著者
磯田 沙織
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
ラテンアメリカ・レポート (ISSN:09103317)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.41-54, 2023 (Released:2023-07-31)
参考文献数
19

1980年の民政移管後のペルーでは、政党内部や政党間の合意形成が困難な状態であり、とくに2000年以降は、有力候補がその場しのぎの選挙運動を組織したり、あるいはいくつかの政党が選挙戦を有利に戦うため場当たり的に有力候補を招待し、選挙後の党内では、招待した政治家と古参の党員とのあいだであつれきが生まれるといった傾向にあった。このため、政党間はおろか政党内部の合意形成も難しいという状態のまま、定期的に選挙が実施されてきた。そのあいだに蓄積された課題は2018年以降の大統領弾劾発議の頻発へとつながり、2022年12月の大統領弾劾裁判中に、大統領が憲法の規定を無視して国会解散を宣言し、国会が大統領の職務停止を可決した。その後の政権は、この職務停止を「国会によるクーデター」であったと批判する反政府デモに直面し、前倒し選挙の実施を模索するも、前倒し選挙に消極的な政治家とのあいだで合意形成ができないままである。本稿では、過去のペルーでの大統領弾劾を類型化しつつ、2022年12月の弾劾裁判中の出来事や、現在の政権に対するペルー国民の不満について、世論調査結果から明らかにする。
著者
石塚 二葉
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.25-48, 2021-12-15 (Released:2022-01-07)
参考文献数
30

大衆組織は,ベトナムの独立達成の過程において重要な役割を果たし,以後,情勢の変化に応じてさまざまに異なる任務を与えられてきた。しかしながら,いずれの時期においても,大衆組織が社会主義政治システムの基本的な構成要素であり,そのさまざまな活動を通じて共産党一党独裁体制を支えていることに変わりはない。革命や戦争,生産活動などのための大衆動員の必要性が低下したドイモイ期においては,大衆組織は,その構成員の利益を代表したり,構成員の間の相互扶助を促進するなど,一定の民主的ないし開発上の役割を果たすようになっている。このように構成員にとって有用な活動を行うことにより大衆組織は彼らの忠誠心を確保し,党の路線の伝達や当局への情報提供などの伝統的な役割を効果的に果たすことで,政治体制の安定性向上に貢献することが期待されているのである。本稿は,ベトナムで最多の構成員を擁し,最も活動的な大衆組織であるといわれる女性連合に焦点を当てる。その草の根レベルの組織・活動の実態調査を手掛かりとして,女性連合が日常的に多様な任務を遂行していることを示し,ベトナムの社会主義政治体制の安定性に貢献するその能力や直面する課題についての若干の評価を行う。
著者
石灘 早紀
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.33-60, 2022-12-15 (Released:2022-12-26)
参考文献数
43

インフォーマル経済は多くの国ぐにで,当局から黙認あるいは容認されながら行われてきた。一方,それとは異なるあり方も存在している。本稿では,当局がインフォーマル経済に対して人道的観点から規制を行うことが,従事者にどのような影響を与えるかについて,スペイン領セウタとモロッコの国境地帯で行われていた「密輸」の事例をもとに考察する。「密輸」は,関税を支払わずにセウタからモロッコに商品を持ち込むものであるが,当局が事実上管理し,従事者の労働環境の改善を目指した規制を行ってきた。このような規制が従事者に及ぼす影響を,越境者やジェンダーの視点も取り入れながら論じる。本稿は,人道的観点からなされた規制が従事者の収入を減らし,従事者をより周辺的な経済活動に追いやるという再周辺化を引き起こしたことを明らかにした。そのような再周辺化の深刻度は,越境者や女性といった脆弱な属性をもつことにより増していた。
著者
Housam Darwisheh
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.65-79, 2020 (Released:2020-03-27)
参考文献数
45

現代史の殆どの期間、共和国体制のエジプトと南に隣接するスーダンは緊張関係にあった。それはエジプトとスーダンの支配者の政治志向の違いや、中東・北アフリカ(MENA)地域内での対立するブロックとの連携に起因していた。物質的・観念的および外交的な資源と影響力により、そして自らの政治的目標の追求のために、エジプトはスーダンや他のナイル川流域国家の行動を抑制し左右することができていた。それはとりわけエジプトの国家的存在と繁栄が依存するナイル川の水資源の利用に関わる問題について顕著にみられた。しかしながら中東およびアフリカの角における地域的・国内的な変動、とりわけ2011年以降の同地域の地政的な変化により、エジプトのスーダンに対する影響力は顕著に後退し、水資源を巡る新たな政治力学はスーダンをナイル河畔における地政的アクターとして登場させるに至っている。スーダンはかつてナイル川の水問題ではエジプトの忠実なパートナーであったが、現在では上流の国家との連携関係やナイル川の水資源の自国での利用についてより柔軟な立場を主張するようになっている。本論は以上のような文脈でエジプト・スーダン関係を歴史的に回顧し、また2011年以降の中東およびアフリカの角地域の地政的な変動を概観しようとするものである。エジプトのスーダンおよび他のナイル川流域国家に対する影響力の低下の要因は、(1)エジプト国内の不安定化および中東地域全体への影響力の低下、(2)同国の体制維持と国内安定化のために地域の主要国にさらに依存するようになっている事、そして(3)同国のナイル川流域における覇権の喪失に拠ることを議論する。
著者
清水 学
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.138-156, 2015 (Released:2019-12-07)

Pakistan is geographically situated between China and the Gulf. In order to balance its strategic position against the major security threat of India, Pakistan formed a special and stable strategic alliance with China against common threats since the period of the cold war even though the two countries have neither a political ideology nor political system in common. On the other hand Pakistan established another special relation with Saudi Arabia on the basis of Islamic identity. With its expanding economic capacity, China proposed a project by the name of “new silk road economic corridor” with the intention of expanding and multiplying trade routes with the Middle East and Europe.Within this framework Pakistan is expected to expand the role of an alternative land route that connects the Gulf and China for use if unfavorable emergencies occur in the Malacca route. However, the continuous political uncertainty in Afghanistan after the pullout of US-NATO fighting forces at the end of 2014 and sporadic outbreaks of terrorist acts by Pakistan Taliban in Pakistan have increased China’s anxiety regarding Uyghur issues at home. Avoiding military options for the moment, China is trying to find ways to play an active role in the security issues of Afghanistan with help from Pakistan if available.On the other hand, it is noteworthy that the Pakistani government formed in the general election of 2008 completed its full term and transferred authority to the newly elected government in 2013, something never observed before in Pakistan’s history. Coincidently, in Afghanistan the presidential election was carried out peacefully in 2014 in spite of the Taliban threat. Although it is too early to make any definite conclusion, constitutional processes, in spite of their defects, reflected to some extent wishes for normal life of the people of Pakistan and Afghanistan who were disgusted with weak governance and the prevalence of terrorism.
著者
菊池 啓一
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
ラテンアメリカ・レポート (ISSN:09103317)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.14-30, 2020 (Released:2020-07-31)
参考文献数
15

本稿は、アルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス政権の閣僚構成と政策課題への対応の特徴を検討したものである。マクリ政権下での経済状況に対する市民のネガティブな評価とクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル前大統領の選挙戦略の妙によって誕生した同政権は、いわば正義党「連立政権」である。2020年4月時点では新型コロナウイルス対策に対する評価から高い支持率を得ていたが、債務再編交渉と経済再生については政権内での経済政策をめぐる調整不足が目立っている。有権者はフェルナンデス政権に対する評価を大統領個人に結びつける傾向があるが、今後政権の支持率が低下した場合にキルチネル派を重用するのは得策ではないと考えられる。
著者
大平 和希子
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アフリカレポート (ISSN:09115552)
巻号頁・発行日
vol.58, pp.1-13, 2020-02-17 (Released:2020-02-17)
参考文献数
22

ウガンダでは1995年憲法を皮切りに、慣習地の登記促進を通して、慣習地で暮らす人々の権利安定化を図ってきた。しかし、慣習地の登記が一向に進まない状況を受け、2013年に発表された国家土地政策は、慣習地の登記を担うはずの地方自治体の能力不足を指摘した上で、伝統的権威の慣習地ガバナンスへの関与を示唆した。これを踏まえて、本稿の目的は、伝統的権威が、慣習的権利の安定化を図る上で、地方自治体に代わる、あるいは、地方自治体と協働する一主体となりうるかという問いに答えることである。ウガンダ西部ブニョロ地域を事例に、地域住民と伝統的権威の関係性、地方自治体と伝統的権威の関係性の2点に着目し考察する。
著者
宮川 慎司
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.28-60, 2020-09-15 (Released:2020-10-14)
参考文献数
50

途上国の貧困層は,生活の上で当局に認められないインフォーマルな活動を行うことが少なくない。本稿は,互いの苦境を理解するマニラ首都圏の貧困層自身が,なぜ2010年代半ばになって反インフォーマリティの規範をもつようになったかについて,スラム地域の「盗電」に関する調査から考察する。盗電を行う住民と行わない住民双方の論理から,盗電を許容しない規範が生じる理由を明らかにする。もとよりスラム住民は火災発生の恐れがある盗電に対して批判的な規範をもつ一方で,電力正規契約を得る障壁の高さから盗電を正当化していた。しかし近年の2つの法執行強化により,盗電は許容されなくなりつつある。第1に,技術的な取締りの導入により,盗電を取締られた住民が金銭的負担の不公平から盗電に対して批判を強めた。第2に,ドゥテルテ政権下における公的機関の行政手続き改善を背景に,正規契約を得る障壁低下の可能性が示され,盗電の正当化が難しくなった。