著者
加藤 雅康 林 克彦 前田 雅人 安藤 健一 菅 啓治 今井 努 白子 隆志
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.229-235, 2011-05-15
参考文献数
15

近年,クマの目撃件数が増加しており,クマが生息する山間部付近の病院ではクマ外傷を診察する機会が増加することが予想される。当院で過去2年間に経験したクマ外傷の4例を報告し,初期治療での注意点について考察する。クマ外傷は頭部顔面領域に多く,顔面軟部組織損傷の治療にあたっては,眼球,鼻涙管,耳下腺管や顔面神経などの損傷を確認し,損傷の部位や程度に応じてそれぞれの専門科と共同で治療を行うことが必要となる。また,細菌感染や破傷風の予防が必要である。当院で経験した4例と文献報告でも,創部の十分な洗浄と抗菌薬治療,破傷風トキソイドと抗破傷風人免疫グロブリンの投与により重篤な感染を生じることはなかった。しかし,頭部顔面の創部と比較して四肢の創部は治癒に時間がかかった。クマ外傷の診療にあたっては,顔面軟部組織損傷と感染症予防に対する知識が重要と考えられた。
著者
鶴田 良介 有賀 徹 井上 健一郎 奥寺 敬 北原 孝雄 島崎 修次 三宅 康史 横田 裕行
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.9, pp.786-791, 2010-09-15 (Released:2010-11-09)
参考文献数
9

目的:熱中症患者のバイタルサインや重症度に関する疫学データは少ない。人工呼吸管理を要した熱中症患者の予後に関わる因子を解析する。方法:2008年6月1日から9月30日の間に全国82ヶ所の救命救急センターおよび日本救急医学会指導医指定施設を受診した熱中症患者913名のデータのうち,人工呼吸管理下におかれた患者77名を抽出し,更に来院時心肺停止1名,最終診断脳梗塞1名,予後不明の2名を除く73名を対象とした。対象を死亡あるいは後遺症を残した予後不良群と後遺症なく生存した予後良好群に分けて解析した。結果:予後良好群47名,予後不良群26名(死亡12名を含む)であった。2群間に年齢,性別,活動強度,現場の意識レベル・脈拍数・呼吸数・体温に有意差を認めなかった。現場の収縮期血圧とSpO2,発症から病院着までの時間に有意差を認めた。更に来院後の動脈血BE(-9.5±5.9 vs. -3.9±5.9 mmol/l,p<0.001),血清Cr値(2.8±3.2 vs. 1.8±1.4 mg/dl,p=0.02),血清ALT値[72(32-197)vs. 30(21-43)IU/l, p<0.001],急性期DICスコア(6±2 vs. 3±3,p=0.001)に予後不良群と予後良好群の間で有意差を認めた。しかし,来院から冷却開始まで,来院から38℃までの時間の何れにも有意差を認めなかった。多重ロジスティック回帰分析の結果,予後不良に関わる因子は現場の収縮期血圧,現場のSpO2,来院時の動脈血BEであった。結語:人工呼吸管理を要した熱中症患者の予後は来院後の治療の影響を受けず,現場ならびに来院時の生理学的因子により決定される。
著者
小松 裕和 鈴木 越治 土居 弘幸
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.5, pp.288-293, 2009-05-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
5
被引用文献数
2 1

わが国においても臨床研究の重要性の認識は確実に高まってきているが,未だ地域中核病院を中心として行われる臨床研究は量的に少なく,質的にも英文での論文化に耐えうるものはほとんど見受けられない。これは臨床医の多くが統計学的な知識を重視するあまり,疫学的視点が不十分であるために起きている現象である。検定やp値を重視する傾向,バイアスについて十分な考察ができていないこと,治療や曝露の影響を定量的に推定しないことなどは,その好例である。臨床研究を行う上で,母集団と標本,サンプルサイズの計算,基本属性の比較,交絡要因の多変量解析による調整などに用いられる統計学の知識はあるに越したことはないが,臨床研究を実施するにあたっては疫学の知識がかなりの程度必要であることが多くの臨床医に理解されていない。とくに研究仮説の明確化,コントロール群の設定,解析モデルの構築,研究結果とバイアスの考察において,疫学的視点がなければ質の高い臨床研究は行うことができないのである。
著者
中尾 篤典 小谷 穣治
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.59-68, 2013-02-15 (Released:2013-04-05)
参考文献数
45

医学ガス(メディカルガス)とは,医学領域において薬理作用をもち,治療および診断に用いられるガス分子の総称で,酸素や笑気などが代表的である。そのなかでも,生体内で恒常的に産生され,シグナル伝達などの様々な生理活性をもつシグナルガス分子と呼ばれるガス分子があり,その代表として,一酸化窒素(NO),一酸化炭素(CO),硫化水素(H2S),および水素(H2)についての研究が急速に進んでいる。急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome: ARDS)は心原性の肺水腫を除く様々な原因で惹起される急性の低酸素血症であり,致死率が高く,臨床上重篤な病態の一つである。ARDSの病態には,炎症や酸化ストレスなどが複雑に関係するが,これらガス分子は抗炎症作用や抗酸化作用をもち,肺組織を保護する作用を有することがわかってきた。これらのシグナルガス分子は,気管を経由しての吸入という非常に直接的な方法で患者に投与することができる。ARDS患者の多くは機械的人工呼吸を要することなどを考慮すれば,濃度などを安全に管理したうえでの経気道的吸入療法は臨床応用しやすく,今後有効な治療となる可能性がある。本稿では,最近注目されている代表的なシグナルガス分子について最近の知見を解説し,救命救急,集中治療領域において重要なARDSへの応用について述べる。
著者
澤村 淳 菅野 正寛 久保田 信彦 上垣 慎二 早川 峰司 渡邉 昌也 丸藤 哲
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.219-223, 2011-05-15 (Released:2011-07-23)
参考文献数
9

QT延長症候群には様々な原因があるが,水泳中に心室細動を発症したRomano-Ward症候群の1症例を経験したので,若干の文献的考察を含めて報告する。症例は12歳女児で学校のプール学習で遊泳中に仰向けに浮いているのを発見され,引き上げたところ心肺停止状態であった。直ちに担任教師により心肺脳蘇生法が開始され,自動体外式除細動器(automated external defibrillator; AED) を装着し除細動を実施した(後の解析で心室細動と判明した)。除細動後,間もなく自己心拍が再開した。気管挿管後,ドクターヘリで当科へ搬送された。意識はJapan coma scale(JCS) 200,Glasgow coma scale(GCS) E1VTM3,瞳孔径左右とも3mm,対光反射は両側とも迅速。血圧136/74mmHg,脈拍84/min,呼吸回数 19/min, SpO2 100%(FIO2 1.0,気管挿管下)。12誘導心電図:完全右脚ブロック,QTc 0.49secとQT時間の延長を認めた。24時間の脳低温療法を行い,神経学的後遺症は残さず回復した。日本循環器学会のガイドラインに準拠して植え込み型除細動器(implantable cardioverter defibrillator; ICD)の適応(class I)となり,第7病日にICDを挿入した。その後,問題なく経過し,第14病日に独歩退院した。若年発症のQT延長症候群の場合,先天性のRomano-Ward症候群をまず疑うことが重要である。またRomano-Ward症候群は常染色体優性遺伝であり,遺伝子診断まで検索が必要である。心室細動で発症するハイリスク例に対してはICDの挿入は必須の治療であると考えられた。
著者
並木 淳 山崎 元靖 船曵 知弘 堀 進悟 相川 直樹
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.6, pp.295-303, 2009-06-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
16

【目的】救急患者の意識レベル評価に際し,わが国で広く用いられているJapan Coma Scale(以下JCS)による誤判定の要因を明らかにする。【方法】当救急部で3年間に取り扱った救急車搬入の患者データベースから,頻度の高い8通りの意識レベルをGlasgow Coma Scaleのeye, verbal, motor(以下EVM)スコアに基づいて選択し,模擬患者が演ずる意識レベルを標準的な手順で診察するシミュレーションビデオを作製した。経験の少ない医療従事者として 1 年目初期臨床研修医94人を対象に,ビデオを用いたJCSによる意識レベルの判定テストを行い,その解答結果を解析した。【結果】JCSの誤判定率は, 8 つの設問の平均で19 ± 15%(平均±標準偏差)。JCS 0, 300の誤判定は稀だったが,JCS 2, 10, 200は20%以上の誤判定率であった。設問のJCSスコアと誤判定されたJCSスコアを対比すると,意識レベルを良い方に誤判定する傾向が示され,とくに軽度~中等度の意識障害でその傾向が強かった。設問でシミュレーションされたEVMスコアと誤判定されたJCSスコアを比較した結果,JCS誤判定の主な要因は次の3点であった。1)最良運動反応の「M4:逃避(正常屈曲)」を 「JCS 100:はらいのけるような動作」とする誤り。2)発語反応の「V4:会話混乱(見当識障害)」を「JCS 0:意識清明」とする誤り。とくに最良運動反応が「M6:命令に従う」の場合に「JCS 0:意識清明」と誤判定される。3)開眼反応における「E3:呼びかけによる」をJCS 1 桁とする誤り。とくに発語反応が「V4, 5:会話可能」な場合にJCS 1 桁と誤判定される。【結論】JCSによる救急患者の意識レベル誤判定の主な要因は,逃避と疼痛部位認識の運動反応の区別,見当識障害と意識清明の区別,呼びかけによる開眼反応の判定である。
著者
山本 理絵 斉藤 剛 青木 弘道 飯塚 進一 秋枝 一基 猪口 貞樹
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.12, pp.865-873, 2014-12-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
20
被引用文献数
2 2

急性薬物中毒は救急医療において重要な分野の一つであり,起因物質の特定は治療を行う上で極めて重要である。厚労省により薬毒物分析機器の配置が行われてきたが,機器による分析は難しく,簡便かつ迅速な検査法として尿中薬物簡易スクリーニングキットが多くの医療機関で使用されている。しかし,尿中薬物簡易スクリーニングキットは分析対象が限定され検出不能な薬物があること,体内動態や交差反応による陽性や感度不足による陰性があることから,薬物の特定には定量分析が必要となる。本研究では,ガスクロマトグラフ質量分析装置(gas chromatograph mass spectrometer: GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析装置(liquid chromatography-tandem mass spectrometer: LC-MS/MS)による血中薬物の定量分析結果をgolden standardとして,当院で使用している尿中薬物簡易スクリーニングキットTriage DOA® の臨床的有用性について検討した。2009年4月~2013年3月までに当施設を受診し入院となり,Triage DOA® と定量分析の双方を施行した急性薬物中毒822例を研究対象とした。ベンゾジアゼピン系睡眠薬およびベンゾジアゼピン系抗不安薬(BZO),バルビツール酸系睡眠薬(BAR),三環系抗うつ薬(TCA),アンフェタミン系覚醒剤(AMP)に対するTriage DOA® の感度,特異度,陽性的中率,陰性的中率,偽陽性率,偽陰性率について検討した。検討の結果,Triage DOA® にはいくつかの問題はあるが,救急初期治療の一次スクリーニング検査としては有用であった。しかし,TCA,AMPの陽性的中率は低く,BZOは陰性的中率が低いことから,救急現場ではTriage DOA® の解釈には十分な注意が必要である。また,近年本邦では尿中薬物簡易スクリーニングキットでは検出できない抗精神病薬やselective serotonin reuptake inhibitor,serotonin and norepinephrine reuptake inhibitorなどの抗うつ薬が数多く使われている。尿中薬物簡易スクリーニングキットで陰性でもこれらの薬物を服用している可能性を念頭に置いて初期治療を行う必要がある。
著者
村井 映 西田 武司 仲村 佳彦 市来 玲子 弓削 理絵 梅村 武寛 石倉 宏恭
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.12, pp.977-983, 2013-12-15 (Released:2014-02-04)
参考文献数
18
被引用文献数
1 1

【はじめに】III度熱中症患者の核温冷却を目的に血液濾過透析回路を用いた体外循環を施行した。hemofilterの代わりにウォーマーコイルを用いた改良を加え,冷却効率の改善を試みた。【対象と方法】2000年7月から2011年10月の期間において福岡大学病院救命救急センターに入院したIII度熱中症患者を対象に患者背景,入院時状態,体外循環使用の有無,転帰を調査した。2004年から回路に改良を加えたが,その時期の前後で前期冷却法群と後期冷却法群の2群に分け,入室から体外循環開始までの時間,体外循環施行時間,冷却効率,人工呼吸期間,入院期間を後方視的に比較した。【結果】III度熱中症症例は28例で,このうち体外循環を実施した症例は14例で,前期冷却法群6例,後期冷却法群が8例であった。年齢,性別,BMI(body mass index),入院時APACHE II score,急性期DIC score,核温において前期冷却法群と後期冷却法群の2群間に有意差を認めなかった。体外循環施行時間は前期冷却法群で32.5分,後期冷却法群で27.5分と後期冷却法群で短縮されたが有意差は認めなかった。冷却効率は前期冷却法群で0.040℃/分,後期冷却法群で0.112℃/分と後期冷却法群で有意に高値であった(p<0.01)。人工呼吸期間は前期冷却法群6.0日,後期冷却法群3.5日,入院期間は前期冷却法群10.0日,後期冷却法群13.5日であったが,2群間に有意差を認めなかった。【結論】今回,III度熱中症に対して血液濾過透析回路を用いた体外循環による血液冷却法を考案した。本法は簡便性,体温冷却効率,侵襲度からみて臨床上有用な熱中症時の冷却装置であると考えられる。
著者
前田 宜包 樫本 温 平山 雄一 山本 信二 伊藤 誠司 今野 述
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.198-204, 2010-04-15 (Released:2010-06-05)
参考文献数
12

症例は56歳,男性。単独で登山中,富士山8合目(海抜3,100m)で突然昏倒した。居合わせた外国人医師が救助に当たるとともに同行者が8合目救護所に通報した。自動体外式除細動装置(automated external defibrillator; AED)を持って出発し,昏倒から30分後胸骨圧迫を受けている傷病者と接触した。AEDを装着したところ適応があり,除細動を施行した。まもなく呼吸開始,脈を触知した。呼吸循環が安定したところでキャタピラ付搬送車(クローラー)で下山を開始。5合目で救急車とドッキングし,約2時間後山梨赤十字病院に到着した。第1病日に施行した心臓カテーテル検査で前下行枝の完全閉塞,右冠動脈からの側副血行路による灌流を認めた。低体温療法を施行せずに第1病日に意識レベルJCS I-1まで回復し,とくに神経学的後遺症なく4日後に退院となった。富士山吉田口登山道では7合目,8合目に救護所があるが,2007年から全山小屋にAEDを装備し,山小屋従業員に対してBLS講習会を施行している。今回の事例はこれらの取り組みの成果であり,healthcare providerに対するBLS・AED教育の重要性が再確認された。
著者
羽岡 健史 森下 由香 内藤 祐貴 大西 新介 奈良 理 高橋 功
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.10, pp.785-791, 2014-10-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
13
被引用文献数
1

肥満細胞の活性化により惹起される種々のアレルギー症状と急性冠症候群(acute coronary syndrome: ACS)の同時発症はKounis症候群と呼ばれている。我々はガベキサートメシル酸塩gabexate mesilate: GM)の投与後にアナフィラキシーと冠攣縮性狭心症を呈した症例を経験したので報告する。症例はアルコール性慢性膵炎と糖尿病の既往のある72歳の女性。心窩部痛を主訴に当院に救急搬送され,慢性膵炎急性増悪と診断された。単純CT撮影後にウリナスタチン50,000単位を投与。次にGM 100mgの投与を開始してから8分後,気分不快,呼吸苦,顔面紅潮,喘鳴が出現した。まもなく意識レベルがJapan coma scale(JCS)100に低下し,ショックを呈したため,アナフィラキシーショックと考え,アドレナリン0.1mgを2回静脈注射した。またアドレナリン投与前から心電図モニター上,ST上昇が見られ,12誘導心電図ではII,III,aVFでST上昇,I,aVL,V1~V4でST低下,心臓超音波検査で左心室下壁の壁運動不良の所見が認められたため,ニトログリセリン(スプレー)を舌下投与した。気管挿管,ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム100mg,クロルフェニラミンマレイン酸塩5mg,ファモチジン10mg投与後に冠動脈造影を実施したところ,冠動脈に有意な狭窄を認めず,冠攣縮性狭心症と診断された。同日,心電図変化は改善し,アナフィラキシー症状も消失し,翌日には抜管した。狭心症の再発はなく,慢性膵炎急性増悪に対する治療のみを行ってから第17病日に自宅退院となった。Kounis症候群はアレルギー反応等の過敏性反応に伴って肥満細胞から放出される炎症メディエータの作用でACSが引き起こされることで生じる病態で,アレルギー反応に対する治療とACSに対する治療を並行して行うことが推奨されている。重篤なアレルギー症状を呈する症例では,ACSの併発も念頭において治療・観察をする必要がある。
著者
杉村 朋子 鯵坂 和彦 大田 大樹 田中 潤一 喜多村 泰輔 石倉 宏恭
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.213-218, 2011-05-15 (Released:2011-07-23)
参考文献数
11

症例は43歳の女性。30歳時に神経性食思不振症と診断され,精神科への入退院を繰り返していた。今回,自宅にて意識レベルが低下したため,救急車で近医へ搬送された。脱水と低栄養状態であり,低血圧,低血糖に対して高カロリー輸液による水分栄養補給が開始された。しかし,多臓器不全を呈したため,第13病日に当センターへ転院となった。臨床経過から,本患者は慢性の半飢餓状態の代謝に適合しており,低リン血症を補正しないまま糖負荷を行ったことによるrefeeding syndromeと診断した。血清リン濃度(IP)0.5mg/dlと著明な低リン血症を呈していたため,直ちにリンの補充を行い,輸液は低カロリーから開始した。低リン血症改善後,ショックから離脱し多臓器不全も改善傾向を示した。しかし,第27病日に敗血症性ショックを合併し呼吸不全の増悪から,第60病日に死亡退院となった。近年,救急・集中治療の領域においても栄養管理の重要性が認識されているものの,依然としてrefeeding syndromeの存在は広く認知されているとは言い難い。神経性食思不振症患者の栄養管理に際しては,refeeding syndromeを念頭に置き,微量元素を含めた低カロリーから開始する栄養補給により臓器不全を回避しなければならない。
著者
日本救急医学会 熱中症に関する委員会
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.11, pp.846-862, 2014-11-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
10
被引用文献数
1 3

日本救急医学会熱中症に関する委員会は,2012年の夏季3か月間に全国103の救急医療施設から熱中症の診断で受診した2,130例について,あらかじめ指定したデータ記入シートを用いて臨床データを収集しその特徴を明らかにした。平均年齢は45.6±25.6歳(1~102歳),中央値42歳。平均年齢は男性 44.1歳,女性 48.5歳であった。 重症度ではI度:II度:III度は984:614:336(未記載196),作業内容ではスポーツ:仕事:日常生活・レジャーは494:725:630(未記載281),日なた:日陰:屋内は1165:54:831(未記載12)であった。死亡例は39例あり(不明2),熱中症を原因とする症例が28例であった。 なかでも重症例における後遺症発生率,死亡率は前回までの調査に比し一転して低下したことは,国を挙げての啓発活動や予防への取り組みが一定の効果を上げたものと推察できる。

2 0 0 0 OA 学会通信

出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.7, pp.732-738, 1994-12-15 (Released:2009-03-27)
著者
山田 至康 市川 光太郎 伊藤 泰雄 長村 敏生 岩佐 充二 許 勝栄 羽鳥 文麿 箕輪 良行 野口 宏
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.65-81, 2012-02-15 (Released:2012-03-20)
参考文献数
8
被引用文献数
2 1

小児救急医療においては初期・2次救急への対応策が取られてきたが,平成21年度からは厚生労働省による検討会が持たれ,3次救急への対応が検討されるようになった。今回の調査では9割近くの救命救急センターは,常に小児救急医療に対応していたが,施設の特徴により受診数や入院数,入院病名には差異が見られた。小児の年間ICU入院数は平均19.3名で,CPA数平均4.0名,死亡退院数平均2.7名が示すように重篤患者は少なかった。小児の利用可能なICUは20.3%にあったが,そのうちで救命救急センター内にあるものが7.2% で,病床数は平均1.6床であった。時間外における小児科医の対応は72%で可能であったが,救命救急センターの常勤小児科医によるものは15%であった。救命救急センターは施設間に偏りがあるものの小児の3次救急に可能な範囲で対応していた。小児の内因性疾患に対応可能な施設は,小児科医と救急医が協力し,重篤小児の超急性期の治療を進めていく必要がある。
著者
小松 裕和 鈴木 越治 土居 弘幸
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.6, pp.338-344, 2009-06-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
8
被引用文献数
3 2

論文の読み方(批判的吟味critical appraisal)は研究を行う上で基本的な技術であり,最近ではEBMの実践にあたり臨床医にも求められる能力になっている。論文を読むことを苦手とする臨床医は非常に多いが,筆者らは疫学の基本的知識と論文の書き方について勉強することが,論文を読む技術を習得する一番の近道ではないかと考えている。疫学の基本的知識としては,曝露(治療)のアウトカムへの影響を定量的に推定するために必要な疫学指標と効果指標についての理解,バイアスを考えるのに必要な研究デザインについての理解が非常に重要である。一方,論文の読み方に関しては,論文の段落構造を理解し,段落ごとに読んでいく「パラグラフリーディング」が行えるようになれば,論文を読む効率は飛躍的に向上する。そして,論文の書き方に関する各種ガイドラインを参考にしながら,論文を読んでいくことは一番のトレーニングである。
著者
塩谷 信喜 柴田 繁啓 今井 聡子 小野寺 誠 藤野 靖久 井上 義博 遠藤 重厚
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.6, pp.282-292, 2010-06-15 (Released:2010-08-13)
参考文献数
38
被引用文献数
1

【背景】アナフィラキシーは,抗原の暴露後に急速に進行する全身性の致死的反応である。当センターは,岩手県中央部の救急医療の中心的な役割を担っており,アナフィラキシー症例を経験する機会も多い。そこで地域におけるアナフィラキシーの実態を明らかにすることを目的に自験例を分析したので報告する。【対象と方法】当センター開設1980 年11 月から2009 年10 月の29 年間にアナフィラキシー症状を呈した302 例を対象とした。原因,年齢・性別,症状について,診療録により後方視的に検討した。【結果】平均年齢は48.0 歳で,男性に多い傾向がみられた。アナフィラキシーショックは193例(63.9%)で,8例(2.7%)が心肺停止となり,4 例が死亡に至った。アナフィラキシーの主要原因は,ハチ毒148 例(49.0%),薬物89 例(29.4%),食物58 例(19.2%),食物依存性運動誘発アナフィラキシー3 例(1.0%),その他4 例(1.3%)であった。ハチ毒では,スズメバチ,アシナガバチによる被害が多く,薬物では,非ステロイド性解熱鎮痛薬,抗菌薬,食物では,海産物とソバが多く認められた。最も多い初期症状は,心血管症状(65.9%),皮膚粘膜症状(42.1%)であった。【結語】主要原因はハチ毒が多く,薬剤,食物と続いた。食物は,全国調査とは異なり,海産物(46%)とソバ(6.9%)が多くを占めた。ハチによる被害の背景には,岩手県は広大な山林面積を有し農林就業者が多いことが考えられた。海産物は地域住民の消費動向によるもの,ソバによる被害は県外の旅行者に関係していると考えられた。アナフィラキシーの原因に占めるハチ毒や食物の割合は,地域による産業別就業や食文化の違いにより影響される。
著者
三谷 知之 間藤 卓 松枝 秀世 大井 秀則 山口 充 中田 一之 輿水 健治
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.7, pp.425-430, 2013-07-15 (Released:2013-10-16)
参考文献数
10

患者は22歳の女性。既往に躁うつ病があり,自殺目的に近医からの処方薬を過量服用した(炭酸リチウム,バルプロ酸など)。入院時,意識レベルがJCS II-30と低下している以外は異常なく胃洗浄と活性炭の投与を行った。その後血圧低下と多尿,高アンモニア血症を認めた。多尿は炭酸リチウムによる尿崩症と考えた。バルプロ酸血中濃度は190.2μg/dl,リチウムの血中濃度が1.11mEq/lであることから,持続的血液濾過透析を開始した。さらにlactulose,levocarnitine chloride懸濁液も併用した。24時間で持続的血液濾過透析は中止し,その後の悪化は認められず,第6病日に軽快退院となった。炭酸リチウムの過量服用では致死的な不整脈を起こして死に至ることがある。本症例は,炭酸リチウムの長期服用に加えて過量服用した。さらにバルプロ酸の過量服用は脳浮腫などを来し,加えて高アンモニア血症を併発して致命的になることがある。本症例の血中濃度は高値であった。炭酸リチウムは蛋白結合率が低く,バルプロ酸も過量服用においては蛋白結合率が低下する。そのため持続的血液濾過透析を施行し良好な経過を得た。本症例のバルプロ酸は徐放製剤であり,体内への吸収や血中濃度,蛋白結合率がどのように推移するのかを予想するのは困難であった。結局,経時的に血中濃度を測定し,治療方針を決定した。血中濃度の推移は,通常のバルプロ酸製剤と大きな違いはなかった。重症の経過を辿る可能性が高い複数の薬剤による中毒は,中毒症状の複雑化に加え,治療法の優先度や選択に苦慮する。複雑な薬物中毒に対応するためには経時的かつ迅速な毒物・薬物分析と血中濃度測定の体制が不可欠であると思われる。
著者
亀田 徹 伊坂 晃 藤田 正人 路 昭遠 一本木 邦治
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.11, pp.903-915, 2013-11-15 (Released:2014-01-07)
参考文献数
75

救急室や集中治療室で超音波検査(ultrasonography: US)は手軽に利用できるようになり,循環動態の評価のため焦点を絞ったUSによる下大静脈(inferior vena cava: IVC)の観察が広く行われるようになってきた。USによるIVC径(IVC diameter: IVCD)の計測では,IVCDに影響を及ぼす因子を事前に理解しておくことが大切である。患者の状態が安定していれば,体位は通常仰臥位にするが,症例により左側臥位による再評価が推奨される。呼吸はsniff(鼻をすする動作)が適切である。計測部位は一般に肝下面で右房入口部から0.5-3cm程度の位置とする。IVCの縦断像でIVCDを計測するが,事前に横断像で形態を確認しておくことは有用である。表示としてBモードもしくはMモードを選択するが,それぞれのモードの特性を考慮して利用する。IVCDの実測の代用として目測による評価も有用で,素早く施行可能なことからとくに重症患者において利用価値が高い。これまで日常臨床ではIVCDとその呼吸性変動の組み合せで右房圧の推定が行われてきたが,近年欧米ではその推定規準が見直された。またIVCDやその呼吸性変動を指標にすれば,非代償性心不全の診断や水分管理,初期蘇生における循環血液量減少の評価,人工呼吸中の輸液反応性の評価にも有用であるという報告がなされている。急性期診療において焦点を絞ったUSによるIVCの観察を加えることで,より非侵襲的で正確な輸液管理が可能になるかもしれないが,その確証を得るには今後標準化された計測方法と評価基準を用いた臨床研究が必要となる。
著者
沢本 圭悟 文屋 尚史 米田 斉史 武山 佳洋
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.221-225, 2009-04-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
9

症例は78歳の女性。岩盤浴入浴中に意識消失した状態で発見されて救命救急センターに搬入となった。来院時,意識レベルGCS(Grasgow coma scale)3,収縮期血圧77mmHg,直腸温41.1°Cであり,意識障害,ショック,高体温を呈していた。直ちに急速輸液と体表冷却を開始した。各種検査や既往からは意識障害を来すような異常を認めず,病歴と身体所見から 3 度熱中症の診断で入院となった。ショックに関しては輸液負荷と血管収縮薬を必要としたが徐々に改善した。また,経過中にDICと肝機能異常を呈したが経過観察により軽快した。第 7 病日に人工呼吸器から離脱した。第30病日にリハビリテーション継続を目的に転院となった。神経学的後遺症は認めなかった。岩盤浴とは,40°C程度の岩盤上に20-30分間の仰臥と10分程度の休憩を繰り返し,多量の発汗を得るサウナ形式の風呂の一種である。岩盤浴はサウナや一般入浴に比べ安全と宣伝されているが,高齢者の入浴の際には熱中症予防も含めて,十分な注意が必要である。