著者
筒井 淳也
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.572-588, 2013

本稿では, ポスト工業化社会における排他的親密性の現状と行く末について, おもに経験的研究の成果に依拠しつつ論じている. 戦後の工業化と経済発展に伴う男性稼ぎ手夫婦の段階を経て, 現在女性の再労働力化が進んでいる. おもな先進社会のなかでも各国ごとにバラつきがあるとはいえ, 女性の所得水準が全体的に上昇していくなかで見られるのは, カップル関係の衰退ではなく維持である. しかしその内実には, 同棲の広がりに代表される深刻な変化が生じている. この変化について, 関係性は外部の社会的要因から自由になっていくのか, 持続的関係は衰退するのか, 排他性は弱まっていくのかという3点について, おもに同棲についての欧米社会における実証研究を手がかりとしつつ検討を行った. さらに, 男女の経済状態が均等化するなかで, 人々が自発的に関係構築をするための生活条件が整備されていくと, 関係性やそれから得られる満足は自発的選択の結果として理解されていくのか, という問いを立て, 必ずしも自己責任論が徹底されるとは限らないこと, しかし親密な関係性を首尾よく構築できないことに対して公的な補償が充てられることは考えにくいことを論じた. 他方で日本社会はこういった生活条件が整備されつつある段階であり, 関係性の実践が男女で非対称的な経済的条件にいまだに強く拘束されている段階である, といえる.
著者
昔農 英明
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.47-61, 2014

本稿は, 治安という意味と生活保障という意味を包含した二重のセキュリティという観点から移民の統合政策の政策方針を論じたものである. 近年のドイツでは, 国家の構成員資格の基準が従来のエスニック同質的な価値規範ではなく, 民主主義, 法治国家の原則, 両性の平等, 政教分離といった理念的な原則を順守することに加えて, 自己統治の実践という社会経済的な原則を守ることになっている. こうした原則は国籍を超越した全人口を対象とするものである. 他方で液状化する近代, あるいは高度近代における経済的・存在論的な不安の高まりの中で, 公的な統治は移民とセキュリティ概念を結びつけ, 防衛的, 警察的な対策を推し進めて移民を排除する方針を掲げている. すなわち福祉国家の再編・統合能力の減退という問題のもと, 公的な統治はその正統性を確保するために, 福祉国家に負荷をかける, 自己統治能力のない移民が過激思想に染まるのを未然に防ぐために, ゼロ・トレランスの観点からこうした移民を排除する. その対策において決定的に重要な役割を果たすのが, 本稿で検討するように治安機関や警察などのセキュリティ対策の専門機関の有する知識・情報・実践である. こうした専門機関の役割により, 移民は道徳的モラルの観点から非難されるだけではなく, 治安管理の対象として取り締まられる. そのため移民統合政策は移民の統合を促進するよりも, その排除を推進する危うさを有している.
著者
髙谷 幸
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.554-570, 2012

本稿の目的は, 在日フィリピン人女性のDV被害者支援を行ってきたNGOを, 家族とは異なるオルタナティブな親密圏として位置づけ, 家族との関係からその実践を分析することである.<br>近年, 近代家族とは異なるかたちの, 生の基盤となる関係性, 「具体的な他者の配慮/関心にもとづく」親密圏をめぐる議論が活発になされている. それらは, 近代家族にたいする批判を踏まえつつも, そこで育まれる関係性や役割を積極的に再考するものといえる. しかし一方で, これらの議論では, 家族とそれ以外の親密圏がいかなる関係にあるかは論じられてこなかった.<br>これに対し, 本稿が取り上げたNGOでは, 暴力的な「家族からの自由」を, フィリピン人女性と子どもたちに保障すると同時に, 母子世帯というケア関係を核とした「家族への自由」を保障する活動を行っていた. またワークショップによる経験の共有を通じて, 家族の期待と責任を相対化し, そこでの葛藤を「ニーズ」として解釈する活動を行っていた.<br>つまりこの<親密圏>は, 家族にとって代わるというよりも, 家族が負担してきたケア責任を分有し, また家族規範を相対化し, 他の信頼しうる<親密圏>をつくり出す実践として捉えることができる. その戦略は, それ自体が<親密圏>として, 女性や子どもたちに複数の親密圏への帰属を可能にし, それによって家族への自由が保障されることを目指すものである.
著者
首藤 明和 西原 和久
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.336-343, 2014

世界社会学会議の折に, チャイナ・デイが中国社会学会, 中国社会科学院, 日本社会学会, 日中社会学会の共催で2014年7月15日に開催された. 論題は中国の改革と社会転換. サブテーマは中国の改革とソーシャル・ガバナンス, 社会転換と構造変動・社会移動であった. 東アジア社会学に関する基調講演 (矢澤修次郎) の後, 12名の中国社会学者が中国におけるガバナンス, 不平等, 人口, 都市化, 女性, 世代間格差, 移動などを論じた. この集会で討論者 (首藤明和) が総括したように, 広く論じられている「公的」論点は社会学的に分析され, 聴衆は何が中国社会学の重要論題で, 何が課題かはよく理解できた. だが, 多様性, 民族, 宗教などの論争的論題は十分には論じられなかった. これらも, 中国の社会 (学) にとって重要であろう.<br>とはいえ, 集会自体は成功したと評価できる. なぜなら, 国際学会に際して日中の社会学者が協働し, 研究の共同空間を創造できたからだ. グローバルレベルと東アジアというローカル・リージョナルレベルとの結合は, 国家を超えた交流, 協力に寄与する. もし日本の多数の社会学者が報告し, 議論したならば, さらに対話は進んだだろう. 一国内の知の枠組み――それはしばしば他者の疎外や排除に転化する――を超えることが社会学に要請されている. もちろん, この要請は現実には容易に達成できない. それゆえ, この現実自体も社会学で問われるべき課題だろう.
著者
陳 立行
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.344-350, 2014

本稿は, 初めて日本で開催した第18回世界社会学会議は, 多様な価値に溢れている21世紀の世界に向かって, 東アジア社会学の構築にとって先頭に立つととらえ, それがもつグローバル社会学への挑戦における課題と意義について考えている.<br>筆者は, 戦後, 歴史, 文化, 宗教, 政治体制が欧米社会と大きく異なる東アジアの国々の近代化への過程に, とくに1990年代から, 情報機器の社会生活への普及によりモダニティの過程を経ず, いきなりポストモダン社会に突入する社会変容に対して, 欧米社会学では限界が現れていると指摘した. これは, これまで現代のジレンマに陥っている東アジア社会学の理論的創新の機運となると論じ, 第18回世界社会学会議の意義を考えた.
著者
川北 稔
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.426-442, 2014

ひきこもり支援活動は, 社会参加から撤退した多様な若者に対し, 新たな参加を支援する活動や拠点を提供してきた. だが従来の研究は居場所内部でのアイデンティティの共有や体験の蓄積に焦点化する一方で, 支援が一定の場所や空間において行われること自体の意義は十分に議論されていない. 若者による活動空間の喪失から新たな空間獲得への中継地として, 支援空間はどのように展開され, 体験されているのか.<br>支援団体におけるフィールドワークから, 支援者による空間の展開の経緯を追うとともに支援に参加する若者の語りを検討することで, 以下の点が明らかになった. 支援団体は, 多様な支援拠点を家族支援, 居場所提供, 就労支援等の目的で準備してきた. それらの支援空間は若者の段階的移行を支えるため, 空間の間の分離や統合などの配慮を伴いながら配置されている. 空間内部の体験活動や人間関係の多様性は, 必ずしも支援の意図と対応しない選択的な関与を可能とし, 若者の側の価値観の変容や役割獲得のチャンスに結びついている. また複数の支援拠点の存在は, 長期化する支援においてトラブルを経た再度の参加をも保証する. こうした複数の空間での体験を対比することで, 若者は自己理解や, 将来展望のための基準を獲得することが可能となる. 支援空間の多様性・対比性を通じた社会参加の過程は, 既存の生活の文脈を喪失した生活困窮者の社会的包摂に応用可能な視点といえよう.
著者
寺地 幹人
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.351-359, 2014

本稿は, 2014年7月に横浜で開催された第18回世界社会学会議のサイドイベントであるEast Asian Junior Sociologists Forum (EAJSF) の企画・運営の様子を報告し, この事例をもとに, 若手研究者が国際的な学術イベントの企画・運営を担う際のポイントを論じている.<br>EAJSFにおいては, 企画・運営委員が少人数で, かつ専門分野などの点で同質性や関係の近さがあったことの利点が, 結果的に大きかった. しかし, 仮にある程度のメンバー内の同質性や近さを前提にしなければ今回のような企画・運営が難しいとすれば, 次の2つが課題として考えられる. 第1に, どのような同質性や近さが相対的に, 国際的な学術イベントの企画・運営に馴染みがよいのか, 特徴を探ること. 第2に, 活動をより詳細な業務レベルで検証し, 相対的に同質性を前提とせずとも可能な活動を整理することで, 企画・運営の関わり方のバリエーションを提示し, 関心のある人が適切な関わり方で分業できるようにすること.<br>この2つに対応することを通じて, 国際的な学術イベントの企画・運営のノウハウをさらに学会が蓄積し, 関心のある若手研究者が関わる機会を開くことが, 世界社会学会議日本開催後の課題の一つと考えられる.
著者
橋口 昌治
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.164-178, 2014

企業社会が揺らぐなか, 若年層はさまざまな困難を抱えつつも, それを社会的・構造的な問題として捉え, 集合的に異議申し立てを行うことが難しくなっている. なぜなら, 個人化が進んだ社会において人々が「集まる」ことすら難しいからである. また先行研究では, 共同性が政治的目的性を「あきらめ」させるという主張がある. その一方で, 「若者の労働運動」に参加している若者もいる. 本稿では, 「若者の労働運動」における抵抗のあり様を明らかにした. その際, エージェンシー性の高いと思われる組合員にインタビューを行った. エージェンシー性の高い人物ほど, 現在の地位が構造的要因に規定されたものなのか, 個人の選択や努力の結果なのかが判別しがたいという, 揺らぐ労働社会における矛盾が現れやすいと考えられるからである.<br>その結果, まず, ユニオンが労働相談にのることで, インタビュー対象者が個人的な問題として捉えていたものを社会的・集団的に解決すべき問題へと転換させていたことがわかった. 次に, 「あきらめ」, つまり上昇アスピレーションの冷却や「私」を受け入れていくことを通じて, 「政治的目的性」は加熱されていたことがわかった. 先行研究においては, 政治的目的性や自分探し, 上昇アスピレーションが加熱か冷却かの二項対立で捉えられていたが, 2人の事例からは, 「あきらめ」の相互関係は二項対立では捉えきれず, また抵抗につながりうることが明らかになった.
著者
山田 信行
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.179-193, 2014

主として1990年代後半以降, とりわけ先進社会においては, グローバル化のもとで労働運動の再活性化が指摘されるようになり, その1つのタイプとして社会運動ユニオニズムが注目を集めている. 本稿においては, 社会運動ユニオニズムの特徴を確認したうえで, 「コーポレート・キャンペーン」にみられるように, このタイプの労働運動が私的な労使関係に「公共性」をもたせることをその戦術として採用していることに注目する. この労働運動が志向する社会制度の形成・改変にあたって, あらゆる社会勢力に利害関心をインプットする回路を開いている資本主義国家の構造的特質を利用して, 「フォーラム型」労働運動のかたちをとって, 広範かつ継続的な組織連携を戦略として採用していることを強調したい. そのうえで, 資本主義社会における国家との関連において, 「公共圏」概念を再検討し, 社会運動ユニオニズムが, 労働運動としてふたたび「公共圏」 (「労働者的公共圏」) を形成する性格を回復していることを明らかにする.
著者
小井土 彰宏
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.194-209, 2014

合衆国に現在約1,150万人滞在するといわれる非正規移民の社会運動は, 2006年以来急激に台頭し, その後も持続的な潮流となってきた. 一斉検挙や強制送還に反対し, 正規化を求める運動は, 一見すると国民国家の枠内での権利獲得の運動とも思える. だが, この運動は移民と安全保障に関するアメリカ国家の枠組みの根本的再編成というかたちをとって, 新たなグローバリズムが社会に浸透したことへの対抗運動という性格をもっている. 他方, この運動は, 市場原理志向の再編成の結果生み出される経済・社会的な排除の論理に対抗して, さまざまな水準のローカルな規制やトランスナショナルな交渉によるグローバル化の諸影響への抵抗の戦略という性格も合わせもってきた. 本稿では, 移民管理レジームとその作動様式をまず概観し, この新たな統治性の様式の出現の衝撃がどのような運動の行動論理と戦略を生み出すかを分析していく. その一方, グローバルな市場原理の地域社会への浸透に対抗する移民の運動の組織や戦略の特質について, 類型的に整理・分析することで検討していく. 最後に, 2009~10年の現地調査に基づくロサンゼルス郡での2つの対照的な一斉検挙を分析することで, このグローバルな移民統治様式と市場の論理が相互作用しながら移民コミュニティにどのような影響を与えるかを例証していく.
著者
稲葉 奈々子
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.210-223, 2014

新自由主義的な政策に基づく住宅など社会保障の市場化に抗して活動を開始した「DAL (住宅への権利運動)」を中心に, フランスの反グローバリズム運動を分析することが本稿の課題である. 社会保障の市場化は, 社会運動の古いテーマであった再分配の問題をふたたび表舞台に引き出した. 社会保障の市場化によって社会的排除を経験したのは, まず貧困層の移民家族であった. DALの担い手はフランスの旧植民地出身の移民一世が9割以上を占める. DALの運動は, グローバルな規模の構造的不平等を指摘し, 植民地出身者の毀損されたアイデンティティの承認と, 公正な分配を求める運動を連動させて展開する可能性があった. しかし実際には, 新自由主義的な政策が社会の領域をも市場原理で席巻していくことへの異議申し立てとして展開した. 市場経済至上主義に対して「万人にアクセス可能な公共性」を掲げたため, 運動はミドルクラスの支持を得て, 住宅への権利を保障する複数の重要な法律の制定が実現した. そこに植民地主義的な権力関係を問題にするアイデンティティの政治が入る余地はなく, また担い手の移民たちも生活の改善のために勤勉に働く1世で, 「普通の生活」の実現が運動参加の動機であった. 結果として反グローバリズム運動を新自由主義に適合的な行為者が担うという矛盾がみられ, また, 構造的な不平等の是正は実現しなかった.
著者
安藤 丈将
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.239-254, 2014

本稿では, ラ・ビア・カンペシーナ (LVC) を中心とする小農民の運動について考察する. LVCは, 現在のグローバル政治の中で影響力をもつ行為者であるが, いかなるフレームが農民をエンパワーさせ, さまざまな人びとを連帯させているのだろうか.<br>LVCのフレームの特徴は, 第1に, 貧しく, 弱く, 時代遅れと見なされていた小農が, 貧困と排除なき未来を切り開く存在として読み替えられていることにある. このフレームは, 「北」と「南」を横断するかたちでアグリビジネスの支配にあらがう政治的主体を定めることを可能にした.<br>第2に, 小農の争いの中心が文化に置かれていることにある. 「食料主権」というスローガンのもと, 小農が自己の経済的利益だけでなく, 食べ物に関する自己統治を問題にする存在という位置づけを与えられているため, 労働者や消費者も含めた広い支持の獲得が可能になっている.<br>第3に, 小農が知識を分かち合うということである. これは企業による知識の独占とは対極に位置づけられ, 小農は小規模であるがゆえに共存共栄できるという信念を作り出し, 相互の連帯を促進している.<br>最後は, 小農は路上だけでなく, 農場でも抵抗することにある. 少ない資源を有効に利用し, 市場との関わりを限定的にしながら, 自らの労動力を使って生産する. LVCの運動の主体は, この方法を実践している組織された農村の専業農家だけでなく都市の半農を含み, 多様な生産者の層にまで広がっている.
著者
加藤 博 岩崎 えり奈
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.255-269, 2014

エジプトでは, 2011年の「1月25日革命」 (エジプト革命) 以来, 政局は混迷を深め, 逆転に次ぐ逆転, 逆説的展開が繰り返されている. その中で浮き上がってきたのは, 政治の正当性をめぐる街頭での抗議行動 (街頭政治) と選挙での投票行動 (選挙政治) との対立である. 本稿は, この対立に注目し, それぞれの政治行動の担い手を分析することによって, エジプト革命の行方に見通しをつけるために執筆された.<br>依拠するデータは, 2008年から12年までの革命前後において著者たちが独自に実施した4回の意識調査, とりわけ12年における第4回目の意識調査のデータである. このデータを使って, 街頭政治と選挙政治の担い手を分析した結果, 革命後の「民主化」過程で実施された一連の選挙の中で都市住民を中心に「新たな選挙参加者」が形成されたこと, そして, 彼らの投票行動における流動的な性格がイスラム政党の躍進と革命の変質をもたらしたことが明らかとなった.<br>また, この「新たな選挙参加者」の流動的な性格は, 一時的貧困を特徴とするエジプトにおける貧困の構造的な脆弱性に根差していた. つまり, エジプトでは慢性的な貧困層と一時的な貧困層が併存するが, 前者は農村部, とりわけ上エジプト地方に滞留し, 後者は都市部にみられる. そこから, 同じく経済のグローバル化に直面しながらも, 地方住民が投票行動においてブレなかったのに対して, 都市住民はその時々の情勢でブレやすい政治行動パターンを取ることになった.
著者
川島 理恵
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.663-678, 2013
被引用文献数
1

救急医療における意思決定過程は, 代理としての家族が意思決定に参加し, 刻々と変わる状況下でなにかを決めなければならない. そこで医師と家族がよりどころとするのは, 会話という手段にほかならない. 本稿では, 患者家族が救急初期診療中に医師から説明を受ける場面を, 会話分析によって分析し, その相互行為上の仕組み, いわばインフォームド・コンセントが裏づけられていくプロセスを明らかにする. それにより医師-患者関係におけるインフォームド・コンセントの的確な運用に関する議論に寄与することを目指す.<br>分析の結果, おもに3つの相互行為的な仕組みが主軸となり意思決定過程が組み立てられていた. (1)まず医師の状況説明が物語りとして組み立てられることで, 徐々に悪いニュースが明らかとなり, 家族が患者の死を予測できる構造になっていた. (2)また医師は, 視覚や触覚で得られる情報を参照することで不確実な状態を, 刻々と確実なものに変化させていた. (3)さらに状況説明とは逆接的な提案が繰り返された後, 最終的な局面では, 医師の提案が, 家族の反応にきわめて敏感に組み立てられていた. このように家族が受け入れやすいかたちで説明・提案を行うことは, 医師の示す治療方針, ひいては医師の権力自体を正当化する手だてとなっていた.
著者
山下 祐介
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.221-235, 1994-09-30 (Released:2009-10-13)
参考文献数
33

本論文の主題は, 世紀の変わり目を生きたアメリカの哲学者G.H.ミードの遺した社会改革論を再構成することにある。ミードは, 人間社会を, 制度による社会的コントロールによって成り立っている社会とし, このコントロールが可能であるのは, 人間社会では諸個人が十分に社会化されているからだとする。それ故, 「制度を進化させていくこと」という意味での社会改革の成功は, 人々がそれに必要なくらい十分に社会化されるか否かにかかっているということになる。彼の社会改革論は, このような社会化を可能にするような社会理論の構築への要求, そしてその理論が現実となるまでの間に果たす制度の抑止的役割に向けられている。
著者
西山 美瑳子
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.18, no.4, pp.33-49,119, 1968-03-01 (Released:2009-11-11)

Many group techniques are used in attitude change, conversion, and thought reform. In attitude change, group discussion, organizational change, sensibility training group, role playing, psychodrama, sociodrama, and group psychotherapy used. As for conversion, we will take up as example the case of Sokagakkai, a sect of Buddism in Japan. The ardent believers combine in small groups on the first front line in the conversing campaign of the religious organization. In thought reform or “Culture Revolution” of the Red China, various forms of group techniques are found : such as learning movement, thought reform, rectification movement, etc. We can point out that these methods have affinities and differentials with each other. As for affinities on each side, small group method is used to bring up an attitude and behavior change. The mechanism of attitude change in group, which works on these fields, tends to enlarge ego-involvement of group members. Consequently, group members become to comformity to the norm, of the membership group, or the change of the norm of membership group accompany with the attitude and behavior change of group members. As for differentials, we will try to compare between the group techniques of the behavior sciences and those used in the Red China. The differentials may be summarised as follows : (1) The former aims at a partial change of an attitude or behavior, or one's modus operandi so to speak, whereas the latter is marked with the reform of ideology, or modus vivendi of one's whole existence. (2) Although both of them have orientation to the support of their social system, the former's direct interest is almost purely limited to the practice of democracy on group dimension, while the latter's ideal is the realization of democracy in the group for the revolution of the nation wide social dimension. (3) Accordingly, the former aims at “the making spontaneity and creativity” in the culture as a common donominator. In the latter, the cause of mistakes, (wrong deeds), done in the past should be abolished and people should be awakend by class consciousness, the people's real “independence making up.”(4) In the latter, the people takes a part of the propelling power and the source of energy of the revolution comes from the people of pre-lower socio-economic status, e.g., the poorer and lower middle class peasants, and proletarian workers. They expect the security of mind and the rise of their social status by the reform of the social consciousness and group organization. But in the former, the security of mind is only hoped for, and not immediately aimed at. (5) From the standpoint of the typology of groups, the groups in the former are generally temporary or functional ones. In the latter, the groups are the basic and primary units of the whole society, and are characterized by the production and daily life.
著者
戸江 哲理
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.536-553, 2012
被引用文献数
1

本稿は, ある会話的な手続きの解明を目指している. またこの作業を通じて, 親という立場がコミュニケーションにおいて実現されるプロセスを例証したい. この会話的な手続きは, 子ども (乳幼児) をめぐって親と親ではない者の発言によって遂行される, 行為の連鎖である. この行為の連鎖は, 呼応する2つの行為 (と付随的な行為) から構成されている. 連鎖第1成分を親ではない者が, 連鎖第2成分を親が遂行する. 連鎖第1成分の発言は親に対して, 子どもが現在この場で取った行動を子どもの普段の様子に位置づけるように促す. 本稿はこれを<説明促し>と呼ぶ. 説明促しは, その話者が当該子どもについてよく知らないことを発言のなかに刻印することで認識可能となる. そしてこの知識の欠如は, 説明促しが当該子どもの行動が生じた後の位置で, 描写というかたちを取って組み立てられることで刻印される. これに対して連鎖第2成分の発言を差し出す親は, 自分のほうが子どもについて詳しいという含意をもつ応答をする. この応答には, 詳しいという証拠があるタイプとないタイプがある. 子どもの普段の様子が語られる応答は前者である. また応答が後者である場合, 連鎖第1成分の話者は, 前者のような応答を求めてもっと直接的な手段で子どもの普段の様子についての情報を要求することができる. このような説明促し連鎖を通じて, 親は子どもにかんする<応答可能性=責任>を果たしているといえる.