著者
三宅 康史 有賀 徹 井上 健一郎 奥寺 敬 北原 孝雄 島崎 修次 鶴田 良介 前川 剛志 横田 裕行
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.6, pp.309-321, 2008-06-15 (Released:2009-07-25)
参考文献数
9
被引用文献数
7 10

目的:日本救急医学会熱中症検討特別委員会は,全国の救命救急センター及び指導医指定施設に対し平成18年6-8月に診療した熱中症患者に関する調査を依頼し,66施設から収集された528症例につき分析を行った。結果:平均年齢は41.5歳(3-93歳),男女比413:113(不明2),日本神経救急学会の提唱する新分類でI° 62%,II° 18%,III° 20%であった。発生状況で,スポーツの若年男女(平均年齢25歳),肉体労働の中年男性(同47歳),日常生活中の高齢女性(同59歳)の 3 つのピークがあった。 7 月中旬と 8 月上旬に多く発生し,高い平均気温の時期と同期していた。 1 日の中では11時前後と15時頃に多かった。意識障害(Japan coma scale: JCS)の変化では現場0/JCS:43%(=I°),1/JCS:15%(=II°),2-300/JCS:42%(=III°)に対し,来院時では61%,12%,27%と応急処置による改善がみられた。外来診療のみで帰宅したのは285例(平均年齢38歳),入院は221例(同51歳)あり,収縮期血圧≤90mmHg,心拍数≥120/min,体温≥39°Cを示す症例は入院例で有意に多かった。入院例のALT平均値は240 IU/l(帰宅例は98 IU/l),DIC基準を満たすものは13例(5.9%)であった。入院例における最重症化は死亡例を除きほぼ入院当日に起こり,入院日数は重症度にかかわらず 2 日間が最も多かった。死亡例は13例(全症例の2.5%)あり,III° 生存例との比較では,深昏睡,収縮期血圧≤90mmHg,心拍数≥120/min,体温≥40°C,pH<7.35の症例数に有意差がみられた。日常生活,とくに屋内発症は屋外発症に比べ高齢かつ重症例が多く,既往歴に精神疾患,高血圧,糖尿病などを認め,死亡 8 例は全死亡の62%を占めた。考察:予後不良例では昏睡,ショック,高体温,代謝性アシドーシスが初期から存在し,多臓器不全で死亡する。高齢者,既往疾患のある場合には,日常から周囲の見守りが必要である。後遺症は中枢神経障害が主体である。重症化の回避は医療経済上も有利である。結語:熱中症は予防と早い認識が最も重要である。
著者
牛田 美鈴 小早川 義貴 新納 教男 越崎 雅行 山森 祐治 佐々木 晃 松原 康博
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.7, pp.361-366, 2009-07-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
4
被引用文献数
2 1

56歳の男性が卓球中に突然心肺停止となりバイスタンダーCPR(cardiopulmonary resuscitation)を施行され,救急要請された。救急隊到着時automated external defibrillator(AED)の波形にてventricular fibrillation(VF)と思われたが除細動適応外と判断された。 4 回目の解析で除細動適応と判定されて除細動が施行され,自己心拍が再開した。入院後順調に経過し後遺症なく社会復帰に至った。冠動脈造影にて右冠動脈に99%狭窄を認めVFの原因と思われた。各社のAED解析ソフトはAHA(American Heart Association),AAMI(Association for the Advancement of Medical Instrumentations)の基準を満たすように作成されているが,いずれも感度は100%ではない。AEDの特異度を高くするためには感度がある程度犠牲となることはやむを得ず,除細動適応波形であるにもかかわらずAED解析の結果適応外と判断される症例が存在することをメディカルコントロール協議会を通じて救急隊員に周知する必要がある。その際,ショック不適応と判断されても絶え間ない胸骨圧迫を行い,解析を繰り返すことが重要であることを強調すべきである。
著者
大嶋 清宏 萩原 周一 青木 誠 村田 将人 金子 稔 中村 卓郎 古川 和美
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.6, pp.345-350, 2013-06-15 (Released:2013-10-16)
参考文献数
14

症例は84歳の女性。認知症のため施設入所中である。某月某日朝,意識障害と40℃の発熱のため近医へ救急搬送された。動脈血ガス分析で低酸素血症と代謝性アルカローシスを認め,気管挿管され当院へ搬送された。来院後の血液検査で高カルシウム血症(13.8mg/dl)あり,胸部CT検査では左下葉に気管支透亮像を伴う浸潤影を認めた。頭部CT検査では明らかな異常所見はなかった。高カルシウム血症により意識障害を呈し誤嚥性肺炎を併発したと考え,入院の上,全身管理を開始した。呼吸に関しては人工呼吸器管理に加え,誤嚥性肺炎に対する抗菌化学療法を行った。高カルシウム血症の原因について精査したが,副甲状腺機能亢進症および悪性腫瘍は否定的であった。長期にわたり乳酸カルシウムおよび酸化マグネシウムが投与されており,これらによりミルクアルカリ症候群に陥り,その結果として高カルシウム血症性クリーゼを来したと考えられた。これら薬剤の投与を中止するとともにカルシトニンおよびビスホスホネートの投与を開始した。その後,徐々に血清カルシウム値は正常化し,それに伴い意識状態も改善した。第5病日には抜管し人工呼吸器から離脱でき,第6病日に紹介元の病院へ転院となった。ミルクアルカリ症候群は,牛乳や炭酸カルシウムのようなカルシウムと弱アルカリ性の吸収性制酸薬の過剰な経口摂取により発症するとされ,以前は消化性潰瘍治療時に認められていたが,その治療の変遷とともに激減した。しかし近年,骨粗鬆症の管理および予防に炭酸カルシウムが頻用されるようになり,再び報告されるようになってきている。とくに高齢者では,上記のような目的で長期間にカルシウム製剤を処方されている例が多く,かつ慢性の便秘に対して弱アルカリであるマグネシウム含有緩下剤を処方されている例も多い。高齢者の高カルシウム血症の際には本症候群の可能性も検討すべきと考える。
著者
中尾 彰太 渡部 広明 松岡 哲也
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.7, pp.365-371, 2010-07-15 (Released:2010-09-20)
参考文献数
14

高マグネシウム(Mg)血症は,その多くが医原性とされ,Mg製剤投与で起こる比較的稀な病態である。我々は,便秘症に対して処方された酸化マグネシウム(MgO)の長期内服により,重症高Mg血症を来した3例を経験したので報告する。3例とも当院来院時には血清Mg濃度が15mg/dlを超えており,血圧低下や意識障害を来していた。全例グルコン酸カルシウムを投与するとともに,1例は持続的血液透析(continuous hemodialysis; CHD)を,1例は血液透析(hemodialysis; HD)を施行して治療したが,最終的に1例は救命できなかった。従来,MgOのように1回投与当りのMg含有量が少ないMg製剤による重症高Mg血症のリスクは高くないとされてきたが,本症例のような長期投与は,重症高Mg血症の危険因子となり得るため注意が必要である。また高Mg血症の症状は非特異的であるため,積極的に疑わなければ早期診断が困難であり,しかも診断と治療が遅れれば致死的となり得る。このため,便秘症に対してMg製剤を長期間処方する際には,高Mg血症発症の可能性を想定し,必要に応じて血清Mg濃度の測定を施行することも含めた経過観察を行うべきである。
著者
岩崎 泰昌 奈女良 昭 宇根 一暢 太田 浩平 木田 佳子 廣橋 伸之 谷川 攻一
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.10, pp.797-803, 2014-10-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
12

室内など閉鎖空間での火災による傷病者は,熱傷の他に一酸化炭素中毒(CO)を合併することが多いが,同時に化学繊維などの燃焼で発生したシアン化水素の吸入によりシアン中毒を生じることがある。室内火災の現場から救出されCO中毒にシアン中毒を合併した1例を経験したので報告する。症例は18歳の男性。ビル内にある飲食店の一室で火災に巻き込まれて,消防により倒れているところを救助され,火災発生から約1時間後に当院救命救急センターへ搬送された。来院時,意識はGlasgow coma scale score 3,顔面にII度熱傷 7%,両手にIII度熱傷 5%を受傷しており,気道内に大量の煤を伴う気道熱傷を認めた。血中乳酸値は13.5mmol/Lで高度の乳酸アシドーシスを認め,carboxyhemoglobin(COHb)濃度は33.8%,来院から1時間後の血中シアン濃度は,4.3µg/mLであった。乳酸値は来院後12時間で正常化,100%酸素換気下でCOHb濃度は来院3時間後に5%以下,シアン濃度は来院4.5時間後に0.3µg/mLにそれぞれ低下したが,意識の回復は認めなかった。来院時の頭部CTでは,軽度の脳浮腫と皮髄境界の不鮮明化を呈し,第3病日には明らかな皮髄境界の消失と高度の脳浮腫が認められ,来院から6日後に低酸素脳症で死亡した。来院1時間後の血中シアン濃度は,致死レベルを越えていたことから,COHb濃度の上昇による酸素運搬障害に加えて,シアン中毒による脳細胞の細胞内窒息により,来院時からすでに高度の低酸素脳症が生じたものと考えられた。本症例では,シアン中毒の解毒薬であるヒドロキソコバラミンの投与はできなかったが,室内などの閉鎖空間での火災による傷病者に対しては,ヒドロキソコバラミンを早期に投与する必要性があると考えられた。
著者
小林 誠人 甲斐 達朗 中山 伸一 小澤 修一
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.18, no.9, pp.652-658, 2007-09-15 (Released:2009-02-27)
参考文献数
7
被引用文献数
2 1

JR福知山線列車脱線事故における初動期の現場医療活動について報告し, 災害医療の観点から検証する。事故概要 : 2005年4月25日9時18分JR福知山線で列車脱線事故が発生した。死者107名, 負傷者549名 (重症139名) の多数傷病者発生事案であった。現場活動 : 我々は事故発生から約40分後の10時01分に現場到着した。先着医療チームとして2次トリアージと応急救護所における緊急処置に従事した。また医療チームが順次現着した後は医療チームのcommanderを担当し, 現場医療活動の統括にあたった。検証 : ドクターカーシステムが整備, 認知されており発災早期に医療チームの現場派遣が可能であった。また医療チームは統制がとられ適切にトリアージ, 現場治療がなされたと評価される。その結果, 科学的に証明することは種々の理由により困難ではあるが, preventable deathが回避できたと推測している。しかし, 初動期において各機関は十分な情報収集と共有化が行えなかった。その結果, 詳細な事故状況, 通信手段, 患者搬出の動線, 搬送手段 (救急車, ヘリなど) の状況, 搬送医療機関の選定, 医療チームの要請状況などの把握, 整備, 確立に時間を要した。今後は現場指揮本部を通じて消防, 警察と早期から十分に情報共有を行い, トリアージ, 処置, 搬送の一連の連鎖が途切れることなく行われることが期待される。まとめ : 災害医療は日常業務の延長にあり, 本事案で明らかとなった課題を検証し, 本邦における災害医療システムの構築, 整備, 啓蒙が望まれる。
著者
臼元 洋介 一二三 亨 霧生 信明 井上 潤一 加藤 宏 本間 正人 乾 昭文
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.174-179, 2008-03-15 (Released:2009-07-19)
参考文献数
9

電撃傷は生体内に電気が通電することによって発生する損傷を総称しており,雷撃傷も同様に扱われることがある。しかしながら,雷撃傷は受傷時の状況,臨床症状,予後などにおいて,電撃傷とは異なる特徴をもっている。今回我々は,登山中同時に落雷にあい,当院へ救急搬送された雷撃傷の 2 例を経験した。66歳の男性と52歳の女性が大木の下で雨宿りをしている最中に落雷にあった。男性は心肺停止(cardio pulmonary arrest; CPA)状態で搬送され蘇生せずに死亡,女性は第 7 病日に後遺症なく独歩退院した。 2 例とも搬送時に,雷撃傷に特徴的である電紋を認めた。電紋は,体の表面に沿って火花放電(沿面放電)が起きたときに生じる熱傷であるが,電気学的な観点からこの放電は樹枝状に伸展することがわかっている。また電紋の枝の広がる方向を観察することにより,電流の流れた方向が推測できる。今回経験した 2 症例をもとに,生存者の問診から得た情報と電紋の観察から,電流の流れと転帰について考察した。CPA症例では,側撃雷といわれる現象がその転帰に大きく関与していたと考えられ,従来の直撃雷のみではなく,側撃雷についてその啓蒙的意義をふまえて報告する。
著者
服部 憲幸 森田 泰正 加藤 真優 志鎌 伸昭 石尾 直樹 久保田 暁彦
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.9, pp.804-810, 2010-09-15 (Released:2010-11-09)
参考文献数
11

2009年に世界規模で流行した新型インフルエンザA/H1N1に劇症型心筋炎を合併した症例を,経皮的心肺補助装置(PCPS: percutaneous cardiopulmonary support)による循環補助を含む集中治療にて救命した。症例は24歳,女性。2009年11月,近医でインフルエンザA型と診断され,オセルタミビルの投与を受けた。2日後には解熱したが発症5日目に頻回の嘔吐と下痢が出現,翌日当院へ救急搬送された。心電図上II,III,aVF,V3-6の各誘導でST上昇を認め,クレアチンキナーゼ,トロポニンTも上昇していた。心臓超音波検査でも壁運動が全体的に著しく低下しており,心筋炎と診断した。当院受診時にはインフルエンザA型,B型ともに陰性であった。ICUにて大動脈内バルーンパンピング(IABP: intra-aortic balloon pumping),カテコラミンによるサポート下に全身管理を行い,合併した急性腎不全に対しては持続的血液濾過透析(CHDF: continuous hemodiafiltration)を行った。来院時にはインフルエンザ抗原が陰性であったことからオセルタミビルの追加投与は行わなかった。一般的なウイルス感染も想定して通常量のγグロブリン(5g/day×3日間)を投与した。しかし翌朝心肺停止となりPCPSを導入した。PCPS導入直後の左室駆出率は11.0%であった。第4病日にPCPSの回路交換を要したが,心機能は次第に回復し,第7病日にPCPSおよびIABPを離脱した。第8病日にはCHDFからも離脱した。気道出血および左無気肺のため長期の人工呼吸管理を要したが,第15病日に抜管,第17病日にICUを退室し,第33病日に神経学的後遺症なく独歩退院した。インフルエンザ心筋炎は決して稀な病態ではなく,新型インフルエンザにおいても本邦死亡例の1割前後は心筋炎が関与していると思われる。本症例も院内で心肺停止に至ったが,迅速にPCPSを導入し救命できた。支持療法の他は特殊な治療は必要とせず,時期を逸さずに強力な循環補助であるPCPSを導入できたことが救命につながったと考えられた。
著者
落合 香苗 齋藤 豊 種田 益造 加藤 啓一
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.125-132, 2011-03-15 (Released:2011-06-02)
参考文献数
8
被引用文献数
1 1

automated external defibrillator(AED)の普及に伴い,医療機関内で医師がAEDを操作する機会も増加している。我々は医師がショック適応と認識した心電図波形に対してAEDがショック不要と判断した2症例につき事後にデータを検証した。事例1:78歳,男性。前立腺腫瘍精査目的に入院し,病棟で心肺停止となりAEDを用いた心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation; CPR)が実施された。AEDモニター画面で医師が心室性頻拍(ventricular tachycardia; VT)と認識した心電図波形に対し,AEDはショック不要と判断した。事後検証にてこのVTは心拍数が少ないためショック適応外と判断されたことが判明した。事例2:56歳,女性。骨髄腫の化学療法入院中に心肺停止となりAEDを用いたCPRが実施された。AEDモニター上で医師はVTを認識したが,AEDはショック不要と判断した。事後検証にてこのVTはAEDの心電図解析中または充電中に振幅が減衰したためショック適応外と判断されたことが判明した。AEDは AHA(American Heart Association)とAAMI(Association for the Advancement of Medical Instrumentation)の勧告に基づいて,一般市民による誤ったショック実行を避けるため,感度より特異度を重視した設計となっている。医師はAEDの機能や性能限界を認識するとともにAEDの機種特性について精通し,AEDを使用したCPR中でも手動での除細動に切り替える必要性を常に考慮すべきである。
著者
大槻 秀樹 五月女 隆男 松村 一弘 藤野 和典 古川 智之 江ロ 豊 山田 尚登
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.9, pp.763-771, 2009-09-15 (Released:2009-11-09)
参考文献数
19

精神疾患のいくつかは,季節性に寛解・増悪することが指摘されており,とくに気分障害における季節性がよく知られている。自殺企図患者や入院患者における季節性の変動を示すデータは散見されるものの,一般救急外来を受診する患者に関するデータは少ない。我々は平成17年 9 月から 1 年間,滋賀医科大学附属病院救急・集中治療部を受診した3,877例(救急車により搬送された患者2,066例を含む)を調査した。精神科疾患は299例(7.7%)であり,その中でF4(神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害)が158例と最多であった。精神科疾患で受診する患者数は, 6 ~ 7 月と 9 ~10月にピークがあり, 1 月に最も減少していた。精神科疾患で受診する患者数は,日照時間や降水量との間に関連性は認められなかったが,気温が上昇すると精神科疾患により来院する患者数が増加することが示された。これらの結果は,救急外来を受診する精神科疾患の特徴を示すと共に,今後,救急外来において精神科疾患を早期に発見する手助けの一つとなりうると思われる。
著者
高橋 春樹 出口 善純 阿部 勝 山田 創 秋月 登 小林 尊志 中川 隆雄
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.226-231, 2009-04-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
8
被引用文献数
1 1

症例は75歳の女性。主訴は呼吸困難 飼い犬に左手を噛まれた2日後,呼吸困難で近医を受診した。動脈血ガス分析にて低酸素血症を認め,血液検査にて敗血症,播種性血管内凝固症候群,多臓器不全と診断され,当センターに転送された。集中治療(エンドトキシン吸着,持続血液濾過透析)にて軽快し,第14病日退院した。後日,血液培養よりCapnocytophaga canimorsusが検出された。C. canimorsusはイヌ咬傷後の敗血症の原因菌として米国では死亡例も多数報告されており,高齢者・易感染者に重症例が多い。本邦での報告は稀であるが,早期に適切な抗生剤を選択する上で念頭に置くべき病原体と考える。
著者
小松 裕和 鈴木 越治 土居 弘幸
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.9, pp.794-800, 2009-09-15 (Released:2009-11-09)
参考文献数
5
被引用文献数
1 1

関連と因果関係は異なる(Association is not causation)。これは有名な言葉であるが,「関連と因果関係が異なるときバイアスが生じている」と定義されている。そして,連載第3回で紹介した反事実モデルとdirected acyclic graph(DAG)はバイアスを理解し,整理する上で非常に役立つツールである。交絡バイアスはDAGの共通原因によって生じるもの,選択バイアスはDAGの共通結果を調整することによって生じるものとして整理し,情報バイアスは「系統的でない誤分類(non-differential misclassification)」を理解することが有用である。一方,結果の解釈にあたっては,バイアスが「真の値」から「推定値」を「どの方向」に「どの程度」ずらすようなバイアスか,つまり過大評価(away the null)するバイアスか,過小評価(toward the null)するバイアスかを2×2表を用いて検討をすることが重要である。
著者
朱 祐珍 渥美 生弘 瀬尾 龍太郎 林 卓郎 水 大介 有吉 孝一 佐藤 愼一
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.7, pp.304-308, 2012-07-15 (Released:2012-09-17)
参考文献数
8
被引用文献数
1

アクリルアミドは様々な用途で使用されるが,長期の曝露によって末梢神経障害を主症状とする慢性中毒を起こすことが知られている。今回我々は,アクリルアミドによる急性中毒を来した症例を経験したので報告する。症例は23歳の男性。自室にて自殺目的にアクリルアミドを水に溶かした溶液を内服し,嘔吐を認めたため救急外来を受診した。来院時意識清明,血圧117/53mmHg,脈拍数101/分,SpO2 99%(室内空気下),呼吸数24/分,体温36.7℃であった。身体所見や血液検査では異常を認めず,輸液にて経過観察をしていたところ,内服8時間後より徐々に不穏状態となった。その後も幻視や幻聴などの中枢神経症状が持続するため緊急入院となった。内服9時間後より全身の硬直,著明な発汗が出現し,内服11時間後より乳酸値の上昇,血圧低下を認めた。輸液負荷を行ったが反応せず,カテコラミンを投与し気管挿管を行った。その後も循環動態は安定せず,肝機能障害,腎機能障害が出現し,血液透析を施行したが,血圧が保てず約1時間で中止した。乳酸値の上昇から腸管虚血を疑い造影CTを施行したところ,著明な腸管壁の浮腫と少量の腹水を認めた。腸管壊死の可能性はあるが,全身状態から外科的処置は困難と判断した。その後も乳酸値の上昇,血圧低下,全身痙攣が続き,アクリルアミド内服40時間後に永眠された。アクリルアミドによる慢性中毒や亜急性中毒の報告はあるが,今回の症例のように急性中毒による劇的な経過で死に至った例は少ない。内服後数時間は症状が出現せず重症化を予測しにくいが,その後劇的な経過で死に至る場合があるため,慎重な経過観察が必要と考えられた。
著者
中村 俊介 三宅 康史 土肥 謙二 福田 賢一郎 田中 幸太郎 森川 健太郎 有賀 徹
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.7, pp.312-318, 2011-07-15 (Released:2011-09-13)
参考文献数
19
被引用文献数
1

背景:熱中症の後遺症として中枢神経障害を生じた症例の報告は散見されるが,発生に関わる要因について検討されたものは少ない。目的:熱中症の臨床所見から中枢神経系後遺症の発生要因を明らかにする。方法:2006年,2008年に日本救急医学会熱中症検討特別委員会が実施した症例調査であるHeatstroke STUDY 2006およびHeatstroke STUDY 2008から中枢神経系後遺症を生じた症例,および対照として後遺症なく生存したIII度熱中症の症例を抽出し,各々の診療情報について分析を行った。結果:全症例数は1,441例であり,中枢神経系後遺症は22例(1.5%)で認めた。重複したものを含め後遺症の内容は,高次脳機能障害15例,嚥下障害6例,小脳失調2例,失語および植物状態が各1例であった。中枢神経系後遺症を生じた群の男女比は13:9,平均年齢は62.6歳であり,一方,後遺症なく生存したIII度熱中症は計286例で男女比213:72(不明1),平均年齢55.4歳であった。来院時の臨床所見については,中枢神経障害を生じた群で90mmHg以下の血圧低下,120/分以上の頻脈を多く認めたが,後遺症なく生存したIII度熱中症群との間に有意差はなかった。一方,Glasgow coma scale(GCS)の合計点,体温,動脈血ガス分析のbase excess(BE)において有意差を認め(各々p=0.001,p=0.004,p=0.006),また来院後の冷却継続時間についても有意差がみられた(p=0.010)。結語:中枢神経系後遺症の発生例では来院時より重症の意識障害,高体温,BE低値を認め,冷却終了まで長時間を要していた。中枢神経系後遺症を予防するためには,重症熱中症に対して積極的な冷却処置および全身管理,中枢神経保護を目的とした治療を早急に行うことが重要である。
著者
本多 ゆみえ 李 慶湖 小林 弘幸
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.10, pp.847-856, 2013-10-15 (Released:2013-12-30)
参考文献数
15

【はじめに】近年,医療界全体にわたり,医事紛争件数が増加している。これは救急領域においても同様であり,この領域での医師不足の誘因になっている可能性がある。しかし,救急領域の医療訴訟を詳しくみると,ある特定の疾患やその処置内容などいくつかの特徴があることがわかってきた。そこで今回,その点を検証するために救急領域の裁判例の実態を検討し分析した。【方法と症例】救急領域に関する裁判例を抽出するためTKC法律情報データベース,第一法規株式会社の法律情報総合データベース「D1-Law.com」を利用し,キーワード検索条件として「医療訴訟」または「医療過誤」を充足し,かつ,「救急外来」あるいは「救急センター」をも充足する裁判例を1965年から2011年まで検索した。そのなかで純粋に医師が当事者となり急性期の医療行為が対象となっている裁判例は50例であった。以下,疾患・年齢・性別・争点・転帰・認容率・認容額,原告側の過失主張と裁判所の判断につき検討した。【結果】全50例の内訳は,男性40例(80%),女性10例(20%),平均年齢46歳(4歳から84歳)で15歳以下の小児は6例(12%)であった。疾患は,外傷が11例で最も多く全例死亡。続いて,イレウス7例(死亡6例と後遺症1例),急性喉頭蓋炎6例(死亡3例と重度脳機能障害3例),くも膜下出血4例(死亡3例と重度脳機能障害1例),急性心筋梗塞3例(全例死亡),急性大動脈解離3例(全例死亡)であった。また賠償が命じられるパーセンテージ(認容率)は76%であり,その額(認容額)は,棄却12例を除くと平均3911万円で,1億円以上も4件あった。【結語】救急領域で訴訟になりやすい疾患は,外傷,くも膜下出血,急性大動脈解離,急性喉頭蓋炎,イレウスで,いずれも誤診が最大の問題である。
著者
鈴木 裕之 中野 実 蓮池 俊和 仲村 佳彦 畠山 淳司 庭前 野菊 清水 尚
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.6, pp.297-302, 2011-06-15 (Released:2011-08-19)
参考文献数
17
被引用文献数
2 1

症例は70歳の女性。自宅で呼吸苦を自覚し自ら119番通報をした。救急車内収容時に無脈性電気活動(pulseless electrical activity; PEA)となり,救急隊員による約1分間の心肺蘇生術で心拍再開し当院へ搬送された。当院到着時に再びPEAとなり,アドレナリン1mgを投与し,気管挿管,当院スタッフによる約8分間の心肺蘇生術で心拍は再開した。心エコーで著明な右心負荷所見,胸部造影CTで左右の肺動脈に血栓を認め,肺塞栓と診断した。へパリン3,000単位静注後,肺動脈造影を施行したところ,肺動脈主幹部の血栓は既に溶解しており,造影欠損像を末梢に認めるのみであった。循環動態,呼吸状態ともに安定したため,抗凝固療法のみ行う方針でICUに入室させた。しかし,ICU入室4時間後から徐々に血圧が下がり始め,入室6時間後にはショック状態となった。心エコーで右心負荷所見は改善傾向にあり,肺塞栓による閉塞性ショックは否定的だった。腹部エコーで大量の腹水を認め,腹部造影CTでは血性腹水と肝裂傷を認め,胸骨圧迫による肝損傷から出血性ショックに至ったと診断した。硫酸プロタミンでへパリンを拮抗し,大量輸血で循環を安定させ塞栓術による止血を試みた。しかし,肝動脈と門脈からの血管外漏出は認められず,塞栓術による止血は不可能であった。静脈性出血の自然止血を期待し腹腔内圧をモニターしながら,腹部コンパートメント症候群に注意しつつ経過観察した。第2病日循環動態は安定し,第9病日抗凝固療法を再開した。第10病日人工呼吸器離脱し,第40病日独歩退院した。心肺蘇生術後の患者では,蘇生術に伴う合併症の発生を常に念頭に置きながら,原疾患の治療にあたることが重要である。
著者
大槻 郁人 高桑 一登 佐藤 順一 高橋 広巳 荒川 穣二
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.11, pp.941-946, 2013-11-15 (Released:2014-01-07)
参考文献数
9

症例は慢性血液透析中の83歳の男性。意識消失のため午前2時に当院へ救急搬送された。搬入時の血糖値は22mg/dlと低値であり,50%ブドウ糖を20ml静脈内投与した。血糖値は128mg/dlへ上昇し意識状態の改善を認めた。糖尿病の既往はなく,精査加療目的に入院した。入院後10%ブドウ糖を20ml/hrで持続投与していたが,入院5時間後再度意識障害が出現し血糖値は32mg/dlと低血糖を認めた。内服薬についてかかりつけ医に問い合わせたところ,当院搬入10日前の透析中に心室頻拍が出現したため,透析患者には禁忌と認識していたが,危険な不整脈に対して使用する旨を本人に説明しコハク酸シベンゾリン(以下CZ)100mgを5回分頓用で処方していた。来院時には全て内服しており,CZによる薬剤性低血糖を疑い,より高用量のブドウ糖の持続投与を行った。ブドウ糖投与とともに血糖値は上昇し意識障害は改善した。第8病日に来院時のCZ血中濃度は1,330ng/mlと異常高値であることが判明し,CZによる低血糖と診断した。CZの血中濃度が中毒域を下回り,重篤な低血糖を来さなくなるまで5日間を要した。CZは透析で除去されにくいとされており,本症例も12日間の入院管理が必要であった。慢性血液透析患者におけるCZ中毒は低血糖などの副作用が遷延する可能性があり,入院による厳重な管理を要する。
著者
杉村 朋子 原 健二 久保 真一 西田 武司 弓削 理絵 石倉 宏恭
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.12, pp.842-850, 2012-12-15 (Released:2013-01-17)
参考文献数
17
被引用文献数
2 4

尿試料からの簡易薬物スクリーニング検査を実施している3次救命救急センターや高度救命救急センターでは,これまでTriage DOA(シスメックス社)が使用されてきた。2010年11月にはこれに加えて,尿検査キットINSTANT-VIEW M-I(TFB社)が国内販売となった。そこで当施設において薬物分析結果に基づいた両キットの比較検討を行った。対象は2010年12月28日から2011年8月30日までの約8か月間で,救急初療時に検査が必要と判断し,採尿可能であった症例を対象とした。Triage DOAおよびINSTANT-VIEW M-Iの検査を施行し,1項目でも陽性を認めた45症例に対し,当大学法医学教室でガスクロマトグラフ質量分析装置(Gas Chromatograph Mass Spectrometer,以下GC/MS)および液体クロマトグラフ質量分析装置(Liquid Chromatography - tandem Mass Spectrometry,以下LC/MS/MS)を用いた薬物分析を実施した。比較検討の結果,INSTANT-VIEW M-Iの方が操作は簡便で所要時間も短時間であった。しかし,結果の判定はTriage DOAの方が簡単であった。薬物検査の性能に関しては,感度はINSTANT-VIEW M-Iが高く,特異度はTriage DOAが高い傾向にあった。両キットで三環系抗うつ薬とベンゾジアゼピン系の偽陽性率が高く,数例で偽陰性も認めた。簡易スクリーニング検査には偽陽性(偽陰性)があるということを理解したうえで用いることが重要である。
著者
板垣 有亮 瀧 健治 山下 寿 三池 徹 古賀 仁士 為廣 一仁 林 魅里
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.57-62, 2014-02-15 (Released:2014-06-10)
参考文献数
14

症例は33歳の初産婦。妊娠41週0日に1児を正常分娩した。出産後1時間で子宮より2,800mL の出血を認め,ショック状態となり当院へ転院となった。救急搬入時にショック状態が継続していて,搬入後7分でpulseless electrical activity(PEA)となった。9分間のcardiopulmonary resuscitation(CPR)にて心拍再開し,出血性ショックに対してtranscatheter arterial embolization(TAE)後にintensive care unit(ICU)へ入室となった。ICU入室後に羊水塞栓症によるdisseminated intravascular coagulation(DIC)と診断し,人工呼吸器管理下でDICの治療を行い,3日間のmethylprednisoloneの投与と第1病日,第2病日に血漿交換を行った。第9病日に抜管に至り,抜管後意識レベルはGlasgow coma scale(GCS)15であったが,第19病日に脳静脈洞血栓症を合併し,ヘパリンによる抗凝固療法を開始した。第23病日に再度子宮内出血を認め,超音波検査と血管造影検査にてuterus arteriovenous malformation(子宮AVM)または胎盤遺残と診断し,同日子宮全摘術を施行した。病理結果は第1群付着胎盤遺残であり,子宮筋層血管内にムチン成分と上皮成分を認め,第1群付着胎盤遺残,羊水塞栓症と診断した。術後状態は安定し,第134病日にmodified Rankin Scale Grade 1で独歩退院した。羊水塞栓症は稀な疾患であるが,予後不良な疾患である。羊水塞栓症の診断治療には複数科に渡る早急な判断と集中治療協力体制が肝要である。