- 著者
-
山本 健太
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2010, pp.65, 2010
本発表の目的はアニメーション産業労働者の日行動に着目し,労働者の生産活動の実態を明らかにすることである.これまでのコンテンツ産業研究では,労働者個人の感性やネットワークの重要性を指摘しながらも,現場で働く末端労働者の日々の生産活動をとりあげたものはみられない.そこで本発表では,アニメーション制作企業の協力のもと,生産部門および制作部門の末端労働者である「作画」労働者5人および「制作」労働者5人を対象として,就業実態に関するアンケート調査および,2009年12月15日午前0時から18日午前0時までの活動パス調査を実施した.また期間中,ある「制作」労働者に合計12時間程度同行し,行動を記録した.加えて,対象となった労働者10人に聞き取り調査をした.<br> 調査協力企業の概要は以下の通りである.1986年設立,資本金1,000万円,従業員数33人である.アニメーションの生産については,下請け生産のほか,元請け生産もする.自社内に有する職種部門をみると,経営部門(3人),制作部門(9人),作画部門(10人),演出部門(8人),仕上げ部門(4人)である.これらから,当該企業は典型的な元請け企業であるといってよい.<br> 「作画」労働者の活動パスをみると,初日には,回答者全員が帰宅し,24時間ほど休息をとっている.その後の調査期間中は,いずれの労働者も帰宅していない.制作企業からの外出先と所要時間をみると,ある労働者が3日目21時からおよそ2時間,同僚と食事に出かけているのを除けば,最寄りの大型スーパーへ食事の買出しに30分程度,1回から2回外出するのみである.そのほかの活動では,仮眠や仕事待ち,アニメーション鑑賞,同僚との雑談等がみられ,制作企業内での待機時間が長い.調査期間3日間を通して,ルーチン活動はみられず,不規則な就業をしている.<br> 「制作」労働者の活動パスをみると,自宅が徒歩30圏内にある労働者(3人)については,3日間のうち2から3回帰宅している.それ以外の労働者では,3日間を通じて帰宅しないか,帰宅しても1回のみ4時間程度の滞在に過ぎない.最も活動的な時間帯は19時から3時である.就業時間中は取引先制作企業やフリーのクリエイター間の半製品運搬のため,外出を繰り返す.半製品の運搬については,自社と取引先との単純な往復のほか,1度のトリップで複数の取引先を周回する場合もある.トリップの所要時間は30分から1時間程度の短時間のものが多い.また,労働者毎に取引する企業,クリエイターがある程度決まっている.<br> 密着調査した労働者の2009年12月15日19時から21時における接触記録をみると,間接接触では5箇所計6回の電話をしている.1回の通話時間は1分から5分である.また,多くの場合,1回の電話で1つの話題に限られる.話題は6回の電話のうち,作業進度の作業4回,日程指示3回である.電話をするのとは別に,フリーランサーからの電話への応答,中国子会社へのファクシミリによる納期指示をしている.<br> また,対面接触の回数についてみると,5人計4回している.内容は,「制作」労働者への仕事指示,上司への日程報告のほか,「仕上げ」労働者および作画監督との品質確認作業である.これらの対面接触の1回あたりの所要時間は2分から15分と,電話での接触と比較して長い.単純な作業指示のほか,品質確認作業については,作画監督や仕上げ部門労働者に意見を求めるなど,活発な意見交換がなされていた.<br> 以上の結果から,分業関係について次のような構造が示唆される.「作画」労働者は制作企業に常駐し,「制作」労働者が運搬してくる半製品を受け取り次第,生産する.「制作」労働者はそのようにして生産された半製品を回収し,次の取引先へと運搬する.また,「制作」労働者は現場労働者との短時間での情報共有や意見交換を頻繁にすることで,プロジェクトを進行していく.労働者がこのような生産活動を維持するためには,労働者の多様な働き方を受容する制作企業の存在とともに,各部門労働者が近接し,同時間帯に活動することが求められよう.