著者
安藤 寿康
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.p96-107, 1992-03
被引用文献数
1

The present paper reviews the methodology and findings of recent human behavioral genetics in relation to education. Under "interactionism", genetic factors in human development and education have been minimized or treated as taboo. Genetic effect is, however, mainly additive and, heritabilities of IQ and various personality traits are considered to be about 50% in adulthood. Further more, concerning IQ, genetic effects tend to increase from infancy to childhood because of genotype-environment correlation. Recent behavioral genetics are also focusing on environmental effects and the concepts of shared / nonshared environment have been introduced. These findings suggest that genetic factors, are not only related to learning and development but also an important role in the making of one's individuality. Finally, the educational implications of human behavioral genetics are making the topic for a discussion.
著者
則武良英 武井裕子# 寺崎正治# 門田昌子# 竹内いつ子# 湯澤正通
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 プレッシャーとは課題遂行者の遂行成績の重要性を高める要因であり (Baumeister, 1984),ワーキングメモリ (以下WM) の働きを阻害することで,課題成績低下を引き起こす (則武他,2017)。そのためプレッシャーの影響を緩和する介入が求められる。Ramirez & Beilock (2011) は,筆記開示を短期的に使用し,高プレッシャー状況下での算数課題成績低下の緩和効果があることを示した。その緩和効果の背景として,認知的再体制化によってネガティブな情動が低減され,WMへの影響が緩和されたとされている。しかし,実際にWMへの影響が緩和されたのかどうかについては未解明である。そこで本研究の第1の目的は,プレッシャーにより引き起こされたWM課題成績低下に対する筆記開示の効果を調べることである。 他方で,筆記開示には情動を一時的にネガティブにさせる可能性が指摘されている (King & Minner, 2000)。そこで本研究では,ポジティブな感情を扱い,明示的に認知的再体制化を促進する利益焦点化筆記開示(Benefit-Focused writing: 以下BFW) (Facchin et al., 2013)の効果を調べることを第2の目的とする。BFWと区別するために,通常の筆記開示を情動暴露筆記開示(Emotional disclosure writing;以下EDW)と呼称する。方 法実験参加者: 大学生61名(EDW群20名,BFW群21名,統制群20名)を対象とした。課題:言語性WM課題として,図形の計数を記名・再生するCounting span(Conway et al., 2005)を使用した。視空間性WM課題として,反転・回転したアルファベットの方向を記名・再生するSpatial span (Shah & Miyake, 1999)を使用した。質問紙:主観的プレッシャーの程度を測定するために,大学生用日本語版The State-Trait Anxiety Inventoryの状態不安指標(清水・今栄, 1981)と,主観的プレッシャー指標(DeCaro et al. (2010)を使用した。筆記開示:EDW群は高プレッシャー状況下で課題に取り組むこと関する思考や感情を自由に筆記した。BFW群は高プレッシャー状況下で課題に取り組むことに関するポジティブな側面だけを筆記した。統制群は実験後の予定を,感情を交えずに筆記した。 手続き:全ての実験参加者は,プレ条件で言語・視空間性WM課題の遂行と,各WM課題の遂行前に状態不安指標,遂行後に主観的プレッシャー指標に回答した。プレ条件終了後に,プレッシャーシナリオ (DeCaro et al., 2010) ((1)プレ条件と比較して,ポスト条件の課題成績が20%以上向上した場合のみ報酬が得られる。(2)ペアが設定されており,自分とペアの両方が(1)の条件を達成すると追加報酬が得られ,ペアは既に(1)を達成している。(3)遂行の様子をビデオカメラで撮影し映像は分析される)が提示された。その後,実験参加者は各群の筆記開示を7分間行った。ポスト条件ではプレ条件と同様に,WM課題の遂行と質問紙の回答をした。結 果 言語性WM課題得点を従属変数として,ブロック (プレ・ポスト)×グループ (EDW群・BFW群・統制群) の2要因の分散分析を実施した結果,交互作用が有意であった (F (2, 58) = 7.49, p < .01)。単純主効果検定の結果,EDW群 (F (1, 58) = 4.42, p < .05) とBFW群 (F (1, 58) = 27.49, p < .01) でブロックの単純主効果が有意であった。統制群では統計的に有意な差は示されなかった。視空間性WM課題得点を従属変数として,ブロック×グループの2要因の分散分析を実施した結果,交互作用が有意であった (F (2, 58) = 18.82, p < .01)。単純主効果検定の結果,EDW群(F (1, 58) = 13.86, p < .01)とBFW群 (F (1, 58) = 8.27, p < .01) と統制群(F (1, 58) = 17.54, p < .01)でブロックの単純主効果が有意であった。 状態不安指標得点と主観的プレッシャー指標得点を従属変数とするブロック×グループの2要因の分散分析を実施した結果,有意な交互作用はみられなかった。考 察 EDWとBFWはプレッシャーが引き起こすWM課題成績低下の影響を緩和することが示された。今後の課題として,主観的プレッシャーの測定方法の改善,認知的再体制化の程度の測定が挙げられる。
著者
蛯名正司 小野耕一
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 内包量は性質の強さを表す数量概念であり,その特徴の一つに非加法性がある(遠山,2009)。しかし,内包量同士を加算したり,あるいは,外延量と混同して判断したりする誤りが少なからず見られる。本研究では,このような内包量に関する誤りを修正するための教授要因を検討する足がかりとして,「湿度」を取り上げ,教科書を用いたペア学習が湿度の問題解決にどのような影響を及ぼすのかを探索的に検討する。方 法 調査対象者 私立A短期大学に在籍する47名を分析対象とした。 手続き 調査は教職関連科目の授業時間内に実施した。調査時間は事前調査が約15分,学習セッションが約20分,事後調査が約15分であった。学習セッションでは,無作為にペアを組ませ,中学校理科の教科書(東京書籍)にある湿度単元の一部を配布し,「水蒸気量」「飽和水蒸気量」「露点」「湿度」の用語の意味をペアで確認すること,教科書に掲載されている湿度の公式を使う練習問題を解いて相互に確認することを指示した。 調査課題 事前・事後調査では,トイレ問題,袋問題,グラフ問題,大小問題,仕切問題の5問を出題した。トイレ問題では,気温が等しく湿度が異なる2つの場所を提示し,湿度が異なる理由を選択させた(答:水蒸気量が多いから)。袋問題では,ビニール袋を空気の出入りがないように密閉した状態で,袋内部の空気の温度を上昇させた際,袋内部の湿度がどうなるかを選択させた(答:低くなる)。グラフ問題では,飽和水蒸気量と気温の関係を示したグラフと各気温の湿度75%にあたる水蒸気量を明示し,湿度が75%のとき,2つの気温で水蒸気量が多いのはどちらかを判断させた。トイレ問題・袋問題・グラフ問題は,「湿度=1立方メートルあたりの空気中に含まれる水蒸気量/その気温での飽和水蒸気量」で定式化される3量の関係の中で,1つの量を固定した場合に,他の2量の変数関係を正しく判断できるかを見る課題であった。また,グラフ問題は湿度の公式に数値を代入しても解決できる問題であった。大小問題では,大きさの異なる部屋を図示し,気温と湿度がいずれも等しいときに,どちらの部屋がよりじめじめしているか(あるいは同じか)を選択させた(答:どちらも同じ)。仕切問題では,気温と湿度(e.g.30%)が等しい隣接した2部屋を提示し,その間にある仕切を取り除いた際の湿度を選択させた(答:30%のまま)。大小問題と仕切問題は,湿度が空間の体積とは無関係に決まることを理解できているかを見る課題であった。結果と考察 教示セッション ペア学習後に対象者にどのような話し合いを行ったのかを記述させたところ,「用語の意味をお互いに確認することができた」,「例を用いて説明してもらってわかりやすかった」などのコメントが見られた。水蒸気量や露点といった用語をより分かりやすいものに置き換えて説明する工夫が見られたといえる。 事前・事後の比較(Table 1) トイレ問題と袋問題では,正答率が上昇しなかったが,グラフ問題では正答率が上昇した(p=.01)。グラフ問題の解き方を詳細に見ると,公式への数値の代入による解決が2名から12名に増加していた。以上から,公式の数量を定数として捉えた問題解決は促進されたが,トイレ問題のように変数と捉えて操作する必要のある問題解決(cf.工藤,2010)は十分に促進されなかったといえる。次に,大小問題では正答率が上昇しなかったが,仕切問題では正答率が上昇した(p=.02)。仕切問題では,2つの空間が1つに統合されただけであるため,空間の大きさは変わらなかったが,大小問題では2つの空間の大きさが明確に異なっていた。そのため大小問題の方が体積に基づいた誤判断がより見られやすかったと考えられる。不適切属性に基づいた誤判断は公式を学習したとしても,ただちに修正されないことが示唆された。今後は,変数操作の可否と不適切属性に基づいた判断との関連,及び誤判断の修正方略を検討していく必要がある。
著者
山森光陽 岡田涼 納富涼子 山田剛史 亘理陽一# 熊井将太# 岡田謙介 澤田英輔# 石井英真#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第61回総会
巻号頁・発行日
2019-08-29

企画趣旨 2010年代に入って,教育心理学の分野でもメタ分析に対する関心が高まっている。日本では深谷 (2010),岡田 (2010),小塩他 (2014)によって,メタ分析による研究知見の統合が行われている。海外の教育心理学関係主要雑誌(Br. J. Educ. Psychol., Child Dev., Contemp. Educ. Psychol., Educational Psychologist, Educ. Psychol. Rev., J. Educ. Psychol., Learning and Individual Differences, Learning and Instruction)でも,2010年以降メタ分析を用いた論文数が急増しており,2018年では10月時点で28本にのぼっている。メタ分析による知見の統合には,ある介入の平均的な効果の提示が可能であることや,研究間差異を検討することで対象や条件による効果の違いを検討できることといった利点が認められる。 系統的レビューと呼ばれるメタ分析による知見の統合は,記述的レビューと異なり,統合対象とする研究文献探索の方法と分類基準を明示することが求められるなど,その手続きが精緻であることも関係し,レベルの高いエビデンスと捉えられ,その知見が流通することが多い。What works (U.S. Department of Education, 1986) に代表される,研究知見に基づく推奨される教育的介入のガイドラインは,1980-90年代は記述的レビューに基づいた内容であるのに対して,2000年代以降は系統的レビューの結果が反映されるようになってきた。さらに,2010年代には複数の系統的レビューのメタ分析(メタ・メタ分析,スーパーシンセシス)によるガイドラインが示されるようになってきている。 教育研究における複数の系統的レビューのメタ分析として広く知られているものに,Visible learning (Hattie, 2009)がある。学習者,家庭,学校,教師,教育課程,指導方法の各要因の下位138項目について,学力に与える影響のメタ分析の結果のスーパーシンセシスを行い,各々が学力に与える平均的な効果を効果量dによって示し,その効果の大小に対して理論的説明を行った。このスーパーシンセシスの対象一次研究数は延べ52,450本,延べ対象者数は8,800万人以上である。そして,スーパーシンセシスの方法やその内容は,イギリスやドイツをはじめとした諸国で,社会的な影響が大きいことが報告されている。 メタ分析による研究知見の統合の影響は,教育心理学をはじめとした教育研究の分野内に対してのみならず,教育政策,学校経営にまで及ぶと考えられる。国内では最近,平明に読めるメタ分析の入門書が複数出版されたことも契機となり,メタ分析による知見の統合を行う研究の本数が今後増加することが見込まれる。そして,研究知見の統合に取り組むに当たっては,研究分野内への影響のみならず,研究分野外への波及効果にも関心を払う必要があるだろう。このような現況を踏まえ,研究分野の内外に対して,「知見の統合は何をもたらすのか」を議論する。教育心理学におけるメタ分析研究の概況岡田 涼 教育心理学では,学力や動機づけ等の学習成果に影響を及ぼす要因やその先行要因を明らかにすることを目指すことが多い。得られた知見を教育実践や教育政策に反映させようとする場合,研究知見の信頼性や一般化可能性が重要となる。従来,研究知見の一般化を図るために行われてきた記述的レビューに比して,メタ分析は,複数の研究知見をもとに効果の程度を推定することで,より精度の高いエビデンスを得ることができる。同時に,個々の研究知見がもつ特徴を分析対象とすることで,平均的な効果だけでなく,効果の程度に影響する要因を検討することも可能となる。 このような特徴に鑑み,様々な研究テーマに関するメタ分析研究が増えてきている。国内でも,その報告数は増えてきており,注目度が高まっているといえる。学会によっては,執筆要項にメタ分析研究に特化した記載方法の指示が加えられたり,投稿の手引きでメタ分析研究の引用を推奨する記載をしている例もあり,メタ分析を受け入れる素地ができつつある。 一方で,メタ分析には,公表バイアスや一般化の水準の問題など,伝統的に指摘されてきた課題もある。また,メタ分析を行うためには,一次研究のレベルで必要な情報が報告されていることや,データベースが整備されていることなど,いくつかの前提条件もある。国内においてメタ分析研究が増えるに伴って,メタ分析研究の質が問われるようになることが予想される。 本発表では,まずメタ分析の考え方について簡単に触れ,メタ分析を用いた近年の教育心理学研究の動向を紹介する。その後,メタ分析の利点と限界を提示し,以降の発表につなげていきたい。一事例実験のためのメタ分析 山田剛史 様々な学会誌で特集号が組まれるなど(例えば, Developmental Neurorehabilitation, Vol.21(4), 2018; Research in Developmental Disabilities, Vol.79,2018; Journal of School Psychology, Vol.52(2),2014),近年,一事例実験(single-case experimental design)のメタ分析に注目が集まっている。一事例実験のメタ分析では,研究結果の統合の手続きとして,1)データの重なりの程度に基づく効果量(PND, NAP, Tau-Uなど)を利用する方法,2)平均値差に基づく効果量を利用する方法,3)ノンパラメトリック手法を利用する方法(randomization testsなど),4)マルチレベルモデルを利用する方法,など様々な方法が提案されている。こうした様々な提案がなされているが,メタ分析の手続きとしてスタンダードとなるものは未だ確立されていないのが現状である。 本報告では,平均値差に基づく効果量として,Hedges, Pustejovsky, & Shadish(2012)により提案され,Pustejovsky, Hedges, & Shadish(2014)で拡張された,ケース間標準化平均値差BC-SMD(Between-Case Standardized Mean Difference Effect Size,PHS-dとも呼ばれる)に注目する。 近年,BC-SMDを効果量として用いた一事例実験のメタ分析が数多く報告されるようになってきた。BC-SMDは,一事例実験研究の結果と群比較実験研究の結果を比較できる効果量として注目されている。Remedial and Special Education, Vol.38(2017年)の特集号を紹介しながら,BC-SMDを用いた一事例実験のメタ分析の実際について紹介する。教育研究的含意のある調整変数を推しはかる—外国語学習における明示的文法指導の効果—亘理陽一 言語形式に焦点を当てた文法指導の効果は,習得のメカニズムを研究する立場のみならず,教室での実践的課題としても長く議論が交わされてきた。Norris & Ortega (2000)は,1980年から98年までに出版された250超の論文の内,基準を満たす40研究の明示的指導(k = 71)の効果量の平均(d = 1.13)が,19研究の暗示的指導(k = 29, d = 0.54)を上回ることを示し,第二言語習得・外国語教育研究におけるメタ分析研究の嚆矢となった。 一方この研究では「明示的」と定義される範囲が漠然としており,その中身に関する意味のある調整変数は,後継のメタ分析においても明らかになっているとは言い難い。Watari & Mizushima (2016)は,Norris and Ortega (2000)を含む4メタ分析研究および日本の主要学会誌を対象とするメタ分析研究2本の182論文を対象とする再分析を行い,直後テストの結果において,暗示的指導との直接比較を行った45研究の明示的指導(k = 79)の効果量がg = 0.43 [0.28, 0.57]であり,形態論的・統語論的側面よりも,音韻論的側面や語用論的側面をターゲットとし(Q(3) = 8.68, p < .05),意味論的・機能的側面までを解説内容とする方が効果が大きいこと(Q(2) = 6.36, p < .05),さらに総括的な規則提示が高い効果をもたらしうる可能性などを示した。 しかし因果推論という観点で見れば,ここには説明変数・結果変数の関係や共変量の調整に問題の多い一次研究が多数含まれている。実験デザイン・測定法の異なる研究が混在し,メタ分析に必要な記述統計の報告不備すら依然指摘される現状(Plonsky, 2014)にあっては,知見の統合のメリットは限定的にならざるを得ない。今後は,関連他分野の研究者の協力も得て,共通尺度の開発も含め,統合に耐えうる一次研究の蓄積が求められることになると考えられる。エビデンスに基づく教育研究の社会的・学術的影響熊井将太 「エビデンス」という言葉が教育研究の領域でも存在感を高めてきている。実証的な知見に依拠した「授業の科学化」という要求は何も目新しいものではないが,今日の「エビデンス」運動の特殊性は,一方ではRCTやそのメタ分析といった特定の研究方法を頂点として学問的知見を階層化しようとする方向性に,他方では事象のあり方を客観的に明らかにする「説明科学」を超えて,そこで得られた因果的な知見をより直接的に利用可能なものにしようとする方向性に見出すことができる。このような「エビデンス」運動の特質は,必然的に従来の教育実践研究を担ってきたアクターと競合関係を作り,相互批判を生み出すこととなる。その中では,教育研究におけるメタ分析の有効性や課題とは何か,あるいはメタ分析から得られた知見の活用可能性と危険性とはいかなるものかが問われている(例えば,杉田・熊井(印刷中)など)。 本発表では,世界的に大きな反響を巻き起こしたJohn HattieによるVisible learning (Hattie, 2009)およびVisible learning for teachers (Hattie, 2012)を素材に上記の問題を考えてみたい。Hattieの研究をめぐる議論で興味深いのは,元来規範的なアプローチを主流としてきたドイツ語圏の国々において英語圏以上に議論が活性化していることである。加えて,Hattieの研究は,例えばバイエルン州のように,学校の質保障や外部評価の基準として政策的に受容されているところもある(熊井, 2016)。ドイツ語圏の議論と日本における教育実践研究の動向を見渡しながら,教育実践の複雑性の軽視や教育目標・内容論の欠如といった課題を指摘しつつ,他方で批判者側の「閉じこもり」の問題に言及したい。付 記このシンポジウムはJSPS科研費(基盤研究A:17H01012)の助成を受けた。
著者
佐藤広英 宮脇奈々美#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 SNS(social networking services)上では,さまざまなストレッサーが存在することが報告されている(総務省, 2013; 佐藤・矢島,2017)。それと同時に,SNS上で愚痴や文句を投稿してストレス発散を行うという報告もみられ(アメリカンホーム保険,2011),ストレス・コーピングが行われている。従来,SNS上におけるストレッサーに焦点をあてた研究は行われているが,SNSにおけるコーピングに焦点をあてた研究は少ない。本研究では,SNS上におけるコーピングの程度を測定する尺度を作成することを通して,SNS上におけるコーピングが精神的健康に及ぼす影響を検討した。方 法 予備調査 面接調査によりSNS上におけるコーピングに関する項目を収集した後,大学生278名(女性116名,年齢:M = 19.18,SD = 1.05)を対象に質問紙調査を実施した。SNS上におけるコーピングに関する33項目についてカテゴリカル因子分析(重みつき最小二乗法,プロマックス回転)を行った結果,5因子31項目が抽出された。具体的な項目はTable 1に示した。 本調査 クロス・マーケティング社に委託し,ウェブ上でSNS利用者(LINE,Twitter)を対象とする2波のパネル調査を実施した。1回目(2017年10月)は大学生478名(女性245名,年齢:M = 20.30,SD = 1.33),2回目(2017年11月)は大学生200名(女性105名,年齢:M = 20.54,SD = 1.27)を有効回答とした。両調査において,(a)SNS上におけるコーピング尺度(予備調査で作成),(b)心理的ストレス反応尺度(鈴木他,1997),(c)SNS利用状況などに回答を求めた。結果と考察 SNS上におけるコーピングと精神的健康との因果関係を検討するために,交差遅れ効果モデル(Finkel, 1995)を用いて分析を行った(Table 2)。モデルの適合度は,CFI=1.00,RMSEA=.00~.04であり,十分に高い値であった。得られた結果は次の三点に整理された。第一に,LINE上で問題解決を多く行うほど,ストレス反応が高まることが示された。第二に,Twitter上で各種コーピングを多く行うほどストレス反応が高まり,特に問題解決の効果が大きいことが示された。第三に,ストレス反応の高い者ほどTwitter上で対決を多く行うことが示された。以上の結果,SNS上におけるコーピングは,ツール間の差異はあるものの,総じて精神的健康を損ねることが明らかとなった。
著者
飯田昭人 水野君平 加藤弘通
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第61回総会
巻号頁・発行日
2019-08-29

問題と目的 本研究では,「子どもの貧困対策に関する大綱」に謳われている「教育の支援」に焦点を当て,保育現場や学校で働いている保育士や教職員等を対象に,子どもの貧困への意識について,(1)子どもの貧困状況の捉え方,(2)貧困状況にある子どもの困難の捉え方の2点について明らかにするために,支援者に向けての質問紙調査を実施した。方 法調査協力者と調査時期 A市内の小学校全18校,中学校全8校(私立中を除く),保育施設(保育園,幼稚園,認定こども園,小規模保育施設,事業所内保育施設,家庭的保育施設)27施設の合計53施設の保育関係者,教職員を対象にした。有効回答数は,小学校15校283件(72.0%),中学校8校188件(82.8%),保育施設18施設213件(56.8%),合計41施設684件(68.7%)であった。調査時期は2017年12月から2018年1月であった。調査内容 「滋賀県『子どもの貧困』対策のための支援者調査」(滋賀県・龍谷大学, 2016)を参考に調査票を作成した。まず「子どもの貧困状況の捉え方」に関する9項目を尋ねた(回答は「まったく深刻ではない;1点」―「非常に深刻である;5点」の5件法)。また,「貧困状況にある子どもの困難についての捉え方」に関する13項目を尋ねた(回答は「まったく当てはまらない;1点」―「とても当てはまる;5点」の5件法に,「子どもの年齢が低くてわからない」も設定した)。その他の質問項目も尋ねたが,本報告では省略する。結 果 「子どもの貧困状況の捉え方」および,「貧困状況にある子どもの困難についての捉え方」(因子負荷量の低さやダブルローディングで5項目を除外)について,因子分析(最尤法・プロマックス回転)の結果と各因子におけるα係数,負荷量,因子間相関はTable 1,Table 2のとおりである。考 察 子どもの貧困の捉え方を,「基本となる生活基盤の不安定さ」と,各種支援費を受給しなければ生活が安定しない,「家庭の経済的困窮」の2点に集約された。貧困状況にある子どもの困難についての捉え方において,主に「子どもの生活面から生じる心身の健康的側面」と,「子どもの学力面」に大別された。 公益財団法人子どもの貧困対策センターあすのば(2016)が,貧困問題を「貧」(低所得などの経済的問題」と「困」(一人ひとりの困りごと)に分け,家庭の「貧」を改善するだけではなく,子どもたちの「困」も支援していくことの必要性を述べている。今回,Table 1では「貧」について,Table 2では「困」についての捉え方を明らかにした。特に,「困」については,保育施設や小中学校というフィールド(現場)で,関係機関と連携しながら対処していくことが求められると考える。
著者
菅井篤
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第61回総会
巻号頁・発行日
2019-08-29

問題と目的 近年,学習者が対話的に議論し,学習を深めていく教育実践が増加している。この教育実践は,従来学校教育で行われてきた教師が子供へ知識を伝達していく伝統的な授業とは異なり,協働して問題解決していく学習(文部科学省,2012)に学習者が主体的・対話的に参加し,学習活動を展開していく教育実践を指す。文部科学省(2012)は「予測困難な時代において,我が国にとって最も必要なこと」として「将来の我が国が目指すべき社会像を描く知的な構想力」の育成を明示しており,文部科学省(2017)は「主体的・対話的で深い学び」の実現のために授業改善をすることで学習者が新たな学びをつくり出すことを推し進める。我が国の教育の領域では,主体的・対話的で深い学びの新たな創造のために,これまで行われてきた伝統的な学びの問い直しが始まっている。 そこで本研究では,これまで多く注目されてこなかった異学年交流に焦点を当て,具体的な事例を検討することを目的とする。方 法 2018年9月,関東圏内の私立小学校の異学年(1 年生7名,2年生6名,3年生6名,4年生5名,計24名)の集団交流における教師と児童の発話を対象とした。同年12月に異学年集団で行われる劇発表会へ向けた劇づくりの導入の授業であり,哲学対話形式で対話が展開された。そこでの教師と児童の対話をスクリプト化し,藤江(2000)に従って対話を発話として最小単位で区切った。そのほかに,対話場面を「話段(ザトラウスキー,1993)」を1単位として区分し場面の抽出を行った。なお,本研究は,管理職の指導のもと個人情報に留意して実施した。結果と考察 哲学対話形式の対話は24分48秒行われた。まず,藤江(2000)に従い,対話をそれぞれの発話として区切った。その結果,対話は276の発話に区切られた。これらの中から,児童の発話を抽出し,学年別に集計した結果をTable 1に示す。そのほかに,ザトラウスキー(1993)に従い,対話から48の話段を抽出した。話段は,話者が意図したと考えられる会話の「目的(goal)」の達成を1つの対話の終結と捉える対話場面のことである。例えば,Table 2に示した場面では,「なんで劇するの」の教師の問いかけから生じた対話の「劇をする目的の回答」という目的が達成されたことが読み取れる「伝えるため」という教師の発話までを1つの話段として定義し,対話場面を抽出した。抽出された話段のうち,児童の問いかけによって発生した話段は17であった。これらを学年別に集計した結果を,Table 3に示した。その結果,17の話段のうち,5の話段が3年生,12の話段が4年生の問いかけによって発生していることが明らかになり,1年生と2年生の問いかけは確認されなかった。 本研究は,主体的・対話的で深い学びを目指して行われた小学校での異学年交流の具体的な事例を検討することが目的であった。Table 1とTable 3に示したように異学年集団の交流において,児童は学年が上がるほど発話数が増え,目的の達成のために集団への問いかけが多くなることが明らかになった。対象校では,劇づくりの異学年交流は毎年導入されていた。これは,異学年交流型の授業を多く受けてきた上学年の児童ほど課題解決のために対話をパフォーマンスし,学習集団へ積極的に問いを発していたと捉えることができよう。このように,児童らが学習者として自ら問いをつくりながら,学習集団を他者と共に弁証法的に共創していくことができる学習環境は,主体的・対話的で深い学びの成立のための一助となると考えられる。
著者
藤澤啓子 赤林英夫# 中室牧子# 菅原ますみ
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

企画趣旨 教育心理学は,「教育」という現象を,教育学的関心に基づく心理学,あるいは心理学的方法による教育学の視点から理解し,実践へと結びつける実証科学である(安藤, 2013)。一方,近年社会的な耳目を集めている教育経済学では,学力など広く「教育」に関わる現象を,経済学的理論から導かれる仮説を元に実証し,その成果を,教育政策の選択や制度設計に生かしつつある。 「教育」を同じく見つめ,同じ事象を検証するのであれば,そこから生み出される知見に大きな差異はないはずである。それにもかかわらず,異なる理論的背景や方法論が用いられるために,両学問分野の生産的な対話が阻まれてしまうことがある。 本シンポジウムでは,子育て方法や子どもの適応的な発達といった,教育心理学が従来十八番としてきたことにまで広がってきた,教育経済学の最新理論や研究動向を紹介する。それらに応える形で教育心理学の伝統的な方法論に基づく縦断研究の知見を提示する。両学問分野からの話題提供を踏まえ,教育心理学と教育経済学が同じ土俵に上がり,学問的対話を進め協働する可能性やそのための課題について議論する場としたい。話題提供経済学は子育てをどう見ているか:人間の発達の経済学赤林英夫 伝統的経済学では,教育は親や学校が行う投資行動と見なされる。そこでは,こどもは「時間」や「お金」などを投下され,「人的資本」という抽象的概念でくくられる学力・知識・非認知能力などが生産される工場のラインのような無生物的存在である。数学的には「教育生産関数」として,教育のアウトカムには,こどもの生来の資質に加え,学校や親の資源の投下量との安定的な関係が想定される。家庭教育や学校の選択が,親や子どもの資源量に依存すると考えると,親世代と子世代の経済社会状態の間には正の相関が生じることが理論的に導かれる。 このようなモデルは,経済学において理論・実証の両面で一定の成功を収めてきた。しかし,教育心理学・発達心理学からはどう見えるであろうか?人間の発達過程を極端に単純化し,表面的にしか見ていないと思われるのではないだろうか。そもそもこどもの発育は自律的な過程であるはずだ。馬を水辺に連れて行くことはできても,水を飲ませることはできない。親や園・学校が子どもに「強制的」「一方的」に「投資」することなど不可能であることは,子育ての経験があれば誰にでも分かる。それがあたかも可能であるかのような数学的記述が人的資本理論であり,教育生産関数であるから,心理学の世界では違和感が払拭できないのは当然であろう。 発達心理学においては,親とこどもの関わりあいや,こどもの行動に対する親の接し方(子育て方法)が,こどもの発育に強い影響を与えるとされているはずである。子育て方法とはそもそも何か,そのための資源とは何を指すのか,子育て方法はなぜこどもの発育に影響があるのか,親によって子育ての方法がなぜ異なるのか,それらの相互作用は,世代間の社会経済格差や教育格差の連鎖にどのような含意をもたらすのか。それを解く鍵は,子どもが自ら「水を飲む」主体であることを認識することにあるのは明かだ。しかしこれは非常に面倒なことである。親の一方的な投資であれば親の最適化問題の解を求めればよいが,子どもが自発的なプレーヤーであると,親子の相互作用を同時もしくは逐次的に考慮するゲーム理論的なモデルを必要とする。そして,通常観測される生産関数は,ゲームの解を反映した誘導型に該当するはずである。ゲームに複数の解があれば,安定的な生産関数の存在は否定されかねない。 こどもの発育過程を親子間の心理的関わりの結果と見なし,子育て方法の選択原理を理論的に解明し,観測される親子関係やこどもの発育への影響の解釈を試みるのが「こどもの発達の経済学」である。本稿では,理論的な立場からBeenstock (2012), Heckman and Mosso (2014)などを出発点としてサーベイを行う。最初に,伝統的理論としてBecker-Tomes (1979), Solon (2004)を紹介し,その後の展開として,Cunha and Heckman (2007), Akabayashi (2006), Lizzeri and Siniscalchi (2008), Doepke and Zilibotti (2017) などを紹介する。その上で,この分野の今後の発展の方向性について議論する。競争意欲やリスク態度は子どもの学力に影響を与えるか中室牧子 近年,多くの国で,数学の学力テストに男女差があることが報告されている。男子は女子よりも数学の学力テストの点数が高い傾向があり,過去の研究では,この男女差は,競争環境への選好の差によってもたらされているのではないかという指摘がある。ラボ実験を行った様々な研究が明らかにしたところでは,男性は女性に比べて競争を好み,競争的な環境のほうが高いパフォーマンスを発揮することが知られている。つまり,数学などの理数系の科目でよい点数を取ることや理数系の学科や学部への進学は競争が厳しいと考えられるので,競争的な環境を好まないとする女性が数学の点数が低くなったり,理数系への進学を望まないという可能性である。本論文では,NiederleとVesterlund (2007) に倣って,日本の首都圏にある自治体の全公立中学校 (6校,約800名)で,競争意欲,リスク態度,自信などの心理的特性を計測するラボ実験を実施した。また,それらを自治体から得られた学力テストの結果や進学の実績と突合することで,競争意欲,リスク態度,自信が数学の学力テストスコアに与える影響を分析した。ラボ実験によって測定された心理的な特性が,現実の世界における教育成果を予測するかどうかについては,経済学ではまだ十分な研究蓄積があるとはいえないが,進学については理系学部への進学実績の男女格差が競争意欲によって説明されることを明らかにした実証分析は出始めている。ただし,学力に与える影響はまだ十分に分析されていない。そこで,本研究では,競争意欲やリスク態度,自信に明確な男女差が存在し,それらが数学の学力テストに影響していることを明らかにした(ただし,数学のみで英語や国語への影響は観察されていない)。先行研究と同様に,競争意欲と自信は,過去の学力や保護者の社会経済的地位を制御した後でも数学の学力テストに正の相関があることが示されたが,リスク態度はその逆で,よりリスク回避的であれば数学の学力テストの点数が高くなることが示された。この結果は,これは競争意欲の男女差は数学の学力テストの男女差を広げるが,リスク態度の男女差は数学の男女差を狭めることに寄与していることを意味する。今回の発表では,経済学がどのようにラボ実験の中で競争意欲,リスク態度,自信などの心理的特性を計測しているか,そしてそれらの心理的特性と学力や学歴などの現実の教育成果との相関関係を分析しているかということを紹介することを通じて,教育経済学と教育心理学の接点を見出すことを試みる。家庭の経済的不利と学齢期の子どもの諸問題―0歳からの家庭追跡調査より―菅原ますみ 貧困を含む家庭の経済的不利が子どもの認知発達や社会・情動的発達にどのような影響を及ぼすのか,またそれがどのようなメカニズムを経て次世代の経済的不利に持ち越されうるのかは,ノーベル賞経済学者ジェームズ・J・ヘックマン (Heckman, 2013; 『幼児教育の経済学』2015, 東洋経済新報社) の “幼少期の貧困に起因する養育環境の劣化がのちの個人の人生に深く影響し,社会にとってその克服は大きな課題である”という指摘を受けて,心理学と経済学双方の領域から大きく注目される研究テーマとなった。英米の発達心理学においては貧困の影響研究は比較的長い歴史を有しているが,Annual Review of Psychology に関連研究を概観したHuston とBentley (2010)は,アメリカの家庭の低所得は生活財・教育財などの物質的な剥奪やひとり親家庭であること,親の学歴の低さ,少数民族や移民のグループに所属していることなど複数の逆境的な社会的状況と併存するリスクが高いことを指摘している。わが国においても,家庭の低収入は,こうした逆境的な社会的状況と相互作用しながら,親のストレスに由来する養育の質の低下や,家庭内外の教育財の調達困難,居住・近隣環境の劣化,子ども集団の中での社会的排除など,様々な側面での子どもの生活の良質さ (クオリティ・オブ・ライフ:QOL)の低下に関連し,時間の進行とともに子どもの低学力や問題行動の発現,進学・就業困難といったネガティブな結果につながりうると予想される。発達精神病理学・児童精神医学の領域では,家庭の貧困・低所得は,両親の精神障害,両親間の不和,不適切な養育,劣悪な学校・地域環境などの他の慢性的な逆境要因 (Chronic Adversities: CA, Friedman & Chase-Landsdale, 2005) の起点となりうる要因として重視してきており,海外では既に多くの実証的な縦断研究の知見に基づく影響メカニズムの理論化が模索されてきている。なかでもCongerらの家族研究グループでは,家庭の社会経済的変数の子どもの発達に及ぼす影響について,社会原因論(社会経済的要因の発達への影響を重視)における家族ストレスモデル (Family Stress Model) および家族投資モデル (Family Investment Model) と,社会的選択論 (パーソナリティや認知能力等の個人的特徴が社会経済的要因に与える影響を重視)を組み合わせ,多世代相互作用モデル (The Interactionist Model of Socioeconomic Influence on Child Development: IMSI, Martin et al。, 2010; Schofield et al, 2011) を提唱している。本報告では,こうした心理学における研究の流れを紹介するとともに,報告者が実施してきている首都圏1都市を対象とした0歳から中学生期までの経年の縦断データについて,教育経済学が近年注目してきている乳児期からの家庭の経済状況とそれに影響される親の養育や子どもの体験,そしてそれらが小学校期から中学校期の子どもの発達的結果 (outcome) にどう関連するか,そこにはどのような複数経路性 (trajectories) があるのか検討した結果について報告する。
著者
井関 龍太 川崎 惠里子
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.464-475, 2006-12
被引用文献数
5

物語文と説明文から形成される状況モデルは異なるのか,異なるとすればどのように異なるのかを検討した。研究の枠組みとして,状況モデルに5つの状況的次元(同一性,時間性,空間性,因果性,意図性)を仮定するモデルを採用した。このモデルによれば,各状況的次元において連続的なイベントは互いに強く連合されるはずである。本研究では,イベント間の連合の強さを動詞分類課題における分類パターンによって測定した。実験1では,昔話と説明文を比較した。分析の結果,物語文と説明文では状況的次元の寄与が異なること,特に,空間性と意図性において異なることが示唆された。実験2では,昔話を小説に変えて追試を行い,空間性,意図性,距離の要因に異なる寄与を仮定する複数のモデルの適合度を比較した。その結果,空間性と意図性の寄与において差があるとするモデルが最もよい適合を示した。物語文では空間性の寄与が見られないのに対して,説明文では負の効果が認められた。また,物語文では意図性が連合を強めたのに対して,説明文ではほとんど効果が見られなかった。最後に,この結果の理論的意義及び実践的意義について論じた。
著者
伊藤 正哉 小玉 正博
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.74-85, 2005-03
被引用文献数
1

本研究では, 自分自身に感じる本当らしさの感覚である本来感を実証的に取り上げ, 自尊感情と共に本来感がwell-beingに与える影響を検討した。自由記述調査から尺度項目が作成され, 大学生男女335名を対象とした因子分析により7項目からなる本来感尺度が構成され, その信頼性と一部の妥当性が確認された。そして, 重回帰モデルの共分散構造分析により, 本来感と自尊感情の両方が主観的幸福感と心理的well-beingというwell-beingの高次因子に対し, それぞれ同程度の促進的な影響を与えていることが示された。また, well-beingの下位因子に与える影響を検討したところ, 抑うつと人生における目的には本来感と自尊感情の両方が, 不安・人格的成長・積極的な他者関係に対しては本来感のみが, 人生に対する満足には自尊感情のみがそのwell-beingを促進させる方向で有意な影響を与えていた。さらに, 自律性に対しては本来感が正の影響を与え, 自尊感情は負の影響を与えていた。以上の結果から, 本来感と自尊感情のそれぞれが有する適応的性質が考察された。
著者
遠藤 由美
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.p157-163, 1992-06

Traditionally, discrepancies between positive ideal-self and real-self have been associated with low self-esteem. The basic idea of general positiveness of real-self is considered an index of self-esteem. But Rosenberg (1965) emphasized two different meanings, that is, 'good enough' and 'very good' being involved in self-esteem. His self-esteem scale favored the former. In the present study, it was hypothesized that not a general positiveness, but a personalized positiveness together with a non-negativeness were correlated with self-esteem (Rosenberg). Personalized standard were defined as high rating scores of positive and negative ideal selves. The results of the present study supported the hypothesis, especially in a negative ideal-self. It was suggested that self-esteem was more a function of distance how far I am from the person who I won't to be.
著者
文野 洋
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.498-509, 2008-12

本研究では,小笠原村父島で行われたエコツアーの参与観察を行い,ツアー参加者へのインタビューにおける語りを社会文化的アプローチによって検討することにより,環境の学びのプロセスの特徴を明らかにした。持続可能性のための教育の視点からエコツアーにおける環境の学びの4つの側面を導き,これらがいかに語られるかを,ツアー経験の参照,他者の言及に焦点づけて分析した。その結果,1)エコツアーにおける環境の学びのきっかけとなるツアー経験の内容は一様ではなく,各参加者はさまざまな活動において学びを触発されていること,2)自分自身の生活環境を含む地域環境の持続可能性に関する語りは,交流を通じて見通すことが可能になった,エコツアーの活動に従事する人びとの小笠原の地域環境に対する認識や保護に取り組む姿勢を媒介としてなされることが示された。この結果から,エコツアーにおける環境の学びは,単線的なプロセスモデルでは適切にとらえられないこと,各参加者の学びのプロセスを把握する上で社会文化的アプローチが有効であることを論じ,最後に本研究の知見がエコツアーのプログラム編成に与える示唆について考察した。
著者
東山薫 IMUTA Kana# SLAUGHTER Virginia# 北崎充晃# 板倉昭二#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第58回総会
巻号頁・発行日
2016-09-22

問 題 心の理論(theory of mind)は,幼児を対象に主に誤信念課題を用いてその通過年齢について議論されてきた。そのデータが蓄積され,誤信念課題の成績に関するメタ分析が行われた。最もデータ数の多い欧米を基準とすると韓国の子どもは同じくらいの年齢で通過し,オーストラリアやカナダの子どもはそれより早く,日本やオーストリアの子どもは最も通過が遅れることが指摘された(Wellman, Cross,& Watson, 2001)。この通過年齢における文化差については,“個人主義vs.集団主義”理論がよく引用される(Markus & Kitayama, 1991)。西洋は個人主義であるため,誤信念課題のように自分と他者の視点を切り離した課題に関して,集団主義である東洋の子どもと比べて早いうちから通過できるというのである。しかし,同じ集団主義である韓国の子どもは西洋の子どもと同じくらい年齢で誤信念課題を通過できると報告されているため,個人主義vs.集団主義理論では説明がつかないと考えられる。そして,これまで個人主義vs.集団主義の観点から心の理論の文化差を検討した実証研究はない。文化とは“ヒトの生活を媒介する人工物の集合で,多くは世代を超えて共有されるもの”(波多野・高橋, 2003)とあるように,子どもの心の理論の文化差を論じる際に大人の文化差を考えることが重要である。そこで本研究では,西洋の子どもよりも早く誤信念課題を通過できるオーストラリアと西洋よりもかなり通過が遅れる日本の大学生における個人主義もしくは集団主義の程度と心の理論の成績との関連を見ることで文化差を説明できるか否かを明らかにすることを目的とする。方 法1.調査対象者:日本人大学生334名とオーストラリア人大学生131名を対象とした。2.調査内容:(1)7種からなる心の理論課題(東山,2011; Wellman & Liu, 2004))を実施した。すなわち,①自分と他者の異なる欲求の理解,②自分と他者の異なる信念の理解,③自分と他者の異なる知識の理解,④予期せぬ中身課題タイプの誤信念の理解,⑤位置移動課題タイプの誤信念の理解,⑥自分と他者の異なる信念と感情の理解,⑦他者の隠された感情の理解に関する課題である。日本の大学生には質問紙もしくはwebで回答できる形式を用い,オーストラリアでは質問紙で回答を求めた。ターゲット質問は他者の隠された感情の理解課題で2問,他の6課題は1問ずつ計8問であるため合計点8点満点となった。また,記憶質問も含めると合計14点満点となった。(2)相互独立・相互協調的自己観尺度(木内,1995)を用いて個人主義が集団主義かの得点を算出した。この尺度は16問からなり,得点が高いほど集団主義の傾向が強く,64点満点であった。結 果1.心の理論課題得点 8点満点での日本人の平均は7.60点(レンジ4-8,SD=.73)でオーストラリア人は7.76点(レンジ6-8,SD=.50)であった。14点満点での日本人の平均は12.91点(レンジ8-14,SD=.99)でオーストラリア人は13.02点(レンジ10-14,SD=.75)であった。8点満点においてのみ,日本人よりもオーストラリア人の方が得点が有意に高かった(t(463)=2.23, p<.05)。2.個人主義vs.集団主義得点 日本人の平均は44.34点(レンジ16-64,SD=7.78)でオーストラリア人は33.63点(レンジ21-55,SD=6.84)であった。オーストラリア人よりも日本人の方が集団主義傾向が強かった(t(463)=9.89, p<.001)。3.心の理論課題と集団主義との関連 日本人における8点満点の心の理論課題と集団主義得点の相関は認められず(r=.08, n.s.),14点満点の心の理論課題と集団主義得点には有意な正の相関が認められた(r=.14, p<.05.)。オーストラリア人においては8点満点,および14点満点のいずれの心の理論課題とも集団主義得点と有意な相関は認められなかった(それぞれr=.01, n.s.; r=-.01, n.s)。考 察 オーストラリアと日本では確かに日本の方が集団主義傾向が強かったが,心の理論の文化差を“個人主義vs.集団主義”でを説明することはできなかった。今後は,同じ集団主義である韓国でも同様の検討をする必要があるだろう。謝辞:本研究は,科研費若手研究(B)15K21577の助成を受けて行っている。また,オーストラリアのデータはクイーンズランド大学のスローター先生に協力を得て収集してもらった。
著者
勝井 晃
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.42-49, 1968-03

立体空間における方向概念の発達過程を明らかにするために,3才から11才までの児童を対象とし,かれらが上下・前後・左右のコトバ自体をその空間方向や対象物においてどのように把握しているかを発達的に検討した結果,下記の諸点が明らかにされた。 1. 自己身体を基準とした空間方向に対する客観的な理解の水準は各方向によって異なり,発達的にも明確な差が認められた。すなわち,上下方向は年令的にもっとも早く3&sim;4才において理解され,ついで前後方向が5&sim;6才において,さらに遅れて左右方向は7&sim;8才においてほぼ正確となる(Fig. 4)。 2. 方向判断の基準を対面人物に移動させたり,姿勢条件を変化させた場合には視点の移動が困難となり,多くの自己中心的な誤りを示す。この傾向は6才ないし7才までの児童において顕著であった(Table 2)。 3. 自己身体の左右および対面人物自体の左右に対する理解においても発達的に明確な差が認められ,年令的にみて両者間にはほぼ2年近くのずれが存在する。とくに,自己と対面者との相対的な逆関係が理解しうるのは8才ないし9才においてである(Fig. 4)。 4. 面前に定置された2個および3個の対象物相互の左右関係の理解において,3個の場合は,2個の場合にくらべてその相対的な関係判断が困難となる。発達的にみて7才ないし8才までは自己身体の左右を基準として絶対的判断をする傾向が強く,10才ないし11才において視点の移動が可能となり,対象物相互の相対的な左右関係が理解されうるようになる(Fig. 5)。 5. 自己と対面人物および対象物相互間の左右関係に対する理解能力と知能水準との間には正の相関関係が認められ,また,各被験者群間における地域差,学校差が認められた(Table 7, Table 8)。