著者
角皆 静男
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.11, no.6, pp.651-653, 2002-11-05
被引用文献数
4 1

川口ら(2002)は,有明海における2000年のノリ不作の原因を珪藻が栄養塩を枯渇させてしまったせいと突きとめながら,溶存無機窒素(DIN)減少の理由を有明海内にだけ求めたため,説得力のある説明ができなかった。角皆(1979)のケイ素仮説を用いるとこれが簡単に説明できる。この年は高温・多雨だったので,雲仙普賢岳の噴火による火山灰から溶け出した効果も加わって,多量の溶存ケイ酸塩が海に流れ込み,珪藻が異常増殖し,ノリにいくべき栄養塩を使ってしまったとなる。

2 0 0 0 OA

著者
川口 弘一
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, 2002-03-05

本特集号は,東京大学海洋研究所所属研究船白鳳丸の共同利用航海(KH-97-2,1997年7月9日〜9月8日)の研究結果を総括したものである。航海名PSECSは,Pacific Subarctic Ecosystem Studyの略である。航海の目的は,北太平洋亜寒帯域およびベーリング海生態系における生物学的および生物地球化学的過程を,全国18の研究機関に所属する42名の研究者によって総合的に研究するというものである。主な研究項目は以下のとおりである:1)北太平洋亜寒帯域の東部と西部およびベーリング海の生物群集と生物生産過程の比較研究,2)表層と中層の食物網の構造とそれに関係する生物地球化学的過程の研究,3)表層生態系と中層生態系の相互作用の研究,4)海面を通しての温室効果ガスの出入の収支測定,5)沈降・懸濁・溶存態有機物の鉛直輸送の測定,6)エアロゾル構成物質および空中浮遊放射性物質の特定。
著者
前川 陽一 中村 亨 仲里 慧子 小池 隆 竹内 淳一 永田 豊
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.20, no.6, pp.167-177, 2011-11-15
被引用文献数
2

2009年4月と10月の2回にわたって,勢水丸を潮岬周辺に派遣して,詳細な海況の観測を実施した。串本・浦神の検潮所間の水位差は,しばしば黒潮流路が直進路をとっているか,蛇行路をとっているかの指標として用いられる。従来にない密な観測点を設けることによって,この水位差は串本・浦神の間で緩やかに起こっているのではなく,潮岬の沖,東西約6kmの幅で集中的に生じていること,また,その水位差のほとんどは,僅か150m深までのごく表層の海洋構造によって作り出されたものであることが示された。黒潮本流の流速場を支配している温度躍層以深の水温・塩分構造が直接関係するのではなく,振り分け潮のような現象によって黒潮表層水が紀伊半島南西岸にもたらされるかどうかによって水位差が生じていることをより詳細に示すことができた。
著者
三宅 裕志 山本 啓之 北田 貢 植田 育男 大越 健嗣 喜多村 稔 松山 和世 土田 真二
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.14, no.6, pp.645-651, 2005-11-05
被引用文献数
1 4

シロウリガイ類は深海から採集すると通常2, 3日しか生存せず, 飼育を試みた報告は皆無であった。本研究では, シロウリガイ類の飼育の試みとして, 良好な健康状態で採集し, かつシロウリガイ類の共生細菌のエネルギー源(泥中の硫化水素)を確保するために, 圧力以外の現場環境をできる限り維持した状態で採集する装置のMTコアを開発した。また, シロウリガイ類は高酸素濃度に弱いため, 溶存酸素濃度制御装置により低酸素濃度環境を維持する飼育システムを製作した。シロウリガイとエンセイシロウリガイをそれぞれ相模湾初島沖水深1,150m〜1,160mの地点, 石垣島沖の黒島海丘の643mの地点で採集した。採集したシロウリガイは約1週間で死亡したが, 黒島海丘のエンセイシロウリガイは17日間生存した。また, エンセイシロウリガイでは2回放卵が確認された。以上のことから, エンセイシロウリガイは飼育が容易な種と考えられた。
著者
植田 純生 磯田 豊
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.47-69, 2022-05-15 (Released:2022-05-15)
参考文献数
24
被引用文献数
2 2

日本海の内部領域では惑星β面上の南北水温勾配を伴う東向き表層流 (対馬暖流) が年正味の海面熱損失と南方からの水平熱輸送との熱バランスによって維持されている。このような海盆スケールの表層流は温度風平衡を満たし,西岸境界で湧昇,東岸境界で沈降を駆動して,中層もしくは底層を経由するオーバーターニング循環(鉛直循環)を発達させる。日本海の高塩分中層水 (High Salinity Intermediate Water: HSIW) は極微細な塩分極大を示す水塊であり,塩分極小である日本海中層水 (Japan Sea Intermediate Water: JSIW) の下方,深度500 ~700 m 付近に位置している。HSIW は北海道沿岸沖の対馬暖流による流入高塩分水を起源とし,これはオーバーターニングによる東岸境界の沈降に対応する。2009 年の夏季,HSIW に繋がる高塩分の大規模な表層混合層が観測され,ベンチレーション (換気) の直接的な証拠が捉えられた。ところが2010 年代に入り,急速に低塩化するJSIW がHSIW を上方から蓋をする状態が継続した。本研究ではHSIW の時間変化を追跡できる有用な生物化学トレーサーとしてPreformed PO4 (PO40) を提案する。JSIW 内のPO40 は枯渇状態の表層PO40 との活発な混合を示し,JSIW は毎冬の更新が示唆された。その一方で,HSIW 内のPO40 はJSIW からの鉛直拡散の影響を受けて減少しつつも極大構造を維持していた。おそらく,HSIW を更新する大規模なオーバーターニングは間欠的にしか起こらず,その間隔は数年以上離れていることが推測される。
著者
佐藤 光秀
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.1-13, 2017-01-15 (Released:2018-09-20)
参考文献数
54

ピコ・ナノ植物プランクトンは外洋における主要な一次生産者であり,食物網の起点である。本論文ではピコ・ナノ植物プランクトンの組成と分布,栄養獲得,被食過程について著者らが行ってきた研究の内容と成果を概説する。はじめに,フローサイトメトリーにより代表的なピコ・ナノ植物プランクトングループの分布やサイズ組成を明らかにし,その生理的な特徴や環境因子と分布を関連づけた。つづいて,ピコ・ナノ植物プランクトンが多様な群集組成を呈する要因の一つとしてリンや鉄の利用に着目し,特に,外洋域で重要となる有機態リンと有機配位子に結合した鉄の利用について現場での実験をもとに新知見を得た。また,植物プランクトン群集を形作る要因としての被食過程に着目し,サイズ分画から植物プランクトンの被食速度を見積もる手法を開発した。これらの結果から,外洋,特に貧栄養海域におけるピコ・ナノ植物プランクトンの特徴的な栄養獲得戦略を明らかにした。
著者
諏訪 僚太 中村 崇 井口 亮 中村 雅子 守田 昌哉 加藤 亜記 藤田 和彦 井上 麻タ理 酒井 一彦 鈴木 淳 小池 勲夫 白山 義久 野尻 幸宏
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.21-40, 2010-01-05 (Released:2022-03-31)
参考文献数
103

産業革命以降の二酸化炭素(CO2)排出量の増加は,地球規模での様々な気候変動を引き起こし,夏季の異常高海水温は,サンゴ白化現象を引き起こすことでサンゴ礁生態系に悪影響を及ぼしたことが知られている。加えて,増加した大気中CO2が海水に溶け込み,酸として働くことで生じる海洋酸性化もまた,サンゴ礁生態系にとって大きな脅威であることが認識されつつある。本総説では,海洋酸性化が起こる仕組みと共に,海洋酸性化がサンゴ礁域の石灰化生物に与える影響についてのこれまでの知見を概説する。特に,サンゴ礁の主要な石灰化生物である造礁サンゴや紅藻サンゴモ,有孔虫に関しては,その石灰化機構を解説すると共に,海洋酸性化が及ぼす影響について調べた様々な研究例を取り上げる。また,これまでの研究から見えてきた海洋酸性化の生物への影響評価実験を行う上で注意すべき事項,そして今後必要となる研究の方向性についても述べたい。
著者
川合 英夫
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.333-339, 2001-07-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
42

「朝鮮」を「解」と略した「東鮮暖流」「北鮮寒流」という海流名は, 民族差別と闘う連絡協議会によって1991年に「日本の植民地時代以来の差別的な表現」だと見なされ, 文部省 (1992)『学術用語集』から削除された。本報では約30編の文献を精査して「東鮮暖流」「北鮮寒流」は宇田 (1934) に,「西鮮海流」は野満 (1931) に,「北鮮暖流」は日高 (1943) に, 初記載があったことを突き止め, これら海流名の扱い方を考える。平 (2000) が提案した「東朝鮮暖流」「北朝鮮寒流」を取りあえず代替語とする。ただ「東朝鮮暖流」は今後よく使われそうなのに, 口頭では多音節で冗長だから,「東の鮮やかな暖流」の意味を併せもつ「東鮮暖流」という海流名が22世紀またはそれ以降, 朝鮮民族のご了承を得て復活することを希望する。野満 (1931, 1942a, b) が本文では「西朝鮮海流」を, 海流図では「西鮮海流」を用いていた事実は, 海流略称はもともと図面空間節約のため生じたもので, 差別意識とは無関係であった証しである。
著者
羽角 博康
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.25-39, 2001-01-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
35
被引用文献数
1 1

海洋大循環モデルが実用化されてから30年ほどが経過し, 多くの人々によって全球規模の海洋モデリングが行なわれるようになった。観測が困難な深層海洋の循環を再現してその物理的メカニズムを探るという目的において, あるいは海洋の変動予測という目的において, 海洋大循環モデリングの重要性はますます高まっている。一方, それらの目的に対して満足のいくモデリングという意味ではいまだにいくつもの問題が存在する。そこで, 現在の海洋大循環モデリングが抱える問題点をまとめ, 今後いかなる点に関しての発展が求められているかを概説する。
著者
安藤 晴夫 柏木 宣久 二宮 勝幸 小倉 久子 山崎 正夫
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.407-413, 2003-07-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
7
被引用文献数
15 20

1970年代から月1回実施されている公共用水域の水質モニタリングデータを用いて,東京湾全域の表・底層水温の長期的な変動傾向を月別に検討した。その結果,水温の長期変動傾向は季節により異なり,概ね5月~8月には下降傾向,10月~3月には上昇傾向が認められた。また,地域的にも傾向が異なり,外洋水の湾内への流人経路と考えられる湾南西部の海谷に沿う地点で特にこうした上昇・下降傾向が顕著であった。外洋水の水温は湾内の海水に比べて夏季には低く,冬季には高いことから,湾内への外洋水流入量が長期的には増加傾向にあると仮定すると,こうした傾向をよく説明できる。
著者
川合 英夫
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.181-203, 1994-06-30 (Released:2008-04-14)
参考文献数
102
被引用文献数
1

After the national isolation policy was established in 1639, the building of large ships and ocean navigation were prohibited in Japan. Thus, it is difficult to find old books describing the Kuroshio. By searching and deciphering early books, however, I have found some historical descriptions and illustrations about the Kuroshio. By examining these records, coupled with records in the Western books, I have reached the following conclusion. The term "Kuroshio" originated from a local word "Kurose River", used within inhabitants of the Izu Islands, which indicated a branch of the actual Kuroshio flowing over the Izu Ridge. About 1800 it became meaning the Kuroshio south of the Tokaido District, and became popular among Japanese people by the fashion of publishing maps, local geography, accounts of trips and novels. However, a view of fragmental currents at that period might interrupted the recognition of the Kuroshio as a long current. From the end of the 18th century to the mid 19th, the Western collected information about Japan's geography published by the Japanese and made surveys and analyses of the Kuroshio on the occasion of cruises to ask for establishment of commercial relationship with Japan. Before the Meiji Restoration (1868), the term "Kuroshio" had already turned to an international word, which meant the entire Kuroshio, by the international diffusion of information about the Kuroshio. However, the undersanding of the Kuroshio by the Japanese was not practical as shown in Kanrin Maru journals by them.
著者
岡崎 裕典
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.51-68, 2012-03-15 (Released:2019-09-01)
参考文献数
83
被引用文献数
1 1

海洋深層循環は,膨大な熱と二酸化炭素などの物質の輸送を担い,10年から1000年オーダーの気候変動に中心的な役割を果たしている。本稿では,最終氷期以降の海洋循環変化のなかで,最終退氷期に一時的に北大西洋に代わって北太平洋が深層循環の沈み込みの起点となったことを示し,その成立メカニズムと当時の気候に与えた影響を概説する。また,古海洋研究の重要課題である氷期炭素リザーバー探索に向けた今後の展望を述べる。
著者
寄高 博行 花輪 公雄
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.107-128, 2020
被引用文献数
1

<p>水準測量の2000年度平均成果を用いて,外洋に面する全国の沿岸で,東京湾平均海面基準の1998年から2007年までの10年間の平均水位分布を求めた。1969/1972年度平均成果によるものとの大きな違いは,九州沿岸で18~36 cm,四国沿岸で10~24 cm平均水位が高いと見積もられたことである。その結果,北海道を除く九州・四国・本州の沿岸は,10年間の平均水位が空間的にほぼ一様な4つの区間に分けられた。これらの4区間は,平均水位の高い順に,東シナ海・日本海沿岸,潮岬以西の太平洋沿岸,潮岬以東の本州南岸,そして本州東岸である。4つの区間の4つの境界における水位差は,流れが接岸する岬付近に集中して生じていた。北海道沿岸の10年平均水位も,日本海側の方が太平洋側よりも高く,その水位差は流れが接岸する岬付近に集中していた。本州沿岸と北海道沿岸の10年平均水位差は,日本海側,津軽海峡内ともに14 cmであった。本州沿岸と北海道沿岸の水位差は11月がピークとなる季節変動を示すが,津軽海峡周辺の5つの岬を挟む水位差は,津軽海峡通過流・津軽暖流の岬付近での流速の季節変動を反映して,それぞれ異なる季節変動を示していた。九州・四国・本州南岸では,本研究で扱った期間に生じた2回の黒潮の大蛇行開始時に,黒潮の分枝流が潮岬よりも東の岬へ接岸し,潮岬以東の水位が上昇して非大蛇行時よりも高くなった状態が数か月続いていた。その後,黒潮の分枝流が岬から離岸し,潮岬以西の水位が潮岬以東の水位と同じように下がり,非大蛇行時よりも低くなるという変化をしていた。</p>
著者
松山 優治 青田 昌秋 小笠原 勇 松山 佐和
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.8, no.5, pp.333-338, 1999-10-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
17
被引用文献数
8 13

Seasonal variation of Soya Current along the Hokkaido coast in the Sea of Okhotsk was investigated both by the long-term current record obtained at the moored station off Sarufutsu and adjusted sea level record at the tidal stations along the Hokkaido coast. The current record shows significant seasonal variation, i.e., strong in summer and weak in winter. The current variation is closely correlated with the sea level difference between by high sea level in the Japan Sea compared with that in Sea of Okhotsk, while the weak current in winter is due to small difference of the sea level between both seas. This fact strongly depends on the unique seasonal variation of the sea level along the Hokkaido coast in the Sea of Okhotsk, i.e., maximum in winter and minimum in spring. The high sea level in winter is retained by the low salinity water in the subsurface layer of the southern part of the Sea of Okhotsk (Ito, 1997) and found along the southern coast of Hokkaido. The interannual variation of sea level along the Hokkaido coast in the Sea of Okhotsk in winter correlates with the Monsoon-Index (MOI) variation defined as difference of atmosphere pressure between Irkutsk in Russia and Nemuro in Hokkaido.
著者
植松 光夫
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.35-45, 2013-03-15 (Released:2019-03-22)
参考文献数
44
被引用文献数
1

大気と海洋間での生物地球化学的相互作用や,その応答は,気候や環境の変化を引き起こしたり,引き起こされたりする.私は地球規模の物質循環の観点から,海洋大気エアロゾルの化学組成変動とその挙動,そして海洋への影響について研究してきた.アジア大陸に起源を持つ鉱物粒子や人為起源エアロゾルが,北太平洋上へ春季を中心に広く輸送され,地球規模の気候変化の放射収支に影響を与えていることを示唆した.またエアロゾルが輸送されている間に海洋大気境界層内で生じている化学的,物理的変質過程や除去過程を明らかにした.海洋に沈着するこれらの物質が,海洋表層での化学的,生物的過程を通して,海洋生物活動に影響を与えていることを確かめた.一方,海洋大気エアロゾル化学組成が,海洋生物や物理環境によって変化することを示した.海洋と大気と気候間でのリンケージの定量的な理解を,さらに深化させるためには,海洋科学と大気科学の連携が不可欠である.
著者
久保 篤史
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.23-38, 2022-02-15 (Released:2022-02-15)
参考文献数
66

東京湾は大都市である東京を流域に持っており,人間活動の影響,特に下水処理水の影響を強く受けている。本稿では,筆者がこれまでに行ってきた東京湾における炭素循環・栄養塩類循環研究の成果を紹介する。東京湾における二酸化炭素収支は世界の沿岸海域と異なり二酸化炭素の吸収域となっていた。東京湾では植物プランクトンの光合成による二酸化炭素消費が陸域起源有機物の分解による二酸化炭素供給を上回った結果だと考えられる。これは,流域での下水処理により易分解性有機炭素や粒状有機炭素の大部分が除去され,主に難分解性有機炭素が東京湾に供給されていることに由来する。同様に東京湾流域の下水処理場における高度処理開始は東京湾に流入する栄養塩負荷量を低下させ,東京湾内の栄養塩濃度を低下させていた。流域の下水整備・処理効率の上昇や高度処理の開始により,東京湾の有機炭素・栄養塩類濃度は減少していた。それに伴い東京湾は二酸化炭素の放出域から吸収域へと変化していた。すなわち,栄養塩類濃度の減少を上回る易分解性有機炭素や粒状有機炭素除去の寄与が相対的に大きい結果と考えられる。
著者
木田 新一郎 栗原 晴子 大林 由美子 川合 美千代 近藤 能子 西岡 純
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.30, no.5, pp.87-104, 2021
被引用文献数
4

<p>沿岸域において,今後10 年程度の期間で取り組むべき研究の方向性と意義,そしてその遂行に必要な研究基盤について論じた。沿岸域は外洋域と陸域を結びつける,フィルターかつリアクターとしての役割をもつ海域であると同時に,人間社会に身近であり,多様で生産性豊かな海域である。沿岸域の物質循環を理解し,将来にわたってその豊かな生態系を維持していくためには,物理・化学・生物が分野横断的に連結し,組織立ったプロセス研究を進める必要がある。変化の時空間規模が小さい沿岸域の現象を把握するには,観測データが依然として不足している。しかし,これまでの長期モニタリングデータに加えて新たな観測機器の開発,衛星観測の高解像度化,ドローンの登場によって状況は大きく前進しつつある。この現状をふまえて,今後必要と考える研究基盤と数値モデルの展望を議論した。</p>
著者
土井 威志 安中 さやか 高橋 一生 渡辺 路生 東塚 知己 栗原 晴子
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.30, no.5, pp.105-129, 2021
被引用文献数
2

<p>熱帯域に関する近年の研究の進展をレビューするとともに,今後10 年程度で取り組むべき海洋研究の方向性に関して,物理・化学・生物の各分野を横断して論じた。特に,エルニーニョ・南方振動(ENSO)に焦点をあてた。ENSO の予測は,近年の物理的理解の進展によりある程度可能になった。一方,ENSO が,海洋の炭素吸収能,物質循環,生物生産,生物多様性などにどのように影響するのかについては十分に理解されていない。さらに,長期的な気候の変化に伴って進行する熱帯海洋の水温上昇・酸性化・貧酸素化に,ENSO の影響が重なることで,海洋生態系がより深刻な影響をうける可能性も指摘されている。このような事態に備えるために,ENSO に伴って海洋システム全体がどのように変動するのか理解を深め,高精度で予測することが,社会要請と相まって,益々重要になるであろう。今後10 年間では特に,Biogeochemical(BGC)Argoフロートによる観測データと地球システムモデルを両輪とした海洋システム研究の展開,ならびに船舶・係留ブイ観測や現場実験・観測など現地調査に基づくプロセス研究の拡充を進め,双方の知見を互いにフィードバックする必要がある。ENSO に伴う経年的な変動予測精度が最も高い熱帯太平洋は,海洋システムの真の統合的理解と予測研究を進めるための最適な実証基盤である。</p>
著者
西條 八束
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.16, no.5, pp.401-406, 2007-09-05

陸水学は,通常,湖沼を研究水域としている。そして,湖沼が海洋に比べて閉鎖性が強いことを除けば,とくに生態系の構造と機能,物質循環などにおいて共通の性状を示す場合が多い。さらに湖沼が閉鎖的であることは,そこに生息する生物の相互関係,あるいは生物と生活環境の相互作用などを把握しやすくさせている。特に小潮を研究水域とすれば,時間的,空間的に密な観測,あるいは長期にわたる観測も容易で,多額の経費もかけずに精密な研究ができる。湖沼は通常,深い湖と浅い湖に分けられ,その性状も異なり,貧栄養湖と富栄養湖に分類される。さらに特異な湖であるが,深層に海水など高密度の水が半永久的に停滞している湖(部分循環湖)では,塩分の境界層に厚いバクテリアプレートが形成され,そこに各種のバクテリアなどが密生し,新たな知見が数多く見出されており,海でも同様な現象発生の可能性がある。また近年は,水域の富栄養化が重大な環境問題となり,その分野の研究が盛んになっている。日本では,湖沼における生物生産と物質循環の研究が,海洋における同様な分野の発展の基礎となった。このような陸水学の研究成果が海洋学の発展に寄与した具体例を挙げて論説した。
著者
宗林 由樹
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.25, no.6, pp.145-155, 2016-11-15 (Released:2018-10-25)
参考文献数
23
被引用文献数
1

海洋の微量元素は,海洋生物の微量栄養塩,現代海洋のトレーサー,古海洋研究のプロキシ(代替指標)としてきわめて重要である。しかし,海洋の微量元素は,濃度が低い,共存物質が測定を妨害する,採水から測定までの間に目的元素が汚染混入するなどの理由により分析が難しかった。著者は,簡便かつ精確な新しい分析法を開発し,それらを海洋研究に応用してきた。本稿では,以下の二つの内容について詳しく述べる。(1) 海水中アルミニウム,マンガン,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,カドミウム,鉛の多元素分析法の開発とその応用。(2) 海水中銅安定同位体比分析法の開発とその応用。これらの方法は,新しいキレート樹脂NOBIAS Chelate-PA1と誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)に基づいている。その分析結果の精確さは,国際共同観測計画GEOTRACESの相互較正などを通して確証された。さまざまな元素の濃度比,および濃度と安定同位体比の情報が利用できるようになり,海洋の生物地球化学サイクルに関する理解がますます深まりつつある。