著者
橋爪 大三郎
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.347-354, 1992-12-31 (Released:2009-09-16)
参考文献数
3

戦後日本の理論社会学シーンを、文字通りリードしてきた一人である吉田民人氏が、まとまった著作をこれまで公刊していなかったのは意外である。そんな吉田氏の論集が、一九九〇年から翌年にかけて、相次いで出版された。これで、吉田氏の主要な論文ほぼすべてを誰もが容易に読めることになり、学界の財産となったことを大いに喜びたい。吉田民人氏が学界内でどれほど大きな地位を占めているかについて、いまさら私がのべるまでもない。ここではまず、今回まとまったかたちで読めるようになった氏の著作これを便宜上、三部作とよぶことにする-をひととおり概観しよう。そのうえで、その論理構成に即して、主だった論点について私の見解をのべることにしたい。これは、吉田氏の全業績 (しばしば「吉田理論」とよばれている) を評価するという作業に似てくるかもしれないが、そうした評価は後世の人びとにゆだねるべきことだ。私はただ、同時代の研究者としての吉田氏に対し、率直に自分の疑問をいくつか尋ねたいだけである。
著者
駒井 洋
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.188-203, 2015 (Released:2016-09-30)
参考文献数
38
被引用文献数
1

本稿は, 日本に滞在する外国人移民を対象とする1980年代後半以降の主要な社会学的実証研究が, 日本の移民政策にたいしてどのような貢献をしたか, あるいはできなかったかを検討することを課題とする.日本の移民政策は, 1990年に改定施行された「出入国管理および難民認定法」により基本的方向が定められたので, 「90年体制」と呼ばれることが多い. この体制のもとでは, 移民管理政策ばかりがひとり歩きし, 包括的な移民統合政策はほとんど存在していない.90年体制は, 日系人と研修生・技能実習生を労働力として活用する道を開いた. また, いわゆる「単純労働者」は受けいれないとしたため, 非正規に滞在する外国人労働者が激増した. このような状況に対応して, 移民の社会学的研究の関心が向けられた主要な領域は, 外国人労働者の就労と生活, 移民の集住と地域社会研究, 移民のエスニック集団ごとの個別的適応様態, 移民第2世代の教育問題, 移民にたいする政治的権利の付与という5つに集約することができる.移民の社会学的研究あるいは研究者による, 非正規滞在者の部分的救済や地域的対応ないし自治体の外国人政策にたいする積極的寄与などの貢献はあった. しかしながら, 包括的な移民統合政策への道をどのように打開するかという社会学者の展望はほとんど開けていない.
著者
岡沢 亮
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.540-556, 2022 (Released:2023-03-31)
参考文献数
31

本稿の目的は,テクストデータを用いるエスノメソドロジーの方針と取り組むべき課題をめぐる方法論的議論を進展させることである.まずテクストのエスノメソドロジーの基本方針が,テクストを社会現象の表象として扱うのではなく,テクストにおいていかなる活動がいかなる概念連関に依拠して行われているのかを分析することだと述べる.次に,テクストを分析する際の資源としての受け手の反応(の不在)をめぐり会話分析から寄せられた批判に応答し,テクストの分析可能性を擁護する.その上で,Goffman の参与枠組のアイデアとそれに対する会話分析の批判的検討を参照し,書き手と読み手がテクストをめぐる参与枠組を形成する方法を解明することが興味深い課題になると論じる.またその課題に取り組むにあたり,テクストを書く/読む実践の制約かつ資源となるインターフェイスへの着目の重要性を主張する.以上を踏まえ,ウェブ上の映画作品レビューとそれに付されたコメントの具体的分析を行うことにより,テクストの参与枠組を形成する方法の分析が当のテクストの活動としての理解可能性の解明に資すること,そしてその分析においてテクストを書く/読む際のインターフェイスへの着目が有効であることを例証する.最後に,本稿の議論がエスノメソドロジーと会話分析の関係の再考や,テクストデータを用いる社会学一般をめぐる方法論的議論に寄与することを示唆する.
著者
桜井 厚
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.481-499, 2010-03-31 (Released:2012-03-01)
参考文献数
24

本稿のテーマは,ライフストーリーがもつ時間と空間の基本的な枠組みを示すことである.語りの古典的モデルは,標準時間にもとづくクロノロジー的編成と語りが直接リアリティを指示しているという考え方にたっていた.それに対して,P. Ricoeurは語りの結末からの筋立てによるストーリーの時間のW及的特質を指摘した.これらは語りの時間の近代的秩序を表している.また,語りにはさまざまな社会的空間に応じたモードがある.それらは「制度的モード」「集合的モード」「パーソナル・モード」であって,語りの空間的枠組みを表している.ところが,こうしたライフストーリーの時空間の枠組みにあてはまらない〈中断された語り〉や〈ストーリーのない語り〉などの脱近代に特徴的な語りが登場してきている.ライフストーリー・インタビューにおいては,どのようなモードの語りであるかに注意を払いながら,インタビューにおける相互行為をリフレクシブ(reflexive)にとらえ返すことで脱近代に特徴的な語りを聞くことが求められている.
著者
青山 薫
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.215-232, 2020 (Released:2021-09-30)
参考文献数
43

「セックスワーク研究」は,売春にかんする議論の歴史とセックスワーカー権利運動の影響を受け,2000 年代に名付けられた比較的新しい研究分野である.それは,マイノリティ当事者の立場に立ってグローバルな格差の是正をめざすプラクシスでもある.本稿は,セックスワーク研究に共鳴する筆者の経験にもとづき,この分野の方法として必要不可欠な当事者参加行動調査(Tojisha Participatory Action Research)の重要性と困難およびジレンマについて考察する.ジレンマは,周縁化された当事者が主体となって,その現状とこれを生み出す構造を変える目的をもつ参加行動調査において,主体と主題が周縁化されているまさにそのために目的を達成することが難しいという,マイノリティ運動や研究につきもののジレンマである.具体的課題として,当事者と職業研究者の避けがたく不平等な関係と,その関係のなかで研究調査に参加する当事者が「同意」することの複雑さについて,本稿は議論する.そして最終的には,これらの困難を対象化し克服しようとすること自体がこの方法の可能性であることを指摘し,その意義を再確認する.当事者参加行動調査は,研究倫理にかんする議論を深め,研究制度やその運用の具体的改善案を提示し,これらを通じて,足元から少しずつ変化を起こしうる研究方法なのである.
著者
河野 静香
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.4, pp.654-670, 2021 (Released:2022-03-31)
参考文献数
13

Self-Starvation(以下SS と略記)は今日の日本では摂食障害の名で知られているが,こうした理解が広まったのは比較的最近のことである.だがそれ以前の日本でSS が知られていなかったかといえば,そうではない.本稿は摂食障害として知られる以前の日本におけるSS の意味理解,〈摂食障害〉の生成,その後の展開を記述する. 分析対象は1872~2018 年の新聞記事のうち,見出しあるいは本文にSS と関連する語句を含む記事である.テキストマイニングと内容分析による記事の計量的な分析から,日本におけるSS の意味理解の変遷を次のように要約できる. 19 世紀後半,SS は宗教的目的による断食,政治的目的によるハンガーストライキ,厭世による断食自殺など多様な意味で理解された.20 世紀半ば,SSは医療者から様々な病名で,精神的な病気として言及された.1980 年代以降,SS は医療者,教育関係者,フェミニストカウンセラーによって心の問題として理解され,拒食症として言及され始めた.このときSS は心の問題であると同時に社会の問題としても捉えられ,医療をはじめ公的,非公的諸機関の連携が求められた.2000 年代以降は福祉を中心に,SS は摂食障害の名で,嗜癖(addiction)として理解され始めている.現代日本でSS は心の問題であると同時に習慣化した行動パターンの問題と解され始め,新たな支援のあり方が模索されている.
著者
藤田 結子 額賀 美紗子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.151-168, 2021 (Released:2022-09-30)
参考文献数
32
被引用文献数
1

本稿は,女性の社会進出と女性の階層化が同時に進む中,育児期に就業する女性は,食事に関わる家事が自分に偏る状況をどう意味づけているのか,「手作り規範」に注目して考察することを目的とする.リサーチクエスチョンとして,(1)「育児期に就業している女性は,食事の用意にどのような役割を見出しているのか」,(2)「手作り規範への態度は,就業形態,職業,学歴,世帯収入によって女性の間でどのような差異がみられるのか」を設定し,インタビューと参与観察,および写真撮影を調査方法に採用し,データを分析した. 調査の結果,第1の問いに関して,本調査の女性たちは「子ども中心主義」から食事の用意に母親役割を見出していることが明らかになった.第2の問いに関しては,就業形態や職業との関わりがみられた.つまり,母親役割の延長として働く非正規女性は「手作り=愛情」に肯定的な傾向がある一方で,正規フルタイムや準専門職の女性に手作り規範を批判的に捉える事例が複数みられた.また,世帯収入が高い者はサービスや商品を購入して時間を節約するなど,世帯収入によって対処戦略に異なるパターンがみられた.要するに,手作り規範の相対化にも,その対処戦略にも階層差が見出されたのである. 女性活躍推進と女性の階層化によって,階層の高いキャリア女性の間では手作り規範が弱まっても,非正規雇用やひとり親の女性は負担が重いままとなる可能性が示唆された.
著者
鳶島 修治
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.374-389, 2014 (Released:2015-12-31)
参考文献数
33

本稿の目的は, 学業面の主観的能力を表す「学力に関する自己認知」 (以下, 学力自己認知) という媒介変数の役割に着目した検討をとおして, 現代日本における教育達成の男女間格差・階層間格差の因果的メカニズムの解明に貢献することである. この目的を達するため, 学力自己認知の指標として学業的自己概念と学業的自己効力感を使用し, 「高校生の教育期待に対する性別と出身階層の影響を学力自己認知が媒介する」という仮説の検証を行った. PISA2003の日本調査データを用いて固定効果モデルによる分析を行った結果, (1) 男子は女子よりも教育期待が高く, 出身階層が高いほど教育期待は高いこと, (2) 数学の学力を統制したうえでも男子は女子に比べて数学の自己概念・自己効力感が高いこと, (3) 出身階層が高いほど数学自己効力感は高いこと, (4) 数学自己効力感は教育期待に対して数学の学力とは独立した正の効果をもつことが示された. (5) また, Sobel testによる間接効果の検定を行ったところ, 数学自己効力感を媒介した性別と出身階層の間接効果はいずれも有意であり, 「教育期待に対する性別と出身階層の影響を学力自己認知が媒介する」という仮説は数学自己効力感に関して支持された. 現代日本における教育達成の男女間格差・階層間格差の生成メカニズムを考えるうえでは, 学力自己認知 (特に学業的自己効力感) という媒介変数の役割に注目する必要がある.
著者
野島 那津子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.88-106, 2018

<p>A. W. フランクが理想型として提示する「探求の語り」は, 病いの「受容」と苦しみによって新たな何かが獲得されるという信念を語り手に要請する. この「成功した生」の道徳的な語りは, 病いを受け入れられない人の語りを, 失敗した生のそれとして貶める可能性がある. また, 道徳的行為主体に至る個人の努力が強調される一方で, 苦しみを受け入れ経験を語る過程における他者や社会経済的要因の考察が, 不十分または不在である. こうした問題を乗り越えるために本稿では, 病気を「受け入れていない」線維筋痛症患者の語りを通して, 「探求の語り」の成立要件としての病いの「受容」のあり方について検討し, 以下の知見を得た. (1) 病気を「受け入れる/受け入れない」ことの責任は, 周囲の人々と共同で担われ得る. (2) 「耳ざわりのいい」物語が流通する中で病人像が規範化され, そこから逸脱した病者の生き方/あり方が否定され得る. (3) 周囲の人間が病気を受け入れない場合, 病いの「受容」は個人化され得る. (4) 病いを受け入れていなくても, 病者は経験の分有に向けて語り得る. 以上の知見から本稿は, 他者との分有や共同を含めた病いの「受容」の多様なあり方を「探求の語り」に認めることを提起する. 「耳ざわりのいい」物語だけが聞かれる危険性に対しては, 個々の語りのさまざまな「探求」を聴き手が見出し, ヴァリエーション豊かな「探求の語り」が提示されねばならない.</p>
著者
矢原 隆行
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.343-356, 2007
被引用文献数
1

近年日本では,伝統的に女性的職業(pink-collar job)とみなされてきたいくつかの職業において,いまだ少数ながら男性の参入が着実に生じている.とりわけ,看護,介護,保育等のケア労働の領域で働く男性たちの姿は,それがさまざまな男性優位の職業領域に進出して活躍する女性たちの姿と対照して観察されるとき,今日の職業領域におけるジェンダー体制の変容を体現するものとして解されうる.しかし,これまでジェンダーに関する大量の成果を生み出している女性学のみならず,「男性性」に焦点をあてる男性学の領域においてさえ,そうした「男性ピンクカラー」に焦点を当てた社会学的研究はきわめて乏しい.本稿では,現代日本における男性ピンクカラーについて,とりわけ「ケア労働の男性化」という視座から観察を試みる.当事者を含む多数の語りから明らかなように,男性ピンクカラーは,ケア労働の領域における少数派であるがゆえ,時に「トークン」として位置づけられる.しかし,その位置づけは,男性が多数派であるような職業領域における少数派としての女性と単純な対称をなすものではない.そこに見出される捩れは,ケア/労働およびそれを取り巻く現代社会における普遍としての《男》というジェンダー秩序を映し込み,かつ映し返すものである.
著者
中村 英代
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.557-575, 2008-03-31 (Released:2010-04-01)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

近年,摂食障害の当事者は,インターネット上で自らの経験や考えを語りはじめた.そんななか,一部の当事者たちの間で,摂食障害はダイエットが原因であり規則正しく一定量の食事をとることで回復するという解釈が,回復への道のりのひとつとして注目されている.このような「食事」への注目は,摂食障害が「個人」「家族」「社会」のいずれかの地平で論じられがちな風潮のなか,一部の回復者たちの間で生じている新しい動向と考えられた.そこで,本稿では,こうした動向に着目することで,摂食障害者が置かれている状況や回復者の実践の一端を明らかにすることを試みた.本稿ではAさんとBさんの回復体験記を取り上げ,彼女たちが,摂食障害を他の解釈ではなく「食事」の問題として説明する論理はいかなるものなのか,このような解釈を提示することで何を達成しようとしているのかを検討し,以下の知見を得た.体験記では,原因の探求と解決方法は別だという視点から,「個人」「家族」「社会」といった解釈は具体的な解決方法を提示していないと指摘されていた.次に,食べれば治る「食事」の問題と説明する体験記は,過食や嘔吐を解決する手段を当事者自身に取り戻そうという試み,すなわち,「解決権の回復」が試みられている事例であることがわかった.「食事」への注目の背後に,摂食障害者を取り巻く言説環境に対する,回復者による批判的な眼差しをみてとることができた.
著者
水津 嘉克 佐藤 恵
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.66, no.4, pp.534-551, 2015 (Released:2017-03-31)
参考文献数
44

「犯罪被害者遺族」「自死遺族」が現代の社会において直面せざるをえない困難性について, 論じることが本稿の課題である. 一見まったく異なった存在であると認識されている両者が直面せざるをえない, しかし他の遺族とは異なる「生きづらさ」とはどのようなものなのか. まずは素朴に彼らがどのような存在なのかを数的データで確認する. 数値が示す内容とは裏腹に, そうした犯罪や自死によって生み出される「犯罪被害者遺族」「自死遺族」の存在についてわれわれはあまりに知らない. このように「犯罪被害者遺族」「自死遺族」が毎年一定数確実に生じているにもかかわらず, その存在が顕在化することのない社会を本稿では「生きづらさを生き埋めにする社会」とする. そうした社会は彼らを「曖昧な包摂」のもとに置く社会である. そこでの当事者にとっての「現実」とは, 「自責の念」「親密な人びととの問題」「死別を受け入れることの困難性」としてとらえられるだろう. そしてこれらの「現実」は, 社会 (世間) にとっての「現実」とのあいだに大きな乖離を生ぜしめることになるのである. このようなリアリティの乖離は, 相互作用場面において彼らをダブルバインド的状況に追いやることになり, その結果, 彼らは「沈黙」を選択せざるをえないという「生きづらさ」を抱えることになる. 彼らが他の遺族とは異なるかたちで直面せざるをえない困難性がここに日々再生産される結果となる.
著者
小林 伸行
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.805-820, 2009-03-31

本稿の目的は,N. ルーマンの教育システム論を他の機能システム論と比較可能な「特殊でない」機能システム論へと再構築することである.<br>ルーマンの教育システム論が他の機能システム論との比較可能性を損なっている要因は複数ある.包摂がすべての個人に及んでいない,固有メディアや二分コードを欠いたまま機能システムとしての自律性などが説明されてきた,コードとプログラムが明確に区別されない等である.本稿では,その淵源を主に「学校(教育)」に偏向した説明に求めつつ,そうした説明からの脱却を通じて他の機能システム論との比較可能性を教育システム論に付与するとともに,社会システム論全体の一貫した説明力を向上させる可能性を模索する.<br>そのために,教育システムのメディアを「ライフコース」から〈能力〉に,形式を「知識」から「手本/模範」に変更し,二分コードを「有能/無能」とすることを提案する.また,相対評価にも絶対評価にも変更されうるような従来の「選抜コード」を,有能か無能かの判断基準となる可変的なプログラムの一環として位置づけ直し,「有能/無能」コードとともに学習者だけでなく教育者にも向けられるものと見なしたうえで,教育システムの機能を「何かが〈できない〉ために諸人格の参入が不可能であるとの判断を延期させ,いずれ〈できる〉ようになって包摂が可能になると予期を変質させること」すなわち「包摂不可能性の認知的予期化」と規定する.
著者
厚東 洋輔
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.239-241, 1985-09-30 (Released:2009-11-11)
著者
豊永 耕平
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.162-178, 2018 (Released:2019-09-30)
参考文献数
29
被引用文献数
1

本稿では, 出身大学の学校歴と専攻分野が初職にもたらす影響の男女比較分析を行った. 高等教育の大衆化の中で大卒学歴内部の相対的な格差は拡大傾向にあるが, 既存研究では大卒男性の学校歴に着目した研究が蓄積されてきた一方で, 専攻分野や出身階層に着目した研究はほとんど蓄積されておらず, 大卒女性も分析対象から除外されてきた. SSM1995年調査, 2005年調査, 2015年調査の合併データを用いて専攻分野, 出身階層, 大卒女性も含めた分析を行った結果, 以下の3点が示された. 第1に, 学校歴は訓練可能性のシグナルとして初職の企業規模を左右する一方, 専攻分野もまた職場で応用可能な能力のシグナルとして専門職入職に影響していた. 第2に, 出身階層の初職への影響は, 学校歴というよりも専攻分野が大きく媒介しており, 世代間移動を説明するのに将来的な職業達成を見通した専攻分野選択とその階層差が重要な役割を果たしていた. 第3に, 専攻分野が初職にもたらす影響にはジェンダー差があり, 人文系出身者の初職での不利は男性に限定的である一方で, 同じ理工系出身でも女性は男性ほど事務販売職と比べて専門職になりやすいわけではなかった. 以上から, 学校歴が大きく影響するのは企業規模であるという限定性があるのに対して, 一見すると自由な教育選択による専攻間トラッキングもまた出身階層や男女間の差異を伴って重要な役割を果たしていることが示された.
著者
岩井 紀子 宍戸 邦章
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.420-438, 2013 (Released:2014-12-31)
参考文献数
6
被引用文献数
5

内閣府, 全国紙, NHK, 国立環境研究所, 日本原子力学会などによる世論調査の結果を基に, 福島第一原子力発電所事故発事故が, 人々の意識に与えた影響について, 震災以前と以降を比較したところ, 原発事故は, 災害リスク認知や原発事故への不安感および環境汚染意識を高め, 原子力政策に対する人々の意識を大きく変えた. 専門家と一般住民の原子力政策に対する認識のギャップは, 震災前以上に大きい.JGSSデータに基づく分析では, 原子力への反対意識は, 女性で強く, 若年層の男性や自民党支持層で弱く, この点はチェルノブイリ事故後の結果と一致している. 原発から70kmの範囲に居住している場合には, 原発の近くに住んでいるほど原発事故が発生するリスクをより高く認知していた. また, 原子力政策に対する原発からの距離と地震発生のリスク認知には交互作用効果が存在しており, 地震発生のリスク認知が低い場合には原発近くに住む人ほど原子炉廃止への支持が少ないことが明らかとなった. 原発事故は, 人々の意識を変えただけではない. 日本では節電意識は以前から高かったが, 原発事故後, 電気をこまめに消す以上の, 消費電力を減らすさまざまな工夫を行い, 電力需要は2011年度には5.1%減少し, 12年度にはさらに1.0%減少した. 節電の工夫の頻度は, 原子力政策への態度と関連しており, 原子炉廃止層の8割が消費電力を減らす工夫に取り組んだ. 電力需要の減少は原子力政策の今後に対する人々の意思表明であろう.
著者
玉井 眞理子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.302-318, 2016 (Released:2017-12-31)
参考文献数
37

本稿では, クリフォード・ショウのモノグラフをアメリカ移民史のなかに位置づけ, ショウのライフヒストリー研究の再検討を行った. その意義は, ショウのライフヒストリー研究の歴史的・社会的意義を問い直し, ライフヒストリー研究が切り拓く社会学的地平を展望することにある.本稿ではまずショウのモノグラフに対する先行研究をまとめ, それとの対比で本研究が持つ独自の視点を説明した. 次にアメリカ移民史を概観する中で, 移民マイノリティに対する偏見がアメリカ社会で公式に共有されていたことについて論じ, ショウのモノグラフが書かれるに至った社会的背景を明らかにした. 続いて『ジャック・ローラー』 (1930[1966]), 『非行歴の自然史』 (1931), 『犯罪に手を染める兄弟たち』 (1938) のいわゆる「生活史三部作」が著された当時, 逸脱者を移民マイノリティに結びつける偏見が広く社会に浸透していた社会的背景に触れ, スラムの移民の子どもたちが置かれていた状況をこれらの作品をもとに素描した. そこではショウのモノグラフが, この偏見が現実とどれほど大きく食い違っているかを例証していることが浮き彫りになる. 最後にショウのライフヒストリー研究が有する歴史的・社会的意義をまとめ, 移民マイノリティとの共生を目指すことにこれらの研究の真意があったことを明らかにした.