著者
山内 貴義 工藤 雅志 高槻 成紀
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.39-44, 2007 (Released:2007-08-21)
参考文献数
16
被引用文献数
4

岩手県に生息するニホンジカ (Cervus nippon centralis, 以下シカ) の保護管理を通覧し, 近年発生している問題点を整理して, 新たに取り組むべき課題を論じた. 岩手県に生息するシカは, 本州北限の個体群として知られている. 1980年代までは個体数が減少したために保護策がとられていたが, その後, 個体数が増加して農林業に被害を及ぼすようになったため, 岩手県は1994年から頭数管理を主軸とした対策を進める一方, 1988年から適正管理を目的としてさまざまなモニタリング調査を実施している. 調査項目は「分布調査」, 「生息密度調査」, 「捕獲個体調査」, 「ササ調査」, 「ヘリコプター調査」および「被害実態調査」である. シカ密度の抑制を図った結果, 被害額は県全体で大幅に減少した. しかし近年, 新たな問題点が浮上している. それは最近の数年間でシカの生息域が拡大していることや, 五葉山周辺地域ではおそらくシカの行動が変化し, 「里ジカ」が増加したために農業被害が急増していることなどである. これらの問題を克服するためには, 地域の特性を的確に把握し, 分布拡大の抑制, 里ジカによる農業被害の集中的防除, 調査法の向上などに努める必要がある.
著者
矢部 恒晶
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.55-63, 2007 (Released:2007-08-21)
参考文献数
22
被引用文献数
7

九州におけるニホンジカ特定鳥獣保護管理計画について, 策定している6県の担当者へのアンケートおよび聞き取りを行い, モニタリング手法やこれまでの結果, 評価の体制, 広域的な個体群管理のための協力体制, および推進上の問題点について整理した. 個体群モニタリングには捕獲個体や糞粒法等に基づく指標が利用され, 将来予測や捕獲計画にはいくつかの手法が用いられていた. 2000年度から2006年度までの計画期間においては, 多くの地域で捕獲による生息数の減少割合は小さく, 生息数の現状と最終目標との開きがまだ大きいと考えられた. 計画の推進に当たり, 福岡県では学識経験者で構成される保護管理検討委員会とその他の分野のメンバーで構成される連絡会議が, 他の5県では多分野の委員から構成される保護管理検討委員会が, モニタリングの評価および管理施策の検討を行っていた. 県境を越えて分布するシカ個体群の管理のため, 複数の県や森林管理局等による合同一斉捕獲や, 行政, 試験研究機関等で構成される協議会等における情報交換等の協力体制がつくられてきた. 行政担当者からは, モニタリングの精度, 施策の進行度, 予算の制約等について問題点が指摘された. 今後のモニタリング調査の充実や科学的評価機能の維持, モニタリングデータの共有等が必要と考えられる.
著者
吉倉 智子 村田 浩一 三宅 隆 石原 誠 中川 雄三 上條 隆志
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.225-235, 2009 (Released:2010-01-14)
参考文献数
49
被引用文献数
3

ニホンウサギコウモリ(Plecotus auritus sacrimontis)の出産保育コロニーの構造を明らかにすることを目的とし,本州中部の4ヶ所のコロニーで最長5年間の標識再捕獲調査を行った.出産保育コロニーの構造として,齢構成,コロニーサイズとその年次変化,性比および出生コロニーへの帰還率について解析した.また,初産年齢および齢別繁殖率についても解析した.本調査地におけるニホンウサギコウモリの出産保育コロニーは,母獣と幼獣(当歳獣)による7~33個体で構成されていた.また,各コロニー間でコロニーサイズやその年次変化に違いがみられた.幼獣の性比(オス比)は,4ヶ所のコロニー全体で54.2%であり,雌雄の偏りはみられなかったが,満1歳以上の未成獣個体を含む成獣の性比は1.0%とメスに強い偏りがみられた.オスの出生コロニーへの帰還率は,全コロニーでわずか3.6%(2/56)であった.一方,メスの翌年の帰還率は,4ヶ所のコロニーでそれぞれ高い順に78.9%,63.6%,16.7%,0%であった.初産年齢は満1歳または満2歳で,すべてのコロニーを合算した帰還個体の齢別繁殖率は,満1歳で50%(12/24),満2歳で100%(13/13)であった.また,満2歳以上のメスは全て母獣であり,出産年齢に達した後は毎年出産し続けていることが確認された.
著者
岸元 良輔 佐藤 繁
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.73-81, 2008 (Released:2008-07-16)
参考文献数
24
被引用文献数
6

長野県に広く生息するツキノワグマ(Ursus thibetanus)と人間とのあつれきが,最近になって増加している.長野県は,1995年にツキノワグマ保護管理計画を策定し,計画に基づいたツキノワグマの保護管理施策を実施してきた.保護管理計画は2002年に特定鳥獣保護管理計画に位置付けられた.長野県は,計画策定時の1995年と改訂時の2002年,及び2007年に,合計3回のツキノワグマの個体数調査を実施している.当初2回の調査では直接観察法が採用され,3回目の調査ではヘア・トラップ法が採用された.1995年,2002年,及び2007年における推定生息数は,それぞれ1,362頭,1,325~2,496頭,及び1,881~3,666頭であった.1995年と2002年の計画では,個体群サイズを1,300頭水準に維持するために年間捕獲上限数を150頭に規制していたが,生息数推定値の信頼性が低いことから,2007年の計画では,固定した捕獲上限数を設定していない.これは,様々な仮定に基づくこれらの推定結果の信頼性は疑わしいためである.正確な個体数の推定よりも,クマ個体群の動向を監視することのできるモニタリング手法を確立することが,日本のツキノワグマ個体群管理における最も重要な課題である.
著者
佐藤 喜和 湯浅 卓
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.101-107, 2008 (Released:2008-07-16)
参考文献数
46
被引用文献数
13

ヘア・トラップによる非侵襲性サンプリングおよび遺伝マーカーを用いた個体識別による捕獲再捕獲法に基づく個体数推定がクマ類を対象に広く実施されるようになり,日本でも各地でこの手法の適用に向けた試行錯誤が進められている.この方法には,動物を捕獲する必要がない,捕獲を伴う方法よりも広い範囲でサンプリングが実施できる,生け捕りに比べ偏りのないサンプリングが期待できる,遺伝マーカーによる標識であるため消失する心配がないなどの利点がある.このように理論的には高い可能性を秘めた方法であるが,方法の全体像を理解することなく安易に導入しても,信頼できる個体数は推定できない.日本の実情に,より適した方法論を再検討して行く必要がある.そこでヘア・トラップを用いた個体数推定法を行うための手順,すなわちトラップの構造,調査地の選定とトラップの配置,サンプリング,DNA分析による個体識別,および個体数推定に用いるモデルについてそれぞれ整理し,注意すべき点とともにまとめた.
著者
小倉 剛 佐々木 健志 当山 昌直 嵩原 建二 仲地 学 石橋 治 川島 由次 織田 銑一
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.53-62, 2002 (Released:2008-07-23)
参考文献数
40
被引用文献数
4

沖縄島に移入されたジャワマングース(Herpestes javanicus)の食性と在来種への影響を把握するために,沖縄島の北部地域において捕獲した83頭のマングースの消化管内容物を分析した.餌動物の出現頻度と乾燥重量は,昆虫類(71%,88mg),爬虫類(18%,27mg)および貧毛類と軟体動物(12%,33mg)が高い値を示した.また,哺乳類,鳥類,両生類および昆虫類以外の節足動物もマングースに捕食され,マングースの餌動物は極めて多岐にわたっていた.マングースが捕食した餌動物の体重を算出すると,哺乳類,鳥類,爬虫類および昆虫類がほぼ均等の重量で消失していることが示唆された.一方,餌動物の個体数と繁殖力を考慮すると,爬虫類への影響は極めて大きいと考えられた.さらに餌動物として,固有種や絶滅のおそれが高い動物種が同定され,マングースがこれらの動物に直接影響を与えていることが明確になった.現状を放置すれば,海外の多くの島嶼で起こったマングースによる在来種の減少および絶滅が,沖縄島でも繰り返されることは明らかである.沖縄島では2002年3月までの予定で,やんばる地域に侵入したマングースの駆除が実施されているが,やんばる地域における駆除の完了は急務であり,これ以降の駆除事業の継続が強く望まれる.さらに駆除した地域へマングースを侵入させない方法を早急に確立する必要がある.