著者
太田 正夫
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.38, no.7, pp.36-49, 1989-07-10

第一次感想を自由な発想で書かせれば、そこには「読み」と「自己表現」という二つの傾向が出てくる。この自己表現的傾向がでることは、小説の対話的構造が誘引するものであるから、感想にそれを認めることが大事である。そしてこの自己表現的傾向を持った多数の感想は筆者の意図にかかわらず、それ自体対話的要素を内包している。だから作品という大きな他者に対して、また多数の他者と対話を行わせることは読みを深めると共に読み手の思想を作ってゆくのである。
著者
小林 ふみ子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.50, no.12, pp.20-30, 2001-12-10

智恵内子の<女性らしい>とされる作風の語彙から文体にわたる作為性/構築性を、同様の傾向が認められる他の女性狂歌師の作品をも参照しつつ論じ、その女性性の強調と古典歌人のやつしとしての天明狂歌師像の演出とを関連付ける。その狂文の文体を可能にした背景について和文史に照らして考察し、天明狂歌の母体として想定されてきた内山賀邸塾における堂上派和歌の影響とは別に、同時代の古学派の動きへの目配りの可能性を探る。
著者
松本 真輔
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.11-20, 2004-06-10

中世における聖徳太子信仰が、観音信仰と重なるものであったことは、かねてより指摘のあることである。そこには、「救世」の言葉にふさわしく、慈愛に満ちた太子のイメージを読みとることができる。しかし、中世における太子信仰は、観音信仰のみで語り尽くせるものではない。多種多様な形で展開していた中世太子信仰の世界においては、時として、戦争を仕掛ける凶暴な太子の姿も描かれていた。本稿では、中世太子伝における太子の兵法伝受説の展開を端緒として、武人としての太子像の形成について検討し、更に、こうした太子像の広がりを示す一例として、滋賀県甲賀郡にある油日神社の縁起を取り上げる。
著者
横山 學
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.53, no.10, pp.63-69, 2004-10-10

江戸時代に「琉球」を意識する機会は限られた。生涯に二度か三度の好機に、庶民は琉球国使節の行列を見物し、噂し、琉球物刊行物を買い求めた。文人・識者たちは深い知識を求めて情報を交換し、著作を残し、これは近代の「沖縄観」に連続する。ハワイ大学宝玲文庫(約二〇〇〇冊)には、「琉球の世界」が蔵書の形で残されている。史料の存在そのものが、琉球への関心、琉球への認識の深さ、関わった人たちの相互の関係を教えている。
著者
坪井 秀人
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.22-33, 1990-04-10

前回にひき続き伊藤比呂美『テリトリー論1』('87)について以下の二点を中心に考察した。第一は詩集中ほどに配された「コヨーテ」「悪いおっぱい」他に見られる母系世界とプレ農耕的な始原のイメージについて。「娘」に仮託されたそのカオスへの志向を、制度が刷り込んだ<起源>を相対化するものと捉えた。第二は引用の導入を契機に獲得したミニマリズムの方法について。そこでの言葉の意味のずらし・変容による論理の自由さがモラルからの自由と一体のものになっていることを示した。
著者
田中 貴子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.40, no.6, pp.1-11, 1991-06-10

網野善彦氏の『異形の王権』以降南北朝時代への関心が高まっているが、特に文観と立川流と呼ばれる真言密教の一派については、それぞれ邪教、妖僧として特別視される傾向があった。しかし、こうした文観像は、彼を非難するために[ダ]枳尼天法の行者の姿をモデルとして作り出されたものであり、その背後には[ダ]枳尼天法をめぐる「異類」と性の問題が存在している。本論は、『渓嵐拾葉集』の説話を通して、「異類」と性の力が中世王権の体制の中に組み込まれている様相を探るものである。
著者
平田 利晴
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.34, no.11, pp.23-32, 1985-11-10

萩原朔太郎と短歌の問題は、詩作品や詩論にくらべて論の対象となることが少なかった。それは稀有の口語自由詩人の側から資料的に扱うという我々の享受姿勢にも一因がある。そこで、『恋愛名歌集』の「新古今集」の部を可能のかぎりそれそのものとして検討することが先決の課題となる。<憂鬱>・<無為のアンニュイ>といった『青猫』系列の詩篇の詩想が朔太郎の新古今評釈には深く根ざしているが<技巧>と詩想とのめでたい芸術的一致を式子内親王の歌に見た彼は、『氷島』においてそれを我がものとすることができなかったと察せられる。
著者
松林 靖明
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.55, no.7, pp.56-64, 2006-07-10

戦国軍記の中に「日記」という名を持つ作品が相当数ある。また日記という名を持たない軍記の文中にも「日記」という語が時折見受けられる。戦場の日記はよく知られているが、戦国時代には城中日記というものもあったと考えられる。特に籠城あるいは落城という危機に見舞われた城中では日記が記された。その日記は落城の際に城外に持ち出されて、後に滅亡した一族の家の記として軍記が書かれるときに利用されたと思われる。本稿はその一面を明らかにしようと試みるとともに、波多野秀治一族の滅亡を描く『籾井家日記』を具体例として取り上げ、滅亡記を綴る作者たちの思いを考察した。
著者
田中 千晶
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.14-25, 2007-02-10

鈴木三重吉は、どのような<古事記>を参照して『古事記物語』を執筆したのか。発刊以来長期間に渡り広範囲の年齢層に受容され続けている『古事記物語』は、児童向け『古事記』に与えた影響を考えるとき享受史において重要な意味をもつ。本稿では、古事記研究と児童文学研究の狭間で特定が困難であった同書の参照本を、本文異同の手法、三重吉の周辺や当時の新聞広告を探ることで渋川玄耳(しぶかわげんじ)『三體(さんたい)古事記』と特定し、近現代における<古事記>享受と『古事記物語』研究の進展に繋げた。
著者
蝦名 翠
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.64, no.11, pp.78-81, 2015-11
著者
中村 格
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.13-23, 1996-03-10 (Released:2017-08-01)

『教学聖旨』(明治12年)は天皇の公教育に対する最初の直接介入として注目されるが、楠公父子の物語はこの『聖旨』を忠実に反映した欽定修身書『幼学綱要』(明治15年)に大きく採り上げられ、以後、敗戦までの教科書において「尊王愛国」「忠孝一体」思想のプロパガンダに利用される。しかし、その影像は中世に生きた『太平記』のそれではなく、国教主義に基づく天皇思想から染め直された。"虚像"に過ぎなかった。こうした。"虚像"を幼童の「脳髄」に刻印していくところから天皇制教育は始まり、やがて「忠良」なる天皇の軍隊の思想的基盤を形成していくのである。
著者
大谷 哲
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.34-45, 2011-02-10

「山椒大夫」では、典拠としての説経節の残酷性や復讐譚的要素は捨象され、現代的社会政策が加味された。これには「歴史小説」としての挫折との評価、鴎外の認識の結論として、そこに歴史的批判が加えられた。その後、語り手の領域の対象化の地平が拓かれた経緯はあるものの、説経節との対立構図により硬直化した「山椒大夫」の小説としての可能性については未だ一考の余地がある。例えば「山椒大夫」を論じる際にしばしば引かれるのが柳田國男「山荘太夫考」であるが、本稿は「近代」「文学」「物語/歴史」に纏わるものとして鴎外と柳田の言説、その論理性や戦略性を再確認する観点からも発している。「伝説と歴史の関係に対する認識」の両者の位相の落差とその内実を看過すれば、「山椒大夫」の小説としての可能性も見え難くなるだろう。両言説がいかに重なり、いかに背きあうのかについての整理分析、<読み>に主要な影響を及ぼすパラテクスト的関与性として鴎外「歴史其儘と歴史離れ」の再考も要件となるが、最重要事は小説の<語り>の分析と新たな<読み>の提示にある。これは、小説のディテール、表層を支える深層構造に踏み込み、プロットをプロットたらしめている内的必然性に迫るものである。
著者
石割 透
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.46, no.6, pp.67-78, 1997-06-10

一九一〇年代の後半、芥川龍之介や佐藤春夫、谷崎潤一郎らによって、盛んに探偵小説、怪奇小説的な作品が発表される。そうした文壇の片隅にあらわれた現象には、当時の時代状況が、敏感に反映しているのだが、なかでも谷崎潤一郎は、そうした作品の傾向に最も関心を示した作家であった。と同時に、この時期の谷崎はオスカー・ワイルドの芸術論の影響、更には私小説や民衆芸術の勃興に関わる形で、初期から既に孕まれていた「生活の芸術化」のモチーフが、一層顕著となり、それは<虚>と<実>のテーマに変容しつつ、一連の作品の系列を生み出していく。芥川の「地獄変」のあとをうけて、「大阪毎日新聞夕刊」「東京日日新聞」に連載された「白昼鬼語」は、谷崎の、この時期のそのような傾向を代表する作品である。本稿では、クリムトの絵画、写真、大阪毎日新聞に掲載された広告や記事などと関わらせつつ、「白昼鬼語」を分析、それによって当時の谷崎、及んでは文壇の一面を垣間見ようとしたものである。
著者
宇都宮 千郁
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.10-18, 1997-02-10

紫式部日記に描かれた、敦良親王御五十日の儀の記事の中に、御膳の取り次ぎ役にあたった小大輔と源式部の装束について、「織物ならぬをわろし」とする同僚女房からの非難の声があがったようである。なぜ小大輔と源式部の装束が非難の対象となったのか、解釈の揺れる所であるが、所謂「禁色」などの、当時の女房装束にまつわる禁制そのものを改めて考証することにより、より無理のない解釈を試みた。
著者
小野 恭靖
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.51, no.7, pp.1-9, 2002-07-10

本稿は中世を中心とする歌謡の世界に歌われた子どもの年齢範囲の規定を目指す論である。子どもは七歳から歌謡に歌われ始め、十三歳までが歌う対象年齢とされたことを指摘した。そしてその年齢は、日本民俗における子どもの概念規定と軌を一にしていることが確認できる。また、「お月さん幾つ、十三七つ……」という童謡に見える「十三七つ」について、十三歳から十七歳までの恋愛対象となる娘のことを指すのではないかとの新解釈を提示することもできた。