので、身頃にはボンディングの素材を使用し、袖は伸縮素材を使用しました。着脱がしやすいように、左身頃の肩、袖、脇がすべて開くように仕立てました。スカートも着脱しやすいように、上の段は巻きスカート、下の段が輪になっています。後ろにはゴムを入れました。お花の髪飾りは、リボンを使用しました。素材はオーガンジーやサテンなど動きやすい素材ばかりだったので、手縫いやミシンが難しかったです。オリジナルのお花がどうしたら可愛くできるかを考えながら作業することはとても勉強になりました。自分がデザインしたドレスを実際に菊池さんが着用した姿を見たときはとても感動しました。製作者:デザイン専攻1組 三角 佑美江さん ら3名Ⅳ.岩瀬雅弘さん散歩が大好き。最近は秋葉原のメイド喫茶にも行ってきました。来年は20歳を迎えます。かっこいい晴れ着姿をみてください。【成人式用の羽織】来年の成人式で着れるようなド派手な和装の袴をデザインして欲しいとの要望だったので、派手な袴と岩瀬さんが大好きな黄色の着物をさがしてリメイクしました。工夫したところは、車椅子でも着脱しやすいように羽織の後ろ中心を開けて、後ろの丈を短くしました。また、派手なキラキラした感じを希望されていたので、箔をプリントしました。羽織のプリントは、成人式で着用するということで、お祝いごとの際に使用されるおめでたい文様「松竹梅」の周りを太陽を象徴する形の「円」で囲んだものにしました。使用した色は、オレンジや朱色、金、銀、金箔、銀箔で、華やかな色合いを心がけました。岩瀬さんの成人式という大切な記念日に着用する衣装のデザインに関われたこと、大変うれしく思います。喜んでもらえたらうれしいです。製作者: デザイン専攻1組 トウ ハクカイさん ファッションテキスタイル科1組 江村 由理子さん ら3名Ⅴ.山田桃子さんお母さんとテレビを見る時間は大好きなひとときです。今日はお化粧をしたりして、とてもワクワクしています。普段と違った衣装でステージに立てることを楽しみにしています。【はいからさん風の袴】山田さんは、はいからさん風の袴をアレンジしたデザインを希望されたので、はいからさんの特徴的な矢絣の着物とえんじの袴を探してリメイクしました。リメイク前の着物では、袴の裾が長かったのでカットし、カットした部分の布で髪のリボンを作りました。通常着物は、袴の中に着ますが、山田さんは小柄で丈が長かったので着やすい丈に調整しました。袖も、肩ではしょり少し短くしました。帯は後ろで結びますが、腰が痛いかなと思い前に縫い付けました。袴の生地が厚いため、アイロンがかかりづらく、裾をまつり縫いした後にプリーツをきれいに折るのが大変でした。足元にはブーツを合わせたいと思っていたところ、お母様が袴に合う素敵なブーツを探してくださいました。とてもよく似合っていて大変うれしく思います。製作者:服装科2年4組 森本 朱理さん ら4名Ⅵ.内藤奈々さんファッションショーをとっても楽しみにしていました。今年の春に高校を卒業し、大人の階段を駆け上がっている途中です。洋服やかわいいものが大好きです。今回は、ふんわりとしたかわいいドレスを希望しました。【フリルたっぷりかわいいドレス】内藤さんからの「かわいいドレス」の要望にこたえるため、ふわっとした感じを出すためにフリルをたくさんつけたところがポイントです。足がとてもきれいだったので、強調させるためスカート丈は短くしました。仮縫い時にトップスの丈が短かったため、丈を長くし、着脱時に必要な袖のゆとりを多くしました。パステル調の色が好みとのことだったので、パール入りのシャンパングリーンを選択しました。○仕立て○着脱しやすいように伸縮性があるカットソー素材を使用し、人工呼吸器にあたらないように衿ぐりを大きく開き、袖にもゆとりを多く入れました。普段からTシャツを着られているので、開きは特に作りませんでした。スカートはウエストにゴムを入れて着脱しやすくし、座るとスカートの膨らみが潰れてしまうのでパニエをいれてボリュームを出しました。フリルがたくさんついていたので、フリル作りのためギャザーを寄せるという単純作業が辛くもありましたが、どんどん仕上がっていく過程の中で、もっとかわいくしたいと思い、ギャザーを留めたリボンにラインストーンをつけて、華やかさを出しました。かわいいドレスが完成したときはうれしかったです。お母様にもとても喜んでもらえてよかったです。 製作者:デザイン専攻科1組 寺下 加陽里さん ら3名 さいごに人工呼吸器や酸素を使いながら、少し緊張しながらもステージに立ったモデルの5人の皆様。当日は、アンバサダーとして開会のご挨拶をいただいた東部療育センター入所者の吉田優輝さんと一緒に、素敵な笑顔で最後までショーを楽しんでくれました。無事にショーを終えられたのは、学校法人文化学園 文化服装学院の先生と学生の皆様のご尽力と、モデルのみなさんと保護者の皆様のご理解ご協力があったからこそだと思います。心より御礼申し上げます。写真や氏名の掲載は、保護者および関係者の了解を得て掲載しています。ください)
著者
須貝 研司 麻生 雅子 江川 文誠
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.349, 2019

流涎・分泌物過多、過緊張、骨軟化症は重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))では大きな問題であり、その薬物治療を検討した。方法①流涎・分泌物過多:重症児(者)病棟で流涎・分泌物過多を呈し、不潔・臭い、むせ込み・吸引頻回・唾液の誤嚥による発熱を繰り返し、保険適用外であるが、流涎に有効だったが発売中止になった硫酸アトロピンと同じベラドンナアルカロイドであるロートエキスの効果と副作用を介護者に説明し、同意が得られた32例。3〜51歳、大島分類1が15例、2が7例。ロートエキスは成人上限量90mgを年齢・体重で換算した量の1/2で開始、2週間ごとに10-20mgずつ最大3mg/kgまで増量した。②過緊張:ジストニアによると思われる著しい過緊張を示し、ダントロレン、バクロフェン、チサニジン、トリヘキシフェニジルなどが無効だった6例。10〜49歳、全例大島分類1。不安や精神的緊張が一因であると考えて保険適用外であるがブロマゼパムを成人量上限15mgを年齢・体重で換算した量の1/2で開始し、最大0.6mg/kgまで漸増した。③フェニトイン(PHT)による骨軟化症:PHT 服用中でAlP高値、Pi低値を示した5例。39〜50歳、大島分類1が4例、2が1例。強直、強直間代発作に有効な他の抗てんかん薬に置換しPHTを減量中止した。結果①流涎19例では有効18例、やや有効1例で、バスタオル多数使用、頻回着替え、臭いは消失し、全例継続中。分泌過多13例では、吸引回数激減・むせ混みが軽減、誤嚥性肺炎・無気肺消失各1例、持続吸引不要1例など有効11例、やや有効1例、無効1例(胃残増加のため1か月で中止)であり、副作用は胃残増加3例、腸蠕動低下、痰が固くなり引きにくい各1例であり、中止は胃残増加の2例だった。重症児(者)病棟では便秘は問題なかった。②全例にかなり有効で、介護や生活が改善した。③PHT中止により、AlPは348-582→214-305に、Piは1.8-3.7→2.5-3.7に改善した。結語上記の3つの対応は重症児(者)に有用である。申告すべきCOIはない。
著者
藤本 明 今村 和典 佐藤 圭右
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.322, 2016

はじめに当施設は、2014年2月13日から降り始めた大雪に見舞われ、倒木による断線により広範囲の停電が発生した。生命維持装置などは非常用電源で賄えたが、約20時間の暖房運転の停止が余儀なくされた。そこで、長時間停電時に冷暖房を確保する方法はないか検討した。経過停電時の状況:非常時の電源は、自家発電装置(発電機容量:120KW・三相交流(以下、三相)200V)から単相交流(以下、単相)100Vに変圧されることにより得られ、医療器具のための非常回路コンセントなど(計17.36KW)に出力されている。それ以外にも、消火設備などに三相200Vが25.85KW使われている。一方、空調設備は一部に単相100Vのものもあるが、単相200Vのものもあり使用できない。また、発電機容量内での空調設備の稼働の適否も未検討であった。解決方法:超重症児者病棟20床を空調設備を稼働可能にする病棟と定め、検討を行った。空調設備として、三相200Vが12.49KW、単相200Vが16.50KW必要であった。その他、前述の三相200Vおよび単相100Vが必要であった。また、以上は安定動作時の消費電力であり、起動時などにはそれ以上の電力を必要とする。しかし、スコットトランスへの置換工事と、稼働手順さえ整備すれば、空調設備が稼働可能であることがわかった。その後:置換工事を行い、稼働手順のマニュアルを整備して、自家発電装置を用いた災害訓練を実施した。また自家発電の燃料タンクも増設。これにより約25時間の連続運転が可能となった。まとめ夏冬の長時間停電時でも利用者が体調を崩すことなく生活ができ、また、他病棟利用者の避難場所としても活用できるようになった。災害時における社会福祉施設の役割として、今後当施設は、被災した地域の障がい者等から頼られる緊急避難場所としても確たる役割を果たせるよう整備を進めたい。
著者
田中 総一郎
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.1-2, 2017

第43回日本重症心身障害学会を、杜の都仙台で開催させていただくことになりました。今回のテーマは「重症心身障害児者のいのちを育むこころと技」です。ご家族、医療、福祉、教育、行政などさまざまな立場の皆さまが、大切に重症心身障害児者のいのちを育まれてきた、そのこころと技を持ち寄る場所になり、お互いのはげみになればうれしく存じます。また、副題を「うまれてきてよかったと思える社会作り」といたしました。病気や障害のために生きづらさを抱えた方々ですが、日々携わる私たちはその幸せをいつも願っています。そして、その笑顔が実は私たちの幸せでもあることに気づきます。お互いに支え支えられる関係から、うまれてきてよかったと思える社会を作りたいですね。特別講演「生きることは、聴くこと、伝えること」では、仙台市在住の詩人、大越桂さんと昭和大学医療保健学部の副島賢和先生による対話形式で、いのちと言葉についてお話しいただきます。大越さんは、出生時体重819グラム、脳性まひや弱視などの障がいや病気と折り合いながら生きてきた重症心身障害者です。「自分は周りが思うより、分かって感じているのに伝えられない。私はまるで海の底の石だった。」喉頭気管分離術を受けた後に13歳から支援学校の先生の指導のもと筆談を始めました。今は介助者の手のひらに字を書いて会話をします。「生きることを許され、生きる喜びが少しでもあれば、石の中に自分が生まれる。」副島先生は昭和大学病院の院内学級の先生です。病気の子どもである前に、一人の子どもとして向き合ってこられました。「もっと不安も怒りも表に出していいよ。思いっきり笑って自分の呼吸をしていいんだよ」と子どもをいつもそばで支えてくれます。皆さまご存知の小沢浩先生(島田療育センターはちおうじ)も絡んで、楽しい時間となるでしょう。平成28年6月3日に公布された「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律及び児童福祉法の一部を改正する法律」では、医療的ケア等を必要とする障害児が適切な支援を受けられるよう、保健、医療、福祉その他各関係分野の連携推進に努めることとされています。これからは、自らの専門性を高めることと同じくらいに、いかに他分野の方とコラボレーションできる力があるかが問われます。教育講演1「超重症児(者)への療育・教育的対応について」では、長年にわたって重症心身障害教育に尽力してこられた東北福祉大学の川住隆一先生にお話しいただきます。教育講演2「重症心身障害児(者)の在宅医療のあり方」では、医療法人財団はるたか会の前田浩利先生に、多職種連携や地域包括ケアなどこれからの在宅医療の考え方についてお話しいただきます。平成23年の東日本大震災と平成28年の熊本地震の経験は、重症心身障害児(者)の防災に大きな教訓を残しました。シンポジウム1「災害に備えて~大切にしておきたい普段からのつながり~」では、座長を仙台往診クリニックの川島孝一郎先生にお願いして、震災後早くから被災地の在宅医療に力を注いでくださった石巻市立病院開成仮診療所の長純一先生、障害者や高齢者を巻き込んだ町内会作りを提唱する大街道おたがいさまの会の新田理恵さん、人工呼吸器の子どもたちをいち早く医療機関へ収容してくださった熊本再春荘病院の島津智之先生、安心できる日常生活への復帰のシステム作りを準備してくださった社会福祉法人むそう戸枝陽基さんにお話しいただきます。シンポジウム2「家族と暮らす・地域で暮らす~重症心身障害児者の在宅医療・家族支援~」では、座長をさいわいこどもクリニックの宮田章子先生にお願いして、福井県で初めての在宅医療専門クリニックを立ち上げたオレンジホームケアクリニックの紅谷浩之先生、0歳から100歳までなんでも相談に応じることで切れ目のない看護を実践されてきた医療法人財団はるたか会の梶原厚子さん、日本初の医療的ケアの必要な子や重症心身障害児の長時間保育を実施する障害児保育園ヘレンを開園された認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹さん、相談支援専門員として理学療法士として保育士として子どもとご家族に寄り添う社会福祉法人なのはな会の遠山裕湖さんにお話しいただきます。今回から新しい試みとして講義と実技を組み合わせたハンズオンセミナーを行います。つばさ静岡の浅野一恵先生には「摂食嚥下療法・まとまり食」について、うえだこどもクリニックの上田康久先生と群馬県小児医療センターの臼田由美子先生には「呼吸理学療法・排痰補助装置」についてコーディネートしていただきます。参加人数に限りがございます。お申込み方法など詳細はホームページに記載いたしますので、皆さま奮ってご参加ください。一般演題やポスター発表など、多数ご応募いただけましたら幸いに存じます。爽やかな秋の仙台で、皆さまにお目にかかれますことを楽しみにいたしております。
著者
石川 悠加
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.43-45, 2019

Ⅰ.はじめに近年の重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))の呼吸ケアの最適化のコクラン・レビュー1)に「英国では、経済的および政治的な流れとして、重症児(者)が急性期病棟を退院し、地域でケアすることを進めている。先を見越した呼吸ケア、専門機関へのアクセスの改善、習熟したスタッフにより、適切に退院し、再入院を防ぐことができる。脆弱な重症児(者)が、公正なケアを受け、それが安全で効果的で、子どもと家族のQOLを高めるためには、エビデンスに基づいたアプローチが求められる。ケアが大変な家族に、これ以上効果が確認されていない呼吸ケアや専門的でない呼吸ケアで負担を増やしてはならない」と記載されている。小児の呼吸の研究は 膵嚢胞線維症、脊髄性筋萎縮症、デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど神経筋疾患が多く、重症心身障害児(者)の研究は少ない。このため、神経筋疾患のガイドラインやエキスパートの意見である「筋力低下の小児の呼吸ケアガイドライン」2)、「神経筋疾患の気道クリアランスに関する国際会議」3)4)を参考にして行うことが勧められる。Ⅱ.対象・方法当院に長期入院の重症児(者)106例の人工呼吸管理方法を調べる。Ⅲ.結果人工呼吸管理は、終日の気管切開人工呼吸3例、非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation=NPPV)15例(このうち終日5例、睡眠時10例)であった。鼻マスクが2例、他は口鼻マスクを使用していた。気管切開チューブ留置例は2例であった。気管切開は、当院で30年前に実施した1例以外は、NICUからの転院例、脳外科術およびイレウス術後例であった。NPPVは、気管挿管の抜管困難、睡眠呼吸障害、急性呼吸不全をきっかけに導入している。終日NPPVの1例では、経鼻エアウェイの中に細い管を留置して咽頭喉頭周囲の唾液の持続吸引を行っている。終日NPPV使用者のうち、入浴時に酸素付加の手動換気は2例、鼻カニュラによる酸素投与は3例、顔色不良やSpO2低下時は手動換気補助を適宜行うのは5例であった。機械による咳介助(mechanical insufflation-exsufflation-MI-E)の定期的使用は、気管切開人工呼吸使用者で2例、気管切開チューブ留置使用者で1例であった。Ⅳ.考察NPPVの限界は、咽頭や喉頭の機能の低下や上気道の痙性により、咳介助によっても十分な咳が維持できない場合、NPPVを使用してもSpO2が95%を保てない場合であった。小児の長期NPPVは、熟練した専門多機能のセンターで導入・再調整が必要であると報告されている5)。最近、NPPVが睡眠呼吸障害を誘発することもあり6)、睡眠時にSpO2と経皮炭酸ガス分圧を測定して条件調整することが必要であった。小児の在宅人工呼吸のガイドラインが、カナダで2017年に公表されている7)。米国の「小児の長期在宅気管切開人工呼吸ガイドライン」8)には、退院クライテリアが示されたが、本邦ではそれを満たす家族は限られると推察される。本邦には、成人にも小児にも在宅人工呼吸のガイドラインはないが、「小児の在宅人工呼吸マニュアル」(日本呼吸療法医学会)が2017年に公表された。これは、ガイドラインの作成には、エビデンスの高い報告や自国の報告に基づいて委員会の意見を総合する必要があるが、現時点では困難と考え、マニュアルにした経緯がある、本邦の長期人工呼吸管理は在宅だけでなく、病院や施設に多く、複雑な様相を呈している。このような事情をふまえ、ドイツの「慢性呼吸不全に対するNPPVと気管切開人工呼吸のガイドライン」の小児の項目から、重症児(者)の長期呼吸管理において共有したい部分を以下に抜粋する9)10)。「長期の換気不全を認める小児の疾患は複雑で多様な障害を持つ。しかし、疾患にかかわらず、人工呼吸は呼吸機能障害を正常化し、血液ガスを適正化し、睡眠を改善し、病理を軽減する。それにより、入院期間あるいは呼吸不全による体調不良期間を短縮し、死亡を減らし、QOLを促進する。小児における慢性呼吸不全の診断は、肺活量や咳の評価などは正確にできないため、血液ガス(非侵襲的に経皮的な酸素飽和度や炭酸ガス分圧測定も含め)を測定する。ただし、呼吸の残存機能を測定できないため、ストレスがかかる状態(発熱、上気道炎、手術)で、代償機能が急速に破たんし、人工呼吸を要したり、条件調整を要することがある。小児の長期人工呼吸は、成人と異なり、専門的な多科多職種が関わるセンターで行う。小児におけるNPPVや機械による咳介助への協調性の欠如は、経験あるセンターでは問題にならない。適応が的確で、好みに合わせて調整することにより、大半の子どもは治療の効果を得て耐容し、要求もする。子ども自身で訴えが改善することに気づくと、さらに受け入れが改善する。ただし、小児のNPPVの人工呼吸器の選択において知っておくことは、①筋力低下のある子どもではトリガー困難、②一回換気量が少なく、呼吸数や呼吸の深さが不規則、③覚醒時に睡眠時より高い換気補助を要する場合もあること、④睡眠のステージ、発熱、感染により換気補助の必要度変化、などである。また、NPPV使用者が成人へ移行する場合、境目なく専門性の高い熟練のすべてが引き継がれるようにする。小児において、気管切開は発達の重大な障害となる。発語や嚥下の障害となり、緊密な観察やサポートを要する。日常の活動(水泳など)は非常に限られた環境でのみ可能で、幼稚園や学校に、質が保障された看護師の付き添いを常に要する。気管切開は、子どものボディー・イメージに明らかに影響し、周囲の関係者にかなりの負担となる。さらに、成人よりチューブ関連の緊急事態(チューブ閉塞、事故抜去、チューブから誤嚥や気管内異物)が頻回に起こる。このため、気管切開は、限られたものにすべきである。成人と同じく、気管切開は、あらゆるNPPVの選択肢を使い尽くした後にする。気管切開の決定プロセスは、子ども、両親、セラピストの個人的考え、倫理、宗教的信念により形成される。進行性の基礎疾患や、発達の予後の見通しが好ましくない場合葛藤に発展する。医師にとって、苦痛を軽くするのでなく長引かせるかもしれないというジレンマが生じる。両親にとって、気管切開をしないと子どもの命に危険が差し迫っている場合、気管切開をしない選択は困難になる。そこで、臨床倫理委員会や緩和ケアチームの組み入れが、この手ごわく悩ましい決定プロセスの助けになる」。ドイツには、在宅人工呼吸センター(ICUやウィーニング専門部門も含む)の認定制度がある。さらに、気管切開人工呼吸専門部門とNPPV専門部門を備えた新たな在宅人工呼吸センターの認定制度が提案されている。重症児(者)の擁護と家族や関係者のQOLに最も影響する専門呼吸ケアは、欧米先進国において経験と研究が蓄積されつつあることを認識し、真摯に取り組む必要がある。
著者
大越 桂 副島 賢和 小沢 浩
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.3-8, 2018

1.自己紹介小沢 今日、司会を勤めさせていただきます、島田療育センターはちおうじの小沢と申します。まずは、演者のお二人から自己紹介をお願いいたしましょう。大越 こんにちは。大越桂です。桂は気管切開をしていて声を出せないので、筆談で母の紀子がお伝えしますね。こんにちは。桂です。双胎の第二子として生まれましたが、双子の姉は死産でした。819グラムの超未熟児だった私は、重度脳性まひと共に生き、28歳になりました。9~10歳ごろから気持ちが伝えられないストレスにより嘔吐が続きました。12歳のときは危篤状態になり、両親や周りの人々から「勝手に別れを言われ」ましたが、その怒りで峠を越えることができました。そのことを、後から言葉で伝えることができて溜飲を下げたのです。13歳で気管切開を受け声を失いました。通信手段がなくなり困惑しましたが、支援学校の訪問教育の先生から筆談を教わりました。初めて文字を書いたとき、体中の細胞が口から飛び出すかと思うほど歓喜しました。その後は、私の詩を切り絵、写真、絵画や音楽といった世界とコラボ活動して拡げています。いまは、「あしたのわたしはしあわせになる」と強い意志を持って生きていこうと思っています。副島 皆さん、こんにちは。私は昭和大学病院の「さいかち学級」という院内学級に勤めています。2009年のテレビドラマ「赤鼻のセンセイ」で取り上げていただきました。院内学級ってご存知ですか。病院の中の学校で、病気やけがで入院している子どもたちと学習したり遊んだりします。でも、子どもたちに、「ねえねえ、病院にも学校があるんだよ」というと、「病気で入院しているのに、なんで勉強しなきゃならないの?」と言われます。これは入退院を繰り返していた小学校5年生の子どもの詩です。「道」人生の道は人それぞれだけどみんなすてきな道をもっているだから、とまりたくないときどきまようこともあるけどそれでも、負けずにすすみたいとまりたくない自分の道を進みたい子どもたちの中には表現がうまくできなくても、豊かな内的世界を持つ子どもたちがたくさんいます。それをどうやって捉え伝えていけばよいか、今日は一緒に考えていきたいと思います。2.お題1「ひま」小沢 今日の市民公開講座は、「笑点」方式でいこうと思います。最初のお題は「ひま」です。大越「ひまの音楽」大越 桂久しぶりに入院したらあっという間によくなってあとは ひまひま ひま ひまひま ひま ひまひまだなあひまだと音楽が流れ出す息の音うん 苦しくないな痰の音うん 調子がいいな心臓の音うん 今日も元気だな私の音は いのちの音楽ひまで元気の音楽は息もぴったり動き出す(社会福祉法人つどいの家 田山真希さんの朗読、その後、紀子さんがメロディをつけて歌いだす)私たちは毎日体調のよい悪いに向き合って生活しています。これは早めに入院したら2~3日でよくなって、あとはひまだなあと感じたときの詩です。私たちの時間は、楽しいときはあっという間に過ぎるけど、苦しい時間はとても長く遅々として進みません。でもその中にほんの少しでも楽しいことがあるとぐっとよくなるのですよね。副島 これは小学校2年生の子が書いてくれた詩です。「しあわせ」すきなものがたべれるといいすきなあそびができるといいおかあさんとずっといられるといいともだちがいっぱいできるといいいつもあさだといいそうだったらいいそうだったらいいこの子たちが大嫌いなものは、ひまです。なぜかというと、考える時間がいっぱいあるからです。家族のこと、友達のこと、自分の身体のこと、自分の将来のこと、そんな心の痛みは味わいたくないです。せめて教室に来てくれたときは、患者であるあの子たちを子どもに戻そうと思って関わります。3.お題2 「生きる」大越「積乱雲」大越 桂ぐんぐんそだつぐんぐんのびる夏の雲そんなふうにいきおいよく生きてみたい積乱雲は夏の雲です。病気のときは病室からみる雲の空気の流れひとつでさえ勢いがありすぎてついていけない、自信のなさに覆い隠されてしまいます。これを書いたのは毎日吐いてばかりで、窓の雲がぐんぐん大きくなるだけで、いまの自分の置かれた状況とすごく距離があるように思えて落ち込んでいたときの詩なんです。でも、いまは台風を起こす系の積乱雲の体力をつけたおかげで、勢いを持って一歩先を生きていくことを考えています。私もそろそろ三十路ですが、20代をぐんぐん生きてこられたように、30代、40代、50代、60代とまだまだ行こうと思うので、紀子も100歳以上までがんばってくださいね。副島「生きる」大越 桂生きること、それは怖いと思うこと何かを思いつくこと美しいものを見ること心が温かくなることだれかと会って楽しいと思うことみんなと気持ちを分け合えることどきどきワクワクできることそして小さな命が生まれることこの子は小さいときから手術を繰り返してきた小学6年生の女の子です。なかなかよくならなくて、お医者さんから、この続きは中学に入ってからしようねといわれました。その夜、「私、不良品だから」と彼女は看護師さんに言ったそうです。この言葉に私はどう答えたらよいか悩みました。谷川俊太郎さんの「生きる」という詩があったので、彼女にとって「生きる」ってどういうことか、たくさん書き出してもらいました。「怖いと思っていいんだよね」って一番最初に言ってくれました。そして、「だれかと会って気持ちを分け合えて、どきどきワクワクできたら、それが私の生きるってことです」と教えてくれました。仕事をしていて「人生の問い」をもらうことがあります。教師としてちゃんと答えなきゃと思うけど、答えられないときが多くて。そんなとき、あるお母さんから、「いまいっぱいいっぱいだから、先生ちょっとあずかっといて、そうしないと私生きていけないかもしれないから」と言われたことがありました。預かるだけならできるかも、一緒に向き合って歩けるかもと思いました。(以降はPDFを参照ください)
著者
木村 英明
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.3-8, 2017

Ⅰ.はじめに人類がアフリカで誕生したことを明らかにしたR.ダート博士は、その人類を「殺し屋のサル」と称した。古代メソポタミア、バビロニアの英雄・ギルガメシュも、王宮の守り神「ライオンを絞め殺す巨人」として描かれる。今日に目を転ずれば、無差別殺戮、移民・難民の排斥などの悲劇が世界に拡散している。歴史の生き証人、世界歴史遺産の破壊も報ぜられている。いずれもが、仮に捨て難き本性のなせる業とすれば、人類に未来はなかろう。 一方、近代科学が導入され始めた明治時代以来、日本列島人の起源を巡り、南方説がしばしば語られる。考古学は、混沌とした「虚実皮膜」の世界にまで分け入り、遺跡、遺物を通して人類が歩んできた歴史的事実を究める学問、とされる。はたしてどうか? 北海道の先史時代を話題の中心に据え、北半球の中・高緯度地帯に繰り広げられた人類のダイナミックな移動、ヒトとモノの交わり、豊かな心性世界などを紹介する。結びとして、日本列島人の起源論に関する今日的到達点を概述する。Ⅱ.氷河期の極北に挑むホモ・サピエンス 700万年ほど前に誕生した人類は、やがて生まれ故郷のアフリカを飛び出し、ユーラシアへの旅を開始。180万年ほど前の最古級の原人化石と礫器の出土が、グルジアのドウマニシ遺跡から報じられているが、原人、旧人の足跡は、北欧など高緯度地帯を除くユーラシアの広い範囲に及ぶ。特に、南シベリアのアルタイ、中部シベリアなどに中期旧石器時代のムスティエ文化の洞穴・開地遺跡が多数残されており、旧人、すなわちネアンデルタールによる拡散、人口増加は疑いない。近年の遺伝子研究の進展により、われわれの直接の祖先である新人、いわゆるホモ・サピエンスは、20万年ほど前にアフリカで誕生し、再び世界へ旅したことが説かれている。ミトコンドリアDNA分析から導き出された「イヴ仮説」である。その当初、ネアンデルタールとホモ・サピエンスとの遺伝的交雑はなかった、あるいはネアンデルタールはホモ・サピエンスによって絶滅に追い込まれたという不確かな説が支配的であったが、北回りルートのユーラシアでの考古学的証拠からは、両者の密接な交流、交雑は否定できない。注目すべきは、現在より平均7〜8度も低かった最終氷期最盛期、ホモ・サピエンス、すなわち後期旧石器時代の人類が、マンモス動物群などの豊かな資源に支えられながら各種の道具や技術を高度化させ、多くの遺跡を残している事実である。コスチョンキ、メジリチ、マリタ遺跡など大規模な拠点集落があちこちに位置し、しかもとりわけ厳しい酷寒の極北にまで生活圏を拡大させている。北回りルートでの人類の拡散を物語る確かな証しである。今から3〜1.5万年ほど前、北方ユーラシアに拡散したホモ・サピエンスが、日本列島やアメリカ大陸へも歩を進めている。マンモスの牙を巧みに利用する驚くべき技、細石刃を埋め込んだ植刃尖頭器(組み合わせ道具)など最新の道具を駆使する人々が、北海道に足を踏み入れたことは間違いない。なおこれまでのところ、更新世の人類化石と見られるものが琉球列島に偏在し、日本列島の後期旧石器文化の起源を南方に求める見解が有力とされる(小田静夫2011他)。ただし、それら「石器を使わぬ人」を起源とするには難がある。現状の考古学的証拠からはユーラシアでの人類拡散の北回りの波が日本列島に及んだものと予察する。Ⅲ.黒曜石はるかな旅人類は、道具を製作し、巧みに使いこなす類い稀な生物である。700万年間に及ぶ長き人類進化の歴史も、道具の発達に支えられてきたと言えよう。道具にふさわしい石材を求めて、人びとははるかな旅を続けてきた。北海道のオホーツク海に近い遠軽町・白滝赤石山(標高1147m)は、日本最大級の黒曜石産地で、置戸、十勝三股、赤井川と並ぶ北海道を代表する黒曜石産地である。黒曜石の化学組成分析法により出土石器の産地が同定され、産地から運び出された黒曜石の動き、先史時代人類の営みの一端が具体的に明らかにされている。後期旧石器時代に、シベリアに住む集団が獲物や黒曜石を求めて白滝など北海道に進出し、集団間のやり取りを通して、白滝産黒曜石の原礫、あるいはその半加工品、完成品などが本州(遠くは山形県) やサハリンにまで運び込まれている事実は動かし難い。とりわけ、細石刃を特徴とする集団での長距離移動、遠隔地への搬出が著しい。最新の情報によると、白滝産黒曜石が中国東北部の吉林省にまで運ばれているという。なお量こそ比較にならぬが、白滝産黒曜石の遠距離移動は、続縄文時代まで続く。Ⅳ.縄文時代のおしゃれと死への祈り1.3万年ほど前に始まり、1万年以上の長期にわたって農耕も持たずに存続した縄文文化は、世界にも稀有な文化と言えよう。氷河期を過ぎた日本列島の豊かな自然の恵みに支えられてのことであろうが、一方で、極東での新石器文化成立期に対比可能な縄文時代の草創期、あるいは縄文時代の「オホーツク文化」にも準えることが可能な早期の「石刃鏃文化」を好例として、縄文文化が独自の展開をしたとは言え、情報もモノも入らぬ閉ざされた世界では決してなく、ヒトとモノが行き交う開かれた社会であったことは注目されよう。ところで、人類が人類である理由のひとつに、死者を埋葬する行為を上げることができよう。埋葬は、いつ始まったのか? 何故、わざわざ埋葬するのか? また、埋葬された人々には、当時の服装やおしゃれの姿を残す貴重な事例が知られている。縄文人の精神文化はどのようなものであったのか? ここでは、北海道にのみ知られる巨大で、計画的な竪穴式集団墓、そして他に類を見ない大量の漆製品に彩られた貴重な合葬墓の例を紹介しつつ、今から3000年ほど前の縄文人の他界観、優れた装飾の一端を垣間見る。前者は、恵庭市柏木B遺跡で全容が初めて明らかにされた縄文時代後期後葉の竪穴式集団墓であるが、直径10〜20mほどの大きな円形の竪穴を構築し、その床面、ローム中の淡い黄褐色の床面に深さ1m以上の楕円形の土坑を掘り、順次、遺体を埋葬していった集団墓地である。納められた遺体にはベンガラが厚く撒布され、石棒や石斧、ヒスイ製玉類など被葬者にゆかりの装身具や副葬品が副えられた。中には、複数の遺体が同時に埋葬されたケースも含まれる。また遺体の埋納、掘削土を被覆、埋め戻し完了後に大きな柱状節理の角柱礫を土坑墓の前後に立てる例、あるいは大きな円礫を周辺に廻らす例、あるいは大量の円礫を土坑墓上に集積する例などがあり、墓標の社会的役割が注意される。竪穴式集団墓の構築当初から、所属集団別、階層別などによって人々の葬られる場所が想定されていたことを示唆する。きわめて計画的な共同墓地であったことが理解されよう。石棒、あるいは呪具を有する男性の族長、呪術師(シャーマン)がまとめる社会、緩やかな階層社会が浮かび上がってくる。千歳市キウスでは、竪穴径が40mを超える巨大なものも知られている。一方、縄文時代後期末葉の恵庭市カリンバ遺跡では、櫛、腕輪、首飾り、頭飾り、帯などの漆製品、鮫歯、玉類など大量の装身具・副葬品に彩られた多数の遺体を埋葬した比類のない合葬墓4基(各々7人、4人、2人、5人の合葬)が、単葬墓多数とともに発見されている。大量、多種多様の漆製品はもちろん、色鮮やかな飾りに身を包まれた多くの人物がどのような関係にあったのか、またいかなる理由を持って同時に埋葬されたのか、断片的な人骨片から断定することは難しいが、墓の主人は、赤い漆塗り帯を装着した女性シャーマンの墓、一緒に眠る人物たちについては、推測たくましくすればそのシャーマンに身を任せた女性たちとみなすことができよう。シャーマニズムの精神世界、そして男性によってまとめられる社会がやがて女性によってまとめられる社会へと変動する様子を垣間見ることが許されよう。Ⅴ.北に広がるヒトとモノの交流縄文時代以降について、稲作文化から切り離された「停滞する北海道の文化」というイメージが固定化されてきた。しかし、続縄文時代以降も、狩猟、漁撈を主体とした自律的な経済・文化を繁栄させ、本州からの強い文化的影響、ヒトやモノの流動の余波を受けながらもその独自性を保持し続ける。一方で、北方の人々との交わりを通して独自の文化変容を遂げてきた。ここでの具体的な言及は省くが、続縄文文化や擦文文化、オホーツク文化などを特色づける各種の道具や住居構造、埋葬様式などにその変遷が表示されている。また、自家生産できなかった金属製品、貴重な奢侈品などに時々の距離関係がよく表れている。Ⅵ.日本列島での人類進化史 近代化の黎明期、シーボルト父子による「アイヌ説」、E.モースによる「プレ・アイヌ説」、J.ミルンによる「コロポックル説」など欧米の研究者たちによって発議された「日本列島人」のルーツを探る議論は、坪井正五郎、小金井良精、鳥居龍蔵らに引き継がれ、華々しく繰り広げられたことはよく知られていよう。正確には、遺伝子研究が急速な進展を見せる今日なお、この課題に対する確かな回答は得られていない、というのが実情であろう。(以降はPDFを参照ください)
著者
佐藤 静江 藤木 弘美 釘宮 千鶴 倉本 恵子 林 直見
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.210, 2017

はじめに 中途障害児のA氏の母は、異常に気付くのが遅れたことなどで児への自責の念をもっており、泣く・手の振戦・幻覚などの不安症状が見られていた。しかし、不安症状がある中でも家に連れて帰りたいという思いで、医療ケアを習得し外泊することができ、母の不安症状も徐々に軽減していった。 そこで今回、これまでの支援を振り返り、障害受容過程を考察する機会を得たので報告する。 対象 急性脳症後遺症で自発呼吸のないA氏7歳の母。倫理的配慮として、当施設の倫理委員会の承認を得た。 経過 発症3カ月後に入所となり、発症4カ月までは、泣くことも多く「私のせいです」と自分を責める状態であった。反面、「いろいろ教えてほしい」という思いに対し、日常的ケアを一緒に行い、母の言動には聞く姿勢で向き合った。発症5カ月には、抱っこの希望を叶え、本の読み聞かせや手浴など、自ら行うようになっていた。 発症7〜10カ月、笑顔が見られるようになったが話していると泣くこともあった。家に帰りたいという思いを確認し、医療ケアを指導していった。その後も、散歩や行事参加の希望に答えた。 発症15カ月には医療ケアを習得し、外出で自宅に帰ることが出来た。また、同室者の母と楽しそうに話をし、泣くこともなくなっていた。 発症27カ月には念願の外泊ができ「一緒に過ごせたのでよかった」と話した。 考察 入所後、早い段階での前向きな発言から、入所を機に母の心情に変化があったといえた。また、母の思いを聞きケアを一緒に行い、希望が叶っていく中で母の様子も変化していった。母の変化はドロータ−の障害受容の段階説でいう、ショックから徐々に適応に移っていったといえた。ケアを行い、思いが叶うことで、母としてできる子育てを実感し、障害受容の過程を進める契機となったと考えられた。障害受容過程において支援者は、会話を重ね、母の思いを傾聴し、希望に沿った支援を行うことが大切であると考えた。
著者
本郷 和久 倉本 崇 松澤 純子 山谷 美和 宮森 加甫子 本間 一正
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.186, 2017

はじめに 重症心身障害児者では、嚥下障害による誤嚥性肺炎や無気肺の合併症予防のため、日常的に排痰が必要なことが多い。排痰方法には、姿勢管理(腹臥位)、スクイージング、吸入、IPV、MI−E、NIPPV、体外式人工呼吸器療法(BCV療法)などがあるが、BCV療法は、IPVやMI−Eに比べ、肺損傷のリスクが低く、かつ受け入れの容易さから、注目されている。 対象と方法 大島分類1に相当する重症心身障害8例(5歳から35歳)。全例が、経管栄養(胃瘻7例、経鼻1例)であり、内2例は、経口摂取も併用。BCV療法の在宅導入例は5例、残りの3例は、短期入所時や外来理学療法時にのみ施行。 BCV療法は、HRTXを用い、腹臥位で施行。コントロールモード30分後に、バイブレーションモードによる排痰を25分間施行。 BCV療法導入前後での、1)呼吸症状の変化、2)画像所見の変化、3)在宅導入の際の問題点について検討した。 結果 BCV療法導入後も誤嚥性肺炎を繰り返した例もあったが、全例で発熱の頻度が減少し、喘鳴、吸痰回数の頻度も低下し、QOLは向上した。腹臥位姿勢にするための人手の確保や、BCV療法のための時間確保が、在宅生活の負担になるとの意見もあったが、おおむね、受け入れは良好であった。 考察 BCV療法は、無気肺の治療や予防には有効であり、重症心身障害の在宅生活を支える上で、有効なケアを提供するツールであると思われた。
著者
五十嵐 大貴
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.267, 2017

目的 小児等在宅医療連携拠点事業や医療的ケア児を対象とした法改正が行われ、地域で小児在宅医療患者を支える体制整備が進んでいる。小児訪問リハビリテーション(以下、訪問リハ)も少しずつ拡大傾向にあるが、実態はまだ不明確である。今回、当事者の保護者に対して訪問リハ利用状況の調査を行い、特に重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))の保護者が訪問リハに望むことについて考察した。 方法 対象は北海道の札幌・旭川市にある療育広域拠点施設で外来理学療法(以下、外来PT)を受けている在宅生活児(者)の保護者とした。アンケート(無記名自記式)期間は平成27年6月〜10月の間の4カ月間実施した。有効回答は394名で、訪問リハ利用は81名(21%)であった。今回はその中で粗大運動機能分類システム(以下、GMFCS)で最重度のレベル5を調査対象とした。調査項目は1。保護者・子ども年齢、2。居住地域、3。外来PT頻度、4。医療・福祉サービスの利用(複数回答)、5。訪問リハ開始理由(自由記載)とした。 結果 GMFCSレベル5は51名(63%)であった。調査から1.保護者平均43.5歳、子ども平均11.6歳、2.札幌・旭川市内84%、近郊2%、それ以遠14%、3.1回/月26%、1回/週以上20%、1回/3カ月18%で多い、4.訪問看護71%、通所サービス45%、他施設外来リハ43%で多い、5.頻度・リハ機会の増加39%(外来リハだけでは不足、少しでも多く受けたい、近くに外来リハがないなど)、本人の身体的理由35%(緊張調整、変形進行予防、呼吸管理など)、勧められて18%(医師などから)で多かった。 考察 開始理由から、訪問リハに望むこととして「頻度・リハ機会の増加」が挙げられ、重症度が高いことや慢性的なリハ頻度不足、リハ資源の地域格差が原因と考える。次に「本人の身体的理由」が挙げられ、ほとんどが緊張や変形、呼吸など重症児(者)特有の二次障害であった。よって、訪問リハを行う上で二次障害の知識・対処が必須で、併用率の高さから訪問看護との連携も重要であると考える。
著者
小野 あけみ
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.236, 2016

はじめに重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))は、様々な疾患を持ち、重度の脳障害による認知発達の遅れや言語発達の遅れなどから、有効なコミュニケーションが成立しにくい特徴がある。今回、頻繁な泣きがみられた重症児(者)において、泣きが重要なコミュニケーション手段であるととらえ、関わり方を工夫した結果、情緒が安定し、職員との人間関係がより深まる経験が得られたので報告する。対象A氏60歳代女性。医学的診断:脳炎後遺症(横地分類B1)、知的障害、両下肢運動機能障害、高血圧、糖尿病。方法泣きが起こりやすい状況を把握するため、観察調査を行い、その分析結果から、看護目標を、1)不安が軽減し、安心感をもつことができる、2)要求に適切に対応することで満足感を得ることができる、3)注目されたいという気持ちを大切にすることで職員との円滑なコミュニケーションを取ることができる、と設定した。実施に際して、安心できる環境を作り、職員の関わり方を統一した。結果2カ月後には、あいさつのときに職員が手を差し出すと職員の手に触れる行動が増え、3カ月後には職員を自分の近くに手招き、職員が近づくと触れて笑顔をみせるようになった。泣きがあるときには手浴や手指マッサージを行うと泣き止み、本人から「手洗う」「クリーム」「こっち」等の言葉での要求が多くなり、職員と一緒に過ごす作業時間には言葉と笑顔が見られる様になり、泣きの時間は介入後ほぼ半減した。考察A氏の意思に添う関わりや環境を作り、職員が対応を統一したことにより、A氏から職員にスキンシップを求めたり笑顔になる場面が増え、泣き以外に言葉や態度で意思や要求を示すようになった。言葉で伝えることが出来ない重症児(者)の要求を知るために、行動観察によって行動の意味や身体的影響を把握し、その人らしさを理解することは生活の質の向上において重要である。
著者
迫 知輝
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.384, 2019 (Released:2021-10-30)

はじめに 肢体不自由児の日常生活上の問題点は、非常に複雑で多様である。その中でも排泄への介助は、介助者の身体・精神的負担が大きく家族からの訴えも多い。 本児は、母親の介助により自力排便を行えていたが、介助量増加により従来の介助方法は困難となり自力排便も困難となっていた。そのため、多職種共働で便座を作製し、自力排便の再獲得と介助量軽減に繋がったため、以下に報告する。 症例紹介 低酸素脳症による痙直型四肢麻痺の9歳男児。横地分類A1。姿勢の崩れに対して過敏で、全身的に突っ張り、呼吸状態が悪化する時がある。排便は、母親が本児の腹圧がかかるように介助座位で行っていた。約半年前から成長に伴う介助量増加から介助座位が困難になり、背臥位で徒手的に腹圧を掛け排便誘導していたが、排便時間は座位時の3倍の平均30分を要した。 特殊便座の作製の流れ 母親、福祉用具業者(以下、業者)、担当理学療法士(以下、PT)と便座作製の検討をする。PTと排便時の姿勢評価を行い、従来の母親の介助座位は本児にとって腹圧が掛かりやすい姿勢であったため、介助座位時の股関節屈曲角度と体幹前傾の程度を参考にした。左記に加えて体幹・頭頸部が安定して不快姿勢とならないように業者と相談して背面と座面をモールドタイプにして作成した。 結果 特殊便座に座ることで母親の介助無しに姿勢は保持され、徒手的に腹圧を掛けずに自力排便ができるようになった。排便時間は平均10分に短縮された。 考察 多職種と多くの協議を重ね、本児に合った特殊便座を作製することができたことで、児にとって腹圧がかかりやすく、肛門直腸角も改善され、自力排便が可能になったと考えられる。 今後、在宅生活を送る上で排泄介助の介助量軽減は、介助者の身体的・精神的負担の軽減させる上で重要であり、今回の取り組みではこれらの改善に寄与できたのではないかと考える。 申告すべきCOIはない。