著者
眞下 節 高橋 亜矢子
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.78-84, 2009-01-15 (Released:2009-02-07)
参考文献数
30

全身麻酔は意識消失, 不動化, 鎮痛などさまざまな要素が組み合わさった現象である. 近年の麻酔メカニズム研究では, 麻酔薬は神経細胞表面の受容体蛋白質に作用し, その効果を発揮すると考えられている. 神経細胞にはさまざまな受容体蛋白質が存在するが, その中でも特にGABAA受容体は麻酔メカニズム研究の中心的存在である. 最近, GABAA受容体を介する抑制性電流にはPhasic電流とTonic電流の2種類が存在することが明らかにされ, 特にTonic電流は麻酔メカニズムの新しいターゲットとして非常に注目を浴びている. 本稿では, Tonic電流を含むGABAA受容体を中心とした麻酔メカニズム研究の新しい知見についてまとめる.
著者
河野 崇
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.032-037, 2014 (Released:2014-02-26)
参考文献数
19

術後認知機能障害(postoperative cognitive dysfunction:POCD)は,麻酔・手術後に生じる長期的な脳機能障害の一種である.POCDは,術後患者のQOLを大きく低下させるのみならず,長期予後を悪化させることが報告されている.POCDの最も重要な危険因子は高齢であるが,そのほかに低学歴,脳血管障害の既往,および術前の認知機能障害がある.POCDの発症要因については,全身麻酔薬,術後痛,鎮痛薬,および手術侵襲によるものが考えられているが,特定できない場合も多く,個々の患者状態に複数の要因が関連しているものと考えられる.さらに詳細な病態機序に関しては,多くの基礎研究がなされているが,現時点で統一された見解には至っていない.つまり,POCDの全体像は依然として明らかではなく,POCDに対する特異的な予防あるいは治療法の確立には至っていない.本稿では,POCDに関するこれまでの臨床および基礎研究からの知見を整理し,今後の課題について検討したい.
著者
笹川 智貴 岩崎 寛
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.51-56, 2016-01-15 (Released:2016-02-12)
参考文献数
20
被引用文献数
1

神経筋接合部には多数のニコチン性アセチルコリン受容体が存在し,神経終末から放出されたアセチルコリンが受容体に結合することにより脱分極され筋肉は収縮を起こす.アセチルコリンが受容体に結合すると受容体は回転運動によりダイナミックにチャネル開閉を調節する.通常終板に存在するアセチルコリン受容体は成熟型と呼ばれ,α2βεδの5つのサブユニットで構成される.また,シナプス前にはα3β2で構成される神経型アセチルコリン受容体が存在し正のフィードバックを介してシナプス小胞の再動員に寄与している.一方,胎生期の筋肉や除神経された筋肉上ではεサブユニットがγサブユニットに置換されたα2βγδのサブユニットで構成される未成熟型が発現し,特にスキサメトニウムへの反応性の違いから臨床上問題となることが多い.また近年では,従来中枢神経にしか存在しないと考えられてきたα7サブユニットのみで構成されるα7アセチルコリン受容体が特殊状態下の筋肉に存在する可能性が示唆されており,その生理的役割が注目されている.
著者
角倉 弘行
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.32, no.7, pp.866-870, 2012 (Released:2013-02-12)
参考文献数
4

無痛分娩を普及させることにより分娩の安全性が向上する理由として,以下の4つが考えられる.無痛分娩を希望する妊婦に対して麻酔科医が分娩前診察を行うことにより,緊急の帝王切開術が必要になった場合でも余裕をもって対処することが可能となる.実際に硬膜外麻酔による無痛分娩を選択した妊婦では,緊急帝王切開の際にも全身麻酔を避けることができる.無痛分娩が普及すれば分娩フロアーに麻酔科医を配置できるようになるので,無痛分娩を選択していない妊婦の分娩の安全性も向上する.さらに無痛分娩が普及して産科麻酔に専従する麻酔科医の数が増えれば,産科麻酔の教育の機会が増えるだけでなく教育の質も向上する.
著者
荻野 祐一
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.33, no.5, pp.775-780, 2013 (Released:2013-11-09)
参考文献数
15

FiRST(Fibromyalgia Rapid Screening Tool)は,線維筋痛症(FM)を効率よく検出するために開発され,6項目の「はい・いいえ」で答える簡単な問診から成る.原著者から許可を得たのちFiRST日本語版を作成し,原著と同様に5項目以上陽性(「はい」と答える)をCut-off値とすると,FiRSTの全項目において,FMと他の慢性痛疾患群との群間比較で有意差を認め,感度は100%,特異度は71.6%であった.FiRSTは,線維筋痛症の実体をよく表していると考えられscreening toolとして有用であるが,diagnosis toolとしては力不足である.
著者
成松 宏人
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.146-151, 2015 (Released:2015-02-17)
参考文献数
6

世界に発信できる臨床研究数は日本においては欧米先進諸国に比べ少なく,残念ながら,日本は臨床研究後進国であることがしばしば指摘されている.臨床研究の目的の一つは基礎研究の成果を臨床的実用化に結びつけることである.よって,臨床研究の停滞は,日本での研究成果であるにもかかわらず,実用化の恩恵を日本国民が受けるのが遅れるという結果にもつながることが危惧されている.よって,臨床研究の活性化は医学のみならず社会的にも重要な課題となっている.臨床研究をその中心として担うのは現場の医療者である.しかし,医学教育にて臨床研究を遂行するための能力を身につけるためのトレーニングの機会は圧倒的に不足しているのが現状である.そこで,本稿では臨床研究を進めるために必要なエッセンスである(1)研究デザインの知識,(2)臨床試験で必要な研究倫理の知識,(3)臨床研究に必要な統計について紹介・解説した.臨床研究を行うための基礎的素養を備えた臨床医が増えることで,今後の現場の臨床医による臨床研究の活性化を期待している.
著者
市原 靖子 Carlos A. Ibarra Moreno 菊地 博達
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.215-224, 2006 (Released:2006-03-29)
参考文献数
51
被引用文献数
1 1

悪性高熱症は誘発薬などによって骨格筋の異常な代謝亢進が引き起こされる致死的な疾患である. 常染色体優性遺伝をとり, 多くはリアノジン受容体 (RYR1) の遺伝子変異のために起こるといわれている. 一方, セントラルコア病は先天性非進行性ミオパチーの一種である. 臨床症状として重症例は少ないが, 側弯症や四肢の関節拘縮などを有することが多い. セントラルコア病患者の悪性高熱症合併例は以前より報告されていた. またセントラルコア病の遺伝子変異がRYR1領域であることから, セントラルコア病と悪性高熱症は非常に関連深い疾患である. しかし悪性高熱症だからといってセントラルコア病を必ず伴っているわけでもなく, 逆にセントラルコア病だからといって, 確率は低いと思われるが必ずしも悪性高熱症であるわけでもない.
著者
羽場 政法 駒澤 伸泰 藤原 俊介 上嶋 浩順 水本 一弘
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.241-246, 2016-03-15 (Released:2016-04-20)
参考文献数
15

日本麻酔科学会が行っている麻酔関連偶発症例調査によると手術による大量出血は,死亡原因の上位を占めている.また術中発症の病態として「急性冠症候群」は発症頻度も高く,心停止への移行頻度が高い.二次救命処置講習会で学んだことを実践するには,二次救命処置講習会受講により,適切な知識を得た後,1.手術室の状況に合った患者モデルの使用,2.原因疾患に応じた知識の習得,3.症例に対応するための環境整備の検討,4.メディカルスタッフとのチームコミュニケーションを学ぶ方法が必要である.Problem-based Learning Discussion形式のトレーニングは,それぞれの受講生に応じた知識の体系化が可能であり,ディスカッションを通してチームコミュニケーション(ノンテクニカルスキル)をつくることも期待される.チーム医療を推奨する周術期管理において,これらのPBLD形式のツールが医療安全向上に貢献できるのではないかと考えた.
著者
小林 毅之 箕作 禎子 島井 信子 田村 高子 益田 律子 横山 和子
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.9, no.3, pp.266-271, 1989-05-15 (Released:2008-12-11)
参考文献数
11

28歳, 男性の扁桃摘出術中に筋強直をともなって発生した悪性高熱症を経験した. 早期発見, 早期治療により救命できた. 親族にMHの既往があるにも関わらず, 術前それを聴取できなかった. 患者に医学的知識がない場合, 家族歴を忘れてしまったり, 遺伝性疾患を隠したりすることがあるため注意が必要である.MHの初期症状は気道閉塞とよく似ているため, 特に扁桃摘出術のように気道のトラブルが予測される手術においては鑑別が難しい.
著者
岡崎 薫
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.301-309, 2008 (Released:2008-04-16)
参考文献数
22

プロポフォールに関する注目すべき留意点として, 注入時痛とpropofol infusion syndrome (PRIS) がある. 溶媒の違いが注入時痛に影響し, 中・長鎖脂肪乳剤プロポフォールではその痛みの程度と頻度が少なくなった. PRISはまれではあるものの致死性合併症である. 高用量プロポフォールの長期投与時に代謝性アシドーシス, 脂質異常症, 多臓器不全が進行し, 徐脈性不整脈, 心停止に至る. 乳酸アシドーシスやBrugada型心電図変化は前駆症状と考えられ, 認められたらただちにプロポフォール投与を中止する. 原因としてミトコンドリアにおける脂質代謝障害や, 遺伝子欠損症の関与が疑われている. 炭水化物の摂取不良に陥らないように解糖系代謝を正常に保ち, プロポフォールの過剰投与を避ける. PRISは麻酔科医が知っておくべき重大なトピックである.
著者
高橋 栄美 硲 光司 新谷 知久 本間 英司 深田 靖久 松居 喜郎
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.24, no.7, pp.257-262, 2004 (Released:2005-05-27)
参考文献数
11

心不全末期の拡張心に対する新しい左室縮小形成術(Overlapping cardiac volume reduction operation ; OLCVR, 松居法)10症例の麻酔を経験した. 低濃度のセボフルランと静脈麻酔で行った. 体外循環離脱時には経食道心エコーで左室壁運動や容積の変化を観察しながら, 適切な前負荷を保つことと後負荷の軽減に重点を置き, カテコラミンおよび血管拡張薬の使用法に留意することが重要である.
著者
米倉 寛 武田 親宗 角渕 浩央
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.41, no.5, pp.502-508, 2021-09-15 (Released:2021-11-05)
参考文献数
24

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミック,それによる医療現場の逼迫の影響は,麻酔科医を含むあらゆる医師に,基礎研究のみならず臨床研究・公衆衛生学の重要性を再認識させた.従来の医学研究は基礎研究に偏重していたため,今後の麻酔科医には未曾有の危機にも対応できるようなバランスのとれた医学知識を涵養する必要があると考える.本稿は,COVID-19に関連する周術期のトピックに関して,麻酔科医にとって特に重要と考えられる最新の論文とその知見の概要を提示する.
著者
金 史信
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.38, no.5, pp.646-651, 2018-09-15 (Released:2018-11-08)

換気・気管挿管のいずれも不可能な状況(CVCI)かつ患者が心停止に至るという極めてまれな事態に陥った場合にどのように対応すればよいだろうか? 残念ながらCVCIかつ心停止となった時点で患者を救命することはほぼ不可能である.日本蘇生協議会が発行した心停止アルゴリズムでは胸骨圧迫による循環の維持が最優先事項であるが,外科的気道確保が必要となる状況は想定されていない.現時点で有効な対応策はなく居合わせたスタッフは混乱する.その結果,患者は死に至る.CVCI対応中に心停止となった場合は患者の命を失うことを覚悟しておくべきである.
著者
福田 敦夫
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.001-011, 2011 (Released:2011-03-11)
参考文献数
25

最近,幼少時の麻酔暴露と学習障害の関係が出生コホート研究により指摘され,臨床麻酔学上の問題として注目を集めている.動物実験レベルではGABAA受容体作動薬などの麻酔・鎮静薬が発達過程の脳に器質的変化を伴う脳機能障害を起こすことは知られていた.一方,発達期の脳におけるGABAの作用はマルチモーダルなものである.すなわち,中枢神経系の最も主要な抑制性神経伝達物質であるGABAは,神経細胞発生期にはシナプスを介さない傍分泌的作用で発生や移動にかかわり,回路形成期には興奮性伝達物質としてシナプスの形成・強化に関与する.そして成熟後にはじめて抑制性神経伝達物質として作用する.このように,GABAには発達段階に応じた3つの役割があり,発達初期における役割は古典的概念の抑制性伝達物質とは大きく異なっている.したがって,幼少時の麻酔暴露の影響は,これらのマルチモーダルなGABA作用を増強することでもたらされる可能性がある.
著者
末吉 健志
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.35, no.7, pp.806-813, 2015-11-14 (Released:2015-12-04)
参考文献数
8

椎間板ヘルニアなどの退行性疾患に対するMRIの意義は,椎体椎間板などの形態評価と腫瘍などの他疾患除外とされてきた.ペインクリニック医にとって最も重要である疼痛責任部位の同定は神経学的評価に委ねられてきたが,大きな進歩を遂げた現在のMRI技術と最近の知見を踏まえた読影を行えば,画像側からの疼痛責任部位の推定もある程度可能と思われる.撮影に関して重要なのは,連続撮影と脂肪抑制T2強調画像であり,読影に関して重要なのは詳細な解剖学的検討に加えて,椎間板突出部の信号,椎体信号,末梢神経所見,傍脊柱筋信号の確認と考える.
著者
岩渕 真澄
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.288-295, 2014 (Released:2014-04-30)
参考文献数
6

脊椎疾患の診断において,画像検査は問診や身体所見から推察される疾患や病態を確認する手段である.現在の画像機器のほとんどが身体から取り出した情報をコンピューターによってデジタル化処理し画像へと再構築しているため,その過程においてさまざまなノイズやアーチファクトが入り込む危険性があることに留意する.また,再構築された画像を過剰評価してしまうという危険性を常に有していることに留意する.単純X線像は脊椎の配列や,不安定性を見るのに適している.X線CTは骨や骨化巣の描出に適している.MRIは軟部組織の描出に適している.X線CTとMRIは相補的であるため,両者をうまく組み合わせることで正確な診断につながることが多い.
著者
太田 龍朗
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.118-126, 1999-03-15 (Released:2008-12-11)
参考文献数
10
被引用文献数
1 1
著者
池内 昌彦
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.381-385, 2013 (Released:2013-07-13)
参考文献数
11
被引用文献数
3 3

人工関節手術の術後急性期疼痛は強く,機能回復の阻害因子であるだけでなく,患者の満足度とも密接に関係する.術後鎮痛として,オピオイドを使用したIV-PCAや持続硬膜外麻酔,末梢神経ブロック,さらに最近注目されている関節周囲カクテル注射などが主に行われている.それぞれの鎮痛法の特徴を把握し,副作用を低減しながら最大の鎮痛効果が得られるように,いくつかの鎮痛法を組み合わせた多角的鎮痛法を採用することが望ましい.関節周囲カクテル注射は手技的な容易性と確実性で優れており,多角的鎮痛法のなかでも中心的な役割を担うと考えられる.