著者
田中 健夫 今村 亨
出版者
山梨英和大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究では,いじめ体験が生徒の自己形成にどのような影響を及ぼすか,とりわけ被害体験を併せもつ加害生徒に焦点を当てて臨床心理学の視点から検討した。養護教諭と児童自立支援施設専門員に対して半構造化面接を実施し,学校と矯正教育における指導・支援の実情と課題を整理した。思春期に特有の加害-被害者の結びつきに関する理解をふまえること,閉じた関係とは異なる文脈の人間関係のなかで自ら罪悪感を表現すること,加害性を含めた生徒自身の問題について生活や作業場面でのつまずきや不満を糸口にして支援を進めることの意義について考察した。
著者
斎藤 信平
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.128-115, 1995-12-10

本論でほ<焦点化>理論の大まかな変遷、物語論者による<焦点化>理論の違いを考察した。トドロフ、ジュネット、パル、リモソ-ケナン、チャットマン、オニールなどを扱い、各々の体系における<焦点化>と<語り手>の問題を取り上げた。一つの尺度としてヘミングウェイの「殺し屋」を取り上げ、各々の理論に当てはめて分析することにより各々の<焦点化>理論における相違点を洗い出すことと、「殺し屋」そのものの<物語言説>についての考察をした。
著者
山田 吉郎
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.31-40, 1997-12-10

歌人前田夕暮の遺詠「わが死顔」(昭和二十六年)は、自らの死顔を春の木の花のイメージとともに幻視した異色の作であるが、中井英夫は『黒衣の短歌史』で、この「無気味に美しい一連」を「短歌への信頼を一挙に回復した」作品として高く評価した。この評価をどう見るかはひとまず措くとして、この中井の発言の背景には遺詠「わが死顔」のもつ短歌作品としての特異性がつよく暗示されている。アララギを中心とする写実短歌の流れが主流をなしつつも、一方で前衛短歌運動の足音が近づく当時の短歌界の潮流の中で、「わが死顔」はどのような史的意義を担っていたのだろうか。本稿は、そうした「わが死顔」の文学的特質と可能性を、その独特の幻視や二重自我の問題を手がかりに考察したものである。
著者
深津 容伸
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和大学紀要 (ISSN:1348575X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-8, 2014

キリスト教には、初代キリスト教の段階で適応主義を取る者たちがおり(その傾向はイエス・キリストの活動の中にすでに見られるものである)、彼らは異邦世界で生まれ育ったユダヤ人たちだった。彼らはユダヤ教徒であったが、イエス・キリストを信じる信仰に生き方を変えられ、ユダヤ教の戒律(律法)による生き方を否定した。このことによって、キリスト教はユダヤ教から脱し、異邦世界へと大きく発展することになる。その広がりの中で主要な役割を担い、キリスト教の理論的基礎を築いたのがパウロだった。彼はギリシア世界への伝道者、使徒としての使命への自覚のもとに、伝道に乗り出していく中で、ガラテヤ人と出会う。彼らはヨーロッパのケルト民族のガリア人の移民を先祖としていた。本稿では、彼らへの手紙である「ガラテヤの信徒への手紙」を通し、パウロの適応主義がいかなるものであったかを探る。そしてそのことによって、日本におけるキリスト教のあり方へと指針となるような考察をしていきたい。
著者
吉田 〓生
出版者
山梨英和大学
雑誌
日本文芸論集 (ISSN:02874679)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.201-215, 1986-12-25
著者
小菅 健一
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.1-12, 1997-12-10

村上春樹の処女作である「風の歌を聴け」の総合的な作品論を展開していくために、これまで、考察の前提条件、つまり、作業仮説として、作品全体の性格や位置付けを包括的に捉えるために、前々稿として、第1章を論の中心に据えて、そこに呈示されている<文章>・"空自"・<リスト>というキーワードに注目して、表現論的な視点から、作品の正確な措定を試み、前稿として、「風の歌を聴け」という<物語>の語り手であるとともに、主人公でもある<僕>の初期設定の問題ということで、幼年時代に自閉症気味で非常に内向的な性格であったという、生い立ちに関するエビソードをめぐって、作品における<僕>という存在の性格設定の持っている様々な意味を考察、そして、本稿は、それらを踏まえて、<僕>と<鼠>の交友関係を中心に、ジェイや左手の小指がない<彼女>を相対化の視座として、他者との関わりにおいて顕著になってくる、<僕>の存在としての問題点を、関係性の枠組みから明らかにしていこうとしたものである。
著者
白倉 一由
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.15-28, 1995-12-10

近松世話浄瑠璃のこの期の作品の特色は内容の複雑化と人物の性格・思考・行動の現実化である。主人公善人、副主人公悪人の構想ではなく、主人公副主人公共に実存的・現実的になっているのである。この作品は主人公中心でなく、副主人の貞法・由兵衛が重要の人物であり、特に貞法の見解はテーマの構成に大きく関わっている。貞法の考えは個人的な愛より、家を存続させ維持させる事であった。主人としての世俗的の発想であった。二郎兵衛おきさの愛は初めは自己中心的なエロスの愛であった。二郎兵衛のおきさへの愛は男の一分であり、人間として誇りを持って菱屋に居る事であった。このおきさへの愛は貞法の考えと対立するようになっていく。家の存続と維持は大切な事であったが、人間性の立場に立てば、限界があり、全面的に肯定する事は出来なくなる。二郎兵衛おきさの愛は次第に罪の意識と共に献身的な他者への愛に生きるようになり、宗教の発想と共に死の通行となるのである。自己を罪の意識において他者への献身的愛と家の存続と維持のモラルとの葛藤が主題である。
著者
武田 武長
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.1-15, 1996-12-10

戦後日本のキ-スト教にとって、克服しなければならない過去、清算しなければならない過去-それも日本のキリスト者にとって特別な最も深刻な過去とは何かを考えることは、いぜんとして根本問題である。これは、その日本のキリスト教の根本問題を、戦時下のドイツのキリスト教との同時代史的な比較をとおして、天皇制とのかかわりで明らかにしようとしたものである。戦後五十一年の今あらためて日本のキリスト教の過去を真攣にふりかえるならば、戦時下におかされたその罪が単に戦争協力という程度のものではなかったことは明らかである。それは、「国民儀礼」という名のもとに天皇教儀礼を受け入れ、神と並べて「天皇」と「皇国」を置いた罪、その実は「天皇」と「皇国」を神の御座の上に置いた偶像礼拝の罪であった。これは日本のキリスト教にとってまことに深刻な過去である。本来は、この過去の克服をぬきにして戦後の日本のキリスト教の再出発はありえなかったはずである。それはキリスト教会についてばかりでなく、キリスト教系学校についても妥当することなのである。
著者
斎藤 信平
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.80-68, 2001-02-28

英国の風景庭園は理想的風景画家、クロード・ロランやニコラ・プッサンらの影響を受けて発展していった、というのが大方の見方である。しかし、理想的風景画が英国に持ち込まれた時期にはすでに、初期の風景庭園の実験的な試みが始まっていた。更に風景画に霊感を感じて風景庭園を造ったという説明では、当時のイギリス人の空間認識を十分には言い表わしてはいない。本論では、特に理想的風景画における遠近法の空間処理に焦点を合わせ、当時のイギリス貴族がどのような経過から庭園の塀を飛び越し、自然と一体になるという認識のなかで、理想的風景画の美意識を造園における美意識へと転換し利用するに至ったかを、特に18世紀初頭を一つの転換点として捕らえることで論じた。
著者
杉山 哲司
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.174-165, 1996-12-10

本研究はコンタクトスポーツにおける攻撃行動の特質と性差を明らかにすることを目的として、コンタクトスポーツに参加する男女923名を対象として、質問紙法による調査を行った。因子分析の結果6因子が抽出され、その相関関係の分析からスポーツ場面における攻撃行動の特質が明らかとなった。攻撃的なプレイをすることは、ラフプレイのような報復的攻撃との間には全く関係がなく、達成動機との関連性が高いことが明らかになった。各因子について性差を分析した結果、報復的攻撃では男子の方が有意に高かったが、闘争心などでは性差は見られなかった。種目別、男女別に分析すると女子の方がスポーツにおける攻撃性が高くなるという結果もみられた。スポーツ場面での攻撃行動がスポーツ種目に応じて必要とされる、状況に特有の行動であることが示唆された。以上のような結果に対し考察がなされた。
著者
石田 千尋
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和大学紀要 (ISSN:1348575X)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.1-26, 2008

本稿では、『古事記』允恭代に記される木梨之軽太子と軽大郎女の兄妹相姦と皇位継承をめぐる変事を伝える譚をめぐって、そこに収載された十二首の歌のうち、文脈上重要な位置づけにある二首の歌についての再解釈を中心に、『古事記』はどのように歌と散文を連綴しているか、またそれによってできごとがどのように伝えられているかを考察する。
著者
稲垣 伸一
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.132-122, 1997-12-10

ヘンリー・ジェイムズ『カサマシマ公爵夫人』は、不幸な出生の秘密を持ち自らのアイデンティティーを獲得しようとする主人公の苦悩の物語である。彼の苦悩する姿からは他の登場人物との間で互いが相手を見るという交錯する視線の関係が認められる。そしてその互いの視線によりある種の権力関係と、見る対象のフィクション的要素を読み取ることができる。一方この作品は技法上自然主義的要素と同時に全知の語り手の不在という特徴を持つ。これらは作者が作品内で身をおく位置つまり視点の問題を提示する。本稿では、テーマと形式両面に認められる視線をめぐる問題について検討しながらフィクションと現実認識の関係について考察していきたい。
著者
斎藤 信平
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.76-59, 2002-03-01

本研究ノートは、十八世紀の英国における独自の美意識の確立とその変遷を研究するために、大まかにその流れを辿ったものである。十八世紀の英国は、その歴史上初めて独自の文化形態を作り上げ、次にその文化を輸出した時期であることは間違いない。この英国独自の文化とはどのようなものであり、またどのような経緯で形成され、大陸に影響を与えるまでになったのか。文化の受容から発信へいかに変化していったのか。このようなテーマのもとにこのノートは作成された。
著者
齊藤 育子
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.110-98, 1992-12-10

信頼は、あらゆる人間的生の欠くべからざる前提である。にも拘らず、現代は正に信頼の喪失によって特徴づけられる。今日頻発している無漸で冷酷・非道な大小各種の犯罪も、所詮はこの信頼喪失の必然的結果である。この危機から脱出可能な道があるとすれば,それは本質的に、他者に対する、そして文化と生の全体に対する新たな信頼関係を獲得し直す以外にはあるまい。それゆえ、信頼の本質とその人間形成上の決定的役割について省察することは、現代の中心的課題である。わけても、教育実践の場における教師と生徒との信板関係の再構築は急務である。そこで本稿では、人間存在(人間であること)と人間形成(人間たらしめること)にとって必須・不可欠の信頼について、第一節では、その端緒としての「母と子」の生理・心理・精神的関係を、第二節では、子供の生活圏の拡大に伴う信板の展開を、第三節では、シュタンツにおけるペスタロッツィの教育実践の具体相の分析を通じて、信頼の教育的意味を、そして最終節では、特に教師の側に焦点をおいて,信板をめぐる本質的諸問題を考究した。
著者
白倉 一由
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.1-14, 1999-12-10

小尾守彦の人格と彼の俳語の世界の究明である。八ヶ岳南麓は江戸時代後期農民の間に教育と俳語が盛んに行われたが、その功績は小尾守彦に負うところが大きい。当時里正であった小尾守彦は行政の責任者であったが、蕉庵の三世宗匠でもあり、彼の人格とあいまって、多くの人達が彼の下に集まった。五町田村は八ヶ岳南麓の文化の中心であった。小尾守彦は蕪庵の三世宗匠になったが、この宗匠委譲に大きな力になったのが、馬城ではなかったかと思われる。馬城は『一茶全集第七巻』には大阪の人とあるが、蕪庵の馬城は五町田村の馬城であり、馬城は当時二人居たのである。『一茶全集第七巻』の馬城の注は誤りである。小尾守彦の人格と出自は現山梨県北巨摩郡高根町五町田七八一番地に建立されている漢文五百字の石碑に記されている。彼は人格者であり、教育者であり、行政の指導者であり、俳人であった。天保五年『土鳩集』を刊行する。県内のみならず江戸・信州その他全国から合計二九四人の句が掲載されている。守彦の没後、万延二年慈明忌に、四世宗匠彦貢が追善俳譜集『旭露集』を刊行する。この二句集によって、守彦と蕪庵の俳譜活動の全貌が究明される。蕪庵は蕉風俳語であり、彼の俳静は自然美の詳細な感受性、日常生活の断片的印象、人生の意義、人の生の理想を表現している。「蕪庵とその周辺の俳譜 一」は「日本文芸論集」第二二号に、「蕪庵とその周辺の俳語 二」は「日本文芸論集」第三一号に発表したが、今回の「蕪庵とその周辺の俳譜 三」は山梨英和短大紀要に発表することにした。
著者
小菅 健一
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.43-57, 1995-12-10

本稿は、「美しい日本の私-その序説」というノーベル文学賞の受賞記念講演を、新しい"小説論"のためのマニフェストとして論じた昨年度の紀要に掲載した「『美しい日本の私-その序説』論- 説論としての読みをめぐって-」をネガとして考えて、実践としてのポジにあたる作品としての「美の存在と発見」というコンセプトで論じていったものである。本来、理論書的なイメージとは、ほど遠いという印象が強い「美の存在と発見」を、作品に内在されている可能性や有効性を好意的に評価して分析を加えたものである。様々な具体例の背景にある論理性の部分を考察した結果、表現者が固定観念や先入観を排除して表現対象と無為自然に向かい合うことによって、そこに既に存在しているもの=<有>の中に内包されている様々な<美>を(再)発見することで、それらを一つの作品=<有>として構成していくことに、新たな創作行為としての意義が十分にあるのだという主張を導き出すことで、既存の<ことば>の持っている潜在的な力を明らかにしている。そして、川端康成の創作意識における「源氏物語」の存在の大きさに言及して、理論書としての限界も明確にしている。
著者
小菅 健一
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.53-66, 1994-12-10

本稿は、日本人として初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成の記念講演である「美しい日本の私」という小品の存在を、日本の伝統的な文化や自分の作品などを紹介するための単なるエッセイとしてではなく、既成の小説の概念に対して疑義を呈して、新たな小説論を展開していくためのマニフェストの役割を果たす作品として位置づけて、考察を繰り広げたものである。内容の構成としては、表現対象(小説素材)にあたる四季を代表する自然景物の指摘をめぐる"一対一"対応的な<ことば>の存在の問題を前提にして、表現主体と表現対象の問に横たわっている、本来ならば、絶対に乗り越えることのできない距離(優劣関係)を完全に無化して同一の地平に等置することによって、より豊かな表現(作品)を目指していこうとする、<万物一如思想>の理論体系に裏付けられた堅固な創作意識の確立の問題へと論を進めて、実際の作品構築において、選択された表現対象に必然的に付与される<ことば>の"象徴"作用に、表現主体がすべて身を委ねていく創作行為の提唱へと結びつけていくことを意図した作品であると捉えて、理論書として読み解いていくことの必要性を述べたものである。