著者
瀬口 典子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第55回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.F10, 2021 (Released:2021-10-01)

日本の人類学は現在遺骨返還問題に直面しており、その背景には過去から現在に続く学問の植民地主義がある。文化人類学も自らの植民地主義を自覚すべきであると先住民から迫られている。本発表では、遺骨返還運動がきっかけとなって生まれた北米の先住民と人類学研究者との間の対話の実践、相互的な理解関係の構築と先住民コミュニティとの共同研究のありかたを検証し、日本における広義の人類学が進むべき未来を考えたい。
著者
田中 孝枝
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.85, no.2, pp.308-324, 2020 (Released:2021-02-07)
参考文献数
32

本論では、2008年に発生した四川大地震の災害後復興における地震被害の遺跡化とツーリズムの関わりに焦点を当てる。観光は震災後の産業復興の重要な柱となり、地震の痕跡を保存した地震遺跡は新たな観光資源の1つに位置づけられた。政府は観光を軸として短期間のうちに大規模な開発を進め、地震遺跡の保存と観光地化、再建不可能と判断した地域からの人々の移住、農業村から民俗観光村への転換などを実施した。政府はまた2年半で復興終了を宣言し、共産党の強いリーダーシップのもと、地震に打ち克った中国の特色ある社会主義の勝利を喧伝する。地震遺跡をめぐるツーリズムは、中国共産党に縁のある地をめぐる紅色旅游の地として、国家のレジリエンスを示す場となっている。しかし、人々の生活再建は、国家の示すレジリエンスと同じペース・道筋で進んではいない。本論では、震災から10年余が過ぎた現時点における国家のレジリエンスと生活のレジリエンスのずれを観光を通して考察し、地震遺跡をめぐるツーリズムの持つ意味を検討する。
著者
加藤 正春
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.209-229, 2000-12-30 (Released:2018-03-27)

かつての沖縄では,若者の死の直後に若者仲間が墓に赴き,歌舞音曲をともなった伽をする習俗がみられた。ワカリアシビー(別れ遊び)などと呼ばれたこの儀礼は,死んだ若者のモーアシビー(野遊び。青年男女の野外交遊のこと)仲間が夜毎に墓前に集い,そこで一時を遊び過ごすものであった。儀礼はほぼ一週間ほど続けられたが,いくつかの報告では,幕内から死者の棺箱を出したり,その蓋を開け,死者を座らせて行われることもあったとされている。また,墓前の仮小屋に短く織った手拭い(いんきや織りの手さじ)を飾って集う例も報告されている。儀礼は昭和時代に入ると行われなくなった。本稿では,19例の報告事例の検討から,この儀礼が野遊びの形態をとって死後に行われる若者仲間の追悼儀礼であり,幕内の死者の霊魂を幕前に招き出して行う,生者と死者との直接交流・交歓であることを明らかにする。若者たちが墓前に集まり,棺箱を墓から引き出すのは,死者に近づいて交流しようとする意図であり,短い手拭いをさげるのはそれを霊魂の依代として用い,そこに寄り憑いた死霊を実感するためである。また,引き出した棺箱を開け,死者を座らせるのは,生前と変わらぬ形で死者と直接に交流しようとする試みである。ただし,このような儀礼行為の前提には死の認識があり,死体の変化に対する人々の知識と経験が存在する。なお,儀礼には死霊の危険性に対する忌避観念が表出されていないようにみえる。これは,若者たちが死んだ仲間を追悼するために,死霊の危険性を受け入れた上で儀礼を行っているからである。それは,若者仲間の同輩結合の強さを示すものである。
著者
田中 瑠莉
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第55回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.D13, 2021 (Released:2021-10-01)

本発表では、京都市動物園の事例をもとに動物園の飼育動物(動物園動物)と人の関係について考察する。動物園において、それぞれの動物は「個」として扱われる一方で、動物を「擬人化」することは批判的に捉えられる。両者の差異に着目し、動物園の飼育動物を人と対等な存在として扱うことの内実と、飼育している個体との関係形成の根底にある規範について動物の人格に関する議論を参照し考察を試みる。
著者
百瀬 響
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第55回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.H06, 2021 (Released:2021-10-01)

2017~2019年まで、百瀬(代表者)と岩澤らは、樺太アイヌ(エンチウ)協会員と共に、「失われた」樺太アイヌ文化を復元・継承するための活動を行ってきた。国内外の博物館等に所蔵されている資料を協会員と共に調査し、物質文化の複製や舞踊の3D映像化による教育資料作成を試みた。以上の活動を通して、樺太アイヌ文化継承のための協働の試みを発表する
著者
岩谷 彩子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第43回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.46, 2009 (Released:2009-05-28)

占いは、予測不能な人間の生の謎に対して、日常的な秩序を越えた「他なるもの」を設定し、それまで生に与えられていた意味をいったん宙吊りにさせて新たに語りなおす技芸である。そこでは相談者の人生の別の意味が、物品と語りを用いて編みなおされていく。本報告では、インドの占い師と相談者との具体的な交渉の場を事例とし、生の謎解きとしての側面が合理的、あるいは倫理的な次元を超越する点について考察する。
著者
比嘉 理麻
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第55回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.C18, 2021 (Released:2021-10-01)

本発表では、沖縄県名護市辺野古の基地建設の進行にともなって、熾烈化する抗議行動の最前線で、機動隊や海上保安庁の暴力により心身に傷を負い、抗議に行けなくなった人びとが、新たに勝負できる領域を模索するなかで見出した、<生き方としての基地反対運動>でも呼びうる動きを積極的に掬いあげる。現在生まれつつあるのは、狭義の政治運動におさまるものではなく、むしろ、政治の限界を踏み越えて、<生き方>と接続される基地反対運動である。本発表では、従来の「政治運動」で傷ついた人びとが、口にするようになった「これは、政治じゃない」という言葉に耳を傾け、基地反対運動を「非政治化」し、より広い領域を巻き込みながら、自らの<生き方>として展開する新たな基地反対-環境運動を理解することを目指す。
著者
宮岡 真央子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.266-283, 2016 (Released:2018-02-23)
参考文献数
53
被引用文献数
2

本稿の目的は、外来政権により脱植民地化が代行され、重層化する植民地経験を有する社会にお いて、記憶とコメモレイション(=記憶の共有化)をめぐって先住民が抱える困難について論じる ことである。台湾の先住民である原住民族が初めて日本の植民地主義と邂逅した歴史的事件〈牡丹 社事件〉をめぐる記憶の場では、多様な主体によるコメモレイションがおこなわれてきた。しかし、 原住民族であり事件の一方の当事者である牡丹郷パイワンは近年までここから排除され、彼らにつ いての暴力的・侮蔑的表現は一貫して不問に付されてきた。ゆえに牡丹郷パイワンは、自らの土地 に〈牡丹社事件〉をめぐる新たな記憶の場を創出し、従来抑圧・凍結・等閑視されてきた自らの記 憶と歴史認識を表現し、統治者が流布した牡丹郷パイワンについての固定観念を払拭しようとした。 牡丹郷パイワンによる〈牡丹社事件〉のコメモレイションの一部が文字という記憶の方法でおこな われたことの背後には、中華文明圏における文字の拘束性を看取できる。また、日本の植民地主義 に起源するモニュメントや制度の一部は、今日まで原住民族にとって民族と文化の絶滅の危機の原 点として意味をもち、克服すべき・乗り越えるべき対象としてとらえられている。原住民族による 新たな記憶の場の創出とコメモレイションの背景には、重層化した植民地経験を有する社会におい て、彼らが今日までマイノリティであり被支配的立場にあるという先住民としての現実が横たわる。 原住民族の記憶の抑圧・凍結・等閑視は、2つの外来権力と多数派の漢系住民によって近年まで続 けられてきた。記憶とコメモレイションをめぐるこのような困難は、外来政権が脱植民地化を代行 し、重層化した植民地経験を有する社会において、先住民が向き合うことを余儀なくされている問 題である。