著者
淺野 敏久
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.6, pp.443-456, 2002-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
5 2

本稿では中海干拓問題を事例としてローカルな環境運動をとらえる地理学的な視点について論じた.その際,マスコミの当該問題に関する記述と,反対運動の立場からの問題の記述,筆者のこれまでの研究から得た知見を対比させ,環境運動が当該問題を語る際にどのように位置付けられているのかを明らかにした.結果として,環境運動が当該問題の決着において果たしている役割が社会的に軽視されている実態の一端を示すことができた.その事実を踏まえ,このようなローカルな環境運動への地理学的アプローチに求められる課題を提案した.すなわち,第1に環境運動の政策決定や土地利用に与えた影響を読み取ること,第2に環境運動の性格を多面的に理解すること,特に対象となる自然への運動参加者一人一人の意識まで視野を広げること,第3に環境運動をさまざまなスケールの「地域」の文脈から検討することが必要ということである.
著者
淺野 敏久 金 枓哲 平井 幸弘 香川 雄一 伊藤 達也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.223-241, 2013 (Released:2013-11-01)
参考文献数
13
被引用文献数
2

本稿では,韓国で2番目にラムサール登録されたウポ沼について,登録までの経緯とその後の取り組みをまとめ,沼周辺住民がそうした状況をどのように受け止めているのかを明らかにした.ラムサール登録されるまでの過程や,その後のトキの保護増殖事業の受け入れなどの過程において,ウポ沼の保全は,基本的にトップダウンで進められている.また,湿地管理の姿勢として,「共生」志向というよりは「棲み分け」型の空間管理を志向し,生態学的な価値観や方法論が優先されている.このような状況に対して,住民は不満を感じている.湿地の重要さや保護の必要性への理解はあるものの,ラムサール登録されて観光客が年間80万人も訪れるようになっているにも関わらず,利益が住民に還元されていないという不満がある.ウポ沼の自然は景観としても美しく,わずか231 haほどの沼に年間80万人もの観光客が訪れ,観光ポテンシャルは高い.湿地の環境をどう利用するかが考慮され,地元住民を意識した利益還元や利益配分の仕組みをつくっていくことが課題であろう.
著者
淺野 敏久 金 枓哲 伊藤 達也 平井 幸弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.4, pp.277-299, 2009-07-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
21
被引用文献数
10 6

韓国全羅北道のセマングム地域で大規模な干拓事業が行われている.同国最大の干潟を失うことや事業目的が不明確な公共事業の必要性への疑問などから,セマングム干拓問題は大きな社会問題となった.本稿ではこのセマングム干拓問題を事例として,地域開発に関連した環境問題論争が持つ空間的な特徴を,市民・住民運動団体の主張に焦点を当てて検討した.新聞記事による出来事の整理と5年間の断続的な現地調査(環境運動関係者への聞取り)に基づいた分析の結果,全国・道・地区という三つの空間スケールごとの「セマングム問題」の存在と,その時間的な変化が明らかになった.また,異なる空間スケールを射程に入れた環境問題の争点が,地域的に異なる論争の場において複層的に存在しており,全体としての「セマングム問題」は,各運動体の事情や思惑に応じて,交流や連帯という手段によって,構成・提起され続けていることも確認した.
著者
淺野 敏久 馬 欣然
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.4, pp.376-389, 2017-07-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
9

自然遺産を保全し,地域づくりに活かすためにジオパーク認定を受けようとする地域が増えている.ジオパークでは,地域住民の理解と協力を得らえることが重視され,住民参加は認定の要件の一つになっている.本稿では,山陰海岸ジオパークを事例として,ジオパークに対する住民の意識と行動を,ウェブアンケート調査とジオガイド等への聞取り調査等を基に明らかにした.当地では,ジオパークは住民によく知られている.ただし,住民の関心は,ジオパークが強調する大地の成り立ちと人々の暮らしの関わりより,観光客と同様に温泉と食に向いている.また,ジオパークによる地域活性化への期待はあまり高くなく,むしろ自然保護につながるものと期待されている.ガイドはジオパーク全域よりジオサイトへの強い愛着に基づく行動をしており,ジオパーク的な情報は説明の選択肢の一つと割り切っている例もあった.
著者
淺野 敏久
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2012, 2012

ラムサール条約は湿地を保全することを目的とした条約で,日本は1980年に加盟した。湿地の保全,ワイズユース,普及啓発(CEPA)を3つの柱とする。近年,登録湿地の数と対象を広げる方向に動いており,水田なども対象となっている。日本では,1980年に釧路湿原が登録されたのがはじめで,当初サイト数はあまり増えずにいた。2005年に大幅増となり,2012年6月末現在,37箇所、総面積131,027haが指定されていた。2012年7月のCOP11でさらに9箇所が新規に登録された。ラムサール条約にどの湿地を登録するかは,それぞれの国のルールによっている。日本の場合,国際的に重要な湿地であること,対象湿地が国内法で保護対象になっていること,指定にあたって地元の賛意が得られていること,が求められる。 報告者は2010年より科研費の共同研究で日韓のラムサール条約湿地を調べており,複数湿地での現地調査や国内37サイトでの利用と保全に関するアンケート調査を行っている。報告ではその一部を紹介する。 第1に,日本のラムサール湿地は基本的に保護対象地として認識されているケースが多く,登録後に,ラムサール条約を前面に出して利用を強調する取り組みが進んだケースは少ない。蕪栗沼のように農業振興とラムサール登録を結びつける戦略が意識されているところはこれまで多くなかったが,今回の円山川や渡瀬遊水地は地域づくり的方向が意識されており,今後の傾向になる可能性はある。 第2に,利用という括りで,環境教育利用が想定される傾向が強い。これはCEPAにあたるもので,ワイズユースと分けられるのであるが,日本ではラムサール湿地の利用というと教育的利用が真っ先に意識されるようである。 第3に共通する利用形態として「観光」が考えられる。アンケート調査の結果からは,バードウォッチングと写真撮影が最も多い行動になっており,日本の観光地の中でかなり特殊な性格をもっている。 その他,観光化に対する日韓の対応差や,国内での世界遺産とラムサール条約への地元の対応差などついて当日報告したい。 ラムサール条約湿地や世界遺産,エコパーク等,何が同じで何が違うのか。本報告では,ラムサール条約湿地とジオパークの相違点や,ラムサール条約のワイズユースの国内事例から示唆される,ジオパークの課題や留意点について話題提供したい。
著者
淺野 敏久
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.1_18-24, 2008 (Released:2010-06-02)
参考文献数
26
被引用文献数
1

環境問題は客観的な環境の変化だけでは成立しない.現象が社会的に認められて,それが問題状況にあるとの言説が広まり,支持されることで成立する.ある環境変化(将来に予想される変化)を社会問題に仕立てていく原動力の一つに市民・住民運動がある.その発生の仕方や,担い手の社会経済的あるいは文化的属性が異なるので,当然のこととして環境運動の性格は地域によって異なる.結果として,環境運動の訴える環境問題も地域的な特徴を有したものになる.環境運動を研究するには,さまざまなアプローチがあるが,本稿では地域的な視点から環境運動にアプローチすることに焦点をあて,その場合の分析視点について試論を述べる.地域と環境運動の関わりについて,運動への地域性の反映という着目の仕方と,運動の地域への働きかけに着目する仕方があり,それぞれについて,筆者が行った研究をもとに,いかなる論点があるのかを例示的に示してみたい.
著者
淺野 敏久 李 光美 平井 幸弘 金 科哲 伊藤 達也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.138-153, 2011 (Released:2011-02-12)
参考文献数
14
被引用文献数
2 6

江蘇省,浙江省,上海市の境にある中国で3番目に大きな淡水湖である太湖は,流域内の開発が著しく,深刻な富栄養化問題に直面している.2007年にはアオコ(藍藻類)が大発生し,無錫市において数日間にわたって給水が停止し,200万人以上に影響が出るという事件が生じた.この事態に中国では国をあげて,長江からの導水や下水処理場・下水道の重点的整備,排水対策のできない中小工場や畜産施設の閉鎖,養殖場の閉鎖などの浄化対策が短期間に多額の投資のもとに講じられた.本稿では,現地調査と文献等により,その状況を報告し,あわせて中国の環境対策と都市整備の関係について述べる.
著者
淺野 敏久
出版者
古今書院
雑誌
地理 (ISSN:05779308)
巻号頁・発行日
vol.54, no.11, pp.93-97, 2009-11

連載コラム: 観光ボランティアガイド 広島県東広島市
著者
淺野 敏久 金 枓哲 伊藤 達也 平井 幸弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.139, 2007

<BR>1.はじめに<BR> 2006年4月に韓国・セマングム干拓事業の防潮堤がつながった。2箇所の水門はまだ開放されているものの,約33kmの堤防により干拓事業地は外海から締め切られた。事業はまだこれからが肝心の部分であるが,ここに至るまで,世界的な巨大開発事業に対して,環境への影響を懸念した反対運動が全韓国的に展開されてきた。<BR> 報告者らは,セマングム問題に関する調査を,2003年度より共同研究として続けてきた。2006年度は,科研費は切れていたが,締め切り後の状況を知るために現地を訪れた。今回は,セマングム問題の現状を報告するとともに,断片的に状況を把握したレベルではあるが,この間のセマングム問題をめぐる環境運動の変化について,運動体の支持層・参加層の空間的な違いに注目しつつ指摘することを目的とする。<BR>2.セマングム問題の経緯<BR> 韓国西南海岸では,1970年代に干潟の開発が注目され,西南海岸干拓農地開発事業基本計画が策定された。セマングムはその10分の1を占める巨大開発で,閉め切り面積は約4万ha,干拓面積は28,300haに及ぶ。セマングム開発は1991年に起工されるが,1996年に同様の干拓地であるシファ地区での水質悪化が社会問題化し,これをきっかけに,セマングム開発への懸念が全羅北道の環境団体から投げかけられると,全国的な注目を集めることになった。<BR> 全羅北道が強く要望する産業・都市開発に対して,1998年末に用途変更は認めないと農林部が表明,セマングム開発は建前上,農地開発を行うものとして進むことになる。水質問題が争点になり,環境影響評価を行うための民・官共同調査団が組織され工事が一時中断した。この間,反対運動は全国的に広がり,環境団体,労働・社会団体などが抗議行動を次々に起こしていった。<BR> 一方,高まる事業反対世論に抗して,全羅北道の有識者らが環境に配慮した事業の推進を求め,全道的な事業推進運動に発展していく。農地だけではない産業・都市開発が提案され,「親環境的な開発」がキーワードになっていく。 <BR> 2003年3月,キリスト教や仏教の宗教指導者が,三歩一拝デモを始めると,賛否双方の運動はますます過熱化し,社会的混乱が生じ,同年7月にソウル行政法院が,反対派の求めた本訴判決までのセマングム工事執行停止を命じると,それはピークに達した。翌年1月に,ソウル高裁はこの仮処分決定を取り消し,2005年2月にソウル行政裁判所が事実上の原告(反対派)勝訴判決を下すものの,進行中の防潮堤補強工事と残る区間の防水工事の工事中止決定を出さなかったために工事は進み,さらに控訴審で原告敗訴の判決が下ると一気に防潮堤工事が進んで,2006年4月にはセマングムは水門部分を除いて外海から隔てられることになった。<BR>3.ケファの変化<BR> ところで,筆者らは,地元の反対運動の拠点となったケファ地区を2003年から2006年まで毎年訪れ,この問題に翻弄されたこの集落の変化を見た。初めての時は,過激な行動を辞さない抵抗運動が行われ,ソウルから若い「活動家」が住み込んでいたが,工事が再開した2005年には彼らはいなくなり,絶対反対のこの地区と親環境的な開発を視野に入れた方針転換を図りつつあった全国的環境団体との温度差がみられるようになった。2006年にはこの地区の干潟は消失(陸化)して,砂地がどこまでも広がる景観が現れ,この地区では干潟の恵みを生活の糧にすることはできなくなっていた。絶望感が漂う一方で,これからどうするかというアイディアが,反対を続けてきた住民の中から出されてもいて,この土地で生き続けてきた人のしぶとさも感じられた。<BR>4.環境運動の変化<BR> この問題について調べる中で,韓国と日本の環境運動の違い,例えば,民主化運動とのつながり,大衆的な運動スタイル,運動団体の規模・人員の充実度,労組や宗教団体などとの幅広い連帯,運動の舞台となるソウルの重要性といったことや,セマングム問題を理解する上で重要な全国レベル・道レベル・地区レベルそれぞれの空間的な枠組み,例えば,運動がこの空間ごとに異なる様相を示し,それぞれでの利害関係が問題の社会的な側面を構成していることなどに気づかされた。本報告では,この環境運動の空間構造について論じるつもりである。
著者
淺野 敏久
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.178, 2011 (Released:2011-05-24)

1.はじめに 韓国で大きな環境問題論争を引き起こしたセマングムとシファの干潟開発に関して,報告者らは2003年より,断続的に利害関係者等への調査を行ってきた。その結果の一部を浅野ほか(2009)として報告したが,今回の報告では,そこでも述べたようにセマングム干拓反対運動が,堤防閉め切り直後から,急速に縮小したことに関連して,日本の状況とは対照的に異なる「その後」の状況を,同様に環境悪化が問題になったシファ開発の現状とあわせて紹介することにしたい。 2.シファ湖の「その後」 韓国の西海岸は干潟が発達し,1960年代から政府によって積極的に干拓事業が進められてきた。そこでは食料増産,住宅開発,産業団地開発などが行われてきた。一方で,環境への関心の高まり,民主化後の環境市民運動の隆盛などにより,大規模な自然改変をともなう開発に対して環境面から問題視する動きもみられる。 シファ干拓は,干拓事業が環境への悪影響を及ぼすことを人々に知らしめる転機になった開発事業である。農地や工業団地開発のために,約1.3万haの干潟を干拓し,約4千haの海面を閉め切って淡水湖にする計画が立案された。1994年までに防潮堤が建設され,湖は海から閉め切られた。水門が閉められると湖の水質が急速に悪化し,農業用水源として使えないばかりでなく,悪臭被害や沿岸農地に風の塩害をもたらすなどした。結局,淡水化による水資源開発をあきらめ,水門を開いて海水を流入させることになった。 しかし,シファ湖では,水資源開発を断念し水門を開いたという話では終わらず,海水流通のために堤防を開削し,そこに潮力発電施設を建設するという計画がたてられ,実際に建設された。さらに,干拓地には風力発電施設の建設も検討され,当該地域の干拓計画は,自然エネルギーを用いる「環境に配慮した持続的開発」として,工業団地開発,都市開発,リゾート開発が進められつつある。大規模開発による干潟の環境問題震源地は,エコロジカルな産業開発予定地という場所になっている。 3.セマングムの「その後」 セマングム干拓は1991年に着工された。33kmの防潮堤を築き,その内側に約3万haの新しい土地と1万haの淡水湖をつくる計画で,当初は農地開発を目的としていた。シファ湖の環境悪化問題が社会的関心をひいたことで,セマングム干拓も大きな社会問題となった。地元の漁業者や市民にとどまらず,全国レベルで環境団体その他市民団体や研究者らが計画への疑念を表明し,反対運動が拡大した。反対運動のピークは2003年の三歩一拝行進が行われた頃で,反対派と事業推進派のそれぞれの示威活動が活発に繰り返された。2006年には堤防がつながり広大な干潟は外海から遮断されてしまった。非常に活発であった全国的な反対運動は,その後,急速に縮小してしまった(関心と運動資源を他の開発事業に向けてしまった)。 反対派の運動が縮小してしまうと,推進派の一極であった全羅北道は国への開発推進圧力を強めた。2007年にはセマングム開発を推進するためのセマングム特別法が制定され,2010年には防潮堤が完成するとともに,セマングム総合開発計画が確定した。そもそもは大規模な農業用地を開発する干拓事業であったセマングム開発は,その事業の中心を工業・都市開発および観光開発を行う内容に変わった。ここでも再生可能エネルギーを利用した親環境的な「持続可能開発」を行うことが志向されている。 4.おわりに 2010年末に福岡高裁判決を受け,諫早湾干拓事業地での閉め切り堤防の開門調査が行われることになった。セマングムと諫早湾では水門の閉め切り・開放を求めて,同じ時期に裁判が行われ,いずれも原告勝訴の判決が出され,その後の展開が注目された。日韓の運動関係者等の相互訪問や連携も活発になり,両者は対比して議論されることも多かった。しかし,わずか数年しか経っていないのに,諫早では地道な運動が継続され,開門調査にまでつながりそうなのに対して,セマングムでは開発への反対運動はほぼ影を潜め,むしろ逆にセマングム開発は,21世紀に誇る地球環境に優しい「韓国の緑の希望」と喧伝されるに至っている。この差がなぜ生じるのか,この差がもつ意味は何なのか,議論を深めることが望まれる。ただし,今回の報告では韓国の状況を報告するにとどめ,論点の洗い出しや着眼点の整理を行いたい。
著者
淺野 敏久 飯田 知彦 光武 昌作
出版者
広島大学総合博物館
雑誌
広島大学総合博物館研究報告 (ISSN:18844243)
巻号頁・発行日
no.2, pp.1-8, 2010

ブッポウソウとカンムリウミスズメの保護活動を支援する環境事業として野鳥観察を中心としたエコツアーが広島県内で行われている。本稿では,広島市民を対象としたWEB アンケート調査と,ツアー参加者を対象とした,参加動機や評価に関するアンケート調査の結果を報告する。前者からは,鳥の知名度の低さにもかかわらず,1/4程度の回答者がツアーへの関心を示すとともに,野鳥保護や環境教育の効果を認めていることなどが明らかになった。後者からは,参加者が,いわゆる「マニア」層が中心となっていることを確認するとともに,ツアーの評価が,一般向けアンケートで重視される以上に,対象とした鳥を見られたかどうかに左右されることがわかった。今後,ツアー内容の充実や集客方法(宣伝方法)の検討が課題となる。An eco-tour designed to support the conservation works for wild birds is complemented in Hiroshima area. We clarified using two questionnaire surveys how the tour is evaluated. The survey for Hiroshima citizens shows that one forth of them express interest in the tour, instead of their blindness of the targeted birds. They accept a conservational value or an educational value of the tour. On the other hand, the survey for the tour participants shows that they are mainly the bird lovers, and that their evaluation of the tour are dependent on whether they could watch the targeted birds or not. It is necessary to improve tour programs and rethink about effective means of advertising, based on the results of these surveys.
著者
淺野 敏久
出版者
地理科学学会
雑誌
地理科学 (ISSN:02864886)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-22, 1997
参考文献数
26
被引用文献数
5

中海・宍道湖の干拓・淡水化事業は, 1988年に地元を中心とする反対運動によって, 淡水化について事実上の中止に追い込まれた。干拓事業については1990年代半ばになって再び事業を進めるか否かが問い直されている。本稿では前者の淡水化事業が凍結されるまでの反対運動に注目し, その地域性及びその意味を明らかにする。反対運動は, 宍道湖でシジミ漁を営む漁民や生活環境・観光資源を重視する松江市民らを中心として, 広範に展開された。この一連の反対運動は, 関係する地域で一様な展開をみせたわけではなく, その発生や展開過程において顕著な地域差をみせた。それは, 鳥取県と島根県という行政領域の違い, 中海と宍道湖という直接の関心事となる対象の違い, 都市部と農村部という社会経済環境の違いという3つの視点からとらえることができる。環境保全運動は, 対象が, その存在する地域と不可分なことや, 運動の担い手がその地域の住民であること等のために, 地域性を反映したものとなる。今回の例では, 松江中心で運動が進んだために, 「宍道湖を守ろう」という性格の強い運動となった。運動を成功させるためにも, また, 当事者間の主張や利害関係を調整し, 問題を解決するためにも, 表面的な争点にとどまらず, 地域構造上の問題点に踏み込んだ環境問題の理解が求められる。
著者
岩本 通弥 川森 博司 高木 博志 淺野 敏久 菊地 暁 青木 隆浩 才津 祐美子 俵木 悟 濱田 琢司 室井 康成 中村 淳 南 根祐 李 相賢 李 承洙 丁 秀珍 エルメル フェルトカンプ 金 賢貞
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究は、外形的に比較的近似する法律条項を持つとされてきた日韓の「文化財保護法」が、UNESCOの世界遺産条約の新たな対応や「無形文化遺産保護条約」(2003年)の採択によって、どのような戦略的な受容や運用を行っているのか、それに応じて「遺産」を担う地域社会にはどのような影響があり、現実との齟齬はどのように調整されているのかに関し、主として民俗学の観点から、日韓の文化遺産保護システムの包括的な比較研究を試みた。