著者
森岡 清志
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.19-35,113, 1979-06-30 (Released:2009-11-11)
参考文献数
6
被引用文献数
2

本稿はネットワークを、自己が他者ととり結ぶ関係性の総体ととらえ、この関係性理解によって諸個人の行動を把握する理論仮説の提示をめざしている。社会的ネットワークに関する諸業績の検討の後に、個人ネットワークにおける関係的資源活性化の効率上昇をめざして、ネットワークの構造化過程が進行する諸側面を分析する。この過程を関係核の設定と関係連合の形成として具体化し、その主体を「社会の事業家」と位置づける。ここに典型化されるネットワークに対比して、関係の固有性に依拠する諸個人のネットワークをコミットメントの連鎖ととらえ、その主体を対自的存在と定位する。この両ネットワークを両極として、さまざまな変異の様相を帯びる現実的実践的諸関係性を、実証科学の武器によって切開しうる方法の構築を志向して、次にネットワーク分析の規準群を設定する。本稿は、関係しあう諸個人がこの関係性のただ中で相互に固有の人間として所有されあうという認識、および、この関係創造のあり方に刻印づけられる歴史性こそ、当該社会の存立の形態そのものであるという理解を論理の基底に位置づけている。

3 0 0 0 OA 声の規範

著者
澁谷 智子
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.435-451, 2005-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
38
被引用文献数
3

本論文では, 耳の聞こえないろう者が出す発音の不明瞭な「ろうの声」が, 聞こえる人に「逸脱」として認識され, スティグマ化される現象を取り上げる.「ろうの声」は動物や怪獣といった「原始性」と結び付けられる一方で, 表象空間においては美化され, 感動の演出に使われてきた.しかし, こうした扱いと, かつて手話に向けられていたまなざしには, 類似点が認められる.今日, 手話が社会で肯定的に受け入れられている事実からは, スティグマ化の過程が社会の解釈によって大きく左右されることが示唆される.論文の後半では, ろうの親をもつ聞こえる人々の語りに焦点をあてる.この人々は, 親の印象操作を行う一方で, 親の声に対する自らの愛着も強調している.「ろうの声」に対する否定的な見方は必ずしも普遍的なものではなく, 聴者社会の規範を学ぶことで獲得されるのである.しかし, 「ろうの声」に対する聴者側の違和感は, 異なる文化や言語に対する違和感と違って, あまり表立って語られることがない「障害者を差別してはいけない」という道徳意識のためか, その違いはまるで存在しないかのように扱われやすい.しかし, 潜在的に生じる緊張感は, 聴者がろう者に深く関わるのを避ける要因の1つにもなっている.この違いを認識し, 聴者社会があたりまえに捉えている思考を見直すことは, 「文化」と「障害」の構造を考えるうえで有意義な視点を与えてくれるであろう.
著者
桜井 厚
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.452-470, 2003-03-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
40
被引用文献数
1

社会調査は, 現代社会で認知され定着してきた一方で, さまざまな問題や困難な状況に直面している.それらの問題を大きくわければ, ひとつは社会調査の方法論に関する社会学の問題, もうひとつは調査の対象とされる社会の側から要請される問題があげられる.本稿では, 方法論の混乱と対立がおもに伝統的な実証主義的立場とあたらしく台頭した構築主義的立場の認識枠組みの違いにあり, 社会における困難とは調査者と被調査者の関係を軸にしたポリティクスと倫理の問題であると考え, それらの実情と論点について述べた.実証主義と構築主義の認識枠組みは, 何を現実と考えどのように把握するかで大きく異なる.社会的現実は唯一の事実なのか, それともフィクションなのか.調査過程は, 被調査者から情報を引き出すことなのか, それとも被調査者と相互的に現実を構築することなのか.さらに, 調査者と被調査者の関係が構造と相互性の2つのレベルの非対称性によって構成されていることに注意を促し, それをふまえながらもその変革のさまざまな可能性についてもふれている.また, それにともなう調査倫理の制度化の必要性と制度化にあたっての困難にも言及した.
著者
好井 裕明
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.314-330, 2004-12-31 (Released:2010-04-23)
参考文献数
23

差別を語るということ.これは差別することでもないし, 差別について語ることでもない.本稿では差別することの特徴としてカテゴリー化の暴力と被差別対象の “空洞化” を述べ, 差別について語る社会学の基本として〈受苦者〉の生に限りなく接近することの意義や問題性を論じる.そのうえで差別を語るということを, 自らの差別的経験を自分の言葉で語ることとして捉え, ある啓発講座での実際の語りからその営みを例証する.普段私たちは自らの差別的経験を語ることはない.その意味でこの営みは非日常的である.しかしこれは, 語る本人やその声に耳を傾ける他者が, 差別について抽象的一般的に考えるのでなく, 常に自らが生きる日常生活から遊離することなく等身大の世界で具体的に考えることができる営みなのである.そしてこの非日常的な営みを新たなトピックとすることで差別の社会学の可能性が広がってくる.〈受苦者〉の生, 〈被差別当事者〉の生を原点とすることは差別の社会学の基本である.そのことを認めたうえで〈かつて差別したわたし/差別する可能性があるわたし〉の生を原点とし, 〈わたし〉の普段の営みを見抜き, 自らの生へ限りなく接近することから差別を捉えなおすという営みが, さらに差別の社会学を豊穣なるものにすることを主張したい.
著者
鎌田 とし子
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.18-37,125, 1970-01-30 (Released:2009-11-11)

This paper denotes that the concepts of the social stratum greatly diferenciated in the course of researches of poverty by several authors. In our country, the studies of poverty started from the analysis of the house expenditures to the living structures and then to the principles of the social stratum. These authors were eminently influenced by Ernst Engel, Charles Booth and Seebohm Rowntree. For example, prof. Kagoyama and prof. Chubachi are the followers of living structure theory, and prof. Eguchi explains the developmental treatment about the social stratum. By arranging these studies, it may be clarified that these authors above-mentioned greatly emphasized upon the differences about social stratum rather than the relations between social strata. In this connection, it may be seen that these authors greatly resemble those of American socialist's school i. e., the analytical treatment with the compound indices. Hitherto on the poverty studies, it can be said, the approaches of the stratum relations merely explain the existence structures of the relative surplus-population.
著者
盛山 和夫
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.143-163, 1999-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
61
被引用文献数
2 1

今日の階級・階層研究で「階級の死」が最大の理論的争点になっている。これは冷戦の終結を契機にしている。そもそものはじめから, 近代の「階級」は歴史的政治的な「主体」として想念されてきた。しかし, 階級がもしも「市場において出会う異なる種類の経済主体」として概念化されるならば, 彼らの経済的利害は本来的には対立的ではなく, 互酬的である。なぜなら, 市場において異なる人々は利益をめざしてのみ取引を行うからである。従来, 「階級対立」とみなされてきたものは, まず身分制に根ざしている。前近代の身分制社会は経済が政治に従属していた。近代社会は (漸進的に) 身分制を排除したが, 貧困が消滅したわけではない。貧困の継続こそが, 「階級闘争」とみえた諸運動の基盤であった。1970年代の終わりまでに先進産業社会は貧困を基本的に撲滅させ, したがって「階級」の存立基盤は基本的に失われた。しかし, 階層が消滅したわけではない。ただし, 基礎財の全般的普及のもとでそれは多元化し個人化している。それが, 後期近代社会の階層状況である。
著者
浦野 茂
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.60-76, 1998-06-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
20
被引用文献数
1

物語を語ることは何よりもまずひとつのおこないである。すなわち, 物語を語ることは, それによって多様な道徳的含意をともなった具体的なおこないを相互行為の場面のなかでなすことなのである。ゆえに, 現実の代理=表象という観点に結びついた問いとは独立にそしてそれに先行して, まずそれが相互行為の場面のなかでなしているおこないに即して, 物語は理解される必要がある。物語についての相互行為分析はこの点に照準をあてるものである。本稿は, この認識を出発点にして, 新潟県佐渡島の人々によって語り継がれてきた「トンチボ」についての物語を例としてとりあげ, それが社会的に共有された「口承の伝統」として実際の相互行為のなかで成し遂げられていくそのしかた, およびそれが相互行為の経過に対してはたらきかけてゆくそのしかた, これらを記述してゆく。この作業をとおして, 口承の伝統というものが私たちの生活のなかでしめている脈絡のひとつを具体的に示す。
著者
今枝 法之
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.126-139,221, 1991-09-30 (Released:2010-05-07)
参考文献数
33

ポストモダニズムは、それが相対主義や非合理主義あるいは政治的ニヒリズムを導くとして批判されている。とりわけ、歴史的にファシズム体制を経験しているだけでなく、年功序列的権威主義や集団主義を温存している、日本社会の文脈においては、西欧から輸入されたポストモダニズムの安易な受け入れは極めて危険であると論じられている。同じく、ファシズムを経験したドイツにおいても、ハーバーマスが、ポストモダニズムを厳しく批判している。しかし、民主主義の伝統の根強い英米の論者の間では、ポストモダニズムの肯定的意味合いが認識されている。彼らはポストモダニズムに抑圧的な階層秩序を超克する契機があると考えている。つまり、ポストモダニズムは両義的であり、反動的・保守的な側面と解放的・民主的な側面を有するとされるのである。本稿では、こうした評価をふまえつつ、ポストモダニズムの可能性について検討を行うが、その際、建築におけるポストモダニズムと、ポストモダニズムの政治的転回を試みているポストマルクス主義を参照する。この作業をつうじて、社会理論におけるポストモダニズムの可能性を開示するためには、その概念の新たな定式化が必要であることが示される。
著者
鈴木 謙介
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.499-513, 2005-03-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
22
被引用文献数
2 2

「セキュリティの強化」と「監視」を巡る問題が近年になって特に注目されるようになった.ここでいうセキュリティの強化とは, 単なる監視カメラの設置による監視の氾濫を指すのではなく, 予防的措置の極大化によって, あるシステムにとってふさわしくない人間をあらかじめ排除するという動きの全体を指している.こうした監視の強化と排除に対して批判を加えることは一見容易に見えるが実はそうではない.その理由は, 監視を批判しようとすることが監視によって実現される価値への批判へとすり替えられていくからである.例えば監視による排除が階層格差を前提にしている場合, それは格差批判にはなっても監視そのものを批判することはできないのだ.本稿ではこうした監視批判の困難を乗り越えるために, どのようなシステム作動によってセキュリティの強化が行われているのかを分析した.その結果明らかになったのは, 監視を行うことそれ自体がマシンによるデータ管理の自動化によって監視対象を外部から不可視化する作用を持つこと, そして, そのような外部に対する不可視化がさらに内部に対して過剰な可視化を呼び出し, 内部のロジックが一種の道徳律として機能するということだ.監視批判が困難なのは, この2方向の力の作動が存在するからだと考えられる.
著者
高橋 徹
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.620-634, 1999-03-30 (Released:2010-11-19)
参考文献数
35
被引用文献数
1

本稿では, 近代西欧の歴史的な社会変動に対するニクラス・ルーマンの分析視角を明らかにしたい。ルーマンは, 社会の成層的分化から機能的分化への移行を近代社会変動の中心的なメルクマールと考えており, とりわけそこにおいて生じた複合性の増大がコミュニケーションを方向づける歴史的一文化的形成物 (ゼマンティク) の変化を刺激したことが, 近代におけるコミュニケーション的変動の媒介条件をなしているという仮説を構築している。この仮説は, 彼独自の社会システム理論の枠組みを基礎としている。「ゼマンティク」というタームには, ドイツにおいて蓄積されている歴史的意味論の研究との批判的接続を保持することが含意されており, 本稿では, この歴史的意味論の研究の文脈をも視野に入れつつ, ルーマンの「ゼマンティク」的変動の分析枠組みを彼の所説から再構成して明示化し, 歴史的な知識社会学的研究の枠組みとしての特質を明らかにしたい。
著者
梶田 孝道
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.70-87, 1981-12-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
15
被引用文献数
3 1

多くの近代化論者たちは、業績主義が現実化してゆくにつれて属性主義は次第に消滅するか、たかだか例外的な形で残存するにすぎないと考えた。しかし、業績主義が社会の主要な配分原理となりほとんどのメンバーが業績主義者と化した現在、純粋な意味での業績主義はむしろ例外的な存在であり、かえって属性主義に起因する社会問題群が新たに生み出されてきたという事実に気づく。一方ではアチーヴド・アスクリプション (業績主義の属性化) が、他方ではアスクライブド・アチーヴメント (属性に支えられた業績主義) が発生している。本稿では、業績主義・属性主義についてのリントンの定義およびパーソンズの定義の問に存在する微妙なズレに固執することによって、上記の二つの問題領域を社会学的にクローズアップさせ、あわせて両領域に属する問題群の整理とそれへの対策の検討を試みる。
著者
武川 正吾
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.322-340, 2004-03-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
30
被引用文献数
1 3

本稿では20世紀の第4四半期に顕著となった個人化の現象を福祉国家との関連で観察し, これが福祉国家に対してどのような問題を突きつけているか, 福祉国家はどのような対応をしなければならないかについて考察する.個人化は家族, 職域, 地域において観察することができる.そこでは従来の最小単位が分割され, 個人はそれまで所属していた集団から離脱していく.その結果, 個人は集団からの自立を獲得するが, 他方で集団による保護を失い, 社会的に排除される可能性もある.個人化によって新しく生まれた個人は個人主義的な消費スタイルを身につけている.個人化は既存の福祉国家に対して新しい問題を突きつける.家族の個人化は社会政策の脱ジェンダー化を, 職域の個人化は労働の柔軟化を, 地域の個人化は市民社会化を, 生活スタイルの個人化は消費の柔軟化を要求する.21世紀型の福祉国家が生き延びるためには, これらの新たな課題に応えていかなければならない.
著者
土場 学
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.302-317, 1998-09-30 (Released:2010-04-23)
参考文献数
23

女性研究と男性研究を統合するものとしてジェンダー研究というアイデンティティが確立しつつある。しかし, この女性研究と男性研究がどのような意味でジェンダー研究として統合できるかということは今のところ曖昧なままにされている。しかしながら, 女性/男性研究 (運動) を誘導する「解放のパラダイム」の基本的論理を明らかにすることによって, それらの関係を簡潔に整理することができる。すなわち, この解放のパラダイムは, 大きく三つのタイプ-ジェンダー統一化のパラダイム, ジェンダー分断化のパラダイム, ジェンダー相対化のパラダイム-に分類することができる。そして, まず, ジェンダー統一化のパラダイムのもとでは, 女性/男性研究は, それぞれそのパラダイムのレベルで統一化されることで, それぞれのアイデンティティで閉じるよりは, ジェンダー研究というアイデンティティを確立しうる。 また, ジェンダー分断化のパラダイムのもとでは, それぞれそのパラダイムのレベルで分断化されることで, それぞれのアイデンティティで閉じ, ジェンダー研究というアイデンティティは確立しえない。さらに, ジェンダー相対化のパラダイムのもとでは, それぞれそのパラダイムのレベルで相対化されることで, それぞれのアイデンティティで閉じることも, ジェンダー研究というアイデンティティを確立することもできない。また系譜的に見ると, 「ジェンダーからの解放」のパラダイムは, ジェンダー統一化のパラダイムのもとで自立化し, ジェンダー分断化のパラダイムのもとで自閉化し, ジェンダー相対化のパラダイムのもとで自壊化するという否定弁証法的なダイナミズムを展開してきた。そして今やそれは, その解放の理念の出発点に立ち戻ったと見なすべきであろう。
著者
今田 高俊
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.419-437, 1998-03-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
24
被引用文献数
1

The objective of this paper is to explore empirically the new dimensions of social stratification in an age of postmaterial society. Japanese society has been changing its main social concern since 1980s, from 'Having' (possession) to 'Being' (existence). In keeping with this trend, major dimensions of social stratification begin to change from traditional status variables such as occupational status, income, educational credential to those of lifestyles and ways of life. First, using the method of factor analysis, I extract two lifestyle variables as the ways of living which are composed of achieved status orientation and relational status orientation, and then clarify that these two are the independent variables not determined by the traditional status variables. Secondly, I analyze the effects of two lifestyle variables on status anxiety, status quo and postmaterial orientation, then verify that relational status orientation will become the new dimension of stratification system in postmaterial society. Finally, I propose life politics focusing on quality of life as the way of living instead of status politics. While status politics concerns the achieved status orientation, life politics concerns the relational status orientation.
著者
袰岩 晶
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.180-195, 2001-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
17

本稿は, M.ホルクハイマーの批判理論における理論概念を明らかにすることによって, 社会理論の「存在被拘束性」と「再帰性」によって生じる問題に答える試みである.理論の存在被拘束性とは, 社会理論が理論主体の社会的立場に制約されていることを意味し, 逆に, 再帰性は, 理論がその理論対象である社会に影響を与えていることを意味している.社会理論がみずからの存在被拘束性と再帰性とを認めた場合, 理論はみずからの絶対性, すなわち普遍妥当性を主張できなくなる.ホルクハイマーは, 絶対性を求める理論を「伝統的理論」と呼んで批判する.一方, かれの主張する批判理論においては存在被拘束性と再帰性の概念を受け入れることで, 理論の作業そのものが一般的な社会的活動の一部分, つまり「理論的実践」であると捉えられ, その理論的実践の社会的機能によって社会理論の意味が判断される.ホルクハイマーにしたがうならば, 伝統的理論は, 個人と社会を物象化し, 支配を維持する機能を有しており, それに対して, 批判理論は, 解放をめざす実践として機能する.存在被拘束性と再帰性の概念を受け入れた社会理論の可能性がホルクハイマーによって示されるのである.
著者
大谷 信介
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.471-484, 2003-03-31 (Released:2009-10-19)

社会調査は, 社会学者がおこなう学術調査以外にも実社会で多様にかつ多量に実施されている.市町村や中央省庁で実施される意識調査やマスコミが実施している世論調査等はその代表的なものである.しかしこれまでの社会学研究ではそれらにほとんど関心が示されてこなかったのが実情である.実社会で「社会調査がどのように実施され」それらが調査方法論の観点から「どのように評価できるのか」といった実態を正確に把握する作業は, 社会調査教育を提供している社会学にとって, 必要かつ重要な仕事といえるだろう.このような視点から, われわれは大阪府44市町村が総合計画策定のために実施した市民意識調査に関する聞き取り調査, およびそれらの調査票の質的評価に関する内容分析を実施した.そこで明らかになったのは, 社会調査論の観点からはとても看過できない問題を抱えた市民意識調査の深刻な実態であった.それらの詳細な実態については, すでに大谷信介編著『これでいいのか市民意識調査』 (ミネルヴァ書房2002年) としてまとめている.そこで本稿では, この調査で明らかとなった実態の中で, 特に社会学会として注目しなければならないであろう課題という視点から問題点を整理していきたい.
著者
見田 宗介
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.38-52,113, 1962-08-30 (Released:2010-02-19)
参考文献数
72
著者
苅谷 剛彦
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.626-640, 2005-12-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
21
被引用文献数
5 1

大学教育の場を通じて, 社会学の知識は, どのように教えられるのか.この論文では, 日米で使われている社会学入門の教科書の比較分析を通じて, 日本とアメリカにおける教育的知識としての社会学知の生産・再生産様式の特徴について分析を加える.問題設定の1節に続き, 2節では, 教科書の分析を通して, 社会学知がどのように編集され, 提示されているのかを比較する.その上で, 3節では, アメリカの大学教育の特徴を, 日本と比較しながら検討する.社会学知が伝達される当の舞台である大学の教室が, 日米でどのように異なるのか.それが, 教科書における知識の社会的構成にどのような影響を与えているのかを検討するのである.そこでは, 日本の大学教育の特徴が, 社会学知の標準化の程度を弱めていることが明らかとなる.4節では, これらの分析をふまえて, 日本における社会学知の生産と再生産が抱える課題について考察を加える.そこでは, アメリカに比べ社会学知のノーマル・サイエンス化が進んでいない日本において, 社会学知の方法知 (社会学的なものの見方の伝達) へのシフトが起きていることの問題性について考察する.