著者
松本 淳 財城 真寿美 三上 岳彦 小林 茂
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100131, 2017 (Released:2017-05-03)

1. はじめに 地球温暖化をはじめとする気候変動の問題は,地球の将来環境に大きな変化をもたらす懸念もあって,社会的にも大きく注目されている。気候変動の科学的認識には,気象観測データが必須で,人類の気候変動に関する知識は,正確な気候資料の有無に依存しているといっても過言ではない。正確な気候データの基礎となる近代的な気象観測は,17世紀にヨーロッパで始められ,300年以上の歴史がある(吉野, 2007)。一方アジアでは,主に欧米諸国の植民地化の過程の中で,19世紀後半から気象観測が継続的に行われるようになり,百数十年程度の気候データの蓄積がある。日本では1875年に気象庁の前身である東京気象台で気象観測が始まった。観測データは多くの国の気象機関で月報や年報などの印刷物として刊行・公開され,特に月別の統計値は,World Weather Records, Monthly ClimaticData for the Worldなど世界中のデータを網羅したデータとして刊行され,気候変動研究に活用されてきた。1980年代以降は,電子媒体での利用が一般的となり,CRU, GPCCなどでグリッド化されたデータが主に利用されるようになっている。しかし,アジア諸国では,1950年以前は多くの国が植民地だったこともあって,インドなど一部の国を除くと植民地時代の気象観測データは,ディジタル化が進んでおらず,気候変動研究に活用されていない。旧英領インドでも,現在のインド以外の領土(バングラデシュ,ミャンマーなど)の日データはディジタル化されていない。日本では,気象庁の区内観測所での稠密な気象観測データ日別値等はディジタル化されておらず,科研費等による日降水量のディジタル化が進められている(藤部他2008)。気象台とは別に,江戸時代に来日した外国人らによる気象観測が行われており,それらを活用した気候復元もなされている(Zaiki ,2006: 三上他,2013等)。明治時代には,灯台において気象観測が行われていたことも近年になって判明した。さらには戦前・戦中には日本の海外統治域のデータが多く存在する。そかしこれらのデータの多くはディジタル化されておらず,実態さえもよくわかっていない。小林・山本(2013)は戦時中のデータの実態を解明し,山本(2014, 2015)は戦前・戦中の大陸における気象観測の実態を明らかにした。このような古い気象観測データを掘り起こし,気候研究に利用できるようにする活動は,データレスキューといわれ(財城, 2011),国際的にも精力的に取り組まれている(Page et al. 2004等)。世界気象機構WMOのプロジェクトとして,Atmospheric Circulation Reconstructionsover the Earth (ACRE: http://www. met-acre.org/, Allanet al. 2011)が実施され,世界各地でデータレスキュー活動が進められている。このような状況を踏まえ,本シンポジウムでは世界各地に散在するアジア各国の戦前・戦中を中心とした気象観測データのデータレスキューの国内外での現状を整理し,今後の気候変動研究への活用について議論したい。2. シンポジウムの構成 本シンポジウムでは本発表に続き,まず東南アジアや南アジアにおける状況を2発表で概観する。続く5つの発表では,日本における様々の状況について明らかにする。最後にデータレスキューされた資料を活用した長期再解析の現状と課題を示す。別途,関連する発表を,グループポスター発表としている。これらを踏まえ,最後に科学史の立場から気候データレスキュー全般についてコメントを頂戴した後,総合討論を行う。参加者による活発な討論をお願いしたい。なお,本シンポジウムは,科学研究費補助金(基盤研究(S),課題番号26220202, 代表:松本淳及び基盤研究(B), 課題番号????????, 代表:財城真寿美)による成果の一部を活用して開催するものである。
著者
財城 真寿美 磯田 道史 八田 浩輔 秋田 浩平 三上 岳彦 塚原 東吾
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2009年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.192, 2009 (Released:2009-06-22)

1.はじめに 東アジア地域では測器による気象観測が最近100年間程度に限られるため,100年以上の気象観測データにもとづく気候変動の解析が困難であった.近年,地球規模の気温上昇が懸念される中,人間活動の影響が小さい時期の気象観測記録を整備し,長期的な気候変動を検証することは,正確な将来予測につながると考えられる.またこれまで数多く行われてきた古日記の天候記録による気温の推定値を検証する際にも,古い気象観測データが有効であると考えられる. Zaiki et al.(2006,2008)は1880年代以前の日本(東京・横浜・大阪・神戸・長崎),また中国(北京)における気象観測記録を均質化し,データを公開している.本研究はこれまで整備してきた19世紀の気象観測記録とほぼ同時期の1852~1868年に,水戸で観測された気温の観測記録を均質化し,現代のデータと比較可能なデータベースを作成することを目的とした.さらにそのデータを使用して,小氷期末期にどのような気温の変化があったかを検討する. 2.資料・データ 19世紀の水戸における気温観測記録は,水戸藩の商人であった大高氏の日記(大高氏記録)に含まれている.原本は東京大学史料編纂所に,写本が茨城大に所蔵されている.寒暖計による気温観測は1852~1868年にわたり,1日1回朝五つ時に実施されている. 水戸気象台の月平均値は要素別月別累年値データ(SMP:1897年~),日・時別値は地上気象観測日別編集データ(SDP:1991年~)を使用した. 3.均質化 大高氏記録の気温は,華氏(°F)で観測されているため,摂氏(°C)へ換算した.さらに,当時の観測時刻である不定時法の「朝五つ時」は季節によって変動するため(午前6時半~8時頃),各月の平均時刻を算出した.そして,水戸気象台の気温時別データを利用して,各月の朝五つ時のみの観測値から求めた月平均気温と24時間観測による月平均値を比較し,均質化のための値を算出した.均質化後には,最近50年間の観測データとの比較によって異常値を判別し,データのクオリティチェックを行った. 4.19世紀の水戸における気温の変動 今回,大高氏記録から所在が判明した1852~1868年の水戸の気温データは未だに断片的ではあるが,1850・1860年代は寒暖差が大きく,夏(8月)は水戸の平年値よりも0.9°C高く,冬(1月)は0.5°C寒冷であったことが明らかとなった.これは,すでにデータベース化している19世紀の東京・横浜での気温の変動とほぼ一致する傾向にある.今後は,大高氏による観測環境がどの程度直射日光の影響を受けやすかったのか等,検討する必要がある.
著者
財城 真寿美 木村 圭司 戸祭 由美夫 塚原 東吾
出版者
北海道地理学会
雑誌
地理学論集 (ISSN:18822118)
巻号頁・発行日
vol.89, no.1, pp.20-25, 2014-03-12 (Released:2014-09-30)
参考文献数
10
被引用文献数
4

小氷期の末期にあたる江戸時代後期には,まだ気象庁による公式の気象観測が開始されていなかったため,気象庁のデータは当時までさかのぼることができない。一方で,幕末期の函館において1859~1862 年の4年間にわたり,ロシア領事館付のロシア人医師アルブレヒトが気象測器を使用した観測記録が残存していることが分かった。この幕末期の気象観測データは,現在の函館地方気象台のデータとは観測地点や観測頻度が異なるため,その差を補正するために気温データについて均質化を実施した。幕末期の函館の気温を20 世紀の函館地方気象台の気温と比較したところ,暖候期の低温と寒候期の高温傾向がみられた。その要因として,幕末期の観測地点が,現在より海洋性の性質を示すことから,海風の影響を受けやすかったと考えられる。また,幕末期の年平均気温は,函館の最近30 年間の平年値よりも約2.0℃低く,その寒冷な傾向は幕末期から20 世紀初頭まで継続していた。
著者
松本 淳 久保田 尚之 藤部 文昭 林 泰一 山本 晴彦 財城 真寿美 寺尾 徹 村田 文絵 高橋 幸弘 山下 幸三 赤坂 郁美 遠藤 伸彦 森 修一 釜堀 弘隆 高橋 洋 山根 悠介 大塚 道子 遠藤 洋和
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-11-18

日本を含むアジア諸国における紙媒体や画像での日降水量データや台風経路等をデジタル化したデータセットを作成し、モンスーンアジア域における降雨強度の長期変化を解析した。その結果、日本では1930年以降、東北日本を中心に降雨強度が大きくなっていた。フィリピンでは1950年以降の夏季には強雨の増加傾向が、冬季には西海岸で乾燥の強化傾向がみられた。1940年代以前の傾向はこれらとは異なり、近年の変化傾向は数十年スケールでの変動の一部とみられる事、エルニーニョと地球温暖化の影響の両方の影響を受けている可能性が高い事がわかった。中部ベトナムでも近年の傾向と1940年以前の傾向に違いがみられた。
著者
松本 淳 遠藤 伸彦 林 泰一 加藤 内藏進 久保田 尚之 財城 真寿美 富田 智彦 川村 隆一 浅沼 順 安成 哲三 村田 文絵 増田 耕一
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

1950年代以前のアジアモンスーン諸国における紙媒体気象データをデジタル化したデータセットを作成し,20世紀全体でのアジアモンスーンと台風の活動や経路の長期変動を解析した。その結果,日本の冬季モンスーンが弱まり,冬の期間が短くなる傾向や,フィリピンで夏の雨季の開始時期が近年遅くなる傾向,東南アジアで降雨強度が強まる傾向,台風発生数の数十年周期変動,台風の低緯度地方での経路の長期的北上傾向等が見出された。